ダーク・ファンタジー小説

夜明けの演者 3-1-1 忠告はしたから ( No.21 )
日時: 2017/10/22 13:57
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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 †第三部 戦乱の彼方に†



 〈一章 覚悟を決めろ〉


 1 忠告はしたから


  ♪


 帝国アルドフェックが、セラン王国に宣戦布告した。


 そんな知らせが入ったのは、あの幸せな時間から一月が過ぎた頃。
 その日は、アルドフェックの建国祭の日。運命の、建国祭の日。
 前々よりその予兆はあった。次々と他国を侵略し、その国土を広げていったアルドフェック。
 セラン王国は、帝国の真南に川を隔てて在ったから。
 ギルド、部隊、その他様々な制度の整った、北大陸最南端の地セラン。
 そんな素晴らしい王国を帝国の王、「覇王」ニコラスが見逃すはずもなく。


 その日、戦争が始まった——。


  ♪


 元は小さな火花から始まった戦争だった。

 その戦争のさなか、多くの命がまるで火花のように一瞬だけ強く輝いて、散っていった。
 だからのちに人は、その戦争を「火花大戦」と呼ぶことになる。
 そんな動乱の時代に、フルージアは生きた。


  ♪


 開戦の知らせに揺れる特殊部隊をとある貴人たちが訪ねてきたのは、それから三日後のこと。
 やってきた人物は三人。なんと三人とも、セランの王族だった。

「お久しゅうございますわ、アミーラ・シーレ。そしてお初にお目にかかります、他の皆さま方」

 初めに挨拶した令嬢は、これまで何回か聞いたことのあるセラン王国第一王女、ファルフォンヌ・セラリスティア。

「エルシェヴェイツの件では世話になった。アルフォンソ・セラリスティアだ」

 次に挨拶した少年は、噂の神童アルフォンソ。その頭脳と判断力を買われ、御年十四にして商業ギルドマスターになっている天才だ。

「で、おれが」
「カルロス・セラリスティアだ。どうしてもついて行くと言ったから連れていったが、用件には関係ない」

 その次に挨拶しようとした弟の言葉を遮って、アルフォンソが口を挟んだ。

「って、あにうえー! おれ……」
「重要な話の場だ、時間が惜しい。お子様は黙っていろ」

 アルフォンソの冷たい一喝に、カルロスはしゅんとなる。
 咳払いを一つして、ファルフォンヌが唐突に言った。

「一つ忠告しておきますけれど、あなたたち、国から逃げた方がよろしくってよ」
「…………?」
「逃げるなら南大陸か、いっそ軍国イデュオンか……。シエランディアは近頃きな臭いので駄目。遠いけれど、プルリタニアもありですわね」
「いきなり、何を、おっしゃって……?」

 アミーラの疑問はもっともだ。
 アルフォンソが険しい顔で話す。

「知っているだろう、アルドフェックの宣戦布告のことを。そうするとこの国は荒れる。人心も荒む。そして人々は思い出すんだ、セラン特殊部隊、『不可視の軍団インヴィシブル・アーミー』のことをな」

 そもそも謎の多い部隊だ、と彼は続けた。明らかにされたのは、集団心理の恐怖について。

「怪しいものは何かあったらすぐに疑われ、生贄の子羊になる。いいか? 戦争が始まり少しでもこちらが不利になれば、人は疑い出すだろう。この国の中に何か、裏切り者やスパイがいるのではないか、そういった背信者がこの国に不利を呼んでいるのではないかと。それが集団心理、悪いことがあったらすぐに誰かに罪を被せようとする人の心……。その際に真っ先に浮かぶのが、この不可視の軍団インヴィシブル・アーミーだ」

 だから逃げろ、と彼は言う。
「そちらの働きはよく知っている。僕がわざわざ出向いたのもその為だ。いいから、逃げろ。戦争が本格化して、生贄の子羊になる前に」


 ……動けなかった。


 その言葉と内容に。フルージアはようやく戦争が来たのだと実感した。
 実感はできたけれど、現実感がなかった。
 戦争? 集団心理の恐怖? 国外逃亡? どれもまったく馴染みのないもので。
 戸惑う彼らに、畳み掛けるようにファルフォンヌが呼びかけた。
「お逃げなさい、わたくしの友。いえ、どうなさるかはそちらの勝手ではありますけれど。友として仲間として、忠告はいたしましたわ。あとはそちら次第ですの。ただしこちらも忙しいゆえに手助けできることは限られますが……。ご決断はお早めに。急いだ方が良いですわ」

