ダーク・ファンタジー小説

夜明けの演者 3-2-1 死んでもいいですか ( No.23 )
日時: 2017/09/24 11:20
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
参照: http://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=image&file=616.png

 (自分で言うのもなんですが)
 本編の中で、自分が好きな章トップ3に入る章、開幕です。

※ 貼ってあるURLは、次点獲得記念のイラストです。左からマキナ、フルージア、スーヴァルとなっております。遅くなりましたが、良かったらご覧ください。
 他のメンバーは描く暇なかったです……。

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〈二章 命の序列〉


 1 死んでもいいですか


  ♪


「…………っ!」
「ヴィラヌス! 大丈夫?」
「大事無い。矢がかすっただけだ。そっちは無事かっ!」
「今のところ無傷よ! ……ホントに大丈夫?」
「それは良かった! ……いや、気にするまでもないからっ!」
 彼らは逃げる。何から? それは……
「ああ、ったく! とんでもない奴らだねェ!」
 アミーラが、力任せに、大剣で誰かをぶった切った。
 ……そう。現状、セラン特殊部隊は。セラン国民中に「裏切り者」の汚名を着せられ、追われているのだった。
 アルドフェックには優れた将がいる。名前をよく聞くのは「戦場に咲く双つの絆」ことアルドフェック第二王子アルジェンティと、第一王女カトリーナの双子。双剣を使い、最前線で戦うアルジェンティをチャクラム使いのカトリーナが援護するのだが、このバランスが固すぎる。
 それ以外にも、傭兵デュアラン・ディクストリや死霊術師のベアトリーチェ・ニーナクィンなど、アルドフェックの将の強さは群を抜く。
 それで、少々苦戦しているとの報が届けば、セラン国民は疑い出す。
 苦戦しているのは、内部にスパイがいるのではないかと。
 謎めいたところの多い「不可視の軍団インヴィシブル・アーミー」ことセラン特殊部隊は、格好の生贄の子羊だった。
「理不尽だよ! あたいたち、これまで国のため皆のため、一生懸命頑張ってきたのにさっ!」
 マキナの不服ももっともである、が……。 ……とはいえ。
 今、彼らに迫るはアルドフェックとセラン、双方からの追手。場所は平原、振りきるのは難しく、しかも両軍ともに、なぜか共闘している模様。呉越同舟、と言ったところか。しかし、十数人の部隊をここまでして追おうとするとは理解しかねる。
 長引く戦いに皆、疲弊し。未来は見えず、真っ暗なまま。

 そこで、とある人たちが提案を持ちかけた。















「——アミーラ、私たち、死んでもいい?」















 いきなりそんな物騒なことを言ったのは、フルージアが出会ってからまだあまり時が経っていない、シェルマ・クリーズィア。その近くには、無邪気さを捨て去った、強い決意の燃える瞳の、シェルマの双子の弟のシェルフがいた。
「……いきなり何を言うんだい? 誰も死なせないとあたしは誓った。それはあんたたちだって例外はない。死んでもいいか、なんて物騒な」
 アミーラが首をかしげつつ反駁すると、シェルマは言った。

「——なら、全滅してもいいのかしら?」

「————!」
 その言葉に、アミーラは目を見開く。畳み掛けるようにシェルマは続ける。
「だって、この現状をご覧なさいな。このままだったら絶対に、私たちは死ぬわ。でもね、誰かが犠牲になってみんなを逃がせば、全員が死ぬってことはなくなるの。少数の犠牲で皆を守れれば、それに越したことはないわ。だから……私たちは、死ぬのよ」
 告げられたのは、重い現実と非情な選択。
「だ、だからって、あんたたちじゃなくったってさァ……」
「いいからっ! このままじゃ皆、全滅してしまう! あとは私たちに任せてっ! 運がよかったらまた会えるわ」
「シェルフ、シェルマ……っ!」
 シェルフが、最後に優しく微笑んで、言った。
「さようなら、みんな。長くはなかったけど、楽しかったよ」
 大群が迫りくる。それをたった二人で迎え撃つ。どれほど保つのだろう、この小さな、しかしかけがえのない盾は。


 誰かを生かすために、誰かが死ぬ。


 世の中は非情だった。


 それでも、生きなければならないから。


 涙をこらえて、アミーラ達は逃げ延びた。


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夜明けの演者 3-2-2 「無敵」と呼ばれた子 ( No.24 )
日時: 2017/10/02 18:02
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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 2 「無敵(インヴィンシブル)」と呼ばれた子


