ダーク・ファンタジー小説
- カラミティ・ハーツ 1 心の魔物 Ep40 鏡写しの赤と青 ( No.43 )
- 日時: 2017/08/29 02:23
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
主人公が消えたので、必然的にエルヴァイン視点で書くことになります。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……話は理解したわ。でも……」
グラエキアは、不安そうに、自分を縛る鎖を見た。
「私だって自己防衛くらいはできるわよ。でも、あなたやフェロンみたいな『戦士の勘』みたいなのはないから、不意打ちへの対応は正直言って微妙ね……。不安を感じるのは、おかしいかしら?」
いつも堂々としていたグラエキアだけれど。今の彼女は少し、泣き出しそうだった。不安に怯えた、年相応の女の子みたいだった。
エルヴァインは、そんな彼女の白い手に触れて、言った。
「大丈夫だ、すぐ帰る」
と、言いたいところなんだが……と、彼は言いよどんだ。
「……こうなった以上、僕もリクシア救出の一味に加わろうと思う。しかし、君を一人にはしない。僕じゃないけど……それに、うまく交渉できるかわからないけど……。『反戦部隊』から何人か、そちらの護衛に回るよう頼んでみる」
「私だって戦いたい!」
珍しく、グラエキアがわがままを言った。
「ヴィーカでは思う存分戦えたわ。でも……今の私ではただの足手まとい。そんなのは嫌よ。……この鎖さえなければ……」
「外すなよ、グライア」
エルヴァインが、彼女に対しては珍しく、鋭い声で言った。
「外してその魔物を野に解き放つくらいなら、いっそのこと、殺してしまえ」
「…………わかってる」
「一体どうした? グライアらしくないぞ」
「……無力な自分が、嫌いなだけよ」
呟いて。その口元に、いつもの笑みを刷いた。
強気で勝ち気で。奥に鋭い知性の宿る顔。
その顔の奥に、沢山の感情を隠して。
「行ってらっしゃい、ルヴァイン」
彼を、彼の名の由来となった、新月の神の名で呼んだ。
それに、笑って。
「行ってくる、シャライン」
グラエキアを、彼女の長い名に隠された、満月の神の名で呼んだ。
この悪辣な罠を。
絶対に破壊してみせる。
◆
記憶力には自信がある。
だって、あのグラエキアの長すぎる名前を、覚えられたくらいだから。
そして今、彼は。あの家の前にいる。
ノックをしようと扉へ向かった。
コン……コンコン! コンコン! コン。
独特なノック方法で、彼は扉をたたいた。
この複雑なのックは招かれざる客対策なのだろう。この通りにノックして入らない人間は、殺される可能性だってありそうだ。自分ならそうする。
「合言葉は?」
「エルヴァイン・ウィンチェバル」
ここはあえて変えて言った。
しばらく返答に間があったが、やがて。
「……入れ」
返答があった。
失礼する、と声をかけて。彼は家へと入る。
「で? 何の用だ。そちらの用事はすんだのか?」
少し不機嫌そうに、アルヴァトが問うた。
ああ、と彼は答える。
「そこで問題が発生したんだ。そっち絡みのことだよ」
アルヴァトの目が、つと細くなる。
「……貴様、僕たちの話をもらしたりはしていないだろうな」
「そう思われたのは心外だな?」
「で、用件は」
「リクシア……あの白い少女がさらわれた」
「……それで?」
「『アルヴァト』を指定した場所に明後日の明朝までに連れてこなければ、彼女は殺されるようだ」
「だから?」
エルヴァインは、頭を下げた。
「協力してほしい。あんたに死ねと言っているわけではな……」
「断る」
彼はあっさりと否定した。
「自分のせいであんたたちが巻き込まれたのは認める。だがな、僕の命は。見ず知らずの誰かにあげられるほど、安くはないんだ」
エルヴァインは、自分の愚かさに気づいた。
確かに彼は鏡写しかもしれないが、自分と何もかもが完全に同じということは、あり得ない。彼は赤の他人だ。不思議な運命のめぐりあわせでただ偶然出会っただけの、赤の他人なのだ。……エルヴァインとまったく同じ考え方なんて、するはずがない。
やはり、自分も単騎で乗り込むしかないのか。先に行った、フェロンのように。
しかし、それでも浮かぶ笑み。
「……上等だ、逆境がどうした。そんなもの……乗り越えればいいだけの話だろう」
地獄も逆境も苦難も。これまで数多、乗り越えてきたのだから。
今回も、これまでと同じようにすればいだけで。
「邪魔したな」
覚悟を決めて、立ち去ろうとした。
その背中に。
「……なら、おれが行くッスよ?」
声を掛ける、人物。
暗闇の中、浮かびあがったのは。
赤髪青目。
——もう一人の、アルヴァトだった——。
「いや、違うって。おれアルヴァトじゃないッス」
彼はあわててそう笑った。
アルヴァトが、ものすごい形相で彼を睨んだ。
「……勝手に出てくるな貴様」
「だってリーダー、無責任っつーか、人でなしっつーか」
「何だと?」
助けてあげりゃーいーじゃん、と彼は陽気に笑った。
「あんたならできるだろーって。あんたの作戦なら、誰も死なずにできるだろーって、おれ、信じてたんスよ。でも、あんたがあまりに冷淡なんで、我慢できなくって出てきちゃったんス」
陽気なもう一人のアルヴァトは、呆然としたまま固まっているエルヴァインに、握手を求めるかのようにその手を差し出した。
「おれ、ダルキアス。ダルクって呼んで欲しいッス。アルヴァトとは他人の空似なんだけど、外見そっくりだから時々影武者やってんの。だから、『行く』って言ったわけッスよ」
エルヴァインはその手を握り、なるほどとうなずいた。
しかし。外見は確かにそっくりだが、中身までも騙せるものかな?
