ダーク・ファンタジー小説

夜明けの演者 2-3-1 新しい任務 ( No.10 )
日時: 2017/10/15 15:01
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


〈三章 流転の善悪〉


 1 新しい任務


  ♪


 とある穏やかな日のことであった。


「ただいまー……って、見慣れない子がいるねェ。あんた、新入りかい?」
「とりあえず、任務の終了を報告しておく」

 その日、今まで「任務」に行っていたメンバー二人が帰ってきた。

「何、クィリ、また拾ったのかい? 飽きないねェ、ったく」

 帰ってきたうちの一人の名はアミーラ・シーレ、とクィリが紹介した。このセラン特殊部隊の隊長だという。その背には身の丈ほどもある大剣。あんなのを使うんだ? 人は見かけによらずである。
 彼女は朗らかに笑って言った。

「ちなみにクィリは副官ね。あいつが言ったと思うけどサ」
「よ、よろしくお願いします」

 ちなみにもう一人の名はハインリヒ。貴族然とした名前を通称としているが、彼の本名は謎である。

「扱える力は空間操作だ。これからよろしくな、新入りさん」

 不敵にも見える笑みを浮かべて、ハインリヒは右手を差し出した。
 これからはもっと愉快になりそうだ。


  ♪


「反逆者の討伐!?」

 アミーラは依頼を持ってきた。それはそこそこ規模の大きなものだった。

「セランはいい国サ。だけどねェ。いい治世のときに限って必ず、反逆者なんてものが現れるのサ。今はアルドフェックの侵略によって不安が高まってるしサ、国を乗っ取るのにはいい機会だ、なんて思ったんじゃないのかィ?」

 それに対して冷静に問うはスーヴァル。

「反逆者の名前と、罪状は?」

 その問いにはハインリヒが答えた。

「名前はエルシェヴェイツ。移民上がりの下級貴族。罪状はセランの王子アルフォンソに危害を加えた事。国内視察のために各地を訪れている彼が一人になった隙に、剣を抜いて襲いかかった。怪我を負わせることには成功したようだが、そのすぐ後に、彼の、自称護衛官たるカルロス王子が駆けつけて事なきを得た、と。幸いアルフォンソ王子の命に別状はなかったが、お陰で視察は取りやめ、奴は必然的に反逆者として追われるようになったが未だ捕まらず、王家はこうして我らに依頼をした、というわけだ。合ってるよな、隊長殿?」

 答えは立て板に水の如く。どうやらハインリヒは説明に慣れているらしい。
 アミーラはうなずいて彼の肩を叩いた。

「さすがハイン! やっぱあんたは説明うまいねェ。あたしがやったら一時間はかかるかもねェ……って冗談サ、冗談。……ってことで、依頼終わりたてで悪いけれどサ、なかなか大きな依頼が来たヨ。フルージアちゃんはまだ後ろの方で見ていていいケド、今回は全員出動だからネ? 期間指定はなしだけど早めの方がいいってサ。詳しいことはこの手紙に。なんと、アルフォンソ王子直々のお達し!」

 それじゃ、とりあえず解散! とアミーラが言うと、ヴィラヌスやシフォンなど、真面目な何人かは、その手紙を見にアミーラの方へ集まっていった。
 なにはともあれ、特殊部隊ではそうそう休めるものでもないらしい。
 ところで何度かアルフォンソ王子の名が出てきたけれど。噂では彼はまだ十四歳だという。フルージアはおかしいと首を振った。まさかね、まさか。あの頭脳明晰を謳われる王子がそんなに幼いわけないよね。
 フルージアはちらりとみんなが集まる広場を見た。そこには仲間がいる。友人がいる。居場所がある!
 依頼の果てに何があろうと、そのすべてがある限り、きっと乗り越えていけるだろう。依頼の旅に出る日に備えて人形使の人形を作りながらも。そんなことを想うフルージアであった。


  ♪


 エルシェヴェイツは下級貴族だ。彼は、今の王制に不満を持っていた。

(大体、セランに数多くあるギルドのうち、そのギルドマスターは皆セラン王族。それでよく独裁が起こらなかったものだな全く……)