  ♪



「……命には序列がある」



 低い声で、歯を食いしばりながらもハインリヒがつぶやいた。
 それは、双子の犠牲の肯定。
 彼は、ひとつ、たとえ話をした。
「ここに国がある。王と家臣がいる。しかし、ある時城が襲われた。こんな時、誰が真っ先に逃げるべきだと思う?」
「……王だ。でも、あたしは——」
「王ではないが、この集団の長だ」
 アミーラの反駁を一言で封殺する。フルージアにも、彼が言わんとしていることがわかってきた。
 でも、それは——。
「よって、王は逃げるべき。では、クィリは? 彼は宰相。宰相だって重要人物。宰相も逃げるべき。では、ヴィラヌスは? 彼は重臣。民を束ねる小隊長。彼も逃げるべき。では、オレは? 自分のことだから言いにくいが、この際言わせてもらおう。オレはアミーラの右腕。つまり、王の側近ないしは王の補佐。この人物も逃げなければならない。で、残るのは家臣たちだ」
 ——家臣は、王と王国のために、その命を投げ出さなければならない——。
「命には序列がある。少なくとも、集団においては」
 彼は、話を続ける。
「だから、もしもこの中の誰かが死ななければならないような場合——」
「……そこまでだ、ハインリヒ」
 ハインリヒは、冷たい敵意を感じて振り向いた。
 そこにいたのは——無表情な瞳に青の炎を宿した——

「……スーヴァル?」

 彼は、怒っていた。普段は全然感情をあらわにしないのに。
 ——心から、ハインリヒに対して、怒っていた。
「……道理はわかっているつもりだ。だが、ハインリヒ。あんたは『命の序列』なんて言葉で、彼らの想いを片づけていいのか」
「? 事実だろう?」
「彼らは仲間だろうっ!」
 スーヴァルの心の中には、いつもあの日のことがある。誰も信じられなくなったあの日。リクセスの言葉で絆を確認しあったあの日。
 だから、許せない。何よりも仲間を大切に思うスーヴァルにとって、仲間の命を、尊い犠牲を。「序列」なんて言葉で片付けるなんて。
「彼らは仲間なんだっ! アミーラは隊長だが王ではなく、ましてや僕らは家臣でもない! 貴様が王の側近、補佐だと? 聞いて呆れるね!」
「ス、スーヴァル……」
 ……誰にも、止められなかった。ハインリヒは確かに正論を吐いているが、それ以上に、スーヴァルの言葉は心を打った。
「仲間が僕らの犠牲になるのに序列なんて関係ないっ! 彼は『序列があるから』死ぬのではなく、自分の死がみんなを救う、そう考えてその選択肢を選んだんだ! 貴様にわかるかっ? その高潔な精神を! 常に損得でしか全てを見られない貴様にわかるのかっ?」

「……まだ、オレは、『人形』なのか」

 スーヴァルの非難を、特に怒鳴るでもなく反論するでもなく静かに聞いていたハインリヒは、突然、そんなことを言った。
「……なんだって……?」
 ハインリヒは、悲しげに、そしてどこか自嘲するように、自分の両手をじっと見つめた。
 空間使いの力の宿る、その両手を。
「かつて、オレにはもう一つの生があった。そこで、オレは愛を知らず、絆を知らず、人形のように生きてきた。……だけど、その次の生で特殊部隊に入り、愛を知り、絆を知った……はずなんだけどな。オレはまだ……そんなにも、利に聡く、冷酷か」
「……ハインリヒ」
「悪かったな、何も察せなくて」
 貴様の言い分はいまだ許せないが、とスーヴァルは荒い呼吸をしながら前置きした。
「……良かったら、聞かせてほしい。あんたの『前の生』の物語を。そこで何があったのか、そこであんたは何をしたのか。あんたは謎が多かったんだ。『ハインリヒ』という、どこか貴族めいた名前。そのくせ、どこの家の者かはわからないし、名字だって名乗らない。そして、自称十七歳、か? その歳に似合わない、卓越した経験の見える戦いぶり……。あんたは一体、誰なんだ?」
 それを話すには時間がいる、と彼が言うと、
「時間ならいくらでもあるさ。どこかの誰かさんが、『序列』に従って死んだおかげでね」
 スーヴァルは嘲るように皮肉った。
「……悪かった」
「別に構わない。もう、気は鎮まった。今回はリクセス、怒らなかったね。……まぁ、いいか。話して」
 ハインリヒは、うなずいた。


