ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep46 反戦と戦乱 ( No.50 )
日時: 2017/09/03 19:06
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 プロット建築完了!
 はい、エンディングが決まりましたので、もうスランプはなくなるかと。
 一日ぶりに再開します。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「……という話だ」

 拠点に帰りつき、アルヴァトは魔物にはなっていなかったみんなにそう話した。
 今は、エルヴァインとグラエキア、リクシアにフェロンはぶっ倒れてベッド行きなので、状況を話せるのは彼くらいしかいない。ちなみにリューノスもダルキアスも魔物は殲滅できたようで、今は戻ってきている。

「……大変だったんッスねぇ」

 しみじみとダルキアスがつぶやいた。
 そりゃそうだよとアリオンが返す。
「俺、マジでビビったんだからなぁ! みんながみんな、魔物になったって、勘違いして! で、そのままアルヴァトも死んじまうのかなって恐怖して! もう、あんなのこりごりだってば!」

「……どうしてそんなに、憎まれる」

 リューノスがぽつりとつぶやいた。
「僕ら……戦争に反対してるだけ……。それって、そんなに悪いこと?」
 国にとっては悪いのでしょうよと、クルールは返答した。
「あの国は、戦争が生きがいみたいな国でございますから。反戦勢力が増えると国の思想に支障をきたし、国がまとまらなくなるのでは? だから、我々を執拗に攻撃した、と」

「とりあえず救出は完了した。僕は責任を果たしたからな」

 これで貸し借り無しだ、とアルヴァトは言った。
「とりあえず、みんなが目覚めるのを、気長に待とうか」

 
  ◆


 暖かいベッド。穏やかな日差し。
 ボロボロのリクシアは目を覚ます。
「痛ったぁ……」
 その身体は手当てされてはいるが、完治には程遠い。
 虚ろな記憶をぼんやりとたどるが、何が何だか思い出せない。
 どうやら自分は、大きな部屋に幾つもあるベッドの、一つに寝かされているらしいと、なんとなくわかった。

 少し離れたベッドが、むくりと動いた。

 そこにいた人影は起き上がると歩いて行き、リクシアのベッドに近づいた。
「起きたか?」
 青い髪。藍色の瞳。宿す闇。
 エルヴァインだ。
「……エルヴァイン……。探したんだよ……?」
「それで、罠に嵌められたんだ。体調が大丈夫なら、話してもいい。僕がぶっ倒れていたのは……まぁ、闇を呼んだ後遺症だ。一晩も寝てれば苦しみは引くし、そろそろグライアも起きるだろう」
「色々……あったんだ」
「まず、語らなければならないのは、アルヴァトのことだ」
「アルヴァト……?」

 エルヴァインは、語り始める。
 自分とアルヴァトとの二度目の出会いと、そこから始まった悪夢の罠と——。
 そしてリクシアは、戦争がはじまったことを、知るのだった。


  ◆


 バルチェスター、王宮——。


「申し上げます! ラヴァン砦が落とされました!」
「申し上げます! セルヴィス将軍が討ち取られました!」
「申し上げます! ……」

 戦況は、思ったよりも芳しくないようだ。
 バルチェスター王エルーフェンは、さてどうしようかと首をかしげる。
 隣に控える宰相に問うた。
「そう言えば、確かウィンチェバルが滅びた時、そこから逃げ出してきた人たちがいたんだっけか」
「そう言った話を聞きますが……?」
「で、ウィンチェバルは優れた魔法大国。魔導士部隊とか、いたよね」
「何をおっしゃって——?」
「それだ」

 彼は、のんびりしすぎたうつけ者の仮面を剥ぎ取って、冷酷に言った。










「全軍に通達。今から、ウィンチェバル人を発見次第、強引にわが軍に引き入れよ。滅びた国だ、遠慮はいらない。彼らの持てる力を最大限に利用し、我が国の勝利につなげよ」










 ……戦は、アロームの町にまで、迫っていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 一日ぶりにこんにちは(((殴)、藍蓮です。

 Ep39以降、本来のプロットにない予定を書いて勝手に暴走したがためにスランプにはまり、更新スペースがダウンしました。勝手な理由ですね、申し訳ないことです(謝罪)m(-.-)m

 とりあえず。長すぎるので、前の話を区切りとして、ローヴァンディア編は二章に分けます。ちなみに物語の全体構成は十章を予定しているので、もう後半戦に入っています。

 ようやく軌道に戻れた! ここからはまたまた急展開、藍蓮の得意技が炸裂します(たぶん……)

 救出成功したと思うもつかの間、迫る新たな動乱の予感!
 この戦争の、行く末は——?

 次の話に、請うご期待!!


