ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ 1 心の魔物 Ep34 予想外の大捕り物 ( No.37 )
日時: 2017/08/24 22:17
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=610.png

 新章突入です!
 そうそう。五章終了を記念して極北の天使たちの絵を描きましたので、よかったらURLから飛んでみて下さいな〜。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「ぐるぐるぐるっと。はい、おしまい」
「そんな簡単に済むんだ……」
 最初からこうしとけばよかったわ、とグラエキアが苦笑いした。
 エルヴァインは、首をかしげて彼女を見た。
「……殺さないのか?」
「いいえ?」
 グラエキアは、どこか悟ったような眼をした。
「人は心を食われたら魔物になる。そうなった人間を殺すのが私たちの使命。でもね——」
 その瞳が見る方向は、はるか北。
「あの人たちが、教えてくれたのよ」
 花の都、フロイラインを目指すあの人たちが。
 正義感ばっかり強いリクシア率いる、あの人たちが。
「殺すだけじゃないって。殺すばかりじゃいけないって」
 だから今、こうして。
「帰ってきたら、きっと驚くわよ?」
 グラエキアが、己の漆黒の鎖で捕えた「それ」に、目を向けた。
 エルヴァインは、呆れたように溜め息をついた。
「……君も、とんだ大捕り物をやるよね」
 鎖につながれたそれは——

  ◆

 ——帰りは、簡単だった。

 行きみたいに、手探りの道じゃない。それでも二月はかかった。
 春に始まった旅。しかしいつの間にか、もう9月だ。秋に入った。

「もう秋なのね。早いね」
 思わずつぶやいたら。
「そしてもうすぐ冬だ。リュークが帰省して大騒ぎしたのは、去年のことだったか」
 フェロンは遠い日を見る目になった。
 秋だ、もう秋だ。季節は春から夏を経て秋へ。少しずつ移ろっていった。
「もうすぐ、着くわね」
 見慣れた道を見て、リクシアは微笑んだ。
 エルヴァインやグラエキアは。一体何をしているかしら。

  ◆

「たっだいまー!」
 始まりの町、アロームに着いて。リクシアは懐かしい空気を胸一杯に吸い込んだ。
 極北の澄み渡った空気も好きだけれど。やっぱりこの町が一番だ。
 もっとも、彼女の故郷と言える町は、リュクシオン=モンスターに滅ぼされてしまったけれど。だから今は、この町が故郷だ。
「再会したとき……僕はボロボロだった。覚えているか?」
 フェロンが問えば。リクシアはうんとうなずいた。
「私、すっごく心配して、薬を買いに走ったのよね」
 
  ◆

 話しながらも宿に着く。
 ルードさんの経営する、「歌うウグイス亭」だ。
 ドアを開けたら、変わらない店主が。
「らっしゃーせー。……って、ぇ、リクシュアさんにフェローンさん!」
「リクシュアじゃないから。何その泡だってそうな名前」
「……そんな雑魚っぽい名前になった覚えはないんだけど」
 苦笑いしながらも店へと入る。どうやらこの店主は、人の名前をわざと間違えて呼ぶことがあるらしい。
「そうですそうですお客さん!」
 ルードは相変わらず騒がしい。
「聞きましたか? 聞いてないっすよね?」
「だから、なぁに?」
 彼は、目をまん丸にして、叫ぶように言ったのだ。










「あの『非業の魔物』、リュクシオン=モンスターが、捕まったんすよ!」










  ◆


 彼の案内に従って、ある家に行く。
 そこは石造りで、そこそこ居心地がよさそうだった。
 そこにいたのは。
「遅かったわね」
 相変わらずのグラエキアと。
「二人足りないな」
 いつもの調子を取り戻した、エルヴァインと。

 そして。










 ——漆黒の鎖の檻に囚われた、リュクシオン=モンスターが、いた。










「え、えぇぇぇぇぇえええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!?」

 思わず悲鳴をあげてしまったのも、仕方のないことだろう。

「ちょ、ちょっとちょっとちょっと待ってお兄ちゃん!?」
「リア、落ち着け」
「いやいやいや、こんな状況で落ち着いているフェロンの方がおかしいよ!?」
「さーわーぐーな」
「そんなの無理でしょ! ちょちょちょちょ、グラエキアエルヴァイン! い、いいいいいいい一体、一体何をぅ!?」
「落ち着かなきゃ話せないでしょーが」
「いやややいやいやその前に説明を!」
 グラエキアは溜め息をついた。

「あなたたちみたいに、なろうとしただけよ」

 鎖の檻に囚われた、魔物をじっと見つめる。
「あなたたちは甘い。甘いのよ。吐き気がするくらいに激甘だわ」
 その言葉にショックを受けたリクシアは置いておいて。
「でもね、うらやましかったのよ。なんのてらいもなく、夢物語を語れるあなたたちが。どこまでも未来を信じられる、曇りなき瞳が。だから」
 偽善者を気取ってみたのよ、と自嘲するように笑った。
「私たちはリュクシオン=モンスターにその日、遭遇した。でもね、エルヴァインが急に言ったのよ」

 ——殺すことではなく、捕らえることはできるか、と——。

「……僕は「ゼロ」だった時、あなたに殺されなかったから、今ここにいるんだ」
 エルヴァインが、静かに割り込んだ。
 それにうなずきながらも、グラエキアは続ける。
「そして気づいたの。もう一つの可能性にね。だからやってみたわ。私の漆黒の鎖を伸ばして。彼を捕えようと試みた。始めは弾かれたけど、何回かやるうちにコツがつかめた。その結果、」
 こうなった、と、檻の中のリュクシオン=モンスターを指差した。

 ……成程、納得した。

 正直、ここを離れていた時期が長いので、とっくにリュクシオン=モンスターは討伐されているだろうと、想ってさえいた。そして時々落ち込む彼女を、いつもフェロンが励ましてくれた。

 そして今、知った事実。





 ——生きていた。




 兄は、殺されずに、生きていた!

 そのことをグラエキアらに感謝しつつも。
 気になって、尋ねてみる。
「ね、近寄ってもいい?」
「ほどほどにね。具体的には、その机よりも前に行くと危険よ」
 グラエキアは、手で、自分たちとリュクシオン=モンスターの間にある机を、指し示した。
 よく見ると、その手には。細い小さな漆黒の鎖が、幾重にも巻きついているのが見えた。
 その視線に気づいて、グラエキアは手を軽く持ち上げる。
「ああ、これ? 制御用。念のためですけどね。だから私は、あまり遠くまで行けないの」
 魔物を殺さぬ代償に。彼女は好きに歩く自由を失った。
 その手の鎖と、檻の中の魔物。それはしっかりとつながっているから。
「……グラエキア」
「謝る必要なんてないわ。私はそもそも外出が嫌い。必要な物は、エルに買ってもらっていますもの。ちっとも不自由じゃなくってよ」
 それより、あなた、と彼女はリクシアを睨んだ。
「あんなに長く留守にしていたんだ。情報の一つや二つ、つかめたでしょう? 『花の都』に行ったのならば」
 その言葉に、リクシアは一瞬、声を詰まらせた。
 その様を見て。
「……何か、あったのね?」
 グラエキアが、慎重に訊いた。
 話して御覧なさい、と彼女は言う。
「言えば楽になることだってある。それに私だって知りたいのよ、あなたたちの旅の記録を。大丈夫よ、時間はたっぷりありますわ」
 
 リクシアはうなずいた。
 胸元に提げた、血に汚れた青い羽根を。ギュッと握りしめる。



 ——アルフェリオの、唯一の遺品を。


 リクシアは、大きく息を吸った。





「旅の途中、『偽りの女神』ヴィーナに出会ったの。それでね——」





 『偽りの女神』ヴィーナ。
 すべては、彼女の襲撃を受けたところから始まった——。


「長い、長い物語よ。しっかり聞いてね」


 語られたのは、極北の地の物語。



 ——赤の天使と、青の天使の。強い絆から生まれた悲劇の物語——。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 どーも、藍蓮です。
 
 新章開始しました。今回は、ちょっとドタバタな楽しい雰囲気からお送りします。
 章のタイトルも内容も決めていますが、今のところは動乱の「ど」の字もありませんねー。まぁ、今回は再会編ですし。次回もどうなるかはわかりませんが。

 グラエキアとエルヴァインを同時に出すと、口数の多いグラエキアばっかりが目立ってしまいます。申し訳程度にエルヴァインの台詞も入れてはいますが。頑張れエルヴァイン、君も主役だ(笑)

 こんな穏やか展開なので、次回予告はあえて避けますが。
 これからもよろしくお願いいたします。


※ 文字数は3300文字ですよう。
  最近記録したくなりましたー。

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep35 緋色の逃亡者 ( No.38 )
日時: 2017/08/25 21:40
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「……こんな物語が、極北の地にあったの」

 そう、リクシアは締めくくった。
 話すうちに、流れだした涙。
 きっと自分は、このことを思い出すたびに、涙を流すのだろう。
「……そんな、ことが……」
 グラエキアは、驚いたように目を瞠った。
「悪いわね、詰問するみたいな口調で訊いちゃって」
 リクシアはううんと首を振る。袖で涙をぬぐいながらも、
「気にしてないから」
 そう、答えた。
 それを見て、
「袖で涙をふくんじゃない。汚れるだろう。ほら、これ」
 呆れたように、フェロンがハンカチを差し出してきた。リクシアは礼を言ってそれを受け取り、流れた涙を拭きとった。
「要は」
 と、これまで黙っていたエルヴァインが、口を挟む。
「また、全てやり直しなのか?」
「……そういうことになるわ。でも、旅は、無駄じゃなかったよ?」
 たくさんの人に出会って、友達になれた。それだけで、無駄じゃない。
「……そうか」
 理解したように、エルヴァインがつぶやいた。
「長い旅だったんだな」
「そうよ。あ、そうそう。そちらはその間、一体何をしていたの? そもそもこの家は——」
 リクシアがそう、言いかけた、


