ダーク・ファンタジー小説

夜明けの演者 1‐1 ( No.1 )
日時: 2017/10/11 23:55
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=599.png

 4300文字……。
 長いです。
 読むときは余裕を持ちましょう。

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 第一部 アスフィラル劇団


 序章 フルージアの初舞台


  ♪


 生まれた時から一人だった。傍には誰もいなかった。覚えているのは名前だけ。フルージアという名前だけ。ずっと一人で生きてきた彼女は昔から、「演じる」ことだけは得意だった。
 そんなある日、セラン王国のカウィダという町に足を踏み入れた彼女は、運命に出会った。

「皆様、皆様! まもなくアスフィラル劇団の公演が始まります! 演目は『封神の七雄』! フィラ・フィアと荒ぶる神々の物語! 飛び入りでも構いません、皆様どうぞご覧下さーい!」

 前々から劇が大好きだったフルージア。劇はそこの劇場でやっているらしい。フルージアは迷わず場内に入ると、居並ぶ人々を押しのけて最前列に陣取った。



 やがて劇は始まる。

 演目は「封神の七雄」。遥か昔、「荒ぶる神々」が地上の人間たちをしいたげていたころ。「舞師」フィラ・フィアをはじめとする七人が、彼らを封じんがために立ち上がった物語。正史ではフィラ・フィアは戦神ゼウデラだけは封じられなかったというが、劇ではすべて封じられたことになっている。正史はあまりにも報われない物語なので、劇のためにシナリオが手直しされたのだ。
 「崇高たる舞神」フィラ・フィア、「自在の魔神」エルステッド、「白蝶の死神」シルーク、「陽光の破神」ユーリオ&「清水の封神」ユレイオの双子、「天駆ける剣神」ヴィンセント、「奔放なる嵐神(らんしん)」レ・ラウィ。彼らを合わせて「封神の七雄」という。
 それはとても有名な劇だから、フルージアは何回も観たことがある。それでも飽きないのは、それが正史に基づいた、めくるめく人間ドラマだからだ。

 フルージアはわくわくしながらも、劇に見入り続けた。


  ♪  


 がたん、と音がした。
 フルージアははっとなる。
 見ると、フィラ・フィア役の役者が青い顔をしてうずくまっていた。突然のことに辺りは騒然となる。

「皆様落ち着いて下さい! 休み時間をとります! 次は第八幕『戦神の宴』からです!」

 エルステッド役の人が叫び、あわてて幕が閉じられる。こういうことは時々ある。早く再開しないと不満がたまってしまうのだが。
 しかし主役が途中で倒れて、何とかなるものだろうか?
 不安を感じた時だった。一つの手が、手招きしているのをフルージアは見た。
 その手は小さくささやいた。

「きみ、ちょっとそこのきみだよ! いきなりだけど、劇を演じてみたいとは思わないかい?」
「……へ?」

 声は小さかったが、とても慌てているような感じがした。

「いいからさ、倒れてしまったフィラ・フィアの代わりに、君がフィラ・フィアになってくれると大助かりなんだけど! 君は見込みがある! 即席でも何とかなるさ! 後生だから!」

 声に悲壮感が混じる。しかし、何でいきなりわたしに? 確かに最前列の端にはいたけれど……。訳がわからなかった。

「え? でも……」
「お願いだから!」

 声は拝むような調子になる。役が倒れたら確かに誰かが代わらなければならないわけだが、初心者のフルージアでもできるのだろうか? しかも主役だし。

「劇を最後まで終わらせよう! 君ならできる! さあ!」

 そこまで言われては行くしかあるまい。フルージアは招く手に向かって、一歩を踏み出した。
 それが未来への一歩だとは、知らずに。


  ♪


「すまないね、急なことになって。でも僕の目に狂いはないと思うよ。残るはたった二幕だけ。即席でも何とかなるだろうさ」

 フルージアを誘った人物の名はウォルシュ・アスフィラル。なんと、アスフィラル劇団の団長だった。

「これから役をしっかり教えるから。九十分くらいで覚えてくれると助かるんだが……。まあ、初心者に無理は言わないさ」

 ちなみに倒れた人はエルナというらしい。

「彼女は最近病気がちでね……。代わる人を探しているんだが、いまだ見つからず、さ。地道に頑張るしかないかな」

 じゃ、と彼は言った。

「台本を渡すからしっかり覚えてね。僕の目に狂いはない! 期待しているよ」

 かくして、練習が始まった。


  ♪


「戦神ゼウデラ! もう、あなたの好きな様にはさせないわ! あなたはわたしたち『封神の七雄』が滅ぼすのよ!」
「おおっ! あの娘、見込みがあるじゃないですか! たった九十分のレッスンで、あそこまでうまく演じられるとは! やはり団長の目に狂いはなかった!」
「いや〜、傑物を引き抜いたもんだ。あの子を我が団に正式に勧誘できればいいんだけどねぇ」 

 それから約一時間半後。急なレッスンを終えたフルージアは、晴れて生まれて初めての舞台に立っていた。

「返してよ! 返しなさいよゼウデラッ! あなたの奪った数多の命を! あなたの歪めた運命を! できないのならば今ここで! おとなしく封じられなさいッ!」

 フィラ・フィア役(フルージア)が叫ぶと、ゼウデラ役がそれに応える。

「だが断る! 貴様如きが知るまいよ? 戦を呼ぶ! 戦を呼ぶことの楽しさを! 喜びを! 足掻く人間どもを見ることの、なんという至福か! そもそも貴様如きがこの強大なる我を封じられるものか!」