【町の名前、アロームなのにヴィーカって書き間違えてた……!
 そこは滅びた町だから!
 訂正しましたですハイ。】

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep47 強制徴兵令 ( No.51 )
日時: 2017/09/03 17:04
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 それから一週間。
 『反戦部隊』にいた回復魔法使いアマンナのお陰で傷の治りが早まったリクシアたちは、驚愕の知らせを受け取った。



「ウィンチェバル強制徴兵令!?」



 戦に苦しんだ果てに。バルチェスター王はそんなことをやらかした。
 現在地は石の家で、アルヴァトたちは用事があるらしく、もう三日ほど会っていない。
 苦い顔で、エルヴァインは頭を抱えた。
「僕はとっくに……ばれているだろうな」
「加勢するわ」
 グラエキアが、強い笑みを浮かべた。
「グライア、だが」
「魔導士は剣士とは違って、まだマシな待遇を、受けられるとは思うけれど?」


 ……何はともあれ。
 時が、来たのだ。戦いのときが。


 リクシアは大きくうなずいた。
「私、立ち向かうから」
 傷の治りきっていないフェロンに、笑いかけた。


 ふと胸元を見れば、そこにあるのは三枚の羽根。

 一枚目の、冷たい輝きを放つ白の羽根は。かなり前。リクシアが甘すぎたころに訣別の証として受け取った、悔恨の白い羽根。
 二枚目の、どこまでも青く澄んだ羽根は。かなり前。極北の地を去る前に、リクシアが握っていたアルフェリオの最後の形見。
 三枚目の、優しい印象を放つ白の羽根は。かなり前。極北の地を去る際に、「何かあったら放り投げて」と、フィオルのくれた友情の羽根。
 どの羽根にも、様々な想いが、詰まっていた。
 そのうち最後の羽根は、これから戦乱に巻き込まれるにあたり、使用する機会があるかもしれない。
 リクシアは三枚の羽根の首飾りを握りしめ、今は極北の地にいるであろう天使と悪魔を想った。
 別れてからしばらく経ったけれど。フィオルの翼の怪我は、治っただろうか?

 そう、思っていた時だった。


「扉を開けろ! そこにウィンチェバル人がいるのはわかっているんだ!」


 声が、して。
 ああ、ついに時が来たのかと、思った。
 リクシアは真っ先に扉に駆け寄り、開けた。


「私はリクシア・エルフェゴール! ウィンチェバル人。魔物になった、リュクシオンの妹よ!」


 堂々と名乗って。
 その手を差し出した。


「徴兵するんでしょ? すればいいわ! 私は光と風の魔導士! 役に立てるんじゃないかしら!」


 みんなに助けてもらったんだから。今度はみんなのためになるんだ。
 決意を込めて、差し出した手。
 徴兵に来た男は、そのあまりに堂々とした態度にびっくりしたようだが、首を振って言った。
「お前だけじゃないだろう! 他のみんなも、出て来い!」
 グラエキアは、ちらりと後ろの檻を見た。大丈夫だ、しっかり隠蔽されている。
 徴兵係には、ばれていない。
 グラエキアは、エルヴァインとともに、進み出た。

「ならば名乗るわ。私はグラエキア・ド・アルディヘイム・クラインレーヴェル・ヴァジュナ・フォン・アリアンロッド。今は亡きウィンチェバル王の姪っ子よ!」
「エルヴァイン・ウィンチェバル! ウィンチェバル王の第三王子だ! しっかりとした待遇を望むね」

 その、凄すぎる名乗りに。徴兵係は一瞬、固まって。
「……善処いたします!」
 そう、叫ぶしかなかった。
 最後に、フェロンがふらりと現れた。
 彼は剣士だが、生憎怪我が治りきっていない。しかも顔の左半分には大きな傷跡があり、完全に左目は見えない。それでも戦えというのだろうか——?
 フェロンは、淡々と名乗った。
「フェロン。剣士だ」
「戦えるか?」
「それなりに」
「なら、戦え」
「……承知」
 その言い分に、リクシアが憤慨した。
「ちょっと! フェロンは怪我人なんだよ! 私もそうだけど、剣士が怪我を負っているって、致命的じゃない! あなたはフェロンに死ねと言っているの!」
「生憎と。一兵卒では上に逆らえないんだ。理解してくれ」
「……いいわ」
 リクシアは、徴兵係を睨みつけた。
「代わりに! 私とフェロンは近い所に配属してね! 絶対だよ!」
「……善処する」
「私からもお願いするわ」
「僕からもお願いしよう。まさか滅びた国とは言え、王族の頼みを無下にはできまい?」
「善処いたしますっ!」
「上々」

 かくして、リクシア達は、本格的に戦に加わることになる。
 この戦の結果がどうなるかはわからないけれど。早く終わらせて、戻し旅を再開したい、そう思うリクシアであった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 あと100文字で、「カラミティ・ハーツ」の総文字数が、10万字越えるらしい。
 そんなことを、しみじみ思った藍蓮です。
 いや〜、長かったですねぇ!(←まだ1か月も過ぎていないのに長いとかいう奴)
 書いている期間はそこまでじゃないですが、10万字も行くとなると、感慨もひとしおです。

 ついにやってきた徴兵令!
 軍に否応なしに巻き込まれるリクシア達!
 未来の行方は——?

 次の話を、お待ち下さい!

