ダーク・ファンタジー小説
- 夜明けの演者 2-4-1 消えたスーヴァル ( No.15 )
- 日時: 2017/10/22 12:31
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
〈四章 切れない絆〉
1 消えたスーヴァル
♪
エルシェヴェイツの事件から三ヶ月。
スーヴァルが、とある個人任務に出されていなくなった。
内容は重要書類の運搬。現在地はセラン王国イリニアスの町だが、そこからアクラムという町にある宿、「リィン・リィン」に向かい、とある合言葉を唱えて書類を受け取るらしい。
ちなみに、こういった仕事は狼になれるソールディンの方が足が速いので向いているのだが、今回は、クィリの気まぐれでスーヴァルが選ばれることとなった。クィリは生真面目だが、時にこういった気まぐれを起こす。
その気まぐれが、その任務で事件を起こした。
アクラムはイリニアスとそんなに離れた町ではない。スーヴァルの足でも歩いて二日の距離だ。手紙を受け取るのに多く見て一日かかるとして、所要時間の目安は五日。一週間もかからない任務だ。
しかしスーヴァルは、一週間経っても帰ってはこなかった。
どころか、音信一つなかった。
これは本格的に何か起きたなと考え、事態を深刻に見たクィリはこの事態の責を取って、捜索隊を編成し始めた……。
スーヴァルはセラン特殊部隊の中でも古参の方だ。任務達成率も高い。
そんな彼が、音信一つ寄越さずに、帰ってこないなんて……。
不安が部隊に広がった。
♪
「その役割はオレだな」
不敵に笑い、ハインリヒが捜索隊に立候補した。
「オレの力は応用範囲が広い。何かあったとき便利だろう」
それに、彼がアミーラの右腕であるのは伊達ではない。彼は人格面や統率面でも非常に優れている。
すると、内気なシフォンも手を挙げる。
「もしかしたら、怪我しているかもしれないです……。なら、命の魔導士であるわたしが行った方が、いいですよね……?」
彼女の力はいやしの力。確かに、彼女がいれば、たとえスーヴァルが怪我をしていたって、すぐに治せる。
その次は。
「あたいも行くからねっ! 千里眼に用はなあい?」
スーヴァルと仲がよさそうだったマキナが、びしっと手を上げて立候補した。それに、彼女の「千里眼」は人探しにもってこいだ。捜索、と言った時点で彼女は必須人物である。
それを見て、フルージアは溜め息をついた。
「なら、わたしも行くわ。スーヴァルには初陣のときの恩があるし」
それにやっぱり、大切な仲間のこと、気にならないわけがない。
その様をみてリクセスが「ハインリヒ、ハーレム結成か?」とからかった。言われてみれば、彼以外のメンバーは全員女性だ。
「僕が行けばいいのだろう」
ヴィラヌスが立候補したところで、クィリが発言した。
「これ以上抜けられても困る。これで締め切りとするがいいか?」
「意義なーし」
「今回の捜索は」
説明が始まる。
「イリニアスからアクラムまでだ。道にいなかったら、アクラムの町を捜せ。『リィン・リィン』の主人にも聞き込み調査しろ。マキナの千里眼もフル活用して、それでも見つからなかったら……死んだと思って諦めろ。そうするしかない」
その言葉に、マキナが思い切り憤慨する。
「スーヴァル、絶対に死んでなんかいないもんっ! クィリさぁ、言っていいことと悪いことがあるよっ! あたい、絶対に見つけ出すんだからっ! 見つけ出すまで帰らないんだからぁっ! タルのこと忘れたのっ?」
「……マキナ、それはわかったから、落ち着け」
「スーヴァルは死んでないもんっ! 前言撤回してよね、この冷酷仮面っ!」
「れ、冷酷仮面……だと……?」
「しーらないっ!」
マキナの暴言に地味に傷付いた彼をよそに、マキナはどこかへ走り出した。
「わたし、追いかけてくるっ!」
フルージアはあわてて、走り去る背中を追いかけた。
♪
「マキナ!」
「……フルージアちゃん」
野営地の近くの木の陰に、フルージアはマキナを見つけた。
「戻ろうよ。スーヴァルを探しに行くんじゃないの? みんな、待ってる」
「……かし」
「え?」
蚊の鳴くような声でつぶやいたマキナの言葉を聞きとれず、フルージアは聞き返した。
「むかし」
今度ははっきりと、マキナは言う。その顔はうつむいていた。
「フルージアがここに来るずっと前ね、ここのメンバーが死んだの」
「ええっ!?」
セラン特殊部隊。フルージアの見つけた幸せの地。
そこで昔、メンバーが死んだ?
