ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep23 際限なき狂気 ( No.26 )
日時: 2017/08/12 13:53
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 ※時がかなり過ぎます。

 過去最高傑作です。すさまじく長いです。「常闇の忌み子」越えました。
 時間のある時に読むことをお勧めします。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ——北へ。
 北へ、北へ。一路、北へ。
 リクシア達は、進んでいく。
 目的地、花の都、フロイラインを。ただひたすらに目指して。
 季節は少しずつ移りゆく。夏の緑は落ち葉に代わって。

 気が付いたら、あのお別れから。もう三月が過ぎていた。
 その日。極北の地で。花の都を探している最中に。
 宿敵に、出会った。

「危ないッ!」
 最初に気付いたのはリクシアだった。迷わず魔法で撃退した。
「何事ッ!」
「どうしたのさ」
「リア!」
 駆け寄ってきた、仲間たち。
 声が、聞こえた。

「あららぁ。強ーくなっちゃって。もっと前に、潰しておくべきだったかしら」

 ——そこに。
 その、場所に。
 さんざん煮え湯を飲まされた、
 宿敵、
 半人半魔、
 『偽りの女神』ヴィーナが、立っていた。
「いい加減、死んでもらうわよ、ねぇ?」

  ◆

「ぐあッ……」
「アーヴェイ!」
「くぅ……ッ」
「フィオル!」
「…………ッ!」
「フェロン!」

 次から次へと。吹っ飛ばされていく仲間たち。ヴィーナがレイピアを一振りすれば。目で追えないほどの速さで受けるダメージ。
(強いッ!)
 反応速度、神経速度。その両者で劣るリクシアが、なぜ、いまだ立っていられるのか。

 ——それは、みんなが、かばってくれたから——。

 だから、用意ができた。
 必殺技の、用意が。
 初めてあれを使ったのは、いつのことだっけか。
 心を取り戻す前の「ゼロ」と遭遇し、フェロンを守って放った魔法。
 その名は。

「——フェロウズ・リ」
「甘い」

 ——レイピアが。
 
 細く、鋭く。
 尖ったレイピアが。
 熱い熱い感触とともに。
 その、腹を。
 貫いて
 いた。

「あ…………ッ」

 力を失い、くずおれる身体。
 回る視界はちかちかと。
 明滅する。

「う……そ………」

 そのまま大地に倒れ伏し。
 ちっとも動くことができない。

 偽りの女神は、笑った。嗤った。
 大きく、力強く。
 悪魔のような、笑みで。

「安心しなさい。私のレイピアには毒がある。あなたたち、三日以内に死ぬから」

 哀れなものよね、と嗤う。嘲笑う。
「あなたたちが、花の都を目指していなければ。見逃してあげたのに。どうして行こうとしたのかな? 叶わぬ夢を追うなんて馬鹿よ」
 絶望が、広がる。まただ、またしても。
 倒れた仲間は、動かない。動けないのだ、毒にやられて。
 立ち去ろうとする気配がする。私たちは、また負けたんだ。
 だけど、その時。

「うあ……ぐ……ガ……」
 壊れたような、声がして。
 その方向を見て、ぞっとした。

 ——悪魔が。

 アーヴェイが。

 全身から、漆黒と真紅の光を放っていた。

 その身体は、異形の悪魔。

 だが、いつもとは、違う。

 異常の悪魔。

「うガ……ガガガ……グガガガガガ……」
「! まずい……! 兄さん……を……!」
 おかしな声を発しながらも。ゆらりと立ち上がる紅の悪魔に。
 フィオルが焦ったような声を上げた。

「兄さん……言ったじゃないか……! 心まで……悪魔には、絶対に……ならないって……! そんな……そんな、ことしたら……今度こそ、……戻れなくなるよ!」

 半人半魔。それはアーヴェイとて同じこと。
 しかし、その力を完全に出し切るには、
 理性を失った悪魔に。
 なるしか、ない。
 それは、つまり。
 仲間としてのアーヴェイを。
 失うこと。

「やめてぇぇぇぇぇええええええええええッッッ!」


「おレは……コれで……イい!」


 悪魔のままで。怪物のままで。醜いままで。異形のままで。
 これで、いい。いいんだ。大切な人を守れるのなら。

 侵食する闇に理性を失い。完全な悪魔になり果てて。
 立てないほどだったはずの彼は。今、しかと大地を踏みしめて。
 両の手を振れば。何もないところから、不意に現れた黒の双剣。

 奪われた『アバ=ドン』だった。

「な——っ?」

 驚き、動きの止まるヴィーナに。
 一閃。
 薙ぐように双のつるぎが動く。
「心を闇に売り渡したかッ!」
 叫び、舞うように避け、距離をとる、
 偽りの女神。

「ならば私も——魔物となる——ッ!」

 半人半魔。半分魔物。
 ヴィーナの姿が変わっていく。
 アーヴェイのそれに似た、異形の怪物に。

「死ヌモんカ……目的ヲ果たス前に、死ヌもンカ……!」

 すらりとした美しい腕。その右腕が、異形と化す。
 長く妖艶ななまめかしい脚。その両脚が、異形と化す。
 真珠のような色した半貌も。絹糸のような髪も。
 何もかもが異形と化して。それでも凄絶なまでに美しかった。