 セランには「ギルド」と呼ばれる制度がある。魔導士、暗殺者、傭兵、商人、運送業者、職人などなど。彼らは皆、国の中では大きな存在だ。ゆえに、彼らは一部を除き、国が管理するために「ギルド」への加入が推奨される。
 ギルドへ入ったら管理されるだけでなく、ギルド内のネットワークを使ったり、ギルドという組織に守られたりするなど、特典もある。加入を拒否することもできなくはないが、そうすると、自由と引き換えに、そういった恩恵は一切得られなくなる。
 そして、そういった様々なギルドには、各ギルドを束ねる「マスター」がいる。彼らは自分のギルドに対して、大きな権力をもっていた。
 
 エルシェヴェイツは、そんなに大きな権力を持つギルドマスター全員が、すべてセラン王国から選出されているということが気に入らない。特に、商業ギルドのマスターはまだ、十四歳にしかなっていないという。セランは彼、アルフォンソ王子を傀儡にして、商業ギルド、つまり財力の世界を、大義のもと、国の支配下に置くのではないか。そう考えていた。
 そもそもエルシェヴェイツは、最初からセラン王国の民ではなかった。彼がかつていたのは砂漠の帝国ダルジア、独裁政治のまかり通る、南大陸一の大国だった。
 独裁を避け、父とともにセランに渡ったのは十年以上前。そこでこの国の良さに触れ、国のために役に立ちたいと思い、国のために尽くしてとうとう、移民から貴族にまで成り上がった。それが彼、エルシェヴェイツの半生だ。
 しかし、今、このセラン王国に。祖国で嫌というほど経験した独裁が、起こりはじめようとしている。

 嫌だ、せっかく得た幸せな生活を。独裁政治なんかに奪われてたまるか!

 だから彼は消そうとした。傀儡のアルフォンソ王子を。



 しかし、彼は知らなかった。

 いくら幼くとも、アルフォンソ王子はしっかりとした意志を持ち、傀儡になんてなりようが無かったことを。財力の世界は複雑だ。だからこそ王は、アルフォンソに——幼き神童に、その世界の権利を渡したのだと。
 そもそも、ギルドマスターがすべて王族になったのは、決して意図的ではなく、単なる偶然の産物に過ぎない。王が有能な者を探していたら、それがなんと、全員王族だったというだけである。決して身びいきではない。
 よって、エルシェヴェイツの反乱には、意味がない。
 たったひとつの事実を知っているかいないかで、彼の運命は分かたれた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

夜明けの演者 2-3-2 事件の裏側 ( No.11 )
日時: 2017/10/15 15:03
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 今回は裏方さんの話なので、主要メンバーは誰も出てきません。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 2 事件の裏側


  ♪


 ——時は少しさかのぼる。

「あにうえ、あにうえ〜!」
「……五月蝿うるさい。命に別状はないと言った。だからそんなに近づいてこなくて良い。鬱陶しい」

 カルロの手を鬱陶しそうに払いながらも、アルフォンソ・セラリスティアは身を起こす。

「あにうえ、冷たいって! おれがあにうえ助けたんだぞっ!」
「お子様は黙ってろ」

「どっちがお子様だって?」

「! 兄上……!」

 不意に扉が開いて、淡いブロンドの髪に悪戯っぽい青い瞳、銀縁眼鏡に白衣の人物が現れた。人ぞ知るセラン王国第三王子、ファブリツィオ・セラリスティアだ。自称「発明家」で、職人ギルドのマスターでもある。

「ひどい目にあったねえ、アルフ」
「ご無沙汰している。兄上はどうしてここに?」
「手紙を預かってねぇ。いくら忙しいからって兄さんにそんな雑用を頼むとは、まったく、人使いの荒い妹だよねぇ。確かに僕は暇だけどさ」
「……ファルフ姉上からか。内容は」
「はい、これね」

 ファブリツィオは、二枚の手紙を差し出した。そこには、セラン王国第一王女、ファルフォンヌ・セラリスティアの流麗な文字が、流れるように美しく書かれていた。


 †親愛なる我が弟へ†

 ごきげんよう。事件については聞き及びまして、まったく痛ましい限りですわ。あんな輩はすぐに討伐して差し上げたいところですが、生憎とアルドフェックの件がありまして、そっちの方に回す手がありませんのよ。ただし、身元はつかめましたわ。賊の詳しい経歴については二枚目をご参照あそばせ。わたくしの諜報能力を舐めていただいては困りますの。どうぞよしなに。

