ダーク・ファンタジー小説
- 風色の諧謔 1-3 束縛を脱して ( No.41 )
- 日時: 2017/10/01 15:00
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: GfAStKpr)
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3 束縛を脱して
◇
目覚めたのは、いつもの部屋。リクセスの部屋、変わらぬ部屋。
胸が苦しい。頭痛がひどい。
何となく胸元に手をやって、金メッキの智恵の輪に触れたとき。リクセスは思い出した。
「ああ……化け物、だっけ」
実の母に言われた言葉が。冷たい刃となってリクセスの心を切り裂いた。
ただ、守りたかっただけなのに、どうして。
無情な現実。リクセスは押し寄せてきた苦しみに、また弱々しく咳をした。
時。
「リクセス」
誰かが部屋の扉を開いて入ってきた。リクセスは起き上がろうとしたが、力が入らない。
しかし声で、わかる。枕元に近づいてきたその姿で、わかる。
「父さん……」
「魔法を、使ったのか」
問答無用の口調で、リクセスの父ブライツは詰問した。
やはり、魔法を快くは思っていないらしい。
リクセスは、そうさとうなずいた。
「でも、そうでもしなきゃ母さんは、生きていなか——」
「——この馬鹿息子がッ!」
言いきれず。リクセスは父の平手に吹っ飛ばされた。
リクセスの華奢な身体はベッドから落ち、リクセスは盛大に咳こんだ。
「父さ……ん……?」
「化け物めが」
リクセスを睨むその瞳は、息子を見る父親のものではない。
そもそも武を重んじるこの家で。リクセスみたいにひ弱な子供が生まれたこと自体、この父親にとっては不愉快であった。
そのリクセスが。この家で禁忌とされる魔法を使い、「化け物」呼ばわりされた。
それは。オルヴェイン家を貶(おとし)める行為に外ならない。
ブライツはリクセスの腕を強引にひっつかんで立たせた。
「外へ出ろ! 俺がお前の身体の中から、魔法を叩きだしてやる!」
リクセスの体調不良なんてお構いなしに。
ほとんど引き摺られるようにしながらも、リクセスは外へ出た。
外で、ブライツはリクセスに言った。
「魔法を捨てろ」
「無理……だね……」
父の言葉に。にべもなく彼は返す。
「魔法はそもそも生まれつきだし……。僕には、魔法以外で身を立てられないから」
その言葉に、ブライツは目を吊り上げた。
「父の言葉に逆らうか」
「子供は親の道具じゃない」
「……貴様ァッ!」
あくまでも冷静に返したリクセスに、再び平手が飛んだ。
吹っ飛ばされて、吐血する。しかしそれでもリクセスは言い募った。
口に跳ねた血を手の甲で拭って、緑の瞳で父を睨む。
「子供は親の道具じゃないんだ……。親の敷いた道を命令どおりに歩く木偶人形のように……なりたくはないね。……僕は騎士にはなれない、から……魔導士になるんだ」
「子供の分際で何を言うかッ!」
吹っ飛ばされた息子に駆け寄り、その胸ぐらをつかみあげてブライツは殴る。殴打、殴打、殴打。繰り返される暴力の嵐。気の遠くなるような激痛の数々。リクセスは激痛にうめき苦しみに悶えたが、怒れるブライツは止まらない。
「子供のくせして親に逆らうかッ!」
仮にも武門の家である。その一撃一撃は重い。
リクセスは己の死を感じた。無様な死に様だと、遠のく意識の中で思った。
王都に言った兄を想い、優しかった祖母を想う。たった10年の短い生が、走馬灯のように頭を流れる。
死ぬんだ、ね。僕は、死ぬんだ——。
そう、思っていたのに。
「父上にとって、子供は道具かッ!!」
突如、殴打が止まる。リクセスは咳こみながらも顔を上げた。
そこにいたのは——。
「……兄さ……ん……!?」
兄のヴィクトールだった。
おかしい。王都で騎士をやっていたのではなかったか。
彼はリクセスを背後に庇いながらも、ブライツを睨みつけた。
倒れたリクセスの位置からは兄の目は見えない、が。
兄は今、かつてないほどの怒りに燃え、父を睨んでいるのだとわかった。
その身から放たれる裂帛(れっぱく)の怒気に、思わずリクセスは震えた。
するとそれを見て、ヴィクトールは彼に優しく笑った。
「大丈夫、お前に怒っているわけじゃないからな」
血塗れの彼の髪を優しく撫でてから、ヴィクトールは父親に向き直る。
放たれた言葉は、絶対零度の響きを宿していた。
「信っじられない。これが親の、子に対する仕打ちか? しつけるにしてもやりすぎだ。このままじゃリクは死んじまうぜ。……何だ? 俺の麗しき父上はいつも、リクに対してこんなひどいことをなさっていたのですかな? ——人間じゃない」