その疑問を先取りするように。
「ウォッホン! 僕はアルヴァト、『指導者』であ〜る!」
……ナニモノカの真似をしはじめた。
馬鹿か? こいつ馬鹿か? これのどこがアルヴァトなんだ?
彼と鏡写しであることを半ば自覚しているエルヴァインにとって、この演技はあんまりだと思った。ある意味エルヴァインを馬鹿にしている。
その様を見て、アルヴァトは呆れたように溜め息をついた。
「……わかった、協力してやる。ただし、勘違いはするな。僕はあんたのために彼女を助けるわけじゃない。半分は自分のためもあるし……。僕が行かないと言い出したら、この馬鹿、本気でそのまま行っちゃいそうだしな」
「百も承知だ」
エルヴァインは、強くうなずいた。
「ところで頼みたいことがある」
「……今度は何?」
「あの石の家に、訳あって親友の少女を残している。……悪いが、近接戦闘が得意な奴を、彼女の護衛として置いてもらいたいが、構わないか?」
「……身の程知らずって知ってるか?」
「状況が状況だろう?」
「僕は人材派遣屋じゃないぜ」
「臨機応変な対応を望むね」
「……仕方ない、鏡。付き合ってやる。……いっそ、地獄の果てまで、な」
苦笑いして、肩をすくめて。
「リューノス!」
闇に向かって、声をかけた。すると。
「……話、理解した。僕が行けばいいの……?」
真っ白な髪と真っ白な瞳を持つ、腰に茶色のポーチを提げた、華奢な印象の少年が現れた。
それを見て。
「……近接戦闘要員と、僕は言ったが?」
エルヴァインが、呆れたような声を上げた。
その言葉に、リューノスと呼ばれた少年は、感情の読めない顔で答えた。
「僕……戦える。僕……珍しい、爪使いなんだ」
言って。彼はポーチから、一組の鉄の爪を取り出した。
……若干不安要素はあるが。アルヴァトが言うなら大丈夫なのだろう。彼は信頼できる。
「リュー、行ってきてくれ。場所はわかるな? ……では」
彼がそのまま家を出るのを確認すると、アルヴァトは不敵に笑った。
「作戦会議といこうじゃないか」
◆
バルチェスター、王宮——。
「——せ、せせんせんせん宣戦布告ゥ!?」
「うん、落ち着こうか宰相(笑顔)」
宣戦布告に揺れる城内。バルチェスター王エルーフェンは、大騒ぎを始めた宰相をなだめていた。
「いやいやいやいや!? 落ち着ける訳がないでしょう!? だってあああのローヴァンディアですぞ!? あの帝国が攻めてきたのですぞ!?」
「いいから落ち着こうか(二回目)」
「うるさすぎて困るんですけどもー」
その横で。王と瓜二つの見た目の女が、呆れたようにつぶやいた。
王の双子の妹である、エルーシェンである。
「正直そんなのどーでも良くなーい? 兄様、こんな宰相なんてほっといて」
「うん、そうしようかエルーシェン(笑顔)」
……常識人の宰相は、苦労人でもあった。
「……へ、陛下!? 姫殿下!? ちょ、ちょっと、ちょっとお待ちくだされぇぇぇえええええええええええええ!」
「逃げようか、エルーシェン」
「宰相面倒くさいから嫌いですわー」
追いかける宰相。逃げる双子王族。
王宮は、戦時中でも平和だった。
しかし、追いかけるだけの宰相は知らない。
(さてさてついに動き出したねぇ。鬼が出るか蛇が出るか……。こりゃぁ、大仕事だ)
(不穏なうわさが飛び交っているみたいですの。至急真実を確認いたしますわ)
……うつけうつけとさんざん罵られたこの双子は。
——決して、ただの馬鹿ではあり得なかったことを。
(王たるもの!)
(常に民のことを考え、流される涙を一滴でも減らす! でしたわね)
(動向を見て、それから)
(反撃開始ですわ。黙って見ていて?)
双子王族も、動き出す。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
どーも、藍蓮です。
エルヴァインとアルヴァトの掛け合い書くの楽しかった……!
鏡写しの赤と青。そっくりな二人が話すと、台詞ばっかりの応酬が続くわ……。
『赤と青』って、「極北の天使たち」の双子天使とかぶっているような気がしますけれど……。偶然です、気にしないでください。
なんか場面展開が微妙なので、下手に次回予告はしませんけれども。
……次の話に、請うご期待!