ダーク・ファンタジー小説
- 夜明けの演者 1-3-1 栄光の花形 ( No.4 )
- 日時: 2017/10/12 00:19
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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三章 力と未来
1 栄光の花形
♪
本当にその役が今この場に存在するかのような劇をするので、フルージアはアスフィラル劇団の花形スターとなった。その役のハマりっぷりは実に見事なもので、なんと、セランの王族すらもお忍びで見に来たほどらしい。
フルージアが来る前はルーシュが花形だったが、今やルーシュなど見向きもされず、フルージアの人気だけがうなぎ上りに上がっていく。
それに対してルーシュは、
「まだあなたに負けたってわけじゃないからね! あたしの方が古顔、あなたなんてすぐに抜かしてやるんだから! ヒロインも花形もあたしのものよ!」
などと対抗心を燃やしてはいたが、普段からそこまで仲が悪いというわけでもないので、純粋なライバルとして見ているだけだろう。きっと悪意はない。
またウォルシュは、
「君のおかげで大助かりだよ。本当にいい役者さんだなぁ!」
なんて、なんのてらいもなく、フルージアをひたすらに褒めていた。
ちなみに「才能」のことはまだ皆に明かしてはいない。余計なことは言わない方がいいのだ。この「才能」については、劇場の裏手で夜な夜な練習して磨きをかけてはいるが、声だけ聞くと「熱心な役者さんだなあ」くらいにしか思われないので好都合である。最近の悩みごとは、劇をやっている最中に、望みもしないのに勝手に「才能」が発現してしまうことだが、今のところはひどいアクシデントは起こっていない。何とかごまかせる範囲内で起こっているので、まあ、大丈夫だろう。
今日だって。
「空の支配者に、なるんだ!」
一歩踏み出したその背に幻影の翼を生やし、フルージア=フィレグニオは宙返りする。軽業は得意だ。観客席から歓声が上がる。
するとそれに応えて、ヴァイルハイネン=ジェルダが姿を現す。
「貴公の望み、他の者共とは違うようだな。其は何ゆえ空を望むか」
「空は美しいからだ! この戦乱の世にあってさえ! それを問う君は誰だ!」
対する彼は、カラスの翼のごとき衣装を翻して、朗々と名乗る。
「我が名は闇神ヴァイルハイネン! 闇神ゼクシオールの弟神。極夜司る闇夜のカラス、風の体現者、異界の渡し守なり! 今宵は興味の赴くまま地上にやってきたまでだ。人間よ、我に会いしことを幸運と思え!」
それにフィレグニオは疑念を示す。
「神様だからといって偉いわけではないさ! ならば願いを叶えてくれるか?」
「空を支配するだと? 戯言を! 空には空の神がいる! 人間如きが空の支配者になれるなどと、思い上がるのはやめることだな」
するとフィレグニオは歌い出すのだ。自分の空への強き思いを。
役は男だけれど、綺麗なソプラノの声が流れだす。
ああ、空よ! あなたはいつも美しく! けがれなく!
その目の下に戦はあれど、あなたはいつも、変わりなく!
広き空、青き空、時に曇れど醜くはならず!
あなたのもとを自由に舞いたい! あらゆるくびきから解き放たれて!
ああ、空よ! 美しき空よ!
あなたのもとに、永遠(とわ)の平穏あれ
そして劇はまだまだ続き、やがてヴァイルハイネンは、フィレグニオについて行くことになる。彼が真に空の支配者たるか、その資質を見極めるために。そんな旅は七年も続き、七年後、ヴァイルハイネンはフィレグニオに、不老不死とずっと疲れない翼を与え、喜びの歌を歌いながらもフィレグニオは退場、劇は終わる。この物語に悲しみの要素はない。
しかし、フルージアは知らなかった。今回のこの劇に。
——彼女の未来に大きく関わる人物が来ていた、なんてね。
かくも運命は不思議なものであり、また、偶然的なものなのだ。
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- 夜明けの演者 1-3-2 没落の始まり ( No.5 )
- 日時: 2017/10/12 00:24
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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2 没落の始まり
♪
「蒼穹と太陽」を演じる途中、フルージアは一回だけかなりまずいミスをした。
否、それは致命的なミスだった。そのミスのせいで、何もが壊れることになろうとは。
主人公のフィレグニオは当時、嵐と風の魔導士だった。彼は嵐を起こす力を持っていた。
その劇に、こんな場面があるのだ。
それは、フィレグニオとヴァイルハイネンが歌に詠唱を乗せて、大いなる風を巻き起こす場面。その風によって淀んだ空気が吹き払われ、一瞬、人々は争いを忘れる場面。
フルージア=フィレグニオとジェルダ=ヴァイルハイネンの二重唱が始まる。
風よ嵐よ、吹き払え!