 さてさて、賊について調べられたはいいものの、こちらはひどい人手不足。賊の討伐に回す手が足りませんの。

 そこでわたくしから提案いたしますわ。あなた、わたくしの事務仕事を手伝ってくださりません? そうしたらわたくしは「駒」を動かせますの。あなた、セラン特殊部隊をご存知? わたくし、そこの隊長である、アミーラ・シーレとつながりがありまして。「部隊」は政治なんかとは直接的な関係はございませんので、この件で自由に動かせる、唯一の駒ですわ。しかし、それを動かそうにも忙しすぎましてね……。困っていますの。

 そこで取引をいたしましょうか。あなたがわたくしの事務仕事を手伝って下されば、この件はすぐにでも解決いたしますわ。この件はあなたに深くかかわること。あなたほど賢くあれば、どうするのが一番いいかなんて、すぐにわかりますでしょう?
 ああ、兄上が偶然通りかかって良かったですわ! おかげで手紙を託せましたもの。
 返事はあなたが直接来ることを返事といたしますわ。命に別状はないというのなら、来られないことはないでしょうから。
 よい返事をお待ちしておりますわね。

 †愛をこめて†  ファルフォンヌ★



「……自分の用ばっかり書いてあって、全然愛のこもっていないお手紙をありがとう」

 読み終わり、アルフォンソは溜め息をついた。

「で、アルフはどうするんだい」
「行くしかないだろう」

 憮然とした顔でつぶやき、ベッドから立ち上がる。が、その途端、体が大きくよろけた。

「……ッ!」
「大丈夫かい」

 その身体を、ファブリツィオが支える。その青い瞳が心配を帯びた。

「つい最近も、君は怪我したばっかりだし、やめた方がいいんじゃないかい?」
「断る。自分のことはどうだって良い。あくまでも役目を果たすまでだ」
「なら、止めないよ」

 ファブリツィオは穏やかに微笑み、さっきから居場所がなさそうに縮こまっていた、カルロの方を見た。

「カルロ。アルフォンソは帰ることになったから。君も一緒に帰るだろう?」
「もちろん! あにうえはおれが守るんだからね!」
「頼もしい弟だねぇ」

 ファブリツィオはクスクスと笑った。

「じゃあそういうことで、まだ朝だから早速発つけど、アルフ、歩けるかい?」
「無論だ」

 言ってはみるけれど、傷が痛み、体に力が入らない。命に別状はないけれど、決して軽傷というわけでもない。
 そんな彼を見て、溜息を一つ。

「意地を張るのは良くないよ?」

 言って、有無を言わさず弟を背負いあげる。

「……っ! 兄上! 僕はまだ……」
「君はませてはいるけれど、まだ子供なんだからおとなしく背負われていなさい」
「すまない」
「兄さんとして当然のことさ」

 その日、セラン特殊部隊に、一つの指令が下された。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

【2017/8/25 文字化け修正しました。
 ハートは使えないのか……。】

夜明けの演者 2-3-3 叛逆の徒を討て ( No.12 )
日時: 2017/10/22 11:21
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


  3 叛逆の徒を討て


  ♪


 反逆者エルシェヴェイツ。彼は十数人の仲間とともに、オスキア大森林に潜んでいるらしい。


「王族からの情報が入ったヨ。奴らの居場所が変わらないうちに、早いうちに決行しようねェ」

 その日、アミーラはみんなを集めて、そんなことを言った。

「相手の戦力はわかんないんだよねェ。だからあたしたちは、二人から四人で班を作り、班ごとに散らばって行動することにしようかねェ? どっかの班が先制攻撃、で、自分たちに注意を引きつけて、他の班がその隙に、各々の魔法やら術式やらを組み立てる。その次は、用意ができたところから攻撃。様々な方向から叩いた方がいいんじゃないかィ? で、相手の殲滅で任務達成ね。ま、こんなトコかしらねェ」

 アミーラは前に、「あたしは説明が下手だから」とか言っていたが、それはふざけただけらしい。見事な説明である。

「ちなみにこの作戦はあたしの案サ。普段はふざけてるように見えるかもしんないけど、隊長を舐めんじゃないさね。ってことで、班を作ってみ。前衛のみの班が最低でも一つは欲しいからそこのところよろしく」

