ダーク・ファンタジー小説

6 ( No.35 )
日時: 2017/10/18 17:27
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: zG7mwEpd)




 菖に全部がばれたのはとある冬の日のことだった。
 綾ねえがぺらっと喋った。今度の日曜日に結婚式があるんだけれど、菖くんも来る? 菖の固まった表情を見て、俺は声が出なかった。

 一緒にうちでラーメンを食べた帰り、菖が絞り出すような声で俺に言った。

「明日さ、ちょっと話があるんだけど。いつものところで待ってて」

 今にも消えそうな小さな声。俺はどうすればいいのかわからずに、ただ頷いた。
 話したいこと、そんなの誰だってわかる。なんなら今言えばいいだろうと思った。
 むしゃくしゃする心を抑えて、俺は菖の隣を歩いた。

「じゃあ、また明日」
「また明日」

 別れ際、菖の後姿を目で追った。明日、ようやく俺たちは親友という偽りの関係を破壊する。
 俺はようやく罪悪感から解放されるんだ。

「……俺は、悪くない」

 それは自分だけが報われる手段。菖だけを傷つけて、菖だけを苦しめる。
 こんなことになるなら、もっと早くに関係を終わらせておけばよかった。
 復讐なんて、考えなければ。俺だけ傷ついたまま、それでよかったのに。




 もう、戻れない。もう、後悔したって遅いのだ。

 ぽつりぽつりと降ってきた雪が、俺の肩につもる。
 泣きそうになるのを必死でこらえて、俺は家に帰った。





***


 「お前は何も知らないから」


 いつもの場所に行くと、もう菖はそこにいた。
 赤いマフラーに黒のコート。彼の息は真っ白だった。

 海岸沿いに立った菖は俺を見つけてにこりと微笑んだ。
 そして大きな声でこっちに叫んだ。


 「お前はそのまま、一生気づかないまま、幸せにいてほしい」


 その声が海に響いた瞬間、彼はゆっくりと落ちて行った。
 それはスローモーションのようだった。
 菖が海に落ちてしばらくして、俺はゆっくり彼のいた場所に近づいた。もう菖の姿はなかった。

 呼吸がうまくできなくなって、うっうっと過呼吸のような症状に陥る。
 あやめ、あやめ、あやめ、あやめ——何度も心の中で彼の名前を呼んだ。それでも彼が返事をすることはなかった。
 
 震える手でスマートフォンをポケットから取り出す。
 どうすればいいのかわからなくて、俺は電話マークのアイコンをたっぷした。
 キーパッドで110を打ち終わると、コール音が少し聞こえて、そのあとに男の人の声が聞こえた気がした。
 何を言っているのか理解できるはずのことでさえ、頭がうまく回らない。ただ声を絞り出して言葉にするだけで精いっぱいだった。
 
 「友達が、海に落ち、ました……」


 雪が降っていることに気づいたのは、電話を切ってからだった。
 自分が泣いていることに気づいたのは、パトカーが来てから。
 自分が殺してしまったことに気づいたのは、彼の妹のあの一言を聞いてから。




「あんたが兄ちゃんを殺したんだ」



 口は勝手にごめんと動いていた。
 彼女のたった一人の家族を奪ってしまった自分は、酷く悪人に思えた。
 後悔は雪のように心の奥深くに積もっていく。溶けることなく、永遠に。