ダーク・ファンタジー小説
- 1 ( No.30 )
- 日時: 2017/09/10 16:22
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: QLMJ4rW5)
十歳年上の兄が死んだ。両親が死んで二人で助け合いながら生きてきた、わたしの唯一の家族。
それは、わたしが八歳の時のことだった。冬の海に落ちて死んだ兄は、自殺だったらしい。警察の捜査はあっという間に終わった。
だけど知っている。わたしだけが知っている。
「あんたが兄ちゃんを殺したんだ」
彼はわたしを見て小さく口を動かした。「ごめん」聞こえなかったその声は、鮮明にわたしの目に映った。
どうせなら勝手にあいつが死んだんだってくらい言ってくれれば良かったんだ。そしたら、ちゃんと嫌いになれたのに。
兄がいつも楽しそうに話す話題に、彼の名前をよく聞いた。最後に兄に会った人、兄の死体の第一発見者。どうして、助けなかったんだろう。どうして助けてくれなかったの。怒りはあっという間に憎悪に変わった。
それから月日は過ぎてった。高校生だった彼は成人して、今度はわたしが高校生になった。わたしはまだあいつを憎んでいる。
「深青」
その声は甘ったるくて、耳がくすぐったくなる。だから、その声で名前を呼ばれのは嫌いだ。
頼むから、もう少し寝させてくれ。——目覚まし時計が彼の声と一緒に響いてうるさい。
「深青ちゃんっ!」
その男は何故かわたしの布団をひっぺがし、ニッコリと悪魔の笑みを浮かべてカーテンを開けた。あっという間に眩しい太陽の光が差し込んで来て、思わず目を瞑ってしまう。
「うる、さい」
あくびを一つして、わたしは涙でぼやけた視界を睨みつける。
うっすらと見えるのは、わたしの新しい家族。
「おはよう。深青」
「おはよう、ございます。千里さん」
兄を殺したその人と、一緒に住み始めたのはほんの一ヶ月前。二十五歳になったその人は、当時より背も高くなり格好良くなった。久しぶりに会ったのは施設の面会室。見慣れないスーツ姿の兄の親友に、鳥肌がたった。
その千里さんがわたしを引き取りたいと言った時、もちろん喜んだ。復讐のチャンスだと思った。兄を見殺しにした、冬の海に溺れる兄を見捨てた最低な男。この男を不幸にするために、わたしは彼の娘になった。そのはずだったーー。
「深青って朝弱いよね。夏休みだから朝起きなくて良かったけど、これから学校だし。心配だなぁ」
「なにそれ。起きようと思えば起きれるし」
鏡の前で二人で歯磨きをする。千里さんの鳥の巣みたいな頭に思わず笑いそうになって、グッと堪える。
「ぅん〜やっぱ俺も眠いなぁ」
ワックスを使って髪を整えようと葛藤する千里さんの隣を通り過ぎ、わたしは一足先にキッチンに向かう。
だんだんと自分の足音が大きくなる。速足がいつのまにかダッシュに変わった。
(可愛過ぎだろ、あの人!)
勢いよく冷蔵庫を開けて、熱くなった頬を隠した。一緒に暮らし始めて一ヶ月。予感はしてた。なぜなら、兄が死ぬ前わたしは彼に好意を持っていたから。わたしの大嫌いな初恋の人、千里さん。一緒に暮らしてる現実に本当は頭が追いついていない。
復讐どころじゃない。初恋が私の脳裏をかすめて、いつか勢いよく刃をつきつけるだろう。
冷蔵庫から水の入ったペットボルを取り出してぐびっと一気に飲み干した。そのあと、大きな足音ともに千里さんがこちらに走ってくる姿が見えた。
「深青、朝ごはんパンケーキ食べたいよね!」
突然キッチンに駆け込んできた千里さん。意味不明な発言にわたし戸惑いながら、取り敢えず「どしたの」と聞いてみる。
そうすると、千里さんは甘いものはあまり好きじゃないはずのわたしに、生クリームがたくさん乗ったパンケーキの特集記事が載った雑誌を見せてきた。
見事にワックスのおかげでイケメンになった千里さんは相変わらずニコニコだ。でも、アレだ。朝からそんな嬉しげにホットケーキミックス持ってきても、千里さん料理なんて全く作れないくせに。
「食べたいなぁ、深青〜」
千里さんは甘え上手だ。その言動は、例えそれが二十五のおっさんだろうと、可愛く見える。
「はいはい、作ればいいんでしょう!」
結局、わたしがホットケーキを作って始業式に遅れそうになった。という、そんな話。
*続くよ
(※今回はホットケーキ=パンケーキという風に書きましたが、ホットケーキは甘くて厚みのあるデザート向けのもの、パンケーキは甘さ控えめで食事向けのものと言われたりもしてます。まぁ、ほぼ一緒ですよね)