ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep6 悔恨の白い羽根 ( No.7 )
日時: 2017/08/05 23:00
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 ちなみに「カラミティ・ハーツ」というのは直訳すると、「災厄の心たち」となります。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「……帰ってこない」
 フィオルがそっと、つぶやいた。
 あれからもう、三時間が過ぎている。
「見に行こうか」
 リクシアが問えば。
「一緒に行く」とフィオルが返す。
 戦闘は、終わったはずなのに。帰ってこないアーヴェイ。
 あんな、あんな強そうな人が帰ってこないなんて、おかしい。
 何かあったに違いない。
「……無事で、いて。お願い」
 しかし、小さな願いは叶わなかった。

  ■

 彼は、倒れていた。

 切り立った道に、仰向けに。

 腹からはどす黒い血が流れ。

「…………!」

 その身体は、異形と化していた。

「兄さん!」
 駆け寄ったフィオル。大丈夫だ、まだ生きている。
「リクシア。至急、町に行って薬を持ってきて。血止めの強力なやつ! 早く!」
 リクシアは、動けなかった。
 横たわるのは、異形の悪魔。
 アーヴェイじゃない。そうは見えない。
 なのにフィオルは「兄さん」と呼ぶ。

 ——この人は、だれ——?

「リクシア! 何呆けてんのさ! アーヴェイが死んじゃう! 早く助けて!」
 アーヴェイ。悪魔。目の前に倒れて。血を流して。
 リクシアの中でつながる物語。
 ——そっか、悪魔だったんだ。
 悪魔っぽい見た目だったけど、本当に悪魔だったんだ——。
 それを知られたくないから、私たちを逃がした。
 フィオルの言った「アレ」とは、これのことだったのか。
 フィオルが悲鳴を上げる。
「——リクシア——!」

「無駄だ。こいつは仲間じゃない」

 と、不意に、そんな冷たい声がした。
 倒れた悪魔——アーヴェイが、冷たい目で彼女を見ていた。
「人間はみんなそうだ……。悪魔だと分かった時点で、助けることを放棄する……」
「……違う……」
「どこが違う? 貴様は……倒れたオレを見ても……薬一つ、取りに行こうとはしなかった……。それを、貴様が悪魔に対して含みがあると言って……おかしいか……?」
「違う!」
 リクシアは、全力でそれを否定しようとした。しかし、心の奥底には、悪魔を恐れ、さげすむ気持ちも、あるにはあって。
 動けなかった。死に瀕した仲間を前にして。仲間が悪魔だと分かった瞬間に。助けなければならないのに、動くことすらできなかった。
 ——アーヴェイは、仲間なのに。
 悪魔だというだけで、動きが止まった。

「それが貴様の答えだ……」

 悪魔のような、否、悪魔の紅い、地獄の瞳で。睨みつけてきた漆黒の翼。
 のどが、乾く。めまいが、する。思わず大地に膝をつく。
「だからお前は……」
 駄目。言わないで。聞きたくないの。そんなこと、そんな台詞。聞きたくないの!
 耳をふさいで目を閉じても、心に聞こえた低い声。

「——最初から、仲間じゃなかった」

「嫌ぁぁぁぁあああああああッッッ!」
 信じてた。信じてたのに。仲間だと。大切な仲間だと。初めて出逢ったあの日から。
 やっと、仲間ができた。そう思って、嬉しかった。そう、思っていたのに。
 ふたを開けてみれば、正体が悪魔だったというだけで、動けなかった自分がいた。仲間を見捨てた自分がいた。

 だから、捨てられるんだ。

 ほんとうの、仲間じゃないから……。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ——。

 絶望に打ちひしがれ、心に魔物が生まれる。それは次第に大きく——。

 ——ならなかった。

 なる寸前で、声がしたから。
 今は魔物になり果てた兄の。
「自分を見失わないで」そんな、声が。
 それは、兄の口癖だった——。

 光が、はじけた。

 数瞬後には、リクシアは元のリクシアになっていた。
 そして、知った。己の犯した過ちを。
 自分が仲間を裏切ったという事実は、消えない。
 立場に惑い、仲間を救おうともしなかった事実は、消えない。
 だから。

「……わかったわ」

 小さく、つぶやいた。
「……私はまだ甘い。だから、あなたたちとは一緒にいないほうがいいかもしれない」
 そして、精一杯、頭を下げた。

「——ごめんなさい——」
 
 フィオルが、柔らかくほほ笑んだ。
「謝罪は受け取っておく。でも、この事実は、消えないから」
「わかっているわ。だからもう、別れることにする」
「短い間だけど、出会えてよかったって、思ってる?」
「あなたたちとの出会いは、一生の宝物よ」
 そっか、とフィオルがつぶやいた。
「なら、別れもいい別れにしよう。僕らはフロイラインを目指す。でも、君は進路を変えてね」
「ええ」
 と、不意に、フィオルの背から、純白の翼が生えた。
「え? ……ええっ!?」
 真白な髪に青い瞳。純白の翼。
 フィオルは天使だった。
「こんな姿にならないと、もうアーヴェイは治せないからね……。餞別に、あげるよ、リクシア」
 言って、フィオルはその背から、純白の羽根を一枚、抜き取った。
「ここで僕らの道は分かれるけれど。お幸せに、リクシア」
 それは、別れの言葉だった。
 リクシアは羽根を受けとり、しかと前を見据えて言った。
「……さようなら。楽しかったわ」
「そうかい」
 リクシアは、来た道をまた、戻っていく。振り返らない。振り返ってはいけない。

 その手には、悔恨の白い羽根。

「フィオル……アーヴェイ……」
 いくら後悔したところで。失われた絆は戻らないから。
「ありがとう……」
 重い気持ちを抱えながらも、リクシアは宿へと戻る。


「おや、嬢ちゃん、一人で戻ってきたのかい」
「喧嘩別れです」
「えぇ……!? ええぇぇぇえええええええ!!」
 そう告げた時の宿の店主の顔は大層見ものだったが、それはまた別の話。

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 どーも、藍蓮です。重い展開書いて疲れた……。
 この後、リクシアに新しい仲間はできるのでしょうか? 謎の少年、「ゼロ」との関係は?
 急展開の、5話6話。次は一体何が来る——?
 次回の話にも、請うご期待!

※ きるみーさん、言ってらっしゃった「店主」、若干再登場させてみました。完全にオチですね。今後の活躍は正直言って謎です。