ダーク・ファンタジー小説
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep36 帝国の魔の手 ( No.39 )
- 日時: 2017/08/26 21:50
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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「アル!」
その声に、赤い髪の少年は振り返った。
視線の先には、橙色の髪の少年。
「こっちだ、こっちへ逃げろ!」
その少年は、アルと呼ばれた少年の腕を、大きく引っ張った。
「強引で済まない!」
そして、ある家の中へと転がり込んだ。
アルと呼ばれた少年は、橙色の髪の少年の名を、小さく口にした。
「……アリオン」
「無事でよかった」
「……無事ではないが、な」
言って、彼は右脚にそっと触れた。そこからはまだ真新しい血が、流れだしている。
彼は纏っていた衣服を細く裂いて、包帯代わりにして傷口に巻きつける。
それを見て、アリオンが、心配そうに尋ねた。
「……また、怪我したのか?」
「仕方ないだろう、追われていたんだ。運よく匿ってくれた人がいたが……」
赤い少年は、首をひねった。
奇妙な鎖使いと、燃える瞳の銀剣士。
そして白い髪の少女と、顔の半分に大怪我を負った少年。
不思議な取り合わせだなと思った。
「……アル?」
「悪い。考え事をしていただけだ。で、なぜお前がここにいる」
「帰ってこないから心配してな」
「お前よりもクルールの方が適任だったろうに」
「だって俺、相棒じゃん」
笑うその瞳には、何の屈託もない。
赤い少年は溜め息をついた。
「みんなはいつものところにいるんだな?」
「状況が落ち着いたら行こうぜ」
言って手を差し出すアリオンを。鬱陶しそうに追い払う。
「これくらい、大したことない。手を借りずとも動けるぞ? この足で、ずっと走ってきたんだ」
払って彼は、暗闇を見つめる。
「……嫌な予感がする……」
◆
この頃空気がピリピリしている。なぜか皆、殺気立っている。
グラエキアとエルヴァインの石造りの部屋に、木を削る音と話し声が響いた。
ちなみに今いるのはリクシアとフェロン、グラエキアの三人だけで、エルヴァインは鎖のせいで動けないグラエキアのために、買い物に出ている。
「ローヴァンディアかぁ……」
呟くリクシアの声の合間を。
シャッシャッシャ。木を削る音が通り過ぎる。
「ねぇ、フェロン。どう思う?」
「何が?」
木を削りながらも、彼は眼を上げずにそう返した。
一本の細くて長い木の棒が、少しずつ形を整えられて、何かになっていく。
リクシアは、疑問を口にした。
「この国も、攻めてくるのかなぁ。いつしか、ウィンチェバルを攻めた時みたいに」
この国バルチェスターは、ウィンチェバルほどではないが、栄えている国である。それが今まで攻めてこられなかったのは、国の有する強大な防衛力のおかげだ。
この国にやってきてからもう、五月は過ぎる。
そこはもはや、リクシアにとって。新しい居場所となっていた。
さあな、とフェロンは返す。
「わからない。しかし、奴がローヴァンディアからの間者となると……。もしかしたら、戦争が起こるのかもしれない」
「でも、主力軍は壊滅したはずだよ? 兄さんが、滅ぼし、て……」
あの喪失感を思い出し、リクシアはぎゅっと唇を噛んだ。
そこへ。
「ちょっといいかしら?」
グラエキアが話に割り込んだ。
その手には、相変わらずの黒き鎖が、まるでアクセサリーのように巻きつけられている。その鎖は、檻の中のリュクシオン=モンスターを縛る鎖であり、同時に彼女自身の自由をも縛る、諸刃の縛鎖(ばくさ)である。
彼女はそんなことは一切気にしていないように、言った。
「私、エルヴァインに手伝ってもらって、少し調べたのよ。で、ある噂を聞いたの」
ヴィーカを覚えているかしら、と彼女は尋ねた。
「ほら、私たちが始めて共闘した町。信仰によって災厄が引き起こされ、町全体が魔物化した町」
リクシアはうなずいた。
「あの戦いで、エルヴァインが私たちを助けてくれたのよね? でも、自分たちが逃げるのが精いっぱいで、とてもじゃないけど、魔物をすべて狩ることはできなかった……」
「その通り。でも、今ヴィーカに行って御覧なさい。町はもぬけの殻よ」
「え? それってつまり、どういうこと? 魔物化した人々は、どこへ行っちゃったの?」
「あくまでも私の仮説にすぎないけれど。……目撃者もいたみたいだし」
彼女はそう、前置きした。
木を削っていたフェロンも。つとその手を止め、耳を澄ませた。
グラエキアは、言った。
「ローヴァンディア、あの帝国は。魔物を兵士として、使っているらしいわ」
「…………ええっ!?」
リクシアは悲鳴を上げた。魔物が兵士? あの、理性も知性も何も失った、魔物が兵士!?
