ダーク・ファンタジー小説
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep29 剣を取るのは守るため ( No.32 )
- 日時: 2017/08/21 11:22
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
4200文字……。
長めです。読むときは余裕を持ちましょう。
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「「「「「だから、今、あなたに。宣戦布告する」」」」」
向けられたそれぞれの武器。覚悟を決めた、十の瞳。
シアラはゆがんだ笑みを見せて、彼らに細いレイピアを向けた。
「あらら〜、なら、わたくしも〜。法の名において、あなたたちを断罪するわ〜」
でも、その前に、と、彼女は大きく口を開けた。
「みんな! みんな! 侵入者よ〜! 掟破りよ〜! 退治しなくちゃ、ね?」
……増援を、呼んだ。
「私たちも、戦わなくちゃ」
うなずき、呪文の用意をするリクシア。
「行くぞ、悪魔」
「解ってるさ、傷痕」
フェロンはいつもの片手剣を構え、アーヴェイは取り戻した「アバ=ドン」を腕一本で構える。右腕は——あの戦いで、無くなった。
が。偽りの女神にやられた傷が痛むのか、皆、どこかをかばいながらで、本調子とはいえないようだ。
「本当はあんたらにあの天使さんの捜索を頼みてぇところなんだが……。そんな身体で行けんのか? こっちは大丈夫だからさ。こっちの援護よりかぁあの子の捜索を優先させるべきだぜ?」
ラーヴェルが槍を構えながらも、肩越しに言葉を投げかけた。
「大丈夫だ、いける」
アーヴェイが即答した。
「その腕で、大丈夫なんですかー?」
心配そうにリリエルが問えば。
アーヴェイはふっと悲しげな笑みを浮かべ、言った。
「……オレは、悪魔だから」
残った左腕で、右肩に触れた。
すると。
「…………!」
現れる、真紅と漆黒の、異形の右腕。
悪魔の、腕。
「この天使の町ではひどく目立つだろうが……背に腹は代えられない。醜くても、異形でも。オレは、構わないんだ。……大切な人を、守れるのなら」
異形の右手に、「アバ=ドン」を握った。
「アバ=ドン」に潜む破戒的人格が彼に囁きかけるが、それを圧倒的意志力で跳ねのける。
「大丈夫だ、いける」
紅い瞳がリリエルを射抜いた。
その力強さに、彼女はうなずいた。
「な、なら、頼みますよー」
「引き受けた。弟なんだ、当然だろう」
『弟なんだ』と言う言葉に、一瞬彼女は何かを言いかけた。が、首を振って、
「幸運を祈ってます〜」
そう声をかけてから、前を向いて。
自分の得物——戦輪(チャクラム)を構えた。
気づけば増援だらけになっている。急がなければ!
