ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep20 常闇の忌み子  ( No.23 )
日時: 2017/08/10 23:00
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

     過去最高傑作です!

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 襲い来た魔物。取り囲まれて。
 これまでにない、戦いが。
 始まった。

「やあッ!」
 魔物の一体を、フィオルの「シャングリ=ラ」が薙いだ。そうして生まれた隙を突かんとした魔物を。
「させるかッ!」
 己の身を悪魔と変えたアーヴェイの、禍々しい爪が切り裂く。
「兄さん、ほどほどにしなきゃ、完全に悪魔になっちゃうよ!」
「自分の心配でもしてろッ! やられそうになったくせに」
 フィオルの心配をさらりと受け流す。
 今のところ、援護は必要なさそうだ。この二人は、いつだって二人だけで完結してしまう。
 リクシアは、前の敵を見た。
「はッ!」
 フェロンの剣が、きらりと閃く。ダメージを受け、ひるんだ敵に。
「烈風の刃!」
 リクシアの魔法と。
「チェイン!」
 グラエキアの漆黒の鎖が、次々と襲いかかった。
 倒された魔物は人間になり、うつろな死に顔をさらしている。
「ああッ! もう、嫌ッ!」
 それを見るたびに。リクシアは、己が殺人犯になったような錯覚を覚える。
 倒しているのは魔物なのに。やられた死骸は人間の姿。
 当然だ、どんな魔物だって。元は人間だったのだから。
「惑うな、リアッ!」
 フェロンが剣で、敵を薙ぐ。
「今この状況で、惑ったら死ぬぞ! 気を強く持て! 嘆くのは後からだッ!」
 そう言うフェロンも、無傷ではない。
 攻撃のかすった痕。よけきれずに受けた傷。
 と。
「——ッ!」
 傷だらけの半貌が、新たな傷を受けて赤く染まった。
「フェロン!」
「大事ない! それより後ろだッ!」
「え——」
 気が付いたら、背後に迫った新たな魔物。
 あ。まずい。
 と思ったら。
「手間かけさせないでくれるッ!」
 グラエキアの漆黒の鎖が、魔物の首を一瞬で絞めた。
 リクシアは気を締めなおして、新たな呪文の詠唱にかかる。
(それにしたって、何と言う数!)
 これまで倒した魔物の数は。軽く十を下らない。
 魔物が単独で襲いかかることはよくあった。だから、単独ならば、問題はない、けど。
(グラエキアは、『ここの住民は皆魔物化した』と言っていた。そしてここは中規模の町。中規模の町なら少なくとも——!)
 導き出したのは、絶望的な数値。

「…………千」

 最低でも、千人くらいはいる計算になる。
 今。ようやく十を倒しただけでも。こんなにへとへとなのに——。
「すべてを倒すなッ! オレたちが突破口を開くッ! 逃げるぞッ!」
 アーヴェイが叫んだ。確かに、全てを相手にするなんて、現実的じゃない。
 でも。
 見過ごせない問題が、ある。
 見過ごさなければならないと、知っていても。
 私は、リクシアだから。
「ねえッ!」
 一点突破を狙った彼らに。己の甘さを全開にして、問うた。
「逃げるはいい。逃げなきゃ死ぬもん! でもさ、でもさぁ! 私たちが逃げたら、この魔物たちはッ!? 野放しにするのッ? そうしたらまた、悲劇が——!」

「英雄気取りもほどほどにしなよッ!」

 フィオルが厳しい表情でリクシアを睨んだ。
「全員を救えるわけじゃないんだ。今更甘えないでくれるッ! 僕らはね、シア」
 真剣な思いを宿した瞳が、燃え上がる。
 青く碧く。どこまでも蒼く。

「自分の命を守るだけで、精一杯なんだよッ! 烏合の衆なんてほっとけばいいッ! そんな——そんな、聖人君子になった覚えなんてないからねッ!」
 言いながら、「シャングリ=ラ」を大きく振った。

 正しい。正しい。彼の言うことは。痛いぐらいに正しい。
 災害が襲ってきたとき。見知らぬ誰かの心配なんて、する必要がない。
 結局、大切なのは自分だけ。自分に連なる仲間だけ。
 他人を切り捨てなければ。みしらぬ「誰か」を切り捨てなければ。
 生きていけないように、この世界はできている。

