ダーク・ファンタジー小説
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep52 巻き戻しの秘儀 ( No.56 )
- 日時: 2017/09/12 13:48
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「——オ=クロック!」
絶望の中、呼んだ名前。
その途端、リクシア以外のすべての時間が止まった。
リクシアは、見た。
この戦場に、現れるはずのない神聖な影を。
「……呼びましたか?」
優雅に笑って。長い髪をはためかせ。身体のあちこちに時計をくっつけた、男とも女ともつかぬ姿。右手には、巨大な時計の嵌めこまれた杖を持つ。——時戻しのオ=クロック。
ウィンチェバルに伝わる伝説にある。この世界には、時戻しのオ=クロックなる、気まぐれな神がいると。その神は、人の人生をその人の生涯の中で一度だけ、「戻してほしい時間」に巻き戻すことができるという。巻き戻された人は、「元の時間」の記憶も持ったままで過去へ飛び、そこで起きた悲劇を食い止めるなどして、新しい人生を始めることができる、と。そんな伝説が、あった。
その神は、呼べば来るという。その人の人生において、たった一度だけ。
絶対に変えたい過去を、変えてくれるのだという。
人の選択肢やその先にある未来は、無数に枝分かれした木みたいなものらしい。オ=クロックは、その枝を、枝から枝へ渡らせる力を持つ。枝そのものはなくならないが、その枝にいた「本人」は消える。巻き戻しを行った時点で、巻き戻しを行う前にいた「本人」は、「前の枝」にはそもそも存在しなかったことになる。
それはあくまでも伝説だった。誰も本気にしようとはしなかった。
——なのに——。
「……オ=クロック」
もう一度呟いて、リクシアは目をごしごしとこすった。
消えない。いなくならない、『時戻しのオ=クロック』は今、目の前にいる!
時計ばっかりくっつけた、不思議な神様は、男とも女ともつかない声で、言う。
「あなたが私を呼んだのですか?」
リクシアは、うなずいた。
変えたかった、この現状を。
すべてが悪夢に終わった現在を。
希望も潰え、死ぬしかなかったこの今を。
だからリクシアは、言った。
強い、強い、強い、声で。
「戻して、欲しいの。フェロンが死ぬ前に。すべての悲劇が始まる前に——!」
思えば。フェロンの死から、全てが狂い始めたといっても過言ではないのだ。
決意を込めて、言う。
「戻してくれたら、変えてみせるわ。この——あたしが!」
変えなければならなかった。この悪夢を変えられるなら。
この悲しみの現在に。二度とたどりつかないようにできるなら。
「あなたは時戻しのオ=クロックでしょ! ならば変えて! あたしは今ここで、生涯に一度の願いを使い切るから! この先何があったって——絶対に! 今よりひどくなるなんてこと、あり得ないんだから!」
「……いかにも。私は時戻しのオ=クロック。貴方の決意は本物ですか?」
「嘘だったのなら、ここで死んでる!」
オ=クロックは、そうですかとうなずいて。
巨大な時計の嵌めこまれた杖を、天に掲げた。
「いいでしょう、貴方の思い、受け取りました。今日の朝に時を戻します。しかしチャンスは一度きり。その一度を逃したら、もう二度と、時を戻すことはありません。それが私の規則ですので」
「わかってる。その一度で、あたしは絶対に未来を変えてみせるんだ!」
「承知。ただし一つ忠告が。あなたの胸元にあった天使の羽根、それは使わない方が無難でしょう」
リクシアは、首をかしげた。
「……どうして、そんなことまで教えてくれるの?」
オ=クロックの冷たい面に。
一瞬、微笑みのようなものがよぎる。
「運命神の決めた運命が、あまりに気に食わなかったものでしてね」
言って、オ=クロックは彼女に呼びかけた。
「……この時間軸からおさらばする覚悟が、できましたか?」
「当然よ! あたしは未来を変えてみせる!」
「ではそろそろ移動しますが、よろしいでしょうか?」
「お願い! 戻して!」
「承知いたしました」
オ=クロックは、構えた杖をサッと横に凪ぐ。
その途端、彼もしくは彼女の身体中に付いた時計の、針が。
異常なほどのハイスピードで、逆回転を始める。
「時戻しの秘儀!」
時計の針が、目に見えないほどのスピードになっていく——!
「——輪廻……サムサーラ!」
瞬間、光が溢れた。
リクシアは、時計だらけの不思議な空間にいた。
後ろにはオ=クロックがいる。前には光放つ扉がある!
リクシアは迷わず、扉の方へ歩いて行き、その取っ手に手をかけた。
「変えるから」
決意を込めて、扉を開いた。
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- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep53 好きだから ( No.57 )
- 日時: 2017/09/17 14:47
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
……誠に申し訳ございませんでしたぁ!
更新が遅れました、5日間も。なぜなら。
……身内に不幸があったのですよ。それでもう、てんてこ舞い!
