ダーク・ファンタジー小説

夜明けの演者 2-5-1 お出かけ日和にどこに行く ( No.18 )
日時: 2017/10/22 13:46
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


〈五章 束の間の夢だけど〉


 1 お出かけ日和にどこへ行く


  ♪


 セラン特殊部隊にはあと二人、メンバーがいた。

「はじめまして、新入りさん達。しばらく留守にしていたけれど、二人も増えたのねぇ」

 一人は闇精ヴィルラクの契約者、クールな書物の魔導士の少女、シェルマ・クリーズィア。

「やっほ、みんな! 帰ってきたよー! 元気してたー?」

 もう一人は水精アキューリアスの契約者、無邪気な二刀ナイフ使いシェルフ・クリーズィア。
 シェルマとシェルフは二卵性双生児で、シェルマが姉、シェルフが弟だそうだ。
 時期はアイオンがメンバーになってから三ヶ月。近頃は任務も無く、皆平和を満喫していた。

「おひさー、シェルシェルっ! あたいたちは元気も元気っ! そっちはー?」

 マキナの相変わらずの元気なあいさつに。

「元気よマキナ。みんな変わらないわね。いや……何があったのか知らないけれど、みんな、
より親密になったような?」

 シェルマが微笑みを返す。
 ちなみに彼ら二人は訳あって、しばらくセラン王国を留守にしていたらしい。

「結果、帰ってこられたからいいけれども。よろしくね、新入りさん」
「よろしくお願いします」

 今ここに、セラン特殊部隊は全員集合した。


  ♪


 穏やかな日だった、暖かな日だった。

「みんな、注目サ」

 その日、アミーラは皆を招集した。

「今日はまったく、穏やかないい日だねェ。だからあたしが提案サ」

 アミーラは言う。

「折角だから、みんなで、どこか出掛けないかィ?」

 穏やかな秋の光が、優しく野営地に差し込んでいる。
 セラン特殊部隊。不可視の軍団インヴィシブル・アーミー。名前は物騒だけれど、任務がない日はこんなにも穏やかで。

「賛成、さんせーいっ! みんなでどっか行こっ!」

 笑顔のマキナが眩しかった。

「どこかへ行くのはいいとして、どこへ行くのだ?」生真面目にクィリが問えば。
「あたいは山がいいなっ! 紅葉狩りしよっ!」
「南へ行けば、綺麗な海があるけど?」
「遺跡へ行くのはどうだろう」

 マキナ、ソールディン、時雨が、三者三様の答えを返す。
 同時に言ってから三人は、お互いに顔を見合わせた。困っている。
 フルージアは苦笑いして、ハイと手を挙げた。

「わたしは山に一票。あまり行ったことがないから」

 それを見て、シフォンがおずおずと手を挙げる。
「あのー、わたしも山に行きたいです。山の動物さんたちに会いたいのです」
「同じく」
 スーヴァルも言葉少なに賛同の意を示す。
 あとはもう流れは決定したようなものだ。みんながみんな山に行きたいと言い、目的地は山に決まった。海を提案したソールディンも遺跡を提案した時雨も、異存はないみたいだった。

「じゃあ行くとするかねェ! ここの近くの山なら孤峰アーレンさ。そこでいいかい?」
「異存なーし!」

 楽しいピクニックになりそうだ。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

夜明けの演者 2-5-2 仮面の素顔 ( No.19 )
日時: 2017/10/22 13:39
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 2 仮面の素顔


  ♪


 山へと向かう道の途中、一行に声を掛ける者があった。


「あ、そこにいるの、もしかしなくてもハヤブサじゃねぇ?」


 着崩されたボロボロの衣服、赤い髪に青い瞳、垂れ目がちな目元の、茶色のマントを纏った旅装の男。
 その言葉に、その声に、その「ハヤブサ」という呼び名に。これまで何事にも動じることのなかったクィリが大きく動揺したのがわかった。

「虹石、何故ここにいる。そもそも我はこの仮面だぞ? ……なにゆえ、わかった」
「わかるもなにもー。仮面かぶってても見えるその金髪! そして相変わらずのお堅い口調! ハヤブサ以外に誰がいるってのよ」
「…………」 

