ダーク・ファンタジー小説
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep30 青藍の悪夢 ( No.33 )
- 日時: 2017/08/22 00:26
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
※ グロ描写あり。
長いです。5300文字あります。
そして非常に重い話です。読むときは覚悟のほどを。
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「はあっ、はあっ」
リクシア達は駆ける。町の中心部に向かって。
早くフィオルを治さなきゃ。このままだと、フィオルが死んじゃう!
「って、オイ。町の中心部が騒がしくないか?」
「そのようだ。急ぐぞ、リア!」
——そして、見た。
「ォォォォォオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!!!!!!」
青い、青い闇を背負った、常闇の天使の姿を。
「何事ッ!」
駆け寄れば。地に倒れ伏した天使たち。傷ついて、動けない仲間たち。
でも、それ以前に。
動けなかった、アルフェリオが。
飛べない天使の、アルフェリオが。
その青い翼を広げ、空に浮いていて。
言うのだ。
「さ よ う な ら 、み ん な」
永遠の別れを、告げるかのように。
悲しそうに、哀しそうに。それでも健気に笑って。
「—— やめてぇぇぇぇぇええええええええええええええ————ッッッッッ!!!!!!!!!!!」
リルフェリアが、絶叫を上げた。
「駄目ッ! 駄目、あんたはッ! あたしが守るんだって、あんたをひどい目に遭わせないようにするからって、あたし、誓ったじゃない! なのにどうしてあんたは……! そう……自分を、捨てようとするのかなぁ!?」
青い闇は、悲しげに答えた。
「だって、あのままだったらきっと、みんな死んでいたからねぇ……。僕が、出なきゃあ。僕が、出なきゃあ! ……みんな、死んでいたんだ。僕が、出なきゃあ」
闇に愛されし、暗く黒い、悪夢の申し子。
青いアルフェリオの、正体。
優しい天使、だけじゃなくって。
いつも穏やかに見えた彼には。実は多大な闇が巣食っていた。
と、聞こえたのは。
「アルを討つのよ〜!」
間延びした声。
シアラの声により、催眠が解けたかのように動き出す天使たち。
それぞれの得物を持ち、翼をはばたかせて。
空に浮かぶ青藍の悪夢に。
襲いかかった。
「目覚めよ、風よ!」
とっさにリクシアは魔法で援護するが、気分が悪くなって座り込んだ。
「リア、今はだめだ。魔力が回復して」
「いなくても! 私はこれじゃあ守れない!」
叫び、気持ちの悪さをこらえて再度、魔法を放とうとしたら。
——無茶しなくて、いいんだよ——
明るく優しい、青い天使の声が、して。
——助けてくれて、ありがとう。守ろうとしてくれて、ありがとう。でも、もういいんだ——。
「もういいって、一体なにッ!」
悲鳴のような、リルフェリアの言葉。
それに、微笑んで返して。
青藍の悪夢は、襲い来る天使たちに向かって。
——手を振った。
ただ、それだけだった。それだけのことに過ぎなかった。
——なのに。
「ぐはッ!」
「あああああああッ!」
「ぎゃあッ!」
悲鳴をあげて。身体中から血を流して。
——倒れていく、天使たち。
彼は何にも触れていなかった。ただ、その手を振っただけだった。
それだけのことなのに。次々と倒れていく天使たち。
極北の町は。存在しない町は。
—— 一瞬で、地獄と化した——。
そんなことをしたのに彼は。傷一つ受けていない。
でも、相棒たるリルフェリアは、わかっていた。このままだと、取り返しのつかないことになると。
「やめてッ! もういいでしょ!? いい加減やめてよアルッ!」
叫んだけれど。悲しげに笑う彼は、そっと首を振った。
「できないんだよ。前に言ったろ? 一度こうなったら、もう二度と元には戻れないって」
「嫌よ、嫌ッ! あたしたち、双子なんだよ!? 二人で一つなんだッ! 一人だったら、何もできな——」「できるさ、リルならば」「——えっ?」
彼は、優しく微笑んだ。
「リルなら、一人でだって生きられる。だからね——」
彼はふわりと一度、はばたいた。周囲に風が生まれる。
その眼が、悪夢のような輝きを宿して。輝いた。
「 邪 魔 し な い で 」
途端、空から吹き下ろした突風が。
津波のように。
倒れたままの天使たちと、立ったままのリクシア達に。
襲いかかった。
「アル————ッ!?」
リルフェリアが悲鳴を上げたが。なすすべもなく吹き飛ばされた。
——風は、温かかった。
自分たちを包み込んだ風は、勢いは激しかったものの、温かく、優しかった。その風からは、春の日向の匂いがした。
疲れや痛みが。とれていくのを肌で感じた。この温かいゆりかごに身を任せ、眠ってしまいたい——。
そこまで思い至って、リクシアははっとした。
この風は、アルフェリオの力。
その力により、みんながいやされた。
つないだ手。その先で。フェロンが穏やかに寝息を立てている。
けれど。けれども。一人だけ、いないんだ。
一人だけ、この風のベールに。包まれていないんだ。
— — ア ル フ ェ リ オ 。
リクシアは大きく眼を開けた。
眠気を意思の力で吹き飛ばし。
そして、見たのは。
— — — — 惨 状 、だ っ た 。
あたりは血にまみれて。
血が肉が骨が臓物が。
天使だったモノが、各地に散らばっていた。
血、肉、骨。
バラバラになって、散らばって。
吐き気を催すような赤い光景が、広がっていた。
血、肉、骨。血。肉。骨。血肉骨、血肉骨、血肉骨。血肉骨血肉骨血肉骨血肉骨血肉骨! 血血血血血肉肉肉肉肉肉骨骨骨骨骨!!!!!!!