 ——時だった。



 石造りの家に、不意に誰かが転がり込んできたのは。





「済まないが、追われている! 匿ってくれないかッ!」





 突如現れた赤毛の少年が、そんなことを言いながらもあわてたように辺りを見回した。
 
 しかし、この石の家に。人が隠れられそうな場所などなかった。 

 グラエキアはため息をつく。

「見えないようにするだけだから、動かないで」

 言って、能力である漆黒の鎖を少年に伸ばした。
 少年は身を固くしたが、構わず彼女は少年をぐるぐる巻きにする。


「……不可視の黒鎖(インヴィシブル・チェイン)」


 そう、彼女がつぶやけば。一瞬でその姿が見えなくなった。
「すごい、すごーい! そんなこともできるんだ!」
 リクシアが思わず声を上げれば。
「五か月もあれば上達するのも必至でしょ」
 と、軽く返した。
 
 そこへ。

「話すな。たぶん、そいつの追手らしき声が聞こえた」
 あたりを警戒しながらも、フェロンがそっと、剣に手をかけた。
「誰だか知らんが助けた命だ。最後まで守らせていただこう」
「了解。私はグラエキアを守るね? だってグラエキア、そんなに動けないじゃん」
 リクシアがさりげなくその隣に立てば。
「お人好しは相変わらずのようね……」
 グラエキアが、リュクシオン=モンスターの檻に鎖をかけ、見えないようにした。
 その様を見て、エルヴァインが忠告しようと口を開ける。
「下手に警戒すると勘付かれるぞ。普通に話——」





「やぁやぁ皆様方。そこに赤いドブネズミが、紛れ込んできませんでしたかね?」






 突如、ドアが開け放たれて。
 入ってきた、紳士風の男。
 とっさのことに、リクシアは対応できない。
 エルヴァインが進み出た。
「赤いドブネズミ? 生憎と、僕らは知らない。どんな見た目だ?」
 その問いに、男はいやらしい笑みを浮かべて答える。
「その髪は血を浴びたような鮮やかな赤! その瞳は、深い闇の深淵を見たような濁った青! 薄汚い見た目をした、人を人とも思えぬような悪魔ですぞ。忌み子なのですぞ! 私はそれを捕らえに来たのです! 知っているなら情報をいただきたいものですな!」
 その言葉を聞き。エルヴァインの瞳に、暗い炎が一瞬だけ、宿ったのが見えた。
 彼は感情を押し殺して、言った。


「……時戻しのオ=クロックって、知っているか?」
「は? いきなりなんのことですかな」
「要は」
 彼の手が、一瞬で剣の柄に伸びて。








「——腐りきった貴様の時を、純粋だった赤ん坊の時まで戻してもらえと、言っているんだ!」







 次の瞬間。
 神速で繰り出された抜き打ちが。
 男の鳩尾に見事に当たって。
 男はがくりと崩れ落ちた。

 リクシアは悲鳴を上げる。
「殺したのッ!?」
「いいや、気絶させただけだ」
 淡々と言う、口調が怖い。
 彼は男を、腐ったゴミでも見るような眼で見た。
「忌み子忌み子と……。そう呼ばれた者の気持ちも知らないで……」
 怖いです、エルヴァインさん。
「まぁとりあえず」
 場面を仕切るかのように、グラエキアが手を打ち合わせた。
 その動きに従って、見えぬ鎖がほどけていく。
 そこから現れた少年を、見た。
「よかったら、教えてくれるかしら?」
 あなたは一体何者なのか。
 しかし、少年は首を振った。
「助けてくれて感謝する。この礼は、いつか必ず」
 言うなり、一気に駆け出して。
 その場から、風のようにいなくなった。
「……あの人、怪我してた」
 リクシアはぽつりとつぶやいた。
 走り方が、少し不自然だったのだ。
「私、とても心配……」
 名乗らず消えた、苛烈な瞳の。
 赤い少年。
 一体彼は何者なのか。
 なぜ、あんな奴に追われているのか。
 なぜ、あんな怪我を負っていたのか。
 邂逅は一瞬のことで、何一つわからなかった。
「……とりあえず、消えた奴は置いておくとして」
 フェロンが、どうしたもんかと気絶した男を見た。

「こいつ、どうするんだ?」


  ◆


 後日。気絶した男は外国人だったことが判明し、不正入国疑惑で国外に送り返された。
 しかし、男の送り返された国の名は、リクシア達を戦慄させるに足る国の名だった。





 その国の名は、ローヴァンディア。
 この国バルチェスターの、東に位置する国。
 その国は。










 —— 一年前の春。ウィンチェバル王国を侵略して壊滅したはずの、武力で以て世界に名をとどろかす、脅威の大帝国だった——。










 ローヴァンディア。悪夢の亡霊が、現れた。
 動乱の時は、近い。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep36 帝国の魔の手 ( No.39 )
日時: 2017/08/26 21:50
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

  ◆

「アル!」

 その声に、赤い髪の少年は振り返った。
 視線の先には、橙色の髪の少年。
「こっちだ、こっちへ逃げろ!」
 その少年は、アルと呼ばれた少年の腕を、大きく引っ張った。
「強引で済まない!」
 そして、ある家の中へと転がり込んだ。
 アルと呼ばれた少年は、橙色の髪の少年の名を、小さく口にした。

「……アリオン」

「無事でよかった」
「……無事ではないが、な」
 言って、彼は右脚にそっと触れた。そこからはまだ真新しい血が、流れだしている。
 彼は纏っていた衣服を細く裂いて、包帯代わりにして傷口に巻きつける。
 それを見て、アリオンが、心配そうに尋ねた。
「……また、怪我したのか?」
「仕方ないだろう、追われていたんだ。運よく匿ってくれた人がいたが……」
 赤い少年は、首をひねった。
 奇妙な鎖使いと、燃える瞳の銀剣士。
 そして白い髪の少女と、顔の半分に大怪我を負った少年。
 不思議な取り合わせだなと思った。
「……アル?」
「悪い。考え事をしていただけだ。で、なぜお前がここにいる」
「帰ってこないから心配してな」
「お前よりもクルールの方が適任だったろうに」
「だって俺、相棒じゃん」
 笑うその瞳には、何の屈託もない。
 赤い少年は溜め息をついた。
「みんなはいつものところにいるんだな?」
「状況が落ち着いたら行こうぜ」
 言って手を差し出すアリオンを。鬱陶しそうに追い払う。
「これくらい、大したことない。手を借りずとも動けるぞ? この足で、ずっと走ってきたんだ」
 払って彼は、暗闇を見つめる。
「……嫌な予感がする……」

  ◆

 この頃空気がピリピリしている。なぜか皆、殺気立っている。
 グラエキアとエルヴァインの石造りの部屋に、木を削る音と話し声が響いた。
 ちなみに今いるのはリクシアとフェロン、グラエキアの三人だけで、エルヴァインは鎖のせいで動けないグラエキアのために、買い物に出ている。

「ローヴァンディアかぁ……」
 呟くリクシアの声の合間を。
 シャッシャッシャ。木を削る音が通り過ぎる。
「ねぇ、フェロン。どう思う?」
「何が?」
 木を削りながらも、彼は眼を上げずにそう返した。
 一本の細くて長い木の棒が、少しずつ形を整えられて、何かになっていく。
 リクシアは、疑問を口にした。
「この国も、攻めてくるのかなぁ。いつしか、ウィンチェバルを攻めた時みたいに」
 この国バルチェスターは、ウィンチェバルほどではないが、栄えている国である。それが今まで攻めてこられなかったのは、国の有する強大な防衛力のおかげだ。
 この国にやってきてからもう、五月は過ぎる。
 そこはもはや、リクシアにとって。新しい居場所となっていた。
 
 さあな、とフェロンは返す。
「わからない。しかし、奴がローヴァンディアからの間者となると……。もしかしたら、戦争が起こるのかもしれない」
「でも、主力軍は壊滅したはずだよ? 兄さんが、滅ぼし、て……」
 あの喪失感を思い出し、リクシアはぎゅっと唇を噛んだ。
 そこへ。
「ちょっといいかしら?」
 グラエキアが話に割り込んだ。
 その手には、相変わらずの黒き鎖が、まるでアクセサリーのように巻きつけられている。その鎖は、檻の中のリュクシオン=モンスターを縛る鎖であり、同時に彼女自身の自由をも縛る、諸刃の縛鎖(ばくさ)である。
 彼女はそんなことは一切気にしていないように、言った。
「私、エルヴァインに手伝ってもらって、少し調べたのよ。で、ある噂を聞いたの」
 ヴィーカを覚えているかしら、と彼女は尋ねた。
「ほら、私たちが始めて共闘した町。信仰によって災厄が引き起こされ、町全体が魔物化した町」
 リクシアはうなずいた。
「あの戦いで、エルヴァインが私たちを助けてくれたのよね? でも、自分たちが逃げるのが精いっぱいで、とてもじゃないけど、魔物をすべて狩ることはできなかった……」
「その通り。でも、今ヴィーカに行って御覧なさい。町はもぬけの殻よ」
「え? それってつまり、どういうこと? 魔物化した人々は、どこへ行っちゃったの?」
「あくまでも私の仮説にすぎないけれど。……目撃者もいたみたいだし」
 彼女はそう、前置きした。
 木を削っていたフェロンも。つとその手を止め、耳を澄ませた。
 グラエキアは、言った。















「ローヴァンディア、あの帝国は。魔物を兵士として、使っているらしいわ」















「…………ええっ!?」

 リクシアは悲鳴を上げた。魔物が兵士? あの、理性も知性も何も失った、魔物が兵士!?
「ありえないわ! 魔物は誰にだって制御できない……!」
「できるらしいわよ、何らかの方法で」
 グラエキアが、無情な言葉を紡いだ。
「商人が見たことがあるんだって。ローヴァンディアを、兵士とともに闊歩する、魔物の姿を。でも、それなら矛盾が発生しないのよ。消えた、魔物化した町人たち。魔物の兵士。ヴィーカの魔物は兵士にされた。だから町からいなくなった。……筋は通るでしょう?」
「あり得ないわ……」
 リクシアは思わず頭を抱えた。
 魔物は誰にだって操れない。それが、常識だったのに。
 だからこそ、人は恐れた。心を食われ、魔物になることを。

