ダーク・ファンタジー小説

3 ( No.32 )
日時: 2017/10/06 16:44
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: zG7mwEpd)

 持っていたアルバムが地面に落ちる。がんっと思っていたより大きな音が響いた。
 ふわふわした気分だった。今、自分が何をやっているのかあんまり分かっていない。
 気が付くと、千里さんがアルバムを拾っていた。私は瞬間的に、現状を把握した。

「深青」

 ぎくっと体が震えた。
 自分が千里さんの部屋に勝手に入っていたことを思い出した。
 千里さんは私を咎めることなく、部屋から出した。じっと表情を窺ったけれど、何を考えているのかはよくわからなかった。

「何か見つかった?」
「……なにか、って」

 階段を下りながら、千里さんが話しかけてきた。
 私はどぎまぎしながら震える声で答える。気を抜くと階段を踏み外してしまいそうなほど、自分の感覚が安定していない。沼のように深い罪悪感が背中を侵食しているような感じだった。

「どうせ、菖のことを調べようって思って俺の部屋に入ったんでしょ」

 その声に肩がびくっと震えた。千里さんの表情はやっぱり変わらない。
 私には怒っているように見えた。
 階段を下り切って、リビングに向かう。無意識に私は千里さんを追いかけていた。

「あ、の。そうじゃなくて」

 
 出てきた言葉に、意味はなかった。どうにかしないと、と焦る気持ちが心を揺らした。
 咎められたわけでもないのに、涙が出そうだった。

「兄ちゃんが、死んだのって、やっぱり、千里さんに何か関係あるんじゃないかって」

 十年前、千里さんが私に口パクで伝えたあの「ごめん」を思い出して、私はどうしようもない感情になる。あの出来事さえなければ、千里さんを疑うことなんてなかった。
 何がごめんなのか、兄の死の理由を知っているなら教えてほしかった。

 だから、また再会できてうれしかった。きっと、全部私に話してくれるんだって思った。
 だけど、違ったのだと気付かされて。一か月経っても教えてくれないことに、ただ嫌気がさしたのだ。

 ぎこちのない言葉に、千里さんは小さく笑った。
 ゆっくり大きな手のひらを私の頭の上にのせて動かす。撫でられて嬉しくなる自分が情けなかった。

「そっか……。待ちきれなくなっちゃったんだね」


 
 千里さんがインスタントのスープを入れて、持ってくる。ピンク色のマグカップが私ので、水色のマグカップが千里さんの。一緒に暮らすことになって初めて買ったおそろいのマグカップ。
 一口スープを飲んで、私はゆっくり息を吐いた。体中がぽかぽかして、無性に泣きたくなった。

 そうだよ。待ちきれなかったんだよ。いつか、話してくれるって信じてたから。
 だから、私は。


 復讐しないといけない。兄を殺した、兄を見殺しにした、兄をただの「自殺」にした千里さんに、私は復讐しなければならないのだ。
 赦しちゃいけない。恨み続けて、呪い続けて。
 


 スープを飲みきった千里さんは、大きく息を吐いた。そしてこちらを見てにこりと笑った。

「アルバムの写真に女のひといたじゃん。あれ、俺の姉ちゃんなの」


 言葉を紡ぎだした千里さんに、私は無言でうなづいた。



*続くよ