ダーク・ファンタジー小説
- 風色の諧謔 2-1 嵐の瞳 ( No.45 )
- 日時: 2017/10/07 13:27
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: GfAStKpr)
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1 嵐の瞳
◇
「で、その大魔導士というのは何処にいる」
「まぁ、ついて来いって」
王都に到着した次の日。リクセス達はヴィクトールの騎士仲間であるヴァランの案内に従って、王都を歩いていた。
この国セランは治安がいい。その王都ともなれば設備も整っていて美しい。美しい白亜の町並みは、それ自体ですでに芸術品のようだった。
ヴィクトールがリクセスを気遣いつつも、向かった先には。
「……ここが、大魔導士様の家?」
拍子抜けするほど簡素な家が、立っていた。
いや、広い。確かに広い。そこらの家より圧倒的に広い、が。
「……質素なのがお好きなようだ」
その家の周囲にある家に比べて、余計な装飾がまるでないのだ。だから簡素に見える。よく見ればなかなか広いのに。
ヴァランはそうさと笑った。
「いい人だぜぇ? 力はあるのに金にも権力にも興味がないんだ。どこまでも潔白な心を持っていてなぁ」
「どこぞの騎士とは大違いなんだな」
「あぁん? 何だとてめぇ、このヴィクトール!」
「…………喧嘩はやめようよ? みっともない」
「「悪かった」」
突如勃発した小さな喧嘩を鎮めながらも、リクセスはその簡素な建物を見上げた。
自分はこの人の弟子になる。
どんな人なんだろうと、思いを馳せた。
◇
「よっすー、レヴィオン。ヴァランだぜぇ? 入ってもいいかー」
いかにも旧知の間柄みたいにして、ヴァランが簡素な家の扉を叩く。すると、呆れたような声がして扉が開いた。
「師匠は今忙しいよー。何の用で来たのさ」
扉を開けて顔をのぞかせたのは、ミントグリーンの髪にエメラルド色の瞳を持った少女。さわやかな印象のする彼女は、後ろにいたリクセスとヴィクトールに目を留めた。
「あらら、お客さん? なら、待って待って。とりあえず中にあがっていいよ?」
彼女の招きに従って、二人はそっと中に入る。ヴァランがサッと扉を閉めた。
入った瞬間、すぐに目に入ったのは綺麗な応接間。外装とは違いここは豪華だ。革張りのソファがあり、天井にはシャンデリア。目の前にある机はよく磨いた木で作られているらしい。
大魔導士の家と聞いたからもっと乱雑な所を想像していたリクセスは拍子抜けした。思ったよりもきちんとしている。
先ほどの少女が奥からティーポットとカップを三つ持ってきて、リクセスとヴィクトール、ヴァランの前に置いた。彼女はリクセス達に問う。
「初めまして、私はミューシカ。レヴィオン師匠の弟子よ。あなたたちは何の用でここに?」
それにはリクセスが答える。
「僕はその人の弟子になりたいんだ。……居場所が、ないから」
ミューシカと名乗った少女は、なるほどとうなずいた。
「この家にはそういった人が数多く来るわ……。うん? そこの騎士様は付き添いかしな?」
「そうだ。俺はヴィクトールという。そこのヴァランとは腐れ縁だ。弟は身体が弱いから、それで」
「了解。じゃ、ちょっと待っていて。多分、師匠なら受け入れてくれるよ?」
明るく笑って彼女は奥へ向かった。
「師匠を呼んでくるから、お茶でも飲んで待っていてね」
◇
しばらくして。
奥の方にあった扉が開いて、灰色のローブをまとった男がミューシカを伴って現れた。
一部白いものの混じった灰色の髪、嵐の空のような灰色の瞳。
その男は、全身で魔法の気配を発していた。
嵐の瞳が、リクセスの翡翠の瞳をとらえる。
男は問うた。
「ミューシカから聞いた。私はレヴィオン。そなたが私の弟子になりたいと志望する者か」
全身で威圧感を発する男。しかしリクセスはひるまず、その瞳をしっかと見つめる。
「そうだ。僕は貴方の弟子になりたいん……」
「リク!」
だ、と言おうとしたところで。
不意にめまいを感じ、リクセスはふらついた。
その身体をヴィクトールが支えてやろうとする前に、男が手を伸ばして支えた。
その嵐の瞳は、何もかもを見透かしているかのようで。
男は一目で看破した。
「……そなた、身の内に病を抱えているな?」
すぐに見破られたことにリクセスは驚いた。ふらついたのはほんの一瞬。なのに。
男は小さく微笑んだ。
彼は、言うのだ。
「……その病、取り除いてやろうか?」
「…………?」
リクセスもヴィクトールも首をかしげた。ただヴァランとミューシカだけが、理解の色をその目に浮かべている。
男は何をしようというのだろう。
彼は、言うのだ。
「人の命は器のようなもの。器の中に満たされた液体がその人の命だ。それは少しずつ減っていき、それが尽きたら人は死ぬ。たとえ話をしようか。今、一つの『命の器』がある。しかしそれは虫によってかじられ、少しずつ命が漏れだしている。その流出を止めるには?」
彼は手を伸ばし、そっとリクセスの胸に触れた。リクセスは一瞬身を固くしたが、「そのまま」と彼が言ったので動かずにそのまま突っ立った。
彼は、言うのだ。
「簡単だ。その虫を退治すればいいだけの話」
瞬間。
彼の手が触れたところから一気に光があふれ出して。
そしてリクセスは知った。己の身体を蝕む病魔が、抜け切ったことを。
不思議と軽くなる身体。リクセスは驚きとともに、レヴィオンを見た。
彼は穏やかに笑っていた。
「魔法は誰かを救うこともできる。これでそなたはもう大丈夫だろう」
笑って、彼はリクセスにその手を差し出した。
「ようこそ、我らが学びの家へ。弟子になりたい? ああ、歓迎しよう。帰る場所がないのならばここに住み込んでも構わない。こんな男だがな? これからよろしく頼む」
その手を握って、リクセスは再度、嵐の瞳を見上げた。
その瞳は確かに嵐の灰色だけれど。そこには確かな光があった。
リクセスは大きく息を吸い込んだ。
「……リクセス・オルヴェインです。よろしくお願いいたします!」
後ろを振り返れば。ほっとしたようなヴィクトールと、にやにや笑うヴァラン。歓迎の意を込めて瞳を輝かせるミューシカがいた。
新しい日々が、始まる。
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