ダーク・ファンタジー小説

夜明けの演者 2-1-1 騒がしい千里眼 ( No.7 )
日時: 2017/10/15 11:13
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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 第二部 セラン特殊部隊
 


 一章 新しい仲間たち



 1 騒がしい千里眼


  ♪

 
「クィリ・ロウ、ただいま帰還した」
「帰るの遅かったじゃん! 何かあったのっ?」
「色々、な」

 それから数時間。罪悪感を胸に抱えながらも劇団を発ったフルージアは。特殊部隊の野営している森へとたどり着いた。劇団には置き手紙を残している。フルージアは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。特にウォルシュに対しては頭が上がらない。これも運命だと割り切るしかないのだろうか。

「ところでマキナ、新入りだ。名をフルージアという。ほら、あいさつしろ」
「よ、よろしくお願いします」 

 クィリに促されてあわてて頭を下げる。マキナと呼ばれた少女は、なるほどとうなずいた。

「クィリが遅れてたのは新メンバーのスカウトのためだったんだねっ! 成程納得大満足! って?」

 朗らかに微笑んだ彼女は、フルージアに手を差し出した。

「あたいはマキナだよっ! 能力は『千里眼』! 距離制限はあるけれど、隠されたものだって見ることができるんだっ! よろしく、フルージアちゃんっ!」
「よろしくお願いします、マキナさん」

 慣れない環境にびくついていると、マキナがその肩をばんと叩いた。

「マキナでいーよ。ほら、しっかりしなさいなっ! あたいたちはなぁんにも怖くなんかないからさぁ! ね、クィリ、彼女さあ、他のみんなに紹介してもいい? いいよねっ! じゃ、行ってきまあっす」
「わっ! と、とっ?」
「悪いとは言っていないが、せめて相手の返事を待つぐらいのことはしないのか……」

 クィリの呆れたような声を背中に受けながらも、マキナはフルージアを引きずっていった。


  ♪


「あっ、スーヴァル見っけ!」

 野営している森の中。木にもたれて本を読んでいる少年に、マキナは声をかけた。その少年は雪のように白い髪と、空のように碧い瞳をしていた。スーヴァルと呼ばれた少年は、つと本から顔を上げて、感情のない声で問うた。

「……何か用?」

 そのつれない態度にマキナは口を尖らせる。

「もうっ! スーヴァルは静かすぎるようっ! もっとさ、こう、あたいみたいに騒がしく……」
「無理だね」
「早っ! おおう、わずか〇・三秒で切り捨てられるとはっ! あたい、もしかして嫌われてるっ?」
「用は何。そこにいるの新入り?」
「無視されたっ! これもまた反応が早いっ! ねえ、今のひどくない? ねえったらぁっ!」
「まあまあ」

 なんとなく取り成す役に回ってしまった感がある。それでも、ここは案外楽しそうである。
いささか元気を取り戻したフルージアは、腰を折って自分から名乗った。

「初めまして! 今日からセラン特殊部隊に入ることになった、フルージアです。能力は……なんて言ったらいいのかな? とにかく、自分が何かの役を演じたら、それになりきることのできる能力です。わたしはそれを『演者』と呼んでいます。よろしくお願いしますッ!」
「無属性魔導士スーヴァル。以降、よろしく」

 彼は相変わらず素っ気ない。
 マキナがキランと目を輝かせた。いちいち反応が面白い。話していて楽しい。

「なりきるのっ!? どーやってっ!?」

 確かにこの能力は珍しい。どころか唯一無二のものなのかもしれない。マキナが驚くのも当たり前か。
 フルージアは、デモンストレーションとして見せてあげることにした。選んだ役は「封神の七雄」のエルステッド。彼の魔素使ならば目で見てわかるし、効果範囲が小さいので、周りの迷惑になることもない。

「じゃあ、デモンストレーションとして『封神の七雄』のエルステッドになったつもりで行くわよ? あ、エルステッドって、わかるかな?」

 スーヴァルは無言でうなずいたが、マキナは首を振った。

「誰それ? あたい、そこの辺りは無知だもん。教えて!」
「知らないの? まあ、育った環境にもよるかもね。いいわ、教えるね!」

 かくしてフルージアは、マキナに歴史の講義をすることになった。

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夜明けの演者 2-1-2 幸せの特殊部隊 ( No.8 )
日時: 2017/10/15 11:17
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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 2 幸せの特殊部隊


  ♪


「……って話なの。わかったかしら?」
「ううっ! そんな悲しい話があるなんてぇ! しくしく!」
「とりあえず始めるわよ。正史ではエルステッドしか生き残っていないけれど、劇では生き残るのはフィラ・フィアだから。で、わたしはそのエルステッドになりきってみるわよってわけ」

 泣いているマキナはさておき。フルージアはいつしかのように、心を集中させた。わたしは、否、俺はエルステッドだ!

「見えざる剣は闇を断ち、見えざる盾は我らを守る! 自在の魔神、エルステッド見参!」

 あの日のように、叫んで手を振れば。
 現れる、演者の証。
 
 右手には剣が。
 左手には盾が。
 何もないところから突如、出現する。

「すごいすごーいっ!」

 マキナが目をまん丸にしていた。

「確認するけど、フルージアちゃんは魔素使じゃないよね? ウチには魔素使が一人いるけど、魔素使って超希少種じゃん。二人も三人もいるワケなしっ!」
「もちろんよ! 嘘をつく必要なんてないじゃない?」
「ってことは、フルージアちゃんは何にでもなれるんだあ……?」
「ま、そういうことかもね」

 手を振って剣と盾を消しながら、フルージアは微笑んだ。
 嬉しかった。力を存分に振るえること。自分に怯えずに生きられること。力を使って恐れられるのではなく、力を使ってほめられること。喜ばれること。
 ここに至ってようやく、自分の居場所ができたのだと、実感して。

「わっ! フルージアちゃん、どうしたのっ!」
「嬉しい……」

 思わず、涙をこぼしていた。胸に温かいものがこみあげる。

「わたし、さ。今まで、この力をずっと恐れてたの。この力で誰かを傷つけてしまわないかって、ずっと。だから、こうして力を現して、それですごいって言ってもらえて、とても、嬉しかったの」
「え? あたいは特に何もしてないよっ? 素直な気持ちを言っただけっ!」

 マキナは気づかない。その、素直にすごいと言ってくれることこそが、フルージアの喜びとなったことを。

「わたし……劇団に入ってた。でね、ある日、その力をあらわしてから……本気で役にのめり込むことができなくなった。わたし、花形スターだったんだよ? でも、『演者』の力で誰かを傷つけるのを恐れて、わたしは没落していったの」

 落ち着ける居場所は一転して、地獄と化した。そこから救ってくれたのはクィリだ。あの、仮面をかぶった堅物さん。口下手な生真面目さん。

「わたし、ここに入って良かったって思ってる。ここでなら、力を存分に使ったって、誰も文句を言わないもの。マキナ、あなたが気付かせてくれたんだよ。感謝しても足りないわ」

 そう言ってにっこり笑ったら。マキナは照れくさそうに頭を掻いた。

「そんなことないってばあ。ま、元気になったならいいや。そろそろ広場に集まらないと。ご飯の支度をしなきゃいけないの」
「え? でも、わたし、何をすればいいのかよくわからない……」
「あたいが教えたげますって! 気にせずゴーゴーゴーッ!」

 走り出すマキナを慌てて追いかけながらも、フルージアは新しく始まる日々に思いを馳せた。


  ♪


「はあい、みんなぁ! クィリが連れてきた新入り、フルージアちゃんだよっ! よろしくねっ!」

 野営地につくと、マキナが集まってきた皆に大声でフルージアを紹介した。

「よ、よろしく……」

 マキナのテンションにはついていけない。少々気後れしながらも、フルージアは挨拶した。

「この子はまだ野営の方法とか知らないから、紹介ついでにレクチャーしてあげてねっ! あたいも色々手伝うけどさっ!」

 マキナが言うと、早速一人の少年が近付いてきた。生真面目な顔をしている。

「クィリから聞いた。僕の名はヴィラヌス。魔素使だ。よろしく頼む」

 フルージアは頷いた。この人が、マキナの言っていた魔素使か。

「よろしくお願いしますっ!」


 彼は野営での火のおこし方や食べ物の見つけ方、毒の野草やキノコなどについて、懇切丁寧に教えてくれた。それ以外の人も何度か話しかけてくれたので、フルージアはメンバーを覚えた。今更だが、一人ぼっちだったフルージアにとって野営は当たり前だったことをあとから思いだした。本当は説明なんてなくても大丈夫だったけれど、色々話せたし、結果オーライか。
 マキナ、スーヴァル、ヴィラヌスはもう知り合いになったので省いて。


 金メッキの知恵の輪をいじっている、緑の髪の、人を食ったような態度の少年がリクセス。
 白いロングヘアーに緑の瞳を持つ、内気な少女がシフォン。
 黒髪黒眼の異国風の服を身に纏った、警戒心の強い少年はシグレ(時雨と書くらしいが、異国の字なので読めない)。
 蒼い髪と灰色の瞳の、ヴィラヌスと気が合うらしい、思慮深い少年はソールディン。
 

 この他にあと四人いるらしいが、そのうち二人は『任務』のため出張中だと皆は言った。
 もう二人は、事情あって、長期にわたっていないそうだ。
 また、死や事情によって、欠けたメンバーがいる、とも。

「これが、これから貴公と日々を共にする仲間だ。よく覚えておくと良い」

 そう、クィリは言っていた。


 その日。慣れた固い土の上ではなく、森のふかふかした落ち葉の上で。実用重視のマントにくるまりながらもフルージアは寝た。一人でいるのとは違う環境。誰かがいる、側にいる。
 それがとても安心できて。幸せの中、彼女は眠りに落ちた。
 クィリだけは最後まで眠らず、木々の隙間から星々を眺めていた。

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夜明けの演者 2-2-1 ( No.9 )
日時: 2017/10/15 11:22
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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〈二章 初陣は突風とともに〉


  ♪


「王国から伝書鳩で依頼が来た。内容は無断侵入したアルドフェック帝国民の一掃。規模は小さいが、直ちに対応せよとのことだ」
 
 それから数日後。クィリがそんな依頼を持ってきた。

「ええ〜、またぁ? めんどくさいな〜」

 マキナはぶつぶつと文句を言った。無言で頷くスーヴァルは対照的である。

「だそうだが、フルージア、初任務だな」

 ヴィラヌスが彼女の肩をぽんと叩いた。

「セラン特殊部隊の仕事については聞いたか?」

 クィリに初めて出会った日に聞いた気がする。

「確か、王族貴族の問題事や侵略に、ゲリラ的に対応する部隊、だっけ?」
「その認識で合っている。ところで君の『演者』は戦うこともできるかな?」
「実戦は初めてだけど……たぶん。とりあえず援護でいい?」

 ヴィラヌスは頷いて、皆に行った。

「今日は久々の戦闘の日だ! 皆、気を引き締めてかかれ! 彼女、フルージアは援護につく! 援護部隊は彼女が何か質問をしたら答えるように!」

 指示が早いし的確だ。彼は軍をまとめるのに向いているのかもしれない。クィリの出番は無きに等しい。
 そんなこんなであわただしい朝が始まり、一行は戦場へ向かうこととなった。


  ♪


 マキナの「千里眼」によると、問題の場所は近いらしい。

「あ、ほら、見えたよって!」

 彼女が示した方を見れば。確かに確認できる、小規模の集団。セランの警備兵らしき人々と交戦中だ。ここは割と国境から遠いのに。

「……戦闘、用意」

 クィリが低くつぶやいた。そういえば、彼はどのようにして戦うのだろう?
 その答えはすぐにわかった。彼は、いつも腰に提げているポーチから、鈍色(にびいろ)に輝く鉄爪クローを取り出したのだ。剣や短剣のたぐいだと思っていたのに。やけに近接戦闘に向いた装備である。
 クィリは鉄爪をつけた手を振り上げた。戦闘開始の合図である。フルージア達はヴィラヌスの指示通りの位置につく。ちなみに無断侵入したアルドフェック帝国民は殺してもいいそうだ。つまりフルージアは今日、初めて人を殺すことになるのかもしれない。それが怖かった。

「だいじょーぶだよ、フルージアちゃん。どーせ援護でしょ? 怖がんなくてもいいって」

 マキナがそっと励ましてくれて、フルージアは嬉しくなった。

「かかれッ!」

 突如上がった、ときの声。魔素使ヴィラヌスが先行し、帝国民に斬りかかる。

「我が国土に無断侵入した奴らは、生かしてはならないというお達しだ!」

 血が飛んだ。あわてる帝国民たち。彼らと交戦していた警備隊はほっとした表情を浮かべ、訊ねた。

「あ、あなたたちは?」

 それに答えるはクィリ・ロウ!