「ありえないわ! 魔物は誰にだって制御できない……!」
「できるらしいわよ、何らかの方法で」
グラエキアが、無情な言葉を紡いだ。
「商人が見たことがあるんだって。ローヴァンディアを、兵士とともに闊歩する、魔物の姿を。でも、それなら矛盾が発生しないのよ。消えた、魔物化した町人たち。魔物の兵士。ヴィーカの魔物は兵士にされた。だから町からいなくなった。……筋は通るでしょう?」
「あり得ないわ……」
リクシアは思わず頭を抱えた。
魔物は誰にだって操れない。それが、常識だったのに。
だからこそ、人は恐れた。心を食われ、魔物になることを。
——なのに。
ローヴァンディアは、魔物を操る技術がある? ならば、魔物化した兄さんは——
「大丈夫よ」
リクシアの心を読んだかのように、グラエキアが微笑んだ。
「この鎖がある限り。あなたの兄さんには、指一本触れさせないわ」
「……ありがとう」
戦争になるな、とフェロンがつぶやいた。
「これはまずい事態だ。魔物を操れるとなれば、戦場に出た兵士を待ちうける家族も」
戦争があれば人が死ぬ。人が死ねば、その親しい人は魔物になる可能性がある。そしてその人が魔物になったことに絶望した他の人々も——という風に、魔物化は連鎖的に起こる。
魔物は本来なら戦争中の両陣営にとっての脅威だが、それを操れるとなれば。
フェロンのこめかみを、汗が伝う。
「……泣くなよ、リア」
この先は地獄だ。
彼は、そう言うので精一杯だった。
「……わかった」
リクシアは硬い表情でうなずいた。
これはあくまでも私のだした仮説にすぎないけれど、とグラエキアは石の天井を仰ぐ。
「でも、こうしないと筋が通らない……。私、今まで自分の立てた仮説には自信があったけれど。……こんなにも、外れてほしいと思ったことは初めてよ」
しかし、それを嘘だと言える、確証はなくて。
重くなった空気。
それを、崩すように。
「ほら」
フェロンが、先ほどまで削っていた木の棒を、リクシアに放り投げた。反射的にリクシアはそれを受け取る。
「フェロン、これって……」
リクシアが受け取ったそれは、一本の杖だった。前の杖はリルフェリア戦で折ってしまったから、しばらくリクシアは杖無しだった。
「折ったと聞いたから、作り直した。……今度こそ、折るなよ?」
前の杖を作ってくれたのもフェロンだった。それを思うと、いつもフェロンに迷惑かけっぱなしだな、と済まない気持ちが湧きあがってくる。
「ごめん……ありがとう」
「謝ることじゃない。でも、これならば戦えるだろう。魔力のこもったイチイの枝だ」
それを受け取って。リクシアは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「大丈夫よ、戦える」
その言葉を聞いて、フェロンはにやりと笑った。
「その意気だ」
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どーも、藍蓮です。
ようやく章のタイトルらしくなってきた36話です。序盤に出てきた赤髪の少年たちも気になるところですねー。赤髪の少年については、あえて通称のみにして本名を明かしてはいませんが。彼らは一体何なのか? 物語は続きます。
グラエキアの立てた驚愕の仮説! 暗躍する少年たちと、迫る帝国の魔の手!
次の話に請うご期待!