ダーク・ファンタジー小説
- 夜明けの演者 1-2-1 劇団の毎日 ( No.2 )
- 日時: 2017/10/12 00:01
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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二章 夜明けの演者
1 劇団の毎日
♪
「神よ聞け! 我が名はフィラ・フィア、封神の七雄なり!」
「ちょっとストップ! フルージア、手をさ、もっと勢いよく振るんだ。キレがない」
「了解しました! っと、あの時はアドリブだったけど……。案外難しいのね、演じるのって」
それから数日。フルージアは劇団のみんなから、劇の手ほどきを受けていた。
「じゃ、もう一回やるわね。——神よ聞け! 我が名はフィラ・フィア、封神の七雄なり! ……これでどうかしら?」
「オーケーオーケー! やっぱり君は筋がいいね! 教えるのが楽しいよ!」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。っと、もうこんな時間。休憩にしません?」
フルージアが提案すると、皆嬉しそうに頷いた。
劇団に入ってまだ日は浅いが、ある程度のメンバーの名は覚えた。
奥で忙しそうにしているのが団長のウォルシュ。その隣で作業を手伝っている、気の強そうな少女がその娘のルーシュ。いそいそとお盆に乗ったおやつを運んできたのがルルカ。
どこにも居場所のなかったフルージア。でも、今は居場所があるから。とても幸せで満ち足りていた。
「焼き菓子を作ってみましたよー。冷めないうちに召し上がれ」
ルルカの言葉にみな我も我もとお菓子を取り合う。
穏やかな光景だった。
「はい」
小皿に乗ったクッキーが差し出された。フルージアは礼を言って受け取る。
「群がっている人たちはほっときますね〜。わたしが直接配るのは、そうしない人だけ」
いたずらっぽく微笑む彼女は料理が得意。劇場には料理をつくる設備なんてないのだが、彼女の家は劇場から近く、時々こっそり抜け出してはこういったものを作ってくれる。
彼女はフルージアにお菓子を配り終わると、お菓子の皿を持って、ウォルシュとルーシュの方に向かっていった。
♪
その後。ささやかなおやつタイムが終わると、また劇の練習が始まる。ちなみに先ほどの「封神の七雄」の練習は実はダミーで、本当の練習は「蒼穹と太陽」だったりする。この物語は今から二万年前という設定で、闇の神から「空」をもらったとされる伝説のある、とある人物の劇である。「封神の七雄」の練習は、動きの練習のためにやったにすぎない。
ちなみにこの劇の主人公はフィレグニオという少年なのだが、「性別が違っても問題ないさ!」ということで、女の子であるフルージアがその役に抜擢されている。彼は闇神ヴァイルハイネンに不老不死をもらい、実質上の空の支配者となったという話だが、真偽のほどは確かでない。そもそも今生きているとしたって、空の果てなんて確かめようがないのだから仕方がない。
さてさて練習が始まる。
「昔々、フィレグニオという少年がいました。彼は空にひどく憧れていました」
ナレーターが喋り、次はフルージアの番である。台本はまだ全部覚えきれてはいないが、最初のところは大丈夫だ。
「僕はこの空を自由に飛びたい! たとえ戦乱の中でだって、空だけは綺麗なままだから!」
その背には翼(無論作りものだが)が生えている。フィレグニオは突然変異で生まれた子で、なぜかその背には生まれつき翼があったという。彼がのちの翼持つ民「アシェラルの民」の祖先となる。
喋ったあとは舞台から去り、代わりにヴァイルハイネン役のジェルダが現れる。彼の衣装は特別製だ。鴉の姿を好むとされる闇神に合わせて、衣装も鴉を模したものになっているのだ。
彼は、独白する。
「この世界に生まれ落ちて幾千年。地上界というところに来たが、なんだ、この荒廃は? 人間なる種族はなんと醜いのだ! こんなものをわざわざ生み出すとは!」
その言葉の次は再びナレーション。
「その時代は、戦乱の絶えることのない時代でした。国境線は毎日というもの書きかわり、地図なんて何の役にも立たない時代でした。闇神が呆れるのも当然です。人間の、なんて醜かったことか! 我々は……えーと、次の言葉はなんでしたっけ?」
「……覚えてないのかい」
呆れたようにウォルシュが苦笑した。ナレーター役のテッドはううんと首を振った。
「一瞬飛んでました! 今思い出しました。我々は戦う以外のことを知らなかったのです!」
「練習だからまだいいけどね。本番は気をつけてね」
「はいっ! じゃ、次は脇役さんたち、お願いします!」
「反省の言葉はないのかい……」
そんなふうにして日々は過ぎた。
