ダーク・ファンタジー小説
- 夜明けの演者 1‐1 ( No.1 )
- 日時: 2017/10/11 23:55
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
- 参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=599.png
4300文字……。
長いです。
読むときは余裕を持ちましょう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
第一部 アスフィラル劇団
序章 フルージアの初舞台
♪
生まれた時から一人だった。傍には誰もいなかった。覚えているのは名前だけ。フルージアという名前だけ。ずっと一人で生きてきた彼女は昔から、「演じる」ことだけは得意だった。
そんなある日、セラン王国のカウィダという町に足を踏み入れた彼女は、運命に出会った。
「皆様、皆様! まもなくアスフィラル劇団の公演が始まります! 演目は『封神の七雄』! フィラ・フィアと荒ぶる神々の物語! 飛び入りでも構いません、皆様どうぞご覧下さーい!」
前々から劇が大好きだったフルージア。劇はそこの劇場でやっているらしい。フルージアは迷わず場内に入ると、居並ぶ人々を押しのけて最前列に陣取った。
やがて劇は始まる。
演目は「封神の七雄」。遥か昔、「荒ぶる神々」が地上の人間たちをしいたげていたころ。「舞師」フィラ・フィアをはじめとする七人が、彼らを封じんがために立ち上がった物語。正史ではフィラ・フィアは戦神ゼウデラだけは封じられなかったというが、劇ではすべて封じられたことになっている。正史はあまりにも報われない物語なので、劇のためにシナリオが手直しされたのだ。
「崇高たる舞神」フィラ・フィア、「自在の魔神」エルステッド、「白蝶の死神」シルーク、「陽光の破神」ユーリオ&「清水の封神」ユレイオの双子、「天駆ける剣神」ヴィンセント、「奔放なる嵐神(らんしん)」レ・ラウィ。彼らを合わせて「封神の七雄」という。
それはとても有名な劇だから、フルージアは何回も観たことがある。それでも飽きないのは、それが正史に基づいた、めくるめく人間ドラマだからだ。
フルージアはわくわくしながらも、劇に見入り続けた。
♪
がたん、と音がした。
フルージアははっとなる。
見ると、フィラ・フィア役の役者が青い顔をしてうずくまっていた。突然のことに辺りは騒然となる。
「皆様落ち着いて下さい! 休み時間をとります! 次は第八幕『戦神の宴』からです!」
エルステッド役の人が叫び、あわてて幕が閉じられる。こういうことは時々ある。早く再開しないと不満がたまってしまうのだが。
しかし主役が途中で倒れて、何とかなるものだろうか?
不安を感じた時だった。一つの手が、手招きしているのをフルージアは見た。
その手は小さくささやいた。
「きみ、ちょっとそこのきみだよ! いきなりだけど、劇を演じてみたいとは思わないかい?」
「……へ?」
声は小さかったが、とても慌てているような感じがした。
「いいからさ、倒れてしまったフィラ・フィアの代わりに、君がフィラ・フィアになってくれると大助かりなんだけど! 君は見込みがある! 即席でも何とかなるさ! 後生だから!」
声に悲壮感が混じる。しかし、何でいきなりわたしに? 確かに最前列の端にはいたけれど……。訳がわからなかった。
「え? でも……」
「お願いだから!」
声は拝むような調子になる。役が倒れたら確かに誰かが代わらなければならないわけだが、初心者のフルージアでもできるのだろうか? しかも主役だし。
「劇を最後まで終わらせよう! 君ならできる! さあ!」
そこまで言われては行くしかあるまい。フルージアは招く手に向かって、一歩を踏み出した。
それが未来への一歩だとは、知らずに。
♪
「すまないね、急なことになって。でも僕の目に狂いはないと思うよ。残るはたった二幕だけ。即席でも何とかなるだろうさ」
フルージアを誘った人物の名はウォルシュ・アスフィラル。なんと、アスフィラル劇団の団長だった。
「これから役をしっかり教えるから。九十分くらいで覚えてくれると助かるんだが……。まあ、初心者に無理は言わないさ」
ちなみに倒れた人はエルナというらしい。
「彼女は最近病気がちでね……。代わる人を探しているんだが、いまだ見つからず、さ。地道に頑張るしかないかな」
じゃ、と彼は言った。
「台本を渡すからしっかり覚えてね。僕の目に狂いはない! 期待しているよ」
かくして、練習が始まった。
♪
「戦神ゼウデラ! もう、あなたの好きな様にはさせないわ! あなたはわたしたち『封神の七雄』が滅ぼすのよ!」
「おおっ! あの娘、見込みがあるじゃないですか! たった九十分のレッスンで、あそこまでうまく演じられるとは! やはり団長の目に狂いはなかった!」
「いや〜、傑物を引き抜いたもんだ。あの子を我が団に正式に勧誘できればいいんだけどねぇ」
それから約一時間半後。急なレッスンを終えたフルージアは、晴れて生まれて初めての舞台に立っていた。