 ファルフォンヌはそうとだけ言うと、くるりと背を向けた。

「では、忙しいのでこれで。……わたくしとしては、皆様とまたお会いしたいのですけれど」

 噛み締めるように言って背を向けて歩き出す。ではとアルフォンソが言った。

「忠告はした。これをどう受け止めるかはあなたたち次第だ。戦争は大きい。絶対に生き残れ」

 そう言い残してアルフォンソもいなくなる。その背をカルロスが追って、ついに突然の訪問者たちはいなくなった。


「逃げる……」


 選択の時は、迫っていた。


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夜明けの演者 3-1-2 始まったサバイバル ( No.22 )
日時: 2017/10/22 14:15
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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 2 始まったサバイバル


  ♪


「イデュオンには訳あって行けない。だから逃げるにしても、イデュオンに行くならそこで僕とはお別れだ」と時雨は言った。
 アミーラは頷く。

「でも、プルリタニアに行くならアルドフェック領内を通らなくちゃいけないしだいいち、あそこは島国だ。南大陸に行くには船が要る。この戦時中だ、南大陸行きの船はいつも満杯状態だろうサ」

 イデュオンにもプルリタニアにも南大陸にも行けない。
 そのことが指すことはつまり。

「逃げられないの?」
「ああ、そうさ」

 フルージアの疑問に、至極当然のように頷くアミーラ。

「セラン王族は優しいんだか馬鹿なんだか……。それにサ、時雨の件がなくったってイデュオンには行けないヨ。島国ってったら、あすここそ正真正銘島国じゃあないのサ。今頃避難民であふれていて、あたしたちが行く余裕なんてないんじゃないのかい?」

 時雨は静かにうなずいた。

「それ以前に、あの国は半ば鎖国状態。避難民を受け入れるとは思えない」

 決まりだネ、とアミーラは覚悟を秘めた瞳で言った。

「あたしたちは逃げられないのさ。王族サマがいくら逃げろって言ってくれてもね。そもそもセランは海に突き出た大きな半島。その後ろにはアルドフェックと、侵略されたティファイ属国しかない。この戦乱を絶対に生きぬく、そう覚悟を決めるんだね」

 平和な時代は終わったのさ、と悲しげに言う。

「これから戦争が始まる。もしかしたらこの中の誰かが死ぬかもしれない。それでもそれは戦場の理(ことわり)。そのことに嘆き悲しみ、歩みを止めてはいけないよ。死んで悲しんでもらえるなんてそれは、平和な時代の道楽さ。繰り返し言おう。……覚悟を決めな」

 幸せな時間はあまりにも短く、瞬きする間に消え失せた。

 今目の前にあるのは、非情なる現実。

 フルージアはその現実の重さに震えた。震えが止まらなかった。怖かった、考えるとつらかった。やっと見つけた自分の居場所、自分の幸せ。それらを奪われることが、それらを失ってしまうことが怖かった。

 そういった思いに震えていると、誰かの手が彼女をそっと抱きしめた。
 揺れる太陽の金髪。仮面の奥の、深海の瞳。

 クィリが、フルージアの背中を優しく撫でながらも言った。

「恐れるな、強き『演者』。そう簡単に我らは死なぬ。悲しかったら泣いても良いが、それで己の歩みを止めることだけは絶対にするな。でも、今なら……存分に泣け。覚悟のないまま怯えていては、とんだ足手まといだ」

 その言葉は冷たく、優しかった。フルージアはクィリにつかまって、声を上げて泣いた。心の中の悲しみや恐怖を涙とともに流し去るため。覚悟を決めるため。

「もういいよ。ありがとう、クィリ」

 やがてフルージアは彼から離れ、赤くなった目元をごしごしとこすりながらも言った。

「もう、大丈夫なのか?」
「ええ、今思うと恥ずかしいわ。わたし、まだ甘すぎる子供だったんだってことを改めて認識しちゃった」
「甘いことは悪ではない」
「やめてったら。戦場で甘い心を持ったままだったらわたし、真っ先に死んでる。今わたしは心を固い殻で覆ったわ。ようやく、覚悟が決まった。……ご迷惑をおかけしました」

 クィリも優しいねェ、とアミーラが茶化す。



「まあ、これで皆覚悟を固められたようだし。……始めようか、あたしたちのサバイバルを」



 青、紫、金、銀、緑、赤、茶……。さまざまな色の、強い意志を秘めた瞳が、アミーラを見つめる。





「——任務はひとつ! 自分の命は自分で守りなッ!」




〈一章 了〉

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