ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ Ep50 Calamity Hearts ( No.54 )
日時: 2017/09/11 00:18
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 ……更新遅れて本当に申し訳ありませんでした!
 リアルが忙しかったのですよ、ご勘弁を。

 記念すべき50話目。究極のどんでん返しが、始まる——。


※ 5500文字でめっちゃ重いです。
  余裕を持ってお読みください!

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 戦場。
 向かった先で見たのは。阿鼻叫喚の地獄。
 見慣れたと思っていたのに。思わず顔をそむけたリクシアを。

「大丈夫なの」

 エリセナが優しく笑って、励ました。
 柔らかな光をたたえる薄青の瞳が、強い光を浮かべて戦場を睨んだ。

「でもね、これが、ここの当たり前なの。だから……嘆いても仕方がないの。慣れるしかないの」

 ……わかっている。
 しかし、それでも割り切れないものだってあって。
 迷いを振り捨てるように、リクシアは高く右手を掲げた。
 今も。魔物と化した人間に、多くの人間が引き裂かれていく。

「……わかっているわ、ええ!」

 魔物は元は人間だ、が。そんなこと気にしている余裕はなくて。
 掲げた右手。唱えようとした魔法。
 しかし、そのとき偶然、左手があるものに触れて。
 動きが、止まる。





 触れたのは、柔らかい色の白い羽根だった。





 リクシアは、思い出す。
 だいぶ、前。極北の地で。天使と悪魔と別れた日。


 ——大変になったら使ってと、渡された白い羽を。


 今こそその時。今こそ、使うべき時。
 だって、敵の魔物は無数にいるのに。
 抵抗するこちらはそこまでいなくて。
 このままだと、負ける可能性も大きいし。
 何より、前線に出たフェロンが心配だったから。

「……それ、何なの?」
「まあ見ていてよ」

 訝しげなエリセナに強く笑いかけ、その羽根を首から外し、天に高く放り投げた。
 懐かしいあの二人の姿を。強く強く思い浮かべる。





「——フィオル! アーヴェイ! 私を助けて!」





「……待ってました」
「丁度そちらへ向かおうとしていたところでな」

 目を向ければ。
 そこには、懐かしの仲間たちがいて。
 フィオルはまだ少し翼を庇っているような感じがして、アーヴェイの右腕は異形だけれど。

 ——変わらないで、そこにいる。

 思わず嬉しくなって、リクシアは笑いかけた。

「会いたかったわ!」
「こっちこそ。で、何? 今、戦時中?」
「状況を完結に頼む。王子と王女は? 傷痕はどうした?」
「……リクシア、私、何が何だか全然わからないの」

 その後、帰ってきた疑問の嵐に。
 リクシアは短く、これまでの経緯を三人に話すのだった。
 その目は変わらず、戦場を向いていた。


  ◆


「やられるかぁッ!」

 襲いかかってきた魔物を。剣の一閃で薙ぎ払う。

「やるじゃん! 怪我人のくせに!」
「僕らの状況は特別だった。伊達に魔物と戦っているわけじゃないんだ」
「あ、それやばそう! 今度教えてくれよな〜」
「時間があったらな」

 ——大丈夫だ、戦える。

 戦場でフェロンは、ひらりひらりと優雅に敵陣を舞った。
 その瞳に情けはない。慈悲もない。優しさなんて欠片もない。
 なぜなら、今の彼は

 ——殺人剣のFだから。

 そう呼ばれていたころの彼は、手加減なんてできなかった。覚えていたのは殺しだけ。手加減なんて、している暇がないほどに自らを追い込み、狂ったように戦いを求め続けた。
 その時代の彼は、自分の命に頓着していなかった。だからこそ。故にこそ。彼は強かった。
 死を恐れない人間は。神になれるという話さえある。
 だから彼は。最後まで「殺し」を求め続け、自分のことを省みなかった彼は。
 知ることになる。





