ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep2 大召喚師の遺した少女 ( No.3 )
日時: 2017/08/05 12:18
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 話のつなげ方がわからなくて大失敗した記事を、ここに新しく書きなおします。Wordに予備に張って置いた記事からのコピペ&訂正。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

〈Ep2 大召喚師の遺した少女〉
 
——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。

「……いったい何で、こんなこと」
 リクシアはぽつりとつぶやいた。直接その目で見たわけではないけれど。人々から話を聞いて、その情報を知った。
「おかしいよ……。何で、何で、こうなるの……? 兄さんは、ただ国のためを思って……! こんなの理不尽だよ……!」
 リクシア・エルフェゴール。彼女は、あのリュクシオンの妹。「危険だから」と、戦争が始まった際に国外に逃がされた。故に破滅を免れた。
 あの日、あの時。ウィンチェバル王国内にいた人々は皆、死に絶えた。リュクシオンの呼びだした天使によって、敵味方の区別なく皆殺しにされた。
 国を守るために、神に願って得た力。しかし彼は、その力で、国を滅ぼしてしまった。そして、絶望のあまり、心を闇に食われて、魔物と化してしまった。
「こんなの、おかしい」
 だから、探す。魔物と化した大切な兄。それをもとに戻す方法を。
「魔物は二度と戻らない? そんな法則……なら、私が変えてみせるわ」
 心が闇に食われたら魔物になるのならば。心を光で満たしたら、人間に戻れる?
「……生き残ったのは私だけじゃないはず。だから、探すわ。探して兄さんの前に連れてきて、言うんだから」
 あなたはすべてを滅ぼしたわけじゃない。見てみて、ほら。私たちは、生きているよ——。
 そのためにはまず、情報をもっと——。
 と。
「わぁぁああああ! 魔物だ、魔物が来た!」
 突如上がった悲鳴に、リクシアははっとなる。
 大丈夫、戦える。光と風の魔導士である彼女は、懐に忍ばせた杖を握りしめた。
 見つけた。人ならぬ人外の異形。街の真ん中で、狂ったように暴れだして。
「本当は、魔物すべてを元に戻せればいいんだけどっ!」
 生憎と時間がないし、そこまでの慈愛は持ち合わせがない。
 逃げ惑う人々の波をかき分け、リクシアは見た。
——腕に意識を失った白い少年を抱き、座り込んだまま、鋭い目で迫りくる魔物を迎え撃たんとする、黒い少年を——。
「光よ来たれ、敵を撃て!」
 とっさに叫び、放たれる呪文。それは魔物の目を灼いた。
 グァァアルルル! 目のくらんだ魔物。魔法の来た方向にその体の向きを変え、闇雲に突進しようとする。
「あなたの相手はこの私よ! 馳せ来たれ、心の底なる、風の狼!」
 続いて唱えられた呪文。どこからともなく、半透明の、風でできた狼が現れ、魔物に勢いよくぶつかり、押し倒した。
 グァァァアアアアアアア! 視力を奪われた魔物は必死に抵抗するが。その身体を裂かれても、風の狼は魔物を攻撃し続けた。
「彼方を駆けよ!」
 叫べば、狼の力が強くなる——。
「とどめよ! ……あなたは元は人間だった、それはわかっているけれど」
 そして魔物は、息絶えた。すると、現れる、とある男の遺体。
 魔物になっても、心が消えても。死んだら元の、人間になる。
 だから、つらい。魔物になった人間を殺すこと。殺したら、元の姿が現れるから。それを見ると、リクシアは、自分が人殺しをしたような、何とも言えない重い罪悪感を感じるのだ。
 リクシアは遺体から目を上げた。先ほどの少年たちに近づいていく。
「大丈夫? どこか、怪我とかない?」