「返してよ! 返しなさいよゼウデラッ! あなたの奪った数多の命を! あなたの歪めた運命を! できないのならば今ここで! おとなしく封じられなさいッ!」
フィラ・フィア役(フルージア)が叫ぶと、ゼウデラ役がそれに応える。
「だが断る! 貴様如きが知るまいよ? 戦を呼ぶ! 戦を呼ぶことの楽しさを! 喜びを! 足掻く人間どもを見ることの、なんという至福か! そもそも貴様如きがこの強大なる我を封じられるものか!」
それに反論するはエルステッド=ウォルシュ。
「あなたは知らない! 我らが『封神の七雄』の強さを! 強さとはただ力があるというだけではない! だから見せてやる! 本当の強さという奴を!」
「独りでずっと戦ってきたあなたは知らないはずだ。僕も彼女らに会うまではそうだった。その力とは——」
「——絆だ。それを知れゼウデラッ!」
シルーク役の言葉をヴィンセント役が引き継ぎ、戦いが始まる。
どの人も皆、それぞれの役に深くのめり込んでいた。
♪
「ま さ か…… この 我 が …… 人間 如 き に 負け る と は ……ッ!」
やがて闘いの決着はつき、ゼウデラ役は倒れたきり、ぴくりとも動かなくなる。しかしフィラ・フィア側も、残っているのはフィラ・フィアただ一人のみ。他は皆、ゼウデラにやられてしまったのだ。
そこまでかの神は強く、決して犠牲なしでは倒せない。
ゆえに封じる必要があったが、その結果がこれだ。
フルージア=フィラ・フィアは、涙を流しながらつぶやいた。
「封じられた……わたし、封じられたよ?」
動かぬゼウデラ役の身体には、次々と光の帯が巻きついて行く。無論、すべて、魔導士の作りだした幻影だ。
フルージア=フィラ・フィアはうずくまり、自らの体を抱いた。
「でも私、勝ったのに……勝ったのに、こんなに悲しいのは何故……? エルステッド、シルーク、ヴィンセント……。みんな、みんな、死んじゃった! わたしだけ残ってもさあ、意味ないじゃないの!」
この場面は、独白だ。生き残った者のモノローグだ。
「悲しいよ。帰ってきてよ、ねえ……。返してよ」
そうして照明が落とされて、場面は次へと移行する。
フルージアの演技は真に迫っていて、誰もが思わず涙をこぼした。
そして——
♪
「わたくしフィラ・フィアは、只今すべての任務を果たしましたことをここに報告いたします」
古王国カルジアの王宮で。そう報告したフルージア=フィラ・フィアは、王のもとを去る。
目指すは丘。死ぬ前の「七雄」たちとともに、わずかな時を過ごし、友誼を結んだ思い出の丘。何よりも輝かしい記憶の眠る、約束の地。
そこには墓がある。散っていった「七雄」たちの墓が。
それらの墓は円を描くように並んでいて、その中心には大樹の苗木があった。
その苗木の傍らに立ち、彼女は祈るような仕草をする。
「エルステッド、シルーク、ヴィンセント、ユーリオ、ユレイオ、レ・ラウィ! わたし、果たせたよ? みんなみんな死んじゃったけど! あなたたちの願った世界が、ようやくこれから訪れるのだわ! 死んじゃっても、その願いはわたしが引き継いだからさ!」
その顔は、涙に濡れていた。
「——安心して、眠ってね……!」
その場面を最後に、幕が閉じられていく。ナレーションが聞こえた。
「かくして荒ぶる神々は封じられ、以降、我らの生活に神が干渉してくることはなくなりました。フィラ・フィアは多くのものを失いましたが、その犠牲があったからこそ、今の私たちがあるのです。『封神の七雄』たちの犠牲は決して無駄ではありませんでした……! これにて劇、『封神の七雄』を終わりにいたします。皆様、ご観劇ありがとうございました!」
幕が再び開けられ、小道具も何もなくなった舞台で、役者紹介が行われ——。
「最後に! 我らがゲスト、フルージア嬢! 盛大な拍手をお願いします!」
とても大きな拍手に見送られながらも、フルージアは退場する。
こうして、彼女の初舞台は終わったのだった。
♪
「いやー、すごかったよ! きみ、劇で役を演じるのは初めてなんだろ? なのにあれほどの出来とはねえ。驚いたよ」
すべて終わり客が帰った後の舞台裏で。フルージアは皆に褒めちぎられた。ちなみに今、フルージアはフィラ・フィアの衣装を脱ぎ、薄汚れた普段着に戻っている。
「わたしだってあそこまで出来るとは思ってませんでした。周りの雰囲気でいつの間にか、フィラ・フィアになったような気がしただけですよ。『あれほどの出来』なんて過ぎた言葉です」
そう答えると、団長ウォルシュはううんと首を振った。
「初めてで役にあれほどのめりこめる人はそうそういないんだよ。君は素晴らしい才能だ! よかったら我が団に、是非来てくれないかい?」
友好的に差し出された手を見て、フルージアははっとなる。
フルージアには身寄りがない。住むところがない。お金を稼ぐ手段がない。そんな事情を向こうは無論知らないだろうけれど、劇団に入れば最低限、お金の問題は解決される。
それにフルージアは、短い初舞台で強く思ったのだ。自分は劇が好きだと。好きなことが仕事になれば、どんなにうれしいだろう?
