ダーク・ファンタジー小説

7 ( No.36 )
日時: 2017/10/20 18:47
名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: KG6j5ysh)


 千里さんはすべてを話し終えたあと、大きく息を吐いた。
 じっと私を見据えるその目に、私は思わずどきっとする。どう思った、とでも聞かれるのだろうか。私は何を言えばいいのかわからずに黙りこくってしまった。

「俺が菖を追い詰めたんだ。あんなに姉のことが好きなんて思ってもみなかった」

 まさか、死ぬまで。と私の脳内で勝手に付け加えられる。
 だけど、どうしても私はその話の内容に納得できなかった。きっと千里さんは嘘偽りのない過去の話をしてくれたのだろう。だけど、そうじゃなくて……。

 だってその話は断片的なものだ。千里さんが何をしたか、どう思ったか。ただそれだけ。
 兄がどういう感情で「死」を選んだのかを知らないと、そのパズルは完成しない。





   「お前はそのまま、一生気づかないまま、幸せにいてほしい」


 兄の最後の言葉はきっと、本音だったのだと思う。
 だけど、それが本音なら兄が傷ついたのはきっと。

 ゆっくりと紐解かれていく「嘘」に息がうまく出来なくなる。私が気づいても、それを勝手に千里さんに伝えるわけにはいかないのだ。
 冷たくなったスープの入ったマグカップを持って、私は立ち上がった。

「私は間違えてなかった。やっぱり、兄を殺したのは千里さんだったんですよ」


 全部に気づいてしまうと、心が痛くて仕方なかった。
 千里さんのせいなわけがない。こんな悲しいお話が全部千里さんのせいであってたまるか。心の中でいっぱい反論しながらも、やっぱり本当のことは言えなかった。

「一生、後悔してください。一生、兄の呪いに囚われ続けてください」

 私はそう言って、食器を流しに置いてリビングを出た。
 ゆっくりと歩いて部屋の扉を開けて、そのままベッドに飛び込んだ。やんわりと冷たいその布は、いつしか私の涙で濡れていた。
 知りたくなかった、気づきたくなかった。

 いろんな感情が胸の中で交錯して、今すぐにでも吐き出してしまいたかった。



 私は目を閉じて当時の兄の笑顔を思い出す。幸せそうに親友の話をする兄の姿を思い出す。
 きっと、好きになってほしかったんだ。叶わないってわかってても傍にいたかったんだ。

 大粒の涙が目から零れ落ちると同時に、うまく息がすえなくなった。
 うっうっと過呼吸のような状態になって、私は大きく咳き込んだ。

「好きだったんだね、千里さんのこと……」

 後悔した。あんなこと言わなきゃよかった。
 私があんなこと言ったせいで、千里さんがもっとこれからも苦しみ続ける。それが兄の本当の願いな訳がないのに。

 胸のあたりを押さえて、ゆっくり息を吸ってはいた。酷く頭が痛かった。

 きっと兄の本当に好きな人は千里さんだったのだ。
 生前の彼が話していたのは全部千里さんの話だった。私が兄から綾さんの話を一度も聞いたことないのだっておかしい。そもそも兄は好きな人の家族だからといって外堀を埋めていくタイプの人間じゃないのだ。そんな賢いことできるわけない。

 「綾さんのことが好き」そんな変な嘘をついたのは、きっと怖かったのだ。自分の気持ちに気づかれることが。あの人は優しくて暖かくて、そして弱くて脆い人間だった。
 自分が好きだとばれて、気持ち悪いと拒絶されるのが怖くて怖くて仕方がない。


 でも兄は、その嘘が千里さんを傷つけているとしってしまった——。
 兄は千里さんのことが大好きだった。それが恋愛感情だったのか、友情だったのかはわからないけれど。嘘をついてまで仲良くなりたかったというのは痛いほどにわかる。
 

「だからって、死ななくてもいいじゃん……」

 私は寝転がって自分のカバンについているお守りを開ける。中に入っている一枚の紙を見て、私は小さく笑った。

『千里にごめんって謝りに行く。
 千里と早く仲直りしたい』

 兄の部屋に置いてあったノートの端にあったその文字。私はその部分だけ切り離して、両親からもらったお守りに大事に入れておいてある。
 きっと何かあったのだろうとは思っていたけれど、こんなどうでもいいいざこざだとは思わなかった。

 ばーか。と私は泣きながらもういない兄に向ってつぶやく。
 きっと死ぬつもりなんてなかったのだろう。馬鹿な兄が足を滑らせて海に落ちたのだろう。
 千里さんが私みたいにそう思えるようになるまで、私は彼の隣にいたいと思った。

 私も嘘をつき続けながら、千里さんの隣にいる。
 千里さんの幸せを願いながら、ずっと、ずっと。