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep48 二人が抜けても ( No.52 )
日時: 2017/09/04 21:27
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 徴兵係に連れられて。リクシアが向かったのは魔導士の営舎。
 結論、フェロンからは引き離された。しかし、近い所に配属してくれるらしい。
 向かったその地で説明を受けた。

「そちら方魔導士部隊は、主に遠方からの援護を担当する。相手は魔物。元は善良なる人間だ。しかし、それを恐れることなかれ! 目の前にいるのは敵! 故に倒す! 倒さねばならぬ! ただそれだけを考えて戦え!」

 とのことだった。
 こんな殺伐とした雰囲気は初めてだったから、緊張するリクシアに。


「大丈夫なの。私たちは前線に出ないの」


 そっと笑いかける瞳があった。


「私、エリセナ。水使いなの。私もウィンチェバルから来たの。引っ張り出されてきたの」


 ……リクシアと似た境遇の者が、ここにもいた。
 水色の髪、青い瞳。腕にクマの縫いぐるみを抱いたその子は、その手を差し出した。


「だから、よろしくなの」


 リクシアは、笑ってその手を握り返した。
「私、リクシア。光と風の魔導士よ。これからよろしく!」


 たとえ戦場に立ったって。
 一人じゃ、ない。


  ◆


「剣士部隊は主に直接魔物に斬りかかる近接戦闘を担当する! 相手を斬り殺してもひるむなよ? 敵は倒すべし! 以上だ! ただし、怪我人は若干後方に配備! 元気な者から傷つくんだ!」

 説明を受けて静かにうなずいたフェロンは。恐る恐る身体を動かしてみる。
 失われた半貌と、右足にズキンと痛みが走る。思わず顔をしかめ、よろけた彼に。


「ったく、上層部も一般兵の扱いが荒いよなぁ」


 笑って、その手を取って支えてくれた者がいた。
 若い兵士だった。おそらく、フェロンとそう変わらない歳の。
 兵士は、名乗った。

「マクスウェル。マックスって呼んでくれな。ってかあんた、顔の左半分、やっべぇことになってっけど、大丈夫なん?」

 その陽気さに、若干救いのようなものを感じつつも。
 フェロンはその手を握り、名乗った。
「フェロンだ。顔の左半分はだいぶ前から見えなくなっているからもう慣れた。よろしくな、マックス」

 彼は、早速あだ名を呼んでくれたフェロンに、にやりと笑った。
「よろしくな、緑の戦士」

 どこに行ったって。仲間という存在は、心強いものだ。


  ◆


「……という状況なんだよ」
「わかったわ」
「理解した」

 場所はバルチェスター王宮。

 ウィンチェバルの王族とわかったグラエキアとエルヴァインは、バルチェスター王エルーフェンと、面会していた。

 エルーフェンは、さっきまで二人に状況を説明していた。
 ローヴァンディアが、魔物を率いて攻めてきたことと、魔物の誕生によって絶望した人々がさらに魔物化し、悪夢の輪廻が続いていること。だから、そちらの王族に、バルチェスターに逃げ込んできたウィンチェバル人の指揮を取ってもらいたいこと。
 そういった話を聞いて、グラエキア達は素直にうなずいたが。
 ここで引き下がるようならそもそも。王族なんて、やっていない。


「ならば撤回してくださるかしら」


 グラエキアは、凛とした目で王を見た。

「貴方のだした、強制徴兵令を。ウィンチェバルの民はウィンチェバルの者が率いる。それでよろしいんじゃなくって?」
「生憎とそれはできないかな」
 王は何を考えているのか、まるでわからない目で笑った。
「強制徴兵令を出したうえで率いてもらうっていうのは、我儘が過ぎるかな?」
「馬鹿なことを。私たちは貴方の道具じゃございませんもの」
 その答えに、王は笑ってこう言った。









「——そもそも、滅びた国に、何の権限があるのかな?」









「貴様ッ!」


 瞬間、エルヴァインが剣を抜いた。
 その剣は、王の首に突きつけられていた。


「陛下ッ!」
 広間がざわつく。
 王はその状況にありながらも、さらに笑うのであった。





「おめでとさん」





 首に突き付けられた剣に。
 全く動じもせずに。





「これで君たちも逆賊だ。わざわざ招きに応じてくれてありがとう。君たちという不確定要素を、排除する格好の口実ができたよ」





 それは。初めから罠だったのだ。
 あんな発言をしたのも。全ては彼らを怒らせて。あえて反抗させるため。

 うつけと呼ばれたエルーフェン王は。身の内にとんだ狐を買っていた。
 敗北を悟ったエルヴァインは、大人しく剣を鞘に仕舞う。
 ここでこの王を殺しても意味がない。戦時中に王を失った国には、無駄な悲しみが増えるだけ。

 悔しさに唇を噛みながらも。エルヴァインは、素直に両手を差し出した。
 その手に掛けられる鎖。
 グラエキアの細い手にも、同じように。

 かくして二人は捕えられる。王に剣を向けた逆族として。
 しかし、最後にグラエキアは言い放った。

「いいこと、狐の王様」

 あえて侮辱罪を重ねながらも。
 彼女は黒い笑みを浮かべた。


「今回は貴方の勝ちだけれど。いずれ再び、私たちが勝ちを取りに行くから」


 王は面白そうに笑った。


「やってみるがいい。挑戦、楽しみにしている」


 始まった戦争には。王族たちは加わらない。
 しかし彼らは信じている。
 リクシアとフェロン。これから戦場に立つ二人の、真の強さを。

(あの子たちならいけるわよね?)
(何回共闘したと思っているんだ)