「お前ら、いけるな?」
アーヴェイが、リクシア達を振り向いて言った。
「当然よ!」
「愚問だな」
リクシアとフェロンがそれぞれ返す。
「ならば、行こう。町の奥へ!」
大切な仲間を救うため。大好きな天使を救うため。
「死ぬんじゃないぞ!」
三人は、三本の稲妻となって駆け出した。
◆
「ハアッ、ハアッ、ハアッ」
走り続け、耐えられなくなって。フィオルはその場に倒れ込んだ。
息がつらい。頭ががんがんする。
こびりついて離れない言葉。
『大罪人の息子と、醜い悪魔は。お断りなのよ〜』
バラされたくないことを、バラされた。
だから、逃げたんだ。あの場所から。一刻も早く、そう思って。
「うう……ッ……く」
今さらだが、激痛を伴って痛みはじめた傷。アーヴェイとやり合って
——アーヴェイに斬られた、深い、傷。
天使たちは、応急措置は施したという。
だが、あくまでも『応急』だ。完全に治っているわけではない。
呼吸が荒くなる。額に脂汗が浮かんだ。
逃げだした自分が、馬鹿に思えてきた。
そこへ。
「——大罪人の息子が、のこのこ帰ってくんじゃねぇよッッッ!!!!!」
大振りの斧を持った天使が、襲いかかってきた。
「…………ッ!」
とっさに「シャングリ=ラ」を呼び出して、なんとかいなす。
が、重い。その一撃が。
なんとかいなしたつもりなのに、腕にビリビリと残った衝撃。
その衝撃が、傷に響く。
「く…………」
こめかみから、つうっと流れおちた汗。身体が——きつい。
「もう一撃だコラァ!」
重い一撃を、背の翼で宙に飛び上がることで、かろうじてかわす。鼻先を破壊力の塊が通り過ぎた。今度は冷や汗が流れた。
そこへ。
「てめぇが飛ぶんなら——こっちも飛ぶが、文句はねぇよなッ!」
斧の天使が、追いすがる。
さらに一撃。かわしきれない。「シャングリ=ラ」で迎え撃つ。
「くあッ!」
漏れた悲鳴。その両手から、「シャングリ=ラ」が叩き落とされる。
「もうおしまいかぁ? 弱ぇえもんだなぁ」
「負けて……たまるか」
自業自得で陥った結果。こんなところで。こんなところで。
——死んで、たまるか。
が、戦闘に疲弊し、力を失った翼は。いつしか羽ばたくことをやめていた。
落ちていく身体。
目をぎらつかせて追いすがる天使。
「死ねぇッ!」
斧の一撃。宙で身をひねり、かろうじてかわす、が。
「————ぐあッ!」
その一撃は。
彼の翼を。
その、左の、翼を。
——叩き斬っていた。
激痛にうめき、墜落するように墜ちていくフィオル。
もう、身を守るすべも何もない。
傷口から真紅の血を流し、墜ちていくだけ。
それを狙う、斧使い。
——今度こそ、死ぬ。
そんな予感が、彼の全身を震わせた。
「ごめん……ね……兄さん……シア……フェロ……ン……」
涙が、流れた。
自業自得で、死ぬなんて。馬鹿みたいだよ、ね。
「ごめん……」
「——謝るなッッッ!!!!!」
「…………!」
墜ちていく、彼の身体を。
翼を奪われた、天使の、身体を。
下でそっと、受け止める影があった。
「生きているなら——謝るなッ!」
赤と黒の異形の腕。
ああ、兄さんだ。再生させたんだ。
ガイーン! 鈍く響く音。斧の一撃を、フェロンが防いだ。
「お前は寝てろ。弁解なら後で聞く。今はこの敵を倒すのが先決だ。……シア、頼むぞ」
「了解よ!」
リクシアが、フェロンを受け取って地面に寝かせた。
それを見届けて。異形となったアーヴェイが、炎のような瞳で「アバ=ドン」を構えた。
「弟を傷つけた代価、しっかり払ってもらおうか!」
それを見ながらも、リクシアは口の中で唱えていた。
フェロウズ・リリース? いや、違う。あんな優しい魔法じゃない。
リクシアは、怒っていた。大切な仲間が、こんなに傷つけられたことに。
それが、その仲間の自業自得だったとしても。
カキーン! グアーン! 飛び交う剣戟。二方向からの神速の攻めに、斧使いは苦戦しているようだ。
——今が、好機。
リクシアは、唱える。この状況を打破するために必要な、新たな「必殺技」を。
「天空の彼方、神々の御座(みまし)! 星々の光拾い集め、極光の空に投げ入れよ!」