 近寄って見れば、黒い少年が足に怪我をしていることがわかった。それを見て言ったのだが。
「……大事ない、この程度。フィオを守るために、動けなかっただけで」
 と彼は冷静に返した。フィオというのは、彼が腕に抱いた、白い少年のことらしい。
「……とりあえず、助かった。オレだけじゃ、フィオを守りながらだと、正直きつかったかもな。あんたは魔導士か?」
「ええ。はじめまして、私はリクシア・エルフェゴール。光と風の魔法を使うわ。あなたは?」
「アーヴェイ。こっちはフィオル。……エルフェゴール? 聞いた名前だな……」
 リクシアはうなずいた。
「大召喚師、リュクシオン。聞いたことある? 私は彼の妹よ。国外にいたから、災厄から逃れられた」
「……あの元英雄の妹か」
 その口調は、兄を知っているようで。
「兄さんをご存知なの?」
 アーヴェイと名乗った黒い少年は、うなずいた。
「オレはウィンチェバルの者ではないが……。ウィンチェバルをふらりと旅した折、一度だけ、力を得る前の奴に会ったことがある。印象は悪くなかった」
「そっか……」
 それを聞いて、リクシアは少し嬉しくなった。
 リュクシオン・エルフェゴール。その名を知る者は多くても、生身の彼を知る者は少ない。そのほとんどは、当の本人の起こした事故よって、死んでしまったから。
「アーヴェイ、さん」
「アーヴェイでいい。何だ」
 リクシアは、一つ訊いてみた。
「……魔物になった人って、元に戻るって思ってる?」
 途端、その表情が一気に暗くなる。リクシアは、彼の触れてはならないものに触れてしまったと知った。
 地獄を宿した赤い瞳が、静かに言う。
「……戻したい人がいる。戻るわけがなくとも、諦められない人がいる」
「…………!」
 それは、半ば、彼にも魔物となった大切な人がいる、と言ったも同然だった。
 魔物になった、大切な人がいる。そのつらさ、その悲しさ。リクシアにはよくわかる。
 これはデリケートな話題だった。それと気づかずに、リクシアは土足で踏み込んだ。
「ご、ごめんなさい……。あのね、私ね、兄さんをどうしても元に戻したくって」
「そうか。……で?」
 返答は、そっけなかった。リクシアは、とっさに頭を巡らせる。
「あ、あの!」
「何」
「私は兄さんを戻したい。あなたはだれかを戻したい! 目的は一緒じゃない? だからさ、あのね……」
 おかしい。何でこんなことを言っているのか、自分でもわからなかったけれど。
 心が、叫んだんだ。
「——仲間になって下さい!」
 一人は嫌だと。仲間がほしいと。思う心が勇気をくれた。
 アーヴェイはしばし、彼女を見つめていたが、やがて。
「……確かに一理ある。目的が同じなら、集まることも悪くない」
 小さく彼はうなずいた。
 リクシアの顔が、ぱっと輝く。
「——ありがとうございますっ!」
「敬語はやめろ。鬱陶しい」
「ご、ごめん」
「それはともかく」
 アーヴェイは、目を覚まさないフィオルを心配げに見詰めながらも、その手を差し出した。
「これからよろしくな」
 運命は、回り始める。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep3 天使と悪魔 ( No.4 )
日時: 2017/08/05 12:20
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「とりあえず、このままもなんだし、どこかに行って話そう?」
 リクシアはそうアーヴェイに提案した。アーヴェイはうなずき、まだ目を覚まさないフィオルを背負い、立ち上がる。が。
「……ッ!」
 怪我をした足に痛みが走り、激しくよろめいた。
「だ、大丈夫?」
 駆け寄るリクシアを、何でもないと手で追い払う。
「宿くらいはある。そこで手当てするさ」
 アーヴェイは放浪者だが、この町には何度か訪れたことがあり、それなりに土地勘がある。
 アーヴェイの案内に従って、リクシアは宿を目指した。

