ダーク・ファンタジー小説
- カラミティ・ハーツ 常闇の忌み子 3 僕と母上 ( No.3 )
- 日時: 2017/08/11 12:38
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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朝になった。僕はふらふらと立ち上がり、城の門まで歩いていった。
門番が、僕を見た。嘲るように。蔑むように。
そんな目線には慣れっこだから。僕は無視して部屋へと向かう。
その途中で、母上に出会った。
いつもは離宮にいるはずの、母上に。
「……エルヴァイン……?」
母上は僕を見た。僕の傷ついた姿を見た。僕に向かって手を伸ばして、その後で肋骨の骨折に気付き、その手をひっこめた。
「ああ……なんてこと……。エルヴァイン……」
母上の瞳に涙がたまる。母上はそのまま泣きだした。泣きながら、言う。
「エル、エル、私のエル……! 手当てしてあげるから……ついておいで……」
正直、この不自由な身体では。満足な手当てもできないから。
「……ありがとう」
呟いて。母上の後についていった。
母上は、弱い人だった。
精神的にも、身体的にも。
そもそも母上は侍女だった。美しい顔と美しい声。それに一目ぼれした父上が、母上を強引にベッドに連れ込んだんだ。
母上が願っていたのは、そんな偉大な人に見初められることじゃなくて。普通の生活をし、普通の人と結婚し。普通の毎日を送ることだけだったのに。
それで、僕が生まれた。『常闇の忌み子』と嘲られ、蔑まれる僕が。
ただでさえ、「侍女のくせに」と王宮でいじめられていた母上は、さらにいじめられることになって。父上に頼んで、離宮を用意してもらったんだ。それで、ようやく何とかなったけど、母上が「忌み子」を産んだという事実は、彼女の風評をさらに悪くした。
「……ああ……なんてひどい怪我なの……」
母上は、泣きながらも、僕の手当てをしてくれる。
「あなたはなにも、悪くないのでしょう。なのに、なのに、こんな……」
耐えられないわと、泣くのだ。
「あなたは私の子供なのに。ああ、気が狂ってしまいそう……」
母上の白い手が、そっと胸に触れた。走った激痛に思わずうめく。
母上は、悲しそうだった。
「エル。……つらいなら、離宮に来てもいいのよ……?」
折れた肋骨を手早く固定しながらも、そう提案してくれた。そして、自分の出した案に、自分で喜んだ。
「そうよ、それがいいわ! そうすれば、私もあなたも傷つかないで済——」
「それはできない」
母上の言葉を、僕は途中で遮った。
母上は、とても悲しそうな顔をした。
ああ、母上。そんな目で僕を見ないで。
母上は、泣き出しそうな顔で、言うのだ。
「……エルは……私が嫌いなの……? 嫌いだから、そんなこと言うの……?」
誤解が生まれているようだった。僕はゆっくりと首を振り、その言葉を否定する。
「違うよ。僕は母上が好きだ」
「なら、どうして……!」
理由は簡単。
「強くなりたいから」
子供みたいな理由だけど。
「強くなって、強くなって。いつしか兄上たちを見返してやる。……それが僕の復讐なんだ」
離宮には、師匠は来ない。離宮にいては、強くなれない。
だから僕はここに残る。それが僕の矜持なんだ。
「いじめになんて、屈しない」
力強く、言った。
「僕は、僕のために。全力で抗うつもりだから」
その言葉を聞き、母上は悲しそうに笑った。
「あなたは……私みたいに、平穏なんて、望んでないのね」
「…………」
泣き出しそうに、笑うのだった。
「私は……あなたと一緒に、あの離宮で、穏やかに暮らしたかったけど……。それは叶わぬ夢なのね」
「……ごめん」
「あなたが謝ることじゃないわ、エル」
言って、彼女は僕の身体を抱き寄せた。
手当てが終わり、身体が少し、楽になったような気がした。
「……母上……?」
彼女は僕を、細い腕で抱きしめた。
「ごめんね……ごめんね、エル……。こんな身体に産んじゃって。つらかったでしょう、苦しかったでしょう。ごめんね……母さんを許して……」
母上の流した涙が、僕の服を濡らしていく。
「……そうじゃない」
僕は、小さく首を振った。
「母上が謝ることじゃない。生まれたことは喜びだよ。だから、僕は言おう」
どんな身体に生まれたって。産んでくれたことは事実なのだから。
「……産んでくれて、ありがとう」
「…………!」
母上は、驚いたように目をしばたたかせた。僕は、続ける。
「許してだって? 許すも何も。母上は僕を産んでくれた。それだけで十分だ」
だって僕は、生きているから。
そう言ったら。
母上は、少し嬉しそうな顔をした。
「……あなたを産めて、よかったわ」
「あなたの息子で、良かった」
穏やかな視線が、交わった。
母上は、話を切り替えて、言った。
「……エル。その怪我じゃ、みんなの前に出るのは無理よ。今日は離宮においでなさい。久しぶりに、親子の時間を過ごしましょう……?」
申し出は、ありがたかったけれど。
「師匠のところに、行かなきゃならないから」
「その怪我で!? あの人には私が言っておくから……」
「ありのままを伝えたら、師匠はきっと、兄上を殺すよ。僕は師匠を犯罪者にしたくないんだ。だから、直接会いに行って、しばらく剣の練習はできない旨を伝えて……言い訳を、言わなくちゃ」
「私も行くわ」
「ごめん、来ないで」
申し出を、退けた。
「僕の些細なミスでこうなったって、伝えなきゃならないんだ。母上が来たら、どんな大事が起きたんだって、疑われちゃうだろ」
「……そっか」
母上は、素直にうなずいた。
「じゃあ、離宮で待っているから。用がすんだらすぐ戻ってきてね。あと……悪い子たちに、つかまらないでね……?」
「悪い子たち」というのが、兄上たちのことだと分かって、僕は苦笑いした。
母上に、その手を差し出す。
「約束する」
言って、僕は部屋を出た。
言い訳を、考えなくちゃ。
師匠が殺人犯になっちゃう。
それは、嫌だから。
その背中を、母上が心配そうに、泣き出しそうに、見守っていた。
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