 小さい声で、ささやきあった。

 戦いが、始まる。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep49 嵐の予感 ( No.53 )
日時: 2017/09/07 20:40
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 更新遅れてすみません。リアルが忙しかったのです。
 なのになぜ、「夜明けの演者」は更新されているのかって?
 それは……こっちで50話目に派手にやらかそうと思っていたのですが、そのつなぎの49話目がなかなか浮かばなくてですね……。今回短めなのはそのせいですハイ。

 来週の月曜日から、本格的にとりかかることになりそうです。
 学校で文化祭があるんですよ……。ご勘弁を。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ——場所はローヴァンディア王宮。


「アロン、失敗したと?」


 ローヴァンディア王ヴォルラスの詰問に、暗赤色の髪の男は冷や汗を浮かべる。
 アロン。暗赤色の髪の男。ヴォルラスの腹心。
 この男こそ、これまでリクシア達を苦しめてきた、魔物使いの男である。

 ヴォルラスは、男を睨みつけた。

「『反戦部隊』を壊滅させられなかっただけでなく、魔物部隊の一部も失ったと申すか! ええ? アロンよ! ……魔物の操り方はもうわかっておるのだ。ゆえにそなたに罰を与えても。わが方が被る被害は僅か……」

 王は、何かを思案しているようだった。アロンは気が気でなかった。
 やがて、彼は言う。

「余は、これより貴殿を指揮官の地位から外し、一般兵士として戦闘に臨むように申しつける。反論は許さん! それと」
 彼はアロンに近づいて行き、その首に提げられていた何かを奪った。

 それは、笛のようにも見えた。

「貴殿よりこれを取り上げる。よって、もう貴殿は魔物を操ることができぬ。これが打ち洩らした罰である。異論はないな!」

 ……反論、できるわけもない。
 今回の事件の非は、全てアロンにあったから。
 下された罰はあまりに重いが。否と言えようはずもなく。

「……承知、致しました」

 彼は静かに部屋を辞す。





 その先で絶望に囚われて。
 彼が魔物化することを。

 ——王は、予期していたのだろうか——

 その次の日、魔物部隊に新たな魔物が加えられた。
 その魔物の毛は、暗赤色をしていた——。


  ◆

 
「行こうか、兄さん」
「……もう、大丈夫なのか?」
「天使は回復力が強いんだよ。その血が半分しか流れていなくたって……僕はもう、大丈夫さ」

 極北の地。
 花の都のあったところ。
 残った三色天使と半天使と半悪魔のお陰で、そこは二カ月の間に復興しつつあった。
 フィオルは、言う。

「みんな、待ってる。そろそろ、行かなきゃ」

 失われた翼は、少しずつ再び生えてきて。
 まだうまく飛べるほどではないけれど。いつかは再び、飛べるようになるだろう。

「行くのか」

 ヴァンツァーが、声をかけた。

「生憎と。俺たちは当分ここを離れられないからな……。ついて行ってやれないのが残念だが」
「大丈夫さ。僕ら、これまでずっと。二人きりでやってきたんだから」

 笑って、アーヴェイに手を伸ばす。
 アーヴェイはその手をしっかりと握り、柔らかく微笑んだ。

「オレたちの休息は長すぎた。向こうに行ったあの砂糖菓子が、どうなっているのか気になり始めたころだしな」

 リクシアのことを砂糖菓子とアーヴェイは揶揄した。
 その言葉を聞いて、吹き出したラーヴェル。

「本人に言ってやれよ……くくくっ、ぷぷっ! 砂糖菓子! 言い得て妙だぜ!」
「さびしくなるのです〜」
 
 リリエルが、少し悲しそうな顔をした。
「でも、私たち、ここで待ってますから! 戻し旅? それが無事に終わったら、またここに来て下さいよ〜。復活した町で歓迎するのです〜!」

「ああ、絶対に、戻ってくるさ」

 言って、前に差し出したアーヴェイの異形の手を。
 三人の天使が、それぞれ握る。
 フィオルもその手を差し出した。

「絶対に」

 こうしてそちらも別れていく。胸に新たな希望を燃やして。
 しかし彼らは、知らなかった。




 
 ——とうの昔に、戦乱は始まっていることを。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ハイどーもお久しぶりです藍蓮です。

 更新遅れてすみませんね〜。何が「一日一話」じゃ。二日も更新遅れました。殴ってくれても構いません。内容浮かばなかったのですよぅ。

 次はいよいよ50話目。「カラミティ・ハーツ」も長かった……。
 次はおそらく、短くても4000文字越えます。プロットがあります。フラグとか言わないでください。しっかり回収する気があります。
 ただし……。それだけの量を書くには、それなりに余裕がいるわけで。
 更新遅れたらすみませんが、まあ、気長にお待ちください……。

 ご精読、ありがとうございました。
 次の話に、請うご期待!

カラミティ・ハーツ Ep50 Calamity Hearts ( No.54 )
日時: 2017/09/11 00:18
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 ……更新遅れて本当に申し訳ありませんでした!
 リアルが忙しかったのですよ、ご勘弁を。

 記念すべき50話目。究極のどんでん返しが、始まる——。


※ 5500文字でめっちゃ重いです。
  余裕を持ってお読みください!

