ダーク・ファンタジー小説
- カラミティ・ハーツ心の魔物 Ep15 覚醒せよ、銀色の「無」 ( No.18 )
- 日時: 2017/08/08 20:00
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「リュクシオン=モンスター……」
去りゆく怪物を、見据える影があった。
「ゼロ」だ。今日はあの女と一緒ではなかった。
だから彼は、本来はここにいないはずだった。
彼女はあえて、彼を連れていかなかった。
その理由は——。
オモイダサセタクナカッタカラ。
「——ッ! 頭が……」
その怪物を見た途端、はじけだそうとする記憶。思い出したいのに、執拗な頭痛がそれをさせない。
「ぐ……ああっ!」
脳裏に走った激痛。焼けつくように、突き刺すように。
「ゼロ」はうめき、大地をのたうち、転げ回った。
それでも——これは。
魔物を。見た瞬間、はじけそうになった記憶は。
大切なものだから。
苦しくても——苦しくても。思い出さなきゃならない、そんな気がした。
(リュクシオン=モンスター)
唯一残った記憶が言うのだ。
(あれは、リュクシオン=モンスターだ)
そして。
「ゼロ」
母さんの声。
違う、あれは、母さんじゃない。
「ゼロ! 何してるの!」
違う。僕の名は「ゼロ」じゃない。
言っていたじゃないか、あの日、戦った一人の少女が。
思い出せ、思い出せ。あの少女の言った言葉を。
頭痛はますますひどくなり、考えるのすら億劫になる。
歯を食いしばり、痛みに耐え。
あの日の記憶を呼び戻す。
「ゼロ!」
「ゼロじゃないッ!」
あの少女の、言葉。
『******・*******! 目を覚ましてッ!』
——思い出した。
頭痛は、消えていた。
「あなたは……母さんじゃ……なかった……」
「何を言っているの? 私はあなたの母さんでしょう」
「違うッ!」
思い出した。思い出せた。あの遠い日の暮らし。父にいじめられ、兄にいじめられ。それでも、どんな時でも。母だけは味方でいてくれた。
「母さんの名はエリクシア! そして、僕の名は——!」
あの子が教えてくれた、僕の本当の名前。
僕は、ある国の王子だった。
唯一生き残った、王族。
ゆえに、名乗ろう。思いを込めて。その名は——
「エルヴァイン・ウィンチェバルッッッ!」
叫び、「母」に剣を向けた。
「……運のない子」
「母」は小さくつぶやいて、自らも剣を抜いた。
「ならば殺して差し上げるわ、私の可愛い『ゼロ』——いいえ、ウィンチェバル王国第三王子ッ! エルヴァイン・ウィンチェバルッ!」
「望むところだ! 人の記憶を勝手に操って……。この屈辱は、今、晴らす!」
二本のつるぎが交わった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
どーも、藍蓮です。
今回は完全にサブストーリーですねー。主人公全く出てないし(笑)
正直、まだこんな序盤で敵役一人消してもいいの〜? なんて思ってますが、前の話でリュクシオン=モンスターを出した以上、こうなることはわかっていました(オイ)。
ついに覚醒(?)した「ゼロ」。謎の女との戦いの行方は?
次回をお待ち下さい!
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep16 亡国の王女 ( No.19 )
- 日時: 2017/08/09 08:07
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
——力量が、違った。
「ぐうッ!」
身体を貫いた剣を。彼は呆然と見ていた。
「運のない子。忘れたままなら、こうはならなかったのに」
剣を引き抜き、露を払い。そのまま歩き去ろうとする背に。
「待……て……!」
かけた声は無視されて。
エルヴァインは、くずおれるようにして膝をつく。
視界がゆがむ。何もかもが真っ赤に染まる。
「こんな……ところで……!」
果たさなければならない使命があった。
謝らなければならない人がいた。
やりたいこと、やるべきこと。まだまだたくさんあったのに。
貫く痛みに意識を失いかけ、なんとか再び覚醒する。
生きたいと、死にたくないと。心が、全身が。魂の叫びをあげていた。
「僕は……まだ……!」
死ぬわけには、行かないのに——。
あの日。あの女に誘惑された。それが崩壊の始まりで。
記憶をなくし、意思もなくし。操り人形のように生きていた。
そして、今。記憶も意思も取り戻した彼は、また何かをなくそうとしている。
——それは、命だ。
「嫌だッ!」
叫んでも。もがいても。必死に足掻いても。
何かが変わることはなかった。何かが起きることもなかった。
当然だ。神様なんて、いないのだから。
奇跡なんかに期待しない。
——でも、生きたい、から。
どうすれば、生きられるのだろう——?
