ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep23 際限なき狂気 ( No.26 )
日時: 2017/08/12 13:53
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 ※時がかなり過ぎます。

 過去最高傑作です。すさまじく長いです。「常闇の忌み子」越えました。
 時間のある時に読むことをお勧めします。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ——北へ。
 北へ、北へ。一路、北へ。
 リクシア達は、進んでいく。
 目的地、花の都、フロイラインを。ただひたすらに目指して。
 季節は少しずつ移りゆく。夏の緑は落ち葉に代わって。

 気が付いたら、あのお別れから。もう三月が過ぎていた。
 その日。極北の地で。花の都を探している最中に。
 宿敵に、出会った。

「危ないッ!」
 最初に気付いたのはリクシアだった。迷わず魔法で撃退した。
「何事ッ!」
「どうしたのさ」
「リア!」
 駆け寄ってきた、仲間たち。
 声が、聞こえた。

「あららぁ。強ーくなっちゃって。もっと前に、潰しておくべきだったかしら」

 ——そこに。
 その、場所に。
 さんざん煮え湯を飲まされた、
 宿敵、
 半人半魔、
 『偽りの女神』ヴィーナが、立っていた。
「いい加減、死んでもらうわよ、ねぇ?」

  ◆

「ぐあッ……」
「アーヴェイ!」
「くぅ……ッ」
「フィオル!」
「…………ッ!」
「フェロン!」

 次から次へと。吹っ飛ばされていく仲間たち。ヴィーナがレイピアを一振りすれば。目で追えないほどの速さで受けるダメージ。
(強いッ!)
 反応速度、神経速度。その両者で劣るリクシアが、なぜ、いまだ立っていられるのか。

 ——それは、みんなが、かばってくれたから——。

 だから、用意ができた。
 必殺技の、用意が。
 初めてあれを使ったのは、いつのことだっけか。
 心を取り戻す前の「ゼロ」と遭遇し、フェロンを守って放った魔法。
 その名は。

「——フェロウズ・リ」
「甘い」

 ——レイピアが。
 
 細く、鋭く。
 尖ったレイピアが。
 熱い熱い感触とともに。
 その、腹を。
 貫いて
 いた。

「あ…………ッ」

 力を失い、くずおれる身体。
 回る視界はちかちかと。
 明滅する。

「う……そ………」

 そのまま大地に倒れ伏し。
 ちっとも動くことができない。

 偽りの女神は、笑った。嗤った。
 大きく、力強く。
 悪魔のような、笑みで。

「安心しなさい。私のレイピアには毒がある。あなたたち、三日以内に死ぬから」

 哀れなものよね、と嗤う。嘲笑う。
「あなたたちが、花の都を目指していなければ。見逃してあげたのに。どうして行こうとしたのかな? 叶わぬ夢を追うなんて馬鹿よ」
 絶望が、広がる。まただ、またしても。
 倒れた仲間は、動かない。動けないのだ、毒にやられて。
 立ち去ろうとする気配がする。私たちは、また負けたんだ。
 だけど、その時。

「うあ……ぐ……ガ……」
 壊れたような、声がして。
 その方向を見て、ぞっとした。

 ——悪魔が。

 アーヴェイが。

 全身から、漆黒と真紅の光を放っていた。

 その身体は、異形の悪魔。

 だが、いつもとは、違う。

 異常の悪魔。

「うガ……ガガガ……グガガガガガ……」
「! まずい……! 兄さん……を……!」
 おかしな声を発しながらも。ゆらりと立ち上がる紅の悪魔に。
 フィオルが焦ったような声を上げた。

「兄さん……言ったじゃないか……! 心まで……悪魔には、絶対に……ならないって……! そんな……そんな、ことしたら……今度こそ、……戻れなくなるよ!」

 半人半魔。それはアーヴェイとて同じこと。
 しかし、その力を完全に出し切るには、
 理性を失った悪魔に。
 なるしか、ない。
 それは、つまり。
 仲間としてのアーヴェイを。
 失うこと。

「やめてぇぇぇぇぇええええええええええッッッ!」


「おレは……コれで……イい!」


 悪魔のままで。怪物のままで。醜いままで。異形のままで。
 これで、いい。いいんだ。大切な人を守れるのなら。

 侵食する闇に理性を失い。完全な悪魔になり果てて。
 立てないほどだったはずの彼は。今、しかと大地を踏みしめて。
 両の手を振れば。何もないところから、不意に現れた黒の双剣。

 奪われた『アバ=ドン』だった。

「な——っ?」

 驚き、動きの止まるヴィーナに。
 一閃。
 薙ぐように双のつるぎが動く。
「心を闇に売り渡したかッ!」
 叫び、舞うように避け、距離をとる、
 偽りの女神。

「ならば私も——魔物となる——ッ!」

 半人半魔。半分魔物。
 ヴィーナの姿が変わっていく。
 アーヴェイのそれに似た、異形の怪物に。

「死ヌモんカ……目的ヲ果たス前に、死ヌもンカ……!」

 すらりとした美しい腕。その右腕が、異形と化す。
 長く妖艶ななまめかしい脚。その両脚が、異形と化す。
 真珠のような色した半貌も。絹糸のような髪も。
 何もかもが異形と化して。それでも凄絶なまでに美しかった。

 半人半魔、アーヴェイと。半人半魔、ヴィーナ。
 人外同士の戦いが。決して避けえぬ争いが。

 始まった。

「死んじゃうよ……。二人とも、死んじゃうよ……!」
 理性をなくした四つの瞳。あるのはただ、執着と狂気。
「止めて! 誰か……誰か、止めてよッ!」
 アーヴェイを止められそうなフィオルは。ぐったりしたまま動かない。

 ぶつかった。両者が。異形の者同士が。人外たちが。

 血。血。飛び散る血。赤く黒く、赤黒く。

 悲鳴なんて、誰も上げない。ただ黙々とした殺戮が。
 互いを滅ぼす虐殺が。
 粛々と、行われるだけ。

「ガァッ!」
 アーヴェイの右腕が、吹っ飛んだ。
「キエェッ!」
 ヴィーナの両脚が、剣の一閃で千切れ飛んだ。
 それでもやめない。まだやめない。

 互 い の ど ち ら か が 完 全 に 死 ぬ ま で 。

「アーヴェイ、ごめん。私、こうするしか、あなたを救う手を知らないの……!」
 リクシアは、泣きながら、ある呪文を唱えだす。
「だって——私、あなたに死んでほしくない……!」
 両の眼から涙を流しながらも。血を吐くような思いで。傷の痛みも無視して。
 唱える。

「天の彼方なる不死鳥よ、我呼ぶもとへ、舞い来たれ! 互いの尾を噛む円環の蛇、続く輪廻を解き放て! 我に仇なす究極の敵! 我は呼ばん、我は呼ばん!」

 あふれかえる想いが渦を巻き、やがて——!

「すべて巻き込み千切り裂け! 次元の彼方へ放り出せ!」

 風もないのに揺れる髪。涙の宿ったその瞳。


「——フェロウズ・リリース!」


 唱えかけて、邪魔された呪文を。
 放てなかった、必殺技を。
 今、再び。
 大好きな友達のために。
 解き放つ。

 途端、天上より光が降ってきて、二人に勢いよく突き刺さった。
 動きの止まった二人に、もう一撃。
 漆黒の衝撃波が、二人を弾き飛ばし、勢いよく地面に打ち据えた。
 そして目に見えぬ風が、その肌を幾重にも切り裂いて。

「鎮まれ異状、元に戻れ異形!」

 動かなくなった二人の身体が、現れる闇に飲み込まれる。

 ——わけでは、なかった。

「半人反魔! 魔物よ、消えろ!」
 間に一言、挟むだけで。

 消えたのは、ヴィーナだけだった。
 呑み込む闇に、一瞬だけもがき。
 ヴィーナだけ、消えた。

 残ったのは、アーヴェイだ。

 しかし。

「リクシア……。どうして……そんなことするのかな……」
 泣きそうな顔で、フィオルがつぶやいた。
 動けない身体を、無理に動かして。
 現れたのは、輝く翼の。
 純白の天使。
 その手に握る、「シャングリ=ラ」。
 それは、アーヴェイのほうを向いていた。

「フィオル——!?」

「こんなこと、したくなかったよ」
 彼が見つめるアーヴェイは、未だ狂気を宿していた。
 アーヴェイは、うつろな赤い瞳で、こちらを見た。
 そして。

 ——襲いかかる。

 リクシアに、フィオルに。倒れたままのフェロンに。
 まるで、見境なく。

「どうしてッ! アーヴェイ、私たちは仲間——」
「無駄だ! 聞こえない。アーヴェイは完全な悪魔になったんだから!」
 「シャングリ=ラ」を構えるフィオルの腕は、小刻みに震えていた。
「だから、終わらせなくちゃ。僕が——弟たる僕がッ!」
 その美しい青い眼から、滂沱と涙があふれ出る。
「だって——仕方ないじゃないか! このままじゃ僕ら、殺されるッ!」
 仲間だった、アーヴェイに。
 友達だった、アーヴェイに。
 悪魔になって、魔性となって。
 理性を失ったアーヴェイに。
 アーヴェイの剣が、襲いかかる。失った右腕。左だけで。フィオルは「シャングリ=ラ」でそれをいなす。
 流れるような動きで。アーヴェイ=デヴィルに反撃した。

 兄弟なのに。血はつながってはいないけど、兄弟なのに!
 戦わなければならないなんて。殺し合わなければならないなんて。

「おかしいよ、こんなのおかしいッ!」

 理不尽だ。ああ、兄さんの時と同じだ!
 国のために戦って、戦って、戦って。
 その果てに、自ら国を滅ぼして、魔物となった兄さん。
 仲間のために戦って、戦って、戦って。
 その果てに、自ら仲間を傷つけて、悪魔となったアーヴェイ。
 守りたいのに。守りたいのに。大切なものを傷つけて。
 フィオルをアーヴェイは攻撃し、フィオルは容赦なく反撃する。
 
 と。

 アーヴェイの剣がフィオルを斬った。散る純白の羽根、紅い血飛沫。
「あ…………」
 崩れ落ちるフィオル。血に染まった細い身体。
 何もかもがスローモーションで、リクシアは状況を理解できなかった。
 赤黒く染まった闇の刃が。リクシアの首元へ——。


 刺さらなかった。


 不意に紅の悪魔が手を止めた。

 一瞬宿った理性の光。

 ひび割れた声で。壊れた声で。
 呆然とフィオルを見下ろして。
 
 つぶやいた。


「…………オれハ、イま、なニを、シた…………?」


 血を流し、動かないフィオル。
 恐怖に震えたリクシアの瞳。

「オれハ、イま、なニを、シた!」

 ガタガタと、震えだした身体。
 悪魔の身が、己の犯した、
 大きすぎる罪に気づいて。
 さらなる異形へ変化する。戻れぬ異常へ変化する。





 ——アーヴェイが、魔物になる。





「アーヴェイ! だめ、あなたはだめ! 戻って!」
 リクシアは叫ぶが。
 狂った瞳は。リクシアを映さない。
「グ……ア……グアア……グアアアアアアアアッ!」
「だめ!」
 叫ぶリクシア。