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 戦場。
 向かった先で見たのは。阿鼻叫喚の地獄。
 見慣れたと思っていたのに。思わず顔をそむけたリクシアを。

「大丈夫なの」

 エリセナが優しく笑って、励ました。
 柔らかな光をたたえる薄青の瞳が、強い光を浮かべて戦場を睨んだ。

「でもね、これが、ここの当たり前なの。だから……嘆いても仕方がないの。慣れるしかないの」

 ……わかっている。
 しかし、それでも割り切れないものだってあって。
 迷いを振り捨てるように、リクシアは高く右手を掲げた。
 今も。魔物と化した人間に、多くの人間が引き裂かれていく。

「……わかっているわ、ええ!」

 魔物は元は人間だ、が。そんなこと気にしている余裕はなくて。
 掲げた右手。唱えようとした魔法。
 しかし、そのとき偶然、左手があるものに触れて。
 動きが、止まる。





 触れたのは、柔らかい色の白い羽根だった。





 リクシアは、思い出す。
 だいぶ、前。極北の地で。天使と悪魔と別れた日。


 ——大変になったら使ってと、渡された白い羽を。


 今こそその時。今こそ、使うべき時。
 だって、敵の魔物は無数にいるのに。
 抵抗するこちらはそこまでいなくて。
 このままだと、負ける可能性も大きいし。
 何より、前線に出たフェロンが心配だったから。

「……それ、何なの?」
「まあ見ていてよ」

 訝しげなエリセナに強く笑いかけ、その羽根を首から外し、天に高く放り投げた。
 懐かしいあの二人の姿を。強く強く思い浮かべる。





「——フィオル! アーヴェイ! 私を助けて!」





「……待ってました」
「丁度そちらへ向かおうとしていたところでな」

 目を向ければ。
 そこには、懐かしの仲間たちがいて。
 フィオルはまだ少し翼を庇っているような感じがして、アーヴェイの右腕は異形だけれど。

 ——変わらないで、そこにいる。

 思わず嬉しくなって、リクシアは笑いかけた。

「会いたかったわ!」
「こっちこそ。で、何? 今、戦時中?」
「状況を完結に頼む。王子と王女は? 傷痕はどうした?」
「……リクシア、私、何が何だか全然わからないの」

 その後、帰ってきた疑問の嵐に。
 リクシアは短く、これまでの経緯を三人に話すのだった。
 その目は変わらず、戦場を向いていた。


  ◆


「やられるかぁッ!」

 襲いかかってきた魔物を。剣の一閃で薙ぎ払う。

「やるじゃん! 怪我人のくせに!」
「僕らの状況は特別だった。伊達に魔物と戦っているわけじゃないんだ」
「あ、それやばそう! 今度教えてくれよな〜」
「時間があったらな」

 ——大丈夫だ、戦える。

 戦場でフェロンは、ひらりひらりと優雅に敵陣を舞った。
 その瞳に情けはない。慈悲もない。優しさなんて欠片もない。
 なぜなら、今の彼は

 ——殺人剣のFだから。

 そう呼ばれていたころの彼は、手加減なんてできなかった。覚えていたのは殺しだけ。手加減なんて、している暇がないほどに自らを追い込み、狂ったように戦いを求め続けた。
 その時代の彼は、自分の命に頓着していなかった。だからこそ。故にこそ。彼は強かった。
 死を恐れない人間は。神になれるという話さえある。
 だから彼は。最後まで「殺し」を求め続け、自分のことを省みなかった彼は。
 知ることになる。





「が……ッ!」
「フェロン!」





 貫いた爪は。





 確実に、その胸を貫通し。





 致命傷を負ったのだと、彼に理解させるに至った。





 これまで彼は幾度となく死地をくぐり抜けてきたが。


 これまで感じたことのないほどの熱さと息苦しさに。





 彼は、己の死を悟った。





「フェロン、おま——」
「——フェロン!」


 マックスの声を裂いて飛び込んできた、少女の、悲鳴。
 くずおれる。赤く明滅する視界の中に映った、甘ちゃん魔導士の白い髪。

「フェロン!?」
「傷痕!」

 この場にいるわけのない、天使と悪魔の対照的な姿。
 自分の身体が、誰かに抱かれたような、感覚。
 フェロンは、目の前にリクシアの存在を確認した。

「リア……。魔導士部隊に……いた……はずじゃ……?」
「そんなのどうでもいいからぁ! 早く、早く治療を! 傷だらけのフェロンが戦うなんて、無理だったんだよぉ! 大丈夫、私が連れてく!」
「……諦めろ」

 彼女の言葉を全否定する悪魔の声が。
 鋭く冷たく響いた。

「どう見ても致命傷だ。フェロンは死ぬ。……死ぬんだ。助かりようがない」
「……ようやく……名を言ってくれたのか……」
「減らず口をたたく暇があるなら、生きろ馬鹿」
「……無理だ……って」

 アーヴェイと小さな会話を交わしていたら。
 ごぽりと口から溢れだした血液。
 ああ、息が苦しい。
 おそらく肺にも血は回ったか。
 そして心臓にはきっと、すでに傷が付いている。
 おそらく。保ってもあと数呼吸程度だと、彼は諦めた心境でそう見積もった。