◆
丘の上に、銀色の少年が、倒れていた。
腹から血を流し。青ざめた顔で。
でも、かろうじて、生きていた。
「……仕方ない、か」
一人の少女が、その身体を抱きかかえた。
「まったく。こんなところで倒れないでほしいものだわ」
感情のない声は、しかし、どこか心配げだった。
「あんたはいっつも無茶をして……。あの女の正体をわかっていたの? 知らなかったんでしょう。知っていたなら、問答無用で逃げていた」
少女はぶつぶつと呟きながらも、少年をどこかに連れていく。
そっと、口にされた名前は。
「——あの、『偽りの女神』ヴィーナだと、知っていたなら」
◆
「じゃぁ、再び目指そう、花の都、フロイラインを」
フィオルも少し、回復してきた頃。リクシアがそう、提案した。
「でも、今回はフェロンも一緒だもーん。みんなで行こうよ? そこに行って、何かを見つけないと……話は全然進まないもの」
だな、とアーヴェイもうなずいた。
すると。そこへ。
コンコン。ドアのノックされる音。
これまでいろいろなことがあったから、思わず身構えるリクシア。
他のみんなも油断なく武器を構え、誰何した。
「何者っ!」
「グラエキア・ド・アルディヘイム・アリアンロッド。エルヴァイン・ウィンチェバルと深い関わりをもつ者、といったらわかるかしら?」
「……入って」
エルヴァイン・ウィンチェバル。それは、あの「ゼロ」のことだ。
他人ごとではない。
「単刀直入に聞く。リュクシオン=モンスターは、どんな戦い方をしていた?」
「それ以前に、貴様は誰だッ!」
「身分で言うのならば」
感情のない声が、告げる。
「今は亡き、ウィンチェバル王の姪よ」
……新たなる波乱が巻き起ころうとしていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
新キャラ登場でーす。
私は多く、物語を書く際には、設定を「構成ノート」にまとめてから内容を書き始めるのですが、新しい彼女はなんと、「ノート」にも書いていない、ぶっつけ本番のキャラです。というか、「ノート」に書いたキャラはもう尽きたので、これから「新キャラ」がでるときは、みんなぶっつけ本番になります。
明かされた「女」の名前、不意に現れた、謎の少女。「彼ら」が紡ぎだす物語は、次は一体どんな所に向かうのか。
次回をお待ち下さいな。
- カラミティ・ハーツ Ep17 正義は変わる、人それぞれ ( No.20 )
- 日時: 2017/08/09 22:41
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
更新遅れたのは、学校で部活があったから!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
グラエキア・アリアンロッドことグラエキアは、言った。
「エルヴァイン・ウィンチェバルは元に戻ったわ。リュクシオン=モンスターを見て記憶が戻った。でも、今は大怪我をして、動けない。だから私が来たのよ」
彼女は再び訊いた。
「だから、質問なの。リュクシオン=モンスターは、どんな戦い方をしていた?」
「……兄さんに何する気?」
「当たり前じゃない」
人形みたいに淡々とした彼女は、言うのだ。
「殺すのよ」
「……今、なんて?」
「言った。殺すと。あれは災厄。存在してはならぬモノ」
「でも、兄さんなんだよっ!」
その言葉に怒りを示し、リクシアは乱暴に立ち上がった。
「魔物になっても。怪物になっても。あれは……兄さんなの。殺すなんて、そんなっ!」
「生憎と私情を優先している暇はないわ。あなたはアレが、一体どれくらいの人を殺したのかご存じ?」
「し、知らないわよ、そんな……」
「百」
突きつけられるは冷たい現実。
「私の情報網なら、余裕で百は越えるとの数値が出ている。あなたは百というのが、どんなに大きな数字かわかってる? 百人いれば、村ができるわ。小さな町だってできる。あなたの兄さんはね、エルフェゴール」
「どうしてその名を——」
「町を一つ潰したも、同罪よ」
「————ッ!」
百。百人。百の命。重い。すさまじく重い。重すぎる、それ、を。
「奪ったのはあなただ。討伐しようともしないで。叶わぬ夢を、無駄に追い続けた」
「…………やめて」
「だから、私は再び問うわ。あなたは人殺しになるのかと。罪もない女子供を。私情のために犠牲にするのかと。大召喚師の妹が、聞いて呆れる。所詮、あなたの正義はあなたにとっての正義でしかなく、他人を一切省みない」
「やめてったら——」
「……やめろ、アリアンロッド」
フェロンが静かに割り込んだ。
「ああ、僕らが掲げるのは身勝手な正義さ。だがな、それのどこが悪い。人は皆、聖人君子であるわけじゃない。……身勝手な正義の、何が悪い」
「……あら」
思わぬ反撃に、グラエキアは小さく声をもらした。
「確かに、身勝手な正義だって、悪くはないけれど」
その紫の瞳が、強い笑みを浮かべた。
「私たちは、王族だから」
部屋の扉に、手をかけて。
「そんな私たちの正義は、家臣の失態をすすぐこと」
邪魔したわね、と言って、彼女はいなくなった。
敵なのか、味方なのか。よくわからないけれど。
人には人の正義がある。それが対立することだって、あるのだと。
「……確かに、グラエキアの言葉には一理あるが」
アーヴェイが目を閉じ、つぶやいた。
「だがな、おそらく奴は知らない。身近な者が、魔物になった悲しさを。だから、あんな冷たいこと、言えるんだ」
大切なものが魔物となったとき。それを救いたいと考えるのは、当たり前のこと。
「いそごう、フロイラインへ」
フィオルは言った。
「グラエキアに、リュクシオン=モンスターが、討伐される前に」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
敵か味方か? 新たな登場人物、グラエキア!