 リクシアは唇を噛み、呪文を唱える。
「目覚めよ神風、来たれ雨! あまねくすべてを打ち据えよッ!」
 呼び出された風と、すさまじい勢いで落下してきた雨が。魔物を貫いた。

 仲間たちの奮闘で、少しずつ少しずつ。開いていく突破口。
 しかし、魔物は単独でも強い。それが、こんな数襲いくれば。
 たまっていく疲労。滲んだ汗さえ、ぬぐう暇なく。
「ぐあ……ッ!」
「フェロン!」
 ゆがんだ太刀筋。かわされた刃。横合いからやってきた反撃をよけられず、彼は道端に転がった。
 その身体に。倒れた身体に。
 群がるようにやってきた魔物たち——。

「————やめてぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええッッッ!!!!!!」

 お願い来ないで! フェロンが、フェロンがッ! 死んじゃうッ!
「死んで……たまるかッ!」
 フェロンの苦しそうな声は。しかしすぐに、うめき声へと変わる。
 
 ——声が、途絶える。

「嫌、嫌ッ! やめてよ! 死なないでよ、フェロンッ! フェロンッ!」
 叫び、走り出そうとした背中を。漆黒の鎖が、捕らえる。
「放してッ! 放してよッ! 死んじゃう死んじゃう! フェロンが死んじゃう!」
「諦めなさい。犠牲は覚悟——」
 と。
 
 声が、した。
 誰だろう? もう、誰もいないはず、なのに。
 その声は、かすれた声で、つぶやいた。



「……グライアらしくない……台詞だな……」



 紫電一閃。倒れたフェロンに群がっていた魔物たちが。
 一刀のもと、斬り捨てられる。
 
 現れたのは、血まみれの。
 銀色の、少年だった。

「……エルヴァイン・ウィンチェバル——!?」

 元に戻ったが、大怪我をして、動けない。
 そう、グラエキアは言ったのではなかったか。
 現に、その少年は、苦しそうではあった。
 だが。
 瞳に宿す、意志は固くて。
 決して崩れそうにもなくて。

「……仲間を見捨てるなんて、らしくない……な……」 
「……どうしてここに」
「あなたが僕を呼んだのだろう……シャライン」

「————!」

 グラエキアは、はっとなる。
 小さくつぶやいた。
「呼んだ……呼んだけど……。こんなに早く目覚めるなんて」
 彼は、強い。何しろ、王国一の使い手だ。
 だから、呼んだ。今回の件。無事で済むとは思っていなかったから。
 だけど、無理してまで。来る必要はなかったのに。
 少年は、肩を上下させながらも。腹の傷を押さえていた。
 ——こんな、ボロボロなのに。
「助けが欲しいのなら、素直にそう言え」
 少年——エルヴァイン・ウィンチェバルは、そう、彼女を突き放した。
「で、敵は」
 まだ状況理解が追いつかないリクシアに代わり、悪魔となったアーヴェイが答えた。
「魔物たちだ。数はおよそ千。一点突破で逃げ切るぞ」
「あいわかった。戦える者は?」
「悪魔を見ても驚かないんだな……。オレとフィオルとフェ……って、あいつは無理か。前衛が二人、後衛が一人。怪我人が一人だ。あんたは?」
「悪魔なんて、怖くはない。……僕は、前衛だ。僕が戦闘で血道を開く。皆は怪我人を連れ、僕に続け」
「……大丈夫なのか?」
「任せてほしい。……ウィンチェバル一の剣の腕前、見せてやる」
 

