ダーク・ファンタジー小説

Re: 第二の人々 ( No.1 )
日時: 2017/07/18 01:27
名前: ももた (ID: IWueDQqG)

第1章:幸福

「あーーっ、チクショウ!早くみたいのにぃ〜〜!!」
ベッドの上、黒人の少年は、四肢をバタつかせて叫んだ。
「仕方ないよ、ダン。万博が開かれるのは、エリア番号順なんだから……」
向かいのベッドに座って本を読んでいた白人の少年は、顔を上げてそう諭す。ダンと呼ばれた少年は、尚もふてくされた顔をしている。
「んなこと言ってもよう、アイザック……ここはエリア9だぜ?そんなに待てるかよう!」
子供じみた彼の様子に、アイザックという少年はクスクスと笑っていた。

ここは箱庭。以前、致死率100パーセントの感染症が確認され、陽性と判断された人々を隔離した世界。住人たちは、外壁に囲まれた12個に分かれた区画の中で、ゆりかごから墓場までを過ごす。壁の外や区画間の移動を制限する代わりに、食料・娯楽など全てにおいて、快適な生活を保障されている。
そんな住人たちの生活に刺激を与えるため、箱庭の中では時折、外の世界に関する万博が開かれるのだ。

そんなこんなで話をしていると、二人の部屋のドアがノックされる。「どうぞ」と返事をすると廊下には、長い黒髪の東洋系の少女が立っていた。
「どうしたの、ノゾミ?」
アイザックが問いかけると、ノゾミという少女は腕を組んだままダンを睨みつけた。
「さっきから、ドタドタうるさいのよ。食堂まで響いていたわ」
ノゾミの落ち着きつつも威圧の効いた声に、ダンはしゅんとなり、アイザックは隣で小さく笑っている。ノゾミはため息をつくと、もう一度口を開いた。
「コックが食事の用意ができたから、食べにきてくださいって」
ノゾミはそう告げるとくるりと後ろを向き、階段の方へ去っていく。
「飯!やった!!」
ダンは飛び起きると、ノゾミの後を追いかけた。足音は相変わらずドタドタうるさい。振り返ったノゾミにまた注意されている。アイザックはそんな2人の背中を見て、ふと思った。
(ああ、この人生は、幸福だな……)

***

食堂に入ると、写真付きでメニューを表示した電子パネルと、壁に取り付けられたスピーカーとマイクがある。
「コック、今日のオススメは何?」
ダンはマイクに向かって問いかけた。すると、スピーカーからは電子的な声が聞こえる。
『本日は新鮮な牛肉が入っております。ハンバーグ定食がオススメです』
スピーカーはそう答える。ダンとアイザックはそれをマイクに向かって頼む。ノゾミは蕎麦と一言告げて、スタスタ奥へと入っていく。受け取り口に回ると、すでにハンバーグ定食2つと、蕎麦が用意されていた。
「サンキュー、コック」
『どうぞ、お召し上がりください』
3人は席に着き、いつものように談笑を始める。
「さっきは、なんであんなに騒いでいたの?」
「ダンが、万博を早く観たいって駄々をこねてたんだよ」
「だって、エリア1では、今週末にスタートするんだぜ?ずるいだろ」
「あきれた」
またため息をついたノゾミは、ふと食堂に設置されたテレビの画面に目をやる。ちょうど何かの事件の報道をしているらしい。現場の映像と、電子音声のアナウンスに注意を向けた。
『今日未明、盗み目的でエリア7の貨物庫に侵入した男性が逮捕されました。詳しい動機は不明ですが……』
「なに、バカなことやってんのかね。箱庭の中に住んでりゃ、クラークに頼めば何でも手に入るじゃねえか」
「本当だね。箱庭の中で罪を犯せば、重いリスクを背負うのに」

箱庭の中で犯罪を犯すと、待っているのは罪状に問わず終身刑である。ただでさえ短い一生を、監獄の中で過ごさねばならない。生活物資は、無料で支給される。この寮の運営や報道も全て、仕事はAIたちが引き受けてくれるので、無理に働く必要もない。義務といえばせいぜい、月に一度の健康診断くらいだ。そんな箱庭で、犯罪が起きるのは稀である。

「いったい、この人は何を考えていたんだろう……」
アイザックは、ポツリと呟く。
「……さてね」
ノゾミは画面から目を離し、パチンと箸を置いた。

Re: 第二の人々 ( No.2 )
日時: 2017/07/19 03:02
名前: ももた (ID: IWueDQqG)

