ダーク・ファンタジー小説
- 8 ( No.37 )
- 日時: 2017/10/30 18:06
- 名前: 立花 ◆FaxflHSkao (ID: zG7mwEpd)
「……さん、里さん、千里さん!」
何回か彼の名前を呼んだけれど、なかなか彼は目を覚まさなかった。死んでしまったかのように眠り続ける千里さんを見て、私は不覚にも綺麗だと思ってしまった。
小さな唸り声と、歪む表情。体を何度か揺らすと、ようやく彼は私に焦点を合わせた。
「あれ、深青……」
それはまるで譫言のような小さな小さな声だった。
驚いた表情の千里さんに、私は特別出血大サービスということでにこっと笑って見せた。
「今日はどうしたの。いつもむすっとしてるくせに」
「なにそれ。そんなこと一度もないはずなんだけど」
私は千里さんの布団を引っぺがし、腕を強く引っ張った。いつも私が千里さんにしてもらってたみたいに接すると、彼は恥ずかしそうに笑って小さな声でごめんと言った。何がごめんなのか、聞いてみようと思ったけれど、声にはならなかった。千里さんの表情が儚くて、すぐにでも消えてしまいそうだったから。
「昨日言ったこと、覚えてますか?」
千里さんが部屋で着替えている間、私は扉の前で彼に話しかけた。
聞こえる程度の声で言ったはずだけど、返事はなかった。
千里さんが着替え終わったのか、扉が開いて私は思わず前に転びそうになった。腕をぎゅっとつかんで私を抱きしめた千里さんは震える声でつぶやく。
「覚えてるよ」
一生、兄の呪いに苦しみ続けろ。——きっと、兄はそんなこと望んでないのだろう。どっちかといえば、自分のことを忘れて幸せになってくれとでもいうタイプの馬鹿だから。でも、そんなのじゃ兄が報われない。
一生気づかないまま、幸せでいてほしい。ごめん、その願い叶えられそうにないや。
「兄ちゃんを殺したのは、千里さんです。誰が何と言おうが千里さんです。誰に慰められても、千里さんがやったことは最低最悪で、一人の人間の人生を壊したんです。私の大事な兄の人生を終わらせたんです。ちゃんと、覚えててくださいね」
私は笑って、千里さんの背中に腕を回した。
私はこの人が好きだ。兄を殺したと罪悪感でいっぱいになって、その罪滅ぼしで妹を引き取るなんて馬鹿なことするこの人が大好きだ。
誰にも渡したくない。この人は兄だけのものでいてほしい。
私の好きは恋愛感情じゃないことに気づいて、ちょっとだけ悲しくなった。
「ねぇ、千里さん。今日は土曜日ですよ」
顔を上げると、千里さんが泣きそうな顔でこちらを見ていた。
私はゆっくり彼の頬に手を当てて、ゆっくりと撫でた。
「今日はお仕事お休みですよね。一緒にどこか遊びに行きましょう」
泣けばいいのに。泣きたいときは泣けばいいのに。
兄の死の時、彼は泣かなかった。きっと泣けなかったのだ。
これからは、私が守ってみせるよ。この弱くて脆い、優しい兄の大好きな人を。
大好きだよ。だから、私は今日も君の隣で笑ってる。