 すると。声がしたんだ。

 血を流して動かない。死んだと思っていた、あの天使の声が。

「兄さ……ん!」

「……フィオ……ル?」

 その声に、理性が戻る。
 血まみれの白い天使は、地面を這いずって兄のもとにたどり着き。

 その足を、つかんでいた。

「約束……したじゃないか。心までは……完全な悪魔にならないって!」

 傷ついても、揺るがない。どこまでも碧い聖なる瞳が、悪魔を静かに見つめていた。

「兄さんは……僕を残して、行ってしまうの……?」
「……フィオル」

 次の瞬間。異形が解けた。

 悪魔から。人間に戻ったアーヴェイが、その場に倒れていた。
 右腕は、ない。
 吹っ飛んで、しまったから。
 でも、そこにいる彼は。
 悪魔みたいな見た目の彼は。
 確かに、アーヴェイだった。
 リクシアのよく知る、格好良くてちょっとクールな。

 ——アーヴェイだった。

「兄さん……置いて……行かないで……」
「……フィオル」
「僕は……兄さんを……殺すところだったんだから。……二度と、あんな真似は……させないで……」
「…………」
 震える指で、兄にしがみつき。フィオルは珍しく弱音を吐いた。
「……独りは……嫌だよ……」
「……すまなかった」
 疲弊しきった顔で、でも、悪魔じゃない、いつもの顔で。
 アーヴェイは、神妙にうなずいた。
「でも……オレももう、疲れた……」
「そうだね……眠ろう」
 そっと閉じて行く二人の瞼。
 リクシアは悲鳴を上げた。
「ちょっと、そんなところで眠ったら死——!」
「なら、誰か助けを呼んでくれ……」
 アーヴェイは、いつもみたいに。
 不敵に、笑ったのだった。
「今なら……悪魔のオレを見ても……尻込み、しないだろう……?」
 いつかの雪辱、果たしに行け。
「悔恨の白い羽根を……覚えているのなら」
 彼は、そう言って、目を閉じた。

 ——ああ、覚えているとも。
 あの日。アーヴェイたちと、訣別した。
 フィオルが餞別代りに渡した羽根は。悔恨の気持ちを示す羽根。
 リクシアは、服の中にあるそれを、強く握り込んだ。

「……待っていて、フィオル、アーヴェイ。私、助けるから……」
 今度こそ、間違えない。

 決意とともに、その場を後にした。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

     疲れた〜〜〜!

 どーも、藍蓮です。5000文字行ってしまった……!
 過去最高傑作ですねハイ。(と言うのは二回目)
 何となく書いていたら、すごいことになってしまいました。

 フェロンの活躍がほぼゼロという、かわいそうな結果になりましたが。天使と悪魔が大活躍しているし。これでお許しください。(フェロン「おい、作者」「ごめん」(茶番済みません))
 これでまた、大きな見せ場ですね。次は一体どうなることやら。
 
 作者だってわかりません(笑)
 
 いずれ、他の天使や悪魔も出したいなぁ。そうするとますますフェロンの活躍減る可能性が……。コホン。

 まあ、動乱の23話でしたが。
 次も楽しんでいただけると、嬉しいです。

 では、また次回。

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep24 赤と青の救い主 ( No.27 )
日時: 2017/08/13 01:11
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「誰か……助けて」
 ヴィーナにやられた傷を押さえ。リクシアは懸命に歩いていた。
 疲労と痛みにゆがむ視界。でも記憶に鮮やかな、仲間の姿。
(死なせない)
 その思いが。今のリクシアを動かす唯一の原動力。
「た……す……け……て……」
 しかし、耐えきれず、もつれた足。
 そのまま地面に倒れ込む。
「立たなきゃ……みんな、死んじゃうよぅ」
 言ってはみたが、無理だった。
 限界になった身体は。もう口ばかりしか動かない。
 そこへ。
 訪れる、足音が、あった。
 ゆっくりとした足取り。
「……やぁ、お嬢さん。こんなところで、どうしたんだい?」
 そこに、いたのは——

 背に群青の翼をもつ、蒼い髪に水色の瞳をした、

 天使だった。

  ◆

「私のことはいいから。仲間が……死にそうなの」
 リクシアは、言葉少なに状況を説明した。
「そっちに……いるから。お願い、助けて……!」
 必死で頼み込むと。その天使は、とても困ったような顔をした。
「でもねぇ……」
「お願い、死んじゃう!」

「ここまで歩いてきた時点で、へとへとだから」

「…………え?」
 この人が来たのは、そんなに遠いところからだったのだろうか。
 そう、思いを巡らせると。
「違う、違う。割と近くからだよ。でも、私にとってはすごく遠いんだ」
 大慌てで否定した。
「何を言って——」
 だから、と彼は言葉を遮った。

「私はね、生まれつき、そんなに長く歩けないのさ」

「!」
 そう、だったのか。
 だから、あんなに困った顔をしたんだ。
「ちなみに天使だけど飛べない。歩けないし飛べないんじゃぁ、移動には難儀してるよまったく」
 その天使は、そうつぶやいた。
「でも、どうしようねぇ。僕じゃぁ君の友達を——」
 と。

「アルフ! 一体どこ行ってたの! 探すの大変だったんだから!」

 その言葉を、女の子の声が遮った。
 そこには、赤い髪にピンクの瞳、紅蓮の翼の。
 天使が。もう一人、腰に手を当てて立っていた。

  ◆

「ふぅうーん。状況は理解したわ。で、あたしにそれを助けに行けって?」
 天使の女の子は、リクシアから話を聞いて、そう問うた。
「そうよ……。急がなきゃ……死んじゃう……!」
「りょーかい。じゃ、アルフはそこで待っててよ? あたしが直接現場に向かうわ」
 言って女の子は、その背の翼をはばたかせた。
「とりあえず、様子見てくる! 動くんじゃないわよ。探すの大変なんだから!」
 そうして、その女の子はいなくなった。
 リクシアは、残った天使に訊いた。
「聞いてなかったけど……あなたは?」
 おや失礼、と飛べない天使は笑った。
「私の名はアルフェリオ。で、あの子の名がリルフェリア。全然似てない双子なのさ」
「双子!?」
 言われれば、顔つきが似てなくもないか。
「ところで、君は? 君もまだ、名乗っていないよ」
 その問いに。
 リクシアは、微笑んで答えるのだった。
「リクシア……。リクシア・エルフェゴールよ……」
 そこまで言うと、落ちてきた瞼。
 疲労が身体を支配する。
 さっきまでは、眠ってはならない状況だったけれど。
 今は。助けてくれる、人がいるから。
(任せても……平気よね……?)
 誘う眠気に身を任せた。
「ありゃりゃ、寝ちゃったよ。ひどい怪我だったし、疲れたんだろうなぁ」
 青色の天使が、小さくつぶやいた。

  ◆

「……なによ、これ……」

 はばたいた先。赤い天使は愕然とした。

 悪魔みたいな少年と、天使みたいな少年。片手剣を握った、普通の少年。

 みんながみんな、ほとんど息をしていなかった。

 そして、みられる戦闘の傷跡。
 凄絶な戦いの跡。

「……面倒事に首突っ込んだ気分。あとであの子にみっちり訊いてやるんだから」

 赤い天使はため息をつき。
「あれは……毒……? とりあえず、手当てをしとこう」
 その右手を天に掲げ。小さく呪文を唱えた。
「天光!」
 暖かな光が天から降り注ぎ。皆をいやした。
 とりあえず、なんとかなったかな。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 短いです。で、駄文です。
 どーも、前回の話を長く書きすぎて(軽く三話に分けられる)精気をなくした藍蓮です。
 今回は新しい章(別に章とか決めちゃいないけど)に突入です。
 くたびれきったリクシアのもと。出会った赤色と青色の天使。
 彼らは一体誰なのか? そもそもここはどこなのか?
 またまたやってきた動乱の予感!?
 次の話に、請うご期待!

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep25 極北の天使たち ( No.28 )
日時: 2017/08/14 00:11
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 どーも、藍蓮です。
 帰省するので、14日昼〜17日夕まで更新できません。
 すみません、よろしくお願いいたします。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「おーい!」
 声がした。アルフェリオは声のした方に首を向ける。
「リル。何とかなったのかい?」
 赤い天使が、青い天使の前にふわりと着地した。
 うん、と彼女は言う。
「でも、なんか、さぁ。なんか、変だったのよねぇ」
「言いよどむなんてリルらしくないね。何かあったのかい?」
「……凄絶な、戦いの痕跡が、あったの」
「……そうかい」
 アルフェリオは、少し考え込むような顔をした。
「ねぇ、リル。私をそこに、連れて行ってくれないかい?」
「今はだめ。怪我人の収容が先でしょ。……って、アル、その子の治療は?」
 リルフェリアは、眠ったリクシアを指し示した。アルフェリオはうなずいた。
「私がやっておいたよ。で、怪我人の収容? どうだかなぁ。みんな、許してくれるかなぁ」
 彼は、知っている。
 自分がこれから帰るところが。余所者に厳しいことを。
「というか、そもそも怪我人は何人だい?」
 問えば。
「三人よ。でも、そこのお譲ちゃんとあんたを含めれば五人」
「私は怪我人じゃないよ?」
「まともに歩けない人は怪我人なの。飛ぶことだってできないくせに」
「これは生まれつきなんだからつべこべ言わない。でも、リルだけじゃみんなを運べないね」
 どうしよっか、と言いかけたら。

「呼ばれて飛び出てズドドドドーン! 緑の天使をご用命かい?」
「……用があるならそう言え」
「お困りですかー? お助けしますー!」

「……なんでそんなにタイミングよく出てくるの君たち」
 双子の天使仲間が。緑のラーヴェル、黒のヴァンツァー、黄のリリエルが、そろって現れた。

  ◆

 で、必然的に。遅いが動けるアルフェリオが、残されることになった。リルフェリアは心配げな顔をしていたが。アルフェリオだって戦える。
 動かない足を必死に動かし。「里」の方へと歩いていく。
 運ばれてきた「リクシアの仲間」は、どこか、魔物の匂いがした。
(魔物にやられたんだろうねぇ)
 それも、かなり強めの奴に。
 記憶を呼び起こしながらも。小さな森の中を歩いた。

  ◆

「状況はよくわからねぇけどさ」
 話を聞いて。空を飛びながらも、緑のラーヴェルは首をかしげた。
「ま、とりあえずは。余所者が入れるように取り計らえってことかい?怪我人収容するために」
 でしょうねー、とリリエル。
「みんなが目覚めてくれなきゃ、わかるものもわかりませんけどー」
 そもそもアルが、リクシアちゃんを助けたのが悪い、とリルフェリアが愚痴をこぼす。
「なんか、大事に巻き込まれたよーな気分なんですけどー」
 ヴァンツァーはどう思うわけ? と黒い天使に話題を振ってみると。
「俺は知らん」
 あっさりと返された。
 リルフェリアは口をとがらせる。
「はいはい別にいーですよーだ。ヴァンに聞いても意味ないし!」
「……それをわかって訊いたのならば、お前は天性の馬鹿だぞ」
「はいはいはい! 聞こえなーい!」
 耳をふさごうとするが、リクシアを背負っていたことを思い出してやめる。

 やがて見えた、小さな里。極北の地の、小さな里。
「さ、降下準備!」
「わかってるての!」
「行きますよーぅ」
「……落下」
 そこへ。ゆっくりと翼をたたみつつ、四人の天使が舞い降りる。
「で、待っているのも癪だから」
 リルフェリアはリクシアを下ろすと。
 再びその翼を広げた。
「リル? 抜け駆けすんのかこら!」
「しないってば! アルを迎えに行くんだよ!」
 ラーヴェルの憤慨した言葉に答えて。
「ってことで、待っててね!」
 再び、飛び立った。

  ◆

 アルフェリオは、短剣を構えていた。
「これ以上近づくなら……実力行使もいとわないけど」
 そんなことを言っている割には。
 つうっと流れおちた汗。
 対峙するは、異形の女。異形の足で、身体を支えて。
 片手にレイピアを携えて。狂ったように、一歩、また一歩。
(困ったなぁ)

 戦いが、起きようとしていた。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 天使たちの話その2。主人公勢が意識不明なので、メインメンバーはお留守です。赤青天使の旧知らしい、緑、黄、黒の天使まで出てきてにぎやかに。
 次こそはみんなを目覚めさせたいです。
 帰省のために更新ペースは遅くなりますが、これからもよろしくお願いいたします。

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep26 ハーフエンジェル ( No.29 )
日時: 2017/08/17 18:41
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 お久しぶりです藍蓮です。
 帰ってきたので再開しまーす!