「が……ッ!」
「フェロン!」





 貫いた爪は。





 確実に、その胸を貫通し。





 致命傷を負ったのだと、彼に理解させるに至った。





 これまで彼は幾度となく死地をくぐり抜けてきたが。


 これまで感じたことのないほどの熱さと息苦しさに。





 彼は、己の死を悟った。





「フェロン、おま——」
「——フェロン!」


 マックスの声を裂いて飛び込んできた、少女の、悲鳴。
 くずおれる。赤く明滅する視界の中に映った、甘ちゃん魔導士の白い髪。

「フェロン!?」
「傷痕!」

 この場にいるわけのない、天使と悪魔の対照的な姿。
 自分の身体が、誰かに抱かれたような、感覚。
 フェロンは、目の前にリクシアの存在を確認した。

「リア……。魔導士部隊に……いた……はずじゃ……?」
「そんなのどうでもいいからぁ! 早く、早く治療を! 傷だらけのフェロンが戦うなんて、無理だったんだよぉ! 大丈夫、私が連れてく!」
「……諦めろ」

 彼女の言葉を全否定する悪魔の声が。
 鋭く冷たく響いた。

「どう見ても致命傷だ。フェロンは死ぬ。……死ぬんだ。助かりようがない」
「……ようやく……名を言ってくれたのか……」
「減らず口をたたく暇があるなら、生きろ馬鹿」
「……無理だ……って」

 アーヴェイと小さな会話を交わしていたら。
 ごぽりと口から溢れだした血液。
 ああ、息が苦しい。
 おそらく肺にも血は回ったか。
 そして心臓にはきっと、すでに傷が付いている。
 おそらく。保ってもあと数呼吸程度だと、彼は諦めた心境でそう見積もった。

 泣き出した幼馴染を。妹みたいな少女を。どこまでも甘い砂糖菓子頭の、しかしどこか憎めない明るい女の子を。守ってあげたい友人を。

 ——そして。いつの日か芽生え始めた恋心を、捧げる相手を。

 不思議なほどに凪いだ心で。
 走馬灯のように、これまでの日々を思い返しながらも。

 散り際の一言を、言う。















「——大切な時間を……ありが……とう」















 彼女と過ごしてきた日々は。
 フェロンの長くはない生の中で。
 確かな彩りと、確かな温かさを。
 添えたから。


「————フェロォォォオオオオオオオンッッッ!!!!!!!!!! 嫌だ、嫌だぁッ! 死んじゃ嫌だぁッ! 逝かないで……! 逝かないでよぉ、フェロン。逝かないでぇッ!」


 幼いころから、ずっと一緒だったフェロン。
 リクシアの、大好きな幼馴染であり、もう一人の兄であり。

 ——恋人みたいだった、フェロン。

 そして。彼の死は。さらなる事態を。
 最も避けたかった事態を。

 呼び起こす。


「フェロン、フェロ、フェ、ロ、フェロンフェロフェロフェロォォォオオオオオオオンッッッ!」





 ——人は、心を闇に食われたら、魔物になる——。





「まずい!」
「止まれリクシア! 兄の二の舞になりたいか!」










 ——その身体が、異形になっていく。









 ——リクシアが、魔物になる——!









「アアア……アア……オオオオオオオオオオオオオオオ!」

「止まってよ!」
「無駄だフィオ! くそっ、オレたちが呼ばれたのはこんなことのためだったのか!? 戦争を終わらせるためじゃなかったのか! こんな……こんな、悲しすぎる後始末のためにッ! これまでの苦難の旅はどうしたッ!!!!!!!!!!」