 そして、語り出す。自分はどこから来たのか、そもそも何者なのか。

 彼が意図して隠していたそれは、とある鬼子の物語。





 ——時代は、三百年前にさかのぼる——。





  ♪♪♪


 この世界「アンダルシア」の最北の国、島国プルリタニアに彼は生まれた。
 プルリタニアには、「イーターゼンテル」という貴族の家があった。ハインリヒはその家の長男だった。
 しかし、ある時判明する。彼が、あまりにも強き「空間使い」の力を有していることが。
 その力を使えば空間を裂いて剣で遠方攻撃をすることができるし、場所さえわかれば、遠方にあるものを「空間を裂いて」取り出すことだってできる。「空間を引きよせて」瞬間移動だって思いのままだ。
 その、あまりにも圧倒的な力を家族は恐れ、彼を「鬼子」と呼んで一時は牢に監禁し、最終的に家から放り出した。
 かくして彼は、独りになる。


  ♪


 誰も振り向いてはくれなかった。誰も彼を愛してくれなかった。そんな日々が続くうち、いつしか彼は忘れてしまった。

 ——愛って、絆って、友情って、何?

 力を現す前はあった、幼い日々には確実にあった、温かいそれらを。
 いつの日か彼は忘れていった。冷えた心に残ったのは。

 ——オレより強い奴は、一体どこにいるんだ——?

 飽く事なき、漆黒の闘争心のみ。
 彼は心の空白を埋めるために強い者を求め、ことごとくそれらをほふっていった。
 それでも、彼の心の空白が埋まることはついぞなかった。空間使いの強さはあまりにも圧倒的で、誰も彼に敵わなかったから。
 彼より強い者がいないということは、すなわち彼と同じ所に立つ者がいないということ。誰も知らない。誰もわからない。そんな「無敵」の強さなんて。
 だから——孤独だった。
 彼は、自分と同じだけの強さを持つ者と、ついぞ出会うことはなかった。
 誰にもわかってもらえない強さを持ち、それゆえに孤独な彼、ハインリヒ・イーターゼンテル。
 いつしか人は、彼をこう呼ぶようになった。


 ——無敵インヴィンシブル、と——。


  ♪


 果てない闘争の毎日に、いつしか彼は、自分の名さえ忘れてしまった。
 覚えているのはあだ名のみ。無敵インヴィンシブルという、あだ名のみ。
 彼は機械のように、人形のように、壊れた歯車のように、ただ、戦い続けた。自分より強い者を求めて。心の渇きを癒すため。
 戦っても戦っても、心の空白が埋まるわけがないのに——。
 そんな彼に目をつけたのは、人を愛する奇妙な神、闇神ヴァイルハイネン。
 心を持たぬ「無敵」を知り、面白そうだと舞い降りた。
 それが、彼の再生の始まり。
 その日、無敵は初めて、敗北を知った。
 相手は最強の神の一人である。人間最強といえども、敵うわけがなかった。


  ♪

 
 「無敵」と闇の神はかくして出逢い、長い長い旅の途中、彼はいつしか、名前を取り戻していた。
 Vailheinen(ヴァイルハイネン)Heinerich(ハインリヒ)。Heinの所が同じだ、と気付き、つながりを感じた。
 双方とも、愛称は「ハイン」。不思議な符合だった。

 闇の神は彼に教える。人の世の愛、絆、友情を。
 しかしそれでも、彼の欠落した何かが、戻ることはなかった——。


  ♪


 やがて、ハインリヒ・イーターゼンテルは、争いの中、命を落とす。
 さんざん嫌った故郷の家族を、暗殺者の凶刃から守るため。
 自らその身を犠牲にして、守りきって死んだ。
 一対一なら誰にも負けない彼だったけれど、守るものができたとき。初めて彼は弱くなる。
 ああ、これが守るということか。その言葉を遺言に、彼は逝った。
 ヴァイルハイネンは悲しまない。人が死ぬのはよくあることだから。彼はこれまで、たくさんの「相棒」の死を看取ってきたから。
 ——悲しくない、はずなのに。
 知らず、頬を流れた涙の意味を、人ならぬ彼は知らない——。
 彼が守りきった家族は皆、驚いたような顔をしていた。
 彼の母親が、つぶやいた。
「ああ、この子は鬼子ではなかった! もっと……もっと、愛を注げばよかったのに……!」
 こうして、彼の第一の生は終わる。