 ——闇が。


 その身体から、闇が、あふれ出た。

 にじむような。ゆがむような。

 深い、闇が。

「……エルヴァイン……?」
 グラエキアの、戸惑うような、声に。
「あなたは助けてと言ったんだ。だから、それに従うまでだ」
 呟き、剣を構えて。

「————行くぞッ! あとについてこいッ!」

 忌み子と呼ばれた。悪魔と呼ばれた。その証の、漆黒の闇を。

 全身にまとわりつかせて。

「はぁぁぁぁぁあああああああああああああああッッッ!!」

 漆黒に輝く稲妻が。敵陣を斬り裂いて。

「抜けるぞッ、オレに続けッ!」

 あとから続く者たちのための、一筋の道を作り上げた。

 振るわれる剣は、まるで芸術のように。
 美しい軌跡を描きながらも。あっという間に魔物たちを薙ぎ倒していった。

 その剣の前、立てる者なし。

 それが、エルヴァイン・ウィンチェバルという少年の、本当の強さだった。 

  ◆

 走った。走った。走りに走り、走りに走った。かつてないくらいに、全速力で、走った。
 幸い、フェロンの怪我は大したことなく。リクシアたちに、ついてこられた。

 ようやく追手がいなくなった頃。小さな森で、エルヴァインは倒れた。
「エルヴァイン!」
 叫ぶリクシアを、グラエキアは手で封じる。
 最初から、こうなることが、解っていたみたいだ。
 アーヴェイが、思わずつぶやいた。
「お前…………!」
 身体から噴き出した漆黒の闇が。彼を蝕み、貪っていた。
「初めから……こうなることが、解っていて……?」
 激しい苦痛に苛まれ、満足に言葉すら交わせなくなった彼は、切れ切れの息のもと、かろうじて喋った。
「そう……だよ……。あの怪我のままじゃ……こうも見事に……切り抜けられないから……」
 呟くと、闇が身体を這いあがった。激痛に顔をゆがませる。
「これが……僕の、力……。忌み子の……力、なんだ」
 一時的な全力解放の代償は。闇に己の身を食われること。
 伴う苦痛は、地獄のようで。それでいて、意識を失うことさえ許されなくて。

 でも、グラエキアが、いたから。

 恩人が。盟友が。守りたい人が、いたから。
 こうなると解っていて。苦しむと、解っていて。
 それでも力を解放した。半分はけじめをつけるためだけれど。
 苦しみ続ける彼を見て。リクシアの頬は濡れていた。
「つらく……ないの……? そんなに……蝕まれて」
 その問いに、返す言葉を。彼は持ってはいなかった。
「く……あ…………ッ!」
 何か返そうと口が開いた。しかし、代わりに漏れたのはうめき声。
 蝕む闇が。貪る闇が。放射状に、全身に広がっていた。
「……無理しないでって、言ったのに」
「……助け……て……と……あなた……が……言っ……た……」
 「シャライン」の名を出されれば。絶対に動くと知っていたろうに。
 グラエキアは、泣いていた。
「ごめんなさい……。ごめん、ごめんね、エルヴァイン。……そんなに苦しんで……。私の……せいだ」
「謝ら……なく……て……い……い……」
 少年は、震える目を閉じた。
 それでも消えない地獄の痛みは。
 大切なものを。大好きなものを。
 守り切った、代償だから。
「まも……れ……た……」
 細く、息をついて。
 彼はもう、喋らなくなった。内なる痛みと闘い続けた。
 戦いを。彼のおかげで切り抜けた皆は。
 痛ましそうに、それを見守るしかなくて。

  ◆
 
 苦しみ、叫び、うめきながらも。
 英雄は、突き進んだ。大切な何かを守るため。

 王族としての誇りと、確固とした、強き想いが。
 たとえその先、地獄が待っているとしたって。
 自ら闇呼び戦った。敵薙ぎ払い、ただ勝った。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 どーも、藍蓮です。過去最高、4800文字更新しました。今日一日なら、短編集含めて一万字は書きました。疲れたけど、達成感が……!
 ある王子様ばっかり、後半は目立つ結果になりましたね。怪我したフェロン、どうしたし。主人公だって見当たらないなぁ……。キャラを均等に書くって難しいですね。
 自分で言うのもなんですが、書いていて思いました。

 ——エルヴァイン、かっけぇぇぇっ!

 なんすか、あの気高き自己犠牲精神! 一番好きなキャラになってしまいましたわ。(前はアーヴェイだった)

 グラエキアが出てきてから、物語は、どんどん進んでいくみたいです。まだ序盤なのに。ここでこんなシリアス展開出していいのかなぁ。

 書くの楽しかったですが、めっさ疲れましたですハイ。でも、やっぱり小説書くのって楽しいです!

 今回は際立って長かったですが、(二話に分けられます普通に)まぁ、いつも通りに!
 ご精読、ありがとうございました!

※ ちなみに。「カラミティ・ハーツ」の短編集書きました。その三話目に、エルヴァインとグラエキアの出会いの話が載っています。よろしかったらご覧ください。

 ——それは、忌み子と呼ばれた少年の、始まりの物語——。