ダーク・ファンタジー小説
- 夜明けの演者 3-5-1 信頼と約束 ( No.31 )
- 日時: 2017/09/11 21:31
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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〈三章 爆発の太陽〉
1 信頼と約束
♪
クィリという司令塔を失ってから三日。
今度は誰も死んでいないが、一人が行動不能となった。
最強の空間使いハインリヒ。誰かを守れば弱くなるハイン。
己の魔法を根本から破壊され、体を紅蓮の炎に焼かれ。
救いだしたはいいものの、彼は昏睡したまま目を覚まさない——。
「信頼できる人に託すしかない。動けない人がここにいても……。自分の身を守るのが精いっぱいな僕らは、彼まで守れる余裕はないよ」
すべて諦めた顔で、スーヴァルが言った。でも、こんなところに、信頼できる人なんて——?
いるわけがない、と、思っていたのに——。
「! 嘘……嘘、だよね……? こんな所に、何でフルージアがいるのよ……」
劇団時代、何回も聞いた声。負けないからねと強気に言った、ウォルシュの娘。フルージアのライバル。
「ルー! 何であなたが……!」
「……フルージア! ってことは、これ、あたしの見た幻じゃないの? ホントにホントにフルージアなのっ? 捜してたの! 心配したんだからぁ!」
「……ルーシュ」
話したいことはたくさんある。けれど、今は時間がない。
フルージアは、部隊の仲間を見た。
「……信頼できる人、見つけたわ」
彼女なら。アスフィラル劇団なら! 眠り続ける大切な仲間を託せる。そう、確信した。
「彼女はルーシュ・アスフィラル。劇団時代の大親友で、彼女の父は劇団長。ルーはともかく、父のウォルシュはとても信頼できる人だから……大丈夫よ」
「……信じていいの?」
ルーシュを値踏みするように、スーヴァルは睨んでいる。
「ハインは大切な仲間だ。その人、絶対に信頼できるんだね? でなきゃ、僕は、任せない」
失うことへの恐怖から、慎重にならざるを得ないスーヴァル。失うことを誰よりも恐れた彼はしかし、多くのものを失った。怯えて当然だ。でもね——。
「大丈夫、彼女達なら絶対に! ハインを守ってくれるわ。……信じてくれる?」
「君がそう言うのなら」
「横に同じだね」
スーヴァルもリクセスも、頷いた。
そして、フルージアは前を見る。まだ混乱している様子の、ルーシュの方を。
「フルージア! あたしを置き去りにして話さないでよ! その人たちは誰?」
彼女の瞳はどこまでも無垢で、美しかった。戦場を知らない目。
フルージアはそれを懐かしく思いつつ、口を開く。
「時間がないの。戦乱が終わったら全て話すから。お願いがあるの」
「折角会えたのに、すぐ行っちゃうわけ? それはないよね、フルージア!」
「話を聞いて」
「!」
いつもと違う真剣な口調。ルーシュは言葉を呑み込んだ。
「今、私たちの仲間が大怪我をして、昏睡してるの。でもね、私たちには彼を連れていくことができない。生きていくだけで精一杯で、大切な人を守れるほどの余裕はないの」
だからお願い、と真摯な口調で訴えかける。
「彼を、目が覚めるまで劇団に置いてやって。大切な仲間だから、あなたたちしか頼れないの。戦乱が終息したら迎えに行くから。……ルー、一言言っておくけど……。わたしはもう、前のわたしじゃないから」
言って、リクセスの方を見た。彼は、背負った仲間の身体を揺らして見せた。華奢なリクセスに人を背負わせるなんて普通はしないけど、武闘派の人はみんな死んだ。スーヴァルやフルージアよりはまだリクセスの体力は上なので、彼に背負わせてはいるが……。その顔には、疲れがにじんでいた。
