ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep35 緋色の逃亡者 ( No.38 )
日時: 2017/08/25 21:40
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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「……こんな物語が、極北の地にあったの」

 そう、リクシアは締めくくった。
 話すうちに、流れだした涙。
 きっと自分は、このことを思い出すたびに、涙を流すのだろう。
「……そんな、ことが……」
 グラエキアは、驚いたように目を瞠った。
「悪いわね、詰問するみたいな口調で訊いちゃって」
 リクシアはううんと首を振る。袖で涙をぬぐいながらも、
「気にしてないから」
 そう、答えた。
 それを見て、
「袖で涙をふくんじゃない。汚れるだろう。ほら、これ」
 呆れたように、フェロンがハンカチを差し出してきた。リクシアは礼を言ってそれを受け取り、流れた涙を拭きとった。
「要は」
 と、これまで黙っていたエルヴァインが、口を挟む。
「また、全てやり直しなのか?」
「……そういうことになるわ。でも、旅は、無駄じゃなかったよ?」
 たくさんの人に出会って、友達になれた。それだけで、無駄じゃない。
「……そうか」
 理解したように、エルヴァインがつぶやいた。
「長い旅だったんだな」
「そうよ。あ、そうそう。そちらはその間、一体何をしていたの? そもそもこの家は——」
 リクシアがそう、言いかけた、


 ——時だった。



 石造りの家に、不意に誰かが転がり込んできたのは。





「済まないが、追われている! 匿ってくれないかッ!」





 突如現れた赤毛の少年が、そんなことを言いながらもあわてたように辺りを見回した。
 
 しかし、この石の家に。人が隠れられそうな場所などなかった。 

 グラエキアはため息をつく。

「見えないようにするだけだから、動かないで」

 言って、能力である漆黒の鎖を少年に伸ばした。
 少年は身を固くしたが、構わず彼女は少年をぐるぐる巻きにする。


「……不可視の黒鎖(インヴィシブル・チェイン)」


 そう、彼女がつぶやけば。一瞬でその姿が見えなくなった。
「すごい、すごーい! そんなこともできるんだ!」
 リクシアが思わず声を上げれば。
「五か月もあれば上達するのも必至でしょ」
 と、軽く返した。
 
 そこへ。

「話すな。たぶん、そいつの追手らしき声が聞こえた」
 あたりを警戒しながらも、フェロンがそっと、剣に手をかけた。
「誰だか知らんが助けた命だ。最後まで守らせていただこう」
「了解。私はグラエキアを守るね? だってグラエキア、そんなに動けないじゃん」
 リクシアがさりげなくその隣に立てば。
「お人好しは相変わらずのようね……」
 グラエキアが、リュクシオン=モンスターの檻に鎖をかけ、見えないようにした。
 その様を見て、エルヴァインが忠告しようと口を開ける。
「下手に警戒すると勘付かれるぞ。普通に話——」





「やぁやぁ皆様方。そこに赤いドブネズミが、紛れ込んできませんでしたかね?」






 突如、ドアが開け放たれて。
 入ってきた、紳士風の男。
 とっさのことに、リクシアは対応できない。
 エルヴァインが進み出た。
「赤いドブネズミ? 生憎と、僕らは知らない。どんな見た目だ?」
 その問いに、男はいやらしい笑みを浮かべて答える。
「その髪は血を浴びたような鮮やかな赤! その瞳は、深い闇の深淵を見たような濁った青! 薄汚い見た目をした、人を人とも思えぬような悪魔ですぞ。忌み子なのですぞ! 私はそれを捕らえに来たのです! 知っているなら情報をいただきたいものですな!」
 その言葉を聞き。エルヴァインの瞳に、暗い炎が一瞬だけ、宿ったのが見えた。
 彼は感情を押し殺して、言った。


「……時戻しのオ=クロックって、知っているか?」
「は? いきなりなんのことですかな」
「要は」
 彼の手が、一瞬で剣の柄に伸びて。








「——腐りきった貴様の時を、純粋だった赤ん坊の時まで戻してもらえと、言っているんだ!」







 次の瞬間。
 神速で繰り出された抜き打ちが。
 男の鳩尾に見事に当たって。
 男はがくりと崩れ落ちた。

 リクシアは悲鳴を上げる。
「殺したのッ!?」
「いいや、気絶させただけだ」
 淡々と言う、口調が怖い。
 彼は男を、腐ったゴミでも見るような眼で見た。
「忌み子忌み子と……。そう呼ばれた者の気持ちも知らないで……」
 怖いです、エルヴァインさん。
「まぁとりあえず」
 場面を仕切るかのように、グラエキアが手を打ち合わせた。
 その動きに従って、見えぬ鎖がほどけていく。
 そこから現れた少年を、見た。
「よかったら、教えてくれるかしら?」
 あなたは一体何者なのか。
 しかし、少年は首を振った。
「助けてくれて感謝する。この礼は、いつか必ず」
 言うなり、一気に駆け出して。
 その場から、風のようにいなくなった。
「……あの人、怪我してた」
 リクシアはぽつりとつぶやいた。
 走り方が、少し不自然だったのだ。
「私、とても心配……」
 名乗らず消えた、苛烈な瞳の。
 赤い少年。
 一体彼は何者なのか。
 なぜ、あんな奴に追われているのか。
 なぜ、あんな怪我を負っていたのか。
 邂逅は一瞬のことで、何一つわからなかった。
「……とりあえず、消えた奴は置いておくとして」
 フェロンが、どうしたもんかと気絶した男を見た。

「こいつ、どうするんだ?」


  ◆


 後日。気絶した男は外国人だったことが判明し、不正入国疑惑で国外に送り返された。
 しかし、男の送り返された国の名は、リクシア達を戦慄させるに足る国の名だった。





 その国の名は、ローヴァンディア。
 この国バルチェスターの、東に位置する国。
 その国は。










 —— 一年前の春。ウィンチェバル王国を侵略して壊滅したはずの、武力で以て世界に名をとどろかす、脅威の大帝国だった——。










 ローヴァンディア。悪夢の亡霊が、現れた。
 動乱の時は、近い。

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