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 狂ったような異形の女。アルフェリオは、彼女の正体を知っていた。
 策略にて、人を魔物にする。権謀術数の魔性の女。
「『偽りの女神』が……。落ちぶれたものだよね」
 構えた短剣の先は、細かく震えていた。
 余裕がないのは確かだけど。戦わなければ死んでしまうから。
「キエエエェェェッ」
 飛びかかってきた異形の女を。腕の剣で、なんとかいなす。
「手加減なんて……してくれないよねっ」
 呟き、剣に特殊な呪文を乗せて、異形の女に放とうと身構えた。
(これをやったら……正直、身体が保つかどうか。でも、仕方ないよね。戦えない僕にとっては。これしか生き残るすべがない……)
 
 アルフェリオは、ただの天使ではないのだ。

 リルフェリアの、双子の兄。水に愛されし青き天使。
 それは、表の顔にしかすぎなくて。

 その裏には。闇に愛された、暗く黒い悪夢の申し子の姿が、あった。
 普段、戦えないのは。闇の力の代償で。
 ひとたび本気を出せば、百の軍勢でさえ一人で倒せるほど強いけど。
 一度、そうなったら。彼の身体は深い深い闇に侵され。天使でいられなくなる可能性すらあった。
「でも……仕方な……」


「——仕方なくない!」
 

 と。

 天から舞い降りた赤い稲妻が。
 異形の女を、手にした剣で。
 刺し貫いた。

「……リル」
「来て大正解! もう、アルったら! 勝手に死んだりしないでよぅ!」
「……死んじゃあいないけど」
「死にそうだったくせに何言ってんのよアンタは! とりあえず、あたしにつかまって! みんなの待ってるところまで飛ぶわよ!」
 叫び。倒した異形の女には見向きもせずに。
 リルフェリアは、アルフェリオに背中を差し出した。
「乗って!」
「……いつもごめんねぇ」
「そんなの気にしない! さあ!」
 赤い翼が、大きくはばたく。
「みんなが待ってる! いくわよ、さぁ!」
 どこまでも前を見据える真っ直ぐな瞳は。
 仲間の待つ、村の前を目指した。

  ◆

「……う……」
 フィオルは、明るい光で、目を覚ました。
 知らない所だ。あの戦場ではない。リクシアが助けてくれたのだろうか?
 身を起こそうとするが、どうも力が入らない。
 ちなみに、今寝ている場所は。どこかの土の上らしい。
 どうしようか、と思った。これでは状況がわからない……。
 と。
「あら、目覚めましたかー?」
 ふわふわとした、声がして。
「おっ? 誰よ誰よ? って、天使さん?」
「……外見で人を判断するな。まだ、天使と決まったわけじゃない」
 他の声が、そのあとからやってきた。
 フィオルの眼に映るのは。色とりどりの天使たち。

 ——天使、たち。

 出会っては、いけない人たち。
 フィオルと、アーヴェイにとっては。
 フィオルの生まれにまつわることで。

(まずい……よりによって、天使だって? シア、相手を選んでくれる?)
 事情を説明しなかった、こちらも悪いか。
 どうしよう。

「あのー。お名前、伺ってもいいですかー? あと、天使みたいな見た目ですけど、あなたは天使なんですかー?」
「知りたい知りたい」
「……俺は知らん」
 天使たちが、名前を訊いてくる。僕の名は一部の人の間では有名なんだ。だから偽名を名乗ろう。と、言ったって……
(事情を知らないシア達は、僕のことを本名で呼ぶだろうし)
 ならば、真実を明かした方が、下手に疑われないで済むか。
 どうせ、今は動けないんだ。もう、どうにでもなれ。

 フィオルは軽く身じろぎをした。
 すると。
 現れる、純白の翼。
 天使の血を引く者の証。

「あなたは……」
 驚いたような、黄色天使の声に。
「ハーフエンジェルのフィオル。……聞いたことない? 僕の本当の父親……大罪人ウォルクのことを」
 書物で知った、自分の生まれ。父親は、天使族の仲間を金で売った、ある大罪人。
「僕はその息子だよ……」
 だから、だからこそ。他の天使には会いたくなかった。大罪人の息子だから。ひどい目にあわされると、思いこんでいた。

 しかし、現実は違ったのだった。

「あららぁ。そんなことを気にしてらっしゃったのですかー? 他の天使さんたちは違うかもしれませんが、私たちは例外なので! 異常種なのでー」
「自分でそれを言うかリリエル……。ま、おれたちゃ他の天使みたいにお堅くねーもんで。そんなに気張らなくたっていーんだぜ? ちなみにおれの名はラーヴェル。ハーフエンジェルかぁ……。よろしくな!」
「気にしすぎだ。……俺はヴァンツァー。大罪人なんて知ったことか。言い方は悪いが、関係ない俺達には対岸の火事だ」

 すべて、フィオルの思い込みだった。
 ここの天使たちは、こんなにも親切で。
(あーあ、いつもの警戒心なんていらなかったんだね)

「……ところで、ここって?」
 気になることを訊いてみたら。
 ヴァンツァーが冷静に返す。
「存在しない町だ」
 その次に彼の言った言葉は。フィオルの想像と理解を超えていた。







「花の都フロイライン、と呼ぶ者もいる」







◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 最近スランプ中の藍蓮です。内容浮かばんわ。
 というわけで、前から考えていた急展開をぶち込みました。しっちゃかめっちゃかな駄文ですね今回の話は。
 正直、この低クオリティで投稿していいのか不安になりますが、ブランクがあったので一気に投稿。駄作ですみません次はちゃんとやります。

 明かされた町の名前。その正体は——
 続きます。次こそは主人公を目覚めさせたいです。

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep27 存在しない町 ( No.30 )
日時: 2017/08/21 09:33
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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「——フロイラインだって!?」
 
 フィオルは思わず叫んでいた。それにヴァンツァーが答えようとする。と。
「みんな……無事……?」
「……生きてたな」
「……リア……は……?」
 これまで眠っていた三人が、目を覚ました。
 そして。
「ただいまーっ!」
「やぁ、みんな」
 赤と青の天使も、戻ってきた。
「……天使? これは、なんだ?」
 アーヴェイは、失われた右腕の跡を見ながら疑問を口にした。
 ため息をつき、フィオルは。これまであったことを語ったのだった。

  ◆

「花の都フロイラインが、あの町なの……」
 先に広がる町を見て。呆然とした顔で、リクシアが問うた。
「そうさ。あそこが花の都。君たちはそこを目指していたのかい?」
 アルフェリオの言葉に。リクシアは力なくうなずいた。
「兄さんが魔物になって。で、それを戻そうとして」
「無理だね」
 にべもなく返された、非情な言葉。
「あそこは『存在しない町』なんだから。何の記録も残っていないさ」
「……訊いてもいい?」
 フェロンが会話に割り込んできた。
「あなたたちは、あの町を『存在しない町』と呼んでいるけれど。どういう意味?」
「そのままの意味ですよー」
 のんきそうに、リリエルが言った。
「あの町は、『存在しない町』なんです。地図にもないし、人目にも触れない。そしてそこに住むのはそもそも、人間じゃない——」
「天使の町なんだぜ? ゆえに、人間にとっちゃあ存在しない町、なんだってワケ」
 ならば、とアーヴェイが口を挟んだ。
「あそこが存在しない町だってのはわかったが、ならばどうして。魔物が元に戻らないんだ?」
「簡単だよ」
 だって僕らは——と、アルフェリオは皆を見た。

「天使だもの。あの時。魔物になったのは、天使だもの。だから僕らは、天使以外の戻し方なんて、知らないんだよ」

 ……リクシアは、驚愕した。
 人間だけではなく、天使だって。魔物になるということに。
 そして。
 ずっと追い求めていた花の都は、天使たちの町だったことに。
 ——これじゃあ。
 これじゃあ。
 兄さんを戻す方法は、見つからないの……?
 また。
 振り出しに、
 戻るのか。
 何もわからなかった、
 手探りの暗闇に……。

 襲ってきた絶望に、リクシアは両手で顔を覆った。
 私たちの長い旅は。無駄だったのだろうか。
 私たちの負った傷は、無駄だったのだろうか。
 振り出しに戻って。何もわからなくて。
 今こうしている間に。グラエキア達に、兄さんが殺されそうになっているのかもしれないのに。
 ——私は、私たちは。
「……これから、どうすれば、いいの……?」
「良かったら、来てみるかい?」
 アルフェリオが、優しく笑いかけた。
「私たちじゃあ君の助けにはならないかもしれないけれどさ。町に来たら、案外、あるかもしれないよ? 魔物を元に戻すためのヒントが」
 天使の町。存在しない町。
 しかし、魔物が元に戻った話のある、唯一の町。
「……行って、いいの……?」
「もちろんさ」
「待て、アルフ」
 ヴァンツァーが、片手で彼を制した。
「あの町は余所者に厳しい。彼女らを収容するのに、言い訳がいるが、考えたのか?」
「ああ、そうだねぇ。ヴァンに投げてもいい?」
「……俺は便利屋じゃないんだぞまったく……。フン。ならば、こんなのでどうだ? 『偽りの女神』ヴィーナが現れたと聞くが、それを利用しよう。彼女にアルフが襲われていたのを偶然、満身創痍のあなたたちが見つけ、アルフを助ける。だから俺たちは、その恩返しとしてあなたたちを助ける……。こんなシナリオなら、あるいは」
「いけるかもねぇ。これからも頼るねぇ」
「……たまには自分で考えろ」
 とにかく。話がまとまったようである。
「……じゃあ、行くの?」
 目の前の町。存在しない町。花の都フロイラインへ。
 期待はすんなよ、とラーヴェルが言った。
「天使ったって、そこまで御大層なものじゃねぇーんだ。生まれが特別ってだけで。実際その中身は、あなたら人間とそう変わらねぇーんだぜ?」
 リクシアはうなずいた。
 前を見据える。
 極北の地。花の都フロイライン。
 旅の最終目的地が、存在しない町が。
 あらゆるものを拒否するかのように、そびえていた。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
 