「人よ聞け! 我らはセラン特殊部隊、別名『不可視の軍団インヴィシブル・アーミー』ぞ! 伝書鳩による知らせを受け、鎮圧のために参ったまで! 敵も味方も、我らが名を刻みつけよ!」


 襲いかかる鉄爪は凶悪に輝く。負けじと相手も応戦した。
 ——カキーン!
 金属のぶつかり合う音が鋭く響き、さっと両者は距離をとる。
 それを合図として、観念した帝国民が、一気に襲いかかってきた。

「わっ! マキナ、援護するっていったって、わたし、どうすればいいの……?」

 森の陰から見守るフルージアは混乱してマキナに問うた。マキナは首をかしげて答える。

「あたいはどんな『役』があるのか知らないよ? あたいよりスーヴァルの方が詳しい。そこにいるから聞いてみたら?」

 マキナの指した方を見たら、静かに両の手を構えるスーヴァルの姿が見えた。その瞳は鋭く、気軽に話しかけるのがためらわれる。
 だけど、言ってられないじゃない! 誰かが一生懸命戦っているっていうのに、自分だけ何もしないのは嫌だ。フルージアは彼にそっと声をかけた。

「あ、あのー」
「何」

 相変わらず素っ気ない。彼は戦場を睨むようにしていた。

「援護するって、何をしたらいいの……?」
「あなたの『役』のことか」

 さすがスーヴァル。頭の回転が速い。

「そのことなんだけど、初めての戦闘だからわたし、混乱しちゃって。いいアイデアがあったら教えてくれない?」
「援護には三種類ある。ひとつ、攻撃魔法などで相手を攻撃すること。ひとつ、補助魔法などで味方をサポートすること。ひとつ、妨害魔法などで敵を邪魔すること」

 フルージアは尋ねる。

「で? わたしはどうすればいいの?」
「人形使が今回は最適。もの(人形)がないなら植物がいい。相手の足を蔦で縛って動きを封じれば捕虜にしやすい。……教えるのは今回だけだ。次からは無いと思って。ここは戦場、自分の頭で、その状況で何が最適かを、その場で判断しなければならないから」
「……なるほど」

 その言葉、しかと胸に留めておこう。フルージアはスーヴァルに礼を言った。

「どうもありがとう」
「別に。感謝される覚えは無い。あとは実戦での経験次第だ。今回の敵は割と雑魚にあたると思う。初陣がこれでよかったね」

 その言葉からは、経験に裏打ちされた自信が感じられた。スーヴァルは何年この特殊部隊に入っているのだろう?

「こっちはこっちの援護があるから。用が済んだらこれで」
「あ、うん! じゃあね!」
「…………」

 スーヴァルは答えずに再び戦場を睨む。相変わらずの態度である。
 とにもかくにも。彼のおかげで指針の決まったフルージアは、マキナのいるところに戻り、役を思い出す作業に入る。マキナがぴょこんとやってきて、声をかけた。

「どうだったっ?」
「色々と話してくれたわ。素っ気ない割には雄弁だった。わたし、植物の魔導士のリルフィになることにしたわ。彼がすすめてくれたの。その劇についてはまたいずれね」

 マキナはうんと頷いた。ここは戦場。のんびりお喋りはできないのだから。
 植物魔導士リルフィの台詞を小さくつぶやく。

「愛のあふれる世界よ来い! 植物たちの、息吹によって!」

 心優しい彼女の役をやったのは、いつのことだろう。それでもフルージアは、役になれた。
 特殊部隊の前衛はクィリとヴィラヌスの二人しかいない。そこをさっきまで帝国民たちと戦っていた警備隊たちがフォローしているんだ。

「その足を止めよ!」

 フルージアが叫べば。突如地面から生えてきた蔦が、帝国民の足に絡みつく。

「わっ、なんだこれは!」

 動きの止まったそこを、

「行くぞッ!」

 ヴィラヌスが剣の鞘で殴って気絶させた。随分簡単だ。
 とはいえ蔦を避けた者もいる。自意識過剰な帝国民、といって舐めてはならないようである。

「逆探知! そこだ!」

 奥の方から声がした。帝国民にも魔導士がいたらしい。飛んできた炎の球。完全に場所がばれている。

「援護は危険じゃないって言ったじゃない!」

 しかし、炎が迫るは身を潜めていた森。木々が焼けてしまったらまずいことになる! と。








「……伏兵がいるってことくらい、考慮しとくべきなんじゃないの? っと、溢れ乱れよ、



 叛逆の渦流ディソベイ・ストリーム!」








 絶体絶命の危機かと思いきや、そんな声がして。どこからか一勢に水が放出された。それは炎の球を掻き消した。特殊部隊の誰かだろう。とにかく助かった!



「お土産あげるよ!」



 先ほどと同じ、人を食ったような声……リクセスだ! が、また聞こえて、森の奥で何かがキランと光った。あれは、知恵の輪?
 その声に応じて森がざわめく。何か大きな魔法が起こる予感?

「味方は下がりな! さあ、見せてあげようか! 我らが不可視の軍団インヴィシブル・アーミー所属、『組師』リクセス様の実力をね! 見られないなら焼き付けろッ!」

 フルージアは確かに見た。これまでリクセスがいじっていた知恵の輪が、この瞬間、しっかりと完成されていたのを。完全なる円を描いていたのを。彼の力は知恵の輪を使うことによって発動されるらしい。一種の触媒だろうか。











「——名付けて、一掃のスウィーピング・ストーム!」











 言葉が終わった途端、彼の知恵の輪から突風が噴き出した。それは迅速に戦線離脱したクィリ達を巻き込むことはなく、帝国民だけを巻き込んで、竜巻となって空高くに昇っていく。ものすごいスピードで動く竜巻は間もなく地上を離れ、空の彼方へ消えていった。
 フルージアはすっかり呆けてしまった。

「あ、あれ、あれって……」

 信じられない。あんな魔法があるなんて。一掃のスウィーピング・ストーム? 単なる風魔法ではないはずだ。
あんなのが使えるくらいなら前衛なんていなくたって……いや、だめか。きっとあれをやるには時間がかかるのだ。前衛は時間稼ぎのために動いていたのか?
 まあ、いいか。何はともあれ、勝利は確定した。


  ♪


「とりあえず、戦勝おめでとう」
 
 戦いが終わり、ヴィラヌスが疲れたような顔をして戻ってきた。

「おおい、みんな! 隠れ場所から出て来てもいいぞ! 終わったのはご覧の通りだが?」

 彼の声につられてみんな出てきた。さっきまで共闘していた警備兵らは、まだ呆然としている。そりゃそうだろう。あんな魔法を見せられたら、誰だって驚きのあまり、開いた口がふさがらない。魔法大国であるアンディルーヴの魔導士だって、きっと腰を抜かすだろう。リクセス……とんだ自信家な人間だったが、あんな力を持っていれば、自信家になるのも仕方のないような気がする。
 みんなが戻ってきた。彼らは口々にリクセスをほめたたえ、陰の功労者であるフルージアにも、「初めてなのに頑張ったね」と口々に励ましてくれた。あまり活躍できてはいなかったけれど……嬉しかった。

「案外早く片付いた。これで討伐作戦を終わりにするが、リクセス、あの竜巻は、どうなった?」
「アルドフェック本土に帰しました。おそらくもう二度と悪さはできないんじゃないですかね」
「それはよかった」

 とにもかくにも。大勝利にてフルージアの初陣は終わる。

(次はもっと活躍できたらいいなあ、なんてね)

 何とも言えない幸せを噛みしめながらも、フルージアは眠りに落ちた。

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夜明けの演者 2-3-1 新しい任務 ( No.10 )
日時: 2017/10/15 15:01
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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〈三章 流転の善悪〉


 1 新しい任務


  ♪


 とある穏やかな日のことであった。


「ただいまー……って、見慣れない子がいるねェ。あんた、新入りかい?」
「とりあえず、任務の終了を報告しておく」

 その日、今まで「任務」に行っていたメンバー二人が帰ってきた。

「何、クィリ、また拾ったのかい? 飽きないねェ、ったく」

 帰ってきたうちの一人の名はアミーラ・シーレ、とクィリが紹介した。このセラン特殊部隊の隊長だという。その背には身の丈ほどもある大剣。あんなのを使うんだ? 人は見かけによらずである。
 彼女は朗らかに笑って言った。

「ちなみにクィリは副官ね。あいつが言ったと思うけどサ」
「よ、よろしくお願いします」

 ちなみにもう一人の名はハインリヒ。貴族然とした名前を通称としているが、彼の本名は謎である。

「扱える力は空間操作だ。これからよろしくな、新入りさん」

 不敵にも見える笑みを浮かべて、ハインリヒは右手を差し出した。
 これからはもっと愉快になりそうだ。


  ♪


「反逆者の討伐!?」

 アミーラは依頼を持ってきた。それはそこそこ規模の大きなものだった。

「セランはいい国サ。だけどねェ。いい治世のときに限って必ず、反逆者なんてものが現れるのサ。今はアルドフェックの侵略によって不安が高まってるしサ、国を乗っ取るのにはいい機会だ、なんて思ったんじゃないのかィ?」

 それに対して冷静に問うはスーヴァル。

「反逆者の名前と、罪状は?」

 その問いにはハインリヒが答えた。

「名前はエルシェヴェイツ。移民上がりの下級貴族。罪状はセランの王子アルフォンソに危害を加えた事。国内視察のために各地を訪れている彼が一人になった隙に、剣を抜いて襲いかかった。怪我を負わせることには成功したようだが、そのすぐ後に、彼の、自称護衛官たるカルロス王子が駆けつけて事なきを得た、と。幸いアルフォンソ王子の命に別状はなかったが、お陰で視察は取りやめ、奴は必然的に反逆者として追われるようになったが未だ捕まらず、王家はこうして我らに依頼をした、というわけだ。合ってるよな、隊長殿?」