翌日、正午すぎ、3人は、カフェで昼食をとっていた。
「よかった、今回も異常なしだ」
「俺も!」
「3人とも引っかからなかったわね」
3人はそれぞれ、検査結果を手に、胸をなでおろしていた。月に一度義務付けられた健康診断の結果が返ってきたのだ。初期症状を確認したら、すぐに緩和治療に入り、穏やかに死を迎える。それがこの箱庭での一般的な最期だ。
「安心したら腹減った!アイスも追加で頼んじまえ!」
「健康管理はしっかりしなさいよ?」
「分かってるって!」
口だけで答えて、ダンはサンドウィッチにかぶりつく。脂ののったベーコンの味が舌全体に染みわたり、思わず顔がほころんだ。
「ダンはいつも、美味しそうに食べるよね」
アイザックが微笑みながら言う。ダンはモゴモゴ喋っているが、何を言っているのか分からない。
「ダン、飲み込んでから話しなさい」
スムージー片手にノゾミが言う。ゴックンと大きな音を立てて、ダンは言った。
「だってさ、こうして好き勝手できるのも、どんなに長く生きても、あと1年あるかないかだろ?」
ダンの言葉に、2人の顔が少し曇る。箱庭内での平均寿命は20歳弱。だいたいは、20歳で病気を発症する。ダンは19歳だ。いつ発症してもおかしくは無い。
「俺は多分、お前らよりは先に逝くだろ。でも、大丈夫だ。きっと、シンリーも待ってくれている」
3人の心に、幼くして病に倒れた、もう1人の幼なじみのことが思い起こされた。ノゾミのルームメイトだったシンリーは、10歳で病気を発症し、そのまま息を引き取った。シンリーの命日から、3人にとって死は身近なものになった。だからこそ、シンリーが亡くなってからのこの6年間は充実していた。
「シンリーに、僕たちの見聞きしたことを全部教えてあげよう。そしてまた一緒に生まれ変わってきたら、今度は4人で色んなものを見に行こう」
アイザックの言葉に、2人は微笑む。そうだ、自分たちは生きていかなければならない。シンリーの分も……
「……差し当たっては万博だ!なんとかエリア1に行く方法はねぇかな……」
まだ諦めていないのかと、あきれながら2人はダンの方を見る。ダンはうーんと頭をひねっていた。人の移動による感染を防ぐため、エリア間の移動には制限が加えられているのだ。
「そんなに気になるなら、エリア間鉄道に忍び込んだら?」
ノゾミの提案に、2人は目を丸くする。
「だだだだめだよ!ガードマンに捕まっちゃうよ!終身刑だよ?」
アイザックは卒倒しそうな顔で止める。珍しく慌てふためく彼を見て、ノゾミは声を抑えて笑った。
「エリア間の越境だけでは罪にならない。空の貨物列車に乗っていれば、盗難を疑われることもない。せいぜい、注意勧告と反省文くらいよ」
アイザックは不安そうな顔をする。ノゾミはいつも、こんな無茶な提案には反対するのに、今日はいたって乗り気なのだ。先ほどの健康診断に、ノゾミの脳は本当に異常なしと書かれているのか、アイザックは不安になった。第一、そんな期待を持たせることを言えば……
「よし、忍び込もうぜ!それに、バレなきゃノープロだしな!!」
ダンは乗るに決まっている。アイザックは悪い方向に進んで行く2人を前に、オロオロするほかなかった。

Re: 第二の人々 ( No.3 )
日時: 2017/07/17 13:37
名前: ももた (ID: IWueDQqG)

「ほ……本当に来ちゃったよ……」
アイザックは唖然とその文字を見上げた。
『21世紀の科学展』
ダンが本命としていた展示コーナーだ。軽い足取りで入って行くダンの後ろから、アイザックはビクビクとしながらアーチをくぐり抜けた。そんなアイザックを、ノゾミがコツンと小突く。
「挙動不審にしていると、逆に怪しまれるわ。ダンを見習って、素直に楽しんでなさいよ」
ノゾミは帽子の下で微笑を浮かべていた。いつも通りな彼女を見て、自分も平静を装う。
「アイザック、あなた普段はそんなに背筋を伸ばしてないわ。もう3°くらい前かがみになって……」
「分かんないよ!ていうか、なんでそこまで覚えてるの!?」
振り返りながら声を上げるアイザック。ノゾミはそんな彼の頭に、ポンと自分の手をのせた。
「それでこそアイザックよ」
からかうようなノゾミの笑み。アイザックはもやもやとしながら「分かった……」と小さく呟いた。
列に並んで進んで行くと、お目当の展示物が見えてきた。
「あったあった!クローン技術!」
「この間観たSF映画に出てきたんだよね!」
ダンとアイザックは、その説明に釘付けになる。CG動画で分かりやすく説明してあり、2人の探究心を満たしていった。
「ノゾミもこっちにおいでよ!」
「……私はいいよ」
ノゾミは後ろの方で、2人の様子を見守っていた。帽子を殊に深くかぶっている。今更バレたところで、関係ない気もするのだが……

***

十分に万博を堪能し、気がついた頃にはティータイムを過ぎていた。小腹が空いた3人は、適当な店を探した。ちょうど、クレープ屋がある。店頭のAIから3人はクレープを受け取った。
「クレープを食べたら、そろそろ帰ろうか?夕飯までには帰らないと」
アイザックが帰りの時間の話をし始めていると、不意に誰かに服の裾を引かれる。誰だろうかと、アイザックが振り返ると……
「な……!?」
まるで、亡霊にでもあっているかのようだった。短い黒髪。黒く大きな瞳。見間違えるはずはない。最後に会った時よりも、時間が逆行したように幼くなっているが……
「シンリー……?」
彼女に瓜二つな少女が、不安そうにアイザックを見上げていた。