ダーク・ファンタジー小説

夜明けの演者 3-4-1 欠け逝く仲間たち ( No.28 )
日時: 2017/10/02 17:24
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 終盤に向かって一気に駆け足。
 次は一体誰が死ぬのか——。

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〈四章 燃える生き様〉


 1 欠け逝く仲間たち

  
  ♪


 ——アルジェンティ王子、討ち死に——。

 そんな報が届いたのは、シフォンが死んで三日後のこと。
 以降、国をめぐる情勢は変わったが、特殊部隊は相変わらず、日蔭者だった。
 どこに行っても、特殊部隊員であることがわかったら白い目で見られたし、ひどい言葉もたくさん言われた。

 ——わたしたちはただ、幸せに暮らしたかっただけなのに、

 どうしてだろう、どうしてこんな。残酷な運命の中に叩き落とされるのか。
 欠けていった仲間たちを、フルージアは想った。


  ♪


 次に死んだのはアイオンだった。まだ幼い女の子。スーヴァルの拾ってきた、小さい死神。
 大きな魔法を放った直後で無防備だったスーヴァル。彼を狙った刃に自らの身を差し出して。

「スーヴァルはアイオンのともしびなの。だから、しんじゃだめなんだよ」

 彼のために犠牲になって、幼い命を炎と散らした。


  ♪


 次に死んだのはソールディン。沢山の敵に囲まれた中を。
 たった一人で飛び出して、自らみんなの囮になって。
 大切な仲間を。大好きな仲間を。守り、逃がしきって、死んだ。

「……駆け続けよ、蒼き狼」

 その死に様を見て。弔うように、クィリがつぶやいた。


  ♪


 その次に死んだのは、時雨。自らの命と引き換えに、一個分隊を壊滅させて死んでいった。以前、彼が言っていた「操速師」の力を応用して。自らの身体を限界まで加速し、生ける弾丸となって敵陣に突っ込み、そこで全魔力を開放して——死んだ。





「一世一代の大舞台だ! 雨の名を持つ僕は今宵、地を潤す雨のひとしずくとなって——

 ——果てるッ!」





 その、あまりにも見事な死に様には。










「——これが、僕の正義だ、フルージアッ!」









 
 涙を流すことすらも、失礼なように思われた。


  ♪


 その次に死んだのは、アミーラ。
 フルージアは、思い出す。

「オレと戦って勝ったら、傭兵団はあんたらを見逃す。負けても見逃してやるが、戦闘を拒否した場合には戦いは避けられない」

 アルドフェックの傭兵団の長、デュアラン・ディクストリが、アミーラにそんな条件を持ちかけてきた。それを聞いて、アミーラは笑った。

「大した戦闘狂なこって。……ま、拒否するわけにはいかないさね。いいさ、受けてやるよ。……真剣勝負で、いいのかい?」
「上からの命令でね。……死ぬまで戦えと」
「了解した」

 言って、アミーラは皆を下がらせた。フルージアは止めた。止めたけれど。

「黙ってな。これは戦士の戦いなのさ。戦士以外が、口を出すものじゃない」

 そして戦士であるクィリもハインリヒも、アミーラを止めなかった。フルージアは己の甘さを再確認した。
 傭兵デュアラン・ディクストリは左目が見えない。そこに大きな傷があるのか、顔の左半分を、常に赤いバンダナで隠していた。それでもその動作に、不自由さは微塵として感じられなかった。
 始まった決闘。その序盤こそアミーラは彼の左側を狙って斬撃を叩き込んでいたが、それが無駄だと知り、そこばかり狙うのは諦めた。
 アミーラは強い。フルージアの知る限り、最強の戦士の一人だと思う。扱っているのは身の丈ほどもある大剣なのに、まるで重さを感じさせないほど軽々と操る。そんなことをするには並外れた力と技量がいる。
 今まではそんな彼女を倒せた者はいなかった。誰もが大剣使いゆえにのろいと侮り、アミーラほどの技量も無いがために次々と倒されていった。
 しかしデュアラン・ディクストリは、これまでの相手とは格が違った。
 その動作はあまりにも俊敏かつ、細い見た目からは想像もつかないような重い斬撃を、彼は次々と放っていった。

 これまでの相手ならアミーラは勝てた。しかし、力も技量も同じ相手なら?