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep28 善意と掟と思惑と  ( No.31 )
日時: 2017/08/20 12:02
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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「あ〜らら、リルにアル! 今までどこ行っていたの〜?」

 町に入るなり、間延びした口調で、ピンクの翼の女性が出迎えた。
 しかし、その顔は。リクシア達の姿を見て、固まった。
「……ねぇ? その子たち、人間よね〜? なんで人間がこの町にいるのかしら〜?」
 ヴァンツァーが進み出て、先ほど考えていた言い訳を披露する。
 女性は首をかしげた。
「なら、アルはこの子たちに助けられたの〜?」
 アルフェリオは、苦笑いしながら答えた。
「ハハッ、不覚をとっちゃったんだよ……。私はあまり、動けないからさ」
「でも、余所者を町に入れるのは〜、ねぇ?」
「恩人なんだよ。それに、この町を目指して、ずっと旅していたんだってさ」
 女性は、いぶかしげにリクシア達を見た。
 リクシアはあわてて進み出る。
「あのっ! リクシア・エルフェゴールといいます! 魔物になった兄さんを元に戻すために、ずっと旅しているんです!」
「魔物……。でも、天使の町は関係ないわよ〜。ここは『存在しない町』ですもの〜」
「聞きました。でも、少しでも手掛かりが見つかればいいなと思って……」
「そうなの〜?」
 でも、それは置いといて、と女性は首を振った。
「あなたの言い分はよくわかったわ〜。文献とか、見せてあげるわね〜。助けになれれば嬉しいもの。でもね〜」
 柔らかな光を宿した桃色の瞳が。フィオルとアーヴェイを、射抜いた。

 二人の身体が、警戒で固まる。
 リクシアはまだ何も知らないけれど。フィオルの正体は——。




「大罪人の息子と、醜い悪魔は。お断りなのよ〜」




「————ッ!」

「フィオ!」
 その言葉を聞いた瞬間、フィオルは走り出した。治りきらぬ傷の痛みを無視して。ただこの場から逃げようと、一目散に。
 そして、後先考えなかった彼の逃げる先は。

「……あらら〜。殺されても文句は言えないわ〜」

 ——町の、奥だった。

 この、余所者を嫌う町の。
 フィオルの父を断罪し、処刑した、町の。

「フィオ!」
「フィオル!」
 走って追いかけようとしたリクシアとアーヴェイの腕を、ラーヴェルがつかんだ。
「落ちつけよ。ここで変な行動を起こしたら、てめーらも捕まるぜ?」
「でもッ、フィオはッ!」
「悪魔はもっと駄目なの。つーか、その見た目、もう少し何とかならねぇーの? こんなんじゃぁ、この町にゃぁ入れないぜ?」
「……話を整理していい?」
 リルフェリアが、顔をしかめてこめかみに手をやりながらも言った。
「まず、フィオルの正体がこんなに早くばれるってことがあたしの誤算。で、アーヴェイの見た目とか正体に気づかなかったのもあたしのせいよね。それで、正体を見破られたフィオルは動転して、町の奥に行っちゃった。……一応、聞くけど。シアラさんは、見逃す気なんてないんでしょ?」
 桃色の女性——シアラは、にっこりと、天使の笑みを浮かべた。
「犯罪者の息子ですもの〜。今度こそ、退☆治しなきゃあ、ね☆?」
 にっこりと笑いながら、そんなことを言うのだ。
 リクシアもアーヴェイも、気が気でなかった。
「で? 他の天使には黙ってくれる」「わけないじゃない〜」「……でしょうね」
 リルフェリアはため息をついて、他の天使たちに言った。
「ねぇ、あんたたち!」
 赤い瞳が、強い意志を宿して。
 炎の如く、光り輝く。


「——掟破りになる気が、ある?」


 彼女は無言で語る。この人たちを助けるには、掟破りになるしかないと。掟破りになったら、二度とこの町に戻れなくなる可能性がある。あなたたちはそれでもいいのか、と。

「言っとくけど、あたしは破るから。せっかく助けたんだ、最後まで面倒見なきゃ、後味が悪いったらない。他のみんなが嫌だと言ったって……」
「言うわけねぇーよ」
 ラーヴェルが笑った。
「おれだって、このままじゃ後味が悪ぃーよ。破るんなら一緒に破ろうぜぇー!」
 私もー、とリリエルが手を挙げる。
「皆さんのこと、好きですし!」
「……物好きな奴らだ」
 呟くヴァンツァーも、また、リルフェリアの側に着く。
「私だって破ろうか。第一発見者は私なのだしね」
 アルフェリオが、笑って言った。
 その様子を見て。不覚にも、リクシアの両目から、涙が溢れてくる。
「おーいおいおい、どうしたのよ?」
「……嬉しいの……」
 見ず知らずの私たち。極北の地に、迷い込んだだけの他人。
 なのに。掟を破ってまで、助けようとしてくれて。
「ありがとう……!」
「……あなたたちは、本当にいいの?」
 フェロンが首をかしげた。
「見ず知らずの他人のために……これまでの生活を棒に振るような真似をして……」
 その言葉を聞いて、リルフェリアはにっこりと笑った。
 何の悪意も込められていない、純粋な、善意だけの。
 
 天使の笑み。

「だってあたしたちは」
「周りとは違ぇーの」
「誇り高いのさ」
「異常種なんですー」
「物好きの集まりだからな」

 それぞれそう、つぶやいて微笑んで。
 微笑んだままのシアラに、それぞれの武器を向けた。





「「「「「だから、今、あなたに。宣戦布告する」」」」」





「あらら〜、なら、わたくしも〜。法の名において、あなたたちを断罪するわ〜」

  ◆

 善意と、掟と。
 様々な思惑の混じり合った、二つの種族の争いが、
 幕を開けた。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep29 剣を取るのは守るため ( No.32 )
日時: 2017/08/21 11:22
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 4200文字……。
 長めです。読むときは余裕を持ちましょう。

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「「「「「だから、今、あなたに。宣戦布告する」」」」」

 向けられたそれぞれの武器。覚悟を決めた、十の瞳。
 シアラはゆがんだ笑みを見せて、彼らに細いレイピアを向けた。
「あらら〜、なら、わたくしも〜。法の名において、あなたたちを断罪するわ〜」
 でも、その前に、と、彼女は大きく口を開けた。
「みんな! みんな! 侵入者よ〜! 掟破りよ〜! 退治しなくちゃ、ね?」
 ……増援を、呼んだ。
「私たちも、戦わなくちゃ」
 うなずき、呪文の用意をするリクシア。
「行くぞ、悪魔」
「解ってるさ、傷痕」
 フェロンはいつもの片手剣を構え、アーヴェイは取り戻した「アバ=ドン」を腕一本で構える。右腕は——あの戦いで、無くなった。
 が。偽りの女神にやられた傷が痛むのか、皆、どこかをかばいながらで、本調子とはいえないようだ。
「本当はあんたらにあの天使さんの捜索を頼みてぇところなんだが……。そんな身体で行けんのか? こっちは大丈夫だからさ。こっちの援護よりかぁあの子の捜索を優先させるべきだぜ?」
 ラーヴェルが槍を構えながらも、肩越しに言葉を投げかけた。
「大丈夫だ、いける」
 アーヴェイが即答した。
「その腕で、大丈夫なんですかー?」
 心配そうにリリエルが問えば。
 アーヴェイはふっと悲しげな笑みを浮かべ、言った。
「……オレは、悪魔だから」
 残った左腕で、右肩に触れた。
 すると。
「…………!」

 現れる、真紅と漆黒の、異形の右腕。

 悪魔の、腕。

「この天使の町ではひどく目立つだろうが……背に腹は代えられない。醜くても、異形でも。オレは、構わないんだ。……大切な人を、守れるのなら」
 異形の右手に、「アバ=ドン」を握った。
 「アバ=ドン」に潜む破戒的人格が彼に囁きかけるが、それを圧倒的意志力で跳ねのける。
「大丈夫だ、いける」
 紅い瞳がリリエルを射抜いた。
 その力強さに、彼女はうなずいた。
「な、なら、頼みますよー」
「引き受けた。弟なんだ、当然だろう」
 『弟なんだ』と言う言葉に、一瞬彼女は何かを言いかけた。が、首を振って、
「幸運を祈ってます〜」
 そう声をかけてから、前を向いて。
 自分の得物——戦輪(チャクラム)を構えた。
 気づけば増援だらけになっている。急がなければ!
「お前ら、いけるな?」
 アーヴェイが、リクシア達を振り向いて言った。
「当然よ!」
「愚問だな」
 リクシアとフェロンがそれぞれ返す。
「ならば、行こう。町の奥へ!」
 大切な仲間を救うため。大好きな天使を救うため。
「死ぬんじゃないぞ!」
 三人は、三本の稲妻となって駆け出した。


  ◆


「ハアッ、ハアッ、ハアッ」
 走り続け、耐えられなくなって。フィオルはその場に倒れ込んだ。
 息がつらい。頭ががんがんする。
 こびりついて離れない言葉。

『大罪人の息子と、醜い悪魔は。お断りなのよ〜』

 バラされたくないことを、バラされた。
 だから、逃げたんだ。あの場所から。一刻も早く、そう思って。
「うう……ッ……く」
 今さらだが、激痛を伴って痛みはじめた傷。アーヴェイとやり合って
——アーヴェイに斬られた、深い、傷。
 天使たちは、応急措置は施したという。
 だが、あくまでも『応急』だ。完全に治っているわけではない。
 呼吸が荒くなる。額に脂汗が浮かんだ。
 逃げだした自分が、馬鹿に思えてきた。
 そこへ。

「——大罪人の息子が、のこのこ帰ってくんじゃねぇよッッッ!!!!!」

 大振りの斧を持った天使が、襲いかかってきた。
「…………ッ!」
 とっさに「シャングリ=ラ」を呼び出して、なんとかいなす。
 が、重い。その一撃が。
 なんとかいなしたつもりなのに、腕にビリビリと残った衝撃。
 その衝撃が、傷に響く。
「く…………」
 こめかみから、つうっと流れおちた汗。身体が——きつい。
「もう一撃だコラァ!」
 重い一撃を、背の翼で宙に飛び上がることで、かろうじてかわす。鼻先を破壊力の塊が通り過ぎた。今度は冷や汗が流れた。
 そこへ。

「てめぇが飛ぶんなら——こっちも飛ぶが、文句はねぇよなッ!」

 斧の天使が、追いすがる。
 さらに一撃。かわしきれない。「シャングリ=ラ」で迎え撃つ。
「くあッ!」
 漏れた悲鳴。その両手から、「シャングリ=ラ」が叩き落とされる。
「もうおしまいかぁ? 弱ぇえもんだなぁ」
「負けて……たまるか」
 自業自得で陥った結果。こんなところで。こんなところで。
 