 答えは立て板に水の如く。どうやらハインリヒは説明に慣れているらしい。
 アミーラはうなずいて彼の肩を叩いた。

「さすがハイン! やっぱあんたは説明うまいねェ。あたしがやったら一時間はかかるかもねェ……って冗談サ、冗談。……ってことで、依頼終わりたてで悪いけれどサ、なかなか大きな依頼が来たヨ。フルージアちゃんはまだ後ろの方で見ていていいケド、今回は全員出動だからネ? 期間指定はなしだけど早めの方がいいってサ。詳しいことはこの手紙に。なんと、アルフォンソ王子直々のお達し!」

 それじゃ、とりあえず解散! とアミーラが言うと、ヴィラヌスやシフォンなど、真面目な何人かは、その手紙を見にアミーラの方へ集まっていった。
 なにはともあれ、特殊部隊ではそうそう休めるものでもないらしい。
 ところで何度かアルフォンソ王子の名が出てきたけれど。噂では彼はまだ十四歳だという。フルージアはおかしいと首を振った。まさかね、まさか。あの頭脳明晰を謳われる王子がそんなに幼いわけないよね。
 フルージアはちらりとみんなが集まる広場を見た。そこには仲間がいる。友人がいる。居場所がある!
 依頼の果てに何があろうと、そのすべてがある限り、きっと乗り越えていけるだろう。依頼の旅に出る日に備えて人形使の人形を作りながらも。そんなことを想うフルージアであった。


  ♪


 エルシェヴェイツは下級貴族だ。彼は、今の王制に不満を持っていた。

(大体、セランに数多くあるギルドのうち、そのギルドマスターは皆セラン王族。それでよく独裁が起こらなかったものだな全く……)

 セランには「ギルド」と呼ばれる制度がある。魔導士、暗殺者、傭兵、商人、運送業者、職人などなど。彼らは皆、国の中では大きな存在だ。ゆえに、彼らは一部を除き、国が管理するために「ギルド」への加入が推奨される。
 ギルドへ入ったら管理されるだけでなく、ギルド内のネットワークを使ったり、ギルドという組織に守られたりするなど、特典もある。加入を拒否することもできなくはないが、そうすると、自由と引き換えに、そういった恩恵は一切得られなくなる。
 そして、そういった様々なギルドには、各ギルドを束ねる「マスター」がいる。彼らは自分のギルドに対して、大きな権力をもっていた。
 
 エルシェヴェイツは、そんなに大きな権力を持つギルドマスター全員が、すべてセラン王国から選出されているということが気に入らない。特に、商業ギルドのマスターはまだ、十四歳にしかなっていないという。セランは彼、アルフォンソ王子を傀儡にして、商業ギルド、つまり財力の世界を、大義のもと、国の支配下に置くのではないか。そう考えていた。
 そもそもエルシェヴェイツは、最初からセラン王国の民ではなかった。彼がかつていたのは砂漠の帝国ダルジア、独裁政治のまかり通る、南大陸一の大国だった。
 独裁を避け、父とともにセランに渡ったのは十年以上前。そこでこの国の良さに触れ、国のために役に立ちたいと思い、国のために尽くしてとうとう、移民から貴族にまで成り上がった。それが彼、エルシェヴェイツの半生だ。
 しかし、今、このセラン王国に。祖国で嫌というほど経験した独裁が、起こりはじめようとしている。

 嫌だ、せっかく得た幸せな生活を。独裁政治なんかに奪われてたまるか!

 だから彼は消そうとした。傀儡のアルフォンソ王子を。



 しかし、彼は知らなかった。

 いくら幼くとも、アルフォンソ王子はしっかりとした意志を持ち、傀儡になんてなりようが無かったことを。財力の世界は複雑だ。だからこそ王は、アルフォンソに——幼き神童に、その世界の権利を渡したのだと。
 そもそも、ギルドマスターがすべて王族になったのは、決して意図的ではなく、単なる偶然の産物に過ぎない。王が有能な者を探していたら、それがなんと、全員王族だったというだけである。決して身びいきではない。
 よって、エルシェヴェイツの反乱には、意味がない。
 たったひとつの事実を知っているかいないかで、彼の運命は分かたれた。


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夜明けの演者 2-3-2 事件の裏側 ( No.11 )
日時: 2017/10/15 15:03
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 今回は裏方さんの話なので、主要メンバーは誰も出てきません。

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 2 事件の裏側


  ♪


 ——時は少しさかのぼる。

「あにうえ、あにうえ〜!」
「……五月蝿うるさい。命に別状はないと言った。だからそんなに近づいてこなくて良い。鬱陶しい」

 カルロの手を鬱陶しそうに払いながらも、アルフォンソ・セラリスティアは身を起こす。

「あにうえ、冷たいって! おれがあにうえ助けたんだぞっ!」
「お子様は黙ってろ」

「どっちがお子様だって?」

「! 兄上……!」

 不意に扉が開いて、淡いブロンドの髪に悪戯っぽい青い瞳、銀縁眼鏡に白衣の人物が現れた。人ぞ知るセラン王国第三王子、ファブリツィオ・セラリスティアだ。自称「発明家」で、職人ギルドのマスターでもある。

「ひどい目にあったねえ、アルフ」
「ご無沙汰している。兄上はどうしてここに?」
「手紙を預かってねぇ。いくら忙しいからって兄さんにそんな雑用を頼むとは、まったく、人使いの荒い妹だよねぇ。確かに僕は暇だけどさ」
「……ファルフ姉上からか。内容は」
「はい、これね」

 ファブリツィオは、二枚の手紙を差し出した。そこには、セラン王国第一王女、ファルフォンヌ・セラリスティアの流麗な文字が、流れるように美しく書かれていた。


 †親愛なる我が弟へ†

 ごきげんよう。事件については聞き及びまして、まったく痛ましい限りですわ。あんな輩はすぐに討伐して差し上げたいところですが、生憎とアルドフェックの件がありまして、そっちの方に回す手がありませんのよ。ただし、身元はつかめましたわ。賊の詳しい経歴については二枚目をご参照あそばせ。わたくしの諜報能力を舐めていただいては困りますの。どうぞよしなに。

 さてさて、賊について調べられたはいいものの、こちらはひどい人手不足。賊の討伐に回す手が足りませんの。

 そこでわたくしから提案いたしますわ。あなた、わたくしの事務仕事を手伝ってくださりません? そうしたらわたくしは「駒」を動かせますの。あなた、セラン特殊部隊をご存知? わたくし、そこの隊長である、アミーラ・シーレとつながりがありまして。「部隊」は政治なんかとは直接的な関係はございませんので、この件で自由に動かせる、唯一の駒ですわ。しかし、それを動かそうにも忙しすぎましてね……。困っていますの。

 そこで取引をいたしましょうか。あなたがわたくしの事務仕事を手伝って下されば、この件はすぐにでも解決いたしますわ。この件はあなたに深くかかわること。あなたほど賢くあれば、どうするのが一番いいかなんて、すぐにわかりますでしょう?
 ああ、兄上が偶然通りかかって良かったですわ! おかげで手紙を託せましたもの。
 返事はあなたが直接来ることを返事といたしますわ。命に別状はないというのなら、来られないことはないでしょうから。
 よい返事をお待ちしておりますわね。

 †愛をこめて†  ファルフォンヌ★



「……自分の用ばっかり書いてあって、全然愛のこもっていないお手紙をありがとう」

 読み終わり、アルフォンソは溜め息をついた。

「で、アルフはどうするんだい」
「行くしかないだろう」

 憮然とした顔でつぶやき、ベッドから立ち上がる。が、その途端、体が大きくよろけた。

「……ッ!」
「大丈夫かい」

 その身体を、ファブリツィオが支える。その青い瞳が心配を帯びた。

「つい最近も、君は怪我したばっかりだし、やめた方がいいんじゃないかい?」
「断る。自分のことはどうだって良い。あくまでも役目を果たすまでだ」
「なら、止めないよ」

 ファブリツィオは穏やかに微笑み、さっきから居場所がなさそうに縮こまっていた、カルロの方を見た。

「カルロ。アルフォンソは帰ることになったから。君も一緒に帰るだろう?」
「もちろん! あにうえはおれが守るんだからね!」
「頼もしい弟だねぇ」

 ファブリツィオはクスクスと笑った。

「じゃあそういうことで、まだ朝だから早速発つけど、アルフ、歩けるかい?」
「無論だ」

 言ってはみるけれど、傷が痛み、体に力が入らない。命に別状はないけれど、決して軽傷というわけでもない。
 そんな彼を見て、溜息を一つ。

「意地を張るのは良くないよ?」

 言って、有無を言わさず弟を背負いあげる。

「……っ! 兄上! 僕はまだ……」
「君はませてはいるけれど、まだ子供なんだからおとなしく背負われていなさい」
「すまない」
「兄さんとして当然のことさ」

 その日、セラン特殊部隊に、一つの指令が下された。


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【2017/8/25 文字化け修正しました。
 ハートは使えないのか……。】

夜明けの演者 2-3-3 叛逆の徒を討て ( No.12 )
日時: 2017/10/22 11:21
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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  3 叛逆の徒を討て


  ♪


 反逆者エルシェヴェイツ。彼は十数人の仲間とともに、オスキア大森林に潜んでいるらしい。


「王族からの情報が入ったヨ。奴らの居場所が変わらないうちに、早いうちに決行しようねェ」

 その日、アミーラはみんなを集めて、そんなことを言った。

「相手の戦力はわかんないんだよねェ。だからあたしたちは、二人から四人で班を作り、班ごとに散らばって行動することにしようかねェ? どっかの班が先制攻撃、で、自分たちに注意を引きつけて、他の班がその隙に、各々の魔法やら術式やらを組み立てる。その次は、用意ができたところから攻撃。様々な方向から叩いた方がいいんじゃないかィ? で、相手の殲滅で任務達成ね。ま、こんなトコかしらねェ」

 アミーラは前に、「あたしは説明が下手だから」とか言っていたが、それはふざけただけらしい。見事な説明である。

「ちなみにこの作戦はあたしの案サ。普段はふざけてるように見えるかもしんないけど、隊長を舐めんじゃないさね。ってことで、班を作ってみ。前衛のみの班が最低でも一つは欲しいからそこのところよろしく」

 アミーラが指示すると、皆、慣れた様子でサッと分かれた。
 皆にはそれぞれ様々な「能力」がある。しかし、部隊に来て日の浅いフルージアには、誰がどんな能力を持っているのかよく分からない。(マキナが千里眼でヴィラヌスが魔素使で、スーヴァルが無属性魔法でリクセスが組師で……あとは誰が何だか)だから、どの班に入ればいいのか分からない。

 すると。


「僕の所においでよ。ぜひとも歓迎するよ」


 声をかける者があった。青い髪と灰色の瞳。ソールディンだ。
 見ると、そこにはすでに、ソールディンを除き、時雨とシフォンがいた。

 フルージアは、誘いに花が咲いたような笑顔を返した。

「誘ってくれてうれしいわ、ソールディン。わたし、まだ全然慣れていないけど、頑張るからね!」
「よろしくね、フルージア」

 進む先は、定まった。


  ♪


 オスキア大森林に入り、班ごとに散開する。フルージアは、自分含めて四人きりになった。
 話によると、 話によると、ソールディンは前衛、時雨はどちらも可能、ということらしい。

