ダーク・ファンタジー小説
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep39 悪辣な罠に絡む意図 ( No.42 )
- 日時: 2017/08/28 18:46
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
◆
「ねぇ、やっぱり心配だから」
グラエキアが、口を開いた。
エルヴァインは、あれからずっと、戻っていない。
彼が買い物ごときで、こんなに時間を取るはずがないのに。
「フェロンはここにいてもらうことにする。だからあなた、行ってくれない?」
指名されたのはリクシアだ。それが一番合理的に思える。
リクシアはうなずいた。
「わかった、私、探してくる!」
フェロンの作ってくれた杖を持って。
本当は、エルヴァインの忘れた剣も持って行きたかったけれど……。悲しいかな、非力な魔導士は、剣みたいに重い物を、そう簡単には持てないのだった。
「じゃ、みんなはここで待っていてね!」
リクシアは外へ飛び出した。
グラエキアはその様を眺めながらも、忌々しげに、自分の手に巻きついた鎖を見た。
その先につながるは、リュクシオン=モンスター。
これがある限り。彼女は仲間を助けに行けない。
本当は、自分が行きたいのに。
「ああっ、もうっ!」
苛立ってその鎖を引っ張れば。魔物が抗議の声を上げた。
「落ち着け、アリアンロッド」
フェロンが静かな声で彼女をなだめる。
「リクシアならうまくやるさ。今は信じるしかない」
「……そう、よね……」
グラエキアは、エルヴァインよ無事であれと、静かに願った。
◆
アルヴァトと名乗った赤い少年は、エルヴァインに話した。。
「ローヴァンディアは、戦争を起こそうとしている。それに抗うために結成された組織が、僕ら『反戦部隊』だ」
ここはその拠点の一つ、だという。
「僕が追われていた理由は簡単……。あの国では、戦争を否定する人間は罪人に等しい。だから、迫害から逃れ、それでも戦争の被害を何とかしたかった僕らは、この国バルチェスターに流れついた」
「で、今はこうして、隠れながらもなんとか暮らしつつ、ローヴァンディアの動向を探っているってわけ」
アリオンが会話に割り込んだ。
「アルヴァト様が生きておられて、ようございました」
安堵の息をついたのは、白髪の混じり始めた初老の男性。
彼は胸に手を当て、きっちりとお辞儀をした。。
「紹介いたしましょう。私はクルール。『指導者』アルヴァトの、補佐を務める者であります。以降、お見知り置き下さい」
エルヴァインは、軽く会釈してそれに返した。
場所は、何の変哲もない家。
アリオンによって連れてこられた、『反戦部隊』の拠点の一つ。
買い物の途中、あの男に襲われて、アリオンが剣を投げてくれたことで、事なきを得た。
エルヴァインは、用事を思い出した。
単刀直入に聞く。
「で? 概要は理解した。僕に何の用だ? こちらも暇ではない」
「承知の上だ。忠告と、警告を」
「それを先に言え」
「悪かったか?」
「暇ではないと言っているだろう」
その、どこまでも他者を拒絶する態度に。自分に似たようなものを感じながらも。アルヴァトは口を開く。
「……ローヴァンディアがバルチェスターに宣戦布告した話を、知っているか?」
……エルヴァインは、驚かなかった。
それはまだ、あまり巷間(こうかん)に流布していない話なのに。
彼は、落ち着ききった口調で問うた。
「……それが?」
「驚かないのか?」
「予測できたことだろう。で、忠告と、警告とは」
その淡々とした態度を、鏡を見るような気持で眺めながらも。
仲間である『諜報のララ』が聞いた話を、アルヴァトは話す。
「ローヴァンディアとは、関わるな」
「……理由は」
「あれは大きな戦争になる。あんたら、ここの国民じゃないだろう」
それは、彼が『ウィンチェバル』を名乗った時点で、割れていた話。
「それがどうした」
「関係ないのなら、逃げろ」
その、親切からなる言葉を。
エルヴァインは、冷笑でもって返した。
「逃げるなんてお笑い草だね、馬鹿なことを」
言って、席を立ちあがる。今度こそ剣をアリオンに返す。
「それが忠告だというのならば解りきっていることだし、余計だったな」
「……警告は、聞かないのか」
「聞いておくか。何だ」
「……ローヴァンディアは、魔物を軍に組み込んでいるらしい」
返答に、つと、間があった。
「……地獄や逆境なんて、歓迎してやるさ」
世話になった、助けてくれて感謝する。
言って、彼は足早に『拠点』を出た。
頭の中には様々な考えがぐるぐるしていたが、とりあえずは当初の目的を果たそうと、小麦とバターと卵を買いに、町を歩いた。
◆
「エルヴァイン〜?」