 あとは武器がものを言う。
 アミーラの武器は大剣。威力を重視した大振りの武器。
 対するデュアランの武器は片手剣。素早さを重視した、小回りの利く武器。
 同じ力と、同じ技量と。そんなものを持つ者同士がそういった武器で戦った場合、軍配が上がるのは普通、





 ——片手剣の、方だ。




「——アミーラぁぁぁぁあああああ————ッッッ!」


 ドシャリ。地に倒れ伏したのは、アミーラ。
 素早さに欠ける彼女は、いくら頑張ったって、素早さ重視のデュアランには勝てない。武器が違う。
 対するデュアランだって、無傷というわけではなかったけれど。


「……見事だった」


 荒い息をつきながらも、剣を払って鞘におさめた。

「約束は……守る。アミーラ・シーレ……。覚えておくぜ」

 言って、立ち去ろうとする背中を。


「————デュアラン・ディクストリッ!」


 もう、動けないはずなのに。
 地から半ば起き上がり、アミーラは渾身の叫びをその背中に放った。


「覚えて——覚えて……おきなッ!」


 血を吐くような、魂の叫びを。










「——これがあたしの生き様だッッッ!」










 フルージアは、忘れない。隊長として皆を守り、精一杯生きて散った、あの大きな赤い背中を。その生のすべてのこめられた、あの魂の叫びを。
 こうしてまた、一人が欠けて。

 残るはたったの七人となった。


  ♪


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夜明けの演者 3-4-2 彼岸を見た瞳 ( No.29 )
日時: 2017/09/10 18:10
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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 2 彼岸を見た瞳


  ♪


 どんなに仲が良くたって、いつかは、死ぬんだ、ね。
 アミーラを失ったばっかりなのに。こんなこと、耐えられない。
 フルージアは涙を流した。


 ——ねぇ、お願い。戻ってきてよ——。


  ♪


「——っ!」
「マキナ!」

 アミーラが死んだ、あと。マキナがぴょんととび跳ねた。

「痛ったぁい……。やだこれ、矢?」

 その肩には、一本の矢が。今や治療担当のシフォンはいない。代わりに、医学の心得があるらしいリクセスと、スーヴァルが傷を看た。
 矢は肩の肉に深々と食い込んでいて、肉を裂かなければ取り出せない。

「痛いよぉ、痛いよぉ……。……あたい、もしかして死ぬの? 嫌だ嫌だ嫌だ!」

 経験したことのない激痛が、彼女に恐怖を呼び起こさせた。
 リクセスは、大丈夫さ、と笑う。

「矢が刺さっただけさ。痛いのは承知だけど、抜けば何とか……な…… ——……」

 その笑顔が、凍りつく。フルージアは嫌な予感がした。

「どうしたの、リクセスっ!」
「……無理だ」

 その顔には、絶望。

「スーヴァル、見てみて。君ならわかるだろう? ……これは、ただの矢じゃないんだ」

 その傷を覗き込んだスーヴァルも、絶句した。
 そして、フルージアは見た。


 赤黒く変色し、ものすごい勢いで腐りつつある傷口を——。


「……安楽死させるしかない」

 唇を噛んで。リクセスが絞り出すように言った。

「このままじゃ、苦しいだけだ。……言いたいことは、わかるな?」

 フルージアは、頷いた。泣きながら、頷いた。
 リクセスは全てを諦めたような顔で、静かに首を振った。

「君は見ない方がいい。……苦しむのは、僕だけで。十分なんだから」
「リクセス……」
「僕の近くには寄らないでね。そうしたら、君は一生後悔することになる」


  ♪


 その日、マキナも死んだ。流れ矢に当たって、その毒にやられて。


 ——リクセスが、安楽死させた。


 大切な友達だった。一番の親友だった。——なのに。

「——どうして……どうしてみんな、消えちゃうの……?」

 今や、あの子はもういない。無邪気で明るくて騒がしい、千里眼だけが取り柄のあの子は。楽しいムードメーカーは。
 失うたびに傷付いた心。滂沱と溢れた熱い涙。

 失うたびに、彼女は思う。


 ——どうして、消えていっちゃうの?


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夜明けの演者 3-4-3 壊れた仮面 ( No.30 )
日時: 2017/09/11 13:48
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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 3 壊れた仮面


  ♪

 
 
 失うのが怖くて、死ぬのが怖くて、ずっとずっと泣いていた。
 でも、そのたびに、仮面のクィリが慰めてくれた。
 無口で不愛想で不器用で。でも、とっても優しくって。

 心から笑うことがなかった彼が、初めて心から笑った日。
 死神の手が、彼に伸びた。


  ♪


 ヴィラヌスもシフォンもアイオンも時雨も死に、アミーラもマキナも死んで、残るメンバーはフルージア、スーヴァル、クィリ、ハインリヒ、リクセスの五人だけ。十一人いたメンバーは今や、半分もいない。

 その日、クィリは言ったんだ。

「全て終わったら、部隊を解散しようと思う」

 隊長亡き今、副隊長から隊長に昇格したクィリ。解散権限も彼にある。

「……我々は、失いすぎたのだ。ここしか帰る場所がないという者もいようが、たった五人では『部隊』にならん。だから……戦いが終わったら、特殊部隊は、不可視の軍団、インヴィシブル・アーミーは——この世からなくなる」

 その言葉は悲しかった。フルージアが今までここで積み重ねてきたすべてが、一瞬で崩壊するような気がした。おかしいんだ、こんなことになるなんて。わたしは居場所を探していただけなのに……その居場所も、たった半年でなくなるのか。「解散」という言葉が、重く響いた。
 それを見て、誤解だ、とクィリは首を振る。