 アミーラが指示すると、皆、慣れた様子でサッと分かれた。
 皆にはそれぞれ様々な「能力」がある。しかし、部隊に来て日の浅いフルージアには、誰がどんな能力を持っているのかよく分からない。(マキナが千里眼でヴィラヌスが魔素使で、スーヴァルが無属性魔法でリクセスが組師で……あとは誰が何だか)だから、どの班に入ればいいのか分からない。

 すると。


「僕の所においでよ。ぜひとも歓迎するよ」


 声をかける者があった。青い髪と灰色の瞳。ソールディンだ。
 見ると、そこにはすでに、ソールディンを除き、時雨とシフォンがいた。

 フルージアは、誘いに花が咲いたような笑顔を返した。

「誘ってくれてうれしいわ、ソールディン。わたし、まだ全然慣れていないけど、頑張るからね!」
「よろしくね、フルージア」

 進む先は、定まった。


  ♪


 オスキア大森林に入り、班ごとに散開する。フルージアは、自分含めて四人きりになった。
 話によると、 話によると、ソールディンは前衛、時雨はどちらも可能、ということらしい。

「僕は変身士だ。プルリタニア、という国を知ってるかい? 最果ての島国なんだけど、僕の祖先はそこから来た。そこには〈蒼き狼〉という伝説があって、僕はその狼の末裔なんだって。だから僕の変身形態は——狼さ」

 とソールディンは話してくれた。それは、フルージアのよく知る物語だった。

「あ、それ、青き狼、知ってるよ。わたし、演じたことあるもん。蒼き狼ウェロンと、人間の娘リリアの恋物語ね。その末裔なんだ、すごーい! で、プルリタニアかぁ。あの国はいいよね。面白い物語がたくさんあるもの!」
「フルージアが言っているのは『蒼狼の太陽』だね。よくご存知で」
「伊達に劇演じてたわけじゃないから。わたし、花形スターだったんだよ?」
「劇っていいよね」 

 そうやって二人で会話していると。
 シフォンが困ったようにこちらを見た。

「あの〜、割り込むようで悪いですが、敵に存在をけどられたらどうするんですか? 話をしたいなら、任務の後にしてくれると……」
「ばれてないよ、大丈夫さ。……狼の勘があるからね。まあ、シフォンの言うことももっともだ。自粛しよう」

 その答えを聞き、シフォンは生真面目に頷いた。
 ところで、フルージアはまだ知らないのだが。

「シフォンは、どんな力を持っているの?」
「わたしですか? わたしは命の魔導士です。生命力を操る力を持っています。今回は、怪我の治療など皆様の後方支援を担当します。といったって、わたしは戦闘向きではないので、今回に限らずいつも後方支援ですがー」

 苦笑いしつつも答えてくれた。なるほど、命の魔導士か。その力を使えば、致命傷すらいやせるという。
 ちなみに時雨は「カタナ」と呼ばれる剣を使う剣士らしい。
 さて。


「……反逆者たちらしき影を発見。止まって」


 森をそこそこ進むと、不意にソールディンが足を止め、小さくささやいた。

「アミーラとクィリの班が先制攻撃を仕掛ける。その次は僕らでかきまわす。戦闘準備、しておいたほうがいい。参考までに聞いておくけど、フルージアは何になるんだ?」

 ソールディンは前衛、時雨も前衛。で、シフォンが後衛で補助ならば。
 やるべき役は、前衛の攻撃か後衛の魔法攻撃、あるいは妨害。
 フルージアの頭の中に、たくさんの役が浮かんでは消える。
 地形は森、よって火は危険! 風は扱いづらく、戦いに慣れていないフルージアが前衛に行ったって、足手まといになるだけ!
 様々な情報を総合し、フルージアは、この場に一番合う役を選び取る。

「決めたよ。わたしがなるのは——」


  ♪


 エルシェヴェイツは、覚悟を決めた。

「間違った政治を正せはしなかったが……。大事なのは、立ち上がったことだ。王子を傷つけたことで国家の反逆者となった我らには、もう、まともに生きる道はない。どうせ始末番が来るだろう。——だが、しかし!」

 彼は最後まで彼につき従ってくれた十数人の同志に対し、心のたけを叫んだ。

「我らが死んでも! 我らの業を見て、きっと跡を継いでくれる者が現れるだろう! 我らは王制の前に倒れたが、その死は決して無駄にはならない! 自分の信念のために死ねるのならば本望だ!」

