ダーク・ファンタジー小説
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep8 戦いの傷跡 ( No.9 )
- 日時: 2017/08/06 12:10
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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ギィィーッ。宿の扉のきしむ音。
「……泊めてくれない?」
入ってきたのは、茶髪に緑の瞳をもった、片手剣を右に差した少年。
「この頃戦闘続きでボロボロだよ……って、あれ!? ……リ……ア……?」
「!」
その声と、「リア」という呼び名に。リクシアはハッとして立ち上がる。
「——フェロン!」
リクシアは彼に飛びつくようにしてしがみついた。しかしその身体は、リクシアを支えきれずに倒れ込む。
「……フェロン?」
勘弁してくれ、と苦笑いした。
「魔物、魔物、魔物……。さんざん襲撃に遭ってくたくたなんだ」
その顔の左半分には、前にはなかった醜い傷跡。
「……その傷……」
「あぁ、これ? 敵が多すぎたんだよ。おかげで今は、左目の視力は無いが、ま、戦闘には支障はないさ」
久しぶりに再会した幼馴染は、ボロボロで、つらそうで、苦しそうで。
自分だけが幸せだったのかと、思い知らされた。
「あのさ、リア」
「……何?」
フェロンは苦い顔をする。
「……そこ、どいてくれる?」
「! ごめん」
フェロンの上に乗ったままだと気付いたリクシアは赤面し、あわててその上からどいた。
猫のように俊敏だったフェロン。
しかし、その起き上がる動作はひどく緩慢で、身体の至る所に傷があることを感じさせた。
「せっかく再会したことだし、情報交換、といきたいけど……。悪い、リア。手、引っ張ってくれる?」
リクシアはその手を引っ張り、なんとかフェロンを立たせた。その身体がふらついている。
「! フェロン、私、薬持ってくる!」
どう見ても普通の体ではない。
「え、これくらい平気……って、ちょっと待て!」
フェロンの制止も聞かず、走り出した。
大切な人を、今度こそ守るために。
「いい幼馴染じゃないっすかー。うらやましいっすねー」
走り出したリクシアを呆れた目で見送っていると、宿の店主が声をかけてきた。
「あと、お客さん。無理はいけないっすよー。その身体で、よく立っていられますねぇ。やせ我慢しても何にもなりませんし、ここで倒れられても困るんで。空いてる部屋があるんで、そこで休みません?」
店主は一目で、フェロンの体調を看破してのけた。
……実際、そうだ。
繰り返される魔物の襲撃。腕に自信のある彼だって。繰り返し戦えば疲弊する。
戦って、闘って、ただ勝って。勝つので精一杯になって。
国が滅んだあと、何をするともなしに放浪し、意味もなく生きていた。
そんな日々を送っていたなら、ボロボロでないはずがない。
「自分にも兄さんがいてね、戦いの果てに死んじまったんすけどー。お客さん見てると思いだしまっさー」
しみじみと、店主が言った。
「君の……名前は」
「自分? 自分っすか? ルードってぇ言います。これからもどうぞごひいきにー」
「フェロンだ。改めてよろしく」
「あいあい。なーんか、アーヴィーさんといい、フィオルさんといい、フェロンさんにリクシアさんといい……。ウチは普通じゃないお客さんばっかりが集まるみたいで……。まぁ、面白い話が聞けるし、金さえくれりゃ、ウチとして文句はありませんがねー」
「…………」
しばらくして、リクシアが戻ってきた。
「フェロン、ハイこれ!」
……山ほどの薬草の束を背負って。
「……いったいどこから持ってきたの」
「町の人が分けてくれたのー! だからもう、大丈夫!」
「ありがとう」
フェロンはそっと動き出す。大丈夫、まだ動ける。——まだ、戦える。
「じゃぁ、部屋に行こう。治療しなくちゃ」
一歩一歩。確かめるように、歩く。
リクシアは言う。
「色々あったの、いろいろ、ね。あとで、聞いてくれる?」
フィオルとアーヴェイとの出会い。そしてその別れの物語を。
大好きな幼馴染に、知ってほしいから。
——時間は、動いた。
悔恨の白い羽根。首から下げたそれを、そっと握りしめて。
今は花の都フロイラインを目指しているであろうかつての友に向かって、祈りをささげる。
——私は平気。だから、そっちも。
無事に目的を果たせるように。幸あれと、祈ろう。
◆
「ここにあのコがいるみたい……。ねぇ、ゼロ。今はあのコは宿の中。守らなきゃいけない人もいるわ。だから……行ってくれる?」
「はい、お母さん」
……何かが、起ころうとしていた。