ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ心の魔物 Ep31 極北の地に、天使よ眠れ ( No.34 )
日時: 2017/08/22 15:54
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=604.png

 長めです。4400文字……。
 しかもまたまた、前回に続いて重いです。
 読むときは余裕を持って読みましょう。
 藍蓮は、どれだけ暗い展開を作ってしまうのだろうか……。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 咆哮を上げながらも迫る、紅蓮の悪夢。
 理性も何もかもを失った、リルフェリアの、成れの果て。
 こうなったら、のんびり魔法で迎え撃つ暇などない。

「来い!」

 棒術の心得は少しならある。杖を棒術の構えにして。
 目に映るものを破壊せんと迫る、真紅の魔物に。
 突撃をひらりとかわし、一撃。
 杖を反転させて、反対の先で二撃。
 相手を突いた反動を利用し、大きく後ろに跳びすさって、再び杖を構える。

「伊達にフェロンと練習したわけじゃ、ないんだからッ!」

 魔法しか使えなかったリクシアに。「君も何か武術を覚えたほうがいい」と、自ら棒術を研究し、わざわざ時間を割いて、教えてくれたフェロン。
 

 その技術が、今こそ生きる。


「グアアアアアアアッッ! グアアアアアオオオオオオォォォォォォッッッ!!!!!!」
 反撃され、怒りに燃えた瞳がリクシアを睨む。
 途端、繰り出された神速の爪。
 リルフェリアの剣が変化した、恐るべき切れ味の爪。
 久しぶりの近接戦闘に、リクシアの頭は冴えわたる。

「読めたッ!」

 杖をトンと地面に付き、その反動で後ろに動き、身体をそらしてかろうじて爪をよける。

 ——冷や汗が、流れた。

 あの一撃。あの、神速の一撃。とんでもない破壊力を秘めた、一撃。


 ——読めなければ、死んでいた!


「ったく、冗談じゃないわよ。私、近接戦闘苦手なのにィィィ——ッッッ!?」
 呟いた途端、反対の爪が来た。
 一瞬、反応が、遅れる。


 ——まずい、死ぬ!


 少しでも軌道をそらそうと、とっさにリクシアは手にした杖を、受けの形に構えた。

 爪は、当たらなかった。が、しかし。




 ——杖が。




 リクシアの、愛用の、杖が。





 魔物の攻撃を受け、真っ二つに折れていた。





「ああっ、もうっ!」

 いらついたようにリクシアは叫んだ。
 両の手には、折れて短くなった杖が、一本ずつ。
「こんなのでどうやって戦えばいいのッ!」
 攻撃回避の手段も、また一つ減った。
 赤い瞳が彼女を見る。狂ったような声が鼓膜に響く。

 リクシアは怒りにまかせて杖を投げ捨て、内からこみあげてきた力に任せて、右手を横に広げた。

 サアアッと、巻き起こる風と光。

 気がつけば、その手には。
 新しい杖が握られていた。

 リクシアは、不敵に微笑んだ。


「大丈夫、戦える」


 今のはきっと私の力。この杖は光と風でできている。
 新しい杖で地面を突いた。トンという音。確かな感触。
 幻ではない、実体のある杖。





「大丈夫よ、戦えるわ!」





 フェロンの口癖を叫び、杖を構えて。
 今度は自分から突っ込んだ。
 魔物はその動きに驚いて、よけようとするが。
 リクシアは、そうはさせなかった。
 手で杖を滑らせて、反対の先で一撃。
 杖を手でくるりと回し、通常の先端で二撃。
 最後にもう一度、手で杖を滑らせて、三撃。
 合計三つの攻撃をして、地を蹴ってまた、跳びすさる。

 ——風が、巻き起こった。

 杖で突いたところから、現れた小さな竜巻が。
 魔物の皮を裂いた。

 ——光が、降り注いだ。

 杖で突いたところから。現れた小さな光球が。
 魔物の皮を焼いた。

「グアウ……グアアアウウウウウウウウウウ!」
 痛みにもがく、赤い魔物。狂った瞳にさらに狂気が宿る。

 リクシアの新しい杖は、光と風でできている。
 魔法を使う暇はなくても。魔法による反撃は、できるんだ。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!!!」