 狂い始めたその瞳には。天使も悪魔も映っていない。
 誰もがもう、彼女は完全に魔物になり、理性を失った、そう思った。

 ——なのに。










「グォォォオオオオオオオオオオオオオオッ!」










 ——別の魔物の、声が、して。





 振り向いた、そこにいたのは。
 身体中に鎖の残骸をひっつけた、
 本来ならば、グラエキアの檻にいるはずの。










 ——リュクシオン=モンスターだった。










「……嘘だ……」
「なんでここに……」

 その経過を知らない天使と悪魔でも。
 その登場は、あまりにも予想外で。

 突如現れた悲しみの魔物は。
 リクシア=モンスター? からフェロンの遺体を奪うようにして抱いて。


「オオオ……ウォオオオ……ウォオオオオオオオオオオッ!」


 まるで彼の死を嘆き悲しむかのように、空に向かって咆哮を放った。
 魔物になって。心を失ったはずなのに。
 その途端、はじけた光。
 優しく呼びかける、言葉にならない声。
 それは、リクシア=モンスター? の耳に届いて。

 光が四散した。

 次の瞬間。そこにいたのは。
 真っ白な魔物ではなくて。





 ——驚いたような顔で地面にへたり込む、魔導士リクシアだった——。





「シア! 正気に——」
「二度と闇に囚われるなy——」


「……お兄ちゃん」


 心配するハーフたちの声を遮るようにして。
 どこか虚ろな顔で、リクシアはつぶやいた。
 悲しみの魔物が。その背中が。彼女の目の前に、あった。

 リュクシオン=モンスターは振り返る。
 表情のない顔がその瞬間、明らかな「笑み」の形になった。
 それは、言った。
 いつしかみたいに、変な声ではなくて。
 
 本当の、リクシアのお兄ちゃんの、声で。


「リア」


 先ほどよりも、さらに強い光が溢れた。
 思わずみんな目を覆う。
 やがて光が晴れたとき、そこにいたのは——!










「 … … ご め ん ね 、リ ア 」










 泣きそうな顔で、魔物ではなくなった大召喚師は、呟いた。
 訳のわからない言葉を叫び、ただひたすらに、リクシアは兄に近づこうとした。
 当然だ、念願がかなったのだから!

 しかし、ここでハッピーエンドなんて、そんな都合の良いエンディング、あるわけないだろう?

 大召喚師が腕を一振りすれば。
 一気に吹っ飛ばされたリクシア。

「……お兄ちゃん……?」

 驚き、傷ついたような顔をした彼女に。
 泣きそうな顔の大召喚師は、泣きそうな声で呟いた。










「 邪 魔 し な い で 」










 ——それは。

 いつしかアルフェリオが悪夢となったときに言った言葉と。
 丸っきり、同じだった。
 後から起こることを予想して、リクシアは叫んだ。

「いやぁ! やめて! やめてよお兄ちゃん!」





「——召喚。我は『器』なり! 我に宿りて現れよ悪魔! 混沌の渦より生を享(う)け、万物を無に帰す破壊の化身!」





 ——それは、行ってはいけない禁忌の召喚術。















「——縛る鎖を解き放て! ……死色の混沌! 悪魔アバドンッ!!」















 ——なぜ。


 なぜ、彼はこんな愚行に出たのか。


 誰もわからない。わかるわけがない。


 しかし。


 彼のたぐいまれなる召喚師の技によって。


 今宵、悪魔は呼び出され。





 ——大召喚師リュクシオンの身体に、宿った——。





 それはすなわち!


「……破壊……破壊……破壊……ッ!」





 ——リュクシオンの意思が。完全にこの世から失われること——!





