ダーク・ファンタジー小説
- 夜明けの演者 2-2-1 ( No.9 )
- 日時: 2017/10/15 11:22
- 名前: 流沢藍蓮 (ID: GfAStKpr)
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〈二章 初陣は突風とともに〉
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「王国から伝書鳩で依頼が来た。内容は無断侵入したアルドフェック帝国民の一掃。規模は小さいが、直ちに対応せよとのことだ」
それから数日後。クィリがそんな依頼を持ってきた。
「ええ〜、またぁ? めんどくさいな〜」
マキナはぶつぶつと文句を言った。無言で頷くスーヴァルは対照的である。
「だそうだが、フルージア、初任務だな」
ヴィラヌスが彼女の肩をぽんと叩いた。
「セラン特殊部隊の仕事については聞いたか?」
クィリに初めて出会った日に聞いた気がする。
「確か、王族貴族の問題事や侵略に、ゲリラ的に対応する部隊、だっけ?」
「その認識で合っている。ところで君の『演者』は戦うこともできるかな?」
「実戦は初めてだけど……たぶん。とりあえず援護でいい?」
ヴィラヌスは頷いて、皆に行った。
「今日は久々の戦闘の日だ! 皆、気を引き締めてかかれ! 彼女、フルージアは援護につく! 援護部隊は彼女が何か質問をしたら答えるように!」
指示が早いし的確だ。彼は軍をまとめるのに向いているのかもしれない。クィリの出番は無きに等しい。
そんなこんなであわただしい朝が始まり、一行は戦場へ向かうこととなった。
♪
マキナの「千里眼」によると、問題の場所は近いらしい。
「あ、ほら、見えたよって!」
彼女が示した方を見れば。確かに確認できる、小規模の集団。セランの警備兵らしき人々と交戦中だ。ここは割と国境から遠いのに。
「……戦闘、用意」
クィリが低くつぶやいた。そういえば、彼はどのようにして戦うのだろう?
その答えはすぐにわかった。彼は、いつも腰に提げているポーチから、鈍色(にびいろ)に輝く鉄爪を取り出したのだ。剣や短剣のたぐいだと思っていたのに。やけに近接戦闘に向いた装備である。
クィリは鉄爪をつけた手を振り上げた。戦闘開始の合図である。フルージア達はヴィラヌスの指示通りの位置につく。ちなみに無断侵入したアルドフェック帝国民は殺してもいいそうだ。つまりフルージアは今日、初めて人を殺すことになるのかもしれない。それが怖かった。
「だいじょーぶだよ、フルージアちゃん。どーせ援護でしょ? 怖がんなくてもいいって」
マキナがそっと励ましてくれて、フルージアは嬉しくなった。
「かかれッ!」
突如上がった、ときの声。魔素使ヴィラヌスが先行し、帝国民に斬りかかる。
「我が国土に無断侵入した奴らは、生かしてはならないというお達しだ!」
血が飛んだ。あわてる帝国民たち。彼らと交戦していた警備隊はほっとした表情を浮かべ、訊ねた。
「あ、あなたたちは?」
それに答えるはクィリ・ロウ!
「人よ聞け! 我らはセラン特殊部隊、別名『不可視の軍団』ぞ! 伝書鳩による知らせを受け、鎮圧のために参ったまで! 敵も味方も、我らが名を刻みつけよ!」
襲いかかる鉄爪は凶悪に輝く。負けじと相手も応戦した。
——カキーン!
金属のぶつかり合う音が鋭く響き、さっと両者は距離をとる。
それを合図として、観念した帝国民が、一気に襲いかかってきた。
「わっ! マキナ、援護するっていったって、わたし、どうすればいいの……?」
森の陰から見守るフルージアは混乱してマキナに問うた。マキナは首をかしげて答える。
「あたいはどんな『役』があるのか知らないよ? あたいよりスーヴァルの方が詳しい。そこにいるから聞いてみたら?」
マキナの指した方を見たら、静かに両の手を構えるスーヴァルの姿が見えた。その瞳は鋭く、気軽に話しかけるのがためらわれる。
だけど、言ってられないじゃない! 誰かが一生懸命戦っているっていうのに、自分だけ何もしないのは嫌だ。フルージアは彼にそっと声をかけた。
「あ、あのー」
「何」
相変わらず素っ気ない。彼は戦場を睨むようにしていた。
「援護するって、何をしたらいいの……?」
「あなたの『役』のことか」
さすがスーヴァル。頭の回転が速い。
「そのことなんだけど、初めての戦闘だからわたし、混乱しちゃって。いいアイデアがあったら教えてくれない?」
「援護には三種類ある。ひとつ、攻撃魔法などで相手を攻撃すること。ひとつ、補助魔法などで味方をサポートすること。ひとつ、妨害魔法などで敵を邪魔すること」
フルージアは尋ねる。
「で? わたしはどうすればいいの?」
「人形使が今回は最適。もの(人形)がないなら植物がいい。相手の足を蔦で縛って動きを封じれば捕虜にしやすい。……教えるのは今回だけだ。次からは無いと思って。ここは戦場、自分の頭で、その状況で何が最適かを、その場で判断しなければならないから」
「……なるほど」
その言葉、しかと胸に留めておこう。フルージアはスーヴァルに礼を言った。
「どうもありがとう」
「別に。感謝される覚えは無い。あとは実戦での経験次第だ。今回の敵は割と雑魚にあたると思う。初陣がこれでよかったね」
その言葉からは、経験に裏打ちされた自信が感じられた。スーヴァルは何年この特殊部隊に入っているのだろう?