状況が落ち着くまで、更新は不定期になりそうですね。落ち着いても不定期になりそうかもです。
いろいろと事情があって、リアルが忙しいのですよ……。
すみません、ご了承願いますですハイ。
というわけで、久しぶりの投稿なのです。
今日は割と時間がある方ですので〜。
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目が覚めたら、今日の朝だった。
強制徴兵令で、戦に駆り出された日の、朝。
「強制徴兵令ね……」
変わらず、もたらされた知らせに。
リクシアは達観したようにうなずいた。
変えるのは今じゃない。兵士たちが来てからだ。
これまでの会話なんてすべて覚えているわけがないから。若干シナリオは変わるだろうけれど。
その情報を聞いて、苦い顔で、エルヴァインは頭を抱えた。
「僕はとっくに……ばれているだろうな」
「加勢するわ」
グラエキアが、強い笑みを浮かべた。
「グライア、だが」
「魔導士は剣士とは違って、まだマシな待遇を、受けられるとは思うけれど?」
……何はともあれ。
時が、来たのだ。戦いのときが。
再び、再び!
今度こそ、間違えない。
リクシアは大きくうなずいた。
「私、立ち向かうから」
傷の治りきっていないフェロンに、笑いかけた。
ふと胸元を見れば、そこにあるのは三枚の羽根。
これでフィオル達を呼んではならない。それが惨状につながるから。
心の中で小さくうなずいて、羽根から意識を切り離す。
時だった。
「扉を開けろ! そこにウィンチェバル人がいるのはわかっているんだ!」
声が、して。
ああ、ついに再び時が来たのかと、思った。
リクシアは真っ先に扉に駆け寄り、開けた。
「私はリクシア・エルフェゴール! ウィンチェバル人。魔物になった、リュクシオンの妹よ!」
堂々と名乗って。
その手を差し出した。
「徴兵するんでしょ? すればいいわ! 私は光と風の魔導士! 役に立てるんじゃないかしら!」
自ら進んで名乗り出て。悲劇の未来を変えるんだ。
決意を込めて、差し出した手。
徴兵に来た男は、そのあまりに堂々とした態度にびっくりしたようだが、首を振って言った。
「お前だけじゃないだろう! 他のみんなも、出て来い!」
グラエキアは、ちらりと後ろの檻を見た。大丈夫だ、しっかり隠蔽されている。
徴兵係には、ばれていない。
グラエキアは、エルヴァインとともに、進み出た。
「ならば名乗るわ。私はグラエキア・ド・アルディヘイム・クラインレーヴェル・ヴァジュナ・フォン・アリアンロッド。今は亡きウィンチェバル王の姪っ子よ!」
「エルヴァイン・ウィンチェバル! ウィンチェバル王の第三王子だ! しっかりとした待遇を望むね」
その、凄すぎる名乗りに。徴兵係は一瞬、固まって。
「……善処いたします!」
そう、叫ぶしかなかった。
最後に、フェロンがふらりと現れた。
彼は剣士だが、生憎怪我が治りきっていない。しかも顔の左半分には大きな傷跡があり、完全に左目は見えない。それでも戦えというのだ。この国——バルチェスターは。
そして、やがて彼は死ぬ。それですべてが崩壊する!
——だから、変えるんだ!
フェロンは、淡々と名乗った。
「フェロン。剣士だ」
「戦えるか?」
「それなりに」
「なら、戦え」
「……承知」
その言い分は、以前とまったく変わらず。
リクシアは苦く微笑んだ。
変えなければならないんだ、悲劇の未来を。
そのためには。フェロンが戦場に出てはならないと、踏んだ。
未来改変は、大きな犠牲を伴う禁忌。
それでも。
リクシアは直感する。
今こそ。変えるべき時だと!
リクシアは、泣きそうな顔でフェロンを見た。
これから彼女がやることは。本当にやりたくないことだ。
それでも。彼の命がそれで助かるならば。
——やるしか、ない。
「……フェロン」
「何だ」
「ごめんね、フェロン。私を……許してくれる……?」
「……? いきなりどうした。わかるように説明してくれ」
「——こういうことよッ!」
リクシアは杖を天に差し上げて。風を呼ぶ、光を呼ぶ。
何のために? 誰に対して?
それは——。
「あなたには死んでほしくないの! だからお願い、よけないで!」
泣きながら、放つ、魔法。
杖を向ける相手はフェロン。
「な……ッ! 血迷ったか、リア!」
「血迷ってなんかない! これが最善の策なんだ! ……切り裂け、風よ!」
風の刃が。的確に、フェロンの利き腕である左腕を狙って飛んでくる。
こうでもしなければ、こうでもしなければ!
彼が戦えないようにしなければ、徴兵をまぬかれることはできないんだ!
