ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ 常闇の忌み子 1 師匠と僕 ( No.1 )
日時: 2017/08/11 08:31
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

「きゃぁぁぁあああああああ!」
 母上が、悲鳴を上げた。
 それが、僕が誕生した際の、周囲の人間の上げた第一声だった。

  ◆

 僕は、人間が嫌いだ。


「はッ!」
 握った木刀が、師匠の木刀と交わった。が、僕の木刀はすぐにはじき返されて、僕は地面に転がった。
「まだまだだな。そんなんじゃ、強くなれんぞ」
「……わかってるッ!」
 跳ね起き。身を翻し。再び木刀を構えた。
 吹っ飛ばされても構わない。僕は何度でも、あなたに挑もう。
 僕にはそうするだけの、理由があるんだから。
「せいッ!」
 打ち込む。また、軽くいなされる。地面に転がった僕の喉元に、師匠の木刀が突きつけられる。
「死んだな、エルヴァイン・ウィンチェバル」
 僕は荒い息をしながらも、師匠を睨んだ。
「だがな、腕を上げた。お前はいい剣士になるさ。……「それ」さえなければ」
「…………」
 僕の身体には闇がある。生まれつき、持っていた闇が。
 青い闇が。
 それは時々、激痛で僕を縛る。そして意識を失えない。
 それは何の前触れもなく現れて、ひたすら僕を苦しめた。
 そんな不安定さでは、剣を取ったときに命取りになると、師匠は言うのだ。
「だがなぁ、お前は本当に、将来有望だよ。ったく、何がどう間違って、そんな身体に生まれたんだか」
 僕は国王の不義の子。国王が侍女に手を出して生まれた子。
 それだけでも、いじめられるのには十分なのに、それにその上「闇」がつく。
 望んで生まれたわけじゃないのに。一体どうして、どうしてこんな。
 うなだれる僕の頭を、師匠の大きな手が、くしゃくしゃとかきまわした。
「考えすぎるなよ、エル坊。お前はお前だ。やりたいように、生きればいいさ」
「……ありがとう」
「嫌なことあったら俺に言えよ。相手によっちゃあ、叩きのめしたるわ」
「師範がそんなことしたら、犯罪じゃないか……」
 苦笑いして返す。
 師匠——ヴェルン・キィンは、僕の答えに大笑いした。
「エル坊は真面目すぎなんだって。つらいことがあったら俺に言えよ? 可能な限りで解決してやる。心配掛けたくないとか、ませたこと言うんじゃねぇ。お前はまだ子供だろう? 子供らしく甘えりゃいいんだ」
 そう言って、朗らかに僕の肩を叩いた。
 ——こんな、こんな、僕だけど。師匠は笑って受け入れてくれる。
 それが嬉しくて、温かくて。訓練場に行くのが、僕の小さな幸せになっていた。
 穏やかに微笑む僕を見て、師匠は優しく笑った。

「お前、笑えるじゃねぇか」

「!」
 ……笑って、いた?
 この、僕が、笑って……?
「もう一回言うけどよ」
 師匠は、僕の頬を両手で挟んだ。
「し、師匠……?」
「子供なら子供らしくしろってんだ。嬉しいときは笑え、つらい時は泣けよ。『常闇の忌み子』だぁ? そんなの知るかよ。自分らしく生きりゃあいいじゃねぇか。なぁ?」
 ……嬉しかった。
 こんなに、無条件で。
 僕を心配してくれる人が、いることが。
 と、どこかで鐘がなった。
「あー、仕事の時間だぁな」
 それに気が付き、師匠は大きく伸びをした。
「悪ィな、エル坊。どこぞの貴族の坊ちゃんの、へたくそな剣技を見てくれってさ」
 面倒くさそうに言って、歩き去る。
 僕はその背中を、じっと見ていた。
 最後に師匠が振り返った。
「なんかあったら、俺に言えよ?」
 僕は、こくりとうなずいた。
 その反応を見ると、師匠はぶらりと訓練場を出て、そのまま見えなくなった。

 ——知っているくせに。

 僕はあなたが好きだから。あなたにだけは、面倒事を背負わせたくないって。
 何かあっても、あなたにだけは、言うことはできないんだって。
「……だって、笑っていてほしいんだ」
 僕に何かあったと知ったら、師匠は笑顔じゃなくなるから。
 好きな人には、笑顔でいてほしいんだよ。
 つらいこと、悲しいこと。もう——僕は慣れっこだから。

 ぼんやりそこに佇んでいたら。品のない笑い声が聞こえた。
「あーらら、エルちゃーん。そんなところでぼんやりして、一体どうちたんでちゅかー」
 振り返れば、そこには。
 大嫌いな兄、二コールがいた。