 ——なのに。

 ローヴァンディアは、魔物を操る技術がある? ならば、魔物化した兄さんは——

「大丈夫よ」
 リクシアの心を読んだかのように、グラエキアが微笑んだ。
「この鎖がある限り。あなたの兄さんには、指一本触れさせないわ」
「……ありがとう」
 戦争になるな、とフェロンがつぶやいた。
「これはまずい事態だ。魔物を操れるとなれば、戦場に出た兵士を待ちうける家族も」
 戦争があれば人が死ぬ。人が死ねば、その親しい人は魔物になる可能性がある。そしてその人が魔物になったことに絶望した他の人々も——という風に、魔物化は連鎖的に起こる。
 魔物は本来なら戦争中の両陣営にとっての脅威だが、それを操れるとなれば。

 フェロンのこめかみを、汗が伝う。


「……泣くなよ、リア」


 この先は地獄だ。
 彼は、そう言うので精一杯だった。
「……わかった」
 リクシアは硬い表情でうなずいた。
 これはあくまでも私のだした仮説にすぎないけれど、とグラエキアは石の天井を仰ぐ。
「でも、こうしないと筋が通らない……。私、今まで自分の立てた仮説には自信があったけれど。……こんなにも、外れてほしいと思ったことは初めてよ」
 しかし、それを嘘だと言える、確証はなくて。
 重くなった空気。
 それを、崩すように。

「ほら」

 フェロンが、先ほどまで削っていた木の棒を、リクシアに放り投げた。反射的にリクシアはそれを受け取る。
「フェロン、これって……」

 リクシアが受け取ったそれは、一本の杖だった。前の杖はリルフェリア戦で折ってしまったから、しばらくリクシアは杖無しだった。



「折ったと聞いたから、作り直した。……今度こそ、折るなよ?」



 前の杖を作ってくれたのもフェロンだった。それを思うと、いつもフェロンに迷惑かけっぱなしだな、と済まない気持ちが湧きあがってくる。
「ごめん……ありがとう」
「謝ることじゃない。でも、これならば戦えるだろう。魔力のこもったイチイの枝だ」
 それを受け取って。リクシアは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「大丈夫よ、戦える」

 その言葉を聞いて、フェロンはにやりと笑った。
「その意気だ」

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 どーも、藍蓮です。

 ようやく章のタイトルらしくなってきた36話です。序盤に出てきた赤髪の少年たちも気になるところですねー。赤髪の少年については、あえて通称のみにして本名を明かしてはいませんが。彼らは一体何なのか? 物語は続きます。

 グラエキアの立てた驚愕の仮説! 暗躍する少年たちと、迫る帝国の魔の手!
 次の話に請うご期待!

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep37 絡み合う思惑 ( No.40 )
日時: 2017/08/27 14:31
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=612.png

 グラエキアの絵を描きました。それなりの自信作です。
 URL貼りましたので、良かったら見ていってくださいな。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 エルヴァインは、町を歩いていた。
 
 グラエキアに頼まれた、買い物をするためだ。
「なになに……ああ、食材調達か」
 渡されたメモを見直して。
「そう言えば、あの家に住み始めてからもう三月か……」
 そんなことを呟いた。
 
 あの石造りの家は、最初は空き家だった。そのころは、自分たちも、意味もない放浪はやめて、「拠点」を作るべきだという結論に達した。
 しかし、空き家になって随分経つその家は、人が住めるようになるまでにはかなりの時間が要りそうだった。
 ちょうどその頃、魔物がこの町を襲ってきた。エルヴァインは、いともたやすくそれらを撃退し、町長から報酬をいただくことになった。そこで彼は提案した。
『あの家を住めるような状態にしてほしい』
 そしてその提案は受け入れられ、現在にいたる。
 その次の月にグラエキアによってリュクシオン=モンスターは確保され、町に平和が訪れた。

「っと、そんなことより……」
 彼は手元のメモを見る。グラエキアの繊細で流麗な文字で、必要事項のみが書いてある。
「小麦と卵とバター……。このあたりにあったはずだな」
 呟いて、路地を曲がった、時。



 長年培ってきた戦闘の勘が、



「——ッ!」


 危険を察知して、


 彼を後ろに跳びすさらせた。
 彼が一瞬前までいた場所に、ぎらりと凶悪に光る刃が突き出された。
 一瞬、彼のこめかみを汗が伝った。


「……何者だ」


 抑えた声で、闇に問うた。
 すると、現れたのは。


「今度こそ、逃しませんよ? 借りは返させていただきます」


 先日、彼がぶちのめした、ローヴァンディアの男だった。

 生憎と、今日は剣を持ってきていない。
 失態だ。

 彼は思わず苦笑いした。
 これまで剣で戦ってきた自分に、無手で戦えと?
 しかし、それでも彼は不敵に笑った。

  
 忌み子の力を呼び覚まし、己の身体に闇を纏う。
 死ぬよりはマシだ。生き延びてやる。苦しみがその後に待っていても。
 

 吹きあがる闇が、力を与える。
 その手に握られたのは、闇で作られた剣。


「……忌み子……」


 呟いた男に。
 彼は、渾身の一閃を叩き込んだ。



  ◆



 ——ローヴァンディア、王宮——。



「時が来た」


 ローヴァンディア皇帝ヴォルラスは、そう重々しく呟いた。
「今こそ、我が国土を広げるときが! アロン、『部隊』の用意はできたのだろうな?」
「はっ、陛下」
 皇帝の言葉に、アロンと呼ばれた暗赤色の髪の男はひざまずく。
「宣戦布告ならいつでも。我が部隊は、準備万端でございます」
「ならやれ」
 
 皇帝は、命じる。
 世界に、宣言する。










「ローヴァンディアは、只今より! 軍の矛先をバルチェスターに定める! これを以て、宣戦布告と成す!」










 避けられない、戦争が。
 悲劇しか生まない、戦争が。

 開戦の火蓋を、切った。


  ◆


「エルヴァイン、遅いわね」
「確かに遅いね。何か……あったのかな?」
「僕が捜しに行っても構わないが。……って、珍しい。剣を忘れているな」
「行かないでもらいたいものだわ。エルヴァインは心配ですけど……。あなたがいなくなったら、誰が近接戦闘をやるの?」
「私、棒術の心得があるよ?」
「止せ、リア。新しい杖をまた折るつもりか」
「折らないよ?」
「可能性があるからやめろと言っているんだ!」
「……喧嘩はやめてくれないかしら?」

 彼女たちは、まだ知らない。
 事態は既に、動きだしてしまったことを。
 仲間の帰りを待つだけの、彼女たちは、知らない。

 戦争は、すでに始まっていることを——。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 話が急展開になってきた……。

 どーも、藍蓮です。
 今回は割と短めです。2000字未満って、最近は珍しい……。
 揺れる王国バルチェスター。宣戦布告を受け、物語はどう進むのか。

 次の話に、請うご期待!

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep38 再会は暗い家で ( No.41 )
日時: 2017/08/28 17:14
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 エルヴァイン編。
 リクシア達は出てきませんが。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「これを取れ!」

 戦っている最中、不意に声がして。
 エルヴァインは、反射的に、飛んできたものをつかみ取った。

 ——それは、一振りの剣だった。

「誰だか知らんが礼を言う!」
 応え、闇でできた剣を投げ捨てた。
 身体中から、闇が収束していく。
 この力は、使わないに越したことはない。
 彼を助けた人物は、それをわかっていたのだろうか?
 否、それはないだろうなと内心で首を振る。

 ——とにかく、助かった。

 剣を持ったエルヴァインに、負けの二文字はあり得ない。
 今度こそとどめを差してやろうと、その剣を構えた。

 男は剣の飛んできた方向を見て、舌打ちする。
 エルヴァインにもちらりと見えた、橙の髪。
「……なるほど、非国民ですか」
 言うなり男は、その方向へと駆け出そうとする。
 その進路をふさぐように、エルヴァインが立った。

「……行かせるか」

「邪魔しないでいただきたい。私はごみを処分するだけ」
「生憎と。助けてくれた人を見殺しにするほど、僕は人間やめてない」
 エルヴァインが男を睨むと、男は小さくため息をついて。
「……次こそ、あなたの命をいただきます」
 そう、捨てゼリフを残して、いなくなった。

 途端、這い上がる闇。
 彼は思わず膝をついた。
 投げ捨てられた闇の剣から、闇が触手のように伸びてくる。
「……消えろ」
 念じたが、それは消えない。
 這い上がる痛み。食われる感触。
「——消えろッ!」

「……あんた、大丈夫か?」
 と。先ほどの橙が、彼に駆け寄って、立ち上がれるように手を伸ばした。
 それを見て、気づいたかのように、エルヴァインは剣を返す。
「……助かった。が」
 疑問に思うことがあるのだ。

 ——わが身。

 闇に冒された醜いわが身を。見ても驚かないのか。
「……あんたは、僕を化け物と、呼ばないんだな」
「助けてくれたんだし、当然だろう? 恩人を忘れるなってアルが言ってた」
「……助けた? 僕が?」
 エルヴァインは首をかしげた。見たことのない顔だ。
 橙の少年はあわてて首を振り、違う俺じゃないと否定した。
「赤い少年! アル! あんたが助けてくれたんだろう?」
「……ああ。あいつ、か」
 思い出して、小さく呟いた。
 何かに追われているみたいだった、苛烈な瞳の赤い少年。
「あんたは……あいつの、仲間か」
「そうだぜ? 俺たちはレジスタンスなんだ」
「……レジスタンス?」
 何かに反抗する組織の総称だ。
 そういえば、あの男が「非国民」とかぬかしていたか。
「よかったら、拠点に招待したいんだがな。……立てるか?」
 手を差し出す。エルヴァインはそれに掴まり、なんとか立ち上がった。
 闇は収束していったが、一部、左腕に残った闇が、痛みで彼を苛んだ。
「……大丈夫か? 具合悪そうだぞ?」
 心配そうに訊く橙の少年に。
「……いつものことだからな」
 軽く返して。
「しばらくこれを借りたいが、いいか?」
 放られた剣を指して訊ねた。
「いいぜ? 実は俺、剣じゃなくて飛び道具専門なんだ。剣はまぁ……護身のためだな。全然使えないけどな。ところで、あんたは腕利きなのか? というか、良かったら名前を教えてもらえないか? 俺はアリオン。あんたは?」

