ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ 常闇の忌み子 6 僕の休日 ( No.6 )
日時: 2017/08/13 19:13
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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「ねぇ、どこか行かない?」

 その日、僕のもとを訪れたグラエキアは、そう言った。
「いつも王宮暮らしじゃつらいでしょう。私、綺麗な場所を知っているの」
 ……確かに、そうかもしれない。
 兄上にこき使われている時以外。僕は王宮の外というものを知らなかった。
「いいけど……外出許可は?」
 尋ねれば。グラエキアは、おかしそうに笑うのだった。
「そんなもの。なくたって」
 裏道があるのよ、と僕に言う。
「そこを使えば出るのは簡単。私、ただのおしとやかな姫君には、なりたくはなくってよ。こう見えて、裏道とかには詳しいのですわ」
 悪戯っぽく笑ったグラエキア。おもしろそうだと僕は思った。
「行きたい。……教えてくれる?」
「当然よ。ついてきて」
 機嫌良さげに歩くグラエキア。僕はそのあとについていく。
 ああ、いいことがありそうだ。

  ◆

 生垣に空いた穴をくぐり、井戸の中から顔を出す。そんな冒険まがいのことは、僕を少しわくわくさせた。そして歩く道すがら。いつもと違って見える、町の喧騒。
 それはどこか新鮮で。警戒と疑念に凝り固まった僕の心を、そっと解きほぐした。

 そしてたどり着いたのは。
「…………!」
 突如ひらけた、緑の絶景。
 目を瞠るような、緑の海。
「ここは……」
 グラエキアは、ふふと笑った。
「王都は高い所にある。誰も攻めてこられないよう、その端のところは絶壁になっているのよ」
 ……聞いたことがある。そんな話を。
 ここ、王都ウィストリアは、絶壁に建っている。
 攻めにくく、守りやすい。自然の要塞に、という記述を思い出した。
「でもね、ここは」
 グラエキアが、手を広げて深呼吸した。
「それだけじゃない。絶壁の下は、ほら。……こんなに綺麗」
 これを見せたかったのよ、と彼女は僕に笑いかけた。

「だって、あなた。いつも寂しそうなんですもの」

 ……寂しそう、か。
 確かに、あの王宮には。楽しいことなんて何もなかったし、味方らしい味方は師匠くらいしかいなかった。いじめを恐れ。嘲りを恐れ。いつも目立たないように、柱の陰に隠れていた。
「あのねぇ、エルヴァイン」
 明るく、彼女は笑った。
「つらかったら、言ってもいいのよ? 大丈夫。私はヴェルンさんみたいに直情傾向じゃないし。二コールを見たでしょう? お望みなら、あなたの姉様の鼻っ柱だって、私はへし折れるのよ」
 僕は、苦笑した。あの日。あの、はじめて出会った日。
 言葉だけで、二コールをぼこぼこにしたグラエキア。
 そうだね、そうだ。僕は、誰かに頼ることを知らないんだ。
 グラエキアでもいいから。何かあったら、人に相談することが大切なんだ。
「ありがとう、グラエキア」
「グライアでも、いいわよ?」
 グラエキアは、微笑んだ。悪戯っぽく、笑った。
「私がねぇ、あの長い名前を一番省略して呼ぶことを許すのって、あなたで三人目なんだから」
 グライア。口にしてみると、響きが凛々しい。
 グラエキアは、言うのだった。
「ま、だから」
 言いながら、歩き出す。
「何でも相談してよね。ヴェルンさんなら、私の居場所を知っているし」
 僕は、彼女についていく。
「じゃ、そろそろ帰ろっか。抜け出しっぱじゃ、心配されちゃう」
 そうだね、と僕はうなずき、最後にもう一度振り返った。
 うねる緑の海。美しい風景。休日が終わったら、見られなくなるから。
「エルヴァインー?」
「すぐ行く、グライア」
 グラエキアの声を受け、僕は目線を外した。

 ああ、楽しい休日だったな。
 久しぶりに、心から楽しめた。

 小さな幸せを感じながらも。僕らはその場を後にした。

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