 天高く拳を突き上げた彼に、同意の声が上がる。
 エルシェヴェイツの燃える瞳には、彼の正義があった。

「最後の戦いが始まる。皆、死兵となって、死ぬまで戦い続けろッ!」

 叫び、彼がさらに皆を鼓舞しようとしたとき。










「——ならば死んでくれないかねェ?」











 アミーラの大剣が、一直線に彼の喉元を狙った。






 戦いが、始まる。
 方や、無知ゆえに反乱を起こした反逆者。
 方や、「不可視の軍団インヴィシブル・アーミー」の異名を持つ部隊。


 しかし、この戦いはあまりにも一方的で。シフォンが誰かを治療するまでもなかった。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

夜明けの演者 2-3-4 正義は誰の手に ( No.13 )
日時: 2017/10/22 11:46
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 4 正義は誰の手に


  ♪


 飛び交う剣戟、時々もれるうめき声。
 フルージアが選んだ役は、『天空の幻』の幻影使いリリーサ。

「血を流さずして勝つ!」

 台詞を叫べば、現れる幻影。それは、演者の力。
 その幻影に惑わされて混乱する反逆軍を、アミーラの大剣が薙ぎ、クィリの鉄爪がえぐり、ヴィラヌスの魔法素の剣が斬り払い、時雨の刀が切り裂いた。


「天空のヘヴンズ・ウィング!」


 リクセスの放った行動速度と神経速度を上げる補助魔法も、要らなかったのかもしれない。
 それほどまでに反逆軍は弱く、相手にならなかった。

「あまりにも弱すぎて、他の仲間の出る幕がなかったねェ。あたしの策も無駄、人も無駄。……さて、最後に折角だから、反逆者さん、なぜあんたが王子を傷つけたのか、教えてもらえないかィ? そこが不可解サ」

 首謀者以外は全員殺され、首謀者も致命傷を負った頃。皆がひっそりと見守る中、アミーラがそんなことを訊いた。
 エルシェヴェイツは、荒い呼吸の中、きっとアミーラを睨みつけた。

「今の王制は、間違ってる……!」
「その理由は何サ」
「全ギルドのマスターは皆、王族であることが何よりの証拠だ!」

 もしかしたら、これは周知の事実ではないのかもしれない。だとしたらそれを伝えることで、今の王制がおかしいと向こうに伝わるかもしれない。淡い期待を抱き、彼は堰を切ったように喋り出す。

「ギルドは国の中枢の組織で、ギルドマスターの権力は大きい。しかし現状、ギルドマスターは皆王族だ! しかも商業ギルドのマスターはまだ、十四歳の子供だと聞いている! 王はその子供マスターを傀儡にして、財力の世界を自儘に操ろうとしているに違いない。このままだと、王族の独裁政治が起こる! だから私は、その子供マスターを殺すことで、独裁を止めようとしたんだ! アミーラとやら、おかしいと思わないか? だから私は反乱を起こした!」

 全て語り終わって、彼は荒い息をつく。自分の命尽きるまでに、全てを伝えなければ——!
 しかし、全てを聞き終わっても、アミーラは冷たい目をするだけ。

「それがあんたの答えかい」
「そ、そうだが……」

 だとしたら、と、アミーラは憐れむような瞳で彼を見た。










「——間違っているのは、あんたの方さ」










「なん——だと」
「もう一回言おうか? あんたは、間違ってるってことをサ」

 アミーラは、彼の「無知の罪」を暴く。

「考えてみぃ。ギルドマスターを務めるセラン王族についてサ。暗殺者ギルドのフェルディナンドも、魔導士ギルドのファルフォンヌも。皆、有能だろう? だから、ギルドマスターが皆王族っていうのはねェ、王族がたまたま有能だったからこうなったって結果論にすぎなくて、何の必然性も無いのサ。独裁? 傍からはそう見えるだろうけれど、あの軟弱な王にゃ独裁はできないネ」
「しかし、ならばアルフォンソ王子は——?」
「聞いたことがないのは憐れだねェ。知らないのかィ? 彼は御年十四にして国中の学者や策士と渡り合える、神童だヨ? 彼は若いながら、誰よりも有能サ。商業ギルドのマスターになっているのも、うなずける話だろう? 傀儡? 彼を傀儡にするなら、薬品を使うしかないさね。言葉や権力、暴力なんかじゃあ絶対、彼を操り人形にはできないネ」 