 クィリは無言で己の髪に触れた。
 虹石と呼ばれたこの人間は、クィリと何かしら関係がある人物らしい。
 フルージアは声をかけた。

「あのー」
「何だい、お嬢さん」

 そのヘンな言い方にフルージアは赤面するが、ここは部隊の一員として聞いておかなければならない。

「あなたは誰なんですか。クィリの、副隊長の何なのですか」

 その問いに答えようとした「虹石」を手で制し、クィリが溜め息をついた。

「……何故こんなところで貴様と出会わねばならぬのだまったく。仕方がない、我が説明しよう。ついでに我の経歴についても」

 クィリは己の来歴を語る。そして、全てを変えた一つの事件を——。


  ♪♪♪


 ずっと昔、我は平凡なとある村の少年であった。しかしそこをある日、賊が攻めてきたのだ。

「クィリ、逃げて!」

 我を守り、死んだ母の声。

「ここは俺が食い止める!」

 最後まで背中を見せて、散った父の声。

「逃げよう、逃げようよー!」

 我を先導してくれた幼馴染のアミーラともはぐれ、ひたすらになり振り構わず逃げていくうちに。
 気が付いたら、我の目の前に一人の女がいた。

「アタシの名はヴァルプーレ。暗殺者アサシンギルドのマスターさ」

 彼女は名乗り、幼い我に問うた。

「あんた、見ると身寄りがないみたいだねぇ。よかったらアタシのギルドに来ないかい? 生活は保証するよ」

 故郷を失い家族を失い、命以外には何も無かった当時の我は、失うものなど何も無いゆえに、二つ返事で承諾した。
 それから、我にとっての地獄であり、大切な時間でもあったかけがえのない日々が始まった。


  †♪†


 鳥の王のごとき誇り高き金の髪、我の素早さ、そして数ある武器から選び取った鉄爪。
 そういった要素から、ヴァルプーレは我に「ハヤブサ」のコードネームを与えた。

「覚えておおき、ハヤブサの若鳥。この世界では自分の出自を知られてはならない。メンバーは皆、コードネームを名乗るのさ。ちなみにアタシは『スズメバチ』だよ。アタシほどになれば本名を使ったって別にいいけどね」

 こうして我は晴れて暗殺者アサシンになった。人を殺す技を覚え、忍ぶ技、騙す技を覚えた。
 この時代に我はかけがえのない友を得た。
 我には同年代の仲間が何人かいた。
 その一人が虹石。ふざけた野郎であったが、その割に頭が切れる奴だった。


  ♪


「ふざけた野郎ってなんだよ」
「貴様のことだ、他に誰がいる」
「ハヤブサって、あんなに悲しい過去を持ってたのねぇ。賊に襲われ、生き残って……しくしくっ! ママ、泣いちゃうわ」
「……虹石、黙らなければ、貴様の首と胴体が泣き別れになることになるが、いいか?」
「ハイすみません先行って」
「…………」


  ♪


 忘れられない同僚がいる。

 そのコードネームはクロウ。とんだ策士でその策で味方すら騙す奴だったから、嫌われ者だった。
 それ以外にも素早い少女「小鹿」、毒魔道士「デッドポイズン」、糸使い「イノセンス・トラップ」など、我の周囲には割と同年代の仲間が多かった。
 我はよく虹石とクロウと組んで行動することが多かった。クロウの策はいつも完璧で、彼のチームの暗殺成功率は驚異の十割を誇っていた。誰もが、彼が次の暗殺者ギルドマスターになることを信じて疑わなかった。性格面に若干、難はあったのだが。


 そう、あの事件が、起こるまではな——。


 あの日、クロウは意図的にミスを犯し。
 そのまま二度と帰らなかった。
 その日、我はギルドを辞めた。


  ♪


 フルージアは息を呑んだ。

「意図的に……ミスを犯した?」

 クィリは深くうなずいた。

「それは我らを逃がすため。彼は優れすぎていた。ゆえにギルドによって消された。我はそれを知ったから、ギルドを辞めたのだ」
「ギルドによって、消された……」
「出る杭は打たれる、そんなものなのだろう。我と虹石は彼の死を見届けた」


  ♪


 その日、我と虹石とクロウはとある人物の暗殺を依頼された。

「セラン王国のフェルディナンド王子が今度、この辺りに来るそうな。だから彼を殺してほしいって依頼さ。受けるかい?」

 今まではなかったが、ついにやってきた王族暗殺の任務。クロウは頷いた。

「お受けします。出動は、いつものメンバーで構わないでしょうか」
「ああ、別にいいさね。よろしく頼むよ」
「では、わかる限りの情報の提供を」
「それぐらい自分でしな。この任務が終わったら、あんたをアタシの補佐として正式に認めたげるよ。だから今回は調査も自力でやりな」
「承知しました。……ということだから、またよろしくな、虹石、ハヤブサ」
「了解した」
「頼るぜぇ、リーダー」