「やぁ、アーヴィーさん。……って、フィオルさん!? というか、アーヴィーさん、その怪我どうしたんすか!」
「アーヴィーじゃない。アーヴェイだ。……ところで部屋はあいているか?」
「へい。そこのお譲ちゃんはお仲間で?」
「そうだ」
「なら、8番と9番がが空いてまっせー。別室にするっしょ?」
「当然だろう」
 顔見知りらしい宿の主と簡単な会話をすると、アーヴェイは階段を慎重に上って行った。リクシアがそのあとをついていく。
「さて」
 8番の部屋には机と椅子があった。アーヴェイはそこにリクシアを招く。
「とりあえず、当分はここにいる。フィオが良くならなきゃ話にならん」
 言いながら、足の傷の手当てをする。リクシアは訊いてみた。
「あのー。フィオルはどこか悪いの?」
「うまれつき、な。でも今回は違うぜ。あの魔物にぶんなぐられた」
「……! ……大丈夫なのかな」
「オレが間に割って入ったから、そこまでひどくはないだろうが……。……前にも、こういうことがあった」
「そうなの……」
 と、ベッドに寝かせていたフィオルが、身じろぎをした。
「! フィオル、無事かッ!」
「……大丈夫だよ、兄さん……。いつも冷静なのに、僕のことになると心配しすぎ……」
 その言葉に、リクシアは固まった。
 フィオルとアーヴェイを見比べる。
 真白な髪に青い瞳のフィオルに、漆黒の髪に赤い瞳のアーヴェイ。
 天使みたいなフィオルに、悪魔みたいなアーヴェイ。
 全然似ていない。
「……あの、あなたたちは、本当に兄弟……?」
 リクシアが訊ねてしまうのも、むべなるかなである。
 フィオルはベッドから身を起こし、いぶかしそうにする。
「アーヴェイ。この人、だれ?」
「彼女はリクシア。命の恩人だ」
「命の恩人? 珍しいね、アーヴェイが後れを取るなんて」
「お前を守りながらだったんだ、仕方ないだろう。その時、お前は気絶していた。……リクシア、オレたちは義兄弟だ。普通にアーヴェイと呼べばいいものを、こいつは時々兄さんと呼ぶ。義兄弟の契りを交わしたって、呼び名まで変える必要はなかろうに」
 なるほど、そういうことか。リクシアは理解した。
「こいつは大召喚師リュクシオンの妹。オレたちと同じ、大切な人が魔物化した人間だ。その人——兄のリュクシオンを元に戻すために旅をしているそうだ。オレたちと同じ——運命の被害者」
「……運命の被害者、ね」
 フィオルはふっと黙り込んでしまった。
 リクシアは考えていた。
 ——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。
 理不尽な、あまりにも理不尽な、理不尽すぎる絶対法則。
 その法則のおかげで、全てを失った兄は魔物化し、世界を揺るがす災厄の一つになり果てた。
 なぜ、なぜ、何のために。こんな法則が存在するのか。こんな、害悪にしかならない、悲しみを振りまくだけの法則が。
(旅をすれば、いつかわかるかな)
 魔物化した大切な人を、泣く泣く手に掛けたたくさんの人々。
 戦があれば、魔物は増える。増えた魔物によって絶望を味わった人が、さらに魔物になり、その大切な人もまた絶望し、魔物になる。
 それは、終わりなき負の連鎖。
 兄を戻したいのはもちろんだし、それが非常に難しいことも分かっているけれど。
「それじゃあ、根本的な解決にならない……」
 神様なんていない。だけど、神様なら、なんとかできるだろうか?
(私は英雄じゃないけれど。変えたいの、この世の摂理を)
 それぞれ物思いにふける三人の間を、心地よい沈黙が流れて行った。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep4 古城に立つ影 ( No.5 )
日時: 2017/08/05 12:59
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 
 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「リュクシオン=モンスター……」
 すべて滅びた国の廃墟に、立てる影が一つ。
 その冷たい瞳が見据えるは、異形となった、かつての大召喚師。
 見る影もなくなった国に、見る影もなくなった英雄の姿。
「諸行無常、か……」
 彼はしばらくそこに佇んでいたが、やがて。
「今の僕には狩れないな。駄目だ。力量の差が……」
 月夜に光るつるぎを抱いて、決意を秘めて、その地を去る。
 彼は、それを何としてでも狩らなければならなかった。
 彼は、何に代えても、その使命だけは守らなければならなかった。
「それを、復讐としたいんだ。だから」
 強く強く、剣を抱く。
「力が、欲しい。あの魔物を狩れるだけの力が。そうしてこそ初めて、僕は奴らを見返せる」
 かつて、闇の魔力を持っていたというだけで、自分を捨てた国に。
 弱かったという理由だけで、自分をあざけり、さげすんだ故郷に。
 復讐をしたいんだ。見返してやりたいんだ。
 今はもう、何もないけど。彼にはそうするだけの理由があった。
「けじめを、つけよう。弱かっただけの自分なんて、もうお別れだ」
 歩き去っていくその胸元には、王族の証たる紋章があった。