フルージアは決めた。
「お誘いをくださるのでしたら……。あなたたちの劇団に入りたいと思います。わたし、演じるのが好きなんだって、今回の舞台でしっかりとわかりました! 入れてください!」
フルージアが差し出された手を握ると、劇団の皆が湧いた。
「やったあ! 未来の新星獲得だぜ!」
「これからよろしくねっ、フルージアちゃん!」
「さすが団長! やりましたねえ!」
みんながみんな、彼女を歓迎していた。これまでずっと一人で生きてきた彼女には馴染みのない感覚で、少しむずがゆかった。
「よろしくお願いしますっ!」
運命が回り始める。
♪
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
- 夜明けの演者 1-2-1 劇団の毎日 ( No.2 )
- 日時: 2017/10/12 00:01
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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二章 夜明けの演者
1 劇団の毎日
♪
「神よ聞け! 我が名はフィラ・フィア、封神の七雄なり!」
「ちょっとストップ! フルージア、手をさ、もっと勢いよく振るんだ。キレがない」
「了解しました! っと、あの時はアドリブだったけど……。案外難しいのね、演じるのって」
それから数日。フルージアは劇団のみんなから、劇の手ほどきを受けていた。
「じゃ、もう一回やるわね。——神よ聞け! 我が名はフィラ・フィア、封神の七雄なり! ……これでどうかしら?」
「オーケーオーケー! やっぱり君は筋がいいね! 教えるのが楽しいよ!」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。っと、もうこんな時間。休憩にしません?」
フルージアが提案すると、皆嬉しそうに頷いた。
劇団に入ってまだ日は浅いが、ある程度のメンバーの名は覚えた。
奥で忙しそうにしているのが団長のウォルシュ。その隣で作業を手伝っている、気の強そうな少女がその娘のルーシュ。いそいそとお盆に乗ったおやつを運んできたのがルルカ。
どこにも居場所のなかったフルージア。でも、今は居場所があるから。とても幸せで満ち足りていた。
「焼き菓子を作ってみましたよー。冷めないうちに召し上がれ」
ルルカの言葉にみな我も我もとお菓子を取り合う。
穏やかな光景だった。
「はい」
小皿に乗ったクッキーが差し出された。フルージアは礼を言って受け取る。
「群がっている人たちはほっときますね〜。わたしが直接配るのは、そうしない人だけ」
いたずらっぽく微笑む彼女は料理が得意。劇場には料理をつくる設備なんてないのだが、彼女の家は劇場から近く、時々こっそり抜け出してはこういったものを作ってくれる。
彼女はフルージアにお菓子を配り終わると、お菓子の皿を持って、ウォルシュとルーシュの方に向かっていった。
♪
その後。ささやかなおやつタイムが終わると、また劇の練習が始まる。ちなみに先ほどの「封神の七雄」の練習は実はダミーで、本当の練習は「蒼穹と太陽」だったりする。この物語は今から二万年前という設定で、闇の神から「空」をもらったとされる伝説のある、とある人物の劇である。「封神の七雄」の練習は、動きの練習のためにやったにすぎない。
ちなみにこの劇の主人公はフィレグニオという少年なのだが、「性別が違っても問題ないさ!」ということで、女の子であるフルージアがその役に抜擢されている。彼は闇神ヴァイルハイネンに不老不死をもらい、実質上の空の支配者となったという話だが、真偽のほどは確かでない。そもそも今生きているとしたって、空の果てなんて確かめようがないのだから仕方がない。
さてさて練習が始まる。
「昔々、フィレグニオという少年がいました。彼は空にひどく憧れていました」
ナレーターが喋り、次はフルージアの番である。台本はまだ全部覚えきれてはいないが、最初のところは大丈夫だ。
「僕はこの空を自由に飛びたい! たとえ戦乱の中でだって、空だけは綺麗なままだから!」
その背には翼(無論作りものだが)が生えている。フィレグニオは突然変異で生まれた子で、なぜかその背には生まれつき翼があったという。彼がのちの翼持つ民「アシェラルの民」の祖先となる。
喋ったあとは舞台から去り、代わりにヴァイルハイネン役のジェルダが現れる。彼の衣装は特別製だ。鴉の姿を好むとされる闇神に合わせて、衣装も鴉を模したものになっているのだ。
彼は、独白する。
「この世界に生まれ落ちて幾千年。地上界というところに来たが、なんだ、この荒廃は? 人間なる種族はなんと醜いのだ! こんなものをわざわざ生み出すとは!」
その言葉の次は再びナレーション。