 クロウはふっと微笑んで、

「じゃ、行くぜ。さっそく調査だ」と、部屋を出ていった。

 今ならわかる。あの笑みは、あの、儚く悲しげな笑みは。


 ——己の死を覚悟した、決別の笑みだったのだと。


 クロウはまことに頭が良かった。ゆえに今回の依頼とヴァルプーレの約束から、己が消される日が来たと悟ったのだろう。
 本当はフェルディナンド王子なんてそこにはいない。いるのは暗殺者の伏兵と、金をつかまされた市民だけ。
 彼はわかっていた、わかっていたから運命に必死に抗おうとして、戦った。
 しかし彼は、運命には勝てなかったのだ——。


  †♪†
 

 何の事前調査も無しに我らは王子のいるとされる宿に向かった。我はいつもと違うと違和感を覚え、クロウに問うた。

「慎重なクロウらしくない。何故、いきなり向かうのだ」

 彼は答えたものだった。

「とりあえずは宿の主人にさりげなく尋ねてみるつもりだが。町で訊いても怪しまれる」
「怪しくはないだろう。王子の御尊顔を拝したく……とか言っておけばよい」
「お忍びで来ていたら問題だ。だからオレたちが直接宿まで行く。……戦闘の用意をしておけよ」

 我は不満だったが鉄爪をすぐに使えるようにしておいた。虹石は二本のナイフ。クロウの得物は弓だから、宿のような狭いところでは使えない。クロウは予備のダガーを用意した。
 そして、乗り込んだ。

 
  †♪†

 
「まだ朝なのに、なぜ暗い?」

 中は全て雨戸が締め切られ、ろうそく一つついていない。
 嘘みたいに真っ暗で静まり返った店の中。虹石の声が響いた。

「ちょっとこれ、どーいうこと? 閉店中? 王子サマは?」

 その時、クロウは我らに低くささやいたのだ。


「覚えていてくれ、オレの名はアルヴィオン。……これまでお前たちと共に過ごせて、楽しかったぜ」


 口にされたのは「絶対に明かしてはいけない」本名と、別れの言葉。

「ク、クロウ……——?」
「罠だ、逃げろっ!」

 我の言葉を遮るようにしてクロウは叫び、我と虹石を入口の方へ突き飛ばした。
 カキーン!
 激しい金属音。

「ク、クロウッ! 貴公も逃げるのだ、早くッ!」



「オレが死ねば、全てが片付くんだッ!」



 その時のクロウの目を忘れるまい。暗闇の中でもつよい意志をこめて爛々と光った、あの紫の瞳を、忘れるまい。

「オレが死ねば、ハヤブサや虹石は死ななくて済むんだからッ!」

 そして我は気づいたのだ。その言葉から、この罠から。
 全ては、クロウを殺すために仕組まれていた罠であったと。



「——クロウッ!」



 どこかで鴉が鳴いた。悲しげな、痛ましげな声で。鴉が、クロウが。


 ドサリ、誰かが倒れる鈍い音。カキーン、クロウのダガーがはね飛ばされ、金属音をたてた。


 状況を確認するために虹石が窓に駆け寄り、雨戸を開けた。


 明るい朝の光に照らされた、そこにあったのは。










 心臓をダガーで貫かれ、大量の血を流すクロウの姿だった——。










「——クロウッ!」

 叫んで駆け寄り抱き起こす。彼は浅い呼吸の中でつぶやいた。

「ハヤブサか……。虹石はどうした? 助かったのか?」
「虹石は無事だ、すぐに来るッ! それよりもクロウ、貴公は……」
「クロウッ! おーいッ!」

 我の言葉を遮って、駆け寄ってきた虹石。

「死ぬなんて嘘だよな? あんたのことだから急所は外したんだろ、なあ!?」

 しかし虹石のそんな希望すらも、クロウは言葉で打ち砕く。





「外さなかった」





「なッ! 何故だ!? 外すことはできたろうに!」
「外せなかったんだ。お前たちを守るために」

 クロウは語った。

「出る杭は打たれる……。オレは粛清されたのさ」

 それだけの短い言葉を言うだけでも、彼は苦しそうだった。
 もう彼に時間はないと知り、我は彼に贈り物をすることにした。
 ささやかなものだ。しかし彼は、我に「それ」をくれたから。