 半人半魔、アーヴェイと。半人半魔、ヴィーナ。
 人外同士の戦いが。決して避けえぬ争いが。

 始まった。

「死んじゃうよ……。二人とも、死んじゃうよ……!」
 理性をなくした四つの瞳。あるのはただ、執着と狂気。
「止めて! 誰か……誰か、止めてよッ!」
 アーヴェイを止められそうなフィオルは。ぐったりしたまま動かない。

 ぶつかった。両者が。異形の者同士が。人外たちが。

 血。血。飛び散る血。赤く黒く、赤黒く。

 悲鳴なんて、誰も上げない。ただ黙々とした殺戮が。
 互いを滅ぼす虐殺が。
 粛々と、行われるだけ。

「ガァッ!」
 アーヴェイの右腕が、吹っ飛んだ。
「キエェッ!」
 ヴィーナの両脚が、剣の一閃で千切れ飛んだ。
 それでもやめない。まだやめない。

 互 い の ど ち ら か が 完 全 に 死 ぬ ま で 。

「アーヴェイ、ごめん。私、こうするしか、あなたを救う手を知らないの……!」
 リクシアは、泣きながら、ある呪文を唱えだす。
「だって——私、あなたに死んでほしくない……!」
 両の眼から涙を流しながらも。血を吐くような思いで。傷の痛みも無視して。
 唱える。

「天の彼方なる不死鳥よ、我呼ぶもとへ、舞い来たれ! 互いの尾を噛む円環の蛇、続く輪廻を解き放て! 我に仇なす究極の敵! 我は呼ばん、我は呼ばん!」

 あふれかえる想いが渦を巻き、やがて——!

「すべて巻き込み千切り裂け! 次元の彼方へ放り出せ!」

 風もないのに揺れる髪。涙の宿ったその瞳。


「——フェロウズ・リリース!」


 唱えかけて、邪魔された呪文を。
 放てなかった、必殺技を。
 今、再び。
 大好きな友達のために。
 解き放つ。

 途端、天上より光が降ってきて、二人に勢いよく突き刺さった。
 動きの止まった二人に、もう一撃。
 漆黒の衝撃波が、二人を弾き飛ばし、勢いよく地面に打ち据えた。
 そして目に見えぬ風が、その肌を幾重にも切り裂いて。

「鎮まれ異状、元に戻れ異形!」

 動かなくなった二人の身体が、現れる闇に飲み込まれる。

 ——わけでは、なかった。

「半人反魔! 魔物よ、消えろ!」
 間に一言、挟むだけで。

 消えたのは、ヴィーナだけだった。
 呑み込む闇に、一瞬だけもがき。
 ヴィーナだけ、消えた。

 残ったのは、アーヴェイだ。

 しかし。

「リクシア……。どうして……そんなことするのかな……」
 泣きそうな顔で、フィオルがつぶやいた。
 動けない身体を、無理に動かして。
 現れたのは、輝く翼の。
 純白の天使。
 その手に握る、「シャングリ=ラ」。
 それは、アーヴェイのほうを向いていた。

「フィオル——!?」

「こんなこと、したくなかったよ」
 彼が見つめるアーヴェイは、未だ狂気を宿していた。
 アーヴェイは、うつろな赤い瞳で、こちらを見た。
 そして。

 ——襲いかかる。

 リクシアに、フィオルに。倒れたままのフェロンに。
 まるで、見境なく。

「どうしてッ! アーヴェイ、私たちは仲間——」
「無駄だ! 聞こえない。アーヴェイは完全な悪魔になったんだから!」
 「シャングリ=ラ」を構えるフィオルの腕は、小刻みに震えていた。
「だから、終わらせなくちゃ。僕が——弟たる僕がッ!」
 その美しい青い眼から、滂沱と涙があふれ出る。
「だって——仕方ないじゃないか! このままじゃ僕ら、殺されるッ!」
 仲間だった、アーヴェイに。
 友達だった、アーヴェイに。
 悪魔になって、魔性となって。
 理性を失ったアーヴェイに。
 アーヴェイの剣が、襲いかかる。失った右腕。左だけで。フィオルは「シャングリ=ラ」でそれをいなす。
 流れるような動きで。アーヴェイ=デヴィルに反撃した。