明かされたのは、悲しみの事実。
「名前、タルヴァンっていうんだ。みんな、タルって呼んでた。魔力を物理的な力に変換する『変力師』だった。大柄で気さくな男の子で、すっごく面白いメンバーだったよ。あたいも何度か遊んでもらったし、戦いっぷりも見てきたよ。だけどね」
クィリから任務に出されて、そのまま帰ってこなかったの、とマキナは語る。
「その時も捜索隊を組んで、みんなで捜したの。で、見つかったんだ。
——死んでからもう何日も経った、腐敗しかけたタルの遺体が」
フルージアは息を呑んだ。マキナは暗い顔で話を続ける。
「タルね、アルドフェックの最南端の町の視察に行ってたの。けど、そこで帝国民にばれたんだね。冷酷仮面ことクィリいわく、その遺体には集団でリンチに遭ったような跡があったって。クィリが悪いわけじゃないって、あたいは知ってるよ。でも、今回のこと、あのときのことにあまりにも似てる。あたい、怖かったんだ。もう二度と失いたくないよ。セラン特殊部隊はあたいの家族だもん! でもさ、クィリが『見つからなかったら死んだと思って諦めろ』なんて言うんだ。タルのこと思い出したら、『諦めろ』なんて普通言えないよ。それとも、あれが正しい指揮官の姿なのかな……。あたい、よくわからないんだよ」
それが、事件の全貌だった。
確かに依頼者がクィリである点や捜索隊が組まれた点などは、マキナの言う「あの事件」と同じだ。そんなことがあったのならばそこに変な符合を感じたとしても、むべなるかなである。
それはともかく。
「マキナ、マキナ」
「何」
返事までもが素っ気ない。その素っ気なさにスーヴァルを思い出す。フルージアは彼女の両肩に手を置いた。
「フルージアちゃん……?」
「マキナはスーヴァルのこと、どうでもいいの?」
「いや! そんなことない」
なら動こうよ、とフルージアは元気づける。
「過去をウジウジ悩むよりはさ、今を見て、どうしたらスーヴァルと再会できるか、考えよっ! 嫌なことじゃなくて幸せな未来を考えよっ!」
「……うん、そうだねっ!」
フルージアの両手を振り払い、マキナはちょっと吹っ切れたように笑った。
「そうと決まったらゴーゴーゴーっ! あたい、クィリに謝らなくっちゃ」
「冷酷仮面にィ?」
「あの暴言も謝らなくっちゃあ。クィリ、ちょっとショック受けてたっぽいし」
「じゃ、行こうか、マキナ」
「行こうよフルージアちゃんっ!」
二人は仲良く手をつないで、来た道を駆け戻っていった。
タルのことがあったからって、それでスーヴァルが死んだと、決まったわけじゃないから。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
- 夜明けの演者 2-4-2 傷だらけの白 ( No.16 )
- 日時: 2017/10/22 12:35
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
2 傷だらけの白
♪
マキナは言う。
「見えたよっ! でも、まだ曖昧だなぁ。けど、場所はなんとなくわかった。道なりに行けばきっと会えるよ」
その言葉に従って、捜索隊五人は、捜索を開始した。
「生存の確認は」
ハインリヒが問えば。
「まだ生きてるよっ! 急ごうよっ!」
とマキナが返す。
それから一日程度、道の半分まで来た時だった。
それが見えたのは。
「死霊……ッ?」
最初に気がついたのはハインリヒだった。彼は皆に指示を飛ばす。
「戦闘要員とフルージアは走れッ! オレはオレで行くッ!」
彼の鋭い目は見た。道の陰に倒れている何者かの影。それを、漆黒の霊が襲おうとしているのを。その近くには、虚ろな目の少女。
襲われているのは、スーヴァルだっ!
