ダーク・ファンタジー小説

Re: 第二の人々 ( No.10 )
日時: 2017/08/12 20:24
名前: ももた (ID: A4fkHVpn)

第4章:脱出

脱出の準備は、順調に進んでいた。当分の間の食料に着替え、貨物飛行機の運行予定、発信機の取り外しもめどが立っていた。そんなある日、アイザックが言った。
「ねえ、シンリーのことはどうしよう?」
その名を聞き、ダンとノゾミは作業をする手を止めた。
「もちろん、連れて行こうぜ!居場所だって分かっているんだし」
「そうね、反対する理由がないわ。でも問題は……」
「シンリーが脱出を拒否した場合……か」
十分に思慮分別のついている3人と違い、シンリーは6歳の少女だ。3人の言葉を受け入れてくれるかどうかは疑問である。
「アイザックはどうしたいの?」
考えあぐねているアイザックに、ノゾミが問いかけた。
「僕は……連れて行きたい!ここに残して死なせたくない!またシンリーが死んでしまうのは嫌だ……」
「なら、そう言えばいいんじゃない?」
ノゾミは優しく微笑んだ。ノゾミの言葉に背中を押されたのか、アイザックは力強く頷く。そしてまた3人は、脱出の準備を再開した。

***

アイザックは綺麗に整えられた自分のベッドを見つめる。今日、自分たちはこの箱庭を脱出する。
「終わったわよ、ダン」
「ありがとう、ノゾミ」
発信機を取り外したノゾミは、それを小瓶に放りいれた。
「なんに使うんだ、そんな物?」
「ちゃんと使い道があるのよ。さあ、出発しましょう」
ノゾミは自分の荷物を担ぎ、立ち上がった。そして3人は部屋を後にする。物心ついてからずっと世話になっていた住処を出て、もう一人の親友の元に歩み始めた。

Re: 第二の人々 ( No.11 )
日時: 2017/08/13 20:32
名前: ももた (ID: A4fkHVpn)

シンリーは、眠りにつこうと自室に戻ってきた。片側には、荷物が全て片付けられたベッドがある。涙をこらえて、自分のベッドに横になる。
不意に、窓を叩く音が聞こえた。ここは一階だ。堂々と玄関から入ってきても差し支えは無いのにと思いつつ、シンリーはカーテンを開けた。外には、この間万博で出会った3人がいる。驚きながらも彼らに恩のあるシンリーは、窓を開けた。
「どうしたんですか……?」
シンリーは恐々尋ねる。
「シンリー、少し部屋の中に入れてくれるかな?」
「は……はい……」
窓を大きく開き、彼らを招き入れる。3人が部屋に入ってくると、その内の1人が鬼気迫った表情で話しかけてきた。
「シンリー、今すぐ身の回りのものを整えてほしい。僕たちと一緒に外へ逃げて欲しいんだ」
アイザックの声色は、小声ながらも凄みがあった。シンリーに恐怖心を与えてはいけないと思い、ノゾミが言葉を継ぐ。
「私たちは、この箱庭でドナーになるために生まれてきたの。ここにいれば殺されてしまう。だから、一緒に逃げて欲しいの」
「ドナー……?」
「誰かに心臓や骨をあげることだ。ドナーにされた方は死んじまう」
シンリーは、少し考えるそぶりを見せる。そして、頷いた。
「やっぱり……病気じゃなかったんだね……」
シンリーの予想外の言葉に、3人は顔を見合わせた。するとシンリーは、今は空になっているベッドを指差す。
「この部屋ね、前はもう1人住んでいたの。5日前に返ってきた健康診断で、病気にかかっていることが分かって死んじゃったけど……でもね、病院に行く前はすごく元気だったんだよ!だから、ずっと信じれなくて……」
堰を切ったようにシンリーは泣き出した。ノゾミはその体を抱きしめる。ふと、昔の自分を思い出した。同室だった彼女の死の真相を知ったのも、ちょうどこのくらいの年だった。
「ついて来てくれる?」
アイザックが優しく問いかけた。するとシンリーはもう一度頷く。涙をぬぐい、アイザックを正面から見上げた。
「よし、じゃあシンリーも身支度しようぜ!俺たちも手伝うから」
ダンは張り切って服の袖を捲り上げる。すると……
「その必要はないわ」
ノゾミがそれを制止した。