 リクシアは、見る。


 フェロンの物言わぬ遺体と。


 ——心を悪魔に譲り渡した、大召喚師のなれの果てを——。


「どうして……! どうして……ッ!」


 叫ぼうが、何しようが。
 関係ない。


「破壊ッ!」
「させないッ!」

 ローヴァンディア軍に向けられた、悪魔の魔法を。
 己の力すべてを込めて、受け止めて注意を引きつけた。

「お兄ちゃんは確かに私を戦争に勝たせようとしたのかもしれないよ……。でもね、駄目。こんな方法じゃ、駄目ぇッ! お兄ちゃんが悪魔になればッ! ローヴァンディア軍は壊滅だよ! だけど……」

 混沌の悪魔、アバドンは。
 絶対に、そんな程度の破壊では、満足しない。
 ローヴァンディア軍がやられたら、次に矛先が向くのは。


 ——リクシアの、方だ。


「お兄ちゃんの馬鹿ァッ!」


 叫び、その目から滂沱と涙を流しながらも。
 魔物化はしない。そう心に固く誓って。





「わかったわ、お兄ちゃん! それがあなたの答えなんだ! ならば私は! ……あなたを、全力でぶっ潰すッッッ!」





 どこで間違えたのだろう。
 リュクシオンが一瞬、元に戻った瞬間。
 リクシアはハッピーエンドの予感を感じた。
 たとえフェロンが死んでしまっても。
 みんなでまた、幸せになれるって!

 でも、そんなことはなかった。
 あの瞬間。人間に戻ったリュクシオンは。
 己の身に悪魔を宿し。自らの意思を完全に消し去ってまでして、戦争を終わらせようとした。
 いつもの彼ならば絶対に。そんな真似、しないのに。
 温厚で優しくて。急展開を嫌う彼なら——。

 ——なのに!

 なのになのになのに!

 おかしいんだ、この現実が!
 有得ないんだ、この真実が!

 ハッピーエンドなんて、存在しなかった!

 今、目の前にあるのは。
 完全なる悪夢!

 リクシアは、後ろに控える仲間たちを見た。


「邪魔しないでね。これは私とお兄ちゃんの、戦いなんだから」


 今ならわかる気がする。
 あの王族たちの、言っていた、

 ——責任感、という意味が!





「あなたの悪夢を終わらせられるのは——私しかいないッ!」





 間接的にだが。この状況を呼んだのはリクシアだし。
 第一。リュクシオンを倒すのは、リクシア以外にはあり得ないから。

 涙を振り払って。悲しみを乗り越えて。
 死んだフェロンに削ってもらった、イチイの杖を天高く掲げた。
 そこに集まるは風と光。
 リクシアの属性で、杖に新たな形が追加されていく。
 やがて生ま変わったそれは。簡素な木の棒から。

 ——その頂点に輝ける不死鳥の彫刻を戴いた、シンプルな純白の杖へと変じた。

 兄を倒すため。兄に乗り移った悪魔を倒すため。
 想いが生んだ、その杖を。


「……デイ=ブレイク」


 夜明けと名付けて。
 
 
 その杖を、リュクシオン=アバドンへと向けた。
 悪魔の乗り移った青の瞳が、瞬時に赤色へと染まる。

 もう泣かない。もう嘆かない!
 これが私の選んだ道だ! その先に幾ら悲劇があったとしても!
 乗り越えてみせろ、乗りきってみせろ!

 リクシアは、壮絶に笑った。














「——さあ。殺戮ゲームの、始まりよ」














 解き放たれた混沌の悪魔の力と。
 純粋な想いから成る、光の力が。

 抗い合い、叫びを上げながらも。


 ——火の粉を散らし、ぶつかりあった——。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ……藍蓮です。予告通り、シリアスすぎる50話、お届けいたします。

 人は死ぬわ魔物化するわ、なんだかんだ言って最悪ですね。
 この話は前々から考えていたものなのですが、時間がなくて出せませんでした。
 しかし。多忙な状況が終わった今日、書かせていただきます!

 悲しみと絶望の戦いが幕を開ける。
 その戦いの結末とは——!

 終盤に向かって一気に駆け足な「カラミティ・ハーツ」!
 次の話に、請うご期待!

※気がついたら、閲覧数500行っていたんですね。皆様ありがとうございます。
 ローヴァンディア編が終わったらアルヴァトの短編を書く予定がありますので、しばしお付き合いください。