「スーヴァルッ!」
空間使い・ハインリヒの手が、空間を裂いてスーヴァルに伸びる。
その手は済んでのところでスーヴァルの襟元を掴み、死霊の攻撃から彼の身体を、間一髪のところで安全な所に引き寄せた。
「……ハインリヒ」
意識はあったようだ。身体中を血に汚し、青白い顔をしたスーヴァルが、荒い呼吸の中つぶやいた。
間もなく、フルージアたちが追い付いた。
「スーヴァル! 生きてた! 何があったの!」
「それよりも状況確認だ。あの少女が死霊を呼んでいるので間違いないな?」
スーヴァルは力なくうなずいた。でも、待って、と彼は言う。
「状況説明はあと……。でも、彼女は敵じゃない。力が暴走しているだけだよ」
「しかし、このままでは……」
「僕が行けばいいんだ。すべて、僕の責任だから」
ハインリヒの困惑を背に、スーヴァルはゆらりと立ち上がる。その膝はがくがくと震えていた。かろうじて、立っている。
「どうするの? 危ないよ!」
フルージアがその背に声をかけるが。
「無属性魔法一発……。それで全てが終わるから。待ってて。邪魔はしないで」
揺れる体に魔力が集まり、やがて。
「……解放」
つぶやくと同時に魔法が放たれ、少女の意識を刈り取り、死霊が消滅した。
そして、その身体もくずおれる。
「スーヴァル!」
「彼女、アイオンは新しい仲間だ。でも、僕しか信じられないから、僕から離さないでね……」
言って、彼は意識を手放した。
♪
「新しい仲間? アイオン? 全然わからないよ……」
イリニアスへの帰り道。シフォンによる応急処置を済ませたスーヴァルを背負ったハインリヒを横目に見ながら、フルージアは誰にともなくつぶやいた。
その脳裏に焼き付いているのは、彼が治療されるときに見えた、無数の傷。
それは、全て真新しいものではなく、ずっと昔に受けたみたいな、醜い古傷。
思い出す。スーヴァルはいつも、袖の長い服を着ていた。
今思えば、それは傷を隠すためだったのではないだろうか。
彼の二の腕にも無数あった、残酷な傷。火傷の痕は、焼きごてによるものだろうか。
クィリなら、拷問でも受けたんじゃないだろうかとでも言うのだろうか……。
♪
「これはひどいですっ!」
彼の治療のために上着を脱がせたシフォンは、思わす悲鳴を漏らした。
どんな時も、怪我をしても、それを決して治療させようとはしなかった彼。
その身体に刻まれた無数の傷が、物語ること。
「スーヴァル……」
次に目覚めたら話してくれるだろうか。いや、話してくれなくたっていいけれど。
——あなたは過去、一体何があったの……?
渦巻く疑問。
ひとまず、捜索は完了した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
- 夜明けの演者 2-4-3 臆病な傷 ( No.17 )
- 日時: 2017/10/22 12:47
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
3 臆病な傷
♪♪♪
うまれたときからひとりだった。ひとりぼっちだった。
「こんな子、産まなきゃよかったわ」
おかあさんからいわれたこと。
「悪魔の子め、死んじまえ」
おとうさんからいわれたこと。
つよいちからをもっていた。それが死霊術のちからだった。それだけなのに。
おとうさん、おかあさん、どうして?
ひどいことをいわれるたびに、きずついていった幼いこころ。
だれも味方してくれなかった。だれもわたしをたすけてはくれなかった。
だから、こわそうとおもった。
死霊が幼いわたしにささやく。
——壊してしまえ、お前の敵だ。
だからわたしはこわしたんだ。
さいしょは、おとうさんとおかあさん。
死霊をよびだして食らわせた。うまいうまいと死霊はいってた。
つぎは、村のおとなたち。
死霊をよびだしてころさせた。まっかな血しぶきのいろを、うつくしいとおもった。きれいなあかいはなが、たくさんさいた。
さいごは、女とこどもたち。
しにがみの鎌を死霊にもらって、じぶんでみんなをきりころした。
みんなが泣いてさけぶこえは、耳にここちよかった。
そうしてわたしは、またひとりになった。
みんながしねば、死霊もウソみたいにしずまりかえって、わたしに話してくれなくなった。
さびしいよう。どうしていなくなっちゃうの?
