ダーク・ファンタジー小説
- カラミティ・ハーツ 心の魔物Ep5 醜いままで、悪魔のままで ( No.6 )
- 日時: 2017/08/05 18:39
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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「あなたをたすけてあげる」
甘いささやきが心を満たした。
「ほら、わたしがほしいでしょう? 大丈夫、すぐにあげるからね」
路頭に迷い、助けられて。今は女性の胸に抱かれて。
濡れて上気した肌が、蟲惑的な香りを放つ。
甘ったるい香りが思考力を奪う。これまでの目的も、何もかも。
「あなたのなまえはなんて言うの? だいじょうぶ、こわくないから」
「……******・*******」
問われるがままに、名を答えた。言ってはならなかったはずなのに。言ったらお終いって、わかっていたのに。
逆らえない。催眠に掛けられて。
彼女は彼を抱き、言うのだ。
「なら、すべてわすれてしまいなさい。つらいことがあったのでしょう。わたしがなまえをあげるから」
彼女は彼の唇を優しくついばみ、甘い声で言う。
「あなたの名はゼロよ。そして、わたし以外の人を知らない」
催眠術にかかったように、彼はうなずいて。
そして、全てを失った。
——僕は、だれ? 名前は、ゼロ。
——あの人は、だれ? お母さん。
忘れちゃいけないことがあった。なのに。
わずかに残った記憶が訊くんだ。
お母さん、お母さん。
——リュクシオン=モンスターって、一体なに……?
◆
目指す地——花の都、フロイラインに向かって、旅を始めて一週間。リクシアが新しい仲間に慣れ、旅のノウハウを少しずつ吸収してきた頃。
それは起きた。
ちょうど、両側が崖になった道を、通っている時のことだった。
「いたぞ! あの娘だ!」
声が、して。崖から人が、降ってきた。
「殺さず捕らえよ! 他の者の生死は知らず。あの娘のみを捕らえよ!」
アーヴェイは軽く舌打ちした。すかさず魔法の用意を始めたリクシアに、叫ぶ。
「貴様は逃げろ! フィオルもだ!」
「!」
その言葉に、両者が反論する。
「私だって戦える!」
「……アーヴェイ。もしもアレをやるつもりなら……もう、やめてほしい。一緒にいる」
「……アレって?」
リクシアの疑問は、剣を抜く音によって相殺される。
アーヴェイが、剣を抜いていた。
二本。禍々しい装飾の、赤と黒の剣。
それが、敵にではなく、リクシアとフィオルに、突き付けられていた。
「! アーヴェイ!」
「魔物よりも、生きている人間のほうが厄介なことがある。シア。貴様はこの狭い道で、味方にあてず、敵のみに魔法を当てられるのかッ! あと、フィオル! 気遣いは無用、オレはこれでやってきた!」
その、有無を言わさぬ空気に。
「……わかったわ。でも、必ず後で合流するから!」
「無理しないでね」
何を言っても無駄だと悟り、二人は来た道を引き返す。
——どうか、無事でいて——!
「……ほう、仲間を逃がすか。美しいものだな」
それを見つつも、額に禍々しい烙印のある少年が、前の道からやってきた。
アーヴェイは無言で双剣を薙ぐ。少年はひらりとよけると、言った。
「戦闘開始だ」
途端、アーヴェイの中で力が膨れ上がり、心の中で声がする。
『ぎゃははははは! やっとのお呼び!』
『今夜は挽肉パーティーだ!』
……アーヴェイの双剣、『アバ=ドン』には、人格があった。
快楽的で、享楽的な、狂ったような双子の人格。
普段、アーヴェイは剣を抜かない。なぜなら。
——抜いたその時点で双子が目覚め、身体を乗っ取られることだって少なくはないからだ——。
今、アーヴェイは戦っている。襲い来る人と双子の意思に。
身に宿した悪魔の血が、血の匂いに狂喜する。
狂いそうな思考の中、意思を保つのは至難の業で。
その身体は今、悪魔のような異形と化していた。
彼は、人と悪魔のハーフだから。
アバ=ドンが、血を求める。悪魔の血脈が思考力を奪う。
こうなるとわかってはいたけれど、こうでもしないと守れないから。
フィオルとリクシアだけでは、この敵は強すぎる。
だから。異形と呼ばれたって。化け物と呼ばれたって。
「——オレは、これで、いい」
「悪魔だ! 悪魔が本性を見せた!」
烙印の少年に斬りかかる!
悪魔のままで。怪物のままで。醜いままで。異形のままで。
これで、いい。
魔物と化した大切な人。悪魔になれば、助けられたのに。
嫌われるのを恐れ、何もできなくて。魔物となった大切な人。
繰り返し後悔し、生きることさえ拒絶したあの日。
——でも、今は、違うから。
醜い悪魔でも。それは、まぎれもない「自分」。
「————オレはッ! これでッ! いいッッッ!!!」
思いを込めて、振り上げた刃。双の剣がブゥンとうなる。
しかし、その刃は、少年の命には届かなかった。
「私のゼロに、なんてことしてくれるの」
腹に感じた熱い感触。視角から突きだされた剣が、彼の腹を貫いていた。
「貴……様……」
美しい女性が少年を抱き、貫いた剣を引き戻す。
「ぐ……ああ……あ……!」
「醜いこと。悪魔のくせして。私のゼロを傷つけようとするなんて」
悪魔の何が、悪いって言うんだ。
視界がゆがむ。身体が崩れ落ちる。
「これはもらっていくわね」
奪われた『アバ=ドン』。
勝てなかった。またしても。守ろうとして、傷ついて。奪われて。
「さようなら」
少年を伴い、去っていく女性。
暗転する視界。
旅は始まったばかりなのに。
——フィオル、済まない——。
彼は意識を手放した。
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……急展開ですねハイ。半分うとうとしながら書いたので、それなりにミスがあるかもしれません。展開おかしいですね、すみません。
Ep5に出てきたキャラが、何やら不穏に再登場です。
あと、主人公がめだたなすぎですね。
いろいろと穴のある一話になりましたが、まだ続きますよー。
頭がはっきりしている時に修正しますね……。