「うわっ…………ぷ……」
思わず、その惨状に口を押さえる。
赤かった、紅かった。あの美しい、天使の町は。
モノと化した天使たちの何かで。血で肉で骨ではみ出た臓物で。地獄のような惨状を呈していた。そこにあるのはもはやモノでしかなく。この前の姿を知っている者でなければ、ここで赤い惨状をさらしているのが、天使だとはわからなかっただろう。
その上空にいて、虚ろに笑うのは、アルフェリオ。
こんな惨状を引き起こした張本人なのに、その身体は、血の一滴にも汚れてはいない。
彼は、笑っていた。嗤っていた。自分の残した惨状を見て。
リクシアは背筋が寒くなった。一瞬にして、恐怖を覚えた。
——アルフェリオが私たちを眠らせようとしたのは、これを見せないためだったんだ——。
この、悪夢を。
赤い、光景を。
青藍の悪夢を。
彼の青い瞳がこちらを見た。リクシアは恐怖で身をちぢ込ませた。
その姿を見、リクシアが何を見たのか知ったアルフェリオは。
——見たのかい。
とただ一言、つぶやいた。
——見たんだね、リクシア。僕の、惨状を——。
リクシアは、動けない。怖かった、ただ怖かった。この青い天使が。この惨状を引き起こした青藍の悪夢が。怖かった、怖かった、怖かった。
——これだと、前と同じじゃないの。
リクシアはぎゅっと唇を噛んだ。
——あの日。フィオルとアーヴェイと訣別したあの日。悪魔のアーヴェイを恐れて、何もできなかったあの日と。
それでも、怖かった。あの日とは、比べ物にならないくらいに。
——だって、目の前には。目を覆いたくなるような惨状が、広がっているんだ——。
怖くないわけがない。
— — — — も う 、い い よ 。
唐突に。アルフェリオは羽ばたくのをやめた。
彼は、言うのだ。
——こんなに力を使ったのだし。僕はもう、長くない。だから——もう、いいよ。
恐れなくても。自分はもう、死ぬのだから。
その目には、深い悲しみが浮かんでいた。
大切な人を守りたいから。命使って悪夢になった。
大切な人を守りたいから。大切な人を守りたいから。ただそれだけを強く思って。
その結果。かつては仲間と思っていた人に、恐れられても。「化け物」と呼ばれても。
けして傷つかないと思っていた彼。しかし、現実は違ったんだ。
(逃げないでよ……恐れないでよ……。僕はほら、こんなに頑張ったんだから、さ……)
落ちながらも、悲しげに笑って伸ばした手。つかまなければ。そう思っても、足がすくんで。
——これじゃあ前とおんなじだってば!