はい、藍蓮です。更新します。
人にはそれぞれ正義があって、それが対立するからこそ、戦争は生まれるのだと考えています。今回は、「正義」についての話でした。
グラエキアら王族陣営は、「リュクシオン=モンスターを倒すこと」を正義としています。なぜなら、それは、滅びた祖国の生んだ、害悪だから。王族としての誇りが、身内の恥は身内でそそがんと、そんな行動を取らせるのです。
ご精読、ありがとうございました!
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep18 一つの不安 ( No.21 )
- 日時: 2017/08/10 11:40
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
【誤ってデータ消えたー!
うわああああああああん!】
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「極北の町、フロイラインには。日の沈まぬ夜と日の昇らぬ朝があるらしい」
あの後。急がなければと宿を出た。
そこでアーヴェイがした話。
「え? おかしいよ。日の沈まぬ夜と日の昇らぬ朝? お伽話の類じゃないの」
「それが事実らしいよ。前にリュークが、精霊からそんな話を聞いたって」
フェロンがそれに割り込んだ。
「話によると、フロイラインだけでなく、極北と呼ばれる地域なら、どこにだってあることらしい。天使と悪魔、そうなんだろう?」
「……好きで悪魔に生まれたわけじゃないがな、傷痕。ああ、そう言う話だ。しかし、フロイラインは伝承と伝説の国……。具体的な場所はわからないんだ。だから」
「傷痕呼ばわりはやめてほしいけど。つまり、北を目指してればいいってこと?」
「曖昧で悪かったな?」
「誰もそんなこと言ってないよ」
フェロンは苦笑いを返した。
話を聞いて、リクシアはふーんと思う。
「でも、そこ、実在するの?」
空気が、一瞬、固まった。
フィオルが弱気な声で言う。
「実在するかはわからないんだ。でも……手掛かりは、ここしかないから。ここ以外で、魔物が人間に戻った話は聞かないから」
仕方ないのさ、と呟いた。
「溺れる者はわらをもつかむ。……期待掛けて、すまなかったね」
「いえいえ、そんな」
……実在するかもわからない町、か。
そんなものを目指して旅する。
グラエキアは、もっと確実な目的を、持っているのに。
「不利、よねぇ……」
ため息をついた。
◆
「……まだ、目覚めないのね」
グラエキアは、眠るエルヴァインを見て、小さくつぶやいた。
「生き残ったなら戦いなさい。いつまで眠っている気なの」
剣の貫通した腹の傷は、グラエキアがしっかり手当てした。
眠ったままのその顔は、苦しそうでもあった。
「もっとほかに生き残っていたらよかったけど……無理な話か」
嫌われ者のエルヴァインと、戦争を厭ったグラエキア。
王族ならば本来、戦争の場にいなくてはならないのに。
この二人は、国外にいたために、「大災厄」を免れた。
(まぁ、これで生き残ってたって、それはつまり、臆病者ってことよね。そんな仲間は、いらないわ、ね)
彼女は天を、振り仰いだ。
「……今、こうしている間にも。あの魔物は、きっと人を殺している……」
それを正すのが、私たちの正義だ。
「夢は見ない。見るのはただ、現実だけよ」
あの少女と私たち。どっちが早いかしら。
「どっちにしろ、道はわかれた」
呟いて、エルヴァインの顔を見た。
「……いい加減、目覚めてくれるかな……?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
うわあああああん! 1000文字以上書いたデータが消えたー! バックアップも取ってなーい!