 泣き出した幼馴染を。妹みたいな少女を。どこまでも甘い砂糖菓子頭の、しかしどこか憎めない明るい女の子を。守ってあげたい友人を。

 ——そして。いつの日か芽生え始めた恋心を、捧げる相手を。

 不思議なほどに凪いだ心で。
 走馬灯のように、これまでの日々を思い返しながらも。

 散り際の一言を、言う。















「——大切な時間を……ありが……とう」















 彼女と過ごしてきた日々は。
 フェロンの長くはない生の中で。
 確かな彩りと、確かな温かさを。
 添えたから。


「————フェロォォォオオオオオオオンッッッ!!!!!!!!!! 嫌だ、嫌だぁッ! 死んじゃ嫌だぁッ! 逝かないで……! 逝かないでよぉ、フェロン。逝かないでぇッ!」


 幼いころから、ずっと一緒だったフェロン。
 リクシアの、大好きな幼馴染であり、もう一人の兄であり。

 ——恋人みたいだった、フェロン。

 そして。彼の死は。さらなる事態を。
 最も避けたかった事態を。

 呼び起こす。


「フェロン、フェロ、フェ、ロ、フェロンフェロフェロフェロォォォオオオオオオオンッッッ!」





 ——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。





「まずい!」
「止まれリクシア! 兄の二の舞になりたいか!」










 ——その身体が、異形になっていく。









 ——リクシアが、魔物になる——!









「アアア……アア……オオオオオオオオオオオオオオオ!」

「止まってよ!」
「無駄だフィオ! くそっ、オレたちが呼ばれたのはこんなことのためだったのか!? 戦争を終わらせるためじゃなかったのか! こんな……こんな、悲しすぎる後始末のためにッ! これまでの苦難の旅はどうしたッ!!!!!!!!!!」

 狂い始めたその瞳には。天使も悪魔も映っていない。
 誰もがもう、彼女は完全に魔物になり、理性を失った、そう思った。

 ——なのに。










「グォォォオオオオオオオオオオオオオオッ!」










 ——別の魔物の、声が、して。





 振り向いた、そこにいたのは。
 身体中に鎖の残骸をひっつけた、
 本来ならば、グラエキアの檻にいるはずの。










 ——リュクシオン=モンスターだった。










「……嘘だ……」
「なんでここに……」

 その経過を知らない天使と悪魔でも。
 その登場は、あまりにも予想外で。

 突如現れた悲しみの魔物は。
 リクシア=モンスター? からフェロンの遺体を奪うようにして抱いて。


「オオオ……ウォオオオ……ウォオオオオオオオオオオッ!」


 まるで彼の死を嘆き悲しむかのように、空に向かって咆哮を放った。
 魔物になって。心を失ったはずなのに。
 その途端、はじけた光。
 優しく呼びかける、言葉にならない声。
 それは、リクシア=モンスター? の耳に届いて。

 光が四散した。

 次の瞬間。そこにいたのは。
 真っ白な魔物ではなくて。





 ——驚いたような顔で地面にへたり込む、魔導士リクシアだった——。





「シア! 正気に——」
「二度と闇に囚われるなy——」


「……お兄ちゃん」


 心配するハーフたちの声を遮るようにして。
 どこか虚ろな顔で、リクシアはつぶやいた。
 悲しみの魔物が。その背中が。彼女の目の前に、あった。

 リュクシオン=モンスターは振り返る。
 表情のない顔がその瞬間、明らかな「笑み」の形になった。
 それは、言った。
 いつしかみたいに、変な声ではなくて。
 
 本当の、リクシアのお兄ちゃんの、声で。


「リア」


 先ほどよりも、さらに強い光が溢れた。
 思わずみんな目を覆う。
 やがて光が晴れたとき、そこにいたのは——!










「 … … ご め ん ね 、リ ア 」










 泣きそうな顔で、魔物ではなくなった大召喚師は、呟いた。
 訳のわからない言葉を叫び、ただひたすらに、リクシアは兄に近づこうとした。
 当然だ、念願がかなったのだから!

 しかし、ここでハッピーエンドなんて、そんな都合の良いエンディング、あるわけないだろう?

 大召喚師が腕を一振りすれば。
 一気に吹っ飛ばされたリクシア。

「……お兄ちゃん……?」

 驚き、傷ついたような顔をした彼女に。
 泣きそうな顔の大召喚師は、泣きそうな声で呟いた。










「 邪 魔 し な い で 」










 ——それは。

 いつしかアルフェリオが悪夢となったときに言った言葉と。
 丸っきり、同じだった。
 後から起こることを予想して、リクシアは叫んだ。

「いやぁ! やめて! やめてよお兄ちゃん!」





「——召喚。我は『器』なり! 我に宿りて現れよ悪魔! 混沌の渦より生を享(う)け、万物を無に帰す破壊の化身!」





 ——それは、行ってはいけない禁忌の召喚術。















「——縛る鎖を解き放て! ……死色の混沌! 悪魔アバドンッ!!」















 ——なぜ。


 なぜ、彼はこんな愚行に出たのか。


 誰もわからない。わかるわけがない。


 しかし。


 彼のたぐいまれなる召喚師の技によって。


 今宵、悪魔は呼び出され。





 ——大召喚師リュクシオンの身体に、宿った——。





 それはすなわち!