「僕は変身士だ。プルリタニア、という国を知ってるかい? 最果ての島国なんだけど、僕の祖先はそこから来た。そこには〈蒼き狼〉という伝説があって、僕はその狼の末裔なんだって。だから僕の変身形態は——狼さ」

 とソールディンは話してくれた。それは、フルージアのよく知る物語だった。

「あ、それ、青き狼、知ってるよ。わたし、演じたことあるもん。蒼き狼ウェロンと、人間の娘リリアの恋物語ね。その末裔なんだ、すごーい! で、プルリタニアかぁ。あの国はいいよね。面白い物語がたくさんあるもの!」
「フルージアが言っているのは『蒼狼の太陽』だね。よくご存知で」
「伊達に劇演じてたわけじゃないから。わたし、花形スターだったんだよ?」
「劇っていいよね」 

 そうやって二人で会話していると。
 シフォンが困ったようにこちらを見た。

「あの〜、割り込むようで悪いですが、敵に存在をけどられたらどうするんですか? 話をしたいなら、任務の後にしてくれると……」
「ばれてないよ、大丈夫さ。……狼の勘があるからね。まあ、シフォンの言うことももっともだ。自粛しよう」

 その答えを聞き、シフォンは生真面目に頷いた。
 ところで、フルージアはまだ知らないのだが。

「シフォンは、どんな力を持っているの?」
「わたしですか? わたしは命の魔導士です。生命力を操る力を持っています。今回は、怪我の治療など皆様の後方支援を担当します。といったって、わたしは戦闘向きではないので、今回に限らずいつも後方支援ですがー」

 苦笑いしつつも答えてくれた。なるほど、命の魔導士か。その力を使えば、致命傷すらいやせるという。
 ちなみに時雨は「カタナ」と呼ばれる剣を使う剣士らしい。
 さて。


「……反逆者たちらしき影を発見。止まって」


 森をそこそこ進むと、不意にソールディンが足を止め、小さくささやいた。

「アミーラとクィリの班が先制攻撃を仕掛ける。その次は僕らでかきまわす。戦闘準備、しておいたほうがいい。参考までに聞いておくけど、フルージアは何になるんだ?」

 ソールディンは前衛、時雨も前衛。で、シフォンが後衛で補助ならば。
 やるべき役は、前衛の攻撃か後衛の魔法攻撃、あるいは妨害。
 フルージアの頭の中に、たくさんの役が浮かんでは消える。
 地形は森、よって火は危険! 風は扱いづらく、戦いに慣れていないフルージアが前衛に行ったって、足手まといになるだけ!
 様々な情報を総合し、フルージアは、この場に一番合う役を選び取る。

「決めたよ。わたしがなるのは——」


  ♪


 エルシェヴェイツは、覚悟を決めた。

「間違った政治を正せはしなかったが……。大事なのは、立ち上がったことだ。王子を傷つけたことで国家の反逆者となった我らには、もう、まともに生きる道はない。どうせ始末番が来るだろう。——だが、しかし!」

 彼は最後まで彼につき従ってくれた十数人の同志に対し、心のたけを叫んだ。

「我らが死んでも! 我らの業を見て、きっと跡を継いでくれる者が現れるだろう! 我らは王制の前に倒れたが、その死は決して無駄にはならない! 自分の信念のために死ねるのならば本望だ!」

 天高く拳を突き上げた彼に、同意の声が上がる。
 エルシェヴェイツの燃える瞳には、彼の正義があった。

「最後の戦いが始まる。皆、死兵となって、死ぬまで戦い続けろッ!」

 叫び、彼がさらに皆を鼓舞しようとしたとき。










「——ならば死んでくれないかねェ?」











 アミーラの大剣が、一直線に彼の喉元を狙った。






 戦いが、始まる。
 方や、無知ゆえに反乱を起こした反逆者。
 方や、「不可視の軍団インヴィシブル・アーミー」の異名を持つ部隊。


 しかし、この戦いはあまりにも一方的で。シフォンが誰かを治療するまでもなかった。

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夜明けの演者 2-3-4 正義は誰の手に ( No.13 )
日時: 2017/10/22 11:46
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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 4 正義は誰の手に


  ♪


 飛び交う剣戟、時々もれるうめき声。
 フルージアが選んだ役は、『天空の幻』の幻影使いリリーサ。

「血を流さずして勝つ!」

 台詞を叫べば、現れる幻影。それは、演者の力。
 その幻影に惑わされて混乱する反逆軍を、アミーラの大剣が薙ぎ、クィリの鉄爪がえぐり、ヴィラヌスの魔法素の剣が斬り払い、時雨の刀が切り裂いた。


「天空のヘヴンズ・ウィング!」


 リクセスの放った行動速度と神経速度を上げる補助魔法も、要らなかったのかもしれない。
 それほどまでに反逆軍は弱く、相手にならなかった。

「あまりにも弱すぎて、他の仲間の出る幕がなかったねェ。あたしの策も無駄、人も無駄。……さて、最後に折角だから、反逆者さん、なぜあんたが王子を傷つけたのか、教えてもらえないかィ? そこが不可解サ」

 首謀者以外は全員殺され、首謀者も致命傷を負った頃。皆がひっそりと見守る中、アミーラがそんなことを訊いた。
 エルシェヴェイツは、荒い呼吸の中、きっとアミーラを睨みつけた。

「今の王制は、間違ってる……!」
「その理由は何サ」
「全ギルドのマスターは皆、王族であることが何よりの証拠だ!」

 もしかしたら、これは周知の事実ではないのかもしれない。だとしたらそれを伝えることで、今の王制がおかしいと向こうに伝わるかもしれない。淡い期待を抱き、彼は堰を切ったように喋り出す。

「ギルドは国の中枢の組織で、ギルドマスターの権力は大きい。しかし現状、ギルドマスターは皆王族だ! しかも商業ギルドのマスターはまだ、十四歳の子供だと聞いている! 王はその子供マスターを傀儡にして、財力の世界を自儘に操ろうとしているに違いない。このままだと、王族の独裁政治が起こる! だから私は、その子供マスターを殺すことで、独裁を止めようとしたんだ! アミーラとやら、おかしいと思わないか? だから私は反乱を起こした!」

 全て語り終わって、彼は荒い息をつく。自分の命尽きるまでに、全てを伝えなければ——!
 しかし、全てを聞き終わっても、アミーラは冷たい目をするだけ。

「それがあんたの答えかい」
「そ、そうだが……」

 だとしたら、と、アミーラは憐れむような瞳で彼を見た。










「——間違っているのは、あんたの方さ」










「なん——だと」
「もう一回言おうか? あんたは、間違ってるってことをサ」

 アミーラは、彼の「無知の罪」を暴く。

「考えてみぃ。ギルドマスターを務めるセラン王族についてサ。暗殺者ギルドのフェルディナンドも、魔導士ギルドのファルフォンヌも。皆、有能だろう? だから、ギルドマスターが皆王族っていうのはねェ、王族がたまたま有能だったからこうなったって結果論にすぎなくて、何の必然性も無いのサ。独裁? 傍からはそう見えるだろうけれど、あの軟弱な王にゃ独裁はできないネ」
「しかし、ならばアルフォンソ王子は——?」
「聞いたことがないのは憐れだねェ。知らないのかィ? 彼は御年十四にして国中の学者や策士と渡り合える、神童だヨ? 彼は若いながら、誰よりも有能サ。商業ギルドのマスターになっているのも、うなずける話だろう? 傀儡? 彼を傀儡にするなら、薬品を使うしかないさね。言葉や権力、暴力なんかじゃあ絶対、彼を操り人形にはできないネ」 

 その言葉に、エルシェヴェイツの瞳が絶望に染まる。

「そ、それでは……私は、私のしたことは——!」
「無駄。無駄だったのサ。あんたのしたことはすべて無駄。単なる自殺行為にすぎなかった。正義も何も、あったものじゃないさね」

 エルシェヴェイツの言いかけた言葉を、アミーラが引き継いだ。

「できればその愛国心、反逆じゃなくて国のために使ってほしかったケド……。全ては後の祭りサ。仕方のないことだネ」

 悲しげに一言言い放ち、もう話は終わりとばかりに大剣を構える。
 そこにはもう、理想を掲げた反逆者の姿はなく、

「ならば、皆は何のために死んだのだ! 私は何のために抗った——!」
「運命を恨むがいいサ、哀れな敗北者サン」

 絶望にまみれた醜い姿が、そこにあった。
 こんなみじめな奴は、早く死んだ方がいい。
 アミーラの大剣がエルシェヴェイツの致命傷に深く食い込み、その身体を二つに絶ち切った。

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夜明けの演者 2-3-5 わたしの正義は ( No.14 )
日時: 2017/10/22 11:52
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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 4 わたしの正義は


  ♪


「あー、終わった、終わった。みんな、ごめんねェ。あたしが見せ場取っちゃったよ。でもま、結果オーライだよね?」

 全てが終わり、全ての班がアミーラのもとに合流した。
 アミーラはあんなにあっさりと言うけれど、フルージアには思うことがある。

「けれど……悲しかった。わたし、近くでずっと見てた。あの人……エルシェヴェイツは悪くなんかないんだわ。たった一つ、情報を知らなかっただけで、それで国のために行動しただけで反逆者呼ばわりされて、挙句の果てには殺されなければならないなんて……」
「でも、彼は王子を傷つけた」

 時雨がぼそっと言った。

「僕の祖国は軍国イデュオン、『軍』が国を牛耳る軍国主義の国だ。そこには多くの規律がある。そこで僕らは習ったよ。無知は罪だと」

 時雨は言う。

「世の中には、知らないで済むことと済まないことがある。理由がどうであれ、何も知らなかったとはいえ、彼は国の中枢を傷つけた。罪は重い。よって、いくら彼に正義があろうと、結果が重要、その行動のせいで、彼は死ななければならない」

 その言葉は、冷たい。冷たく、重い。
 エルシェヴェイツは反逆者。でも悪くない。しかし、結果は悪いことになっている。でも悪くないのに。
 フルージアは両手で顔を覆った。

「わからないよ……。何が善で、何が悪か。そもそも善って、悪って何……?」
「経験を重ねればいつかわかるさ。ただし、一つ言えるのは」
 


 善や悪、正義や勇気。そんなものは人や状況によって違うし、簡単に変わるものなんだ。



「だから、一般の善悪観や正義観に惑わされてはいけない。その時々で、自分が最も良いと思うものを選び、その時々で違う正義を貫き通す。それが大事さ。覚えておくと良い」
「時雨には、あるの? 自分の正義や善悪観が」
「ある。僕にとっての正義はセラン特殊部隊。善は律法、悪は卑怯。ただしどれも、状況によってはいかようにも変化する。今言ったのは、あくまでも平時の行動の基準にすぎない」
「時雨には確固としたものがあるんだね。羨ましいな……」
「時が経てば、自然と生まれるさ。それに正義とは言わなくても、大切なものくらい、あるだろう? ならば、それを守ることが君の正義だ」
「大切なもの……」