  ♪


 それから三百年。なぜか「前世」の記憶を持ったまま、彼はこの世に生まれ変わった。
 空間使いの力は健在だったが、彼の二度目の生は、名もなき孤児だった。
 生まれたときから誰もいなくて。自分の名前すらわからなくて。
 ——でも、記憶があった。
 だから彼は、前世の名、「ハインリヒ」を名乗ることにした。ただし、「イーターゼンテル」という名字は名乗らない。それを名乗れたのは前世の時のみだ。
 今はもう——貴族ではないから。
 もう、彼の傍には闇の神はいない。何もやることがなく、あてどなく各地をさ迷っていた彼を、

「——よかったら、ウチに来ないかィ?」 

 誘ってくれた大きな背中を、忘れない。
 アミーラに出会い、そして、セラン特殊部隊に引き取られた。
 部隊での生活は、これまで彼が経験したことのないもので、どこか新鮮で——楽しかった。
 温かい仲間たちに恵まれて、大切にしてくれる人がいて。
 いつしか彼は、失った心を次第に、取り戻していった。

 ——これが、愛。これが、絆。これが、友情。

 そんなものに気づかせてくれた部隊を守りたいと思い、「任務」が受注されるたびに他の仲間に代わって、自らそれを積極的に受けに行った。
 幸せな日々の中、「人形」はいつしか「人間」になる——。


  ♪♪♪


「……と、思っていたのだがな」
 と、彼は話を締めくくった。
「利に聡い、冷酷、情がない……。あれは、あの時代の置き土産だ。オレはまだ……変われていないのか」
 固く閉じた目に浮かぶのは、「人形」だった虚ろな自分。
「……命に序列なんてない。あんなことを言って……悪かった」
「……もういい」
 ハインリヒの謝罪を、無表情で退けるスーヴァル。
「……でも、そんな事情があるならもっと早めに言ってほしかったね。まるで、僕ら信用されてないみたいだ。少し悲しい」
「…………」
「まァ、いいじゃないのサ!」
 辛気臭い空気を追い払うかのように、アミーラが大きく手を叩いて言った。
「せっかく二人が命捨てて稼いでくれた時間さ。あたしたちが生き延びるため、次に何をするべきか考えようじゃぁないのさ!」
 その言葉に、皆、目が覚めたかのように瞬きする。
 ハインリヒは、空を見上げていた。
 ——見ているか、もう一人の「ハイン」——。
 今、あんたはどこにいる——?

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ハインリヒの過去編をお送りします。藍蓮です。

 長いのは仕方がないのです。この話、途中で切ってもおかしいですしね。
 明かされた空間使いの過去。「無敵(インヴィンシブル)」と呼ばれ、本当の名前すら忘れ果てたある貴族の長男。
 いずれ、彼の前世の話も書いてみたいですねぇ。

 穏やかに終わった第二話。
 しかし、第三話では——?

 次の話に、請うご期待!

夜明けの演者 3-2-3 命の重さ ( No.25 )
日時: 2017/09/06 20:39
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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 3 命の重さ


  ♪


  油断していた、ただそれだけだったのに。
  ドウシテコンナコトニナッタノダロウ。




 ヴィラヌスと別れてから三日。とある森に避難した特殊部隊の面々は、久しぶりに、まとまった休憩を取っていた。

 アミーラはトレードマークである大剣を地面に置いて、木に寄りかかって座っていた。
 シフォンは穏やかに微笑みながら、木に留まる鳥を眺めていた。
 フルージアは近くを流れる小川に足を浸し、マキナと色々と話していた。
 時雨もリクセスもアイオンもクィリも。久々の休憩に、思い思いに時を過ごしていた。
 だから、初めにそれに気づいたのは、昔からの習慣で、どんな時も警戒を怠らないハインリヒだった。