泣きそうな気分の藍蓮です。うわああああん! 折角、グラエキアの場面とか書いたのに! 一気にパアになって、しばらくは立ち直れませぬ。
……次回作にご期待下さい。
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep19 照らせ「満月」皓々と ( No.22 )
- 日時: 2017/08/10 16:56
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
とりあえず北へ、北へ。一路進んだ。極北の地へ、花の都へ。
次に訪れたのはヴィーカという町。最初の町、アロームからはそれなりに離れている。
しかし、町には人気がない。すれ違う人っ子一人いない。
「ねぇ、どう思う?」
不安になって、仲間たちに聞いてみた。異常だな、とアーヴェイが即答する。
「ここはそこそこ大きな規模の町……。人は皆臆病なのかもしれないが、こうも人がいないのは……異常だ、な」
「家の中に人の気配はするのに……。みんな気配をひそめてる。おかしいよこの町!」
フィオルが不安げに、アーヴェイの服の端にしがみついた。顔を厳しくしたアーヴェイが、フィオルを守るようにして歩く。
「ここに長くいるのはよくない」
フェロンがそっとつぶやいた、時。
「——危ないッ!」
「——へ?」
普通に歩いていたら、突き飛ばされた脊中。
先ほどまで彼女の頭があったところを、魔物の腕が通り過ぎる。
「ぐうッ——!」
「グラエキア!?」
代わりに吹っ飛ばされたのは、漆黒の美少女。
彼女は素早く立ち上がると、言った。
「逃げなさい。ここの住民は皆魔物化した! 詳しいことを話している暇はないから!」
「待って! 何で私を助けてくれたの! ……敵じゃ、ないの?」
「私が敵だといつ言った! 悪いかしら? ただの気まぐれよ。ここで死なれても、後味が悪いッ!」
「死……ぬ……?」
驚いて訊き返すと、見えなかったの? と彼女は呆れた。
「今の一撃。頭を狙ってた。私が入らなかったらどうなっていたことか! って!」
彼女は盛大に、舌打ちする。
いつの間にか、囲まれていた。
襲い来る魔物の集団に。
今まで出会ったこともないほどの、とても大規模な、集団に。
「話していたら、来たみたいね! 仕方ない、戦闘用意!」
グラエキアは、両手で魔術の印を組んだ。
知らず、戦慄した。
怖い。
はじめて身近に感じた「死」。
震えが止まらなくなった彼女を、守るようにグラエキアが立つ。
「グラエキア……?」
「町がこうなったのは私の責任。私があの女を止められなかったから」
迫りくる魔物を前にしても。揺らぐことなき漆黒の瞳。
「エルヴァインが操られたのも私の責任! 私が彼を、見つけられなかったから!」
魔物に殴られた傷を押さえ、それでも前を向いて叫ぶ。
「すべてが私の責任ならば! それらすべてを今、返すッ!」
「加勢するぞッ!」
「覚悟は決めたッ!」
横合いから、己の身体を悪魔と変えたアーヴェイと、聖槍「シャングリ=ラ」を構えたフィオルが走り出す。
「ボーっとするな、戦え、リクシア!」
片手剣を抜いたフェロンが行き過ぎる。
そうよ、そうだよね。おびえていたら。大好きな人たちが傷ついちゃうから。
「私だって、戦えるもん!」
その手を掲げ、魔法を呼んだ。
光と風よ、われとともに。
◆
「う……あ……」
身体中に苦痛を感じながらも、エルヴァイン・ウィンチェバルは目を覚ました。
「グラエキ……ア……?」
彼女がさっきまでいた気がする。
錯綜する記憶。
(あの女と戦っていて……。負けて、それで……?)
それで、グラエキアに。助けられたのだろうか。
「まさか……な。こんなところに、いるわけ……が……」
そう、思っていたら。その手に何かが触れた。
それは、手紙だった。
【エルヴァインへ
いつになったら起きるのかしら。いい加減怒るわよ。
とりあえず。私はグラエキアだから。死んだと思っているかもしれないから、ここに書いておくわね。私は今、生きていると。
私は醜い争いが嫌いでね。あの日は偶然国外にいたってわけ。
あら、信用ならない? なら、私とあなたしか知らないことを。
エルヴァイン。あなたの名前の由来について。父様が私に言っていたわ。
月には神様が二人いるって、あなたなら知っているでしょう。
新月の神、ルヴァインに、満月の神、シャライン。あなたの名は新月から来た。すべて失っても、再び満ちることができるように、と。
今、生きている王族は。きっと私とあなたしかいない。これでも私が信じられないなら、人生やり直してきなさい。
今、私は訳あって、ヴィーカまで行ってる。
でも、目覚めたばかりでいきなり、追ってこないほうがいいから。自分の体調わかってるわよね? ぶっ倒れられても困るから。無理はしないこと。いい?
まぁ、そんなわけでね。ちょっと、出かけてくるから。
お腹すいたら適当に食べてて。昼までには戻るわ。
ということで、じゃあね
追伸 あなたを操っていたのは、『偽りの女神』ヴィーナだから。戦う相手を間違えたんじゃなくて?
グラエキア・ド・アルディヘイム・クラインレーヴェル・ヴァジュナ・フォン・シャライン・アリアンロッド
(私の名前、フルネームで言える人、どれくらいいるのかしら)】
読み終わってから、エルヴァインは苦笑した。
確かにグラエキアだ。名前のエピソードよりも、これでもかとばかりに書かれた長い本名が、彼女が彼女であることを証明していた。
(シャライン)
長ったらしい名前に一言だけ隠された、満月の女神の名前。
滅多に名乗らない第二の名前は。とあるメッセージを隠していた。
「人使いが……荒いな……」
エルヴァインはそのメッセージを読み取り、衰弱した身体をおして、恐る恐る立ち上がる。
「……くぁッ!」
めまいがして、倒れ込んだ。それでも。
壁に立てかけてあった剣を握り、脇腹の傷を押えながらも。
立ち上がる。
「無理するなは……僕の、台詞だ……」
滅多に名乗らない「シャライン」に隠された意味。
それは。
「助けてほしいなら……素直にそう言え……!」
言葉に隠されたSOSを。見破れないほど短い付き合いじゃないから。
倒れそうになりながらも、彼は進んだ。
かつて王国一といわれた剣の腕を持つ、白銀の王子は。
傷を負いながらも。痛みに苦しみながらも。
大切なもののために、その剣を振ることを。
決意して、今再び。
歩きだす。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ええ、長く書いたんです。前回、とんだ駄作を投稿してしまったお詫びに。今度はWordにバックアップ取りながら書きましたので、データ消滅対策は万全です。
いや〜、なんか書いてて楽しくなってきました! 臨時で入れたグラエキアが、思った以上に活躍してくれますし!