戦場(いくさば)の雲、血の混じる風!
我は空と嵐の申し子! 蒼空の覇者、フィレグニオ!
淀みを闇を、吹き払え!
飛び交う悲鳴と断末魔!
我は闇と嵐の申し子! 極夜の鴉、ヴァイルハイネン!
その言葉に誘われるようにして風が吹き、淀んだ空気を押し流すストーリーなのだが、吹いてきた風は強すぎた。さまざまな効果を担当する役の魔導士でも、そんな勢いの風は呼んでいなかった。
フルージア=フィレグニオがその詠唱を終えた途端、雷鳴がとどろいて風が吹き荒れたのだ。
それを起こしたのはフルージア。役に没頭するあまり、知らず「演者」の力を出してしまった。気づいた時には混乱が起こりはじめ、フルージアはあわてて力を消したが。困った事態になったのは確かである。
その後、その「事件」は乱気流のせいとか言うことになったが、フルージアは自分の力を恐れはじめた。劇のクオリティを上げるには本気で役に没頭しなければならないが、そのたびに「力」が暴発し、いつか誰かを傷つけてしまったら。そのときはどうなるんだ? 誰もフルージアの「力」なんて知らない。罪悪感と恐怖を抱えたまま、ずっと生きていくことになるのか?
輝かしい日々は砂でできた塔の如く。消えていく幻影が目に映る。
劇団のみんなを傷つけてしまうのは嫌だけど、こんな変な力を持っていると知られて、ひどい目に会うのもまた嫌だ。だからと言って劇団を抜けても、その先に未来はない。劇団にいても、未来はない?
フルージアの悩みは深く、いつの間にか、かつてのように役に没頭することはできなくなっていた。しないのではない、できないのだ。誰かを傷つけることへの恐怖から、できなくなってしまったのだ。
そして観客は役にうるさい。フルージアが役に集中できなくなったと見るや、手のひらを返したように心を離していった。「蒼穹と太陽」の劇の本番以来、フルージアの没落は始まった。
♪
そんな彼女に気づいたのか、ある日、ウォルシュが心配そうに尋ねてきた。
「最近元気がないね。どうしたんだい?」
悩みに押しつぶされていくフルージアは、あまり喋らなくなった。
「悩み事があるならいつでも話していいんだよ。僕程度にカウンセリングができるかどうかは分からないけどさ。話したらきっと楽になるよ。来たばっかりの頃の輝きはどうしたんだい、小さなフィラ・フィアさん?」
その言葉はとても嬉しかったけれど、力のことを明かしたらもう、劇団にいられなくなるような気がして、嫌だった。だから、憮然としたまま答えた。胸には罪悪感という痛みを抱えて。
「……なんでもありません」
だって、他にどう答えればいいとでも? ウォルシュは大好きなひと。彼女の恩師。なにも目的もなく生きてきた自分に、生きる道をくれた人! ゆえに傷つけたくないのだ。失望させたくないのだ。
その態度がかえって彼を傷つけているのだと、心の底では知っていても。直せない。治せない。一度張った意地はその心に深く根ざし、今更引っこ抜けやしない。
「あったとしてもあなたには関係ないじゃないですか。ほっといて下さい。これでいいんです」
そう言い放った時の恩師の傷付いた顔を、フルージアは忘れることはないだろう。自分の下らない意地が、大切な人を傷つけたこと。その結果生まれた、愚かな過ちを。
フルージアは孤立を深めていくことになる。
その心の底にあった思いは、「大切な人を傷つけたくない」ただそれだけだったのに。いったい何が狂って、こういった悲しい結果になったのか。
わかるわけがない。
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- 夜明けの演者 1-3-3 新しい世界へ ( No.6 )