「! ————アミーラっ!!」


 突如叫んだ彼は、アミーラの前にその身を投げ出した。


「——え——……?」


 赤い、赤い、血飛沫が飛ぶ。それは、アミーラの顔に、もろにかかった。


 誰かが大慌てで逃げだす足音。そして。


 ハインリヒが、「無敵」だった空間使いが。


 ドシャリ、と鈍い音を立て。





 倒れた——。





 地面に、彼の流した血の赤が散る。


「————ハインリヒっ!」


 アミーラは慌てて彼を抱き起こす。


 そして、見た。





 その胸の真ん中に、鋭いナイフが刺さっているのを——。





「ハインリヒっ!」


 変事に気づいた他の面々が、こぞってアミーラに近づく。
 その傷は、一目で致命傷と見て取れた。シフォンが治すまでも無い——。

「な、なな、何が——」
「……落ち着け……アミーラ」

 らしくもなく慌てる彼女に、彼は掠れた声で呼びかけた。

「……あんたを狙う刺客がいた……。それに気づいたのはオレだけだった……。空間を裂こうにも時間がなく、だからオレは、身を呈してあんたを守った……そういうことだ」

 ハインリヒしか気づかなかった。ハインリヒしか気付けなかった。
 そこまでも、特殊部隊を狙う悪意は強いのか。
 彼は、さらに言う。





「『序列』で言うなら……あんたより、オレの方が先に死ぬべきだぜ……?」





 一対一では他の追随を許さない強さ。ゆえに彼は「無敵インヴィンシブル」の名を授かった。

 しかし、彼は。守るものを得たとき、弱くなる。
 彼は、知った。前の生で。誰かが犠牲になることで続く、命の輪廻を。
 そして、前の生で、彼はそれを実行した。

 今。現在。彼は再び、前世での死に様を再現している——。

「お前…………」

 目に驚きを浮かべ、スーヴァルがつぶやいた。
 ハインリヒは大きく咳き込んだ。その手についたのは——血。
 こんな致命傷を負って、ここまで生きていられること自体、奇跡のようなものだった。
「嫌だ……」
 フルージアは大きく首を振り、叫んだ。

「失いたくない……せっかくつかんだ幸せなのにっ! どうして……どうしてみんな、死んじゃうの……? 嫌だよ、もう、こんなのは嫌っ!」

 すると。





「……ハインリヒさんは、ずるいですっ!」





 今まで何も言わずに、その様を見ていた少女が、叫んだ。

「……シフォン——?」





「わたし、ずっとずっと、ハインリヒさんのことが好きでしたっ! なのに、このまま逝くなんて絶対に許せないですよ。しかも、こんなに格好良く死んじゃって! 私、恨みますよう。戦争が終わったら言うつもりだったけれど、今、言っちゃいました。もう一回言いますね。
 わたし……ハインリヒさんのことが好きでしたっ!」





 告げられたのは、一つの告白。

「…………」

 シフォンは、ふと、悲しげな表情をした。

「でも……わたしなら、命の魔導士たるわたしなら、ハインリヒさんを助けられるんです。相手が死んでいない限り、どんな傷だって治せる。だけど、相手が致命傷を負っている場合、代償が要るんです……」

 シフォンは、震えていた。覚悟を決めた瞳の奥に宿る、本能的な恐怖。
 シフォンは。恐れている。その術を行使することを。

 ハインリヒが再び咳き込んだ。時間がない。彼はもうすぐ死んでしまう! 今やその目は閉じられ、呼吸するのさえ苦しそうだ。


 ……シフォンは、覚悟を決めたようだった。





「……皆さん、今までありがとうございました。色々と楽しかったです。わたし、みんなに出会えてよかったなって、心から思ってますっ!」





 その言葉は、死ぬ前のひとこと。


「何をするつもり——」





「——邪魔しないでくださいっ!」





 悲鳴のようにシフォンは叫んだ。そして、瀕死のハインリヒに近づいていく。

「ハインリヒさん? 聞こえますか? これから、胸に刺さったナイフを抜きますよう。返しはついてないみたいだから、一瞬だけ我慢してください。それじゃあ……それっ!」

 ナイフが抜かれ、血飛沫が飛ぶ。ハインリヒはうめき声一つ上げなかった。すでにその力さえない。
 シフォンは座り込んで、ハインリヒの傷口に手をあてた。
 最後に、今にも泣きだしそうな笑顔で、皆を見た。

「ハインリヒさんの『序列』で言うなら、ハインリヒさんよりも先に、わたしが死ぬべきなんです。そしてね、致命傷すら癒すこの魔法は、一生に一回しか使えない……。なぜなら、その代償というのが、
 









 ————術者の命だからです」










「————っ!」


 驚愕に包まれる仲間を背に、シフォンは術を唱え始める。
 知らず、フルージアは叫んでいた。

「駄目、駄目よ、シフォンっ! そんなことしたら、あなたが死ぬわっ!」
「死んでもいいから行う術ですっ! 生物としてのわたしは死にますが、こうすればわたしが生きることになるっ! わたしは死にませんよう。だって……思い出はそう簡単には消えないんです。みんなの心の中で、わたしは永遠に生き続けますっ!」