 兄弟なのに。血はつながってはいないけど、兄弟なのに!
 戦わなければならないなんて。殺し合わなければならないなんて。

「おかしいよ、こんなのおかしいッ!」

 理不尽だ。ああ、兄さんの時と同じだ!
 国のために戦って、戦って、戦って。
 その果てに、自ら国を滅ぼして、魔物となった兄さん。
 仲間のために戦って、戦って、戦って。
 その果てに、自ら仲間を傷つけて、悪魔となったアーヴェイ。
 守りたいのに。守りたいのに。大切なものを傷つけて。
 フィオルをアーヴェイは攻撃し、フィオルは容赦なく反撃する。
 
 と。

 アーヴェイの剣がフィオルを斬った。散る純白の羽根、紅い血飛沫。
「あ…………」
 崩れ落ちるフィオル。血に染まった細い身体。
 何もかもがスローモーションで、リクシアは状況を理解できなかった。
 赤黒く染まった闇の刃が。リクシアの首元へ——。


 刺さらなかった。


 不意に紅の悪魔が手を止めた。

 一瞬宿った理性の光。

 ひび割れた声で。壊れた声で。
 呆然とフィオルを見下ろして。
 
 つぶやいた。


「…………オれハ、イま、なニを、シた…………?」


 血を流し、動かないフィオル。
 恐怖に震えたリクシアの瞳。

「オれハ、イま、なニを、シた!」

 ガタガタと、震えだした身体。
 悪魔の身が、己の犯した、
 大きすぎる罪に気づいて。
 さらなる異形へ変化する。戻れぬ異常へ変化する。





 ——アーヴェイが、魔物になる。





「アーヴェイ! だめ、あなたはだめ! 戻って!」
 リクシアは叫ぶが。
 狂った瞳は。リクシアを映さない。
「グ……ア……グアア……グアアアアアアアアッ!」
「だめ!」
 叫ぶリクシア。

 すると。声がしたんだ。

 血を流して動かない。死んだと思っていた、あの天使の声が。

「兄さ……ん!」

「……フィオ……ル?」

 その声に、理性が戻る。
 血まみれの白い天使は、地面を這いずって兄のもとにたどり着き。

 その足を、つかんでいた。

「約束……したじゃないか。心までは……完全な悪魔にならないって!」

 傷ついても、揺るがない。どこまでも碧い聖なる瞳が、悪魔を静かに見つめていた。

「兄さんは……僕を残して、行ってしまうの……?」
「……フィオル」

 次の瞬間。異形が解けた。

 悪魔から。人間に戻ったアーヴェイが、その場に倒れていた。
 右腕は、ない。
 吹っ飛んで、しまったから。
 でも、そこにいる彼は。
 悪魔みたいな見た目の彼は。
 確かに、アーヴェイだった。
 リクシアのよく知る、格好良くてちょっとクールな。

 ——アーヴェイだった。

「兄さん……置いて……行かないで……」
「……フィオル」
「僕は……兄さんを……殺すところだったんだから。……二度と、あんな真似は……させないで……」
「…………」
 震える指で、兄にしがみつき。フィオルは珍しく弱音を吐いた。
「……独りは……嫌だよ……」
「……すまなかった」
 疲弊しきった顔で、でも、悪魔じゃない、いつもの顔で。
 アーヴェイは、神妙にうなずいた。
「でも……オレももう、疲れた……」
「そうだね……眠ろう」
 そっと閉じて行く二人の瞼。
 リクシアは悲鳴を上げた。
「ちょっと、そんなところで眠ったら死——!」
「なら、誰か助けを呼んでくれ……」
 アーヴェイは、いつもみたいに。
 不敵に、笑ったのだった。
「今なら……悪魔のオレを見ても……尻込み、しないだろう……?」
 いつかの雪辱、果たしに行け。
「悔恨の白い羽根を……覚えているのなら」
 彼は、そう言って、目を閉じた。

 ——ああ、覚えているとも。
 あの日。アーヴェイたちと、訣別した。
 フィオルが餞別代りに渡した羽根は。悔恨の気持ちを示す羽根。
 リクシアは、服の中にあるそれを、強く握り込んだ。

「……待っていて、フィオル、アーヴェイ。私、助けるから……」
 今度こそ、間違えない。

 決意とともに、その場を後にした。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

     疲れた〜〜〜!

 どーも、藍蓮です。5000文字行ってしまった……!
 過去最高傑作ですねハイ。(と言うのは二回目)
 何となく書いていたら、すごいことになってしまいました。

 フェロンの活躍がほぼゼロという、かわいそうな結果になりましたが。天使と悪魔が大活躍しているし。これでお許しください。(フェロン「おい、作者」「ごめん」(茶番済みません))
 これでまた、大きな見せ場ですね。次は一体どうなることやら。
 
 作者だってわかりません(笑)
 
 いずれ、他の天使や悪魔も出したいなぁ。そうするとますますフェロンの活躍減る可能性が……。コホン。

 まあ、動乱の23話でしたが。
 次も楽しんでいただけると、嬉しいです。

 では、また次回。