幼いころに聞いた神話を。
「大地の彼方、悪霊の御座(みまし)! 人々の心拾い集め、極夜の空に投げ入れよ!」
つなぎ、合わせて。
「光と心、渦巻け、空に! 千々の流星、降り注げ!」
忘れえぬ、遠い日の空を。鮮やかに思い浮かべて。
「夢見よ、正義! 夢果つ邪悪! 断罪の光よ、今ここに——!」
守り、たいから。
「エンシェンテッド・アウローラ!」
願い、唱えた。
それは、純粋な、光の魔法。
天から流星が降り注ぐ。それは、想いのこもった光。
「誰も——死なせやしないんだからッ!」
そのためには、人殺しだって、厭わない。
それが、「守る」ということだから。
斧の天使は流星に貫かれ。もう、息をしていなかった。
そして。
「リア!?」
フェロンの声。リクシアの身体が大きくよろめいた。
が、今回はしっかりと踏みとどまった。大丈夫、そう簡単に眠ったりはしないから。
アーヴェイが、呆れた顔でこちらを見ていた。
「……なんだか、見せ場だけ取られたような気分だ」
リクシアは苦笑を返した。
「仕方ないじゃない。でも、フィオルは助かったし——」
「そうだ、フィオルッ!」
そのことに思い至って。アーヴェイは寝かせてあるフィオルに駆け寄った。
「フィオル、フィオル!」
真っ白な天使は、その目を閉じていた。
死んではいない、が、命が危うい状況なのは一目でわかる。
これまで。彼の命の危機に際して、彼に驚異的な回復力を与えていた翼は。
——片方が、失われてしまったから。
失われた翼の傷口から、際限なく溢れ出る血。止血をしようと試みても。一向に血は止まらない。
「……他の天使なら何とかなるかも。急いで戻りましょう!」
「…………ああ」
アーヴェイは重たい顔でうなずいて、弟を背負うと駆け出した。
「リア、つかまれ」
フェロンが手を差し出した。
「そんな身体じゃ追いつけない。絶対に手を離すなよ」
差し出された手。しっかりと握る。握ったそこから穏やかに伝わる、温かさ。
大丈夫、戦える。
側に大切な人がいる限り。この温かさがある限り。
「行こうよ、フェロン!」
走り出す。時々もつれそうになる足を、つないだ手がしっかりと導いた。
大丈夫、まだ走れる。
先に希望がある限り。導く手が、ある限り。
◆
「負けを認めるのよ〜」
リルフェリアの喉元に、レイピアがつきだされた。
やってきた天使の増援。大人の剣技を見せつけられて。なすすべもなく、やられていった。
ヴァンツァーもラーヴェルもリリエルも。皆、地に倒れ伏していた。
「まだ……!」
倒れたヴァンツァーが、渾身の力で、倒れたままで剣を薙ぐ。
「甘いのよ〜」
それをひらりと避けたシアラは。靴で彼の頭を踏みつけた。
「ぐッ……」
「無駄な抵抗はおよしなさいな〜。大丈夫、死ぬ時は一瞬だから〜」
笑って、レイピアの矛先をヴァンツァーに変えた。
「やめて!」
「くそっ……ヴァッツ!」
リルフェリアとラーヴェルが悲鳴を上げる。
でもねぇ、とシアラは笑った。
「どうせあなたたち、処刑されるのよ〜? なら、ここで殺したって、何も変わらないわよ、ねぇ?」
笑いながら、彼女は他の天使を見るのだった。
他の天使たちは、無言でうなずいた。
それを見て、シアラは。ヴァンツァーの首の皮を薄く切った。
それでももがこうとする彼を見て、彼女はさらに笑う。
「滑稽よ。あなたたちなんて、生きてる価値ないの〜」
だから、お遊びももうおしまい。
言って、レイピアを大きく後ろに引いた。
「ヴァン!」
「ヴァッツ!」
「ヴァンツァーさぁん!」
仲間たちの悲鳴。
が、その剣が。彼を貫くことは、なかった。
誰もが、忘れていた。
「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!!!!!!」
青い、青い、天使のことを。
暗く、黒い。悪夢の申し子を。
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本格的な戦いが始まりました。みんなはお互いを守るために必死です。
最後に出てきた「青い天使」って……。
次の話をお待ち下さい。