「……『アルヴィオン』」






 一度だけ名乗った、彼の本名を口にして。
 我は名乗った。

「我の名はクィリだ。クィリ・ロウ。とある賊に滅ぼされた町の、数少ない生き残りの一人。貴公が名前をくれたから、我も貴公に名前を贈ろう。さらばだ、アルヴィオン、いやさ、クロウ。……我も貴公と共に過ごせて……楽しかったぞ」
「おれだって!」

 虹石が、叫んだ。

「おれの名はイェルク! そこらの孤児だ! そこをヴァルプーレに拾われたんだ! おれだって……あんたと共に過ごせて、めっちゃ楽しかったよ。大切な時間を、ありがとなッ!」
 虹石は拗音(ようおん)が言えない。奴が自分の名を名乗る時はいつだって「イェルク」にはならず、「イエルク」になってしまう。この時だけだった、彼が拗音をしっかりと発音できたのは。
 我らの言葉を聞き、クロウは微笑んだ。

「クィリ……イェルク」 

 噛み締めるようにつぶやいて。
 そして、その命は消えた。
 もう二度と届かない。もう二度と話せない。
 ちょっとクールでとんだ策士の、紫の瞳の彼にはもう会えない。





 ——安らかに、眠れ。





 その日、我はギルドを辞めた。
 それから数週間後、仕事を求めてさまよっていた我を生き残っていたアミーラがつかまえ、セラン特殊部隊に引き込むことになる。
 これが我の、第一の生活の物語だ。


  ♪


「……とまあ、こんな話だ」

 そう、クィリは昔話を締めくくった。

「何故我が仮面をつけるようになったかは……我が抜けたのを知っていたのは当時、ヴァルプーレだけだったからだ。我は他の仲間に悟られぬようこっそりと抜けた。負い目があった。虹石は辞めなかったのに我だけが辞めたことに。だからかつての仲間に我だとはわからないよう、仮面をつけることにしたのだが……虹石にはばれてしまったか」
「ちっとやそっとの仲じゃねぇだろー?」
「とんだ腐れ縁だな」
「腐れ縁とかひっでーの。ママ泣いちゃう……」 
「しかし貴公と出会えてよかったとは、思っているぞ」

 驚いた顔の虹石——イェルクを無視し、クィリはおもむろにトレードマークだった仮面を外した。
 その下にあった素顔は。

 美しい、太陽の色を宿した、流れるような金髪。
 深い、海の底のような、深淵を宿した碧玉の瞳。
 鼻筋はすっと通り、整った顔立ちは人形のようだ。
 仮面をかぶるなんてもったいないくらいの、とんだ美青年だった。

「じろじろ見るな」

 皆の視線に赤面して顔をそむけ、彼は再び仮面をかぶった。
 それでも変わらない太陽の金髪。
 死んだクロウと、同じ色の。

「……とまあ、そういうわけだ」

 空気を変えようとクィリが口を開く。

「折角の穏やかな日だ、山へ向かう道行きを再開しようではないか。……で、貴様も来るのか?」
「当然だろぉ? ねぇ、ママぁー?」
「気持ち悪い。さっさと失せろ」
「今のはひどい! 俺様、傷付いちゃったぜぇ」
「勝手に傷付いてろ」
「……泣いていい?」


 なにはともあれ。
 ちょっとした邪魔はあったけれど、一行は再び歩き出した。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

夜明けの演者 2-5-3 刹那の夢 ( No.20 )
日時: 2017/10/22 12:56
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 「夜明けの演者」が、小説大会ダークファンタジー部門で次点獲得!
 皆様、ありがとうございました!

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 3 刹那の夢


  ♪


 たどり着いた孤峰アーレンは、今まさに、紅葉の真っ盛り。

「わあっ、綺麗……!」

 舞い散る赤や黄色の色鮮やかな葉に、フルージアは思わず、歓声を漏らした。
 少し歩くと谷まって川があり、その上に一本の吊り橋がかかっている。

「わあいっ! 紅葉だ紅葉だ、綺麗だねぇー!」

 はしゃぎ踊るマキナに手を取られ、フルージアはそのまま踊り出す。

「うわっ、ととっ!」

 谷底を流れる川に赤や黄色のもみじが舞い落ちていくさまは、あまりにも幻想的で美しく、この世のものではないようだった。
 それを見ながら、静かに涙を流している者がいた。