 かつてのそれは、アスフィラル劇団だった。
 そして今。フルージアの大切なものは。

「そっか……。ありがとう、時雨っ!」
「悩みが消えたならよかった」
「うん、ホントにありがとね!」 

 クィリは約束してくれた。劇場の裏手で泣いていたフルージアに、輝かしい未来をくれると。
 そして今フルージアは幸せだ。このセラン特殊部隊に入って。沢山の仲間に出会い、話して。
 大切なものは、ここにある。この、セラン特殊部隊に。

「わたし、守るから」

 誰にともなく、つぶやいた。

「この幸せな生活を。このセラン特殊部隊を! それが、今のわたしの正義よ!」

 守るべきものができれば、強くなれる。
 フルージアは、この想いをしっかりと噛みしめた。



(二部三章 了)

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夜明けの演者 2-4-1 消えたスーヴァル ( No.15 )
日時: 2017/10/22 12:31
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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〈四章 切れない絆〉


 1 消えたスーヴァル


  ♪


 エルシェヴェイツの事件から三ヶ月。


 スーヴァルが、とある個人任務に出されていなくなった。
 内容は重要書類の運搬。現在地はセラン王国イリニアスの町だが、そこからアクラムという町にある宿、「リィン・リィン」に向かい、とある合言葉を唱えて書類を受け取るらしい。
 ちなみに、こういった仕事は狼になれるソールディンの方が足が速いので向いているのだが、今回は、クィリの気まぐれでスーヴァルが選ばれることとなった。クィリは生真面目だが、時にこういった気まぐれを起こす。

 その気まぐれが、その任務で事件を起こした。

 アクラムはイリニアスとそんなに離れた町ではない。スーヴァルの足でも歩いて二日の距離だ。手紙を受け取るのに多く見て一日かかるとして、所要時間の目安は五日。一週間もかからない任務だ。
 しかしスーヴァルは、一週間経っても帰ってはこなかった。
 どころか、音信一つなかった。
 これは本格的に何か起きたなと考え、事態を深刻に見たクィリはこの事態の責を取って、捜索隊を編成し始めた……。

 スーヴァルはセラン特殊部隊の中でも古参の方だ。任務達成率も高い。
 そんな彼が、音信一つ寄越さずに、帰ってこないなんて……。
 不安が部隊に広がった。


  ♪


「その役割はオレだな」

 不敵に笑い、ハインリヒが捜索隊に立候補した。

「オレの力は応用範囲が広い。何かあったとき便利だろう」

 それに、彼がアミーラの右腕であるのは伊達ではない。彼は人格面や統率面でも非常に優れている。
 すると、内気なシフォンも手を挙げる。

「もしかしたら、怪我しているかもしれないです……。なら、命の魔導士であるわたしが行った方が、いいですよね……?」

 彼女の力はいやしの力。確かに、彼女がいれば、たとえスーヴァルが怪我をしていたって、すぐに治せる。
 その次は。

「あたいも行くからねっ! 千里眼に用はなあい?」
 スーヴァルと仲がよさそうだったマキナが、びしっと手を上げて立候補した。それに、彼女の「千里眼」は人探しにもってこいだ。捜索、と言った時点で彼女は必須人物である。
 それを見て、フルージアは溜め息をついた。

「なら、わたしも行くわ。スーヴァルには初陣のときの恩があるし」

 それにやっぱり、大切な仲間のこと、気にならないわけがない。
 その様をみてリクセスが「ハインリヒ、ハーレム結成か?」とからかった。言われてみれば、彼以外のメンバーは全員女性だ。

「僕が行けばいいのだろう」

 ヴィラヌスが立候補したところで、クィリが発言した。

「これ以上抜けられても困る。これで締め切りとするがいいか?」
「意義なーし」
「今回の捜索は」

 説明が始まる。

「イリニアスからアクラムまでだ。道にいなかったら、アクラムの町を捜せ。『リィン・リィン』の主人にも聞き込み調査しろ。マキナの千里眼もフル活用して、それでも見つからなかったら……死んだと思って諦めろ。そうするしかない」

 その言葉に、マキナが思い切り憤慨する。

「スーヴァル、絶対に死んでなんかいないもんっ! クィリさぁ、言っていいことと悪いことがあるよっ! あたい、絶対に見つけ出すんだからっ! 見つけ出すまで帰らないんだからぁっ! タルのこと忘れたのっ?」
「……マキナ、それはわかったから、落ち着け」
「スーヴァルは死んでないもんっ! 前言撤回してよね、この冷酷仮面っ!」
「れ、冷酷仮面……だと……?」
「しーらないっ!」

 マキナの暴言に地味に傷付いた彼をよそに、マキナはどこかへ走り出した。

「わたし、追いかけてくるっ!」

 フルージアはあわてて、走り去る背中を追いかけた。


  ♪


「マキナ!」
「……フルージアちゃん」

 野営地の近くの木の陰に、フルージアはマキナを見つけた。

「戻ろうよ。スーヴァルを探しに行くんじゃないの? みんな、待ってる」
「……かし」
「え?」

 蚊の鳴くような声でつぶやいたマキナの言葉を聞きとれず、フルージアは聞き返した。

「むかし」

 今度ははっきりと、マキナは言う。その顔はうつむいていた。

「フルージアがここに来るずっと前ね、ここのメンバーが死んだの」
「ええっ!?」

 セラン特殊部隊。フルージアの見つけた幸せの地。
 そこで昔、メンバーが死んだ?
 明かされたのは、悲しみの事実。

「名前、タルヴァンっていうんだ。みんな、タルって呼んでた。魔力を物理的な力に変換する『変力師』だった。大柄で気さくな男の子で、すっごく面白いメンバーだったよ。あたいも何度か遊んでもらったし、戦いっぷりも見てきたよ。だけどね」

 クィリから任務に出されて、そのまま帰ってこなかったの、とマキナは語る。

「その時も捜索隊を組んで、みんなで捜したの。で、見つかったんだ。
 ——死んでからもう何日も経った、腐敗しかけたタルの遺体が」

 フルージアは息を呑んだ。マキナは暗い顔で話を続ける。

「タルね、アルドフェックの最南端の町の視察に行ってたの。けど、そこで帝国民にばれたんだね。冷酷仮面ことクィリいわく、その遺体には集団でリンチに遭ったような跡があったって。クィリが悪いわけじゃないって、あたいは知ってるよ。でも、今回のこと、あのときのことにあまりにも似てる。あたい、怖かったんだ。もう二度と失いたくないよ。セラン特殊部隊はあたいの家族だもん! でもさ、クィリが『見つからなかったら死んだと思って諦めろ』なんて言うんだ。タルのこと思い出したら、『諦めろ』なんて普通言えないよ。それとも、あれが正しい指揮官の姿なのかな……。あたい、よくわからないんだよ」

 それが、事件の全貌だった。
 確かに依頼者がクィリである点や捜索隊が組まれた点などは、マキナの言う「あの事件」と同じだ。そんなことがあったのならばそこに変な符合を感じたとしても、むべなるかなである。
 それはともかく。

「マキナ、マキナ」
「何」

 返事までもが素っ気ない。その素っ気なさにスーヴァルを思い出す。フルージアは彼女の両肩に手を置いた。

「フルージアちゃん……?」
「マキナはスーヴァルのこと、どうでもいいの?」
「いや! そんなことない」

 なら動こうよ、とフルージアは元気づける。

「過去をウジウジ悩むよりはさ、今を見て、どうしたらスーヴァルと再会できるか、考えよっ! 嫌なことじゃなくて幸せな未来を考えよっ!」
「……うん、そうだねっ!」

 フルージアの両手を振り払い、マキナはちょっと吹っ切れたように笑った。

「そうと決まったらゴーゴーゴーっ! あたい、クィリに謝らなくっちゃ」
「冷酷仮面にィ?」
「あの暴言も謝らなくっちゃあ。クィリ、ちょっとショック受けてたっぽいし」
「じゃ、行こうか、マキナ」
「行こうよフルージアちゃんっ!」

 二人は仲良く手をつないで、来た道を駆け戻っていった。
 タルのことがあったからって、それでスーヴァルが死んだと、決まったわけじゃないから。

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夜明けの演者 2-4-2 傷だらけの白 ( No.16 )
日時: 2017/10/22 12:35
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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 2 傷だらけの白


  ♪


 マキナは言う。

「見えたよっ! でも、まだ曖昧だなぁ。けど、場所はなんとなくわかった。道なりに行けばきっと会えるよ」

 その言葉に従って、捜索隊五人は、捜索を開始した。

「生存の確認は」

 ハインリヒが問えば。

「まだ生きてるよっ! 急ごうよっ!」

 とマキナが返す。
 それから一日程度、道の半分まで来た時だった。
 それが見えたのは。

「死霊……ッ?」

 最初に気がついたのはハインリヒだった。彼は皆に指示を飛ばす。

「戦闘要員とフルージアは走れッ! オレはオレで行くッ!」

 彼の鋭い目は見た。道の陰に倒れている何者かの影。それを、漆黒の霊が襲おうとしているのを。その近くには、虚ろな目の少女。
 襲われているのは、スーヴァルだっ!

「スーヴァルッ!」

 空間使い・ハインリヒの手が、空間を裂いてスーヴァルに伸びる。
 その手は済んでのところでスーヴァルの襟元を掴み、死霊の攻撃から彼の身体を、間一髪のところで安全な所に引き寄せた。

「……ハインリヒ」

 意識はあったようだ。身体中を血に汚し、青白い顔をしたスーヴァルが、荒い呼吸の中つぶやいた。
 間もなく、フルージアたちが追い付いた。

「スーヴァル! 生きてた! 何があったの!」
「それよりも状況確認だ。あの少女が死霊を呼んでいるので間違いないな?」

 スーヴァルは力なくうなずいた。でも、待って、と彼は言う。

「状況説明はあと……。でも、彼女は敵じゃない。力が暴走しているだけだよ」
「しかし、このままでは……」
「僕が行けばいいんだ。すべて、僕の責任だから」

 ハインリヒの困惑を背に、スーヴァルはゆらりと立ち上がる。その膝はがくがくと震えていた。かろうじて、立っている。

「どうするの? 危ないよ!」

 フルージアがその背に声をかけるが。

「無属性魔法一発……。それで全てが終わるから。待ってて。邪魔はしないで」

 揺れる体に魔力が集まり、やがて。

「……解放」

 つぶやくと同時に魔法が放たれ、少女の意識を刈り取り、死霊が消滅した。
 そして、その身体もくずおれる。

「スーヴァル!」
「彼女、アイオンは新しい仲間だ。でも、僕しか信じられないから、僕から離さないでね……」

 言って、彼は意識を手放した。


  ♪


「新しい仲間? アイオン? 全然わからないよ……」

 イリニアスへの帰り道。シフォンによる応急処置を済ませたスーヴァルを背負ったハインリヒを横目に見ながら、フルージアは誰にともなくつぶやいた。
 その脳裏に焼き付いているのは、彼が治療されるときに見えた、無数の傷。
 それは、全て真新しいものではなく、ずっと昔に受けたみたいな、醜い古傷。
 思い出す。スーヴァルはいつも、袖の長い服を着ていた。
 今思えば、それは傷を隠すためだったのではないだろうか。
 彼の二の腕にも無数あった、残酷な傷。火傷の痕は、焼きごてによるものだろうか。
 クィリなら、拷問でも受けたんじゃないだろうかとでも言うのだろうか……。


  ♪


「これはひどいですっ!」

 彼の治療のために上着を脱がせたシフォンは、思わす悲鳴を漏らした。
 どんな時も、怪我をしても、それを決して治療させようとはしなかった彼。
 その身体に刻まれた無数の傷が、物語ること。

「スーヴァル……」

 次に目覚めたら話してくれるだろうか。いや、話してくれなくたっていいけれど。



 ——あなたは過去、一体何があったの……?



