ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ心の魔物 Ep10 英雄がいなくても…… ( No.11 )
日時: 2017/08/06 18:57
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)


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「……まだ目を覚まさないのか」
 フェロンがベッドを覗き込んだ。

 あれから一週間。力を使い果たしたリクシアは、いまだに目を覚まさない。
「高名な魔道師に頼めば、あるいは——?」
 目覚めるかもしれない。しかしそれには金がいる。
 町を転々と旅するだけの彼に、そんな金があるはずもなく。
 それに、傷の癒えきっていない彼に、長い旅が、できるはずもなく。
 しかし、このまま彼女が目覚めない可能性だってある。
 ある、のに——何もできない自分がもどかしい。
「……詰んだ、ね」
 完全に手詰まりだ。どうしようもない。
「古い知り合いでも訪ねてみようかな……」
 叶わぬ夢だ。どこにいるかもわからないのに。
「……ねぇ、リア」
 起きて。目覚めて。
 大切な人のためになりたいのなら。眠ってないで、起きてきてよ。
「……君のことを、みんな、必要としているよ……」

  ◆

 時は、待ってはくれない。

「……またですかぁ!?」
 ルードのすっとんきょうな声が響いた。
「お客さん、お客さん! また来ました! 魔物です!」
 隠れていろと、彼は叫ぶ。
 フェロンはゆらりと立ち上がった。
「……フェロン、さん?」
 ルードの声に、心配が混じる。
「フェロンさんはまだ完調じゃないんですから、やめたほうがいいですよ!」
「……でも、行かなきゃ」
 言って、腰の片手剣に触れる。手を開き、閉じ、足を動かし、感覚を確かめる。
 
 大丈夫、戦える。

 今は、こんなことには真っ先に飛んでいく、元気で明るい英雄はいない。 
 英雄は、眠ったままだから。
 でも、英雄が不在でも、英雄が必要なときだってある。

 だから、立ち上がるんだ。

 英雄がいなくても。その目を覚まさなくても。

「……君がくれた命だろう?」
 あのとき。彼女が割って入らなかったら、彼は絶対に死んでいた。

「僕は、行くよ、ルード」
「フェロンさん!」
「英雄がいないなら、僕がその代わりをすればいいんだ」
 彼女がいるなら、絶対にそうする。正義感の塊みたいな子だから。
 それを、恩返しとしたいんだ。
 
 彼は広場にその足を踏み出した。

  ◆

「いやぁ! やめてぇっ!」
 現れた魔物は全部で三体。そのうちの一体が、幼い女の子を襲おうとしていた。
 フェロンはその場へ駆け出し、稲妻のような速さで抜刀する。
 大丈夫、戦える。傷はそれなりに癒えた。
「きゃぁぁぁああああああっ!」
 悲鳴を上げる女の子を背にかばい、その片手剣は魔物を一閃した。

「……何とかなったみたいだ」
 魔物を一体、斬り捨てると。驚く女の子はそのままに、同い年くらいの少年に襲いかかっていた魔物へと走る。
 大丈夫、戦える。この程度でへたるような体力じゃない。
「わおっ! お前……!」
「そこをどけッ!」
 紫電一閃。斬りかかった刃は確実に、怪物の喉元をしかととらえた。
 英雄がいないなら。英雄がいないなら。力を尽くして代わりとなろう。
 フェロンは剣の露を払う。
「……二体目」

 三体目の魔物は、なんとルードの宿の前にいた。
 馴染みの宿だ、やらせるか。
 大丈夫、戦える。まだまだ剣は鈍っちゃいない。
「フェロンさん〜!」
 泣きつくルードに優しく笑いかけて。
 英雄の代わりに剣を振るった。それはあっさり魔物を斬った。
 くずおれた魔物は人に戻った。美しい、美しい、娘だった。
 それを見、泣き伏す家族たち。知っている。これが摂理だ。
 フェロンは振り向かずに、宿に戻った。

  ◆ 

 宿の部屋で、膝をつく。剣を支えにして何とか倒れずにしている。

 ——限界だった。
 
 ちっとも余裕じゃなかった。大きな傷がないのが不思議なくらいだ。
「……三体も相手にすればぁね」
 荒い息をつき、呼吸を鎮める。
「……リア」
 そっと呼びかけた。
「……君は、いつまで目覚めないわけ?」
 あんな大きなことがあったのに、英雄はいまだ眠ったままで。
「……目覚めろよ……」
 呼びかけても。何一つ反応はなくて。
 英雄はいない。英雄はいない。英雄の代役ももう戦えない。
「誰がみんなを守るのさ……」
 リクシアは、目覚めない。

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 ……完全にフェロンの独壇場ですね。どうしてこうなったのかな……。
 展開を大きく進めすぎないように、と心がけたらこうなりました。
 この先、リクシアは目覚めるのか? 「ゼロ」の行方は?
 謎ばっかりですが、まだまだ続きます。
 次の話をお待ち下さい……。