この場面はここでは終わりません。次回につながるように書いてます!
久々にまともに書けたかも? 次回の話に、請うご期待!
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep20 常闇の忌み子 ( No.23 )
- 日時: 2017/08/10 23:00
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
過去最高傑作です!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
襲い来た魔物。取り囲まれて。
これまでにない、戦いが。
始まった。
「やあッ!」
魔物の一体を、フィオルの「シャングリ=ラ」が薙いだ。そうして生まれた隙を突かんとした魔物を。
「させるかッ!」
己の身を悪魔と変えたアーヴェイの、禍々しい爪が切り裂く。
「兄さん、ほどほどにしなきゃ、完全に悪魔になっちゃうよ!」
「自分の心配でもしてろッ! やられそうになったくせに」
フィオルの心配をさらりと受け流す。
今のところ、援護は必要なさそうだ。この二人は、いつだって二人だけで完結してしまう。
リクシアは、前の敵を見た。
「はッ!」
フェロンの剣が、きらりと閃く。ダメージを受け、ひるんだ敵に。
「烈風の刃!」
リクシアの魔法と。
「チェイン!」
グラエキアの漆黒の鎖が、次々と襲いかかった。
倒された魔物は人間になり、うつろな死に顔をさらしている。
「ああッ! もう、嫌ッ!」
それを見るたびに。リクシアは、己が殺人犯になったような錯覚を覚える。
倒しているのは魔物なのに。やられた死骸は人間の姿。
当然だ、どんな魔物だって。元は人間だったのだから。
「惑うな、リアッ!」
フェロンが剣で、敵を薙ぐ。
「今この状況で、惑ったら死ぬぞ! 気を強く持て! 嘆くのは後からだッ!」
そう言うフェロンも、無傷ではない。
攻撃のかすった痕。よけきれずに受けた傷。
と。
「——ッ!」
傷だらけの半貌が、新たな傷を受けて赤く染まった。
「フェロン!」
「大事ない! それより後ろだッ!」
「え——」
気が付いたら、背後に迫った新たな魔物。
あ。まずい。
と思ったら。
「手間かけさせないでくれるッ!」
グラエキアの漆黒の鎖が、魔物の首を一瞬で絞めた。
リクシアは気を締めなおして、新たな呪文の詠唱にかかる。
(それにしたって、何と言う数!)
これまで倒した魔物の数は。軽く十を下らない。
魔物が単独で襲いかかることはよくあった。だから、単独ならば、問題はない、けど。
(グラエキアは、『ここの住民は皆魔物化した』と言っていた。そしてここは中規模の町。中規模の町なら少なくとも——!)
導き出したのは、絶望的な数値。
「…………千」
最低でも、千人くらいはいる計算になる。
今。ようやく十を倒しただけでも。こんなにへとへとなのに——。
「すべてを倒すなッ! オレたちが突破口を開くッ! 逃げるぞッ!」
アーヴェイが叫んだ。確かに、全てを相手にするなんて、現実的じゃない。
でも。
見過ごせない問題が、ある。
見過ごさなければならないと、知っていても。
私は、リクシアだから。
「ねえッ!」
一点突破を狙った彼らに。己の甘さを全開にして、問うた。
「逃げるはいい。逃げなきゃ死ぬもん! でもさ、でもさぁ! 私たちが逃げたら、この魔物たちはッ!? 野放しにするのッ? そうしたらまた、悲劇が——!」
「英雄気取りもほどほどにしなよッ!」
フィオルが厳しい表情でリクシアを睨んだ。
「全員を救えるわけじゃないんだ。今更甘えないでくれるッ! 僕らはね、シア」
真剣な思いを宿した瞳が、燃え上がる。
青く碧く。どこまでも蒼く。
「自分の命を守るだけで、精一杯なんだよッ! 烏合の衆なんてほっとけばいいッ! そんな——そんな、聖人君子になった覚えなんてないからねッ!」
言いながら、「シャングリ=ラ」を大きく振った。
正しい。正しい。彼の言うことは。痛いぐらいに正しい。
災害が襲ってきたとき。見知らぬ誰かの心配なんて、する必要がない。
結局、大切なのは自分だけ。自分に連なる仲間だけ。
他人を切り捨てなければ。みしらぬ「誰か」を切り捨てなければ。
生きていけないように、この世界はできている。
リクシアは唇を噛み、呪文を唱える。
「目覚めよ神風、来たれ雨! あまねくすべてを打ち据えよッ!」
呼び出された風と、すさまじい勢いで落下してきた雨が。魔物を貫いた。
仲間たちの奮闘で、少しずつ少しずつ。開いていく突破口。
しかし、魔物は単独でも強い。それが、こんな数襲いくれば。
たまっていく疲労。滲んだ汗さえ、ぬぐう暇なく。
「ぐあ……ッ!」
「フェロン!」
ゆがんだ太刀筋。かわされた刃。横合いからやってきた反撃をよけられず、彼は道端に転がった。
その身体に。倒れた身体に。
群がるようにやってきた魔物たち——。
「————やめてぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええッッッ!!!!!!」
お願い来ないで! フェロンが、フェロンがッ! 死んじゃうッ!