「その時代は、戦乱の絶えることのない時代でした。国境線は毎日というもの書きかわり、地図なんて何の役にも立たない時代でした。闇神が呆れるのも当然です。人間の、なんて醜かったことか! 我々は……えーと、次の言葉はなんでしたっけ?」
「……覚えてないのかい」
呆れたようにウォルシュが苦笑した。ナレーター役のテッドはううんと首を振った。
「一瞬飛んでました! 今思い出しました。我々は戦う以外のことを知らなかったのです!」
「練習だからまだいいけどね。本番は気をつけてね」
「はいっ! じゃ、次は脇役さんたち、お願いします!」
「反省の言葉はないのかい……」
そんなふうにして日々は過ぎた。
ウォルシュが演目を決めて台本を書き、小道具大道具が背景やこまごましたものを作り(定番の劇に使うものは、以前に使ったものの修理だけで良い)、照明や音響役の魔導士たちが場面に合う光や音を試行錯誤し、その中で役者が演じる。演劇は役者だけで成り立つものではないのだとフルージアは理解し、そして劇を演じながらも、これが自分の天職だと強く感じるようになった。
劇団の皆はフルージアにとても優しかった。この劇団こそがフルージアの帰る場所だった。
しかしフルージアは、自分が家なしだとは言いだせなかった。みんなを心配させたくなかったのだ。彼女のねぐらは劇団に出会ってからは劇場の裏手になったが、それを知る者は彼女以外にいなかった。
そんなある日、彼女は気づいたのだ。
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- 夜明けの演者 1-2-2 目覚めた才能 ( No.3 )
- 日時: 2017/10/12 00:08
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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2 目覚めた才能
♪
そんなある日、彼女は気づいたのだ。自分の才能に。
その日の夜。彼女は劇場の裏手のねぐらで、役の練習をしていた。
「見えざる剣は闇を断ち、見えざる盾は我らを守る!」
「封神の七雄」の劇の、「自在の魔神」エルステッドの役である。
彼は何もないところから剣や盾を即席で生み出す「魔素使」(まそし)の才を持っていた。その才さえあれば剣も盾も不要。必要になったらその手を振って生み出せば、実体があり、本当に人を切れる切れ味鋭き剣と、実際に攻撃から身を守れる盾を、空気中に漂う魔法素から作り出すことができるのだから。
無論、ただの少女たるフルージアに魔素使の才はない。なのに——。
『エルステッドになったつもり』で両の手を振った。すると。
彼女の右手には剣が。
彼女の左手には盾が。
実用に耐えそうな両者が、彼女の動きに合わせて現れたのだった。
「え、ええっ!? な、なに? なによぅ」
あわてて両の手を振ると、それらは消えた。
しかし手にはそれらの感触がまだ残っている。すなわち、剣と盾を握っていたという感触が。
実際の劇では、魔素使の攻撃は幻影の魔導士がそうと見せかけるだけで、ここまでリアルにはっきりとやるには、本物の魔素使でもいないと無理である。ただし、魔素使はとても希少だ。こんなところに現れるとは思えない。
つまり、フルージアは。
エルステッドになったつもりになるだけで、実際の魔素使の能力を発現させたのだった。
フルージアはもう一度手を振ってみるが、今度は何も現れない。
ならば、と息を吸って、もう一度エルステッドの台詞を叫ぶ。
「見えざる剣は闇を断ち、見えざる盾は我らを守る!」
すると。
右手には剣が。
左手には盾が。
魔素使の才能なんてないのに、冷たい金属の感触とともに、彼女の両の手に現れた。
その次の台詞を叫んでみる。
「荒ぶる神よ、我らが『封神の七雄』の裁きを受けよ!」
一歩踏み出して剣を振った。重い。確かな感触。それは偶然にも、目の前に落ちてきた葉を切った。
葉 を 切 っ た 。
これは幻影ではない。偽りではないのだ。
現れた剣の重さに引き摺られてたたらを踏みながらも、フルージアはいまだ信じられず、他の役をやってみることにした。手を振って剣を消す。それでも、先ほど切った葉は元に戻らない。元に戻らなかった。
フルージアは息を吸い、次の役を、やる。
「空の支配者に、なるんだ!」
役をやる瞬間だけ、感覚は氷のように研ぎ澄まされ、それ以外のことは考えられなくなる。「蒼空の覇者」フィレグニオになりきった彼女の背には翼が生え、知らず羽ばたく。
「っと! わ、わっ!」
我に返った彼女は、翼を制御しきれずに転んだ。
「さ、流石に慣れないなあ……」
空を飛ぶなんて初めてなのだから、失敗するのは当たり前だ。それでも、やってみればもしかして? もう一度、背に神経を集中させて。持ったこともない翼で、飛んだこともない空を飛ぼうと試みる。
背の翼が何度も羽ばたき、風を生んだ。そして。
「わ、わあっ!」
ふわりと体が浮いた。また転ぶ。けれど!