 理性をなくし、知性をなくし。魔物に成り果てた天使は、わからない。
 なぜ、こうも全身が痛むのか。
 わからないからとりあえず殺る。殺ってしまえば痛みがなくなる。
 本気でそう思っていたから。
 再三再四の愚かな突撃を、繰り返した。

「だから、無駄だって、リルフェリア!」

 ひらりとよけて、また反撃。一撃、二撃、三撃、戻る。
 同じことの繰り返し。だけどそれでもわからない。

 戦況はリクシアに味方しているが、体力のないリクシアが、どれだけ保つことか。

「いい加減に目覚めなさいッ!」

 理性の回復を願って叫ぶが。どうせ無理だと分かっていた。
(私は彼女の一番じゃないから。私じゃ彼女を起こせないんだ)
 彼女の一番は死んでしまったから。その死によって、彼女は魔物になった。

 それでも、呼びかけることは忘れないんだ。
 あの名前を出せば、心を動かしてくれるだろうか——。

 疲労に足がもつれる。地に散らばった臓物に、足が滑る。転ぶ。それを好機と見て、迫りくる紅蓮の悪夢。


 ——死にたくない!


 だから、賭けた。ある名前に。

 彼女の一番の相棒の名前に。















「リルフェリアッッッ! あなたがそんなになって、アルフェリオが喜ぶと思うのッッッ!!!!!」















 アルフェリオ。彼女の相棒。双子の兄。彼女の片割れ。


 その言葉を聞き、一瞬だけ固まった、リルフェリア=モンスター。









 ——それで、充分だった。









「はぁぁぁぁぁああああああああああああああッッッッッ!!!!!!!!!!」





 リクシアは、迷わなかった。





 己の思いを。抱いた感情を。すべて乗せて。





 勢いよく立ちあがり、その杖の先を。リルフェリア=モンスターに。













 ——突き刺した。













「グアアアアアアウウウウウウウアアアァァァァァアァァアアッッッッッッ!!!!!」

 悲鳴のような咆哮を上げて。

 
 くずおれるように倒れ伏す、紅蓮の悪夢。

 
 その身体が、異形の身体が。変わっていく。






 ——美しい、赤い天使の姿に。






「リルフェリアッッッ!」


 叫び駆け寄り抱き起こす。


 その身体は、血に染まっていた。





 ——知っているんだ、知っているんだよ、魔物を元に戻す方法を。





 でも、現在知られているその唯一の方法は、あまりにも悲しくて。
 相手の死でしか。相手が致命傷を負うことでしか。魔物は元には戻らないなんて。
 なんて嫌な世界なんだろう。世界なんて、消えてしまえ。


「リ……クシ……ア……」


 口元から血を流し。紅蓮の悪夢、否、赤い天使は、すまなそうな顔をした。


「ごめん……あた……し……」


 謝ろうとした彼女を、ぎゅうっと抱きしめて。ううんとリクシアは首を振った。


「謝らなくていいわッ! あなたは……あなたは、よくやったもの……!」


 たとえ、惨めな結末でも。あなたは私を助けてくれた。


 善意だけで。純粋な善意だけで、助けてくれた……!