 ——死んで、たまるか。
 
 が、戦闘に疲弊し、力を失った翼は。いつしか羽ばたくことをやめていた。
 落ちていく身体。
 目をぎらつかせて追いすがる天使。
「死ねぇッ!」
 斧の一撃。宙で身をひねり、かろうじてかわす、が。
「————ぐあッ!」
 その一撃は。
 彼の翼を。
 その、左の、翼を。


 ——叩き斬っていた。


 激痛にうめき、墜落するように墜ちていくフィオル。
 もう、身を守るすべも何もない。
 傷口から真紅の血を流し、墜ちていくだけ。
 それを狙う、斧使い。


 ——今度こそ、死ぬ。


 そんな予感が、彼の全身を震わせた。
「ごめん……ね……兄さん……シア……フェロ……ン……」
 涙が、流れた。
 自業自得で、死ぬなんて。馬鹿みたいだよ、ね。
「ごめん……」







「——謝るなッッッ!!!!!」






「…………!」
 墜ちていく、彼の身体を。
 翼を奪われた、天使の、身体を。
 下でそっと、受け止める影があった。


「生きているなら——謝るなッ!」


 赤と黒の異形の腕。
 ああ、兄さんだ。再生させたんだ。
 ガイーン! 鈍く響く音。斧の一撃を、フェロンが防いだ。
「お前は寝てろ。弁解なら後で聞く。今はこの敵を倒すのが先決だ。……シア、頼むぞ」
「了解よ!」
 リクシアが、フェロンを受け取って地面に寝かせた。
 それを見届けて。異形となったアーヴェイが、炎のような瞳で「アバ=ドン」を構えた。
「弟を傷つけた代価、しっかり払ってもらおうか!」
 それを見ながらも、リクシアは口の中で唱えていた。
 フェロウズ・リリース? いや、違う。あんな優しい魔法じゃない。
 リクシアは、怒っていた。大切な仲間が、こんなに傷つけられたことに。
 それが、その仲間の自業自得だったとしても。
 カキーン! グアーン! 飛び交う剣戟。二方向からの神速の攻めに、斧使いは苦戦しているようだ。

 ——今が、好機。

 リクシアは、唱える。この状況を打破するために必要な、新たな「必殺技」を。

「天空の彼方、神々の御座(みまし)! 星々の光拾い集め、極光の空に投げ入れよ!」
 
 幼いころに聞いた神話を。

「大地の彼方、悪霊の御座(みまし)! 人々の心拾い集め、極夜の空に投げ入れよ!」

 つなぎ、合わせて。

「光と心、渦巻け、空に! 千々の流星、降り注げ!」

 忘れえぬ、遠い日の空を。鮮やかに思い浮かべて。

「夢見よ、正義! 夢果つ邪悪! 断罪の光よ、今ここに——!」

 守り、たいから。





「エンシェンテッド・アウローラ!」





 願い、唱えた。
 それは、純粋な、光の魔法。
 天から流星が降り注ぐ。それは、想いのこもった光。

「誰も——死なせやしないんだからッ!」

 そのためには、人殺しだって、厭わない。
 それが、「守る」ということだから。

 斧の天使は流星に貫かれ。もう、息をしていなかった。

 そして。

「リア!?」
 フェロンの声。リクシアの身体が大きくよろめいた。
 が、今回はしっかりと踏みとどまった。大丈夫、そう簡単に眠ったりはしないから。
 アーヴェイが、呆れた顔でこちらを見ていた。
「……なんだか、見せ場だけ取られたような気分だ」
 リクシアは苦笑を返した。
「仕方ないじゃない。でも、フィオルは助かったし——」
「そうだ、フィオルッ!」
 そのことに思い至って。アーヴェイは寝かせてあるフィオルに駆け寄った。
「フィオル、フィオル!」
 真っ白な天使は、その目を閉じていた。
 死んではいない、が、命が危うい状況なのは一目でわかる。
 これまで。彼の命の危機に際して、彼に驚異的な回復力を与えていた翼は。

 ——片方が、失われてしまったから。

 失われた翼の傷口から、際限なく溢れ出る血。止血をしようと試みても。一向に血は止まらない。

「……他の天使なら何とかなるかも。急いで戻りましょう!」
「…………ああ」
 アーヴェイは重たい顔でうなずいて、弟を背負うと駆け出した。
「リア、つかまれ」
 フェロンが手を差し出した。
「そんな身体じゃ追いつけない。絶対に手を離すなよ」
 差し出された手。しっかりと握る。握ったそこから穏やかに伝わる、温かさ。
 大丈夫、戦える。
 側に大切な人がいる限り。この温かさがある限り。
「行こうよ、フェロン!」
 走り出す。時々もつれそうになる足を、つないだ手がしっかりと導いた。
 大丈夫、まだ走れる。
 先に希望がある限り。導く手が、ある限り。


  ◆

「負けを認めるのよ〜」

 リルフェリアの喉元に、レイピアがつきだされた。
 やってきた天使の増援。大人の剣技を見せつけられて。なすすべもなく、やられていった。
 ヴァンツァーもラーヴェルもリリエルも。皆、地に倒れ伏していた。
「まだ……!」
 倒れたヴァンツァーが、渾身の力で、倒れたままで剣を薙ぐ。
「甘いのよ〜」
 それをひらりと避けたシアラは。靴で彼の頭を踏みつけた。
「ぐッ……」
「無駄な抵抗はおよしなさいな〜。大丈夫、死ぬ時は一瞬だから〜」
 笑って、レイピアの矛先をヴァンツァーに変えた。
「やめて!」
「くそっ……ヴァッツ!」
 リルフェリアとラーヴェルが悲鳴を上げる。
 でもねぇ、とシアラは笑った。
「どうせあなたたち、処刑されるのよ〜? なら、ここで殺したって、何も変わらないわよ、ねぇ?」
 笑いながら、彼女は他の天使を見るのだった。
 他の天使たちは、無言でうなずいた。
 それを見て、シアラは。ヴァンツァーの首の皮を薄く切った。
 それでももがこうとする彼を見て、彼女はさらに笑う。
「滑稽よ。あなたたちなんて、生きてる価値ないの〜」
 だから、お遊びももうおしまい。
 言って、レイピアを大きく後ろに引いた。
「ヴァン!」
「ヴァッツ!」
「ヴァンツァーさぁん!」
 仲間たちの悲鳴。

 が、その剣が。彼を貫くことは、なかった。

 誰もが、忘れていた。







「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!!!!!!」







 青い、青い、天使のことを。


 



 暗く、黒い。悪夢の申し子を。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 本格的な戦いが始まりました。みんなはお互いを守るために必死です。
 最後に出てきた「青い天使」って……。
 次の話をお待ち下さい。

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep30 青藍の悪夢 ( No.33 )
日時: 2017/08/22 00:26
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

※ グロ描写あり。
  長いです。5300文字あります。
  そして非常に重い話です。読むときは覚悟のほどを。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「はあっ、はあっ」
 リクシア達は駆ける。町の中心部に向かって。
 早くフィオルを治さなきゃ。このままだと、フィオルが死んじゃう!
「って、オイ。町の中心部が騒がしくないか?」
「そのようだ。急ぐぞ、リア!」


 ——そして、見た。



「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!!!!!!」



 青い、青い闇を背負った、常闇の天使の姿を。


「何事ッ!」

 駆け寄れば。地に倒れ伏した天使たち。傷ついて、動けない仲間たち。
 でも、それ以前に。
 動けなかった、アルフェリオが。
 飛べない天使の、アルフェリオが。
 その青い翼を広げ、空に浮いていて。

 言うのだ。











               「さ よ う な ら 、み ん な」











 永遠の別れを、告げるかのように。

 悲しそうに、哀しそうに。それでも健気に笑って。

 
「—— やめてぇぇぇぇぇええええええええええええええ————ッッッッッ!!!!!!!!!!!」


 リルフェリアが、絶叫を上げた。

「駄目ッ! 駄目、あんたはッ! あたしが守るんだって、あんたをひどい目に遭わせないようにするからって、あたし、誓ったじゃない! なのにどうしてあんたは……! そう……自分を、捨てようとするのかなぁ!?」
 青い闇は、悲しげに答えた。
「だって、あのままだったらきっと、みんな死んでいたからねぇ……。僕が、出なきゃあ。僕が、出なきゃあ! ……みんな、死んでいたんだ。僕が、出なきゃあ」
 闇に愛されし、暗く黒い、悪夢の申し子。
 青いアルフェリオの、正体。
 優しい天使、だけじゃなくって。
 いつも穏やかに見えた彼には。実は多大な闇が巣食っていた。
 
 と、聞こえたのは。


「アルを討つのよ〜!」


 間延びした声。
 シアラの声により、催眠が解けたかのように動き出す天使たち。
 それぞれの得物を持ち、翼をはばたかせて。
 空に浮かぶ青藍の悪夢に。
 襲いかかった。

「目覚めよ、風よ!」
 とっさにリクシアは魔法で援護するが、気分が悪くなって座り込んだ。
「リア、今はだめだ。魔力が回復して」
「いなくても! 私はこれじゃあ守れない!」
 叫び、気持ちの悪さをこらえて再度、魔法を放とうとしたら。

 
 
 ——無茶しなくて、いいんだよ——



 明るく優しい、青い天使の声が、して。

 ——助けてくれて、ありがとう。守ろうとしてくれて、ありがとう。でも、もういいんだ——。

「もういいって、一体なにッ!」
 悲鳴のような、リルフェリアの言葉。
 それに、微笑んで返して。
 青藍の悪夢は、襲い来る天使たちに向かって。



 ——手を振った。



 ただ、それだけだった。それだけのことに過ぎなかった。

 ——なのに。

「ぐはッ!」
「あああああああッ!」
「ぎゃあッ!」

 悲鳴をあげて。身体中から血を流して。

 ——倒れていく、天使たち。

 彼は何にも触れていなかった。ただ、その手を振っただけだった。
 それだけのことなのに。次々と倒れていく天使たち。

 極北の町は。存在しない町は。


 —— 一瞬で、地獄と化した——。


 そんなことをしたのに彼は。傷一つ受けていない。
 でも、相棒たるリルフェリアは、わかっていた。このままだと、取り返しのつかないことになると。

「やめてッ! もういいでしょ!? いい加減やめてよアルッ!」

 叫んだけれど。悲しげに笑う彼は、そっと首を振った。
「できないんだよ。前に言ったろ? 一度こうなったら、もう二度と元には戻れないって」
「嫌よ、嫌ッ! あたしたち、双子なんだよ!? 二人で一つなんだッ! 一人だったら、何もできな——」「できるさ、リルならば」「——えっ?」

 彼は、優しく微笑んだ。

「リルなら、一人でだって生きられる。だからね——」

 彼はふわりと一度、はばたいた。周囲に風が生まれる。
 その眼が、悪夢のような輝きを宿して。輝いた。










「 邪 魔 し な い で 」










 途端、空から吹き下ろした突風が。
 津波のように。
 倒れたままの天使たちと、立ったままのリクシア達に。

 襲いかかった。

「アル————ッ!?」
 リルフェリアが悲鳴を上げたが。なすすべもなく吹き飛ばされた。



 ——風は、温かかった。



 自分たちを包み込んだ風は、勢いは激しかったものの、温かく、優しかった。その風からは、春の日向の匂いがした。
 疲れや痛みが。とれていくのを肌で感じた。この温かいゆりかごに身を任せ、眠ってしまいたい——。

 そこまで思い至って、リクシアははっとした。
 この風は、アルフェリオの力。
 その力により、みんながいやされた。
 つないだ手。その先で。フェロンが穏やかに寝息を立てている。
 けれど。けれども。一人だけ、いないんだ。
 一人だけ、この風のベールに。包まれていないんだ。



 — — ア ル フ ェ リ オ 。



 リクシアは大きく眼を開けた。
 眠気を意思の力で吹き飛ばし。
 そして、見たのは。











 — — — — 惨 状 、だ っ た 。










 あたりは血にまみれて。

 血が肉が骨が臓物が。

 天使だったモノが、各地に散らばっていた。

 血、肉、骨。

 バラバラになって、散らばって。
 
 吐き気を催すような赤い光景が、広がっていた。
 
 血、肉、骨。血。肉。骨。血肉骨、血肉骨、血肉骨。血肉骨血肉骨血肉骨血肉骨血肉骨! 血血血血血肉肉肉肉肉肉骨骨骨骨骨!!!!!!!