その言葉に。その宿した絶対零度に、ブライツは気づかない。
彼は変わらぬ口調で怒鳴った。
「こいつは魔法を使ったんだ! 挙句の果てには魔導士になるとほざきやがったんだ! ここは武門の名家だぞ? 身体が弱かったのはまだ我慢できるが、魔導士だと! 言語道断だろうがッ! 我が家の面汚しだッ!」
「それがどうした? やりたいようにやらせればいいじゃないか。リクは魔導士になりたいと言った! ならば魔導士にしてやって、それの何所が悪い! ……子供だからといって、リクが親に拘束されるいわれはないと思うのだがな?」
「お前も俺の子供のくせに、俺に逆らうのかッ!」
「そうだ」
いきり立って拳を固めたブライツに、ヴィクトールは冷たく言った。
「忠告。俺を殴るのはやめた方がいいと思うぜ? あんたは無手で、俺の腰には剣がある。あんたが剣を取りに戻ったって、どうせ俺には勝てないさ」
「何だとッ!」
「俺は知っているんだよ、オルヴェイン家の面汚しさん」
ヴィクトールは、憐れみをその目に浮かべた。
指を折りながらも数えていく。
「一つ。あんたは騎士の家に生まれたにもかかわらず、剣より拳で殴り合うことが好きで得意だった。二つ、あんたは剣の才能がないから騎士学校を途中で追い出された。三つ、あんたは何かあったら仲間を見捨ててすぐに逃げるそうじゃないか。それの何処が騎士道だ? オルヴェインが聞いて呆れる」
暴露された黒歴史の数々を聞き、ブライツは顔を青くする。
「ヴィクトール……それを、どこで」
「簡単だ。王都の騎士の仲間たちからだ。お前は父親に似なくて優秀だねぇと言われて育ったよ」
だから、と彼はその目に地獄を宿す。
「誰がオルヴェインの面汚しだッ! リクセスはあんたみたいに堕落しきっていないしあんたみたいに人でなしでもないッ!」
宿った地獄は、今度こそ完全にブライツを射抜いた。
「——本当に面汚しなのは、あんたの方だ」
そう言い放って。
ヴィクトールは血まみれの弟をそっと抱きあげ、その軽さに目を丸くしつつもその場から去ろうと動き出す。
ブライツの声が追った。
「どこへ行く!?」
「騎士の寄宿舎が近くにあるんだ。……あとな、親父。子供は親の付属物じゃない。だから何処へ行こうと勝手だぜ?」
言って、彼はいなくなった。
。○
騎士の寄宿舎で、リクセスは傷の手当てを受けた。しかし殴打による傷は切り傷と違い、明確な手当てがしづらいのが難点である。血の滲んだところには包帯を巻き、折れたところは固定して。あとはその場にいた騎士仲間に薬草を取ってくるように頼みこんで、それで作った軟膏を痣に塗るだけ。リクセスの病が悪化したって治せない。所詮、応急処置でしかない。
眠りこんだリクセスの顔は、ひどくやつれていた。
ヴィクトールはそれを見て、溜め息をついた。
そこへ。
「あ、ヴィクトールじゃん。あれれ? 王都にいなかったっけ」
「虫の予感がしてとんぼ返りした。そういうヴァランは何でこんな寄宿舎に?」
「うん? 下らない用事でさぁ」
王都でのヴィクトールの顔馴染みが、話しかけてきた。
ヴァランとヴィクトールが呼んだ彼は、ふと横たわったリクセスを見て目を瞠る。
「って、この子が前にヴィクが言っていた弟? 何でこんな大怪我してんの」
「父親からの虐待だ。この子は魔導士になりたいと言ったが、武門の家だからという理由で許せなかったんだってな。……子供は親の付属物じゃないんだ」
「……そっちも色々あるわけね」
「ああそうだ」
魔導士かぁと、ヴァランは首をかしげる。
「そう言や、おれ魔導士知ってるぜ? 王都で弟子とってんの。めっちゃ高名な魔導士。良かったら今後のその子のために、おれが口添えしてやってもいいけどよ? どうするね?」
その言葉に、ヴィクトールは目を見開く。
「本当か!? ああ、リクセスの今後について悩んでいたところなんだが……。魔導士の弟子になれるなら、そんなにいいことはないだろう。是非、紹介してくれないか」
「おっけー。じゃ、その子が回復したら、みんなで王都に行こうぜぇ」
「それはわかったが……。ヴァラン、あんたの用事はいいのか?」
「実は単なるサボりだったり。おもしろそうだし一緒に行くよ」
「……いずれ退学になっても知らんぞ」
呆れたように、ヴィクトールは彼を見た。
何はともあれ、道は定まった。
ヴィクトールは、苦しそうに息をしながら眠る弟を見る。
そして、小さく誓った。
——絶対に、救いだす。
お前を、この地獄から。
お前には幸せでいてほしいんだ——。
剣は、誰かを守るために。
傷つけるためじゃない、守るために振るわれるんだ。
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