町を歩きながらも、リクシアは首をかしげる。
小麦とバターと卵の通りに出た。ここに、いないはずがないのに。
「どこ行ったの? グラエキア、心配してる」
きょろきょろしながら歩く彼女。
— — — — そ の 、 口 を 。
「 ! ? 」
「騒ぐと殺すぞ! 俺に従え!」
不意に、何者かが押さえつけて。
抵抗もできず、驚愕に目を瞠るリクシア。
彼女を押さえつけた男は、獰猛に笑った。
「お前を利用して、『反戦部隊』の一味をあぶりだす」
だから、大人しくしてろよ——。
言って、男は彼女を殴り、気絶させて。
持ってきた大きな麻袋に詰めて、町の外に出る。
そこには一頭の馬が、とめてあった。
「おりゃっ!」
男はそれに、担いだリクシアごと飛び乗ると、片手で手綱を操作して、町からぐんぐん離れていく。
(小娘にゃ悪ィが、これは仕事なもんでね)
出した手紙に、思いを馳せる。
(今頃、あの石の家のお嬢ちゃんは。どんな顔をしているかねぇ)
そんなことを思いながらも。
かくしてリクシアは、拉致された。
◆
「悪い、グライア。襲われて」
「遅い!」
買い物を終えて帰ってきたエルヴァインを、グラエキアは大きく怒鳴りつけた。
「一体どこで油を売っていたのよ! あなたがもう少し早く帰っていれば……!」
その手に握られていたのは、一通の手紙。
見れば、フェロンもいなくて。
「……何が、あった?」
嫌な予感を感じて、問うてみれば。
彼女は彼の頬を、女の細腕で目いっぱい張った。
バチーン! 鋭い音。華奢なエルヴァインは、その衝撃で、吹っ飛ばされこそしなかったが、思わず倒れた。
グラエキアは、泣いていた。
「……リクシアが、誘拐されたの」
くしゃくしゃになった手紙を、彼の前にバンと広げる。
「明後日の明朝殺すから、その前に『アルヴァト』を差し出せと。『アルヴァト』って誰? わからない人を差し出せと言われたって……。だからフェロンは、『埒があかない』って言って、ここに書かれた場所に単騎で飛び出したわ。動けない私は、何もできない……」
エルヴァインには、わかった。この『アルヴァト』が、誰を指すか。
そして、その手段の悪辣さに、はらわたが煮えくりかえるような思いがした。
「ローヴァンディアのクズどもがッ!」
——その背に。何もないのにいきなり、黒い闇が噴き出した。
「……エルヴァイン?」
グラエキアの心配げな瞳に、押し殺した声で、彼は語りだす。
机の上に忘れてあった剣を、腰に身につけて。
「……僕は決して、くだらないことで油を売っていたわけじゃないんだ」
そして、気づく。今日、あの男が自分を見逃したのは、意図的なことだったのだと。
——そこまで、『反戦部隊』が、憎いか。
吹きあがる闇と黒い感情を落ち着かせ。彼はできる限り静かに、冷静に。起きたことを語りだした。
「あれは、買い物をしようと町を歩いていた時のことだ。不意に殺気を感じて……」
このことを話したら。アルヴァトは。自分によく似た赤い指導者は。どんな反応をするだろうか。やはり静かに怒るだろうか。
けれど、わかっていることが一つある。
アルヴァトは。鏡写しの自分は。自分なら。
この事態を傍観なんて絶対にしない。十中八九、自ら死地に出向くであろうことを。
そもそもがここに逃げ込んだ彼の責任ならば。彼は自ら、その責を負おうとするだろう。——自分なら、間違いなくそうする。
そうすれば、きっとリクシアは助かるだろう。しかしアルヴァトが無事であるという保証はどこにもない。だが、彼を頼らなければ、リクシアが殺されるのは必至だろう。……世の中、甘くないのだ。
そして、エルヴァインが、アルヴァトかリクシア、どちらを選ぶかと聞かれれば、彼は絶対にリクシアを選ぶ。彼女は「ゼロ」だった自分を元に戻してくれた、恩人だから。
それに、単騎で突撃したというフェロンのこともある。彼は普段は冷静だが、妹のように可愛がっていたリクシアに異変が起きたことで、完全に激怒して見境がなくなってしまったようだ。こっちも救出対象だろうか?
それでも。
アルヴァトの、苛烈な瞳が脳裏に浮かんだ。
決して折れない、不羈(ふき)の瞳。
宿り激しく燃え上がる闘志。
自分とよく似た、鏡写しの「赤色」。
失いたくはない人間だが、失うように選択せざるを得ない現状を憎み、悔しがって。
物語を語りながらも。エルヴァインは腰の剣を、皮膚が白くなるまで固く、握りしめるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
動乱の一話です。
明かされたレジスタンスの物語、さらわれた少女……。
メインメンバーが入れ替わり、次は一体どう続くのか。
陰で糸引く帝国、ローヴァンディアの真意とは!? 始まった戦争の行方は?
不穏さ漂う39話。
40話に、ご期待下さい……。