 名乗るべき名は、一つしか持っていない。



「エルヴァイン・ウィンチェバル。ウィンチェバル王国一の剣士だ」



 国が滅んでも。その名乗りは変わらない。

 ウィンチェバルの名を聞いて一瞬、アリオンの顔が暗くなったのは気のせいだろうか?
「ま、とにかく。拠点に行こうぜ。案内してやる。あと……具合が悪くなったらすぐに、言うんだぞ?」
 心配症だなと思いつつも。彼はアリオンについて行った。
 本来の目的は、頭から抜けてしまっていた。

  ◆

 コンコン。ある、何の変哲もない家のドアを、アリオンが叩いた。
 コン……コンコン! コンコン! コン。リズムを刻むみたいに、独特に。
 中から暗い声が聞こえた。
「合言葉は?」
「抗うは平和のために」
「……アリオンか、入れ」
 ただいまー、と声をかけて、気楽に彼は中へ入っていく。
 一瞬逡巡したが、そのあとにエルヴァインも続く。
「……邪魔をする」

 
 その途端。


 神速で首に突き付けられた剣。
 炎のように赤い髪が、宙を舞った。


「……貴様、どこから入った」


 首に剣を突き付けられて。一瞬、エルヴァインは息を詰まらせた。


 その後ろから。


「俺が連れてきたんだよ、恩人さん。困ってたから、助けて、それで」
 

 橙色のアリオンが、困ったように頭を掻いた。
 その言葉を聞いて、赤い少年は剣を引いた。
「勝手な行動をするなと、言っているだろう」
 呆れたように溜め息をついて。少し足を引きずりながらも、扉を閉めた。
 そこまでして、ようやく中の様子をうかがう暇ができた。
 薄暗い屋内の人間は、主に少年少女で構成されていた。
「紹介する、恩人」
 赤い少年はそう言って、不敵に笑ったのだった。













「ようこそ、『反戦派』拠点へ。僕は『反戦派』リーダーのアルヴァト。恩人であるあなたを歓迎する」













 それが、物語の鍵を握る少年とエルヴァインとの、出会いだった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 明かされた「赤い少年」の名。謎のレジスタンス。
 物語は続きます。

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep39 悪辣な罠に絡む意図 ( No.42 )
日時: 2017/08/28 18:46
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

  ◆

「ねぇ、やっぱり心配だから」

 グラエキアが、口を開いた。
 エルヴァインは、あれからずっと、戻っていない。
 彼が買い物ごときで、こんなに時間を取るはずがないのに。
「フェロンはここにいてもらうことにする。だからあなた、行ってくれない?」
 指名されたのはリクシアだ。それが一番合理的に思える。
 リクシアはうなずいた。
「わかった、私、探してくる!」
 フェロンの作ってくれた杖を持って。
 本当は、エルヴァインの忘れた剣も持って行きたかったけれど……。悲しいかな、非力な魔導士は、剣みたいに重い物を、そう簡単には持てないのだった。
「じゃ、みんなはここで待っていてね!」
 リクシアは外へ飛び出した。
 グラエキアはその様を眺めながらも、忌々しげに、自分の手に巻きついた鎖を見た。
 その先につながるは、リュクシオン=モンスター。
 これがある限り。彼女は仲間を助けに行けない。
 本当は、自分が行きたいのに。
「ああっ、もうっ!」
 苛立ってその鎖を引っ張れば。魔物が抗議の声を上げた。
「落ち着け、アリアンロッド」
 フェロンが静かな声で彼女をなだめる。
「リクシアならうまくやるさ。今は信じるしかない」
「……そう、よね……」
 グラエキアは、エルヴァインよ無事であれと、静かに願った。


  ◆


 アルヴァトと名乗った赤い少年は、エルヴァインに話した。。

「ローヴァンディアは、戦争を起こそうとしている。それに抗うために結成された組織が、僕ら『反戦部隊』だ」
 ここはその拠点の一つ、だという。
「僕が追われていた理由は簡単……。あの国では、戦争を否定する人間は罪人に等しい。だから、迫害から逃れ、それでも戦争の被害を何とかしたかった僕らは、この国バルチェスターに流れついた」
「で、今はこうして、隠れながらもなんとか暮らしつつ、ローヴァンディアの動向を探っているってわけ」
 アリオンが会話に割り込んだ。
「アルヴァト様が生きておられて、ようございました」
 安堵の息をついたのは、白髪の混じり始めた初老の男性。
 彼は胸に手を当て、きっちりとお辞儀をした。。
「紹介いたしましょう。私はクルール。『指導者』アルヴァトの、補佐を務める者であります。以降、お見知り置き下さい」
 エルヴァインは、軽く会釈してそれに返した。

 場所は、何の変哲もない家。
 アリオンによって連れてこられた、『反戦部隊』の拠点の一つ。
 買い物の途中、あの男に襲われて、アリオンが剣を投げてくれたことで、事なきを得た。
 エルヴァインは、用事を思い出した。
 単刀直入に聞く。
「で? 概要は理解した。僕に何の用だ? こちらも暇ではない」
「承知の上だ。忠告と、警告を」
「それを先に言え」
「悪かったか?」
「暇ではないと言っているだろう」
 その、どこまでも他者を拒絶する態度に。自分に似たようなものを感じながらも。アルヴァトは口を開く。










「……ローヴァンディアがバルチェスターに宣戦布告した話を、知っているか?」










 ……エルヴァインは、驚かなかった。
 それはまだ、あまり巷間(こうかん)に流布していない話なのに。

 彼は、落ち着ききった口調で問うた。
「……それが?」
「驚かないのか?」
「予測できたことだろう。で、忠告と、警告とは」
 その淡々とした態度を、鏡を見るような気持で眺めながらも。
 仲間である『諜報のララ』が聞いた話を、アルヴァトは話す。






「ローヴァンディアとは、関わるな」






「……理由は」
「あれは大きな戦争になる。あんたら、ここの国民じゃないだろう」
 それは、彼が『ウィンチェバル』を名乗った時点で、割れていた話。
「それがどうした」
「関係ないのなら、逃げろ」

 その、親切からなる言葉を。
 エルヴァインは、冷笑でもって返した。

「逃げるなんてお笑い草だね、馬鹿なことを」

 言って、席を立ちあがる。今度こそ剣をアリオンに返す。
「それが忠告だというのならば解りきっていることだし、余計だったな」
「……警告は、聞かないのか」
「聞いておくか。何だ」
「……ローヴァンディアは、魔物を軍に組み込んでいるらしい」
 返答に、つと、間があった。
「……地獄や逆境なんて、歓迎してやるさ」
 世話になった、助けてくれて感謝する。
 言って、彼は足早に『拠点』を出た。
 頭の中には様々な考えがぐるぐるしていたが、とりあえずは当初の目的を果たそうと、小麦とバターと卵を買いに、町を歩いた。


  ◆


「エルヴァイン〜?」

 町を歩きながらも、リクシアは首をかしげる。
 小麦とバターと卵の通りに出た。ここに、いないはずがないのに。
「どこ行ったの? グラエキア、心配してる」
 きょろきょろしながら歩く彼女。





 — — — — そ の 、 口 を 。





「 ! ? 」













「騒ぐと殺すぞ! 俺に従え!」













 不意に、何者かが押さえつけて。
 抵抗もできず、驚愕に目を瞠るリクシア。

 彼女を押さえつけた男は、獰猛に笑った。


「お前を利用して、『反戦部隊』の一味をあぶりだす」


 だから、大人しくしてろよ——。
 言って、男は彼女を殴り、気絶させて。
 持ってきた大きな麻袋に詰めて、町の外に出る。
 そこには一頭の馬が、とめてあった。
「おりゃっ!」
 男はそれに、担いだリクシアごと飛び乗ると、片手で手綱を操作して、町からぐんぐん離れていく。
(小娘にゃ悪ィが、これは仕事なもんでね)
 出した手紙に、思いを馳せる。
(今頃、あの石の家のお嬢ちゃんは。どんな顔をしているかねぇ)
 そんなことを思いながらも。

 かくしてリクシアは、拉致された。


  ◆


「悪い、グライア。襲われて」
「遅い!」

 買い物を終えて帰ってきたエルヴァインを、グラエキアは大きく怒鳴りつけた。
「一体どこで油を売っていたのよ! あなたがもう少し早く帰っていれば……!」
 その手に握られていたのは、一通の手紙。
 見れば、フェロンもいなくて。
「……何が、あった?」
 嫌な予感を感じて、問うてみれば。





 彼女は彼の頬を、女の細腕で目いっぱい張った。





 バチーン! 鋭い音。華奢なエルヴァインは、その衝撃で、吹っ飛ばされこそしなかったが、思わず倒れた。





 グラエキアは、泣いていた。





「……リクシアが、誘拐されたの」





 くしゃくしゃになった手紙を、彼の前にバンと広げる。


「明後日の明朝殺すから、その前に『アルヴァト』を差し出せと。『アルヴァト』って誰? わからない人を差し出せと言われたって……。だからフェロンは、『埒があかない』って言って、ここに書かれた場所に単騎で飛び出したわ。動けない私は、何もできない……」


 エルヴァインには、わかった。この『アルヴァト』が、誰を指すか。


 そして、その手段の悪辣さに、はらわたが煮えくりかえるような思いがした。













「ローヴァンディアのクズどもがッ!」













 ——その背に。何もないのにいきなり、黒い闇が噴き出した。





「……エルヴァイン?」





 グラエキアの心配げな瞳に、押し殺した声で、彼は語りだす。


 机の上に忘れてあった剣を、腰に身につけて。


「……僕は決して、くだらないことで油を売っていたわけじゃないんだ」


 そして、気づく。今日、あの男が自分を見逃したのは、意図的なことだったのだと。


 ——そこまで、『反戦部隊』が、憎いか。


 吹きあがる闇と黒い感情を落ち着かせ。彼はできる限り静かに、冷静に。起きたことを語りだした。


「あれは、買い物をしようと町を歩いていた時のことだ。不意に殺気を感じて……」


 このことを話したら。アルヴァトは。自分によく似た赤い指導者は。どんな反応をするだろうか。やはり静かに怒るだろうか。


 けれど、わかっていることが一つある。

 アルヴァトは。鏡写しの自分は。自分なら。
 この事態を傍観なんて絶対にしない。十中八九、自ら死地に出向くであろうことを。
 そもそもがここに逃げ込んだ彼の責任ならば。彼は自ら、その責を負おうとするだろう。——自分なら、間違いなくそうする。
 そうすれば、きっとリクシアは助かるだろう。しかしアルヴァトが無事であるという保証はどこにもない。だが、彼を頼らなければ、リクシアが殺されるのは必至だろう。……世の中、甘くないのだ。

 そして、エルヴァインが、アルヴァトかリクシア、どちらを選ぶかと聞かれれば、彼は絶対にリクシアを選ぶ。彼女は「ゼロ」だった自分を元に戻してくれた、恩人だから。
 それに、単騎で突撃したというフェロンのこともある。彼は普段は冷静だが、妹のように可愛がっていたリクシアに異変が起きたことで、完全に激怒して見境がなくなってしまったようだ。こっちも救出対象だろうか?