- 日時: 2017/10/12 00:31
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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3 新しい世界へ
♪
「う、ううっ!」
フルージアは、泣いていた。
いつの頃からか、皆、彼女に冷淡になった。そしてそのうち彼女は主役を任されることがなくなり、脇役からも除外され、なんということもない端役にまで降格されてしまった。役者人生もおしまいだ。
「こんな……こんな、力ッ!」
呪うは運命、己が力。かつて「すごい!」とか喜んでいた自分が馬鹿に思えてくる。確かに「演じる」だけで演じた相手の力が手に入るなんて素晴らしいことだが、その力は役者には不要だ。いっそ害悪にしかならない。
たとえば自分が魔素使エルステッドに「なりきった」として、その魔法素の剣を振るったら。一緒に演じている敵役の相手はそんなこと思ってもいないから、その剣に斬られる。最悪死ぬ。そんなことは許されないのに。ただ「本気で演じた」だけで誰かを傷つける、あるいは殺す。
なんという邪魔な力だろう。消えてしまえ。
そんな力を持って役者となっている自分は。もはや「本気で演じる」ことのできない大根役者となってしまった。
泣くしかない。嘆くしかない。
こんな自分に、未来なんてない。
と、思っていたのに。
「——貴公がフルージア嬢か?」
誰も知らない、見つけられるわけもない彼女のねぐらに。訪れる足音があった。フルージアははっとして涙にぬれた顔をあげる。
「降格の話を聞いた。痛み入る」
「だっ、誰よ!?」
月も見えぬ夜闇の中。浮かびあがったのは細い男のシルエット。
彼の持つ松明に照らされたその顔は、仮面に覆われていた。
「何者ッ!」
叫んで思わず距離をとる。視界の邪魔なので慌てて涙を拭いた。
謎の男は静かに名乗る。仮面から、美しい金髪がこぼれた。
「我が名はクィリ・ロウ。セラン特殊部隊の副隊長。貴公の『蒼穹と太陽』、見せてもらった」
「王国のお役人さんがわたしに何の用ッ! それに、『蒼穹と太陽』ですって? あ、あれ、あなた、見たの?」
蒼穹と太陽。思い出したくもない劇の名前。初めて力を暴発させた。自分の没落の引き金となった劇。
彼女の動揺を知ってか知らずか、クィリ・ロウと名乗った男は悠然と続ける。
「あの劇を気まぐれに見た際に貴公の『力』を見た。あの場に嵐の魔導士はいなかった。事故が起こった際に一番呆然としていたのは貴公だった。その顔はまるで、自分で引き起こした事態に頭がついていっていないように見えた。ゆえに嵐使いは貴公だと判断したが……違うか?」
その声はまるで水面(みなも)のように穏やかで。それでありながら、どこか詰問するような鋭さを宿していた。
フルージアは震えた。
「わ、わたし、は」
「そしてその後、貴公は真面目に劇を演じなくなったとも聞いている。それは力が暴発するのを恐れてのことか? そもそも貴公の力とは何なのだ? 我に教えてもらいたい」
力。自分のトラウマ。「演者」の力。
誰にも明かしたことはなかった。明かしてはいけなかった。なのに。
目の前の男はそれを明かせという。それにどうやら、男の目的「力」にあるらしい。「力」があるからと言って彼女を差別したりはしないことがなんとなくわかる。
何をするにせよ、今のままの自分には未来がない。ならば、秘めた力の一つや二つ、明かしたって支障はないだろう?