「私……飛べた?」
そのことに呆然としていたら、翼は消えた。
最早疑いようがない。どう言えばいいのか分からないけれど、自分には「才能」があるのだ。『役になりきればその役に応じた能力が得られる』といった才能が。エルステッドの役をやれば魔素使になり、フィレグニオの役をやれば空さえ飛べる。その才能は恐るべきものだった。
「演じれば、何にだってなれる……」
後日、彼女はその才能を「演者」と便宜上呼ぶことになる。
「夜明けの演者」が今ここに、誕生した。
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- 夜明けの演者 1-3-1 栄光の花形 ( No.4 )
- 日時: 2017/10/12 00:19
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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三章 力と未来
1 栄光の花形
♪
本当にその役が今この場に存在するかのような劇をするので、フルージアはアスフィラル劇団の花形スターとなった。その役のハマりっぷりは実に見事なもので、なんと、セランの王族すらもお忍びで見に来たほどらしい。
フルージアが来る前はルーシュが花形だったが、今やルーシュなど見向きもされず、フルージアの人気だけがうなぎ上りに上がっていく。
それに対してルーシュは、
「まだあなたに負けたってわけじゃないからね! あたしの方が古顔、あなたなんてすぐに抜かしてやるんだから! ヒロインも花形もあたしのものよ!」
などと対抗心を燃やしてはいたが、普段からそこまで仲が悪いというわけでもないので、純粋なライバルとして見ているだけだろう。きっと悪意はない。
またウォルシュは、
「君のおかげで大助かりだよ。本当にいい役者さんだなぁ!」
なんて、なんのてらいもなく、フルージアをひたすらに褒めていた。
ちなみに「才能」のことはまだ皆に明かしてはいない。余計なことは言わない方がいいのだ。この「才能」については、劇場の裏手で夜な夜な練習して磨きをかけてはいるが、声だけ聞くと「熱心な役者さんだなあ」くらいにしか思われないので好都合である。最近の悩みごとは、劇をやっている最中に、望みもしないのに勝手に「才能」が発現してしまうことだが、今のところはひどいアクシデントは起こっていない。何とかごまかせる範囲内で起こっているので、まあ、大丈夫だろう。
今日だって。
「空の支配者に、なるんだ!」
一歩踏み出したその背に幻影の翼を生やし、フルージア=フィレグニオは宙返りする。軽業は得意だ。観客席から歓声が上がる。
するとそれに応えて、ヴァイルハイネン=ジェルダが姿を現す。
「貴公の望み、他の者共とは違うようだな。其は何ゆえ空を望むか」
「空は美しいからだ! この戦乱の世にあってさえ! それを問う君は誰だ!」
対する彼は、カラスの翼のごとき衣装を翻して、朗々と名乗る。
「我が名は闇神ヴァイルハイネン! 闇神ゼクシオールの弟神。極夜司る闇夜のカラス、風の体現者、異界の渡し守なり! 今宵は興味の赴くまま地上にやってきたまでだ。人間よ、我に会いしことを幸運と思え!」
それにフィレグニオは疑念を示す。
「神様だからといって偉いわけではないさ! ならば願いを叶えてくれるか?」
「空を支配するだと? 戯言を! 空には空の神がいる! 人間如きが空の支配者になれるなどと、思い上がるのはやめることだな」
するとフィレグニオは歌い出すのだ。自分の空への強き思いを。
役は男だけれど、綺麗なソプラノの声が流れだす。
ああ、空よ! あなたはいつも美しく! けがれなく!