Re: 第二の人々【完結】 ( No.12 )
日時: 2017/08/26 00:06
名前: ももた (ID: jFPmKbnp)

空港内に警報ブザーが響き渡る。
『貨物便T208に侵入者の反応。即座に捕らえよ』
AIロボット達が動き回る音がする。統率のとれた無駄のない作動により、あっという間に問題の飛行機が包囲される。AI達のうちから3体が、その機体に乗り込んだ。重火器を抱え、ネズミ一匹通すまいとしている。
AI達は発信機の反応を確かめた。コンテナの裏に3つ。しかし、AI達は予期せぬ事態に面した。その発信機の位置は、3つが重なり合うように存在しているのだ。人間ではありえないほど密接に。
急いでコンテナの裏に回り込む。そこに人の姿は無かった。あるのは、取り外された発信機が3つ詰められた、小さな小さな小瓶だけだった。

***

「ノゾミ?今、何て……」
「私は箱庭の外に出るつもりはないと言ったの」
うろたえる一同をよそに、ノゾミは自分の担いでいた荷物を降ろし、それをシンリーに差し出す。
「あなたの荷物よ。生活に必要そうなものは、全て揃えてあるわ」
「なっ……お前の分は?」
「準備してないわよ。最初から」
シンリーは差し出された荷物を、受け取っていいのか迷っていた。なかなかシンリーが受け取ってくれないので、ノゾミは先にシンリーの発信機を取り外す作業に入った。
「6年もあるとね、余計な情報まで手に入ってしまうのよ。例えば、自分たちが誰のために生きているのか……とかね」
持って来た薬品をコットンに染み込ませ、シンリーの手を取る。
「アイザック・バリスター、56歳、依頼人のためには手段を選ばない悪徳弁護士」
発信機が爪から浮いてきたら、ピンセットで素早く剥がす。
「ダン・ベルマン、59歳、麻薬の密輸で財を成したメキシカンギャング頭領」
外した発信機は、先ほどと同様小瓶に入れる。
「王星麗(ワン・シンリー)、36歳、人身売買ブローカーの娘」
仕上げにシンリーの指についた薬品をガーゼで拭き取り、ノゾミは顔を上げる。
「そして……篠塚希(シノヅカノゾミ)、37歳、夫と2人の子供がいる一般主婦」
ノゾミは微笑を浮かべ、アイザックとダンを仰ぎ見た。
「私のオリジナルは、社会的に見れば取るに足らない人物かもしれない。でもね、そのささやかな幸せを奪おうとは思えないの。私がいなくなることで、夫から妻を、子供から母を、奪うことになるかもしれない」
そして立ち上がり、アイザックとダンの側に歩み寄る。そして……
「ここで、さようならよ。今まで、ありがとう、2人とも。あなた達はこの運命にどうかあらがって……」
2人を強く抱き寄せた。アイザックの頬を、涙が伝う。
「嫌だ……嫌だよ、ノゾミ……何で……」
「言えば私を止めていたでしょう?いいのよ、これで……私は……」
しばらくの抱擁の後、ノゾミは2人から離れた。それからシンリーの元に寄り、彼女のことも抱きしめる。
「きっと、あなたに言っても何のことだか分からないでしょうけど……私、あなたと友達になれて良かった。あなたが死んだ時は悲しかったけど……今、あなたを救うことができることを、誇りに思うわ」
シンリーも自然と涙か溢れ出た。ノゾミには一度しか会ったことがないのに、その優しい笑顔は何故か懐かしく感じた。
「さあ、いきましょう。あなた達が無事に外に出ることができたら、私がこの小瓶を別の飛行機に放り込んで、あいつらを混乱させるわ。きっと、着陸した空港への伝達は、遅らせることができるはず。その隙に逃げるのよ」
涙を止めることができない3人を振り返り、ノゾミは困ったような笑みを浮かべる。

「泣かないで。私、この人生に満足してるのよ?」