フルージアは固く目を閉じて、明かす。
誰にも言えなかった秘密を。
「わたし……本気で役を『演じ』れば、その役になりきることができるの」
「ほう?」
「たとえばわたしが『封神の七雄』の魔素使エルステッドの役を本気で演じたとする。そして両の手を振れば、ね。
右手には剣が。
左手には盾が。
本物の魔法素で作られた、実用に耐える代物が現れるのよ。その剣で人を斬れば殺せる。その盾を使えば剣から身を守れる。わたしの力はそういうもの。『演じ』さえすれば、何にだってなれるの」
目を閉じているのは辛い記憶を追い出すため。必要なことだけ言っていればいい。感情は彼方に押しやればいい。
クィリが驚くような気配があった。ややあって、彼は確かめるように言った。
「貴公が『蒼穹と太陽』で起こした事件は、当時は風と嵐の魔導士であったフィレグニオに、なりきってのことだったのか」
ゆえに物が飛び、雷鳴が響いた。フィレグニオの力を放てば、それなんてとても軽い方だ。
「貴公に頼みと説明がある」
「今度は何よ? 一体何なのよね?」
警戒心をあらわにするフルージアには構わず、クィリは続ける。
「セラン特殊部隊というものが何なのか知っているか」
「聞いたことあるわ。確か『不可視の軍団』だっけ? それがどうかしたの?」
話し方がつっけんどんになる。もう知らないったら!
「我々セラン特殊部隊は、『力』ある少年少女がメインで構成された、一種のゲリラ部隊だ。アルドフェックの侵攻から国を守ったり、紛争をやめさせたりするのが主な仕事だが、貴族王族の個人的あるいは組織的な依頼も受け付ける」
「それが何か? わたしに何の関係があるわけ?」
睨みつけるように男を見つめていたら。不意に手が差し出された。
「我々は『力』ある者を探していた。貴公には特殊部隊に入ってほしいのだ」
だから聞いた。「力」について。それがなければそもそも部隊に入れないから。
「今の貴公はそのまま劇団にいるつもりがあるのか? 強制はしない。それが我々のポリシーだ。しかし」
次に発せられた言葉は、フルージアの心を深くえぐった。
「——そのまま貴公が劇団に残っても、その力で誰かを傷つけるだけではないのか?」
「————ッ!」
思わず喘いだ。それがまさに、彼女の悩みそのままであったがゆえに。
だから来い、と彼は言う。
「我ら特殊部隊は貴公を歓迎する。我らの間ではわざわざ力を隠す必要もない。いっそ派手に現してしまえ。我らが特殊部隊は土台、『力』がなければ入ることができぬ。貴公の不思議な力は、我らの間でこそ生きるのだ。貴公がその力を生かすのだ! 貴公が特殊部隊に入れば、貴公には輝かしい未来が待っていると約束しよう。……いかがする?」
「……ッ!」
信じていた。思っていた。この「力」がある限り。自分には決して輝かしい未来なんて来る訳がないと。幸せになんてなれる訳がないと。それなのに。
「決めるがいい、花形役者フルージア。己が力に怯えながらも、劇団の中で惨めに生きるか。その力を生かして特殊部隊で活躍するか! 考えればわかるはずだ! どちらを選べば幸せになれるか!」
「幸せに、なる……」
フルージアは一歩、クィリ・ロウに近づいた。仮面の中に隠された表情は、何を考えているのか分からないけれど。その言葉は心に届いた。……心に、響いた。
「わたし、わた……わたしッ!」
力に怯えて戸惑って、いつしか歩みを止めていた足。しかし今、彼女の時が、再び動き出す。
「幸せになるから……なりたいからッ!」
傷つかぬように心を固く鎧っていた殻を。今こそ内から破るとき。
フルージアは手を伸ばした。
差し出されていたクィリの手に、その手を重ねる。
「わたし、フルージアはッ! セラン特殊部隊に、入団するわッ!」
その言葉を告げた時、知らず感情がこみあげてきて、涙が流れた。
幸せだった劇団生活。その終わりと断絶を、強く感じた。
新しい生活に、喜びはあるのだろうか? 自分は幸せになれるのだろうか?
握ったクィリの手は温かい。その温かさが、勇気をくれた。
「わたし、入るからッ!」
もう迷いはなかった。何もかもが吹っ切れた。
クィリは深くうなずいて、言った。
「ようこそ、セラン特殊部隊へ。貴公を歓迎する」
その日、フルージアの役者生活は終わりを告げて。
部隊生活という新たな日々が、幕を開けた。
彼女の長い人生における、最も鮮やかで輝かしい、かけがえのない日々が——。
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