いくら心が叫んでも。固まったように、足が動かなかった。
落ちゆくアルフェリオ。迫る大地。仲間に見捨てられて彼は死ぬのか。
その時。
「————アルのッ! 馬鹿ッッッ!」
——泣き出しそうな、声がして。
受け止めようと、駆け出した、
——赤い翼。
すんでのところでアルフェリオを受け止めた彼女は、勢い余って、真紅の地面にすっ転んだ。身体中が、血液もろもろに濡れる。それでも気にせず。強くアルフェリオを抱きしめた。
「行かないって……先に逝かないって……言ったじゃないの……!」
転げながらも、泣いていた。
双子の片割れを。青い相棒を。抱きしめながらも、泣いていた。
「嫌だよぉ……。嫌だよぉ……! 行かないで……逝かないで……ッ!!!!!」
自らが流させた血で、血まみれになったアルフェリオ。
彼は妹の髪をそっと撫でて、言った。
「これでよかったのさ、リル。これで……」
「良くないよぉ……! 嫌だぁ、嫌だぁ!」
「リル……」
と、彼は大きく血を吐いた。あわてて口元にやった手は。その場に流れたどんな血よりも、赤かった。
もう、我慢しきれずに。リクシアは走った。彼を抱え起こそうとする。しがみついたリルフェリアのせいで、うまくできない。
彼は、儚く笑って、もう一度、言った。
「——もう、いいよ」
どうせもう、長くないしね、とまた笑う。血を吐いた。辺りがさらに赤く染まった。
「助けようとしなくたって——いいよ。僕は——死ぬんだから」
嫌だぁ、嫌だよぉと、うわごとのようにつぶやくリルフェリアを見て、苦い溜め息をついた。
「気にかかるのはこの子のことだけど——あなたたちなら、なんとかしてやれるよね——?」
言った、時。
彼はカッと目を見開いて、叫んだ。
「リクシア! この子を僕から離せッ!」
その、気魄に。
最期の、叫びに。
抗うすべはなくって。
リクシアはしがみつくリルフェリアの銅をつかみ、一気にアルフェリオから引き剥がした。
「嫌だぁ、嫌ぁ! アルゥ! アルゥ! 行かないで、逝かないでぇッ!」
叫ぶ彼女の声を裂いて。
青い青い、済んだ声が。
青藍の天使の最期の声が。
耳に、届いた。
「 さ よ う な ら、大 好 き だ っ た よ 」
「——アルフェリオッッッッッ!!!!!!!!!!」
——そして。
そしてそしてそして。
アルフェリオは。青藍の天使は。
突如、地から湧き出した黒い闇に覆われていき、
諦めたような、悲しげな、笑みを浮かべて。
何かを求めるかのように、そっと手を伸ばしてから。
完全に闇に包まれて。
——いなくなった。
いなく、なってしまった。
彼の、身体ごと。
彼の生きていた証ごと。
闇に呑まれて。何一つ残さずに。
いなく、なって、しまった。
「———— アルゥゥゥゥゥウウウウウウウウウ———ッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」
のども裂けんとばかりの、悲痛な悲鳴が響き渡る。
リルフェリアは泣き叫び、愛するものを失った獣のように、咆哮した。
慰めの言葉なんて、掛けられない。彼女は己の片割れともいえる人を、失った。
その嘆きは、果てしなく。山よりも高く、海よりも深い。
その叫びの調子が、少し変わった。
「ウア……ウアア……ウオアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!!!!!」
叫んだ彼女。その身体が、変貌していく。
——異形のそれへと。
——リルフェリアが、魔物になる。
「……わかったわ、アルフェリオ」
つぶやき、リクシアは。魔法の杖を構えた。
「あなたの遺言通り……私が、何とかするから」
たとえ彼女が魔物になっても。狂って理性を失っても。
——私が、なんとか、するから。
溢れ出した涙を振り払って。リクシアは魔物となった彼女に。大きく叫んだ。
「来なさい、赤の大天使! 私があなたの悪夢を終わらせるッ!」
悲しくても、つらくても。これが後を託された、私の使命なんだから。
悪夢みたいなこの輪廻を。私が断ち切って終わらせる。
リルフェリア=モンスターが。悲しみと絶望に理性を失った魔物が。アルフェリオの遺した悪夢が。真紅の破壊神が。
咆哮を上げながらも、リクシアに迫った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……どーも、藍蓮です。死ネタすみません。話が一気に重くなりました……。
こんな悲しい話にするつもりはなかったのです。Aが死ぬのは確定でしたが、Rが魔物になるなんて、当初の予定にはなかったのです。が。
この世界の仕組みから言って。Aが死んだ時点で、Rが魔物になることは必至でした。だからこんなに暗くなりました……。
追記;アルフェリオは、生まれながらに魔性の力を持っていた。その代償として、動く力を失った。しかし、その力は一度開放すると二度と元には戻れない代物で、そうなったら、死ぬしか道は残されていない。
……非常に重い話でしたが。
ご精読、ありがとうございました!
話は次に続きます……。