ウォルシュが演目を決めて台本を書き、小道具大道具が背景やこまごましたものを作り(定番の劇に使うものは、以前に使ったものの修理だけで良い)、照明や音響役の魔導士たちが場面に合う光や音を試行錯誤し、その中で役者が演じる。演劇は役者だけで成り立つものではないのだとフルージアは理解し、そして劇を演じながらも、これが自分の天職だと強く感じるようになった。
劇団の皆はフルージアにとても優しかった。この劇団こそがフルージアの帰る場所だった。
しかしフルージアは、自分が家なしだとは言いだせなかった。みんなを心配させたくなかったのだ。彼女のねぐらは劇団に出会ってからは劇場の裏手になったが、それを知る者は彼女以外にいなかった。
そんなある日、彼女は気づいたのだ。
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- 夜明けの演者 1-2-2 目覚めた才能 ( No.3 )
- 日時: 2017/10/12 00:08
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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2 目覚めた才能
♪
そんなある日、彼女は気づいたのだ。自分の才能に。
その日の夜。彼女は劇場の裏手のねぐらで、役の練習をしていた。
「見えざる剣は闇を断ち、見えざる盾は我らを守る!」
「封神の七雄」の劇の、「自在の魔神」エルステッドの役である。
彼は何もないところから剣や盾を即席で生み出す「魔素使」(まそし)の才を持っていた。その才さえあれば剣も盾も不要。必要になったらその手を振って生み出せば、実体があり、本当に人を切れる切れ味鋭き剣と、実際に攻撃から身を守れる盾を、空気中に漂う魔法素から作り出すことができるのだから。
無論、ただの少女たるフルージアに魔素使の才はない。なのに——。
『エルステッドになったつもり』で両の手を振った。すると。
彼女の右手には剣が。
彼女の左手には盾が。
実用に耐えそうな両者が、彼女の動きに合わせて現れたのだった。
「え、ええっ!? な、なに? なによぅ」
あわてて両の手を振ると、それらは消えた。
しかし手にはそれらの感触がまだ残っている。すなわち、剣と盾を握っていたという感触が。
実際の劇では、魔素使の攻撃は幻影の魔導士がそうと見せかけるだけで、ここまでリアルにはっきりとやるには、本物の魔素使でもいないと無理である。ただし、魔素使はとても希少だ。こんなところに現れるとは思えない。
つまり、フルージアは。
エルステッドになったつもりになるだけで、実際の魔素使の能力を発現させたのだった。
フルージアはもう一度手を振ってみるが、今度は何も現れない。
ならば、と息を吸って、もう一度エルステッドの台詞を叫ぶ。
「見えざる剣は闇を断ち、見えざる盾は我らを守る!」
すると。
右手には剣が。
左手には盾が。
魔素使の才能なんてないのに、冷たい金属の感触とともに、彼女の両の手に現れた。
その次の台詞を叫んでみる。
「荒ぶる神よ、我らが『封神の七雄』の裁きを受けよ!」
一歩踏み出して剣を振った。重い。確かな感触。それは偶然にも、目の前に落ちてきた葉を切った。
葉 を 切 っ た 。
これは幻影ではない。偽りではないのだ。
現れた剣の重さに引き摺られてたたらを踏みながらも、フルージアはいまだ信じられず、他の役をやってみることにした。手を振って剣を消す。それでも、先ほど切った葉は元に戻らない。元に戻らなかった。
フルージアは息を吸い、次の役を、やる。
「空の支配者に、なるんだ!」
役をやる瞬間だけ、感覚は氷のように研ぎ澄まされ、それ以外のことは考えられなくなる。「蒼空の覇者」フィレグニオになりきった彼女の背には翼が生え、知らず羽ばたく。
「っと! わ、わっ!」
我に返った彼女は、翼を制御しきれずに転んだ。
「さ、流石に慣れないなあ……」
空を飛ぶなんて初めてなのだから、失敗するのは当たり前だ。それでも、やってみればもしかして? もう一度、背に神経を集中させて。持ったこともない翼で、飛んだこともない空を飛ぼうと試みる。
背の翼が何度も羽ばたき、風を生んだ。そして。
「わ、わあっ!」
ふわりと体が浮いた。また転ぶ。けれど!
「私……飛べた?」
そのことに呆然としていたら、翼は消えた。
最早疑いようがない。どう言えばいいのか分からないけれど、自分には「才能」があるのだ。『役になりきればその役に応じた能力が得られる』といった才能が。エルステッドの役をやれば魔素使になり、フィレグニオの役をやれば空さえ飛べる。その才能は恐るべきものだった。
「演じれば、何にだってなれる……」
後日、彼女はその才能を「演者」と便宜上呼ぶことになる。
「夜明けの演者」が今ここに、誕生した。
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