ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep52 巻き戻しの秘儀 ( No.56 )
日時: 2017/09/12 13:48
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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「——オ=クロック!」


 絶望の中、呼んだ名前。
 その途端、リクシア以外のすべての時間が止まった。
 リクシアは、見た。
 この戦場に、現れるはずのない神聖な影を。


「……呼びましたか?」


 優雅に笑って。長い髪をはためかせ。身体のあちこちに時計をくっつけた、男とも女ともつかぬ姿。右手には、巨大な時計の嵌めこまれた杖を持つ。——時戻しのオ=クロック。

 ウィンチェバルに伝わる伝説にある。この世界には、時戻しのオ=クロックなる、気まぐれな神がいると。その神は、人の人生をその人の生涯の中で一度だけ、「戻してほしい時間」に巻き戻すことができるという。巻き戻された人は、「元の時間」の記憶も持ったままで過去へ飛び、そこで起きた悲劇を食い止めるなどして、新しい人生を始めることができる、と。そんな伝説が、あった。

 その神は、呼べば来るという。その人の人生において、たった一度だけ。
 絶対に変えたい過去を、変えてくれるのだという。

 人の選択肢やその先にある未来は、無数に枝分かれした木みたいなものらしい。オ=クロックは、その枝を、枝から枝へ渡らせる力を持つ。枝そのものはなくならないが、その枝にいた「本人」は消える。巻き戻しを行った時点で、巻き戻しを行う前にいた「本人」は、「前の枝」にはそもそも存在しなかったことになる。

 それはあくまでも伝説だった。誰も本気にしようとはしなかった。
 ——なのに——。

「……オ=クロック」

 もう一度呟いて、リクシアは目をごしごしとこすった。
 消えない。いなくならない、『時戻しのオ=クロック』は今、目の前にいる!
 時計ばっかりくっつけた、不思議な神様は、男とも女ともつかない声で、言う。

「あなたが私を呼んだのですか?」

 リクシアは、うなずいた。
 変えたかった、この現状を。
 すべてが悪夢に終わった現在を。
 希望も潰え、死ぬしかなかったこの今を。
 だからリクシアは、言った。
 強い、強い、強い、声で。

「戻して、欲しいの。フェロンが死ぬ前に。すべての悲劇が始まる前に——!」

 思えば。フェロンの死から、全てが狂い始めたといっても過言ではないのだ。
 決意を込めて、言う。

「戻してくれたら、変えてみせるわ。この——あたしが!」

 変えなければならなかった。この悪夢を変えられるなら。
 この悲しみの現在に。二度とたどりつかないようにできるなら。

「あなたは時戻しのオ=クロックでしょ! ならば変えて! あたしは今ここで、生涯に一度の願いを使い切るから! この先何があったって——絶対に! 今よりひどくなるなんてこと、あり得ないんだから!」
「……いかにも。私は時戻しのオ=クロック。貴方の決意は本物ですか?」
「嘘だったのなら、ここで死んでる!」

 オ=クロックは、そうですかとうなずいて。
 巨大な時計の嵌めこまれた杖を、天に掲げた。

「いいでしょう、貴方の思い、受け取りました。今日の朝に時を戻します。しかしチャンスは一度きり。その一度を逃したら、もう二度と、時を戻すことはありません。それが私の規則ですので」
「わかってる。その一度で、あたしは絶対に未来を変えてみせるんだ!」
「承知。ただし一つ忠告が。あなたの胸元にあった天使の羽根、それは使わない方が無難でしょう」

 リクシアは、首をかしげた。

「……どうして、そんなことまで教えてくれるの?」

 オ=クロックの冷たい面に。
 一瞬、微笑みのようなものがよぎる。

「運命神の決めた運命が、あまりに気に食わなかったものでしてね」

 言って、オ=クロックは彼女に呼びかけた。

「……この時間軸からおさらばする覚悟が、できましたか?」
「当然よ! あたしは未来を変えてみせる!」
「ではそろそろ移動しますが、よろしいでしょうか?」
「お願い! 戻して!」
「承知いたしました」

 オ=クロックは、構えた杖をサッと横に凪ぐ。
 その途端、彼もしくは彼女の身体中に付いた時計の、針が。
 異常なほどのハイスピードで、逆回転を始める。

「時戻しの秘儀!」

 時計の針が、目に見えないほどのスピードになっていく——!










「——輪廻……サムサーラ!」










 瞬間、光が溢れた。
 リクシアは、時計だらけの不思議な空間にいた。
 後ろにはオ=クロックがいる。前には光放つ扉がある!
 リクシアは迷わず、扉の方へ歩いて行き、その取っ手に手をかけた。

「変えるから」

 決意を込めて、扉を開いた。


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