 渦巻く疑問。
 ひとまず、捜索は完了した。

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

夜明けの演者 2-4-3 臆病な傷 ( No.17 )
日時: 2017/10/22 12:47
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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 3 臆病な傷


  ♪♪♪


 うまれたときからひとりだった。ひとりぼっちだった。


「こんな子、産まなきゃよかったわ」

 おかあさんからいわれたこと。

「悪魔の子め、死んじまえ」

 おとうさんからいわれたこと。


 つよいちからをもっていた。それが死霊術のちからだった。それだけなのに。
 
 おとうさん、おかあさん、どうして?

 ひどいことをいわれるたびに、きずついていった幼いこころ。
 だれも味方してくれなかった。だれもわたしをたすけてはくれなかった。
 

 だから、こわそうとおもった。


 死霊が幼いわたしにささやく。


 ——壊してしまえ、お前の敵だ。


 だからわたしはこわしたんだ。


 さいしょは、おとうさんとおかあさん。
 死霊をよびだして食らわせた。うまいうまいと死霊はいってた。
 
 つぎは、村のおとなたち。
 死霊をよびだしてころさせた。まっかな血しぶきのいろを、うつくしいとおもった。きれいなあかいはなが、たくさんさいた。

 さいごは、女とこどもたち。
 しにがみの鎌を死霊にもらって、じぶんでみんなをきりころした。
 みんなが泣いてさけぶこえは、耳にここちよかった。

 そうしてわたしは、またひとりになった。
 みんながしねば、死霊もウソみたいにしずまりかえって、わたしに話してくれなくなった。
 さびしいよう。どうしていなくなっちゃうの?

 ——ひとりぼっちだぁ。

 でも、それでもいいとわたしはおもった。


  ♪


 ひとがしんじられなくなった。
 なんどもうらぎられ、りようされた。
 ひとりでいいから、もうだれも話しかけないで、そうおもった。
 そんなひびのなか、スーヴァルにであった。
 それは、きせきみたいなことだった。

 
  ♪


「ただの親切」


 ことばすくなにかれは言った。


「道端に倒れていたから助けた、ただそれだけ」

 わたしははじめ、彼をしんじられなかったけど、やがて。

「スーヴァル、だいすき」

 彼のことをしんじ、わたしはひとりじゃなくなった。彼はむじょうけんに、わたしをまもってくれたから。

「アイオン」

 スーヴァルだけが、わたしの名をよんでくれるの。ほかのひとは「しにがみ」とか「あくま」とかよんで、「アイオン」ってよんでくれない。
 スーヴァルだけなの、スーヴァルだけだったの。だからアイオンは、スーヴァルがだいすき。
 スーヴァルはね、アイオンのきえたろうそくに、火をつけてくれたんだよ。
 だからスーヴァルは、アイオンのともしびなの。
 でも、スーヴァルいがいは、まだ、しんじられない。
 アイオンはきずつきすぎたんだ。だから、まだ、みんながきらい。

 スーヴァル、だいすき。だからしんでほしくないの。
 スーヴァルを他のひとたちがおそったとき、アイオンはスーヴァルのために死霊をよんだよ。
 たすけて、スーヴァルをたすけてって、アイオン、おねがいしたの。
 でも、そのあとなにがあったのかおぼえてない。アイオン、きをうしなっちゃったんだ。
 でも、スーヴァルはいきてる。それがわかってるから、アイオンこわくない。


  ♪♪♪


 スーヴァルもアイオンも、フルージアたちが野営地に帰りつくまで、目を覚まさなかった。
 帰り着き、ハインリヒが事情説明をしにアミーラのもとへ行ったとき、スーヴァルだけが、目を覚ました。

「スーヴァル!」

 彼の目覚めを見て、マキナが歓声を上げた。

「あたい、すっごく心配したんだからぁ! でも、生きててよかったよ。……タルみたいにならなくて、本当によかった」

 その言葉を聞き、スーヴァルは苦笑いする。

「おかげで、生きている」
「傷の具合はどう?」

 この質問はフルージアからだ。彼の身体に無数あった古傷はともかくとして、彼があのとき血まみれになっていた原因の傷は、大きかったが深くはなかった。
 スーヴァルはうなずく。

「しばらくは戦えない。でも、大事ない」
「それはよかった」
「あのさ」
「何?」

 スーヴァルの瞳が、一気に暗くなる。

「……傷の手当てした時、見たよね?」

 それはあの無数の古傷のことだと思い至り、フルージアは頷いた。
 スーヴァルは溜め息をつく。それは、とても悲しげで、つらそうで。

「いつかは明かす時が来る、そう思っていたけれど。隠すのもこれが限界か」

 スーヴァルはフルージアに頼みごとをした。

「皆を呼んで」


  ♪


 何事だ、とアミーラやクィリがやってきた。スーヴァルは前置きする。

「なし崩し的に話すことになった。この話を聞いて、皆が僕をどう思うかはわからないが、僕は皆を信じている」

 そして、スーヴァルは語り出す。

「常識確認。皆、希少種『ミスル』って知ってる?」

 フルージアを含むほとんど全員が頷いたが、マキナだけが首を振る。

「なぁに、それ?」
「……復習の時間といこうか」

 変わらない無表情が言葉を紡ぐ。

「希少種『ミスル』とは、イデュールの民やアシェラルの民と同じ、異種族。ただ、彼らは才能があった。ほかの種族にはなく、そして、迫害されるに足る才能が」

 人は誰も、必ず何かしらの才能を秘めている、と彼は言う。

「『ミスル』は、それを開花させることができる。五年の命と引き換えにね。それはとても素晴らしいこと。だから狙われ、利用された。それでも彼らは屈しなかった。だから迫害された」

 そして、スーヴァルは、言う。
 決定的な一言を。

「そして今、僕は明かそう。どうせばれることだったしね。















  僕 は — — そ の 、ミ ス ル だ 」















「————ッ!」

 広がる動揺の嵐。ざわめく皆。
 フルージアも、信じられない。スーヴァルがミスルだったなんて。差別はしないが、そもそもこのセラン特殊部隊に異種族がいたことが。
 しかし納得がいった。あの身体中の傷は彼が迫害を受けたことによるもの。あれは人々に折檻され、数多の苦痛を味わった痕だ。
 その事実はあまりにも悲しく、痛々しくて。
 知らずフルージアは目を伏せた。
 その様を相変わらずの無表情で眺めながらも、スーヴァルは続ける。

「僕はミスル。その族長の息子だ。里を滅ぼされ、彷徨っているところをアミーラに救われた。……これが僕の経緯だ。僕がミスルだとわかっても、普通に接してくれると嬉しい。でも、そうしてくれないのなら、僕はここを去る。皆はどうするんだ?」

 無表情な瞳は問いかける。皆は沈黙したままだ。スーヴァルの瞳が一層闇を帯びて暗く光る。それでも沈黙はなおらない。

 ——と。










「——そんなことで壊れるような、脆い絆だとは思えないけどねぇ」










 じゃらん。独特な音。彼がいつも持っている、金メッキの知恵の輪の音。

「リクセス」
「みんな、一体どうしたのさ、黙っちゃって。彼はミスルだ大変結構。で、それがどうかしたのかい? してないだろ。それでどうかするような弱い絆で結ばれた部隊なら、僕ァ遠慮なく脱退するけど?」

 リクセスの言葉に、皆、はっとする。
 すると。

「スーヴァル! あ、あたい、ね!」
「何」

 その言葉を聞き、マキナがどもりながらも言う。

「ただ、驚いてただけなんだよっ! だって普通信じられないじゃん? でも、スーヴァルを差別してるってわけじゃないから! 信じてね!」
「……当然だろ、わかってる」
「スーヴァルも人が悪いねェ」
「アミーラ」

 相変わらずのあけっぴろげさで、アミーラが割り込んできた。

「皆、あんたの正体を知ったところで絆が切れるってわけがないじゃないのさ。だけど、それを確認したいがためにあんな質問を投げて。不安だったのかい、その絆を疑うほどに。怖かったのかい? 絆が失われることが。思わず確認したくなるくらいに、怯えていたのかい?」
「…………ッ」

 図星だったのか、フイとそっぽを向いたスーヴァルの頬を、アミーラが両手で挟み、優しく笑った。

「怖がることはないよ、スバル」

 スーヴァルの名は、どこかの国の言葉で、とある星団の名前からとられた。


 その星団の名は——スバル。


 アミーラは、優しく笑う。

「だって、ここの絆は強いだろ? 怖がんなくても大丈夫さ。みんな決して裏切らないし、ずっと一緒にいるからさ。不安なんてない。それでもそれらを抱いてしまうのは、お前の心に宿った悲しみの記憶のせいだね」

 乗り越えなさい、と彼女は言う。

「あんたは臆病さ。傷つきたくないから、常にそうやって人と距離を置いてる。裏切られるのが、絆が失われるのが怖くて、不安で。心から誰かを信じることができないんだ。でも、過去の傷は乗り越えるものさ。ここでなら、誰もあんたを傷つけやしないよ」

 スーヴァルの身体が小刻みに震えていた。無表情な瞳が初めて感情を帯びる。

「……ありがとう、アミーラ」

 言いたいことはたくさんあっただろうに、彼が言えたのはたったそれだけ。
 それでも構わず微笑むアミーラはまるで、聖母のようだった。
 そう。わたしたちはセラン特殊部隊。さまざまな生まれや過去を持つ者同士が居場所を探し、そうして作り上げられた共同体。お互い、過去に秘めたものが大きいゆえに、悲しみをわかっているがゆえに強く、決して切れないその絆。
 フルージアは、スーヴァルの真摯な問いに、咄嗟に応えられなかった我が身を恥じた。
 そうだ、リクセスの言う通りだ。彼がミスルとわかったって、そんなことで切れる絆なんかじゃない。そんなことで、態度を変えたりはしない。なぜなら彼らは同じ絆で結ばれた、セラン特殊部隊員なのだから。

「ずっと友達だよ、スーヴァル」

 フルージアが笑いかければ、少し照れたような顔をしてスーヴァルは微笑んだ。


  ♪


 アイオンが目を覚ましたのは、それから三日後のこと。

「スーヴァル! いきてた!」

 真っ先にそう声を上げて、ベッドに横たわる彼に飛びついた。

「……邪魔。降りて」
「アイオン、うれし〜い!」

 人の話を聞いていない。その時、フルージアが彼の天幕に入ってきた。

「おはよー、スーヴァル。って、アイオンちゃん、起きてたの」「!」

 その見知らぬ声を聞き、アイオンはスーヴァルにしがみついた。

「だれ? しらないひと。スーヴァルにちかづいちゃダメなの」
「フルージアは仲間だけど」

 スーヴァルがフォローを入れても。

「しらないひと、しんじない」

 かたくなにフルージアを拒否するアイオンだった。
 フルージアは苦笑いする。

「ま、仕方ないか。まだ慣れていないんだね。わたしはフルージアだよ、よろしくね」
「よろしくしない」
「……で、スーヴァル。ご飯、持ってきたけど」
「有難う。アイオンが僕の周囲に人を近寄らせないから、そこ、置いといて」
「了解。ところで、スーヴァルとアイオンはどうやって出会ったの? わたし、そこが気になる」
「それは、長い話だよ」
「長くても構わないわ。話して」
「……任務の途中、彼女と出会った。彼女は道端に倒れていて、怪我をしていて、放っておけなかったんだ……」

