ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ 常闇の忌み子 4 僕を縛る「闇」 ( No.4 )
日時: 2017/08/11 19:03
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 訓練場へと向かう途中で。不意に身体に激痛を感じ、思わず僕はうずくまった。
「————ッ!」
 何か怪我をしたわけじゃないのに。何なんだ、この痛みは。
 思わず左の腕を見れば、底から這い上がってきた闇が。
(食ってる)
 蝕むように、貪るように。僕の全身を冒していたのだった。
 前々からあった常闇の呪縛。これまでは左腕だけだったのに。
 それは腕を這いあがり、地獄の痛みとともに全身に広がっていく。
「うあ……ぐ……!」
 歯をくいしばって耐えようとするが。蝕む闇は、止まらなくって。
「師匠に……会わ……な……きゃ」
 立ち上がろうとするが、全身がふるえて、身を起こすことすらままならなくて。
「ああ……ぐ……あああ……!」
 耐えきれなくなり、ついに僕は。痛みのあまり、絶叫した。

  ◆

 不意に、絶叫が聞こえた。

 って、おい? 誰だよ? 一体何があった!
 俺はあわてて立ち上がり、声のした方に駆け出した。
 すると。
「エル坊!?」
 そこでは、俺の可愛い可愛い弟子が、絶叫を上げながらのたうちまわっていた。
「何があった! 誰がやった! おい、聞こえるかエル坊!」
 そして、俺は見た。エル坊の身体中に巻きつき、貪るようにうごめいている、漆黒の闇を——!

「……常闇の忌み子、か」

 そう呼ばれる所以たる黒い闇。
「だがなぁ、俺はそういった、魔術的なモンの専門家じゃぁねぇんだよ……」
 俺じゃあ、エル坊を救えない。
 でも、少しでもできることをしなきゃあ、な。
「エル坊、エル坊! 聞こえるか! 俺だ、ヴェルンだ! とりあえずお前を動かすからな! 大丈夫だから!」
 そっと腕を伸ばし抱きかかえる。あいつはまだ、暴れていた。
「ったく、ホントに難儀な身体だよなぁ」
 抱えた身体は驚くほど軽くって。
「ちゃんと飯食えよ、なぁ?」
 思わず声をかけた。
「師……匠……」
「無理すんな」
 言って、俺の部屋まで運んでいく。
 途中。
 気がついた。
(こいつ……怪我してやがる)
 右腕と、肋骨。手当てのされた跡がある。
(なんかあったら言えって、ちゃんと伝えたのによぉ)
 痛みはひいたらしく、ぐったりしたエル坊は、答えない。
(ったく、心配掛けさせやがって)
 ため息をつきながらも。俺は自室に戻った。

  ◆

 目を覚ますと、師匠の背中が見えた。
「……師匠……?」
 僕は声をかけた。師匠は何か作業中らしく、僕に背中を向けたまま、言った。
「まだ寝てろ。話はあとから聞く」
「…………」
 身体の痛みは消えていた。這い上がってきた漆黒の闇も。
 それでもまだ身体がうずくのは、肋骨と右腕の怪我があるからだ。
 しばらくして、師匠は作業を終え、僕の方を向いた。
「さあ、説明してもらおうか。エル坊、一体何があった?」
 ありのままを言うわけにはいかない。僕は適当に話をでっち上げ、崖から落ちたと説明した。
 その返答を聞くと、師匠はどこか、腑に落ちないような顔をした。
「崖から落ちて、崖から落ちて、崖から落ちて……。お前の怪我した理由を聞くと、いつだってそれだ。お前は馬鹿じゃない。なのに、なぜそんなにしょっちゅう崖から落ちるかねぇ。……もしかして、落とされたんじゃ?」
 師匠はなかなか鋭かった。
 だけど、その時。
 師匠の優しい言葉と。
 嘘をついているという罪悪感から。
 助けてほしいという、僕の本音があふれ出た。
「…………ニコール」
「え? なんだって?」
 言いかけた言葉は、止められない。
「二コールなんだ。二コールが、こんなことしたんだ」
 いつも、じっと耐えてきた。だけどね、ニコール、兄上。

 ——仏の顔も三度まで、という言葉を、知っているか——?

 直情径行の師匠は、「ぶっ殺す」とは言わなかった。
 ただ一言。
「つらいならそう言えって、言ってるだろうが」
 言って、僕の頭をくしゃくしゃに撫でまわした。
「ニコールか。あの鼻もちならねぇガキ。あいつがお前をボロボロにしたんだな? 今回の大怪我も、あいつのせいか?」
 僕がうなずくと、師匠は任せろと親指を上げた。
「なら、俺の知り合いに頼んでやる。まだ少女なんだが、俺よかよっぽど弁論が立ってなぁ。あの子に鼻っ柱を折ってもらうぜ」
 
 ……「ぶっ殺す」なんて、言わなかった。師匠はちゃんと大人だった。
(結局深読みしすぎで杞憂で、それで状況改善が遅れたなんて)
 馬鹿じゃないのか、僕は。何を足踏みしていたのか。
 師匠は悲しそうな顔なんてしなかった。弱い母上とは違うんだ。

「あ、そうそう、エル坊」
 不意に師匠が声をかけてきた。
「お前、記憶力に自信はあるか?」
「……なんの、こと」
 師匠は誰かを思い出しつつ、苦い笑いを浮かべた。
「いやさ、その子、めっちゃ長い名前を持っていてなぁ。それを一度聞いただけで覚えられた人には、無条件で味方するって言う、謎の行動原理で動いているんだよ。あまりにも名前が長いんで、俺はグライアと省略して呼んでいるが」
「……グライア? 女の子なの?」
「そうさ」
 師匠は、ニッと笑った。
「グラエキア・アリアンロッド。お前の従姉だよ、エルヴァイン」

 ……未来、僕は彼女に救われることになる。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ……やぁ、皆さん。
 次の話は、僕とグラエキアの話だ。
「短編集」で知っている人もいるかもしれないが、こっちは僕視点。
 別に、全然大した話でもないけどね。あの日、僕と彼女は出会った。

 そして、僕の未来は。一気に明るくなったんだ。