「うわっ…………ぷ……」
 思わず、その惨状に口を押さえる。

 赤かった、紅かった。あの美しい、天使の町は。
 モノと化した天使たちの何かで。血で肉で骨ではみ出た臓物で。地獄のような惨状を呈していた。そこにあるのはもはやモノでしかなく。この前の姿を知っている者でなければ、ここで赤い惨状をさらしているのが、天使だとはわからなかっただろう。

 その上空にいて、虚ろに笑うのは、アルフェリオ。

 こんな惨状を引き起こした張本人なのに、その身体は、血の一滴にも汚れてはいない。

 彼は、笑っていた。嗤っていた。自分の残した惨状を見て。

 リクシアは背筋が寒くなった。一瞬にして、恐怖を覚えた。



 ——アルフェリオが私たちを眠らせようとしたのは、これを見せないためだったんだ——。



 この、悪夢を。
 赤い、光景を。
 青藍の悪夢を。

 彼の青い瞳がこちらを見た。リクシアは恐怖で身をちぢ込ませた。
 その姿を見、リクシアが何を見たのか知ったアルフェリオは。

 ——見たのかい。

 とただ一言、つぶやいた。

 ——見たんだね、リクシア。僕の、惨状を——。

 リクシアは、動けない。怖かった、ただ怖かった。この青い天使が。この惨状を引き起こした青藍の悪夢が。怖かった、怖かった、怖かった。
 ——これだと、前と同じじゃないの。
 リクシアはぎゅっと唇を噛んだ。
 ——あの日。フィオルとアーヴェイと訣別したあの日。悪魔のアーヴェイを恐れて、何もできなかったあの日と。
 それでも、怖かった。あの日とは、比べ物にならないくらいに。

 ——だって、目の前には。目を覆いたくなるような惨状が、広がっているんだ——。

 怖くないわけがない。










 — — — — も う 、い い よ 。










 唐突に。アルフェリオは羽ばたくのをやめた。
 彼は、言うのだ。

 ——こんなに力を使ったのだし。僕はもう、長くない。だから——もう、いいよ。

 恐れなくても。自分はもう、死ぬのだから。
 その目には、深い悲しみが浮かんでいた。

 大切な人を守りたいから。命使って悪夢になった。
 大切な人を守りたいから。大切な人を守りたいから。ただそれだけを強く思って。
 その結果。かつては仲間と思っていた人に、恐れられても。「化け物」と呼ばれても。
 けして傷つかないと思っていた彼。しかし、現実は違ったんだ。

(逃げないでよ……恐れないでよ……。僕はほら、こんなに頑張ったんだから、さ……)

 落ちながらも、悲しげに笑って伸ばした手。つかまなければ。そう思っても、足がすくんで。

 ——これじゃあ前とおんなじだってば!

 いくら心が叫んでも。固まったように、足が動かなかった。
 落ちゆくアルフェリオ。迫る大地。仲間に見捨てられて彼は死ぬのか。

 その時。










「————アルのッ! 馬鹿ッッッ!」











 ——泣き出しそうな、声がして。
 受け止めようと、駆け出した、





 ——赤い翼。





 すんでのところでアルフェリオを受け止めた彼女は、勢い余って、真紅の地面にすっ転んだ。身体中が、血液もろもろに濡れる。それでも気にせず。強くアルフェリオを抱きしめた。

「行かないって……先に逝かないって……言ったじゃないの……!」

 転げながらも、泣いていた。
 双子の片割れを。青い相棒を。抱きしめながらも、泣いていた。
「嫌だよぉ……。嫌だよぉ……! 行かないで……逝かないで……ッ!!!!!」
 自らが流させた血で、血まみれになったアルフェリオ。
 彼は妹の髪をそっと撫でて、言った。
「これでよかったのさ、リル。これで……」
「良くないよぉ……! 嫌だぁ、嫌だぁ!」
「リル……」
 
 と、彼は大きく血を吐いた。あわてて口元にやった手は。その場に流れたどんな血よりも、赤かった。

 もう、我慢しきれずに。リクシアは走った。彼を抱え起こそうとする。しがみついたリルフェリアのせいで、うまくできない。
 彼は、儚く笑って、もう一度、言った。

「——もう、いいよ」

 どうせもう、長くないしね、とまた笑う。血を吐いた。辺りがさらに赤く染まった。
「助けようとしなくたって——いいよ。僕は——死ぬんだから」
 嫌だぁ、嫌だよぉと、うわごとのようにつぶやくリルフェリアを見て、苦い溜め息をついた。
「気にかかるのはこの子のことだけど——あなたたちなら、なんとかしてやれるよね——?」

 言った、時。

 彼はカッと目を見開いて、叫んだ。







「リクシア! この子を僕から離せッ!」







 その、気魄に。
 最期の、叫びに。
 抗うすべはなくって。

 リクシアはしがみつくリルフェリアの銅をつかみ、一気にアルフェリオから引き剥がした。

「嫌だぁ、嫌ぁ! アルゥ! アルゥ! 行かないで、逝かないでぇッ!」

 叫ぶ彼女の声を裂いて。
 青い青い、済んだ声が。
 青藍の天使の最期の声が。

 耳に、届いた。











              「 さ よ う な ら、大 好 き だ っ た よ 」












「——アルフェリオッッッッッ!!!!!!!!!!」



 ——そして。



 そしてそしてそして。


 アルフェリオは。青藍の天使は。


 突如、地から湧き出した黒い闇に覆われていき、


 諦めたような、悲しげな、笑みを浮かべて。


 何かを求めるかのように、そっと手を伸ばしてから。


 完全に闇に包まれて。





 ——いなくなった。





 いなく、なってしまった。


 彼の、身体ごと。


 彼の生きていた証ごと。


 闇に呑まれて。何一つ残さずに。


 いなく、なって、しまった。


「———— アルゥゥゥゥゥウウウウウウウウウ———ッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」


 のども裂けんとばかりの、悲痛な悲鳴が響き渡る。


 リルフェリアは泣き叫び、愛するものを失った獣のように、咆哮した。


 慰めの言葉なんて、掛けられない。彼女は己の片割れともいえる人を、失った。


 その嘆きは、果てしなく。山よりも高く、海よりも深い。


 その叫びの調子が、少し変わった。


「ウア……ウアア……ウオアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!!!!!」


 叫んだ彼女。その身体が、変貌していく。







 ——異形のそれへと。










 ——リルフェリアが、魔物になる。









「……わかったわ、アルフェリオ」










 つぶやき、リクシアは。魔法の杖を構えた。


「あなたの遺言通り……私が、何とかするから」


 たとえ彼女が魔物になっても。狂って理性を失っても。


 ——私が、なんとか、するから。


 溢れ出した涙を振り払って。リクシアは魔物となった彼女に。大きく叫んだ。





「来なさい、赤の大天使! 私があなたの悪夢を終わらせるッ!」





 悲しくても、つらくても。これが後を託された、私の使命なんだから。


 悪夢みたいなこの輪廻を。私が断ち切って終わらせる。


 リルフェリア=モンスターが。悲しみと絶望に理性を失った魔物が。アルフェリオの遺した悪夢が。真紅の破壊神が。


 咆哮を上げながらも、リクシアに迫った。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ……どーも、藍蓮です。死ネタすみません。話が一気に重くなりました……。
 こんな悲しい話にするつもりはなかったのです。Aが死ぬのは確定でしたが、Rが魔物になるなんて、当初の予定にはなかったのです。が。
 この世界の仕組みから言って。Aが死んだ時点で、Rが魔物になることは必至でした。だからこんなに暗くなりました……。

 追記;アルフェリオは、生まれながらに魔性の力を持っていた。その代償として、動く力を失った。しかし、その力は一度開放すると二度と元には戻れない代物で、そうなったら、死ぬしか道は残されていない。


 ……非常に重い話でしたが。
 ご精読、ありがとうございました!
 話は次に続きます……。

カラミティ・ハーツ心の魔物 Ep31 極北の地に、天使よ眠れ ( No.34 )
日時: 2017/08/22 15:54
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=604.png

 長めです。4400文字……。
 しかもまたまた、前回に続いて重いです。
 読むときは余裕を持って読みましょう。
 藍蓮は、どれだけ暗い展開を作ってしまうのだろうか……。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 咆哮を上げながらも迫る、紅蓮の悪夢。
 理性も何もかもを失った、リルフェリアの、成れの果て。
 こうなったら、のんびり魔法で迎え撃つ暇などない。

「来い!」

 棒術の心得は少しならある。杖を棒術の構えにして。
 目に映るものを破壊せんと迫る、真紅の魔物に。
 突撃をひらりとかわし、一撃。
 杖を反転させて、反対の先で二撃。
 相手を突いた反動を利用し、大きく後ろに跳びすさって、再び杖を構える。

「伊達にフェロンと練習したわけじゃ、ないんだからッ!」

 魔法しか使えなかったリクシアに。「君も何か武術を覚えたほうがいい」と、自ら棒術を研究し、わざわざ時間を割いて、教えてくれたフェロン。
 

 その技術が、今こそ生きる。


「グアアアアアアアッッ! グアアアアアオオオオオオォォォォォォッッッ!!!!!!」
 反撃され、怒りに燃えた瞳がリクシアを睨む。
 途端、繰り出された神速の爪。
 リルフェリアの剣が変化した、恐るべき切れ味の爪。
 久しぶりの近接戦闘に、リクシアの頭は冴えわたる。

「読めたッ!」

 杖をトンと地面に付き、その反動で後ろに動き、身体をそらしてかろうじて爪をよける。

 ——冷や汗が、流れた。

 あの一撃。あの、神速の一撃。とんでもない破壊力を秘めた、一撃。


 ——読めなければ、死んでいた!


「ったく、冗談じゃないわよ。私、近接戦闘苦手なのにィィィ——ッッッ!?」
 呟いた途端、反対の爪が来た。
 一瞬、反応が、遅れる。


 ——まずい、死ぬ!