  ■

「次は、どうするの?」
 フィオルとアーヴェイとの出会いから一日。思ったよりもフィオルの回復が早かったので、一行は町を出ることにした。
 それにはフィオルが答える。
「……一回だけ、実例があるんだ。魔物を元に戻したという、正真正銘真実の、実例が。そこに行けば、何かわかるかもしれない。ほとんど知られてない話だから、詳細は現地に行かないとわからない」
 言葉をアーヴェイが引き継ぐ。
「でも、遠い。果てしなく遠い。だがな、あの人は恩人なんだ。オレたちは、ずっとそこを目指してる」
「実例……ある……」
 その方法について詳しく知れば、いつか兄は戻るのだろうか?
 それを世界に広めれば、悲しみは減るのだろうか?
 何もわからない。何一つわからない。でも、彼らのその堂々とした姿には、希望を抱かずにはいられない。
「私、頑張るから。どんなに厳しい道行きでも。私はこの理不尽が許せな。だから」
「その意気だ」
 宿から出て、前を見据えた。
 立ち上がるから。立ち向かうから。
 待っていてね、お兄ちゃん。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 新しい話です。どうやら、謎の人物が現れたみたいですねぇ。彼は一体何者なのか、この物語にどうかかわっていくのか……。
 一時は大失敗したのでやめよう、なんて思っていた作品ですが、そこそこ書いたし諦めきれなかったので、再開しました。
 ちょっと短めなのは、キリが良かったからです。
 ではでは。次回作をお待ち下さい。

カラミティ・ハーツ 心の魔物Ep5 醜いままで、悪魔のままで ( No.6 )
日時: 2017/08/05 18:39
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「あなたをたすけてあげる」
 甘いささやきが心を満たした。
「ほら、わたしがほしいでしょう? 大丈夫、すぐにあげるからね」
 路頭に迷い、助けられて。今は女性の胸に抱かれて。
 濡れて上気した肌が、蟲惑的な香りを放つ。
 甘ったるい香りが思考力を奪う。これまでの目的も、何もかも。
「あなたのなまえはなんて言うの? だいじょうぶ、こわくないから」
「……******・*******」
 問われるがままに、名を答えた。言ってはならなかったはずなのに。言ったらお終いって、わかっていたのに。
 逆らえない。催眠に掛けられて。
 彼女は彼を抱き、言うのだ。
「なら、すべてわすれてしまいなさい。つらいことがあったのでしょう。わたしがなまえをあげるから」
 彼女は彼の唇を優しくついばみ、甘い声で言う。
「あなたの名はゼロよ。そして、わたし以外の人を知らない」
 催眠術にかかったように、彼はうなずいて。
 そして、全てを失った。
 ——僕は、だれ? 名前は、ゼロ。
 ——あの人は、だれ? お母さん。
 忘れちゃいけないことがあった。なのに。
 わずかに残った記憶が訊くんだ。
 お母さん、お母さん。
 ——リュクシオン=モンスターって、一体なに……?
  
