ダーク・ファンタジー小説

風色の諧謔 1-2 「化け物」と呼ばれた子 ( No.40 )
日時: 2017/09/28 20:44
名前: 流沢藍蓮 ◆PjBJDnQsow (ID: GfAStKpr)

 トリップ入れてみましたが本人です。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 2 「化け物」と呼ばれた子


  ◇


 その日は比較的元気だった。だからリクセスは町に出て、町を見物していた。
 体調は良好。熱もないし咳もでない。
 久しぶりの楽しい朝だった。
 彼の兄ヴィクトールは、今は騎士団の仕事で王都に行っていていないらしい。折角体調が良い日だったから一緒に町を歩きたかったなとリクセスは思ったが、兄には兄の仕事がある。諦めるしかないのだろう。
 そんなことを考えながらも。リクセスは町を歩いていた、
 時。

「助けてぇ、助けてぇ!」

 ……どこかで悲鳴が上がったのを彼は聞いた。
 そしてそれは。今の時間は織物工房で仕事をしている母の声だった。
 リクセスはとっさに走り出した。その声のする方へ。いつもなら走るなんてできない身体のはずなのに。母を想い、ひた走った。
 そして、彼は見た。怯える母。泣き叫ぶ他の子供たち。彼女らに襲いかかる、醜い影を。
 この町は治安がいいはずなのに。突如外から襲い来た、異形の怪物たち。

 人はそれを——魔物と呼ぶ。

 考えるより先に身体が動いた。リクセスは祖母からもらった智恵の輪を、首から下げた金メッキの智恵の輪を手に取り、それを超高速で組み合わせる。
 幼いころから持っていた技、組み合わせの秘技、『組師』の力。
 その力を使えばこの状況を何とかできる。そう思って、組む手を速める。
 彼の目には魔法素(マナ)こそ見えなかったが。この智恵の輪を使えば、間接的に自由に操ることができる。
 魔法を嫌うオルヴェイン家。しかし緊急事態だ、そんなこと言ってはいられないから!
 出来上がった式、名もなき式。宿す魔法は風の力!
 リクセスは瞬時に頭の中に浮かんだその名を唱え、式を発動させる——!

「魔物さんたちこっちをご覧! ……一掃の嵐(スウィーピング・ストーム)!」

 胸に提げた金メッキの智恵の輪がきらりと輝いて。
 組みあげた式が発動し、現れるは巨大なる竜巻。

「巻き込んで——吹き飛ばせ!」

 それは的確に魔物だけを選んで内に取り込み、呆然とする人々を残し、一気に空へと駆け上がっていく。
 リクセスはそれを限りなく高く上げた後、竜巻を消して一気にはるか上空から叩き落とした。
 落ちて肉が飛び散る様は流石に見えない距離だったが。魔物は確実に屠(ほふ)れたであろうことを理解する。
 そして。

「もう大丈……」

 振り返ったら。
 別にリクセスは感謝の言葉がほしかったわけではない。皆の安心した顔が見られれば、それで良かった。皆の無事を確認できれば、それで良かった、
 のに。
 振り返った皆の顔は、恐怖に染まっていて。
 母すらも、恐れた顔でこちらを見ていて。
 最初に誰かが言ったんだ。





「ば、化け物ッ!」





 最初の一人がそう言ったら、他のみんなも口々に叫んだ。

「化け物だ! あれは化け物だ!」
「まだ子供だぞ! どこの家の子だ!」
「殺せ殺せ、化け物は殺せ!」

 ……みんなを助けたのは、リクセスなのに。
 弱い身体をおして走ったのは、リクセスなのに。
 皆が彼を見る目には、感謝も安堵も浮かんではいなかった。
 まるで化け物を見るような、恐怖と軽蔑に溢れた目線が。幼い彼を突き刺した。

「げふっ」

 無茶をした分が後からやってきて、リクセスは軽く咳こんだ。
 とっさに口に押し当てた手に、付着した微量の血。
 胸が苦しい。呼吸が途切れ途切れになる。
 眩暈がする。世界が回って見える。
 リクセスは突如襲ってきた体調不良に、そのまま地面に倒れ込んだ。
 魔法を使うのは体力とは別の部分だったが、そもそも体力が限界だった。
 苦しみにリクセスは手を伸ばす。

「助けて……」

 しかし。彼に手を差し伸べる者はいなかった。
 冷たい無表情で、苦しむリクセスを眺めるだけで。

「助……け……」
「化け物なんて、死んでいればいい」

 冷たい言葉を放ったのは。
 彼が守ろうとした、母親だった——。
 その声を聞き、絶望に付き落とされて。
 リクセスの意識は闇に包まれた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