 ひとつの物語が、始まる。
 ミスルと死神は、かくして出逢った——。


  ♪


 かくして、セラン特殊部隊に、新しい仲間が加わることになる。

 警戒心の強い、八歳の彼女の名はアイオン。
 かつて両親を殺し、村を滅ぼした死霊術師。

 でも、いまはもう、ひとりじゃないから。

 スーヴァルというともしびを得た彼女は、もう、暴走しない。



 ——もう、ひとりぼっちじゃない。




〈二部四章 了〉


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

夜明けの演者 2-5-1 お出かけ日和にどこに行く ( No.18 )
日時: 2017/10/22 13:46
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

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〈五章 束の間の夢だけど〉


 1 お出かけ日和にどこへ行く


  ♪


 セラン特殊部隊にはあと二人、メンバーがいた。

「はじめまして、新入りさん達。しばらく留守にしていたけれど、二人も増えたのねぇ」

 一人は闇精ヴィルラクの契約者、クールな書物の魔導士の少女、シェルマ・クリーズィア。

「やっほ、みんな! 帰ってきたよー! 元気してたー?」

 もう一人は水精アキューリアスの契約者、無邪気な二刀ナイフ使いシェルフ・クリーズィア。
 シェルマとシェルフは二卵性双生児で、シェルマが姉、シェルフが弟だそうだ。
 時期はアイオンがメンバーになってから三ヶ月。近頃は任務も無く、皆平和を満喫していた。

「おひさー、シェルシェルっ! あたいたちは元気も元気っ! そっちはー?」

 マキナの相変わらずの元気なあいさつに。

「元気よマキナ。みんな変わらないわね。いや……何があったのか知らないけれど、みんな、
より親密になったような?」

 シェルマが微笑みを返す。
 ちなみに彼ら二人は訳あって、しばらくセラン王国を留守にしていたらしい。

「結果、帰ってこられたからいいけれども。よろしくね、新入りさん」
「よろしくお願いします」

 今ここに、セラン特殊部隊は全員集合した。


  ♪


 穏やかな日だった、暖かな日だった。

「みんな、注目サ」

 その日、アミーラは皆を招集した。

「今日はまったく、穏やかないい日だねェ。だからあたしが提案サ」

 アミーラは言う。

「折角だから、みんなで、どこか出掛けないかィ?」

 穏やかな秋の光が、優しく野営地に差し込んでいる。
 セラン特殊部隊。不可視の軍団インヴィシブル・アーミー。名前は物騒だけれど、任務がない日はこんなにも穏やかで。

「賛成、さんせーいっ! みんなでどっか行こっ!」

 笑顔のマキナが眩しかった。

「どこかへ行くのはいいとして、どこへ行くのだ?」生真面目にクィリが問えば。
「あたいは山がいいなっ! 紅葉狩りしよっ!」
「南へ行けば、綺麗な海があるけど?」
「遺跡へ行くのはどうだろう」

 マキナ、ソールディン、時雨が、三者三様の答えを返す。
 同時に言ってから三人は、お互いに顔を見合わせた。困っている。
 フルージアは苦笑いして、ハイと手を挙げた。

「わたしは山に一票。あまり行ったことがないから」

 それを見て、シフォンがおずおずと手を挙げる。
「あのー、わたしも山に行きたいです。山の動物さんたちに会いたいのです」
「同じく」
 スーヴァルも言葉少なに賛同の意を示す。
 あとはもう流れは決定したようなものだ。みんながみんな山に行きたいと言い、目的地は山に決まった。海を提案したソールディンも遺跡を提案した時雨も、異存はないみたいだった。

「じゃあ行くとするかねェ! ここの近くの山なら孤峰アーレンさ。そこでいいかい?」
「異存なーし!」

 楽しいピクニックになりそうだ。

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夜明けの演者 2-5-2 仮面の素顔 ( No.19 )
日時: 2017/10/22 13:39
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 
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 2 仮面の素顔


  ♪


 山へと向かう道の途中、一行に声を掛ける者があった。


「あ、そこにいるの、もしかしなくてもハヤブサじゃねぇ?」


 着崩されたボロボロの衣服、赤い髪に青い瞳、垂れ目がちな目元の、茶色のマントを纏った旅装の男。
 その言葉に、その声に、その「ハヤブサ」という呼び名に。これまで何事にも動じることのなかったクィリが大きく動揺したのがわかった。

「虹石、何故ここにいる。そもそも我はこの仮面だぞ? ……なにゆえ、わかった」
「わかるもなにもー。仮面かぶってても見えるその金髪! そして相変わらずのお堅い口調! ハヤブサ以外に誰がいるってのよ」
「…………」 

 クィリは無言で己の髪に触れた。
 虹石と呼ばれたこの人間は、クィリと何かしら関係がある人物らしい。
 フルージアは声をかけた。

「あのー」
「何だい、お嬢さん」

 そのヘンな言い方にフルージアは赤面するが、ここは部隊の一員として聞いておかなければならない。

「あなたは誰なんですか。クィリの、副隊長の何なのですか」

 その問いに答えようとした「虹石」を手で制し、クィリが溜め息をついた。

「……何故こんなところで貴様と出会わねばならぬのだまったく。仕方がない、我が説明しよう。ついでに我の経歴についても」

 クィリは己の来歴を語る。そして、全てを変えた一つの事件を——。


  ♪♪♪


 ずっと昔、我は平凡なとある村の少年であった。しかしそこをある日、賊が攻めてきたのだ。

「クィリ、逃げて!」

 我を守り、死んだ母の声。

「ここは俺が食い止める!」

 最後まで背中を見せて、散った父の声。

「逃げよう、逃げようよー!」

 我を先導してくれた幼馴染のアミーラともはぐれ、ひたすらになり振り構わず逃げていくうちに。
 気が付いたら、我の目の前に一人の女がいた。

「アタシの名はヴァルプーレ。暗殺者アサシンギルドのマスターさ」

 彼女は名乗り、幼い我に問うた。

「あんた、見ると身寄りがないみたいだねぇ。よかったらアタシのギルドに来ないかい? 生活は保証するよ」

 故郷を失い家族を失い、命以外には何も無かった当時の我は、失うものなど何も無いゆえに、二つ返事で承諾した。
 それから、我にとっての地獄であり、大切な時間でもあったかけがえのない日々が始まった。


  †♪†


 鳥の王のごとき誇り高き金の髪、我の素早さ、そして数ある武器から選び取った鉄爪。
 そういった要素から、ヴァルプーレは我に「ハヤブサ」のコードネームを与えた。

「覚えておおき、ハヤブサの若鳥。この世界では自分の出自を知られてはならない。メンバーは皆、コードネームを名乗るのさ。ちなみにアタシは『スズメバチ』だよ。アタシほどになれば本名を使ったって別にいいけどね」

 こうして我は晴れて暗殺者アサシンになった。人を殺す技を覚え、忍ぶ技、騙す技を覚えた。
 この時代に我はかけがえのない友を得た。
 我には同年代の仲間が何人かいた。
 その一人が虹石。ふざけた野郎であったが、その割に頭が切れる奴だった。


  ♪


「ふざけた野郎ってなんだよ」
「貴様のことだ、他に誰がいる」
「ハヤブサって、あんなに悲しい過去を持ってたのねぇ。賊に襲われ、生き残って……しくしくっ! ママ、泣いちゃうわ」
「……虹石、黙らなければ、貴様の首と胴体が泣き別れになることになるが、いいか?」
「ハイすみません先行って」
「…………」


  ♪


 忘れられない同僚がいる。

 そのコードネームはクロウ。とんだ策士でその策で味方すら騙す奴だったから、嫌われ者だった。
 それ以外にも素早い少女「小鹿」、毒魔道士「デッドポイズン」、糸使い「イノセンス・トラップ」など、我の周囲には割と同年代の仲間が多かった。
 我はよく虹石とクロウと組んで行動することが多かった。クロウの策はいつも完璧で、彼のチームの暗殺成功率は驚異の十割を誇っていた。誰もが、彼が次の暗殺者ギルドマスターになることを信じて疑わなかった。性格面に若干、難はあったのだが。


 そう、あの事件が、起こるまではな——。


 あの日、クロウは意図的にミスを犯し。
 そのまま二度と帰らなかった。
 その日、我はギルドを辞めた。


  ♪


 フルージアは息を呑んだ。

「意図的に……ミスを犯した?」

 クィリは深くうなずいた。

「それは我らを逃がすため。彼は優れすぎていた。ゆえにギルドによって消された。我はそれを知ったから、ギルドを辞めたのだ」
「ギルドによって、消された……」
「出る杭は打たれる、そんなものなのだろう。我と虹石は彼の死を見届けた」


  ♪


 その日、我と虹石とクロウはとある人物の暗殺を依頼された。

「セラン王国のフェルディナンド王子が今度、この辺りに来るそうな。だから彼を殺してほしいって依頼さ。受けるかい?」

 今まではなかったが、ついにやってきた王族暗殺の任務。クロウは頷いた。

「お受けします。出動は、いつものメンバーで構わないでしょうか」
「ああ、別にいいさね。よろしく頼むよ」
「では、わかる限りの情報の提供を」
「それぐらい自分でしな。この任務が終わったら、あんたをアタシの補佐として正式に認めたげるよ。だから今回は調査も自力でやりな」
「承知しました。……ということだから、またよろしくな、虹石、ハヤブサ」
「了解した」
「頼るぜぇ、リーダー」

 クロウはふっと微笑んで、

「じゃ、行くぜ。さっそく調査だ」と、部屋を出ていった。

 今ならわかる。あの笑みは、あの、儚く悲しげな笑みは。


 ——己の死を覚悟した、決別の笑みだったのだと。


 クロウはまことに頭が良かった。ゆえに今回の依頼とヴァルプーレの約束から、己が消される日が来たと悟ったのだろう。
 本当はフェルディナンド王子なんてそこにはいない。いるのは暗殺者の伏兵と、金をつかまされた市民だけ。
 彼はわかっていた、わかっていたから運命に必死に抗おうとして、戦った。
 しかし彼は、運命には勝てなかったのだ——。


  †♪†
 

 何の事前調査も無しに我らは王子のいるとされる宿に向かった。我はいつもと違うと違和感を覚え、クロウに問うた。

「慎重なクロウらしくない。何故、いきなり向かうのだ」

 彼は答えたものだった。

「とりあえずは宿の主人にさりげなく尋ねてみるつもりだが。町で訊いても怪しまれる」
「怪しくはないだろう。王子の御尊顔を拝したく……とか言っておけばよい」
「お忍びで来ていたら問題だ。だからオレたちが直接宿まで行く。……戦闘の用意をしておけよ」

 我は不満だったが鉄爪をすぐに使えるようにしておいた。虹石は二本のナイフ。クロウの得物は弓だから、宿のような狭いところでは使えない。クロウは予備のダガーを用意した。
 そして、乗り込んだ。