  ◆

 目指す地——花の都、フロイラインに向かって、旅を始めて一週間。リクシアが新しい仲間に慣れ、旅のノウハウを少しずつ吸収してきた頃。

 それは起きた。

 ちょうど、両側が崖になった道を、通っている時のことだった。
「いたぞ! あの娘だ!」
 声が、して。崖から人が、降ってきた。
「殺さず捕らえよ! 他の者の生死は知らず。あの娘のみを捕らえよ!」
 アーヴェイは軽く舌打ちした。すかさず魔法の用意を始めたリクシアに、叫ぶ。
「貴様は逃げろ! フィオルもだ!」
「!」
 その言葉に、両者が反論する。
「私だって戦える!」
「……アーヴェイ。もしもアレをやるつもりなら……もう、やめてほしい。一緒にいる」
「……アレって?」
 リクシアの疑問は、剣を抜く音によって相殺される。
 アーヴェイが、剣を抜いていた。
 二本。禍々しい装飾の、赤と黒の剣。
 それが、敵にではなく、リクシアとフィオルに、突き付けられていた。
「! アーヴェイ!」
「魔物よりも、生きている人間のほうが厄介なことがある。シア。貴様はこの狭い道で、味方にあてず、敵のみに魔法を当てられるのかッ! あと、フィオル! 気遣いは無用、オレはこれでやってきた!」
 その、有無を言わさぬ空気に。
「……わかったわ。でも、必ず後で合流するから!」
「無理しないでね」
 何を言っても無駄だと悟り、二人は来た道を引き返す。
 ——どうか、無事でいて——!

「……ほう、仲間を逃がすか。美しいものだな」
 それを見つつも、額に禍々しい烙印のある少年が、前の道からやってきた。
 アーヴェイは無言で双剣を薙ぐ。少年はひらりとよけると、言った。
「戦闘開始だ」
 途端、アーヴェイの中で力が膨れ上がり、心の中で声がする。
 『ぎゃははははは! やっとのお呼び!』
 『今夜は挽肉パーティーだ!』
 ……アーヴェイの双剣、『アバ=ドン』には、人格があった。
 快楽的で、享楽的な、狂ったような双子の人格。
 普段、アーヴェイは剣を抜かない。なぜなら。
 ——抜いたその時点で双子が目覚め、身体を乗っ取られることだって少なくはないからだ——。
 今、アーヴェイは戦っている。襲い来る人と双子の意思に。
 身に宿した悪魔の血が、血の匂いに狂喜する。
 狂いそうな思考の中、意思を保つのは至難の業で。
 その身体は今、悪魔のような異形と化していた。
 彼は、人と悪魔のハーフだから。

 アバ=ドンが、血を求める。悪魔の血脈が思考力を奪う。
 こうなるとわかってはいたけれど、こうでもしないと守れないから。
 フィオルとリクシアだけでは、この敵は強すぎる。
 だから。異形と呼ばれたって。化け物と呼ばれたって。

「——オレは、これで、いい」

「悪魔だ! 悪魔が本性を見せた!」

 烙印の少年に斬りかかる!