「フルージアの旧友さん、僕は彼女の仲間のリクセス。背負っているのが問題のハインリヒさ。フルージアも言ったけど、僕らには時間も余裕も無いんだ。引き受けてくれないと困るのさ」
スーヴァルも、友のために進み出る。
「同じく。無属性魔導士のスーヴァル。僕からも、お願いしたい」
見知らぬ人たち。信用できるの? と青い瞳が問いかけた。フルージアは大きくうなずいた。
仕方ないわね、とルーシュは溜め息をついた。
「いいわ、あたしが引き受ける。でも、戦乱が終わる前にこの人が目覚めて、あなたたちと合流したいって言ったって、あたしは知らないからね。あと——」
青い瞳に、真摯な願いが宿る。
「約束してよね、生きて帰ると。あたしは知らない。あなたたちがどういう状況にあるのか、なぜ逃げなければならないのか。でも、あたしはあなたが好きなんだ。好きな人には死んでほしくない。だから、約束。必ず生きて帰ってね」
「ルー……」
「その人、ここに置いといて。あたしが事情を説明して、劇団の皆に託すから。……言っとくけど、変わったのはあなただけじゃない。あたしも変わったわ、フルージア」
フルージアは、言葉が返せなかった。
「じゃあね、フリンジ。急いでるんでしょ、行かないの」
「ルー……」
「いくら敵が増えたって、あたしはあなたの味方だから」
言って、彼女は背を向けた。劇団の皆を呼びに行こうと、動き出す。
「待って!」
凛とした、毅い瞳が振り返る。
「……ありがとう、ルー」
「……当然じゃない」
今度は、振り返らなかった。ルーシュはいなくなった。
「……いい仲間をもっているんだね?」
リクセスが、微笑んだ。
「なら、彼女を大切にするんだよ。僕には……歓迎してくれる人はいるけど、帰る場所はないから、ね……」
一瞬、悲しげにゆれた瞳は、しかしすぐに元に戻る。
「じゃあ、行こうか」
次なる戦場へ。生き残るための闘争へ。
戦いに生きた彼らには、そうするしかなかったから。
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藍蓮です。
う〜ん。本当はハインリヒの場面をもっと書きたかったのですが。
内容が浮かばなかったのでこうなりました。
いずれ短編集を作りますので、キャラの知られざる過去などはそちらにて書きます。
次の話に、請うご期待!
- 夜明けの演者 3-5-2 英雄は死んだ ( No.32 )
- 日時: 2017/09/12 09:46
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
あとはエピローグを残すのみ!
約一か月の連載でしたが、長かった……!
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2 英雄は死んだ
♪
囲まれていた。またも、またしても。
知らぬ間に。気づかぬうちに。疲労でかすむ視界の端、見えた剣の反射光。
ヴィラヌスが死んだ日のことが脳裏に蘇る。
あの日、彼は皆の犠牲になって、死んだ。
そして、感じた既視感は、現実となった。
♪
「……仕方ないね」
じゃらんじゃらん。金メッキの知恵の輪を弄びながらも、リクセスは言った。
「あのさ、王都に、ヴィクトールって人がいるんだ。僕の兄さんで、騎士団長やってる。その人に、伝えてくれないかな」
その瞳は、シェルフの、シェルマの瞳だった。ヴィラヌスの瞳だった。シフォンの瞳だった。時雨の、アイオンの瞳だった。アミーラの瞳だった。
——死の覚悟を決めた、決意の瞳だった。
「リク……セス……?」
「——リクセス・オルヴェインは、友のためにその命を燃やし尽くした、とね」
「————!」
「……なぜ、あんたが」
スーヴァルの冷静な問いに、彼は朗らかに答えた。
「フルージアはまず、駄目。劇の役程度で何とかなるような数じゃない。スーヴァルも駄目。無属性魔法なんて役に立たない。なら、僕は? 僕ならこの状況をなんとかできる? そう、できるのさ。臨機応変、千変万化、魔法素(マナ)を自由自在に組める、『組師』の僕ならね!」