 それでも。

 アルヴァトの、苛烈な瞳が脳裏に浮かんだ。
 決して折れない、不羈(ふき)の瞳。
 宿り激しく燃え上がる闘志。
 自分とよく似た、鏡写しの「赤色」。

 失いたくはない人間だが、失うように選択せざるを得ない現状を憎み、悔しがって。
 物語を語りながらも。エルヴァインは腰の剣を、皮膚が白くなるまで固く、握りしめるのだった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 動乱の一話です。

 明かされたレジスタンスの物語、さらわれた少女……。
 メインメンバーが入れ替わり、次は一体どう続くのか。
 陰で糸引く帝国、ローヴァンディアの真意とは!? 始まった戦争の行方は?

 不穏さ漂う39話。
 40話に、ご期待下さい……。

カラミティ・ハーツ 1 心の魔物 Ep40 鏡写しの赤と青 ( No.43 )
日時: 2017/08/29 02:23
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 主人公が消えたので、必然的にエルヴァイン視点で書くことになります。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「……話は理解したわ。でも……」

 グラエキアは、不安そうに、自分を縛る鎖を見た。
「私だって自己防衛くらいはできるわよ。でも、あなたやフェロンみたいな『戦士の勘』みたいなのはないから、不意打ちへの対応は正直言って微妙ね……。不安を感じるのは、おかしいかしら?」
 いつも堂々としていたグラエキアだけれど。今の彼女は少し、泣き出しそうだった。不安に怯えた、年相応の女の子みたいだった。
 エルヴァインは、そんな彼女の白い手に触れて、言った。
「大丈夫だ、すぐ帰る」
 と、言いたいところなんだが……と、彼は言いよどんだ。
「……こうなった以上、僕もリクシア救出の一味に加わろうと思う。しかし、君を一人にはしない。僕じゃないけど……それに、うまく交渉できるかわからないけど……。『反戦部隊』から何人か、そちらの護衛に回るよう頼んでみる」

「私だって戦いたい!」

 珍しく、グラエキアがわがままを言った。
「ヴィーカでは思う存分戦えたわ。でも……今の私ではただの足手まとい。そんなのは嫌よ。……この鎖さえなければ……」

「外すなよ、グライア」

 エルヴァインが、彼女に対しては珍しく、鋭い声で言った。
「外してその魔物を野に解き放つくらいなら、いっそのこと、殺してしまえ」
「…………わかってる」
「一体どうした? グライアらしくないぞ」
「……無力な自分が、嫌いなだけよ」
 呟いて。その口元に、いつもの笑みを刷いた。
 強気で勝ち気で。奥に鋭い知性の宿る顔。
 その顔の奥に、沢山の感情を隠して。

「行ってらっしゃい、ルヴァイン」

 彼を、彼の名の由来となった、新月の神の名で呼んだ。
 それに、笑って。

「行ってくる、シャライン」

 グラエキアを、彼女の長い名に隠された、満月の神の名で呼んだ。

 この悪辣な罠を。
 絶対に破壊してみせる。


  ◆


 記憶力には自信がある。
 だって、あのグラエキアの長すぎる名前を、覚えられたくらいだから。

 そして今、彼は。あの家の前にいる。
 ノックをしようと扉へ向かった。

 コン……コンコン! コンコン! コン。

 独特なノック方法で、彼は扉をたたいた。
 この複雑なのックは招かれざる客対策なのだろう。この通りにノックして入らない人間は、殺される可能性だってありそうだ。自分ならそうする。

「合言葉は?」
「エルヴァイン・ウィンチェバル」

 ここはあえて変えて言った。
 しばらく返答に間があったが、やがて。
「……入れ」
 返答があった。
 失礼する、と声をかけて。彼は家へと入る。

「で? 何の用だ。そちらの用事はすんだのか?」
 少し不機嫌そうに、アルヴァトが問うた。
 ああ、と彼は答える。
「そこで問題が発生したんだ。そっち絡みのことだよ」
 アルヴァトの目が、つと細くなる。
「……貴様、僕たちの話をもらしたりはしていないだろうな」
「そう思われたのは心外だな?」
「で、用件は」
「リクシア……あの白い少女がさらわれた」
「……それで?」
「『アルヴァト』を指定した場所に明後日の明朝までに連れてこなければ、彼女は殺されるようだ」
「だから?」

 エルヴァインは、頭を下げた。

「協力してほしい。あんたに死ねと言っているわけではな……」
「断る」

 彼はあっさりと否定した。

「自分のせいであんたたちが巻き込まれたのは認める。だがな、僕の命は。見ず知らずの誰かにあげられるほど、安くはないんだ」

 エルヴァインは、自分の愚かさに気づいた。
 確かに彼は鏡写しかもしれないが、自分と何もかもが完全に同じということは、あり得ない。彼は赤の他人だ。不思議な運命のめぐりあわせでただ偶然出会っただけの、赤の他人なのだ。……エルヴァインとまったく同じ考え方なんて、するはずがない。

 やはり、自分も単騎で乗り込むしかないのか。先に行った、フェロンのように。
 しかし、それでも浮かぶ笑み。


「……上等だ、逆境がどうした。そんなもの……乗り越えればいいだけの話だろう」


 地獄も逆境も苦難も。これまで数多、乗り越えてきたのだから。
 今回も、これまでと同じようにすればいだけで。

「邪魔したな」

 覚悟を決めて、立ち去ろうとした。
 その背中に。





「……なら、おれが行くッスよ?」





 声を掛ける、人物。
 暗闇の中、浮かびあがったのは。

 赤髪青目。




 ——もう一人の、アルヴァトだった——。





「いや、違うって。おれアルヴァトじゃないッス」

 彼はあわててそう笑った。
 アルヴァトが、ものすごい形相で彼を睨んだ。
「……勝手に出てくるな貴様」
「だってリーダー、無責任っつーか、人でなしっつーか」
「何だと?」
 助けてあげりゃーいーじゃん、と彼は陽気に笑った。
「あんたならできるだろーって。あんたの作戦なら、誰も死なずにできるだろーって、おれ、信じてたんスよ。でも、あんたがあまりに冷淡なんで、我慢できなくって出てきちゃったんス」
 陽気なもう一人のアルヴァトは、呆然としたまま固まっているエルヴァインに、握手を求めるかのようにその手を差し出した。
「おれ、ダルキアス。ダルクって呼んで欲しいッス。アルヴァトとは他人の空似なんだけど、外見そっくりだから時々影武者やってんの。だから、『行く』って言ったわけッスよ」
 エルヴァインはその手を握り、なるほどとうなずいた。
 しかし。外見は確かにそっくりだが、中身までも騙せるものかな?

 その疑問を先取りするように。

「ウォッホン! 僕はアルヴァト、『指導者』であ〜る!」

 ……ナニモノカの真似をしはじめた。

 馬鹿か? こいつ馬鹿か? これのどこがアルヴァトなんだ?
 彼と鏡写しであることを半ば自覚しているエルヴァインにとって、この演技はあんまりだと思った。ある意味エルヴァインを馬鹿にしている。

 その様を見て、アルヴァトは呆れたように溜め息をついた。

「……わかった、協力してやる。ただし、勘違いはするな。僕はあんたのために彼女を助けるわけじゃない。半分は自分のためもあるし……。僕が行かないと言い出したら、この馬鹿、本気でそのまま行っちゃいそうだしな」
「百も承知だ」
 エルヴァインは、強くうなずいた。
「ところで頼みたいことがある」
「……今度は何?」
「あの石の家に、訳あって親友の少女を残している。……悪いが、近接戦闘が得意な奴を、彼女の護衛として置いてもらいたいが、構わないか?」
「……身の程知らずって知ってるか?」
「状況が状況だろう?」
「僕は人材派遣屋じゃないぜ」
「臨機応変な対応を望むね」
「……仕方ない、鏡。付き合ってやる。……いっそ、地獄の果てまで、な」
 苦笑いして、肩をすくめて。
「リューノス!」
 闇に向かって、声をかけた。すると。
「……話、理解した。僕が行けばいいの……?」
 真っ白な髪と真っ白な瞳を持つ、腰に茶色のポーチを提げた、華奢な印象の少年が現れた。
 それを見て。
「……近接戦闘要員と、僕は言ったが?」
 エルヴァインが、呆れたような声を上げた。
 その言葉に、リューノスと呼ばれた少年は、感情の読めない顔で答えた。
「僕……戦える。僕……珍しい、爪使いなんだ」
 言って。彼はポーチから、一組の鉄の爪を取り出した。
 ……若干不安要素はあるが。アルヴァトが言うなら大丈夫なのだろう。彼は信頼できる。
「リュー、行ってきてくれ。場所はわかるな? ……では」
 彼がそのまま家を出るのを確認すると、アルヴァトは不敵に笑った。





「作戦会議といこうじゃないか」





  ◆





 バルチェスター、王宮——。



「——せ、せせんせんせん宣戦布告ゥ!?」



「うん、落ち着こうか宰相(笑顔)」

 宣戦布告に揺れる城内。バルチェスター王エルーフェンは、大騒ぎを始めた宰相をなだめていた。
「いやいやいやいや!? 落ち着ける訳がないでしょう!? だってあああのローヴァンディアですぞ!? あの帝国が攻めてきたのですぞ!?」
「いいから落ち着こうか(二回目)」

「うるさすぎて困るんですけどもー」

 その横で。王と瓜二つの見た目の女が、呆れたようにつぶやいた。
 王の双子の妹である、エルーシェンである。
「正直そんなのどーでも良くなーい? 兄様、こんな宰相なんてほっといて」
「うん、そうしようかエルーシェン(笑顔)」

 ……常識人の宰相は、苦労人でもあった。

「……へ、陛下!? 姫殿下!? ちょ、ちょっと、ちょっとお待ちくだされぇぇぇえええええええええええええ!」
「逃げようか、エルーシェン」
「宰相面倒くさいから嫌いですわー」
 追いかける宰相。逃げる双子王族。
 王宮は、戦時中でも平和だった。


 しかし、追いかけるだけの宰相は知らない。


(さてさてついに動き出したねぇ。鬼が出るか蛇が出るか……。こりゃぁ、大仕事だ)
(不穏なうわさが飛び交っているみたいですの。至急真実を確認いたしますわ)





 ……うつけうつけとさんざん罵られたこの双子は。





 ——決して、ただの馬鹿ではあり得なかったことを。





(王たるもの!)
(常に民のことを考え、流される涙を一滴でも減らす! でしたわね)
(動向を見て、それから)
(反撃開始ですわ。黙って見ていて?)