「死んで……たまるかッ!」
フェロンの苦しそうな声は。しかしすぐに、うめき声へと変わる。
——声が、途絶える。
「嫌、嫌ッ! やめてよ! 死なないでよ、フェロンッ! フェロンッ!」
叫び、走り出そうとした背中を。漆黒の鎖が、捕らえる。
「放してッ! 放してよッ! 死んじゃう死んじゃう! フェロンが死んじゃう!」
「諦めなさい。犠牲は覚悟——」
と。
声が、した。
誰だろう? もう、誰もいないはず、なのに。
その声は、かすれた声で、つぶやいた。
「……グライアらしくない……台詞だな……」
紫電一閃。倒れたフェロンに群がっていた魔物たちが。
一刀のもと、斬り捨てられる。
現れたのは、血まみれの。
銀色の、少年だった。
「……エルヴァイン・ウィンチェバル——!?」
元に戻ったが、大怪我をして、動けない。
そう、グラエキアは言ったのではなかったか。
現に、その少年は、苦しそうではあった。
だが。
瞳に宿す、意志は固くて。
決して崩れそうにもなくて。
「……仲間を見捨てるなんて、らしくない……な……」
「……どうしてここに」
「あなたが僕を呼んだのだろう……シャライン」
「————!」
グラエキアは、はっとなる。
小さくつぶやいた。
「呼んだ……呼んだけど……。こんなに早く目覚めるなんて」
彼は、強い。何しろ、王国一の使い手だ。
だから、呼んだ。今回の件。無事で済むとは思っていなかったから。
だけど、無理してまで。来る必要はなかったのに。
少年は、肩を上下させながらも。腹の傷を押さえていた。
——こんな、ボロボロなのに。
「助けが欲しいのなら、素直にそう言え」
少年——エルヴァイン・ウィンチェバルは、そう、彼女を突き放した。
「で、敵は」
まだ状況理解が追いつかないリクシアに代わり、悪魔となったアーヴェイが答えた。
「魔物たちだ。数はおよそ千。一点突破で逃げ切るぞ」
「あいわかった。戦える者は?」
「悪魔を見ても驚かないんだな……。オレとフィオルとフェ……って、あいつは無理か。前衛が二人、後衛が一人。怪我人が一人だ。あんたは?」
「悪魔なんて、怖くはない。……僕は、前衛だ。僕が戦闘で血道を開く。皆は怪我人を連れ、僕に続け」
「……大丈夫なのか?」
「任せてほしい。……ウィンチェバル一の剣の腕前、見せてやる」
——闇が。
その身体から、闇が、あふれ出た。
にじむような。ゆがむような。
深い、闇が。
「……エルヴァイン……?」
グラエキアの、戸惑うような、声に。
「あなたは助けてと言ったんだ。だから、それに従うまでだ」
呟き、剣を構えて。
「————行くぞッ! あとについてこいッ!」
忌み子と呼ばれた。悪魔と呼ばれた。その証の、漆黒の闇を。
全身にまとわりつかせて。
「はぁぁぁぁぁあああああああああああああああッッッ!!」
漆黒に輝く稲妻が。敵陣を斬り裂いて。
「抜けるぞッ、オレに続けッ!」
あとから続く者たちのための、一筋の道を作り上げた。
振るわれる剣は、まるで芸術のように。
美しい軌跡を描きながらも。あっという間に魔物たちを薙ぎ倒していった。
その剣の前、立てる者なし。
それが、エルヴァイン・ウィンチェバルという少年の、本当の強さだった。
◆
走った。走った。走りに走り、走りに走った。かつてないくらいに、全速力で、走った。
幸い、フェロンの怪我は大したことなく。リクシアたちに、ついてこられた。
ようやく追手がいなくなった頃。小さな森で、エルヴァインは倒れた。
「エルヴァイン!」
叫ぶリクシアを、グラエキアは手で封じる。
最初から、こうなることが、解っていたみたいだ。
アーヴェイが、思わずつぶやいた。
「お前…………!」
身体から噴き出した漆黒の闇が。彼を蝕み、貪っていた。
「初めから……こうなることが、解っていて……?」
激しい苦痛に苛まれ、満足に言葉すら交わせなくなった彼は、切れ切れの息のもと、かろうじて喋った。
「そう……だよ……。あの怪我のままじゃ……こうも見事に……切り抜けられないから……」
呟くと、闇が身体を這いあがった。激痛に顔をゆがませる。
「これが……僕の、力……。忌み子の……力、なんだ」
一時的な全力解放の代償は。闇に己の身を食われること。
伴う苦痛は、地獄のようで。それでいて、意識を失うことさえ許されなくて。
でも、グラエキアが、いたから。
恩人が。盟友が。守りたい人が、いたから。
こうなると解っていて。苦しむと、解っていて。
それでも力を解放した。半分はけじめをつけるためだけれど。
苦しみ続ける彼を見て。リクシアの頬は濡れていた。
「つらく……ないの……? そんなに……蝕まれて」
その問いに、返す言葉を。彼は持ってはいなかった。
「く……あ…………ッ!」
何か返そうと口が開いた。しかし、代わりに漏れたのはうめき声。
蝕む闇が。貪る闇が。放射状に、全身に広がっていた。
「……無理しないでって、言ったのに」
「……助け……て……と……あなた……が……言っ……た……」
