ダーク・ファンタジー小説

2 ( No.31 )
日時: 2017/09/20 17:30
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: a0p/ia.h)



 一緒に住み始めてまだ一か月だけど、分かったことがある。
 それは、千里さんの残念すぎる家事能力だ。今まで一人暮らしだと言ってたはずなんだけど、本当どうしたって感じのそのスキル。初めてわたしがこの家に来た時も千里さんはわたしの好きなものをなんでも作ってくれると言った。だから、ちょっと子供らしく「ハンバーグが食べたい」と言ってみたのだが、出てきたのはそれはそれは炭化しきった謎のブツで。よく聞いてみると、今まで外食ばかりで自炊したことはなかったらしい。もともとわたしも料理が得意ではなかったけれど、この事実を知って危機感を察知。もちろん、料理の練習をひたすらして、今ではある程度の物なら普通に作れるようになった。
 その上、掃除や洗濯もろもろも、コインランドリーやハウスキーパーを利用している話を聞き、わたしはすぐにやめさせた。千里さんのお金を使う感覚は少し普通じゃないと思った。


「ただいま」

 家に帰ると、千里さんはまだ帰ってなかった。
 そりゃそうだ。今日は始業式だけで学校は昼まで。千里さんはあと六時間は帰ってこない。
 わたしはチャンスだと思った。今まではわたしとの養子縁組の手続きや、その他の問題で長いこと仕事を休んでいた。だからわたしが家に一人になることはなかった。
 でも、ようやく全てのことが終わり、これからはわたしは学校、千里さんは会社に行く。つまり、この家を調べ放題ということだ。

「復讐だもん。悪くない、わたしは悪くない」

 千里さんの部屋の前でわたしはそう呪文のように何度も唱えた。そうしないと罪悪感でこの部屋の扉を開けられそうになかったからだ。
 勢いよく千里さんの部屋の扉を開ける。


「なんだ、自分の部屋は綺麗にしてるんじゃん」

 千里さんがお手伝いさんにもハウスキーパーさんにも入ることを禁止した自室。
 思っていたより物がすくなくて、基本的に資料は整頓して置かれてあった。千里さんが意外と几帳面な人だと、初めて知った。

 何かないのかな、なにか、兄ちゃんのことが分かる何か。


 周りを見渡しながら、私は足を進めた。瞬間、目に入った写真たてに心をすぅっと持っていかれた。
 兄と千里さんと綺麗な女のひと。三人で映っている一枚の写真。
 わたしの知らない過去の写真。

 いつの間にかわたしの足はそちらに向かっていた。
 近くにあった分厚い本をそっと開けてみる。ビンゴだった。

 それは兄と千里さんの写真がいっぱい詰まったアルバム。



「わたしだけが、いない……」


 知らない女の人と、兄が笑顔で笑っている。
 その写真にはわたしは写っていなかった。そりゃそうだ、何年前の写真だと思っているんだ。
 ふいに目の縁が熱くなって、涙が出そうになった。


「深青——」


 部屋の扉の方から声がした。そこにはスーツ姿の千里さんがいた。
 突っ立ったまま、此方を見ている。彼は怒ることなく、こちらにゆっくり歩いてきた。

「ごめんね」


 何を謝っているかは分からなかった。
 だけど、何も教えてくれない千里さんにただただムカついた。知らないのは自分だけ。
 それが無性に悔しかった。


 *続くよ