泣きながらも。叫んだ。
「避けないでェッ!」
……フェロンは、動けなかった。
腰の剣に手を伸ばせば。風の刃くらい、弾くことはできたろうに。
……動けなかったのだ。
「く……ッ!」
切り裂かれた腕。利き腕の左。
確かにここをやられれば、彼は戦えない。
戦えない戦士に意味はない、から。そういった者は徴兵しない。
強引な方法ではあるが、それは確実な方法で。
彼が戦えなくなったのを見てとったあと、リクシアは魔法をやめた。
呆然とする徴兵係に涙声で一言。
「……これで、フェロンを外してくれる?」
徴兵係はしばし、声を失っていたが。
やがて、我に返って。
「は、はい。戦えない戦士に意味はございませんので……」
言って。
他の者の相手もせずに。
その場から逃げるように去って行った。
残されたのは、泣き続けるリクシアと、あっけに取られたフェロンと、目を瞠ったグラエキアと、顔をしかめたエルヴァインだけ。
室内には。フェロンのものである血が飛び散っていた。
「……リクシア・エルフェゴール」
エルヴァインが、低い声で言った。
その顔は、ひどく冷たい。
「フェロンを失いたくないのはよくわかった、が。だからと言って、徴兵を逃れるためにここまでするのはやりすぎだと思うぞ。彼は優秀な戦士だ。……戦えないことはなかったろうに」
「……エルヴァインには、わからないよ」
「何だと?」
わからない。わかるわけない。
エルヴァインだけじゃない。他のみんなだって。
だって、これはリクシアにとって「あの悲劇が起こる前」の「過去」で。
誰も知らない。
あの時味わった喪失感と、限りない絶望感なんて。
あの時リクシアは地獄を見た。虚ろなる深淵を覗いた。
だけど、気づいたことだってあるんだ。
それは、暗い感情から成るものではなくて。
失ったことで気がついた、本当の気持ち。
幼いころから、ずっと一緒だったフェロン。
リクシアの、大好きな幼馴染であり、もう一人の兄であり。
——恋人みたいだった、フェロン。
生きているうちに。今こそ。
気持ちを伝えるんだ。
それが、何よりも大きな理由になる!
——その感情の正体は、愛!
リクシアは、勇気を出して告白する。
「……私、フェロンのことが、好き、なの」
辺りが驚愕に包まれる。
リクシアはあふれ出た思いに任せて。泣きながらもその先を言う。
「……だから。だから! 死んでほしくないんだ! 戦いになんて、出てほしくないの! だって、私はフェロンのことが好きなんだもの! フェロンを守るためなら、私の心が傷ついたって、何だってする!」
だから、唱えた。だから、傷つけた。
悲しみの未来からすべてを救うためだけじゃない。
好きな人を、守りたいから!
「ごめんなさい……ごめんね、フェロン! でも私、こうするしか……ッ!」
「……わかった、もういい」
左腕の手当てを終えたフェロンがリクシアにそっと近づいて行き、その頭を軽くぽんと叩いた。
彼はまだ気づいていない。自分の心を満たす、リクシアに対するこの感情が何なのか。
しかし、彼は知っている。それはひどく、温かいものだ、と。
「……気遣ってくれて、ありがとな」
その言葉を聞いて、リクシアは花が咲いたような笑顔で笑った。
「当然でしょ! フェロンが好きだから!」
気づいたら、簡単だった。この絆、この思い。
二度と失ってなるものか。
幼馴染のフェロン、緑の戦士!
しかし。彼の徴兵はまぬかれても。
リクシアは行かなくてはならないから。
強く笑って、戸口に立った。
「じゃあ、行ってくるわね」
そうさ。悲しみへの要素は排除したけれど。
この戦を、終わらせなければ。
完全なる回避はあり得ないから。
「……魔導士は、避けられないのか」
呟くように言ったフェロンに。
リクシアは強い笑みを返す。
「避けられないけど、危険は少ない! 私は絶対に、この戦乱を勝ち残るんだから!」
待っていて、欲しいんだ。悲しみも何も知らないで。
みんなには、幸せでいてほしいんだ。
リクシアはそっと目を閉じて、誓う。
——傷つくのは、私だけでいいから! 他の人は傷つけさせない!
かくしてリクシアは、本格的に戦に加わることになる。
改変した未来。フェロンのいない戦場。
——リュクシオン=モンスターの、暴れださない戦場!
この戦の結果がどうなるかはわからないけれど。
早く終わらせて、戻し旅を再開したい、そう思うリクシアであった。
戦乱だけが、すべてではない。本来の目的だって、きちんと覚えているさ。
色々と紆余曲折があったけれど。またいずれ、再開できるだろう
——待っていて、お兄ちゃん。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
どーも、藍蓮です。
時戻しのオ=クロックの力を借りて。過去改変がスタートしました。
次に赴くは、戦場。
リクシアはこの戦に、終止符を打てるのか——。
次の話に、請うご期待!
※ 明後日以降はまた更新が不定期になります。
……ご了承ください。