「……破壊……破壊……破壊……ッ!」





 ——リュクシオンの意思が。完全にこの世から失われること——!





 リクシアは、見る。


 フェロンの物言わぬ遺体と。


 ——心を悪魔に譲り渡した、大召喚師のなれの果てを——。


「どうして……! どうして……ッ!」


 叫ぼうが、何しようが。
 関係ない。


「破壊ッ!」
「させないッ!」

 ローヴァンディア軍に向けられた、悪魔の魔法を。
 己の力すべてを込めて、受け止めて注意を引きつけた。

「お兄ちゃんは確かに私を戦争に勝たせようとしたのかもしれないよ……。でもね、駄目。こんな方法じゃ、駄目ぇッ! お兄ちゃんが悪魔になればッ! ローヴァンディア軍は壊滅だよ! だけど……」

 混沌の悪魔、アバドンは。
 絶対に、そんな程度の破壊では、満足しない。
 ローヴァンディア軍がやられたら、次に矛先が向くのは。


 ——リクシアの、方だ。


「お兄ちゃんの馬鹿ァッ!」


 叫び、その目から滂沱と涙を流しながらも。
 魔物化はしない。そう心に固く誓って。





「わかったわ、お兄ちゃん! それがあなたの答えなんだ! ならば私は! ……あなたを、全力でぶっ潰すッッッ!」





 どこで間違えたのだろう。
 リュクシオンが一瞬、元に戻った瞬間。
 リクシアはハッピーエンドの予感を感じた。
 たとえフェロンが死んでしまっても。
 みんなでまた、幸せになれるって!

 でも、そんなことはなかった。
 あの瞬間。人間に戻ったリュクシオンは。
 己の身に悪魔を宿し。自らの意思を完全に消し去ってまでして、戦争を終わらせようとした。
 いつもの彼ならば絶対に。そんな真似、しないのに。
 温厚で優しくて。急展開を嫌う彼なら——。

 ——なのに!

 なのになのになのに!

 おかしいんだ、この現実が!
 有得ないんだ、この真実が!

 ハッピーエンドなんて、存在しなかった!

 今、目の前にあるのは。
 完全なる悪夢!

 リクシアは、後ろに控える仲間たちを見た。


「邪魔しないでね。これは私とお兄ちゃんの、戦いなんだから」


 今ならわかる気がする。
 あの王族たちの、言っていた、

 ——責任感、という意味が!





「あなたの悪夢を終わらせられるのは——私しかいないッ!」





 間接的にだが。この状況を呼んだのはリクシアだし。
 第一。リュクシオンを倒すのは、リクシア以外にはあり得ないから。

 涙を振り払って。悲しみを乗り越えて。
 死んだフェロンに削ってもらった、イチイの杖を天高く掲げた。
 そこに集まるは風と光。
 リクシアの属性で、杖に新たな形が追加されていく。
 やがて生ま変わったそれは。簡素な木の棒から。

 ——その頂点に輝ける不死鳥の彫刻を戴いた、シンプルな純白の杖へと変じた。

 兄を倒すため。兄に乗り移った悪魔を倒すため。
 想いが生んだ、その杖を。


「……デイ=ブレイク」


 夜明けと名付けて。
 
 
 その杖を、リュクシオン=アバドンへと向けた。
 悪魔の乗り移った青の瞳が、瞬時に赤色へと染まる。

 もう泣かない。もう嘆かない!
 これが私の選んだ道だ! その先に幾ら悲劇があったとしても!
 乗り越えてみせろ、乗りきってみせろ!

 リクシアは、壮絶に笑った。














「——さあ。殺戮ゲームの、始まりよ」














 解き放たれた混沌の悪魔の力と。
 純粋な想いから成る、光の力が。

 抗い合い、叫びを上げながらも。


 ——火の粉を散らし、ぶつかりあった——。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ……藍蓮です。予告通り、シリアスすぎる50話、お届けいたします。

 人は死ぬわ魔物化するわ、なんだかんだ言って最悪ですね。
 この話は前々から考えていたものなのですが、時間がなくて出せませんでした。
 しかし。多忙な状況が終わった今日、書かせていただきます!

 悲しみと絶望の戦いが幕を開ける。
 その戦いの結末とは——!

 終盤に向かって一気に駆け足な「カラミティ・ハーツ」!
 次の話に、請うご期待!

※気がついたら、閲覧数500行っていたんですね。皆様ありがとうございます。
 ローヴァンディア編が終わったらアルヴァトの短編を書く予定がありますので、しばしお付き合いください。

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep51 明けの見えぬ夜 ( No.55 )
日時: 2017/09/11 16:10
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 杖を構えて風を呼ぶ。光を呼ぶ。思いを乗せて。
 対する悪魔は闇の力で。リクシアを引き裂こうと襲いかかる。
 そして戦争は再開される。人々は彼らを遠巻きにして。再び争い始める。

 ——そこは、地獄だった。

 愛する者と戦わされ。悲しみの海を行く。
 終わらぬ戦乱、終わらぬ悲劇。
 死んだフェロンの望んだ平和は。今は一体いずこにあるや?
 リクシアは、この世界が嫌いだ。この醜く、悲しみしか呼ばない世界が。
 しかし。
 現実があるから。

 目の前にいるのは兄ではない。
 兄はとっくに死んだんだ!
 そう思いこみ、杖を振った。光が相手の肌を焼き、風が衣を引き裂いた。

 リュクシオン=アバドンは唸り声をあげてリクシアに迫り、闇の力のこもった腕を突き出すが。

「無駄よッ!」

 死んだフェロンに教えてもらった棒術。
 杖の先端で地を突いて、大きく後ろに跳びすさり、
 唱えるは、想いの呪文!