 悪魔のままで。怪物のままで。醜いままで。異形のままで。

 これで、いい。

 魔物と化した大切な人。悪魔になれば、助けられたのに。
 嫌われるのを恐れ、何もできなくて。魔物となった大切な人。
 繰り返し後悔し、生きることさえ拒絶したあの日。

 ——でも、今は、違うから。
 
 醜い悪魔でも。それは、まぎれもない「自分」。

「————オレはッ! これでッ! いいッッッ!!!」
 
 思いを込めて、振り上げた刃。双の剣がブゥンとうなる。
 しかし、その刃は、少年の命には届かなかった。

「私のゼロに、なんてことしてくれるの」
 
 腹に感じた熱い感触。視角から突きだされた剣が、彼の腹を貫いていた。
「貴……様……」
 美しい女性が少年を抱き、貫いた剣を引き戻す。
「ぐ……ああ……あ……!」

「醜いこと。悪魔のくせして。私のゼロを傷つけようとするなんて」

 悪魔の何が、悪いって言うんだ。
 視界がゆがむ。身体が崩れ落ちる。
「これはもらっていくわね」
 奪われた『アバ=ドン』。
 勝てなかった。またしても。守ろうとして、傷ついて。奪われて。
「さようなら」
 少年を伴い、去っていく女性。
 暗転する視界。
 旅は始まったばかりなのに。
 ——フィオル、済まない——。
 彼は意識を手放した。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ……急展開ですねハイ。半分うとうとしながら書いたので、それなりにミスがあるかもしれません。展開おかしいですね、すみません。
 Ep5に出てきたキャラが、何やら不穏に再登場です。
 あと、主人公がめだたなすぎですね。
 いろいろと穴のある一話になりましたが、まだ続きますよー。
 頭がはっきりしている時に修正しますね……。

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep6 悔恨の白い羽根 ( No.7 )
日時: 2017/08/05 23:00
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 ちなみに「カラミティ・ハーツ」というのは直訳すると、「災厄の心たち」となります。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「……帰ってこない」
 フィオルがそっと、つぶやいた。
 あれからもう、三時間が過ぎている。
「見に行こうか」
 リクシアが問えば。
「一緒に行く」とフィオルが返す。
 戦闘は、終わったはずなのに。帰ってこないアーヴェイ。
 あんな、あんな強そうな人が帰ってこないなんて、おかしい。
 何かあったに違いない。
「……無事で、いて。お願い」
 しかし、小さな願いは叶わなかった。

  ■

 彼は、倒れていた。

 切り立った道に、仰向けに。

 腹からはどす黒い血が流れ。

「…………!」

 その身体は、異形と化していた。

「兄さん!」
 駆け寄ったフィオル。大丈夫だ、まだ生きている。
「リクシア。至急、町に行って薬を持ってきて。血止めの強力なやつ! 早く!」
 リクシアは、動けなかった。
 横たわるのは、異形の悪魔。
 アーヴェイじゃない。そうは見えない。
 なのにフィオルは「兄さん」と呼ぶ。

 ——この人は、だれ——?

「リクシア! 何呆けてんのさ! アーヴェイが死んじゃう! 早く助けて!」
 アーヴェイ。悪魔。目の前に倒れて。血を流して。
 リクシアの中でつながる物語。
 ——そっか、悪魔だったんだ。
 悪魔っぽい見た目だったけど、本当に悪魔だったんだ——。
 それを知られたくないから、私たちを逃がした。
 フィオルの言った「アレ」とは、これのことだったのか。
 フィオルが悲鳴を上げる。
「——リクシア——!」

「無駄だ。こいつは仲間じゃない」

 と、不意に、そんな冷たい声がした。
 倒れた悪魔——アーヴェイが、冷たい目で彼女を見ていた。
「人間はみんなそうだ……。悪魔だと分かった時点で、助けることを放棄する……」
「……違う……」
「どこが違う? 貴様は……倒れたオレを見ても……薬一つ、取りに行こうとはしなかった……。それを、貴様が悪魔に対して含みがあると言って……おかしいか……?」
「違う!」
 リクシアは、全力でそれを否定しようとした。しかし、心の奥底には、悪魔を恐れ、さげすむ気持ちも、あるにはあって。
 動けなかった。死に瀕した仲間を前にして。仲間が悪魔だと分かった瞬間に。助けなければならないのに、動くことすらできなかった。
 ——アーヴェイは、仲間なのに。
 悪魔だというだけで、動きが止まった。