 その言葉に、エルシェヴェイツの瞳が絶望に染まる。

「そ、それでは……私は、私のしたことは——!」
「無駄。無駄だったのサ。あんたのしたことはすべて無駄。単なる自殺行為にすぎなかった。正義も何も、あったものじゃないさね」

 エルシェヴェイツの言いかけた言葉を、アミーラが引き継いだ。

「できればその愛国心、反逆じゃなくて国のために使ってほしかったケド……。全ては後の祭りサ。仕方のないことだネ」

 悲しげに一言言い放ち、もう話は終わりとばかりに大剣を構える。
 そこにはもう、理想を掲げた反逆者の姿はなく、

「ならば、皆は何のために死んだのだ! 私は何のために抗った——!」
「運命を恨むがいいサ、哀れな敗北者サン」

 絶望にまみれた醜い姿が、そこにあった。
 こんなみじめな奴は、早く死んだ方がいい。
 アミーラの大剣がエルシェヴェイツの致命傷に深く食い込み、その身体を二つに絶ち切った。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

夜明けの演者 2-3-5 わたしの正義は ( No.14 )
日時: 2017/10/22 11:52
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 4 わたしの正義は


  ♪


「あー、終わった、終わった。みんな、ごめんねェ。あたしが見せ場取っちゃったよ。でもま、結果オーライだよね?」

 全てが終わり、全ての班がアミーラのもとに合流した。
 アミーラはあんなにあっさりと言うけれど、フルージアには思うことがある。

「けれど……悲しかった。わたし、近くでずっと見てた。あの人……エルシェヴェイツは悪くなんかないんだわ。たった一つ、情報を知らなかっただけで、それで国のために行動しただけで反逆者呼ばわりされて、挙句の果てには殺されなければならないなんて……」
「でも、彼は王子を傷つけた」

 時雨がぼそっと言った。

「僕の祖国は軍国イデュオン、『軍』が国を牛耳る軍国主義の国だ。そこには多くの規律がある。そこで僕らは習ったよ。無知は罪だと」

 時雨は言う。

「世の中には、知らないで済むことと済まないことがある。理由がどうであれ、何も知らなかったとはいえ、彼は国の中枢を傷つけた。罪は重い。よって、いくら彼に正義があろうと、結果が重要、その行動のせいで、彼は死ななければならない」

 その言葉は、冷たい。冷たく、重い。
 エルシェヴェイツは反逆者。でも悪くない。しかし、結果は悪いことになっている。でも悪くないのに。
 フルージアは両手で顔を覆った。

「わからないよ……。何が善で、何が悪か。そもそも善って、悪って何……?」
「経験を重ねればいつかわかるさ。ただし、一つ言えるのは」
 


 善や悪、正義や勇気。そんなものは人や状況によって違うし、簡単に変わるものなんだ。



「だから、一般の善悪観や正義観に惑わされてはいけない。その時々で、自分が最も良いと思うものを選び、その時々で違う正義を貫き通す。それが大事さ。覚えておくと良い」
「時雨には、あるの? 自分の正義や善悪観が」
「ある。僕にとっての正義はセラン特殊部隊。善は律法、悪は卑怯。ただしどれも、状況によってはいかようにも変化する。今言ったのは、あくまでも平時の行動の基準にすぎない」
「時雨には確固としたものがあるんだね。羨ましいな……」
「時が経てば、自然と生まれるさ。それに正義とは言わなくても、大切なものくらい、あるだろう? ならば、それを守ることが君の正義だ」
「大切なもの……」

 かつてのそれは、アスフィラル劇団だった。
 そして今。フルージアの大切なものは。

「そっか……。ありがとう、時雨っ!」
「悩みが消えたならよかった」
「うん、ホントにありがとね!」 

 クィリは約束してくれた。劇場の裏手で泣いていたフルージアに、輝かしい未来をくれると。
 そして今フルージアは幸せだ。このセラン特殊部隊に入って。沢山の仲間に出会い、話して。
 大切なものは、ここにある。この、セラン特殊部隊に。

「わたし、守るから」

 誰にともなく、つぶやいた。

「この幸せな生活を。このセラン特殊部隊を! それが、今のわたしの正義よ!」

 守るべきものができれば、強くなれる。
 フルージアは、この想いをしっかりと噛みしめた。



(二部三章 了)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