ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep30 青藍の悪夢 ( No.33 )
日時: 2017/08/22 00:26
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

※ グロ描写あり。
  長いです。5300文字あります。
  そして非常に重い話です。読むときは覚悟のほどを。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「はあっ、はあっ」
 リクシア達は駆ける。町の中心部に向かって。
 早くフィオルを治さなきゃ。このままだと、フィオルが死んじゃう!
「って、オイ。町の中心部が騒がしくないか?」
「そのようだ。急ぐぞ、リア!」


 ——そして、見た。



「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!!!!!!」



 青い、青い闇を背負った、常闇の天使の姿を。


「何事ッ!」

 駆け寄れば。地に倒れ伏した天使たち。傷ついて、動けない仲間たち。
 でも、それ以前に。
 動けなかった、アルフェリオが。
 飛べない天使の、アルフェリオが。
 その青い翼を広げ、空に浮いていて。

 言うのだ。











               「さ よ う な ら 、み ん な」











 永遠の別れを、告げるかのように。

 悲しそうに、哀しそうに。それでも健気に笑って。

 
「—— やめてぇぇぇぇぇええええええええええええええ————ッッッッッ!!!!!!!!!!!」


 リルフェリアが、絶叫を上げた。

「駄目ッ! 駄目、あんたはッ! あたしが守るんだって、あんたをひどい目に遭わせないようにするからって、あたし、誓ったじゃない! なのにどうしてあんたは……! そう……自分を、捨てようとするのかなぁ!?」
 青い闇は、悲しげに答えた。
「だって、あのままだったらきっと、みんな死んでいたからねぇ……。僕が、出なきゃあ。僕が、出なきゃあ! ……みんな、死んでいたんだ。僕が、出なきゃあ」
 闇に愛されし、暗く黒い、悪夢の申し子。
 青いアルフェリオの、正体。
 優しい天使、だけじゃなくって。
 いつも穏やかに見えた彼には。実は多大な闇が巣食っていた。
 
 と、聞こえたのは。


「アルを討つのよ〜!」


 間延びした声。
 シアラの声により、催眠が解けたかのように動き出す天使たち。
 それぞれの得物を持ち、翼をはばたかせて。
 空に浮かぶ青藍の悪夢に。
 襲いかかった。

「目覚めよ、風よ!」
 とっさにリクシアは魔法で援護するが、気分が悪くなって座り込んだ。
「リア、今はだめだ。魔力が回復して」
「いなくても! 私はこれじゃあ守れない!」
 叫び、気持ちの悪さをこらえて再度、魔法を放とうとしたら。

 
 
 ——無茶しなくて、いいんだよ——



 明るく優しい、青い天使の声が、して。

 ——助けてくれて、ありがとう。守ろうとしてくれて、ありがとう。でも、もういいんだ——。

「もういいって、一体なにッ!」
 悲鳴のような、リルフェリアの言葉。
 それに、微笑んで返して。
 青藍の悪夢は、襲い来る天使たちに向かって。



 ——手を振った。



 ただ、それだけだった。それだけのことに過ぎなかった。

 ——なのに。

「ぐはッ!」
「あああああああッ!」
「ぎゃあッ!」

 悲鳴をあげて。身体中から血を流して。

 ——倒れていく、天使たち。

 彼は何にも触れていなかった。ただ、その手を振っただけだった。
 それだけのことなのに。次々と倒れていく天使たち。

 極北の町は。存在しない町は。


 —— 一瞬で、地獄と化した——。


 そんなことをしたのに彼は。傷一つ受けていない。
 でも、相棒たるリルフェリアは、わかっていた。このままだと、取り返しのつかないことになると。

「やめてッ! もういいでしょ!? いい加減やめてよアルッ!」

 叫んだけれど。悲しげに笑う彼は、そっと首を振った。
「できないんだよ。前に言ったろ? 一度こうなったら、もう二度と元には戻れないって」
「嫌よ、嫌ッ! あたしたち、双子なんだよ!? 二人で一つなんだッ! 一人だったら、何もできな——」「できるさ、リルならば」「——えっ?」

 彼は、優しく微笑んだ。

「リルなら、一人でだって生きられる。だからね——」

 彼はふわりと一度、はばたいた。周囲に風が生まれる。
 その眼が、悪夢のような輝きを宿して。輝いた。










「 邪 魔 し な い で 」










 途端、空から吹き下ろした突風が。
 津波のように。
 倒れたままの天使たちと、立ったままのリクシア達に。

 襲いかかった。

「アル————ッ!?」
 リルフェリアが悲鳴を上げたが。なすすべもなく吹き飛ばされた。



 ——風は、温かかった。



 自分たちを包み込んだ風は、勢いは激しかったものの、温かく、優しかった。その風からは、春の日向の匂いがした。
 疲れや痛みが。とれていくのを肌で感じた。この温かいゆりかごに身を任せ、眠ってしまいたい——。