「シャライン」の名を出されれば。絶対に動くと知っていたろうに。
グラエキアは、泣いていた。
「ごめんなさい……。ごめん、ごめんね、エルヴァイン。……そんなに苦しんで……。私の……せいだ」
「謝ら……なく……て……い……い……」
少年は、震える目を閉じた。
それでも消えない地獄の痛みは。
大切なものを。大好きなものを。
守り切った、代償だから。
「まも……れ……た……」
細く、息をついて。
彼はもう、喋らなくなった。内なる痛みと闘い続けた。
戦いを。彼のおかげで切り抜けた皆は。
痛ましそうに、それを見守るしかなくて。
◆
苦しみ、叫び、うめきながらも。
英雄は、突き進んだ。大切な何かを守るため。
王族としての誇りと、確固とした、強き想いが。
たとえその先、地獄が待っているとしたって。
自ら闇呼び戦った。敵薙ぎ払い、ただ勝った。
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どーも、藍蓮です。過去最高、4800文字更新しました。今日一日なら、短編集含めて一万字は書きました。疲れたけど、達成感が……!
ある王子様ばっかり、後半は目立つ結果になりましたね。怪我したフェロン、どうしたし。主人公だって見当たらないなぁ……。キャラを均等に書くって難しいですね。
自分で言うのもなんですが、書いていて思いました。
——エルヴァイン、かっけぇぇぇっ!
なんすか、あの気高き自己犠牲精神! 一番好きなキャラになってしまいましたわ。(前はアーヴェイだった)
グラエキアが出てきてから、物語は、どんどん進んでいくみたいです。まだ序盤なのに。ここでこんなシリアス展開出していいのかなぁ。
書くの楽しかったですが、めっさ疲れましたですハイ。でも、やっぱり小説書くのって楽しいです!
今回は際立って長かったですが、(二話に分けられます普通に)まぁ、いつも通りに!
ご精読、ありがとうございました!
※ ちなみに。「カラミティ・ハーツ」の短編集書きました。その三話目に、エルヴァインとグラエキアの出会いの話が載っています。よろしかったらご覧ください。
——それは、忌み子と呼ばれた少年の、始まりの物語——。
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep21 信仰災厄 ( No.24 )
- 日時: 2017/08/11 09:30
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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翌朝。
エルヴァインの容体も落ち着き、フェロンも回復し、皆が目覚めた頃。
「……話したいことが、あるのだけれど」
グラエキアが、そう切り出した。
「あの町の住民が、なぜみんな魔物化したのか。知っていて?」
知らない。それにそもそも。何かがあって、一人、あるいはその周辺の人が魔物化するなら、それはよくある悲劇の一つにすぎない。が、町一つ丸ごととなると……規模が違う。
グラエキアは、語る。
「あの町は、強い信仰で成り立っていたの」
信仰——つまり、町全体で、何かをあがめていたのだろうか。
「あの町の人は、太陽の神をあがめていた。教会があるのだけれど、そこにはご神体の、金色の鏡があった」
ご神体。鏡。……言いたいことが、解ってきた気がする。
「だけど、ある日のこと。おそらくあなたたちも知っている女——『偽りの女神』ヴィーナが、この町にやってきた。それで教会に忍び込んで——」
黒の瞳が怒りに揺れる。
「そのご神体を、見せしめのようにして、衆目にさらしながら
破壊したの」
町の誰もが信じている神。信仰の要、心の拠り所。
——それを、衆目にさらして。
破壊した。
「それを見た住民たちは、狂ったわ。狂ってあの女を殺そうとした。でも、あの女は、歯向かう住民を皆殺しにした。そして住民たちは、さらに狂って行った」
「それで……魔物化したのか」
フェロンが半身を起しながら問うた。
「フェロン! 大丈夫なの!」
「リクシアは心配性に過ぎるよ。それより」
「自分のことを少しは考えてよ! エルヴァインが来なきゃ、死んでたじゃないの!」
「生きてたんだから結果オーライさ。で? その先は」
仲の良い二人を微笑みながら眺めていたグラエキアは、表情を引き締めた。
「そう。ご神体を破壊されて、復讐すらもままならなくなった住民たちは、心を破綻させて魔物になった。信仰に染まっていない幼い子供たちも、家族が魔物化したのを見て、それに絶望して魔物になった。物心の付いていない赤ん坊は、魔物化した親が殺した。……それは、悲惨な状況だったわ」
私はその目で見た、と言った。
「あの女を追っていたの。でも、一歩遅かった。私が見たのは、壊された鏡と」
——狂い始めた住民の姿だった——。
「私がもう少し早かったら、あの女を止められたかもしれないのに。……悔やまれるわ、とても」