 双子王族も、動き出す。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 どーも、藍蓮です。
 
 エルヴァインとアルヴァトの掛け合い書くの楽しかった……!
 鏡写しの赤と青。そっくりな二人が話すと、台詞ばっかりの応酬が続くわ……。
 『赤と青』って、「極北の天使たち」の双子天使とかぶっているような気がしますけれど……。偶然です、気にしないでください。

 なんか場面展開が微妙なので、下手に次回予告はしませんけれども。
 ……次の話に、請うご期待!

カラミティ・ハーツ 1 心の魔物 Ep41 進むべき道 ( No.44 )
日時: 2017/08/29 22:41
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 場面が錯綜します。ご注意を。
 また、内容が上手く浮かばなかったため、この話は下手くそです。
 ……ご了承ください。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

  ◆

「はあっ、はあっ!」


 ——フェロンは、走っていた。



 ……そして、かつてないほどに怒っていた。



(ローヴァンディア……あの帝国がッ!)


 卑怯な手段で、幼馴染の少女を奪われた。
 その方法を知った時、これまで常に彼を律していた枷(かせ)が、一気に弾け飛んだ。
(『アルヴァト』? 知るかそんなの! とにかく僕は——!)
 救わなければならない。幼馴染のあの少女を。
(アリアンロッドは動けないみたいだしな……)
 手紙に書かれていた場所を。馬を借りて、必死で目指して。

 そんな彼は、知らない。知るはずがない。





 その先に、さらに罠があった、なんて、ね。





  ◆





「で? 作戦会議と大口叩いたんだ、何か策はあるのか?」

 エルヴァインが、暗い瞳でアルヴァトを睨んだ。いや? と彼は首を振る。
「いきなり策なんてあるわけがない。……まずは、座れ」
 彼は、そこらに置いてある椅子の一つを指した。
 エルヴァインは、仏頂面でそこに座る。
「状況を整理しようか」
 言って、アルヴァトは暗い部屋に、大きなランプをともした。

 そうして初めて、浮かびあがる部屋の全容。

 そこは、居間のようだった。大きくて広い。幾つもの小机があり、中央には大きな机がある。壁には作りつけらしい本棚があり、そこから本がごまんとあふれている。
 そして。
 居間のような大きな部屋には。沢山の椅子が所狭しと並んでいて、その多くに人が腰かけていた。そのほとんどが少年少女だった。
「紹介する。我らが『反戦部隊』のメンバーだ」
 アルヴァトがそちらの方を見ると。皆、それぞれの方法で一礼した。
「生憎と一人一人紹介している暇はない。とりあえず……手紙には何と?」
 アルヴァトが問うた。こうなることを予期していたから、エルヴァインは、そのまま手紙を彼に突き出した。
 そこには。

【石の家の住民へ
 お嬢ちゃんは捕えた。明後日の明朝、処刑する。返してもらいたくば『アルヴァト』を差し出せ。ヴィーカの廃墟でそちらを待つ。
                                  誘拐犯】
 
 とあった。

 エルヴァインが怒るのは、アルヴァトを潰すためだけに、赤の他人まで巻き込まれたこと。そしてその相手が、リクシアだったこと。

 それを見るなり、アルヴァトは言った。
「そう言えば、人数指定はないな?」
「確かにないな……。だが、ぞろぞろ引き連れていっても、警戒されるだけだと思うぞ?」
「わかっている。僕が連れていくのは二人だけ……。一人はあんただ、エルヴァイン。もう一人は……」
 アルヴァトは、力強く微笑んだ。

「お前だ、アリオン」

「え? 選んでくれるわけ?」
「相棒だろう?」
 というわけで、と彼は話を締めくくった。
「作戦会議とは呼べないような代物だったが、メンバーはこれで行きたいところ」
 あっさり決まったそれに、エルヴァインは反論する。
「そんな少人数でいいのか?」
「精鋭ぞろいだ。あんたも頼る」
「単騎で来いとか言われたら?」
「自分で事態を切り抜ける。あんたほどではないかもしれないが……。剣はそれなりにできるからな」
「このメンバーで、例の場所へ?」
「不満か?」
「いいや?」
 エルヴァインは、暗く笑った。
「十分だ」


  ◆


「……あなたが、グラエキア……?」
「そうよ? ということは、あなたが『反戦部隊』の子?」

 石の家では。グラエキアが、新しい客人を迎えていた。

「僕は……リューノス。爪使い……」
「よろしくね、リューノス」
「よろしく……」

 リューノスは手に鎖を巻きつけたグラエキアと、それにつながる鎖で編まれた檻の中にいる魔物とを不思議そうに見比べたが、余計な詮索はしなかった。

「とりあえず、護衛」
「任せるわね」

 グラエキアは、天を仰いだ。
(早くこの事態が終わればいいのに……)

 しかし、そう簡単には。終わるはずがなくて。





 グゥゥウァァァアォォォオオオオオオオオオオオオ!





 平和だったこの町に。
 魔物の咆哮がとどろいた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 どーも、藍蓮です。

 今回はグラエキア編にしようと思ったのに、下手に作戦会議を入れてしまったせいで、ただいま駄文量産中です。すみません。

 罠があるとは知らず、リクシアのためにひた走る半貌の剣士。
 進むべき道の決まった、鏡写しの赤と青。
 ほっとしたのもつかの間、新たな脅威に立ち向かう漆黒の鎖。

 それぞれの物語はどう進むのか?
 ……次の話をご期待下さい。

カラミティ・ハーツ 1 心の魔物 Ep42 想い宿すは純黒の ( No.45 )
日時: 2017/08/30 15:20
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)


※ 閲覧数400記念の短編は、話が浮かばないのでとりあえずは保留にします。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 グゥゥウァァァアォォォオオオオオオオオオオオオ!



 轟いた咆哮。
 一つではない。
 幾つも、幾つも。
 魔物の、咆哮。

 ——戦争が、はじまった!?

 はっとなり、グラエキアは辺りを見回した。
「リューノス!」
「わかってる。でも、他の人は、守れないから」
 言って、リューノスはポーチから一組の爪を取り出し、それぞれの手にはめた。

 石の家。その扉が。ミシッと軋んだ。

「来る!」
「言われなくたって!」
 叫び、リューノスは飛び出した。
 轟音を上げて扉がはじけ飛び、木製のそれは木屑になる。
 現れたのは、優に人の身長の倍は越えそうな魔物。
 それが、白い少年に跳びかかった。

「……ッ!」

 グラエキアは唇を噛む。
 本当は今すぐ援護したいところだが、今の戦場は狭すぎて。
 彼女が黒の鎖を撃っても。それは魔物でなく、リューノスに当たる可能性の方が高い。

 それでなくても、町のあちこちで上がる悲鳴。

 戦争だ、侵略だ! そんな声が各地でして。
 グラエキアなら、まだ被害を食い止められるかもしれないのに。
 つながった鎖。リュクシオン=モンスターと、自分を縛る鎖が。
 彼女の自由を阻害する。

 目の端で。戦う少年が、魔物の腕の人薙ぎで、大きく吹っ飛ばされたのを見た。助けるために駆け寄ろうとするが、鎖の長さが微妙に足りない。吹っ飛ばされた少年は、それでもその爪を構えて敵を迎え撃つ態勢。しかしこのままでは勝ち目がない。

 彼は決して。弱いわけではなかった。
 しかし。フェロンやエルヴァインには、まだまだ劣る。

 瞬間、うつろだった少年の瞳に鋭い光が宿り。身につけた爪が身体と一体化した——かのように見えたが。





(嫌よ嫌ッ! 無力なまんまの自分なんて! 誰も助けられないままなんて! 私は違った! 私はこんなに——こんなに弱くなんて、なかったんだッッッ!!!!!)







 グラエキアの方が、早かった。







「打ち砕け!」


 駆け寄って。伸ばされた鎖が。


 魔物の身体を、がんじがらめに縛りあげた。


 そこまで、行けなかったはずなのに。


 振り返れば。檻と自分とをつなぐ鎖が、切れていた。


「あ…………」


 呟いたが。リュクシオン=モンスターに、動きはなくて。


 見ると。漆黒の鎖が。










 ——グラエキアの操作なしで、勝手にうごめいて、リュクシオン=モンスターを拘束していたのだった——。









 ——つかんだ。


 ひそかな確信を持って、彼女は心の中で快哉(かいさい)を上げる。
 これまで自分を縛っていた鎖。それの、完全な制御法を。

「……グラエキア……?」


 リューノスの、困惑した声に。


 いつもの不敵な笑みを浮かべ、答えた。


「……戦えるわ」


 先ほどまでリューノスを襲っていた魔物を。何の躊躇もなく絞め殺して。


「私、戦える! だから、行きましょ! 他の魔物を駆除するのよ!」


 うん、と少年はうなずいて、立ち上がる。
 その足が少し、ふらついた。
「大丈夫? 怪我したの?」
「……なんてことない」
 その足で、しっかりと立って。
 縛めから解放されたグラエキアに、首をかしげて問うた。

「……救世主気取りの、始まり?」

 その言葉に、グラエキアは思わず吹き出した。
 言い得て妙だ、救世主気取りとは。攫われたあの子の専売特許じゃなかったのか?
 笑って、外へ歩き出しながらも。
 グラエキアは答えた。










「私たちで、この町(せかい)を救うのよ」











 鎖は鎖で勝手に動く。
 切り離したって、問題ない。
 自分の想いが。自分の力が。
 仮令この場を離れても。
 あの魔物を。リュクシオン=モンスターを。
 縛ってくれるから。

 ——自由に動ける!