 
  †♪†

 
「まだ朝なのに、なぜ暗い?」

 中は全て雨戸が締め切られ、ろうそく一つついていない。
 嘘みたいに真っ暗で静まり返った店の中。虹石の声が響いた。

「ちょっとこれ、どーいうこと? 閉店中? 王子サマは?」

 その時、クロウは我らに低くささやいたのだ。


「覚えていてくれ、オレの名はアルヴィオン。……これまでお前たちと共に過ごせて、楽しかったぜ」


 口にされたのは「絶対に明かしてはいけない」本名と、別れの言葉。

「ク、クロウ……——?」
「罠だ、逃げろっ!」

 我の言葉を遮るようにしてクロウは叫び、我と虹石を入口の方へ突き飛ばした。
 カキーン!
 激しい金属音。

「ク、クロウッ! 貴公も逃げるのだ、早くッ!」



「オレが死ねば、全てが片付くんだッ!」



 その時のクロウの目を忘れるまい。暗闇の中でもつよい意志をこめて爛々と光った、あの紫の瞳を、忘れるまい。

「オレが死ねば、ハヤブサや虹石は死ななくて済むんだからッ!」

 そして我は気づいたのだ。その言葉から、この罠から。
 全ては、クロウを殺すために仕組まれていた罠であったと。



「——クロウッ!」



 どこかで鴉が鳴いた。悲しげな、痛ましげな声で。鴉が、クロウが。


 ドサリ、誰かが倒れる鈍い音。カキーン、クロウのダガーがはね飛ばされ、金属音をたてた。


 状況を確認するために虹石が窓に駆け寄り、雨戸を開けた。


 明るい朝の光に照らされた、そこにあったのは。










 心臓をダガーで貫かれ、大量の血を流すクロウの姿だった——。










「——クロウッ!」

 叫んで駆け寄り抱き起こす。彼は浅い呼吸の中でつぶやいた。

「ハヤブサか……。虹石はどうした? 助かったのか?」
「虹石は無事だ、すぐに来るッ! それよりもクロウ、貴公は……」
「クロウッ! おーいッ!」

 我の言葉を遮って、駆け寄ってきた虹石。

「死ぬなんて嘘だよな? あんたのことだから急所は外したんだろ、なあ!?」

 しかし虹石のそんな希望すらも、クロウは言葉で打ち砕く。





「外さなかった」





「なッ! 何故だ!? 外すことはできたろうに!」
「外せなかったんだ。お前たちを守るために」

 クロウは語った。

「出る杭は打たれる……。オレは粛清されたのさ」

 それだけの短い言葉を言うだけでも、彼は苦しそうだった。
 もう彼に時間はないと知り、我は彼に贈り物をすることにした。
 ささやかなものだ。しかし彼は、我に「それ」をくれたから。





「……『アルヴィオン』」






 一度だけ名乗った、彼の本名を口にして。
 我は名乗った。

「我の名はクィリだ。クィリ・ロウ。とある賊に滅ぼされた町の、数少ない生き残りの一人。貴公が名前をくれたから、我も貴公に名前を贈ろう。さらばだ、アルヴィオン、いやさ、クロウ。……我も貴公と共に過ごせて……楽しかったぞ」
「おれだって!」

 虹石が、叫んだ。

「おれの名はイェルク! そこらの孤児だ! そこをヴァルプーレに拾われたんだ! おれだって……あんたと共に過ごせて、めっちゃ楽しかったよ。大切な時間を、ありがとなッ!」
 虹石は拗音(ようおん)が言えない。奴が自分の名を名乗る時はいつだって「イェルク」にはならず、「イエルク」になってしまう。この時だけだった、彼が拗音をしっかりと発音できたのは。
 我らの言葉を聞き、クロウは微笑んだ。

「クィリ……イェルク」 

 噛み締めるようにつぶやいて。
 そして、その命は消えた。
 もう二度と届かない。もう二度と話せない。
 ちょっとクールでとんだ策士の、紫の瞳の彼にはもう会えない。





 ——安らかに、眠れ。





 その日、我はギルドを辞めた。
 それから数週間後、仕事を求めてさまよっていた我を生き残っていたアミーラがつかまえ、セラン特殊部隊に引き込むことになる。
 これが我の、第一の生活の物語だ。


  ♪


「……とまあ、こんな話だ」

 そう、クィリは昔話を締めくくった。

「何故我が仮面をつけるようになったかは……我が抜けたのを知っていたのは当時、ヴァルプーレだけだったからだ。我は他の仲間に悟られぬようこっそりと抜けた。負い目があった。虹石は辞めなかったのに我だけが辞めたことに。だからかつての仲間に我だとはわからないよう、仮面をつけることにしたのだが……虹石にはばれてしまったか」
「ちっとやそっとの仲じゃねぇだろー?」
「とんだ腐れ縁だな」
「腐れ縁とかひっでーの。ママ泣いちゃう……」 
「しかし貴公と出会えてよかったとは、思っているぞ」

 驚いた顔の虹石——イェルクを無視し、クィリはおもむろにトレードマークだった仮面を外した。
 その下にあった素顔は。

 美しい、太陽の色を宿した、流れるような金髪。
 深い、海の底のような、深淵を宿した碧玉の瞳。
 鼻筋はすっと通り、整った顔立ちは人形のようだ。
 仮面をかぶるなんてもったいないくらいの、とんだ美青年だった。

「じろじろ見るな」

 皆の視線に赤面して顔をそむけ、彼は再び仮面をかぶった。
 それでも変わらない太陽の金髪。
 死んだクロウと、同じ色の。

「……とまあ、そういうわけだ」

 空気を変えようとクィリが口を開く。

「折角の穏やかな日だ、山へ向かう道行きを再開しようではないか。……で、貴様も来るのか?」
「当然だろぉ? ねぇ、ママぁー?」
「気持ち悪い。さっさと失せろ」
「今のはひどい! 俺様、傷付いちゃったぜぇ」
「勝手に傷付いてろ」
「……泣いていい?」


 なにはともあれ。
 ちょっとした邪魔はあったけれど、一行は再び歩き出した。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

夜明けの演者 2-5-3 刹那の夢 ( No.20 )
日時: 2017/10/22 12:56
名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)

 「夜明けの演者」が、小説大会ダークファンタジー部門で次点獲得!
 皆様、ありがとうございました!

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 3 刹那の夢


  ♪


 たどり着いた孤峰アーレンは、今まさに、紅葉の真っ盛り。

「わあっ、綺麗……!」

 舞い散る赤や黄色の色鮮やかな葉に、フルージアは思わず、歓声を漏らした。
 少し歩くと谷まって川があり、その上に一本の吊り橋がかかっている。

「わあいっ! 紅葉だ紅葉だ、綺麗だねぇー!」

 はしゃぎ踊るマキナに手を取られ、フルージアはそのまま踊り出す。

「うわっ、ととっ!」

 谷底を流れる川に赤や黄色のもみじが舞い落ちていくさまは、あまりにも幻想的で美しく、この世のものではないようだった。
 それを見ながら、静かに涙を流している者がいた。

「し、時雨っ……?」

 いつしかフルージアに、正義や善悪について、教えてくれたひと。
 彼は独特な意匠の衣服を風に揺らしながらも、懐かしげにつぶやいた。

「僕の故郷では毎年、こんな紅葉が見られた。しかしセランではそうそう見られるものではない。……忘れていたよ、自然がこんなに美しいこと。今はわけあって故郷に帰れないから、こんなに綺麗な紅葉を見られるのは滅多にない。山にして良かった」

 その瞳は紅葉の雨の中に、どこかずっと遠くを見ていた。
 不思議だ。いつもはあっという間に時間が流れるのに。
 今、フルージアたちの周囲に流れる時間は、あまりにもゆっくりで。

「時間を止めて見せようか?」

 時雨が穏やかに微笑み、前に手を差し伸べる。その手を独特の形に組んだ。

「動きを止めよ」

 彼が囁けば。落ち続けていた葉の動きが、空間に縫い付けられたかのようにゆっくりになる。

「すごい……!」
「僕の本業は刀使いではない。それがこの力、一定範囲にあるものの速さを自在に変えられる『操速師』さ」

 落下が止まれば。そこには夢みたいに美しい、紅葉のカーテンが形成される。

「素敵……」

 この穏やかで幸せな時間が、永遠に続けばいいのに。
 何もかも忘れて、この桃源郷にずっといられればいいのに。


 フルージアはそっと、永遠を願った。


 永遠なんて、存在しないけれど。せめて、今だけは。


 紅葉の動きに合わせてマキナが踊り、巻き込まれたリクセスが、危うげなステップを踏む。
 その近くでは、シフォンとアイオンが動物とたわむれ、その様を、ハインリヒとスーヴァルが、木に寄りかかって眺めていた。
 ソールディンは橋につかまって、谷に落ちる紅葉を眺め、その隣では、ヴィラヌスが紅葉を捕まえようと試みる。
 クィリとイェルクはそろって、楽しげに何か話していた。そこにアミーラが割り込もうとして、一悶着起きている。
 新しく来たばかりのシェルフとシェルマは、二人で仲良く駆け回っていた。


 誰もが、楽しそうで、幸せそうだった。





 ——この光景を、忘れない。





 夢みたいに美しい山。そこに流れる平和な時間。



 笑顔の仲間たち。


  ♪


 気がつけばいつの間にか日が暮れて、明るい満月が顔をのぞかせていた。

「帰ろう」

 誰の言葉だったか。その言葉に、フルージアは夢の終わりを感じた。

「……そうだね」

 夜の山は昼とは違う美しさがある。まだここに残りたいのはやまやまだけど。

「帰らなきゃ」

 夢はいつかは覚めるもの。帰る時が来た。

「じゃ、行くよ。楽しかったねェ、みんな」

 アミーラが先に立って歩き出せば。夢から覚めたような顔で、後をついて行く仲間たち。
 楽しいピクニックは、終わった。
 夢は——覚めたのだ。

 
  ♪♪♪


 それは束の間の夢だけど。とてもとても、楽しくて、幸せで。


 あとから思いだせば、その思い出のまぶしさに、涙が出てくるほどに。


 あの日、あの時、あの瞬間。確かに感じた幸せの鼓動。


 束の間の夢だけど。束の間の夢にすぎないけれど。
 忘れられない一日がある、忘れたくない一日がある。



 永遠なんて、存在しなかった。



 その後、フルージアたち特殊部隊は、世紀の大戦「火花大戦」に否応なく巻き込まれていくことになる。

 そしてその際、多くの仲間の命が失われた。

 だから、忘れない。あの幸せだった一日のことを。誰もが笑顔でいられた、穏やかな時間を。

 束の間の夢だけど。束の間の夢にすぎないけれど。
 忘れられない一日がある、忘れたくない一日がある。



〈五章 了〉
〈第二部 了〉
〈第三部へ続く〉


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 こんにちは、藍蓮です。「夜明けの演者」、お届けします。

 みんなで過ごした束の間の休日。それはとても幸せな時間だったけれど。
 後に待つ残酷なる別離の予感。

 幸せの中に、ツンと痛む切なさを感じていただけたら幸いです。

 次からはついに第三部。これまでの雰囲気とは打って変わって、暗く重く、殺伐とした雰囲気になります。
 この章は、その前のささやかな小休止なのです。

 次の話に、ご期待下さい。