——ひとりぼっちだぁ。
でも、それでもいいとわたしはおもった。
♪
ひとがしんじられなくなった。
なんどもうらぎられ、りようされた。
ひとりでいいから、もうだれも話しかけないで、そうおもった。
そんなひびのなか、スーヴァルにであった。
それは、きせきみたいなことだった。
♪
「ただの親切」
ことばすくなにかれは言った。
「道端に倒れていたから助けた、ただそれだけ」
わたしははじめ、彼をしんじられなかったけど、やがて。
「スーヴァル、だいすき」
彼のことをしんじ、わたしはひとりじゃなくなった。彼はむじょうけんに、わたしをまもってくれたから。
「アイオン」
スーヴァルだけが、わたしの名をよんでくれるの。ほかのひとは「しにがみ」とか「あくま」とかよんで、「アイオン」ってよんでくれない。
スーヴァルだけなの、スーヴァルだけだったの。だからアイオンは、スーヴァルがだいすき。
スーヴァルはね、アイオンのきえたろうそくに、火をつけてくれたんだよ。
だからスーヴァルは、アイオンのともしびなの。
でも、スーヴァルいがいは、まだ、しんじられない。
アイオンはきずつきすぎたんだ。だから、まだ、みんながきらい。
スーヴァル、だいすき。だからしんでほしくないの。
スーヴァルを他のひとたちがおそったとき、アイオンはスーヴァルのために死霊をよんだよ。
たすけて、スーヴァルをたすけてって、アイオン、おねがいしたの。
でも、そのあとなにがあったのかおぼえてない。アイオン、きをうしなっちゃったんだ。
でも、スーヴァルはいきてる。それがわかってるから、アイオンこわくない。
♪♪♪
スーヴァルもアイオンも、フルージアたちが野営地に帰りつくまで、目を覚まさなかった。
帰り着き、ハインリヒが事情説明をしにアミーラのもとへ行ったとき、スーヴァルだけが、目を覚ました。
「スーヴァル!」
彼の目覚めを見て、マキナが歓声を上げた。
「あたい、すっごく心配したんだからぁ! でも、生きててよかったよ。……タルみたいにならなくて、本当によかった」
その言葉を聞き、スーヴァルは苦笑いする。
「おかげで、生きている」
「傷の具合はどう?」
この質問はフルージアからだ。彼の身体に無数あった古傷はともかくとして、彼があのとき血まみれになっていた原因の傷は、大きかったが深くはなかった。
スーヴァルはうなずく。
「しばらくは戦えない。でも、大事ない」
「それはよかった」
「あのさ」
「何?」
スーヴァルの瞳が、一気に暗くなる。
「……傷の手当てした時、見たよね?」
それはあの無数の古傷のことだと思い至り、フルージアは頷いた。
スーヴァルは溜め息をつく。それは、とても悲しげで、つらそうで。
「いつかは明かす時が来る、そう思っていたけれど。隠すのもこれが限界か」
スーヴァルはフルージアに頼みごとをした。
「皆を呼んで」
♪
何事だ、とアミーラやクィリがやってきた。スーヴァルは前置きする。
「なし崩し的に話すことになった。この話を聞いて、皆が僕をどう思うかはわからないが、僕は皆を信じている」
そして、スーヴァルは語り出す。
「常識確認。皆、希少種『ミスル』って知ってる?」
フルージアを含むほとんど全員が頷いたが、マキナだけが首を振る。
「なぁに、それ?」
「……復習の時間といこうか」
変わらない無表情が言葉を紡ぐ。
「希少種『ミスル』とは、イデュールの民やアシェラルの民と同じ、異種族。ただ、彼らは才能があった。ほかの種族にはなく、そして、迫害されるに足る才能が」
人は誰も、必ず何かしらの才能を秘めている、と彼は言う。
「『ミスル』は、それを開花させることができる。五年の命と引き換えにね。それはとても素晴らしいこと。だから狙われ、利用された。それでも彼らは屈しなかった。だから迫害された」
そして、スーヴァルは、言う。
決定的な一言を。
「そして今、僕は明かそう。どうせばれることだったしね。
僕 は — — そ の 、ミ ス ル だ 」
「————ッ!」
広がる動揺の嵐。ざわめく皆。
フルージアも、信じられない。スーヴァルがミスルだったなんて。差別はしないが、そもそもこのセラン特殊部隊に異種族がいたことが。
しかし納得がいった。あの身体中の傷は彼が迫害を受けたことによるもの。あれは人々に折檻され、数多の苦痛を味わった痕だ。
その事実はあまりにも悲しく、痛々しくて。
知らずフルージアは目を伏せた。
その様を相変わらずの無表情で眺めながらも、スーヴァルは続ける。
「僕はミスル。その族長の息子だ。里を滅ぼされ、彷徨っているところをアミーラに救われた。……これが僕の経緯だ。僕がミスルだとわかっても、普通に接してくれると嬉しい。でも、そうしてくれないのなら、僕はここを去る。皆はどうするんだ?」
無表情な瞳は問いかける。皆は沈黙したままだ。スーヴァルの瞳が一層闇を帯びて暗く光る。それでも沈黙はなおらない。