  ◆


「行くぞ、あの廃墟に」

 アルヴァトの号令によって、リクシア救出隊三人は、午後の町を行く。
 この町で一晩待ってもよかったが、救出は早い方がいいというエルヴァインの案を採用したのだ。
 メンバーは、赤のアルヴァト、橙のアリオン、


 ——そして、青のエルヴァイン。


 アルヴァトとアリオンは、巻き込んでしまったことへの責任を果たすため。
 エルヴァインは、恩人に恩を返すため。
 それぞれの理由は違ったが。目指す目的は同じだった。
 町で馬を借り、そのまま駆ける。


 ——この町が魔物の集団に襲われるのは。それからわずか、四半刻後——。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 う〜ん、本当はもう少し長引くはずだったのですが。


 藍蓮です。今回はグラエキア編をお送りします。
 
 目覚めた新たなる力。動き出す救出部隊。
 ヴィーカの廃墟で、何が起こる?

 次回の話に請うご期待!

Re: カラミティ・ハーツ 1 心の魔物 ( No.46 )
日時: 2017/08/31 03:03
名前: アンクルデス (ID: jtgLtval)

お疲れ様です^^

グラエキアさんの鎖って本人から切り離しても操作できるんですか?

色々と便利な能力ですね!

オリキャラ投稿のほうもありがとうございます!!

カラミティ・ハーツ 1 心の魔物 Ep43 それぞれの戦い ( No.47 )
日時: 2017/08/31 16:11
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 >>46
 いえいえ。そういうの、楽しいので!
 返信はリク・依頼掲示板の方に載せましたよー。
 素晴らしい企画をありがとうございます!

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「こんなものね」

 グラエキアの鎖は、魔物を見つけるたびに魔物をがんじがらめにとらえていく。それにリューノスがとどめを刺していく。とどめを刺された魔物は人間になるが……。今更そんなこと、気にしていられない。

 そうやって、魔物を倒すうち。
 リューノスを呼ぶ声があった。

「リュー!」

 そこにいたのは赤い髪の——アルヴァト? いや、違う。

「……ダルク」
 
 グラエキアはまだ知らないが、彼はアルヴァトの影武者、ダルキアスだった。
「この人だれ?」
「ダルキアス。アルヴァトの影武者……」
 グラエキアの質問に、相変わらずなリューノスが答えた。

「へぇ、あんたがグラエキア!」

 ダルキアスと紹介された、赤髪の少年は無邪気に笑った。

「よろしくッス!」
「ええ」

 とは言ったものの。いつしかのヴィーカ戦ほどではないが、数が多い。軽く十は下らない量だ。本当なら、自分はこの魔物たちすべて倒し終わらなければ次へ行ってはならないのだろうが……。
 先へ行っただろうエルヴァインや、勝手に飛び出したフェロンや、さらわれたリクシアのことが頭から離れない。

 ——あの人たちに出会う前なら、こんなことにはならなかったのに!

 そんな動揺を知ってか知らずか。ダルキアスが陽気に笑った。
「気になるんなら、おれたち置いて先へ行けば?」
「でも……」
「おれはただの脳筋で馬鹿で役立たずだから、アルのところ行っても邪魔だから、アルを案じても行かないッスけど。あんたなら頭よさそうだし、鎖? それもめっちゃ便利じゃん? だからあんたが行けばいいッスよ。あんたが鎖で縛ってくれたおかげで、後は簡単ッス!」

 行け行けゴーゴーと、その背中を押した。
 駄目押しをするかのように、リューノスがつぶやいた。

「……仲間一人救えないで、救世主なんてあり得ない」

 その言葉に、強く笑った。


「じゃあ、後は任せたわ。……行ってくる」


 鎖の先端で、背後を狙った魔物の胸を、貫きながらも。
 石の家に残したリュクシオン=モンスターを若干案じながらも。
 エルヴァインを——大切な仲間を、ただ想って。

 グラエキアは、駆け出した。


  ◆


 ——落ちた。


 そう気づいた時には、もうすでに遅くて。
 彼の身体は大きく放り出され、そのまま大地に叩きつけられた。
「うぐぅッ!」
 思わずうめき、上を見た。
 かなり大きな落とし穴だ。

「……嵌められた、か」

 あらかじめ。自分がここに来ることが、予想されていたようだ。
 しかも、それだけではなくて。

「何……だと……」

 その周りには、何十体もの魔物がいて。
 でも、ちっとも動かなくって。

 上から慇懃な声が聞こえた。


「ごきげんよう、緑の戦士」


「誰だ貴様はッ!」
 フェロンは、逆光で見えない穴の上を、睨んだ。
 声は大げさに笑った。
「おやおや、いきなりそんなに敵愾心むき出しにしなくても。しっかり料理して差し上げますよ」
 その声は、聞き覚えがあった。
 あの日。あの逃亡者を救った日。赤髪の彼を追いかけていた男の声だ。
「……あの時の」
「覚えてらっしゃいましたか。それはそれは嬉しい限り」
「……リクシアを返せ」
「ああ、あの少女のことですか? 返しますよ、『アルヴァト』さえ来れば、ね」
「だからそいつは誰だッ!」

「わかる前に、あなたは死にます」

 行って、男は。口笛を吹いた。
 すると、動かなくなった魔物たちが、動き出す。


 ——フェロンを引き裂くために。


「貴様ァッ!」
 
 叫び、腰から片手剣を引き抜いた。
 男は笑った。
「さあ、我らが研究の集大成。魔物の軍隊、モンストル=アーミーの実力を、とくとその身で味わいなさい。うまくいけば、皇帝陛下にお知らせして、たっぷり報酬でもいただきましょうか、ね」
 言って、彼は哄笑しながらも、その場を後にした。

 魔物たちの真紅の瞳が、半貌のフェロンを睨みつける。
 フェロンはかつての記憶を思い起こし、己の身体から内なる力を呼び寄せた。





「我こそは! 殺人剣のF!」





 リクシアと再開する前。そう呼ばれ、狂ったように戦いを求めていた自分。
 思い出したくもない、半貌になった理由。
 しかし、あの日の自分は、強かったから。
 生き残るために、生き延びるために!

 絶望的な戦いの中に、自ら飛び込んだ。


  ◆


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 どーも、藍蓮です。

 最近は2000文字に届かない話が多くて、色々と悩んでおります。
 今回も例にもよって短編となってしまいましたが、皆さん、どうでしたか?
 次もしくは次の次くらいに、決戦になりそうな予感がします。
 
 立ち上がったグラエキア、罠に嵌められたフェロン。
 物語の行方は——?

 次の話に、請うご期待!

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep44 魔物使いのゲーム ( No.48 )
日時: 2017/09/01 12:07
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 拙作、「夜明けの演者」が、小説大会ダークファンタジー部門で次点を頂いたようです。
 皆様、ありがとうございました!

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ——嫌な、予感が、した。


 エルヴァインは、一気に馬を駆けさせる。

「ウィンチェバル、何のつもりだ!」
「いやいやいや、置いてくとかそりゃないぜ!」

 そのあとを追う、赤色と橙。

 昔っから、勘は鋭かったエルヴァイン。
 彼に巣食う、闇が言うのだ。

 ——早くたどりつかなければ、手遅れになるぞ——。

 脳裏に浮かぶは緑の戦士。
 一人で勝手に先行した彼。

 エルヴァインは、走る。馬の許す最高速度で。


 そして、たどり着いた先で、見た——。


  ◆


「フェロン!」


 地面に開いた、大きな落とし穴。
 その中に群がる幾十もの魔物たち。
 それに揉まれ、時々見え隠れする茶色の髪は——。


「アルヴァト! この場は任せたッ!」


 本来の自分ならば。リクシアに出会う前の自分ならば。
 こんな、自己犠牲的な真似なんて、しなかったのに。

 でも、今は違うから。
 リクシアに出会い、フェロンに出会い。天使と悪魔、フィオルとアーヴェイに出会い。

 ——遠い昔、グラエキアに出会い。


 変わったと、言いきれる。変われたと、言いきれる!


 吹きだす闇さえ力に変えて。
 彼は魔物群がる穴に、自らひらりと躍り込んだ。


  ◆


「死ぬ気かッ!」

 その様を見て、思わずアルヴァトが叫んだが。
 死にたがりは放っておいて。
 やらなければならないことがある。

「アルヴァトだ。少女を返せ」

 その言葉を聞き、男はうなずいた。
「返しますよ、もちろん」
 彼は背中に、麻袋を背負っていた。
 それを大地に、勢い良く放り出す。
「……そこに、彼女が?」
「生きてますからご安心を」
 その言葉に、嫌な予感が、した。
 嫌な予感しか、しなかった。
 アルヴァトは、恐る恐る袋の口を開け、中にいた少女を引っ張りだした。

 そこにいたのは——。















 身体の至る所から血を流し、今にも死にそうに、辛うじて息をしているだけの、少女だった——。















 アルヴァトの中で、何かが切れたような音がした。
 苛烈な瞳に燃える炎は、近づくだけで火傷しそうだ。

 男は、笑うのだった。





「私の魔物たちが欲求不満でして。折角ですから、玩具になっていただいたのですよ」





 それで、この有様。
 それで、この無残。

 横たわる彼女の衣服はほとんど引き裂かれ、身体のあちこちが膿み始めている。

 フェロンがこれを見たらきっと、怒りで我を忘れるだろう。


「で? アルヴァトはここに来たが?」


 彼はきっと、男を睨んだ。
 男は彼に、手招きするような仕草をする。
「ああ、ちょっとこっちに来てください。……逃げようとしたら、配下の魔物がその少女を引き裂きますから、余計なことはしない方が賢明ですよ?」
 その脅しには、屈するしかなくて。
 抵抗するすべを持たなくて。
 アルヴァトは、心配そうな顔のアリオンに、言った。
「その子を頼む」
 そう言い残して、怒りと決意を秘めた瞳で。
 男のもとへ歩みゆく。