「闇夜にこそ咲く純白の花、荒野にこそ吹く枯れた風。報われぬ運命に抗いて、今こそ見せよ、その真価! 彼方(あなた)呼ばうは炎の瞳! 穢れなき白、想いの赤!」


 それに警戒して襲い来る悪魔を。
 撃退しようとしたフィオルが吹っ飛ばされ、アーヴェイが悪魔モードを解放する。
 それでも目を逸らさない。それにも心を揺らさない。それが自分にできること!


「悪夢の律法、その目を開けて! 今、運命を、書き換えよ!」


 警戒した悪魔もまた、ある邪法の用意を始める。
 それでも止まらない。
 たとえ相討ちになったって!
 自分ができることを。最後まで、全力でやるだけだ!


「光と風と、溢るる想い! 解き放て——!」


 その魔法の名前は——!














「 — — エ ル フ ェ ゴ ー ル ッ ! 」















 放たれた。
 光と風が。
 悪魔乗り移ったリュクシオンに向かって。

 そして。

 放たれた。
 闇と氷が。
 正義へと突き進む、リクシアに向かって。

 光と闇。風と氷。
 対抗する属性の魔法が。
 互いに術を完成したばかりで、防御の態勢の取れない二人を。
 包み込む。
 爆発する。
 押し流す。
 捻り潰す。

 抵抗なんて、する暇がない。
 仲間の声が遠く聞こえる。

 光放ったリクシアは。
 溢れる闇に、身体中を蝕まれ。
 砕ける氷に、身体中を引き裂かれた。
 これまでにない苦しみが全身を襲うが。
 闇に閉ざされる視界の中で。
 自分と同じように苦しむ悪魔の姿を、視認した。

 当然だ、悪魔が100%の力を出し切るには。
 人の身体を『器』なんかにしないで。
 直接降臨させてもらえば、済む話。
 なのにリュクシオンは、そうさせなかった。
 それは。
 異常な行動をとった彼の。
 最後の理性の表れだろうか。
 しかし、もう彼はいない。
 永遠にいない。
 完全に、この世から消え去ってしまった。
 悪魔に己の身体を譲り渡し、己の意識を消滅させた。
 だから。
 わからない、わからない、わからない。
 もう、二度とわからない。
 けれど、仕方がないことなのだと、リクシアはぼんやりと思った。

 闇は己を蝕んでいくが。
 胸の羽根が。
 青い羽根が。
 アルフェリオの、遺した羽根が。
 彼の唯一の遺品が、強く強く輝いて。
 光り出す。
 それは闇を払う力になった。

 ——まだ、死ねない。

 こんな状況の中では。
 まだ、死ねない。
 リクシアは目を開けた。
 いつしか苦しみは消えていて。
 闇もまた、晴れていた。
 倒れたのは、悪魔の方。
 その唇が、言葉を紡ぐ。

 ——完全に消え去った、はずなのに。





「さヨうナラ」





「……お兄ちゃん」

 倒れたリュクシオン=アバドンは。
 その身体から、黒いもやを立ち上らせながらも。
 身体から完全に悪魔が抜けて。
 ただの大召喚師の姿となって、そのまま死んだ。

 ああ、彼は、死んだ。
 死んだのだ! リクシアが、あれほどまで追い求めてやまなかった「お兄ちゃん」が!
 彼女の旅の、最終目標が!

 そしてその視界の隅に、新たなる悪夢が映り込む。
 ぐったりとして動かないフィオルを抱いて。
 魔物となったアーヴェイが、敵味方見境なく、狂ったように暴れ始めていた。

 ああ、こんなところで終わるのか。
 フェロンが死に、リュクシオンが死に。
 フィオルが死んで、アーヴェイが狂って。
 エルヴァインとグラエキアは無事だろうか。
 しかし、どうせもう、旅は終わりだ。

 涙にかすむ視界の中。
 リクシアは完全なる絶望というものを理解した。
 戦いの終わったリクシアとリュクシオンの戦場。
 敵軍兵士が剣を持ってリクシアに近寄ってくる。
 ああ、自分も終わるのかな。
 敵軍兵士に殺されて。

 でも、もうどうでもいい。
 諦めたような心境で、そう思った。
 何をやったって。時は巻き戻りはしない。
 この絶望的な状況が、変わることなんて——。

 ——と、思っていたのに。

 リクシアは思い出す。ある伝説を。
 その名も、「時戻しのオ=クロック」。
 エルヴァインが一度だけ口にした、ウィンチェバル王国に伝わる不思議な物語。
 そんな逸話、信じてなんていないけれど。
 目の前に剣の反射光が迫る。
 時間がない。
 だからリクシアは、藁にもすがる思いで、その名を口にした。





「——オ=クロック!」





 その途端。リクシア以外のすべての時間が、止まった。



〈第七章 了〉

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