「こっちはこっちの援護があるから。用が済んだらこれで」
「あ、うん! じゃあね!」
「…………」
スーヴァルは答えずに再び戦場を睨む。相変わらずの態度である。
とにもかくにも。彼のおかげで指針の決まったフルージアは、マキナのいるところに戻り、役を思い出す作業に入る。マキナがぴょこんとやってきて、声をかけた。
「どうだったっ?」
「色々と話してくれたわ。素っ気ない割には雄弁だった。わたし、植物の魔導士のリルフィになることにしたわ。彼がすすめてくれたの。その劇についてはまたいずれね」
マキナはうんと頷いた。ここは戦場。のんびりお喋りはできないのだから。
植物魔導士リルフィの台詞を小さくつぶやく。
「愛のあふれる世界よ来い! 植物たちの、息吹によって!」
心優しい彼女の役をやったのは、いつのことだろう。それでもフルージアは、役になれた。
特殊部隊の前衛はクィリとヴィラヌスの二人しかいない。そこをさっきまで帝国民たちと戦っていた警備隊たちがフォローしているんだ。
「その足を止めよ!」
フルージアが叫べば。突如地面から生えてきた蔦が、帝国民の足に絡みつく。
「わっ、なんだこれは!」
動きの止まったそこを、
「行くぞッ!」
ヴィラヌスが剣の鞘で殴って気絶させた。随分簡単だ。
とはいえ蔦を避けた者もいる。自意識過剰な帝国民、といって舐めてはならないようである。
「逆探知! そこだ!」
奥の方から声がした。帝国民にも魔導士がいたらしい。飛んできた炎の球。完全に場所がばれている。
「援護は危険じゃないって言ったじゃない!」
しかし、炎が迫るは身を潜めていた森。木々が焼けてしまったらまずいことになる! と。
「……伏兵がいるってことくらい、考慮しとくべきなんじゃないの? っと、溢れ乱れよ、
叛逆の渦流!」
絶体絶命の危機かと思いきや、そんな声がして。どこからか一勢に水が放出された。それは炎の球を掻き消した。特殊部隊の誰かだろう。とにかく助かった!
「お土産あげるよ!」
先ほどと同じ、人を食ったような声……リクセスだ! が、また聞こえて、森の奥で何かがキランと光った。あれは、知恵の輪?
その声に応じて森がざわめく。何か大きな魔法が起こる予感?
「味方は下がりな! さあ、見せてあげようか! 我らが不可視の軍団所属、『組師』リクセス様の実力をね! 見られないなら焼き付けろッ!」
フルージアは確かに見た。これまでリクセスがいじっていた知恵の輪が、この瞬間、しっかりと完成されていたのを。完全なる円を描いていたのを。彼の力は知恵の輪を使うことによって発動されるらしい。一種の触媒だろうか。
「——名付けて、一掃の嵐!」
言葉が終わった途端、彼の知恵の輪から突風が噴き出した。それは迅速に戦線離脱したクィリ達を巻き込むことはなく、帝国民だけを巻き込んで、竜巻となって空高くに昇っていく。ものすごいスピードで動く竜巻は間もなく地上を離れ、空の彼方へ消えていった。
フルージアはすっかり呆けてしまった。
「あ、あれ、あれって……」
信じられない。あんな魔法があるなんて。一掃の嵐? 単なる風魔法ではないはずだ。
あんなのが使えるくらいなら前衛なんていなくたって……いや、だめか。きっとあれをやるには時間がかかるのだ。前衛は時間稼ぎのために動いていたのか?
まあ、いいか。何はともあれ、勝利は確定した。
♪
「とりあえず、戦勝おめでとう」
戦いが終わり、ヴィラヌスが疲れたような顔をして戻ってきた。
「おおい、みんな! 隠れ場所から出て来てもいいぞ! 終わったのはご覧の通りだが?」
彼の声につられてみんな出てきた。さっきまで共闘していた警備兵らは、まだ呆然としている。そりゃそうだろう。あんな魔法を見せられたら、誰だって驚きのあまり、開いた口がふさがらない。魔法大国であるアンディルーヴの魔導士だって、きっと腰を抜かすだろう。リクセス……とんだ自信家な人間だったが、あんな力を持っていれば、自信家になるのも仕方のないような気がする。
みんなが戻ってきた。彼らは口々にリクセスをほめたたえ、陰の功労者であるフルージアにも、「初めてなのに頑張ったね」と口々に励ましてくれた。あまり活躍できてはいなかったけれど……嬉しかった。
「案外早く片付いた。これで討伐作戦を終わりにするが、リクセス、あの竜巻は、どうなった?」
「アルドフェック本土に帰しました。おそらくもう二度と悪さはできないんじゃないですかね」
「それはよかった」
とにもかくにも。大勝利にてフルージアの初陣は終わる。
(次はもっと活躍できたらいいなあ、なんてね)
何とも言えない幸せを噛みしめながらも、フルージアは眠りに落ちた。
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