その目の下に戦はあれど、あなたはいつも、変わりなく!
広き空、青き空、時に曇れど醜くはならず!
あなたのもとを自由に舞いたい! あらゆるくびきから解き放たれて!
ああ、空よ! 美しき空よ!
あなたのもとに、永遠(とわ)の平穏あれ
そして劇はまだまだ続き、やがてヴァイルハイネンは、フィレグニオについて行くことになる。彼が真に空の支配者たるか、その資質を見極めるために。そんな旅は七年も続き、七年後、ヴァイルハイネンはフィレグニオに、不老不死とずっと疲れない翼を与え、喜びの歌を歌いながらもフィレグニオは退場、劇は終わる。この物語に悲しみの要素はない。
しかし、フルージアは知らなかった。今回のこの劇に。
——彼女の未来に大きく関わる人物が来ていた、なんてね。
かくも運命は不思議なものであり、また、偶然的なものなのだ。
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- 夜明けの演者 1-3-2 没落の始まり ( No.5 )
- 日時: 2017/10/12 00:24
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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2 没落の始まり
♪
「蒼穹と太陽」を演じる途中、フルージアは一回だけかなりまずいミスをした。
否、それは致命的なミスだった。そのミスのせいで、何もが壊れることになろうとは。
主人公のフィレグニオは当時、嵐と風の魔導士だった。彼は嵐を起こす力を持っていた。
その劇に、こんな場面があるのだ。
それは、フィレグニオとヴァイルハイネンが歌に詠唱を乗せて、大いなる風を巻き起こす場面。その風によって淀んだ空気が吹き払われ、一瞬、人々は争いを忘れる場面。
フルージア=フィレグニオとジェルダ=ヴァイルハイネンの二重唱が始まる。
風よ嵐よ、吹き払え!
戦場(いくさば)の雲、血の混じる風!
我は空と嵐の申し子! 蒼空の覇者、フィレグニオ!
淀みを闇を、吹き払え!
飛び交う悲鳴と断末魔!
我は闇と嵐の申し子! 極夜の鴉、ヴァイルハイネン!
その言葉に誘われるようにして風が吹き、淀んだ空気を押し流すストーリーなのだが、吹いてきた風は強すぎた。さまざまな効果を担当する役の魔導士でも、そんな勢いの風は呼んでいなかった。
フルージア=フィレグニオがその詠唱を終えた途端、雷鳴がとどろいて風が吹き荒れたのだ。
それを起こしたのはフルージア。役に没頭するあまり、知らず「演者」の力を出してしまった。気づいた時には混乱が起こりはじめ、フルージアはあわてて力を消したが。困った事態になったのは確かである。
その後、その「事件」は乱気流のせいとか言うことになったが、フルージアは自分の力を恐れはじめた。劇のクオリティを上げるには本気で役に没頭しなければならないが、そのたびに「力」が暴発し、いつか誰かを傷つけてしまったら。そのときはどうなるんだ? 誰もフルージアの「力」なんて知らない。罪悪感と恐怖を抱えたまま、ずっと生きていくことになるのか?
輝かしい日々は砂でできた塔の如く。消えていく幻影が目に映る。
劇団のみんなを傷つけてしまうのは嫌だけど、こんな変な力を持っていると知られて、ひどい目に会うのもまた嫌だ。だからと言って劇団を抜けても、その先に未来はない。劇団にいても、未来はない?