 それだけで、いい。それ以上は、望まないから。



 言わせて、欲しいんだ。



「ありがとう、リルフェリア。ありがとう、赤い天使。私はあなたに出会えて、とってもとっても、幸せだった……!」



 だから、もう。謝らなくて、いいんだよ、リル。


 彼女の血まみれの身体を抱きしめて、死の国へと送る言葉を、言う。










「 — — — — 安 心 し て 、 眠 っ て ね — — — — ! ! ! ! ! ! 」










 その言葉を聞いて、彼女は満面の笑みを浮かべた。


「わかっ……た……。これで……あた……しは……ま……た……会え……る……?」


 大好きな、双子の片割れに。
 先に逝ってしまった、青藍の天使に。




「アル…………」




 小さく、夢見るようにつぶやいて。


 こうして、彼女の命の灯は消えた。


 大切な存在を失って。絶望から魔物になって、殺されて。


 リクシア達を助けなければ、こうも悲劇的な結末には、ならなったのに。


 リクシアは、天を仰いで、つぶやいた。


「……リルフェリア」


 今はもう亡き、命の恩人を、想って。













「私は……あなたの悪夢を……終わらせることができたかしら————?」













 リクシアの両の瞳から、熱いものが流れだした。


 止まらない、止まらない、止まらない。いくら目をしばたたいても。いくら手で拭おうとも。終わらない、終わらない、終わらない、この悪夢が。悪夢から成る悲しみの輪廻が。それがもたらす身近な悲劇が。


 彼女を泣かせた。これでもかとばかりに、涙を流させた。


「こんな……こんな、こんな、こんな、結末ッッッ!」


 一体誰が望んだだろうか。一体誰が願っただろうか。


 物言わぬ骸(むくろ)を強く抱いて。リクシアは幸せを願った。


 もう、二度とこんな悲劇が起こらないように。魔物になる人がいなくなるように——。


 パリーン。


 澄んだ音を立てて、リクシアの新しい杖が割れた。それを見て、苦く笑った。


「そっかぁ……そもそもが、魔法の産物だもんね」


 新しい杖を調達しなきゃぁ。悲しみに凪いだ心で、そう思った。


「じゃあ、みんなを起こそっか」


 虚ろな声で、そう言って。


 立ち上がろうと、したけれど。


 戦いに疲弊した足は、今や身体を支えることはできなかった。


 リルフェリアの骸の上に、重なるようにして倒れ込んだ。


「……リクシア、休んでいーい……?」

 
 疲れたように笑って、目を閉じようとした。


 矢先。





「——なんだ、これは!?」





 目覚めた誰かの、呆然とした声。



「…………面倒くさいなぁ、もう」


 リクシアはつぶやいて、気だるげに、上に向かってその手を振った。


 現れたのは、光の球だ。


「伝えて……全部」


 願うように口にして。


 リクシアは。小さな英雄は。


 眠りに落ちた——。


  ◆


「——なんだ、これは?」


 目覚めたフェロンは、握っていたはずのリクシアの手がないことに驚き、次いで、町の惨状に目を丸くした。
「これは一体どういうことだ! リア? リア! どこにいる!」
 不思議と傷は癒えていて、なぜか身体が軽かった。

 その先で、見た。




 ——折り重なるように倒れている、リクシアとリルフェリアの姿を——。




「リアッ!」

 あわてて駆け出そうとした鼻先に、何かが触れる。


 ——光の球。


 一目でリクシアが生み出したとわかるそれは、誘うように揺れていた。
「……触れろということか——?」
 いぶかしげに首を傾げて。恐る恐る球に触れた。


 そして、彼は見た。


 彼は、知った。









 ————リクシアの見聞きした、あの悪夢の全貌を。








 アルフェリオの死から始まる、悲しみの物語を。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ……どーも、藍蓮です。こっちではハッピーエンド案もあったのですが、展開を見て没にしました。ハッピーエンドにしちゃうと、物語が一気に終盤に突入しそうな感じだったので、この物語をまだ続けるためにも、キャラクター達には申し訳ないですが、またまたバッドエンドになりました。
 (自分で書いといて言うのもなんだが)バッドエンド続くと、気が重くなりますねぇ。次こそは少しはマシな展開にしたいものですハイ。

 破壊された町、失われた命。この事件は一体、どのような結末を迎えるのか——。
 次の話をお待ち下さい……。

※ 下手くそながら、リクシアの絵を描いてみました。URLから飛べます。良かったらご覧ください。