言って、彼は首から、トレードマークの知恵の輪を外した。
使い古されたそれは、ところどころメッキがはがれ、黒ずんできていた。
「でもね、本番にこれは要らないんだ。……受け取って、フルージア」
「リクセス……」
「説得しようったって無駄だから。僕しかこの状況を打破できる人がいないなら、僕がやるしかないんだ。……その身を自爆させたって、ね」
「! じば……く……?」
代わりに彼が取りだしたのは、カラフルな立方体。
「これはルービックキューブという、パズルの一種さ。これを使う。こっちの方が、大掛かりな魔法に向いているんでね。かさばって邪魔っちゃ邪魔だけど」
リクセスは、ぽつりとつぶやいた。
「本当はこの魔法、自爆用じゃないんだけどね……。でも、式をちょこっといじくれば、そうなれる。……死にたく、なかったよ。でも、仕方がないじゃないか! このままじゃ僕ら全滅だ。誰かが……死ななきゃ……!」
いつも飄々としていた彼は、怯えていた。死ぬことに。死への恐怖に。
——どうしてもそれを選択しなければならないという、運命の非情さに。
しかし、どんなに怖くても、立たなければならない時がある。戦わなければならない時があるから。——それが、自分であるというだけで。
「……未来を、託すよ。フルージア、スーヴァル」
リクセスはやがて、覚悟を決めたように、顔を上げて、前を見据えた。アルドフェックの残党達が、こちらを睨んでいた。
カシャカシャカシャカシャン! 高速で組み合わされるルービックキューブ。
「リクセス——!」
「天空の翼ッッッ!!」
その瞬間、リクセスの背から翼が生えた。輝ける純白の、あまりにも美しい。
かつて、その魔法は補助魔法にすぎなかったけれど、今は、違う。
リクセスは最高の笑顔を見せ、その翼で、敵陣の真上まで飛んでいった。
誰もが、神と見まごうばかりのその姿を、放心して見ていた。
しかし、彼は神でもなければ、天使でもなかった。強いて言うなら——悪魔。
カシャカシャカシャカシャン! 上空で再び組み合わされた立方体。
「大好きだったよ、フルージア、スーヴァル。……さよならだ。夜明けの果てで、また会おう。僕は——幸せだったよ! だからっ!」
彼の周囲に、素人でも分かるくらいの莫大な魔法素の流れが生まれる。
炎の赤に、命の緑。リクセス一世一代の、命を代償にした魔法が放たれる——!
「——爆発の太陽ッッッッッ!!!」
爆発。限界まで集められた魔法素が、彼の全ての魔力とともに解き放たれる。
爆ぜる。人智を超えたエネルギーが、酸素という酸素に引火して惨劇を生む。
燃え盛る。さながら地獄の炎のように。彼の人生が燃えている。
燃え尽きず。立ち上った火柱は、どこまでも赤い色をしていた。
燃やし尽くし。その命を、あまりにも鮮やかに燃やし尽くし、彼は逝った。
「……リクセ……ス……」
彼らを追っていた敵は、全滅していた。
炎の中に、翼の天使の姿は、ない。
自爆、と彼は言っていた。ならばおそらく、もう彼はいない。
自分の命と引き換えに、守り切った仲間たち。
「見事すぎるわ……見事すぎる……よ……」
幻想的にさえ見える炎は、彼の命の色だった。
「だから……失いたく、なかったのに……」
渡された知恵の輪を、握りしめた。
英雄は、死んだ。
〈五章 了〉
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……はい、藍蓮です。
「夜明けの演者」も、あとはエピローグを残すのみとなりました。
出会い、別れ。悲しみを乗り越えながらも。成長していった少女の記録。
あとはラストスパートです。彼女の物語は、一体どのような結末を迎えるのか——。
その目で、お確かめ下さい。
……次の話に、請うご期待!