フルージアの悩みは深く、いつの間にか、かつてのように役に没頭することはできなくなっていた。しないのではない、できないのだ。誰かを傷つけることへの恐怖から、できなくなってしまったのだ。
そして観客は役にうるさい。フルージアが役に集中できなくなったと見るや、手のひらを返したように心を離していった。「蒼穹と太陽」の劇の本番以来、フルージアの没落は始まった。
♪
そんな彼女に気づいたのか、ある日、ウォルシュが心配そうに尋ねてきた。
「最近元気がないね。どうしたんだい?」
悩みに押しつぶされていくフルージアは、あまり喋らなくなった。
「悩み事があるならいつでも話していいんだよ。僕程度にカウンセリングができるかどうかは分からないけどさ。話したらきっと楽になるよ。来たばっかりの頃の輝きはどうしたんだい、小さなフィラ・フィアさん?」
その言葉はとても嬉しかったけれど、力のことを明かしたらもう、劇団にいられなくなるような気がして、嫌だった。だから、憮然としたまま答えた。胸には罪悪感という痛みを抱えて。
「……なんでもありません」
だって、他にどう答えればいいとでも? ウォルシュは大好きなひと。彼女の恩師。なにも目的もなく生きてきた自分に、生きる道をくれた人! ゆえに傷つけたくないのだ。失望させたくないのだ。
その態度がかえって彼を傷つけているのだと、心の底では知っていても。直せない。治せない。一度張った意地はその心に深く根ざし、今更引っこ抜けやしない。
「あったとしてもあなたには関係ないじゃないですか。ほっといて下さい。これでいいんです」
そう言い放った時の恩師の傷付いた顔を、フルージアは忘れることはないだろう。自分の下らない意地が、大切な人を傷つけたこと。その結果生まれた、愚かな過ちを。
フルージアは孤立を深めていくことになる。
その心の底にあった思いは、「大切な人を傷つけたくない」ただそれだけだったのに。いったい何が狂って、こういった悲しい結果になったのか。
わかるわけがない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
- 夜明けの演者 1-3-3 新しい世界へ ( No.6 )
- 日時: 2017/10/12 00:31
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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3 新しい世界へ
♪
「う、ううっ!」
フルージアは、泣いていた。
いつの頃からか、皆、彼女に冷淡になった。そしてそのうち彼女は主役を任されることがなくなり、脇役からも除外され、なんということもない端役にまで降格されてしまった。役者人生もおしまいだ。
「こんな……こんな、力ッ!」
呪うは運命、己が力。かつて「すごい!」とか喜んでいた自分が馬鹿に思えてくる。確かに「演じる」だけで演じた相手の力が手に入るなんて素晴らしいことだが、その力は役者には不要だ。いっそ害悪にしかならない。
たとえば自分が魔素使エルステッドに「なりきった」として、その魔法素の剣を振るったら。一緒に演じている敵役の相手はそんなこと思ってもいないから、その剣に斬られる。最悪死ぬ。そんなことは許されないのに。ただ「本気で演じた」だけで誰かを傷つける、あるいは殺す。
なんという邪魔な力だろう。消えてしまえ。
そんな力を持って役者となっている自分は。もはや「本気で演じる」ことのできない大根役者となってしまった。
泣くしかない。嘆くしかない。
こんな自分に、未来なんてない。
と、思っていたのに。
「——貴公がフルージア嬢か?」
誰も知らない、見つけられるわけもない彼女のねぐらに。訪れる足音があった。フルージアははっとして涙にぬれた顔をあげる。
「降格の話を聞いた。痛み入る」
「だっ、誰よ!?」
月も見えぬ夜闇の中。浮かびあがったのは細い男のシルエット。
彼の持つ松明に照らされたその顔は、仮面に覆われていた。
「何者ッ!」
叫んで思わず距離をとる。視界の邪魔なので慌てて涙を拭いた。
謎の男は静かに名乗る。仮面から、美しい金髪がこぼれた。
「我が名はクィリ・ロウ。セラン特殊部隊の副隊長。貴公の『蒼穹と太陽』、見せてもらった」
「王国のお役人さんがわたしに何の用ッ! それに、『蒼穹と太陽』ですって? あ、あれ、あなた、見たの?」
蒼穹と太陽。思い出したくもない劇の名前。初めて力を暴発させた。自分の没落の引き金となった劇。
彼女の動揺を知ってか知らずか、クィリ・ロウと名乗った男は悠然と続ける。
「あの劇を気まぐれに見た際に貴公の『力』を見た。あの場に嵐の魔導士はいなかった。事故が起こった際に一番呆然としていたのは貴公だった。その顔はまるで、自分で引き起こした事態に頭がついていっていないように見えた。ゆえに嵐使いは貴公だと判断したが……違うか?」
その声はまるで水面(みなも)のように穏やかで。それでありながら、どこか詰問するような鋭さを宿していた。
フルージアは震えた。
「わ、わたし、は」
「そしてその後、貴公は真面目に劇を演じなくなったとも聞いている。それは力が暴発するのを恐れてのことか? そもそも貴公の力とは何なのだ? 我に教えてもらいたい」
力。自分のトラウマ。「演者」の力。
誰にも明かしたことはなかった。明かしてはいけなかった。なのに。
目の前の男はそれを明かせという。それにどうやら、男の目的「力」にあるらしい。「力」があるからと言って彼女を差別したりはしないことがなんとなくわかる。
何をするにせよ、今のままの自分には未来がない。ならば、秘めた力の一つや二つ、明かしたって支障はないだろう?