 少しでも軌道をそらそうと、とっさにリクシアは手にした杖を、受けの形に構えた。

 爪は、当たらなかった。が、しかし。




 ——杖が。




 リクシアの、愛用の、杖が。





 魔物の攻撃を受け、真っ二つに折れていた。





「ああっ、もうっ!」

 いらついたようにリクシアは叫んだ。
 両の手には、折れて短くなった杖が、一本ずつ。
「こんなのでどうやって戦えばいいのッ!」
 攻撃回避の手段も、また一つ減った。
 赤い瞳が彼女を見る。狂ったような声が鼓膜に響く。

 リクシアは怒りにまかせて杖を投げ捨て、内からこみあげてきた力に任せて、右手を横に広げた。

 サアアッと、巻き起こる風と光。

 気がつけば、その手には。
 新しい杖が握られていた。

 リクシアは、不敵に微笑んだ。


「大丈夫、戦える」


 今のはきっと私の力。この杖は光と風でできている。
 新しい杖で地面を突いた。トンという音。確かな感触。
 幻ではない、実体のある杖。





「大丈夫よ、戦えるわ!」





 フェロンの口癖を叫び、杖を構えて。
 今度は自分から突っ込んだ。
 魔物はその動きに驚いて、よけようとするが。
 リクシアは、そうはさせなかった。
 手で杖を滑らせて、反対の先で一撃。
 杖を手でくるりと回し、通常の先端で二撃。
 最後にもう一度、手で杖を滑らせて、三撃。
 合計三つの攻撃をして、地を蹴ってまた、跳びすさる。

 ——風が、巻き起こった。

 杖で突いたところから、現れた小さな竜巻が。
 魔物の皮を裂いた。

 ——光が、降り注いだ。

 杖で突いたところから。現れた小さな光球が。
 魔物の皮を焼いた。

「グアウ……グアアアウウウウウウウウウウ!」
 痛みにもがく、赤い魔物。狂った瞳にさらに狂気が宿る。

 リクシアの新しい杖は、光と風でできている。
 魔法を使う暇はなくても。魔法による反撃は、できるんだ。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!」

 理性をなくし、知性をなくし。魔物に成り果てた天使は、わからない。
 なぜ、こうも全身が痛むのか。
 わからないからとりあえず殺る。殺ってしまえば痛みがなくなる。
 本気でそう思っていたから。
 再三再四の愚かな突撃を、繰り返した。

「だから、無駄だって、リルフェリア!」

 ひらりとよけて、また反撃。一撃、二撃、三撃、戻る。
 同じことの繰り返し。だけどそれでもわからない。

 戦況はリクシアに味方しているが、体力のないリクシアが、どれだけ保つことか。

「いい加減に目覚めなさいッ!」

 理性の回復を願って叫ぶが。どうせ無理だと分かっていた。
(私は彼女の一番じゃないから。私じゃ彼女を起こせないんだ)
 彼女の一番は死んでしまったから。その死によって、彼女は魔物になった。

 それでも、呼びかけることは忘れないんだ。
 あの名前を出せば、心を動かしてくれるだろうか——。

 疲労に足がもつれる。地に散らばった臓物に、足が滑る。転ぶ。それを好機と見て、迫りくる紅蓮の悪夢。


 ——死にたくない!


 だから、賭けた。ある名前に。

 彼女の一番の相棒の名前に。















「リルフェリアッッッ! あなたがそんなになって、アルフェリオが喜ぶと思うのッッッ!!!!!」















 アルフェリオ。彼女の相棒。双子の兄。彼女の片割れ。


 その言葉を聞き、一瞬だけ固まった、リルフェリア=モンスター。









 ——それで、充分だった。









「はぁぁぁぁぁああああああああああああああッッッッッ!!!!!!!!!!」





 リクシアは、迷わなかった。





 己の思いを。抱いた感情を。すべて乗せて。





 勢いよく立ちあがり、その杖の先を。リルフェリア=モンスターに。













 ——突き刺した。













「グアアアアアアウウウウウウウアアアァァァァァアァァアアッッッッッッ!!!!!」

 悲鳴のような咆哮を上げて。

 
 くずおれるように倒れ伏す、紅蓮の悪夢。

 
 その身体が、異形の身体が。変わっていく。






 ——美しい、赤い天使の姿に。






「リルフェリアッッッ!」


 叫び駆け寄り抱き起こす。


 その身体は、血に染まっていた。





 ——知っているんだ、知っているんだよ、魔物を元に戻す方法を。





 でも、現在知られているその唯一の方法は、あまりにも悲しくて。
 相手の死でしか。相手が致命傷を負うことでしか。魔物は元には戻らないなんて。
 なんて嫌な世界なんだろう。世界なんて、消えてしまえ。


「リ……クシ……ア……」


 口元から血を流し。紅蓮の悪夢、否、赤い天使は、すまなそうな顔をした。


「ごめん……あた……し……」


 謝ろうとした彼女を、ぎゅうっと抱きしめて。ううんとリクシアは首を振った。


「謝らなくていいわッ! あなたは……あなたは、よくやったもの……!」


 たとえ、惨めな結末でも。あなたは私を助けてくれた。


 善意だけで。純粋な善意だけで、助けてくれた……!


 それだけで、いい。それ以上は、望まないから。



 言わせて、欲しいんだ。



「ありがとう、リルフェリア。ありがとう、赤い天使。私はあなたに出会えて、とってもとっても、幸せだった……!」



 だから、もう。謝らなくて、いいんだよ、リル。


 彼女の血まみれの身体を抱きしめて、死の国へと送る言葉を、言う。










「 — — — — 安 心 し て 、 眠 っ て ね — — — — ! ! ! ! ! ! 」










 その言葉を聞いて、彼女は満面の笑みを浮かべた。


「わかっ……た……。これで……あた……しは……ま……た……会え……る……?」


 大好きな、双子の片割れに。
 先に逝ってしまった、青藍の天使に。




「アル…………」




 小さく、夢見るようにつぶやいて。


 こうして、彼女の命の灯は消えた。


 大切な存在を失って。絶望から魔物になって、殺されて。


 リクシア達を助けなければ、こうも悲劇的な結末には、ならなったのに。


 リクシアは、天を仰いで、つぶやいた。


「……リルフェリア」


 今はもう亡き、命の恩人を、想って。













「私は……あなたの悪夢を……終わらせることができたかしら————?」













 リクシアの両の瞳から、熱いものが流れだした。


 止まらない、止まらない、止まらない。いくら目をしばたたいても。いくら手で拭おうとも。終わらない、終わらない、終わらない、この悪夢が。悪夢から成る悲しみの輪廻が。それがもたらす身近な悲劇が。


 彼女を泣かせた。これでもかとばかりに、涙を流させた。


「こんな……こんな、こんな、こんな、結末ッッッ!」


 一体誰が望んだだろうか。一体誰が願っただろうか。


 物言わぬ骸(むくろ)を強く抱いて。リクシアは幸せを願った。


 もう、二度とこんな悲劇が起こらないように。魔物になる人がいなくなるように——。


 パリーン。


 澄んだ音を立てて、リクシアの新しい杖が割れた。それを見て、苦く笑った。


「そっかぁ……そもそもが、魔法の産物だもんね」


 新しい杖を調達しなきゃぁ。悲しみに凪いだ心で、そう思った。


「じゃあ、みんなを起こそっか」


 虚ろな声で、そう言って。


 立ち上がろうと、したけれど。


 戦いに疲弊した足は、今や身体を支えることはできなかった。


 リルフェリアの骸の上に、重なるようにして倒れ込んだ。


「……リクシア、休んでいーい……?」

 
 疲れたように笑って、目を閉じようとした。


 矢先。





「——なんだ、これは!?」





 目覚めた誰かの、呆然とした声。



「…………面倒くさいなぁ、もう」


 リクシアはつぶやいて、気だるげに、上に向かってその手を振った。


 現れたのは、光の球だ。


「伝えて……全部」


 願うように口にして。


 リクシアは。小さな英雄は。


 眠りに落ちた——。


  ◆


「——なんだ、これは?」


 目覚めたフェロンは、握っていたはずのリクシアの手がないことに驚き、次いで、町の惨状に目を丸くした。
「これは一体どういうことだ! リア? リア! どこにいる!」
 不思議と傷は癒えていて、なぜか身体が軽かった。

 その先で、見た。




 ——折り重なるように倒れている、リクシアとリルフェリアの姿を——。




「リアッ!」

 あわてて駆け出そうとした鼻先に、何かが触れる。


 ——光の球。


 一目でリクシアが生み出したとわかるそれは、誘うように揺れていた。
「……触れろということか——?」
 いぶかしげに首を傾げて。恐る恐る球に触れた。


 そして、彼は見た。


 彼は、知った。









 ————リクシアの見聞きした、あの悪夢の全貌を。








 アルフェリオの死から始まる、悲しみの物語を。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ……どーも、藍蓮です。こっちではハッピーエンド案もあったのですが、展開を見て没にしました。ハッピーエンドにしちゃうと、物語が一気に終盤に突入しそうな感じだったので、この物語をまだ続けるためにも、キャラクター達には申し訳ないですが、またまたバッドエンドになりました。
 (自分で書いといて言うのもなんだが)バッドエンド続くと、気が重くなりますねぇ。次こそは少しはマシな展開にしたいものですハイ。

 破壊された町、失われた命。この事件は一体、どのような結末を迎えるのか——。
 次の話をお待ち下さい……。

※ 下手くそながら、リクシアの絵を描いてみました。URLから飛べます。良かったらご覧ください。

カラミティ・ハーツ心の魔物Ep32 黄金(きん)の光の空の下 ( No.35 )
日時: 2017/08/23 18:32
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 流石に今回は短いです。
 ちょっとした隙間時間にでもどうぞ。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「……といった事情があったらしい」
 フェロンは、後から目覚めたほかの仲間たちに、自分がリクシアの光の球で見たことの全てを、淡々と伝えた。
「信じられない……。僕たちが眠っている間に、こんなことがあったなんて……」

 アルフェリオの死。リルフェリアの魔物化。リクシアの死闘。

 言葉を連ねるだけなら簡単だけれど。現実は、こんなにも重い。
 フェロンは、眠り続けるリクシアの頭を、優しく撫でた。
「つらかっただろうな……」
 その手に、固く握り込まれているものがある。



 ——青い羽根。



 アルフェリオの、青い、羽根。
 

 何一つ残さないで消えた彼の、唯一の遺品。

 
 リクシアは彼に駆け寄った時。知らず、その羽根を握りしめていたのだ。




「……お前の、生きた証だ、アル」




 ヴァンツァーが小さく呟いて、死を悼むような仕草をした。


 空気が悲しみに包まれる。
 

 その様を見て、うなだれる影が一つ。
 アルフェリオの癒しの風によって生命の危機を脱した、フィオルだった。
「……ッ、ごめん。僕の、せいで……」
 彼こそがすべての元凶。彼が勝手に走りだしたりしなければ。こんな悲劇は。こんな痛みは。そもそも存在しなかったのに——。
 透明な青い瞳から、涙があふれる。
 友達になれると思っていた。自分を恐れず。自分を嫌わず。
 無邪気に接してくれた仲間たち。
 それをとても幸せと思い、心が穏やかになったあの日。
 友達になれると思っていた。友達になれると思っていたんだ。あの人たちとなら、友達に。

