ダーク・ファンタジー小説
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep51 明けの見えぬ夜 ( No.55 )
- 日時: 2017/09/11 16:10
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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杖を構えて風を呼ぶ。光を呼ぶ。思いを乗せて。
対する悪魔は闇の力で。リクシアを引き裂こうと襲いかかる。
そして戦争は再開される。人々は彼らを遠巻きにして。再び争い始める。
——そこは、地獄だった。
愛する者と戦わされ。悲しみの海を行く。
終わらぬ戦乱、終わらぬ悲劇。
死んだフェロンの望んだ平和は。今は一体いずこにあるや?
リクシアは、この世界が嫌いだ。この醜く、悲しみしか呼ばない世界が。
しかし。
現実があるから。
目の前にいるのは兄ではない。
兄はとっくに死んだんだ!
そう思いこみ、杖を振った。光が相手の肌を焼き、風が衣を引き裂いた。
リュクシオン=アバドンは唸り声をあげてリクシアに迫り、闇の力のこもった腕を突き出すが。
「無駄よッ!」
死んだフェロンに教えてもらった棒術。
杖の先端で地を突いて、大きく後ろに跳びすさり、
唱えるは、想いの呪文!
「闇夜にこそ咲く純白の花、荒野にこそ吹く枯れた風。報われぬ運命に抗いて、今こそ見せよ、その真価! 彼方(あなた)呼ばうは炎の瞳! 穢れなき白、想いの赤!」
それに警戒して襲い来る悪魔を。
撃退しようとしたフィオルが吹っ飛ばされ、アーヴェイが悪魔モードを解放する。
それでも目を逸らさない。それにも心を揺らさない。それが自分にできること!
「悪夢の律法、その目を開けて! 今、運命を、書き換えよ!」
警戒した悪魔もまた、ある邪法の用意を始める。
それでも止まらない。
たとえ相討ちになったって!
自分ができることを。最後まで、全力でやるだけだ!
「光と風と、溢るる想い! 解き放て——!」
その魔法の名前は——!
「 — — エ ル フ ェ ゴ ー ル ッ ! 」
放たれた。
光と風が。
悪魔乗り移ったリュクシオンに向かって。
そして。
放たれた。
闇と氷が。
正義へと突き進む、リクシアに向かって。
光と闇。風と氷。
対抗する属性の魔法が。
互いに術を完成したばかりで、防御の態勢の取れない二人を。
包み込む。
爆発する。
押し流す。
捻り潰す。
抵抗なんて、する暇がない。
仲間の声が遠く聞こえる。
光放ったリクシアは。
溢れる闇に、身体中を蝕まれ。
砕ける氷に、身体中を引き裂かれた。
これまでにない苦しみが全身を襲うが。
闇に閉ざされる視界の中で。
自分と同じように苦しむ悪魔の姿を、視認した。
当然だ、悪魔が100%の力を出し切るには。
人の身体を『器』なんかにしないで。
直接降臨させてもらえば、済む話。
なのにリュクシオンは、そうさせなかった。
それは。
異常な行動をとった彼の。
最後の理性の表れだろうか。
しかし、もう彼はいない。
永遠にいない。
完全に、この世から消え去ってしまった。
悪魔に己の身体を譲り渡し、己の意識を消滅させた。
だから。
わからない、わからない、わからない。
もう、二度とわからない。
けれど、仕方がないことなのだと、リクシアはぼんやりと思った。
闇は己を蝕んでいくが。
胸の羽根が。
青い羽根が。
アルフェリオの、遺した羽根が。
彼の唯一の遺品が、強く強く輝いて。
光り出す。
それは闇を払う力になった。
——まだ、死ねない。
こんな状況の中では。
まだ、死ねない。
リクシアは目を開けた。
いつしか苦しみは消えていて。
闇もまた、晴れていた。
倒れたのは、悪魔の方。
その唇が、言葉を紡ぐ。
——完全に消え去った、はずなのに。
「さヨうナラ」
「……お兄ちゃん」
倒れたリュクシオン=アバドンは。
その身体から、黒いもやを立ち上らせながらも。
身体から完全に悪魔が抜けて。
ただの大召喚師の姿となって、そのまま死んだ。
ああ、彼は、死んだ。
死んだのだ! リクシアが、あれほどまで追い求めてやまなかった「お兄ちゃん」が!
彼女の旅の、最終目標が!
そしてその視界の隅に、新たなる悪夢が映り込む。
ぐったりとして動かないフィオルを抱いて。
魔物となったアーヴェイが、敵味方見境なく、狂ったように暴れ始めていた。
ああ、こんなところで終わるのか。
フェロンが死に、リュクシオンが死に。
フィオルが死んで、アーヴェイが狂って。
エルヴァインとグラエキアは無事だろうか。
しかし、どうせもう、旅は終わりだ。
涙にかすむ視界の中。
リクシアは完全なる絶望というものを理解した。
戦いの終わったリクシアとリュクシオンの戦場。
敵軍兵士が剣を持ってリクシアに近寄ってくる。
ああ、自分も終わるのかな。
敵軍兵士に殺されて。
でも、もうどうでもいい。
諦めたような心境で、そう思った。
何をやったって。時は巻き戻りはしない。
この絶望的な状況が、変わることなんて——。
——と、思っていたのに。
リクシアは思い出す。ある伝説を。
その名も、「時戻しのオ=クロック」。
エルヴァインが一度だけ口にした、ウィンチェバル王国に伝わる不思議な物語。
そんな逸話、信じてなんていないけれど。
目の前に剣の反射光が迫る。
時間がない。
だからリクシアは、藁にもすがる思いで、その名を口にした。
「——オ=クロック!」
その途端。リクシア以外のすべての時間が、止まった。
〈第七章 了〉
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