 それに反論するはエルステッド=ウォルシュ。

「あなたは知らない! 我らが『封神の七雄』の強さを! 強さとはただ力があるというだけではない! だから見せてやる! 本当の強さという奴を!」
「独りでずっと戦ってきたあなたは知らないはずだ。僕も彼女らに会うまではそうだった。その力とは——」


「——絆だ。それを知れゼウデラッ!」


 シルーク役の言葉をヴィンセント役が引き継ぎ、戦いが始まる。
 どの人も皆、それぞれの役に深くのめり込んでいた。


  ♪


「ま さ か…… この 我 が …… 人間 如 き に 負け る と は ……ッ!」

 やがて闘いの決着はつき、ゼウデラ役は倒れたきり、ぴくりとも動かなくなる。しかしフィラ・フィア側も、残っているのはフィラ・フィアただ一人のみ。他は皆、ゼウデラにやられてしまったのだ。
 そこまでかの神は強く、決して犠牲なしでは倒せない。
 ゆえに封じる必要があったが、その結果がこれだ。
 フルージア=フィラ・フィアは、涙を流しながらつぶやいた。

「封じられた……わたし、封じられたよ?」

 動かぬゼウデラ役の身体には、次々と光の帯が巻きついて行く。無論、すべて、魔導士の作りだした幻影だ。

 フルージア=フィラ・フィアはうずくまり、自らの体を抱いた。

「でも私、勝ったのに……勝ったのに、こんなに悲しいのは何故……? エルステッド、シルーク、ヴィンセント……。みんな、みんな、死んじゃった! わたしだけ残ってもさあ、意味ないじゃないの!」
 この場面は、独白だ。生き残った者のモノローグだ。

「悲しいよ。帰ってきてよ、ねえ……。返してよ」

 そうして照明が落とされて、場面は次へと移行する。
 フルージアの演技は真に迫っていて、誰もが思わず涙をこぼした。
 そして——


  ♪


「わたくしフィラ・フィアは、只今すべての任務を果たしましたことをここに報告いたします」

 古王国カルジアの王宮で。そう報告したフルージア=フィラ・フィアは、王のもとを去る。
 目指すは丘。死ぬ前の「七雄」たちとともに、わずかな時を過ごし、友誼を結んだ思い出の丘。何よりも輝かしい記憶の眠る、約束の地。
 そこには墓がある。散っていった「七雄」たちの墓が。
 それらの墓は円を描くように並んでいて、その中心には大樹の苗木があった。
 その苗木の傍らに立ち、彼女は祈るような仕草をする。

「エルステッド、シルーク、ヴィンセント、ユーリオ、ユレイオ、レ・ラウィ! わたし、果たせたよ? みんなみんな死んじゃったけど! あなたたちの願った世界が、ようやくこれから訪れるのだわ! 死んじゃっても、その願いはわたしが引き継いだからさ!」

 その顔は、涙に濡れていた。



「——安心して、眠ってね……!」



 その場面を最後に、幕が閉じられていく。ナレーションが聞こえた。

「かくして荒ぶる神々は封じられ、以降、我らの生活に神が干渉してくることはなくなりました。フィラ・フィアは多くのものを失いましたが、その犠牲があったからこそ、今の私たちがあるのです。『封神の七雄』たちの犠牲は決して無駄ではありませんでした……! これにて劇、『封神の七雄』を終わりにいたします。皆様、ご観劇ありがとうございました!」

 幕が再び開けられ、小道具も何もなくなった舞台で、役者紹介が行われ——。

「最後に! 我らがゲスト、フルージア嬢! 盛大な拍手をお願いします!」

 とても大きな拍手に見送られながらも、フルージアは退場する。
 こうして、彼女の初舞台は終わったのだった。


  ♪


「いやー、すごかったよ! きみ、劇で役を演じるのは初めてなんだろ? なのにあれほどの出来とはねえ。驚いたよ」

 すべて終わり客が帰った後の舞台裏で。フルージアは皆に褒めちぎられた。ちなみに今、フルージアはフィラ・フィアの衣装を脱ぎ、薄汚れた普段着に戻っている。

「わたしだってあそこまで出来るとは思ってませんでした。周りの雰囲気でいつの間にか、フィラ・フィアになったような気がしただけですよ。『あれほどの出来』なんて過ぎた言葉です」

 そう答えると、団長ウォルシュはううんと首を振った。

「初めてで役にあれほどのめりこめる人はそうそういないんだよ。君は素晴らしい才能だ! よかったら我が団に、是非来てくれないかい?」

 友好的に差し出された手を見て、フルージアははっとなる。
 フルージアには身寄りがない。住むところがない。お金を稼ぐ手段がない。そんな事情を向こうは無論知らないだろうけれど、劇団に入れば最低限、お金の問題は解決される。
 それにフルージアは、短い初舞台で強く思ったのだ。自分は劇が好きだと。好きなことが仕事になれば、どんなにうれしいだろう?
 フルージアは決めた。

「お誘いをくださるのでしたら……。あなたたちの劇団に入りたいと思います。わたし、演じるのが好きなんだって、今回の舞台でしっかりとわかりました! 入れてください!」

 フルージアが差し出された手を握ると、劇団の皆が湧いた。

「やったあ! 未来の新星獲得だぜ!」
「これからよろしくねっ、フルージアちゃん!」
「さすが団長! やりましたねえ!」

 みんながみんな、彼女を歓迎していた。これまでずっと一人で生きてきた彼女には馴染みのない感覚で、少しむずがゆかった。

「よろしくお願いしますっ!」
 
 運命が回り始める。


  ♪


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