 ——なのに。

 自分ですべてを壊した。自分ですべてを台無しにした。
 彼の小さなわがままが。すべてを崩壊に導いた——。
「ごめん、みんな。本当に、ごめん。僕が、いたから。僕が、あんなことしたから——」「甘えるなッ!」


「————ッ、兄さ……ん!」


 憤怒の形相をしたアーヴェイが。









 ——その頬を、思い切り、はたいていた。










 その衝撃に、吹っ飛ばされたフィオル。
 誰もが呆然として、その様を見ていた。

 彼は、言う。


「甘えるんじゃない——何もかもが自分のせいだと言って、それで逃げたつもりになるんじゃない! そんなことは誰でもわかっている! オレが聞きたいのはそんなことじゃない!」


 叫び、一歩、吹っ飛ばされたフィオルに近づいた。
 フィオルはその身体を、思わず縮こまらせた。

 しかし、彼は。もうフィオルを殴らなかった。
 代わりに。



「——兄さ……ん……?」








「……生きてて、良かった……!」








 その身体を、強く抱きしめた。


 彼は、泣いていた。その赤い瞳から、滂沱と涙を流していた。





「————生きてて、良かった…………!」





 人前では、決して涙を見せなかった彼が。
 今、喜びと安堵にうち震え、泣いている。


「恥ずかしいでしょ」


 はにかむように笑いながら、そっとフィオルはアーヴェイを押し返した。
「大丈夫、死なないから。翼を失ったって、僕は僕なんだから」
 治りきらぬ傷の痛みに顔をしかめつつも。彼は穏やかに笑っていた。
「まあ、何はともかく」
 彼は、深く頭を下げた。



「ごめんなさい」



「気にしてねーよ」
 ラーヴェルが、疲れたように笑った。
「あんただけのせいじゃあないさ。この町の天使たちにだって責任はある。……どうせ……十年後も、二十年後も、なんて。夢物語だったんだな……」
 つと、よぎった悲しみは。しかしすぐに消えて笑顔になる。
「でもな、おれたち」
 壊れそうな笑顔で、言うのだ。









「あんたたちに出会えたってだけで……幸せだぜ?」









 この広い世界の中で。わずかな確率を拾って繰り広げられる出会いの連鎖。
 その中で、巡り合えたことが。幸せだと彼は言うのだ。


「俺からも一言失礼する」


 ヴァンツァーが、口を挟んだ。


「俺たちは、知らなかったんだ。外に、違った世界があると。何もsらず、ただ箱庭のようなこの町しか、知らずに育ってきた。……あんたたちが、新しい風を呼んでくれたんだ。……感謝する」


「ヴァンさん、珍しく素直ですー」


 泣き笑いしながらも、リリエルは言った。


「私だって、素晴らしい出会いをありがとうですよー。確かにリルもアルも死んじゃいましたけどー。でもですねー、あの二人は。どうせいつかは死んでたんです。あなたばっかりが謝ることじゃないんですよー」


 悲しみを、越えて。痛みを、苦しみを、嘆きを、越えて。
 強くなった六つの瞳が、穏やかにフィオルを見た。
 フィオルはそれを見て、柔らかく笑うのだった。




「ありがとう、みんな」





 リクシアはまだ目覚めないけれど。
 確実に、皆、前へと進んでいて。
 
 悲しみの中に強さが宿る。
 悲しみを超えて強くなる。

 血まみれの大地を照らした光は。穏やかな黄金(きん)に染まっていた。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 どーも、藍蓮です。
 後日譚っぽくなりました。久々に穏やかな展開が来ましたねー。
 書いていて、一段落ついたような、ホッとした気持ちを味わいました。
 今回は2100文字と短い(最近は2000字で短い謎の現象(笑))ですが、さすがにあの三連続みたいな長編ばっかりは書けませんしねー。
 
 悲しみを超え、少しずつ日常を取り戻しつつある一行。
 リクシアの目覚める日も、近そうです。

カラミティ・ハーツ 1 心の魔物 Ep33 忘れえぬ想い ( No.36 )
日時: 2017/08/24 10:24
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=606.png

 五章終了です。
 リュクシオンの絵を描きましたので、URL貼っておきますねー。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ——悪夢を、見た。

 目覚めれば、どこにも誰もいなくて。
「兄さん……フェロン?」
 不安になって、歩きまわったら。
 見つけたのは、フェロンの遺体。
 それを見て、魔物になっていく兄さん。
「……兄さん」
 覚悟を決めて、杖を構えた。悲しみは彼方に追いやった。
「来い……」
 構えた杖に、思いを宿して。
 今まさに、戦いが始まりそうになった時。

「……リア?」

 ——本物のフェロンの声が、私を現実に引き戻した。

  ◆

 しぱしぱと瞬きをして、リクシアは目覚めた。
 そこには、フェロンの顔があった。
「目覚めたんだな、良かった」
 彼は穏やかに微笑んだ。
「今、リリエルがご飯作ってる。だから、まだ寝てていんだぞ」
 悲しみを湛えた笑みを見せながらも、彼は言うのだ。

「お前は、よくやったよ」

 心底からの、称賛の声に。リクシアはふわりとほほ笑んだ。
「リクシア……頑張った」
 呟いて、再び瞼を閉じる。
 フェロンがその手を握ってくれた。
「ご飯ができるまでの間だが、休むと良い」
 何となくその手を見てみたら、そこには青い羽根が握られていた。

 ——アルフェリオの、唯一の遺品。

 リクシアはそれを、強く強く、握りしめた。

 ——アルフェリオ。





 みんなみんな、平和になったんだよ————?





  ◆
  
 ご飯を食べながらも、集まってきた仲間たちとともに、今後の身の振り方を考えることにした。
「で、結局」
 アーヴェイがそう、切り出した。
「花の都では、手掛かりはゼロか?」
 存在しない町は本当に、存在しなくなってしまった。
 アルフェリオによって破壊された町。生きている住民も天使も、どうやらここにいる人達しかいないらしいし。
 その過程で、建物だって壊れたことだし。
「……わざわざ極北の地まで来たのに、済まないな」
 ヴァンツァーが謝罪の意を示すと、アーヴェイは首を振った。
「そもそも天使限定ってわかった時点で、人間に使えるかは謎だったしな」
 『文献を見せてあげる』と笑ったシアラも、今はもういない。
「じゃあ、帰りましょうよ、南へ。エルヴァインとかグラエキアとか、懐かしい人々に会いたいわ」
 リクシアはそう、提案した。
 エルヴァイン、グラエキア。懐かしい響きだ。
 前に別れてからもう、三月も経つ。
「帰りましょう、南へ。私はもう……疲れたわ」
 悲しげに微笑んだ。
 しかし。


「ごめん、僕は、いけないんだ」


 済まなさそうにフィオルが言った。
「前に負った怪我がひどくて……当分、旅ができそうにないんだ」
 襲い来た斧の天使。奪われた左の翼。
 そっか……。身体の一部を、失ったものね。
 アーヴェイだって、今や右腕は悪魔の異形だけれど。
 で、フィオルが行かないとなると……

「悪いがオレも、今回はついて行ってやれん」

 とまぁ、フィオルの義兄たるアーヴェイも、行かなくなるわけで。
 リクシアは、首をかしげて極北の天使たちを見た。
 あなたたちはどうするのか、と。無言で問いかける。
 リリエルは首を振った。

「私は行きませんよー」

 あ、ども誤解しないで下さいね、とあわてたように付け加えた。
「別にあなたたちが嫌いだからって、そんな理由じゃないんですー。でもですねぇ、私」
 回復魔法が得意なんですーと、笑った。
「ですから私は、フィオルさんがそれなりに回復するまで、面倒を見るのですー。あと、ついでに町だって復興しちゃいます。いえ……もう、町を構成する人はいませんけどね。最低限、血は何とかしなくちゃ衛生的によくないですー」
 とのことだった。
 ラーヴェルは。

「悪り、おれもいけねぇーし」

 申し訳なさそうに頭を掻いた。
「リリエル一人じゃかわいそうだし、心配じゃん? だから、おれはここに残ることにする」
「ラヴェルさん優しいですー。私、感動しましたよー?」
「そんなんだから心配なの。……っつーことで、な? おれは一緒に行けないわけよ」
 ヴァンツァーは。

「やるべきことが残っている」

 極北の空を仰ぎながらも、そんなことを言った。
「……個人的なことではあるがな……。それに、リリエル、ラーヴェルと来て、俺だけが抜け駆けするわけにもいかんだろう」
 といった事情があるらしい。


 結論。



「僕はもちろん、ついていくけど?」



 フェロンだけが、残った。
 二人だけの、旅路となった。

「治ったら、追いかける、から」
 フィオルが言った。
「これを、受け取って」
 背から翼を生やし、白い羽根を一本抜き取る。
 それは、いつしかの「悔恨の白い羽根」よりは、少しばかり優しい色をしていた。
「何かあったら、空に放ってほしい。そこのは天使の力が宿っている。どんなに遠くにいても、すぐに駆けつけるから」
 一回使ったら消えちゃうから、ご利用は計画的にとほほ笑んだ。
「僕ができる支援はこれくらいしかないけど……」
「いいえ。ありがとう、フィオル!」
 リクシアは、花が開くように笑った。
「まあ、そんなわけだから」
 フェロンが場を取り仕切る。
「今まで世話になったよ。ありがとう」
 最後に小さく付け加えて。


「出会えてよかった」


  ◆

 かくして、再び旅が始まった。行きより人数は二人減って。でも、だれよりもリクシアと仲の良かったフェロンが、すぐ隣にいて。
 それはとても心地良くて、大きな安心感があった。
 小さい頃のように手をつなごうとすると、「子供だなぁ」と苦笑しながらも、しっかりと握り返してくれる、温かい手。

 歩き、歩き、歩き。やがて、後ろを振り返った。

 悲しげにたたずむは、存在しなくなった町。喜びも、悲しみも。束の間の間、新しい仲間たちとともに共有した町。
 悲しみも、多いけれど。振り返れば、懐かしさすら感じられて。
「また、行こうね」
 誰にともなくつぶやいた。
「次行くときは、どのように変わっているのかな」
 まだ見ぬ未来を想像した。

「じゃ、行こか」

 しばらくじっとたたずんだ後。彼女はそう、相方に声をかけた。


 ——目指すは、南。


 すべての物語が始まった地へ。始まりの町、アロームへ、帰ろう。

 はじめてアルフェリオに出会った森を、歩きながらも。小さく決意を固めた。











 この町で見たことあったこと、感じたこと。
 たくさんの、出会いと別れ。

 ——胸に秘めて、忘れないから。




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 どーも、藍蓮です。
 穏やかモードは継続中です。
 文字数は2800です。

 この話を終えて、第五章は終幕となります。
 様々な思いや悲しみを抱え。またゼロから始まる戻し旅。
 久しぶりに帰る南の地。懐かしい人々は、元気なのでしょうか。

 五章は終盤が激しかった分、穏やかに終わることができました。
 次の章も、頑張りますので。
 ひとまずここで、一区切り、と。
 長かった……! 長かったですねぇ。この章は長すぎるんですよ!

 まぁ、そんなところで。

 次の話に、請うご期待♪