 そしてもう一点、と彼女は言う。

「今度話しかけてきたら、わたし、自殺しますから。……話しかけないでくださいね。いつまでたっても彼を救えません」
「…………っ」

 シフォンの凄みに、フルージアは黙るしかない。
 再びハインリヒの方を向いた彼女の口から、言葉が漏れ始める。それは、フルージアの知らない言葉だった。
 時間が経つほどにハインリヒの顔色は良くなっていったが、それとは対照的に、シフォンの姿は老いて行く——。


 ——それは、生命力を譲る魔法だった。


 人には「生命力」と呼ばれる力があり、それがなくなると人は死ぬ。怪我や病気や老いなどで生命力は失われるが、怪我や病気で失われた分ならば、時の経過や治療などで元に戻る。

 しかし、相手がどう見ても助からない場合は別。
 その場合、生命力を納める「器」が崩壊したと言っても過言ではない。
 そしてそうなった場合、人はほとんどの場合助からない。

 その数少ない例外が、生命力の譲渡。

 その力を持つ術者が己の生命力をすべて与えて、「器」の破損個所を完璧に直すというもの。
 しかし、それを行うには、術者が死ななくてはならない。そうでもしなければ「器」は直らない。
 さらに、相手にわずかなりとも生命力が残っていなければ、そもそもこれは、術として機能しない。「器」を満たすものなくては、「器」の意味がないからだ。
 ハインリヒはギリギリ間に合った。流れだしていった生命力。しかし、それは彼のすべてではなかったから。

 だから、直す。直せるうちに。彼の生命力が、涸れ果てる前に。
 己の命を犠牲にし、シフォンは無言で問いかける。





 ——命とは、命の重さとは。一体、何なのでしょう——?



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夜明けの演者 3-2-4 あの子の墓標 ( No.26 )
日時: 2017/09/08 21:30
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 他の作品は更新しなくても、こちらだけは毎日更新する藍蓮です。
 どっちがメインだ……。

 計算ミスで1000文字未満。
 すみません、短いです。

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 4 あの子の墓標


  ♪


 『さようなら』。


 口の動きだけでそう言ったシフォン。

 その身体はもはや少女ではなく、醜く老いさらばえた老婆のものだった。


 それが代償。それが重荷。死に近き者を蘇らせた、禁忌を起こした者への罰。


 それは、あまりにも残酷で。あの、内気な少女シフォンは見る影もない——。


 しかし。

「…………っ」

 死んだと思われていたハインリヒの瞼が、生きている証に震えたのを見て。
 その目が開かれ、漆黒の、澄んだ瞳が再び姿を現すのを見て。


 彼が、生きているのを見て。


「…………ハインリヒ」


 彼女のしたことは、確実に一人の命を救ったのだと、実感した。
「……聞こえていた。何もかも全部」
 その声はまだ苦しそうで、呼吸するのにも難儀しているようだった。
 当たり前だ。限界まで減った生命力は、そう簡単には戻らない。
 それでも、彼には伝えたいことがあった。
「……生きているのが……夢の……ようだ。済まないことをした……」
 その顔が苦しそうに歪んでいるのは、何も、身体的な苦しみばかりではない。
「……オレ……は……」

「もういい」

 彼の言葉を遮ったのは、スーヴァル。
「懺悔はいい。折角助かった命なんだ、ゆっくり養生したら? 必要なものは僕らが用意する」
「……済まない」
「別に。あんたが好きで言ったわけじゃない。けど……」
「……けど?」
 スーヴァルは、ちょっとはにかむように笑った。

「あんたの行動には、感謝している。あんたが割り込んでくれなきゃ、きっとアミーラは即死だった」

「そりゃどうも」
 オレは疲れたから、とハインリヒは皆に言い、そのまま眠りについた。
 シフォンの譲った命の灯は。まだ勢いは弱いものの、こうして受け継がれた。


  ♪


 その後、皆によって、一つの墓標が立てられた。



 セラン特殊部隊(不可視の軍団(インヴィシブル・アーミー)メンバー

 シフォン ここに眠る

 誇り高き、白銀の命の魔導士よ。気高きその血は受け継がれた。
 安らかに眠り、永遠に生きよ。
 たとえ生命は消え果てても、命は久遠に続くもの。


  ♪


 ヴィラヌス、シフォン。命の犠牲で続いた輪廻を。


「序列」なんかじゃなくて、想いによって受け継がれた命を。


 忘れない。何があっても。


 この犠牲を。この想いを。


 絶対に忘れない。


  ♪


〈二章 了〉

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