フルージアは固く目を閉じて、明かす。
誰にも言えなかった秘密を。
「わたし……本気で役を『演じ』れば、その役になりきることができるの」
「ほう?」
「たとえばわたしが『封神の七雄』の魔素使エルステッドの役を本気で演じたとする。そして両の手を振れば、ね。
右手には剣が。
左手には盾が。
本物の魔法素で作られた、実用に耐える代物が現れるのよ。その剣で人を斬れば殺せる。その盾を使えば剣から身を守れる。わたしの力はそういうもの。『演じ』さえすれば、何にだってなれるの」
目を閉じているのは辛い記憶を追い出すため。必要なことだけ言っていればいい。感情は彼方に押しやればいい。
クィリが驚くような気配があった。ややあって、彼は確かめるように言った。
「貴公が『蒼穹と太陽』で起こした事件は、当時は風と嵐の魔導士であったフィレグニオに、なりきってのことだったのか」
ゆえに物が飛び、雷鳴が響いた。フィレグニオの力を放てば、それなんてとても軽い方だ。
「貴公に頼みと説明がある」
「今度は何よ? 一体何なのよね?」
警戒心をあらわにするフルージアには構わず、クィリは続ける。
「セラン特殊部隊というものが何なのか知っているか」
「聞いたことあるわ。確か『不可視の軍団』だっけ? それがどうかしたの?」
話し方がつっけんどんになる。もう知らないったら!
「我々セラン特殊部隊は、『力』ある少年少女がメインで構成された、一種のゲリラ部隊だ。アルドフェックの侵攻から国を守ったり、紛争をやめさせたりするのが主な仕事だが、貴族王族の個人的あるいは組織的な依頼も受け付ける」
「それが何か? わたしに何の関係があるわけ?」
睨みつけるように男を見つめていたら。不意に手が差し出された。
「我々は『力』ある者を探していた。貴公には特殊部隊に入ってほしいのだ」
だから聞いた。「力」について。それがなければそもそも部隊に入れないから。
「今の貴公はそのまま劇団にいるつもりがあるのか? 強制はしない。それが我々のポリシーだ。しかし」
次に発せられた言葉は、フルージアの心を深くえぐった。
「——そのまま貴公が劇団に残っても、その力で誰かを傷つけるだけではないのか?」
「————ッ!」
思わず喘いだ。それがまさに、彼女の悩みそのままであったがゆえに。
だから来い、と彼は言う。
「我ら特殊部隊は貴公を歓迎する。我らの間ではわざわざ力を隠す必要もない。いっそ派手に現してしまえ。我らが特殊部隊は土台、『力』がなければ入ることができぬ。貴公の不思議な力は、我らの間でこそ生きるのだ。貴公がその力を生かすのだ! 貴公が特殊部隊に入れば、貴公には輝かしい未来が待っていると約束しよう。……いかがする?」
「……ッ!」
信じていた。思っていた。この「力」がある限り。自分には決して輝かしい未来なんて来る訳がないと。幸せになんてなれる訳がないと。それなのに。
「決めるがいい、花形役者フルージア。己が力に怯えながらも、劇団の中で惨めに生きるか。その力を生かして特殊部隊で活躍するか! 考えればわかるはずだ! どちらを選べば幸せになれるか!」
「幸せに、なる……」
フルージアは一歩、クィリ・ロウに近づいた。仮面の中に隠された表情は、何を考えているのか分からないけれど。その言葉は心に届いた。……心に、響いた。
「わたし、わた……わたしッ!」
力に怯えて戸惑って、いつしか歩みを止めていた足。しかし今、彼女の時が、再び動き出す。
「幸せになるから……なりたいからッ!」
傷つかぬように心を固く鎧っていた殻を。今こそ内から破るとき。
フルージアは手を伸ばした。
差し出されていたクィリの手に、その手を重ねる。
「わたし、フルージアはッ! セラン特殊部隊に、入団するわッ!」
その言葉を告げた時、知らず感情がこみあげてきて、涙が流れた。
幸せだった劇団生活。その終わりと断絶を、強く感じた。
新しい生活に、喜びはあるのだろうか? 自分は幸せになれるのだろうか?
握ったクィリの手は温かい。その温かさが、勇気をくれた。
「わたし、入るからッ!」
もう迷いはなかった。何もかもが吹っ切れた。
クィリは深くうなずいて、言った。
「ようこそ、セラン特殊部隊へ。貴公を歓迎する」
その日、フルージアの役者生活は終わりを告げて。
部隊生活という新たな日々が、幕を開けた。
彼女の長い人生における、最も鮮やかで輝かしい、かけがえのない日々が——。
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