 そこまで思い至って、リクシアははっとした。
 この風は、アルフェリオの力。
 その力により、みんながいやされた。
 つないだ手。その先で。フェロンが穏やかに寝息を立てている。
 けれど。けれども。一人だけ、いないんだ。
 一人だけ、この風のベールに。包まれていないんだ。



 — — ア ル フ ェ リ オ 。



 リクシアは大きく眼を開けた。
 眠気を意思の力で吹き飛ばし。
 そして、見たのは。











 — — — — 惨 状 、だ っ た 。










 あたりは血にまみれて。

 血が肉が骨が臓物が。

 天使だったモノが、各地に散らばっていた。

 血、肉、骨。

 バラバラになって、散らばって。
 
 吐き気を催すような赤い光景が、広がっていた。
 
 血、肉、骨。血。肉。骨。血肉骨、血肉骨、血肉骨。血肉骨血肉骨血肉骨血肉骨血肉骨! 血血血血血肉肉肉肉肉肉骨骨骨骨骨!!!!!!!


「うわっ…………ぷ……」
 思わず、その惨状に口を押さえる。

 赤かった、紅かった。あの美しい、天使の町は。
 モノと化した天使たちの何かで。血で肉で骨ではみ出た臓物で。地獄のような惨状を呈していた。そこにあるのはもはやモノでしかなく。この前の姿を知っている者でなければ、ここで赤い惨状をさらしているのが、天使だとはわからなかっただろう。

 その上空にいて、虚ろに笑うのは、アルフェリオ。

 こんな惨状を引き起こした張本人なのに、その身体は、血の一滴にも汚れてはいない。

 彼は、笑っていた。嗤っていた。自分の残した惨状を見て。

 リクシアは背筋が寒くなった。一瞬にして、恐怖を覚えた。



 ——アルフェリオが私たちを眠らせようとしたのは、これを見せないためだったんだ——。



 この、悪夢を。
 赤い、光景を。
 青藍の悪夢を。

 彼の青い瞳がこちらを見た。リクシアは恐怖で身をちぢ込ませた。
 その姿を見、リクシアが何を見たのか知ったアルフェリオは。

 ——見たのかい。

 とただ一言、つぶやいた。

 ——見たんだね、リクシア。僕の、惨状を——。

 リクシアは、動けない。怖かった、ただ怖かった。この青い天使が。この惨状を引き起こした青藍の悪夢が。怖かった、怖かった、怖かった。
 ——これだと、前と同じじゃないの。
 リクシアはぎゅっと唇を噛んだ。
 ——あの日。フィオルとアーヴェイと訣別したあの日。悪魔のアーヴェイを恐れて、何もできなかったあの日と。
 それでも、怖かった。あの日とは、比べ物にならないくらいに。

 ——だって、目の前には。目を覆いたくなるような惨状が、広がっているんだ——。

 怖くないわけがない。










 — — — — も う 、い い よ 。










 唐突に。アルフェリオは羽ばたくのをやめた。
 彼は、言うのだ。

 ——こんなに力を使ったのだし。僕はもう、長くない。だから——もう、いいよ。

 恐れなくても。自分はもう、死ぬのだから。
 その目には、深い悲しみが浮かんでいた。

 大切な人を守りたいから。命使って悪夢になった。
 大切な人を守りたいから。大切な人を守りたいから。ただそれだけを強く思って。
 その結果。かつては仲間と思っていた人に、恐れられても。「化け物」と呼ばれても。
 けして傷つかないと思っていた彼。しかし、現実は違ったんだ。

(逃げないでよ……恐れないでよ……。僕はほら、こんなに頑張ったんだから、さ……)

 落ちながらも、悲しげに笑って伸ばした手。つかまなければ。そう思っても、足がすくんで。

 ——これじゃあ前とおんなじだってば!