「なにも解散したからって、二度と会えなくなるわけでもなかろう? 新しい場所で新しい日々を築き、生活が安定したら、また旧友と再会すればいいのだ。しかし、そのためには……アミーラも言ったことだが、まず、生き延びろ」

「また……会える」

 部隊が解散したら劇団に戻ろう。大丈夫、今なら力を完全に制御できるから。
 と、そこまで思って、フルージアははっとした。


 ——居場所が、ある。


 あのときはここしかなかった。でも、今なら。
 フルージアは、にっこりと笑った。

「いいわ、クィリ。また会いましょう。その時はわたし、劇団の花形スターになってやるんだから! 絶対に見に来てねっ!」

 と、悪戯っぽい声が割り込んだ。

「なら、僕もそこに入ってみようかなァ?」
「リクセス? だーめ! リクセスには帰る場所があるんでしょ。そう言ってたじゃない。リクセスはいい俳優になるかもだけど、まずは帰ってからだよっ!」
「冗談、じょーだん」
「もうっ!」

 束の間、流れる穏やかな時間。もう、ムードメーカーのマキナはいないけど、代わりにわたしが空気を明るくするんだ。明るい方が、いいじゃない?

 すると。


「アハ、アハハハハハッ!」


 場違いな、笑い声が、した。


「——クィリ……?」


 見ると、仮面を外して。あまり笑わなかった彼が、大笑いしているのだった。

「だ、大丈夫? 何か悪いものでも食べた?」
「そうじゃない」

 仮面を外した彼の声は、驚くほど透き通っていた。

「いや、嬉しくて、楽しくてね。この戦乱の世にあっても、こうやって未来を語り合えることが。……解散しても、明るい未来があるって素敵だろう? 生きてるって、幸せだよね」

 心なしか、口調まで変わっている。

「あ、あの……?」
「だから、もう一度、言うよ」

 いつしか見た、クィリの素顔。金髪青眼の、驚くほどの美青年。
 生きていることの喜びと輝きを、精一杯瞳に宿して。
 人形のように整った唇が、鈴が鳴るように綺麗な音を紡ぐ。





「その未来をつかむため、生き延びるんだ」





「——はいっ!」

 私たちを守るため、散っていった仲間たち。その死を決して、無駄にしないためにも。受け継いだ命を、守り抜いて——!
「……生き延びるから」

 その紫水晶アメシストの瞳は、まだ見ぬ夜明けを見ていた。


  ♪


 失い、喪い、うしない続けて。逃げていった旅の果て。
 夜明けを信じたクィリも死んだ。あんなに「生きろ」と言っていたのに。
 生きる喜びを、感じたんじゃなかったの? そんな所で死んでいいの?
 現れた残党狩り。すべて倒して彼は倒れた。
 トレードマークだった仮面は、斬撃を受け、真っ二つになっていた。

「生きろ……我が仲間たちよ」

 致命傷を受けながらも全員を守り切り、まだ喋ろうとしたクィリ。

「全員で夜明けを見られるなんて、端から信じてはいない……。我は満足だぞ、フルージア、スーヴァル、ハインリヒ、リクセス。もう、そなたらならば、我がいなくともやっていけるだろう……?」

 涙は、流れなかった。凍りついた心に、さらに霜が降りただけ。

「わたしじゃ……わたしの力じゃ……誰も、守れない……?」

 力を使うには時間が要って。しかし戦場には、そんな時間すらなくて。何もできずに噛みしめた無力感と絶望。死に逝く仲間を守れなかった。
 今回だって、自分が力を使えばクィリは死ななかったかもしれないのに——。





「……泣いてもいいが……絶望はするなよ」





 その言葉に、顔を上げる。瀕死のクィリが、強い瞳で彼女を見ていた。

「守れてないなんて……それはない。そなたは守れているさ……誰かを……我々の知らない所でも、な……。そんなことで……くよくよするな」
「…………クィリ」

 その息が、荒くか細くなっていく。命の灯が——消えていく。





「死んじゃだめえぇッ!」
「——甘えるなッ!」





 青い瞳に炎が宿る。

「我は死ぬ! 死ぬんだ! この運命は変えられぬ! いい加減受け入れろ、フルージアッ!」

 もう呼吸すらあやふやなのに、一体どこに、そんな息が残っていたのだろう。
 燃える青い魂が、渾身の叫びを放った。

「我は幸せだった! 特殊部隊の副隊長として過ごし、そなたらに出会えて! それで十分だ! ここで燃え尽きても、我の人生に一片の悔いなし! この出会いに感謝している! だから、今、最後に、言うぞ——ッ!」

 散り際の一言に、己の生の全てを乗せて!










「生き延びろ! 生き延びて——その目で夜明けを見届けろっ!」










 ——そして。


 そして、彼は。


 クィリ・ロウは。


 絶息した。息絶えた。


 カランと音を立てて仮面が転がる。


 それが、彼の生き様だった。



〈三章 了〉

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