だから、あの時。『私の責任』と言ったのか。
「まぁ、これがあの事件の全貌よ。今は時間があるから。ちゃんと伝えたわ」
言って、フイとそっぽを向いた。
町一つ、丸ごと。
魔物化した。
その事件の裏には、そんな黒い意思が隠されていたなんて。
ご神体を一つ、破壊する。それで生まれた負の連鎖。
人は、心を闇に食われたら、魔物になる。この世界の法則を、実にうまく利用している。
「……信ッじられないよ……」
思わず、つぶやいた。
「人の信仰を利用して、そんなことをするなんて……。同じ人間とは、思えない」
人間じゃ……ないよ、と声がした。
衰弱した顔のエルヴァインが、静かに告げる。
「あれは……半分魔物なんだ。魔物化しかけて、けれど……」
「最後に自分の意思を取り戻した。だから、半分魔物なの。……エルヴァイン、話して平気なの」
「心配が過ぎる、グライア」
エルヴァインは、苦笑いを返した。
魔物。半分魔物化した女。それが町を、滅ぼした。
何の、ために? 理由も想いも、まるでわからなかった。
「とりあえず、窮地は脱したな」
まとめるように、アーヴェイが言った。
「次にどうするか、考えよう」
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- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep22 明るいお別れ ( No.25 )
- 日時: 2017/08/11 14:52
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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「またまた遠回りだねー。一体いつ着くのさ」
あの町を遠回りして次の町へ行こうという案に、フィオルが口を尖らせた。
「まあ、そう言うな、フィオ。状況が状況だろう?」
「……ハーティは、いつ救われるんだ。しかも、実在しているのかすらあやしい町だし」
「……フィオル、今日は後ろ向きね」
フィオルのネガティブ発言に、リクシアが苦笑を返した。
あれから一日。話し合いの結果、あの町を遠回りして、北を目指すということになった。
正直、後ろ髪をひかれる思いがしないでもないが……。自分たちでは、あの状況を変えられない。
「じゃあ、私たちともお別れね」
唐突に、グラエキアが言った。
「え————!?」
当たり前じゃないの、と、呆れた顔で。
「そもそも状況は呉越同舟。忘れていなくて? 私たちとあなたたちは、目的を異にする者同士だってこと」
リクシア達は、魔物を元に戻したい。
グラエキア達は、責任を取って、リュクシオン=モンスターを倒さなければならない。
一時、命の危険から行動を共にしていた彼らだけど。目的がそもそも違うのだから。嵐が過ぎたら別れるのは、必然のことだった。
「まあ、でも。目的は違うけれど、さ」
グラエキアが、へこむリクシアに、不器用に声をかけた。
「私はあなたを……友達だと、思っているわ」
「…………グラエキア」
「私たちは前の町に帰るわ。そこであの魔物を待つ。でも、あなたたちは違うでしょう」
泣きそうなリクシアに、そうだ、とエルヴァインが声をかけた。
「……礼を言ってなかったな」
「……礼?」
忘れたのか? と彼は首をかしげた。
「……あの日、あの宿で対面しただろう。そこであんたは、言ってくれたんだ」
忘れさせられた、僕の名前を。
「——エルヴァイン・ウィンチェバル、目を覚まして、と」
「!」
そうだ。あの日。フェロンを守ろうとして倒れたあの日。「ゼロ」をエルヴァインだと見破って。そう、声をかけた。
「僕が戻れたのは、あんたがあの日、僕の名を呼んでくれたからだ」
あの呼びかけがなかったら、今でもきっと。操り人形だったかもしれない、と彼は言う。
そんなことないよ、とリクシアはほほ笑んだ。
「それ言うなら、私たち、あなたに命を救われてるじゃない。ね?」
言ってフェロンを見ると、彼は小さくうなずいた。
「だから、今更そんなこと。別にいんだよ」
「……ありがとう」
それでも律儀に頭を下げた。
「まぁ、そんなわけだから」
グラエキアがまとめた。
「私たちはまた、敵になるわね」
でも、忘れないで、と彼女はいたずらっぽく笑った。
「同時に、味方でもあるから。この出会いに感謝しているわ」
行きましょ、エル。
そう、エルヴァインに声をかけて。
一日を共に過ごした仲間は。
いなくなった。
涙はなかった。
(向こうには向こうの目的がある。私だって、負けないんだから)
後ろにいる仲間たちを見て、言った。
「じゃあ、私たちも、行きましょ?」
ずっとずっと遠回りしたけれど。
「花の都、フロイラインへ!」
今度こそ、たどり着くんだから。
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