「し、時雨っ……?」

 いつしかフルージアに、正義や善悪について、教えてくれたひと。
 彼は独特な意匠の衣服を風に揺らしながらも、懐かしげにつぶやいた。

「僕の故郷では毎年、こんな紅葉が見られた。しかしセランではそうそう見られるものではない。……忘れていたよ、自然がこんなに美しいこと。今はわけあって故郷に帰れないから、こんなに綺麗な紅葉を見られるのは滅多にない。山にして良かった」

 その瞳は紅葉の雨の中に、どこかずっと遠くを見ていた。
 不思議だ。いつもはあっという間に時間が流れるのに。
 今、フルージアたちの周囲に流れる時間は、あまりにもゆっくりで。

「時間を止めて見せようか?」

 時雨が穏やかに微笑み、前に手を差し伸べる。その手を独特の形に組んだ。

「動きを止めよ」

 彼が囁けば。落ち続けていた葉の動きが、空間に縫い付けられたかのようにゆっくりになる。

「すごい……!」
「僕の本業は刀使いではない。それがこの力、一定範囲にあるものの速さを自在に変えられる『操速師』さ」

 落下が止まれば。そこには夢みたいに美しい、紅葉のカーテンが形成される。

「素敵……」

 この穏やかで幸せな時間が、永遠に続けばいいのに。
 何もかも忘れて、この桃源郷にずっといられればいいのに。


 フルージアはそっと、永遠を願った。


 永遠なんて、存在しないけれど。せめて、今だけは。


 紅葉の動きに合わせてマキナが踊り、巻き込まれたリクセスが、危うげなステップを踏む。
 その近くでは、シフォンとアイオンが動物とたわむれ、その様を、ハインリヒとスーヴァルが、木に寄りかかって眺めていた。
 ソールディンは橋につかまって、谷に落ちる紅葉を眺め、その隣では、ヴィラヌスが紅葉を捕まえようと試みる。
 クィリとイェルクはそろって、楽しげに何か話していた。そこにアミーラが割り込もうとして、一悶着起きている。
 新しく来たばかりのシェルフとシェルマは、二人で仲良く駆け回っていた。


 誰もが、楽しそうで、幸せそうだった。





 ——この光景を、忘れない。





 夢みたいに美しい山。そこに流れる平和な時間。



 笑顔の仲間たち。


  ♪


 気がつけばいつの間にか日が暮れて、明るい満月が顔をのぞかせていた。

「帰ろう」

 誰の言葉だったか。その言葉に、フルージアは夢の終わりを感じた。

「……そうだね」

 夜の山は昼とは違う美しさがある。まだここに残りたいのはやまやまだけど。

「帰らなきゃ」

 夢はいつかは覚めるもの。帰る時が来た。

「じゃ、行くよ。楽しかったねェ、みんな」

 アミーラが先に立って歩き出せば。夢から覚めたような顔で、後をついて行く仲間たち。
 楽しいピクニックは、終わった。
 夢は——覚めたのだ。

 
  ♪♪♪


 それは束の間の夢だけど。とてもとても、楽しくて、幸せで。


 あとから思いだせば、その思い出のまぶしさに、涙が出てくるほどに。


 あの日、あの時、あの瞬間。確かに感じた幸せの鼓動。


 束の間の夢だけど。束の間の夢にすぎないけれど。
 忘れられない一日がある、忘れたくない一日がある。



 永遠なんて、存在しなかった。



 その後、フルージアたち特殊部隊は、世紀の大戦「火花大戦」に否応なく巻き込まれていくことになる。

 そしてその際、多くの仲間の命が失われた。

 だから、忘れない。あの幸せだった一日のことを。誰もが笑顔でいられた、穏やかな時間を。

 束の間の夢だけど。束の間の夢にすぎないけれど。
 忘れられない一日がある、忘れたくない一日がある。



〈五章 了〉
〈第二部 了〉
〈第三部へ続く〉


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 こんにちは、藍蓮です。「夜明けの演者」、お届けします。

 みんなで過ごした束の間の休日。それはとても幸せな時間だったけれど。
 後に待つ残酷なる別離の予感。

 幸せの中に、ツンと痛む切なさを感じていただけたら幸いです。

 次からはついに第三部。これまでの雰囲気とは打って変わって、暗く重く、殺伐とした雰囲気になります。
 この章は、その前のささやかな小休止なのです。

 次の話に、ご期待下さい。