——と。
「——そんなことで壊れるような、脆い絆だとは思えないけどねぇ」
じゃらん。独特な音。彼がいつも持っている、金メッキの知恵の輪の音。
「リクセス」
「みんな、一体どうしたのさ、黙っちゃって。彼はミスルだ大変結構。で、それがどうかしたのかい? してないだろ。それでどうかするような弱い絆で結ばれた部隊なら、僕ァ遠慮なく脱退するけど?」
リクセスの言葉に、皆、はっとする。
すると。
「スーヴァル! あ、あたい、ね!」
「何」
その言葉を聞き、マキナがどもりながらも言う。
「ただ、驚いてただけなんだよっ! だって普通信じられないじゃん? でも、スーヴァルを差別してるってわけじゃないから! 信じてね!」
「……当然だろ、わかってる」
「スーヴァルも人が悪いねェ」
「アミーラ」
相変わらずのあけっぴろげさで、アミーラが割り込んできた。
「皆、あんたの正体を知ったところで絆が切れるってわけがないじゃないのさ。だけど、それを確認したいがためにあんな質問を投げて。不安だったのかい、その絆を疑うほどに。怖かったのかい? 絆が失われることが。思わず確認したくなるくらいに、怯えていたのかい?」
「…………ッ」
図星だったのか、フイとそっぽを向いたスーヴァルの頬を、アミーラが両手で挟み、優しく笑った。
「怖がることはないよ、スバル」
スーヴァルの名は、どこかの国の言葉で、とある星団の名前からとられた。
その星団の名は——スバル。
アミーラは、優しく笑う。
「だって、ここの絆は強いだろ? 怖がんなくても大丈夫さ。みんな決して裏切らないし、ずっと一緒にいるからさ。不安なんてない。それでもそれらを抱いてしまうのは、お前の心に宿った悲しみの記憶のせいだね」
乗り越えなさい、と彼女は言う。
「あんたは臆病さ。傷つきたくないから、常にそうやって人と距離を置いてる。裏切られるのが、絆が失われるのが怖くて、不安で。心から誰かを信じることができないんだ。でも、過去の傷は乗り越えるものさ。ここでなら、誰もあんたを傷つけやしないよ」
スーヴァルの身体が小刻みに震えていた。無表情な瞳が初めて感情を帯びる。
「……ありがとう、アミーラ」
言いたいことはたくさんあっただろうに、彼が言えたのはたったそれだけ。
それでも構わず微笑むアミーラはまるで、聖母のようだった。
そう。わたしたちはセラン特殊部隊。さまざまな生まれや過去を持つ者同士が居場所を探し、そうして作り上げられた共同体。お互い、過去に秘めたものが大きいゆえに、悲しみをわかっているがゆえに強く、決して切れないその絆。
フルージアは、スーヴァルの真摯な問いに、咄嗟に応えられなかった我が身を恥じた。
そうだ、リクセスの言う通りだ。彼がミスルとわかったって、そんなことで切れる絆なんかじゃない。そんなことで、態度を変えたりはしない。なぜなら彼らは同じ絆で結ばれた、セラン特殊部隊員なのだから。
「ずっと友達だよ、スーヴァル」
フルージアが笑いかければ、少し照れたような顔をしてスーヴァルは微笑んだ。
♪
アイオンが目を覚ましたのは、それから三日後のこと。
「スーヴァル! いきてた!」
真っ先にそう声を上げて、ベッドに横たわる彼に飛びついた。
「……邪魔。降りて」
「アイオン、うれし〜い!」
人の話を聞いていない。その時、フルージアが彼の天幕に入ってきた。
「おはよー、スーヴァル。って、アイオンちゃん、起きてたの」「!」
その見知らぬ声を聞き、アイオンはスーヴァルにしがみついた。
「だれ? しらないひと。スーヴァルにちかづいちゃダメなの」
「フルージアは仲間だけど」
スーヴァルがフォローを入れても。
「しらないひと、しんじない」
かたくなにフルージアを拒否するアイオンだった。
フルージアは苦笑いする。
「ま、仕方ないか。まだ慣れていないんだね。わたしはフルージアだよ、よろしくね」
「よろしくしない」
「……で、スーヴァル。ご飯、持ってきたけど」
「有難う。アイオンが僕の周囲に人を近寄らせないから、そこ、置いといて」
「了解。ところで、スーヴァルとアイオンはどうやって出会ったの? わたし、そこが気になる」
「それは、長い話だよ」
「長くても構わないわ。話して」
「……任務の途中、彼女と出会った。彼女は道端に倒れていて、怪我をしていて、放っておけなかったんだ……」
ひとつの物語が、始まる。
ミスルと死神は、かくして出逢った——。
♪
かくして、セラン特殊部隊に、新しい仲間が加わることになる。
警戒心の強い、八歳の彼女の名はアイオン。
かつて両親を殺し、村を滅ぼした死霊術師。
でも、いまはもう、ひとりじゃないから。
スーヴァルというともしびを得た彼女は、もう、暴走しない。
——もう、ひとりぼっちじゃない。
〈二部四章 了〉
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