 いくら心が叫んでも。固まったように、足が動かなかった。
 落ちゆくアルフェリオ。迫る大地。仲間に見捨てられて彼は死ぬのか。

 その時。










「————アルのッ! 馬鹿ッッッ!」











 ——泣き出しそうな、声がして。
 受け止めようと、駆け出した、





 ——赤い翼。





 すんでのところでアルフェリオを受け止めた彼女は、勢い余って、真紅の地面にすっ転んだ。身体中が、血液もろもろに濡れる。それでも気にせず。強くアルフェリオを抱きしめた。

「行かないって……先に逝かないって……言ったじゃないの……!」

 転げながらも、泣いていた。
 双子の片割れを。青い相棒を。抱きしめながらも、泣いていた。
「嫌だよぉ……。嫌だよぉ……! 行かないで……逝かないで……ッ!!!!!」
 自らが流させた血で、血まみれになったアルフェリオ。
 彼は妹の髪をそっと撫でて、言った。
「これでよかったのさ、リル。これで……」
「良くないよぉ……! 嫌だぁ、嫌だぁ!」
「リル……」
 
 と、彼は大きく血を吐いた。あわてて口元にやった手は。その場に流れたどんな血よりも、赤かった。

 もう、我慢しきれずに。リクシアは走った。彼を抱え起こそうとする。しがみついたリルフェリアのせいで、うまくできない。
 彼は、儚く笑って、もう一度、言った。

「——もう、いいよ」

 どうせもう、長くないしね、とまた笑う。血を吐いた。辺りがさらに赤く染まった。
「助けようとしなくたって——いいよ。僕は——死ぬんだから」
 嫌だぁ、嫌だよぉと、うわごとのようにつぶやくリルフェリアを見て、苦い溜め息をついた。
「気にかかるのはこの子のことだけど——あなたたちなら、なんとかしてやれるよね——?」

 言った、時。

 彼はカッと目を見開いて、叫んだ。







「リクシア! この子を僕から離せッ!」







 その、気魄に。
 最期の、叫びに。
 抗うすべはなくって。

 リクシアはしがみつくリルフェリアの銅をつかみ、一気にアルフェリオから引き剥がした。

「嫌だぁ、嫌ぁ! アルゥ! アルゥ! 行かないで、逝かないでぇッ!」

 叫ぶ彼女の声を裂いて。
 青い青い、済んだ声が。
 青藍の天使の最期の声が。

 耳に、届いた。











              「 さ よ う な ら、大 好 き だ っ た よ 」












「——アルフェリオッッッッッ!!!!!!!!!!」



 ——そして。



 そしてそしてそして。


 アルフェリオは。青藍の天使は。


 突如、地から湧き出した黒い闇に覆われていき、


 諦めたような、悲しげな、笑みを浮かべて。


 何かを求めるかのように、そっと手を伸ばしてから。


 完全に闇に包まれて。





 ——いなくなった。





 いなく、なってしまった。


 彼の、身体ごと。


 彼の生きていた証ごと。


 闇に呑まれて。何一つ残さずに。


 いなく、なって、しまった。


「———— アルゥゥゥゥゥウウウウウウウウウ———ッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」


 のども裂けんとばかりの、悲痛な悲鳴が響き渡る。


 リルフェリアは泣き叫び、愛するものを失った獣のように、咆哮した。


 慰めの言葉なんて、掛けられない。彼女は己の片割れともいえる人を、失った。


 その嘆きは、果てしなく。山よりも高く、海よりも深い。


 その叫びの調子が、少し変わった。


「ウア……ウアア……ウオアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!!!!!」


 叫んだ彼女。その身体が、変貌していく。







 ——異形のそれへと。










 ——リルフェリアが、魔物になる。









「……わかったわ、アルフェリオ」










 つぶやき、リクシアは。魔法の杖を構えた。


「あなたの遺言通り……私が、何とかするから」


 たとえ彼女が魔物になっても。狂って理性を失っても。


 ——私が、なんとか、するから。


 溢れ出した涙を振り払って。リクシアは魔物となった彼女に。大きく叫んだ。





「来なさい、赤の大天使! 私があなたの悪夢を終わらせるッ!」





 悲しくても、つらくても。これが後を託された、私の使命なんだから。


 悪夢みたいなこの輪廻を。私が断ち切って終わらせる。


 リルフェリア=モンスターが。悲しみと絶望に理性を失った魔物が。アルフェリオの遺した悪夢が。真紅の破壊神が。


 咆哮を上げながらも、リクシアに迫った。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ……どーも、藍蓮です。死ネタすみません。話が一気に重くなりました……。
 こんな悲しい話にするつもりはなかったのです。Aが死ぬのは確定でしたが、Rが魔物になるなんて、当初の予定にはなかったのです。が。
 この世界の仕組みから言って。Aが死んだ時点で、Rが魔物になることは必至でした。だからこんなに暗くなりました……。

 追記;アルフェリオは、生まれながらに魔性の力を持っていた。その代償として、動く力を失った。しかし、その力は一度開放すると二度と元には戻れない代物で、そうなったら、死ぬしか道は残されていない。


 ……非常に重い話でしたが。
 ご精読、ありがとうございました!
 話は次に続きます……。