 男は、彼に囁いた。
「なぁに、直接あなたを殺すわけじゃない。だからあなたはわざわざ来たのでしょう。私とゲームをしてもらいますよ!」
「……内容は、何だ」
「これですよ!」
 大仰な仕草で彼が指し示したのは。










 ——魔物と化して、狂ったように喚く、『反戦部隊』のメンバーたちだった——。










「見物ですねぇ! 仲間を殺すか、仲間に殺されるかッ! さあ、賭けて見ましょうかぁ! 命のギャンブルの始まりだァッ!」





 そもそも、あの石の家に逃げ込まなければ、決して起きなかった悲劇。

 しかし彼は、それでも剣を手に取った。
 炎の瞳に、揺るがぬ強い決意を宿して。
 その行動が、これまでの彼を完全否定するものだったとしても。

「けじめを、つけよう」

 自分の起こしたすべてに対する、けじめを。
 それは図らずも、昔、エルヴァインが言った言葉と同じだった。

「アリオン、帰れ」
「え? でも……」
「その子を連れて、帰れッ!」

 いつの間に魔物になっていたのかはわからないが。
 自分の、相棒に。
 仲間殺しをしている場面なんて、見せたくはないから。

 知らず、頬を涙が伝った。しかし、それさえ闘志に変えて。





「悪夢を、この手でッ! 終わらせるッ!」





「いい返事ですねぇ」


 瞬間。


 アルヴァトと魔物たちは、ぶつかりあった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 はい、ついに衝突しました藍蓮です。
 この内容なのに2000文字行かないのはどうしてなんでしょう?
 
 エルヴァインたちはついに追いつき、勃発したそれぞれの戦い。
 グラエキアはまだ、追い付いていませんが。
 
 魔物操る謎の男。始まった戦いの行方は——?

 次の話に、請うご期待!

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep45 作戦完了 ( No.49 )
日時: 2017/09/01 23:22
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 魔物に至るところを傷つけられ、血まみれになったフェロンを後ろにかばい、エルヴァインは鬼神の如く戦った。後に訪れる苦しみなんて考えもせず。吹きあがる闇を力にして。
 その姿は、悪夢の化身。背に闇を負う、青銀の彼は。
 それでも剣振り戦った。
 仲間のために、恩人のために——。

 その時、見えたあれは。


「鎖——? そんな馬鹿な!」


 グラエキアは、リュクシオン=モンスターを縛っているために動けないはずで。

 それは、幻だったのだろうか。


  ◆


 事態が事態だ。
 もう、仲間を斬り殺すことに、彼は遠慮をしていられなかった。
 一切の感情を切り捨て、心を石にして剣を構える。

 赤い瞳が悲しみを宿し、友の名を一人ひとり呟いた。

「……ララ」

 斬り殺された魔物は、たちまち金髪の少女の姿になる。

「……クルール」

 斬り殺された魔物は、たちまち初老の男性の姿になる。

「……リューノス」

 斬り殺された魔物は、たちまち白い少年の姿になる。

「……ダルキアス!」

 斬り殺された魔物は、たちまち——。















「——目を覚ましなさい、アルヴァトッ!」















 ——赤い少年の姿には、ならなかった。





 漆黒の鎖が、その身体を貫いて。





 その途端、幻術が吹き飛んで。


 魔物は。アルヴァトが、仲間が魔物化したと思いこんだ魔物は。


 ——何の関係もない、ただの一般人だった——。


 アルヴァトが鎖の飛んできた方向を見やれば。漆黒の少女が、肩で息を切らしていた。


「情けない……あんな幻術に引っ掛かるなんて……!」


 振り向けば。あの男は消えていた。
 アルヴァトは少女に問うた。
「……あんたは」
「エルヴァインと……深い関係のある者よ……」
 その一言で、わかった。彼が言っていた「残した少女」とは、彼女のことだったのだと。
 
 少女は、名乗る。

「私の名前は、グラエキア・ド・アルディヘイム・クライン——ッ!」

 途中まで名乗りかけて。彼女は急に苦しそうに顔をゆがめ、胸をぎゅっと押さえた。

「おい、大丈夫か!」
 彼が心配するのも無理なきことだ。
 グラエキアは、顔をゆがめながらも言う。
「私のことはどうでもいいから……エルヴァインを……助けて……!」
「……しかし」
「私は死なない!」
 叫んで。彼女は鎖を己の身体から引き離し、フェロンの落とされた穴に落とした。
 その様を見て、アルヴァトはうなずいた。
「……行ってくる」
「あとで……ちゃんと、名乗ってやるんだから……!」
「わかった。みんなは……無事、なのか?」
「あれは幻術だって、言ったでしょう……?」
 彼女の答えにうなずいて。
 アルヴァトは、罠の大穴へ、自らその身を躍らせた。
 奴はゲームとか言っていたが、あれはインチキだったらしい。
 それさえ知れれば満足だった。


  ◆


 彼が去ったのを見届けると、グラエキアは地面に倒れ込んだ。
 心臓に激痛が走る。呼吸が苦しい。

 あれから。一睡もせずに、ひたすらに馬を駆けさせてきた。

 彼女は今こそ普通の身体だが、幼いころは病弱で、部屋を出ることを許されなかった時期がある。
 それは今こそ治っているが、無理をすれば、再発する可能性のある病。
 それが今、再発したのだ。

(当然よね……。あんな無茶をすれば)

 自嘲的に、笑った。
 これまではあえて激しい運動を避けていたが、流石に限界か。
 やってきた苦しみと痛みは。当分の間、消えないだろう。 

 わかっていた、こうなることが。
 でも、何もできない自分が嫌で。
 だから、苦しんでもいいから。
 誰かの役に立ちたいと、思ったんだ。

(流石に……死ねないけれど)

 送った鎖に思いを馳せる。
 願わくは。自分が不在でも、少しでも役に立てますように。


  ◆


「加勢するぞッ!」
「終わったのか」

 ひらりと舞い降りた赤い影を見、エルヴァインは声を放った。
 アルヴァトはうなずき、剣を抜き放ち。
 間に傷ついたフェロンを挟み、背中合わせに魔物を迎え撃つ。
 とはいえ。エルヴァインもフェロンも、なかなか健闘したようで。
 残る魔物は二十を下った。これなら何とかいけそうである。

 その時、天から。



 黒い鎖が。突如、現れて。



 魔物を、がんじがらめにした。
 その途端、エルヴァインの瞳に、新たなる怒りが巻き起こった。
「——あんなに外すなと言ったのに! 血迷ったか、グライア!」
 事情を知らないアルヴァトには、何がなんだかまるでわからないが。
 あのグラエキアと名乗った少女が、彼の逆鱗に触れたのは理解した。
 燃える青の瞳が、魔物たちを射抜く。

「片づけるぞッ! 一人十体!」
「無茶を言ってくれるッ!」

 応えながらも。できると確信しているアルヴァトがいた。
 そんな自分に苦笑しながらも。彼は一気に敵に斬りかかった。

 赤と青が穴底を舞い、黒の鎖が彩りを添えた。


  ◆


 やがて、すべて倒し終わって。
 くたびれきった赤と青は。
 それでもやることがあったから。横たわるフェロンの容体を確認した。
 かろうじて、息はある。しかもまだ、意識があった。
 彼はエルヴァインの姿を認め、かすれた声で呼びかけた。

「今までどこで油を売っていた……」

 そんな彼に、優しく微笑んで。
「後で話すから、ひとまずは眠っていろ」
 言って、その背にフェロンを負った。
「そう言えば、どうやって上に——?」
 アルヴァトが、当然の疑問を口にする。
 すると。
 先ほどまで共闘していた黒い鎖が伸びて、穴の上と下をつなぐロープとなった。
 それを見て、エルヴァインは苦笑いした。
「グライアは何でもできるんだな……」
 呟くその背に。
 別の黒い鎖が巻きついて、フェロンと彼とをしっかり固定した。
 これで両手が使える。
 彼は後ろの赤髪を向いた。
「悪いが、怪我人がいる。先へ行くぞ」
 そういう自分も、闇に食われるのは時間の問題だと、わかっていたから。
 アルヴァトの返事を待たず。彼は鎖を上っていった。


  ◆


 上りきった先に、漆黒の少女が倒れていた。
「グライア!?」
 怒ることも忘れて彼は、彼女を抱き起こす。
 彼女は苦しそうに、笑っていた。
「笑っていいわ……。私、無理した……」
 その言葉を聞いて、彼は彼女の身に何があったのかを悟った。
「……無理するなって」
「私の台詞よ」
 見れば、彼の身体はすでに。闇の浸食が始まっていた。
「みんな……満身創痍って言うのも……どうかとは——ッ!」
 彼女は、苦しげにあえいだ。
「……悪いけれど……。私、もう寝るわ……。これ以上話しても、つらいだけ……」
 言って、彼女は眼を閉じた。
 途端、広がった闇。襲い来る痛み。
 しかし、彼にはやるべきことがあったから。
 痛みに耐え、穴の淵に立ち。
 上りくる赤い髪を待った。


  ◆


 上りきり、アルヴァトは笑うしかなかった。
 動けない人が、二人に増えている。
 確かに、先ほどの少女は心配だったけれど……。
 彼は少女を背負い上げた。
 苦しそうな顔のエルヴァインに問う。

「……怪我、したのか?」
「いいや? ……これは、過ぎた力の代償だ」
「歩けるか?」
「歩かなければ、何も進まないだろう?」
「……無茶するなよ」
「そっちだってな」
 
 かくして彼らは帰路に着く。
 満身創痍の身体を抱えて。

 目的は、果たした。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 長いだけの駄文を失礼します、藍蓮です。
 最近は内容が浮かばんのですよ。……すみません。

 とりあえずこの話は一区切り、で、次の話も浮かんでいるのですが。
 果たしてうまく書けることやら。ハァ……。
 話が冗長になってきて、スランプ気味なのです。
 最近の文章、五章程のキレがない……。

 救出されたリクシアとフェロン。
 ひとまずこれで一区切り?

 ……次の話を、待って下さいね。