「それが貴様の答えだ……」

 悪魔のような、否、悪魔の紅い、地獄の瞳で。睨みつけてきた漆黒の翼。
 のどが、乾く。めまいが、する。思わず大地に膝をつく。
「だからお前は……」
 駄目。言わないで。聞きたくないの。そんなこと、そんな台詞。聞きたくないの!
 耳をふさいで目を閉じても、心に聞こえた低い声。

「——最初から、仲間じゃなかった」

「嫌ぁぁぁぁあああああああッッッ!」
 信じてた。信じてたのに。仲間だと。大切な仲間だと。初めて出逢ったあの日から。
 やっと、仲間ができた。そう思って、嬉しかった。そう、思っていたのに。
 ふたを開けてみれば、正体が悪魔だったというだけで、動けなかった自分がいた。仲間を見捨てた自分がいた。

 だから、捨てられるんだ。

 ほんとうの、仲間じゃないから……。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ——。

 絶望に打ちひしがれ、心に魔物が生まれる。それは次第に大きく——。

 ——ならなかった。

 なる寸前で、声がしたから。
 今は魔物になり果てた兄の。
「自分を見失わないで」そんな、声が。
 それは、兄の口癖だった——。

 光が、はじけた。

 数瞬後には、リクシアは元のリクシアになっていた。
 そして、知った。己の犯した過ちを。
 自分が仲間を裏切ったという事実は、消えない。
 立場に惑い、仲間を救おうともしなかった事実は、消えない。
 だから。

「……わかったわ」

 小さく、つぶやいた。
「……私はまだ甘い。だから、あなたたちとは一緒にいないほうがいいかもしれない」
 そして、精一杯、頭を下げた。

「——ごめんなさい——」
 
 フィオルが、柔らかくほほ笑んだ。
「謝罪は受け取っておく。でも、この事実は、消えないから」
「わかっているわ。だからもう、別れることにする」
「短い間だけど、出会えてよかったって、思ってる?」
「あなたたちとの出会いは、一生の宝物よ」
 そっか、とフィオルがつぶやいた。
「なら、別れもいい別れにしよう。僕らはフロイラインを目指す。でも、君は進路を変えてね」
「ええ」
 と、不意に、フィオルの背から、純白の翼が生えた。
「え? ……ええっ!?」
 真白な髪に青い瞳。純白の翼。
 フィオルは天使だった。
「こんな姿にならないと、もうアーヴェイは治せないからね……。餞別に、あげるよ、リクシア」
 言って、フィオルはその背から、純白の羽根を一枚、抜き取った。
「ここで僕らの道は分かれるけれど。お幸せに、リクシア」
 それは、別れの言葉だった。
 リクシアは羽根を受けとり、しかと前を見据えて言った。
「……さようなら。楽しかったわ」
「そうかい」
 リクシアは、来た道をまた、戻っていく。振り返らない。振り返ってはいけない。

 その手には、悔恨の白い羽根。

「フィオル……アーヴェイ……」
 いくら後悔したところで。失われた絆は戻らないから。
「ありがとう……」
 重い気持ちを抱えながらも、リクシアは宿へと戻る。


「おや、嬢ちゃん、一人で戻ってきたのかい」
「喧嘩別れです」
「えぇ……!? ええぇぇぇえええええええ!!」
 そう告げた時の宿の店主の顔は大層見ものだったが、それはまた別の話。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 どーも、藍蓮です。重い展開書いて疲れた……。
 この後、リクシアに新しい仲間はできるのでしょうか? 謎の少年、「ゼロ」との関係は?
 急展開の、5話6話。次は一体何が来る——?
 次回の話にも、請うご期待!

※ きるみーさん、言ってらっしゃった「店主」、若干再登場させてみました。完全にオチですね。今後の活躍は正直言って謎です。